Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Clinical Report
Successful pain management using carbamazepine for severe leg pain caused by a spinal arteriovenous malformation
Hiroki INOUESaki TAKAOKAMorihiko KAWATEReiko HOSHINOKenta WAKAIZUMIShizuko KOSUGI
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2024 Volume 31 Issue 7 Pages 149-152

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Abstract

序論:脊髄動静脈奇形(arteriovenous malformation:AVM)はまれに血管の神経圧迫による神経根症を呈するが非外科的疼痛治療に関する報告は少ない.今回脊髄AVMによる下肢痛に対してカルバマゼピンが奏功した症例を報告する.症例:20歳女性.右下肢後面痛を契機に脊髄AVMと診断された.ナイダスはTh12/L1高位にあり,導出静脈は脊柱管内を下降し右S1仙骨孔を通過した.AVM部分塞栓術後も導出静脈は残存し,右下肢後面に電撃痛が出現するようになった.プレガバリンやトラマドール塩酸塩,デュロキセチンは奏功せず発作痛は増強した.痛みで歩行困難になり緊急入院したが,カルバマゼピン300 mg/日を導入すると翌日より発作痛は大幅に軽減し歩行も可能になった.結論:導出静脈の右S1神経根圧迫による発作性の神経障害性疼痛が疑われ,血管の神経圧迫という病態が三叉神経痛と類似する点からカルバマゼピンを選択したところ著効した.脊髄AVMの神経根圧迫による電撃痛に対しては,カルバマゼピンが有効な可能性がある.

Translated Abstract

Spinal arteriovenous malformation (AVM) is a clinical disorder that can cause radiculopathy on rare occasions. We report a case of successful pain management using carbamazepine for radicular pain due to a spinal AVM. A 20-year-old woman presented with a posterior right leg pain. Angiography revealed an intramedullary AVM with a drainer descending through the right S1 foramen. After partial embolization of the AVM, dilation of the remaining drainer was observed, followed by a paroxysmal lancinating pain on the right S1 region. Intensity and frequency of the pain increased despite the use of pregabalin, tramadol and duloxetine, and the patient was emergently hospitalized due to the intense pain attacks that made her unable to walk. Considering the clinical resemblance to trigeminal neuralgia, a severe paroxysmal lancinating facial pain due to neurovascular compression, carbamazepine 300 mg/day was applied. After taking carbamazepine, the pain subsided within a day. Carbamazepine may be an effective nonsurgical therapeutic option for radicular pain caused by a spinal AVM.

I はじめに

脊髄動静脈奇形(arteriovenous malformation:AVM)は脊髄動脈系と静脈系が異常な短絡を形成するまれな疾患であり,有病率は頭蓋内AVMの1/10程度とされる1).臨床的には血管異常の場所によって,①脊髄髄内動静脈奇形:intramedullary AVM,②脊髄辺縁部動静脈瘻:perimedullary arteriovenous fistula(AVF),③脊髄硬膜動静脈瘻:dural AVFに分類される2).本稿では以降,狭義の脊髄AVMである脊髄髄内動静脈奇形(以下,脊髄AVM)について論ずる.

脊髄AVMは若年者に好発し,脊髄内出血やくも膜下出血による突然の背部痛,対麻痺,膀胱直腸障害で発症することが多い3).一方でまれに血管の神経圧迫により神経根症を呈するとの報告もある4).脊髄AVMの痛みを含む諸症状に対しては血管内塞栓術や外科的手術が標準的な治療であり,保存的治療に関する報告は少ない.今回われわれは脊髄AVMによる神経根症状と考えられる右下肢痛に対してカルバマゼピンが奏功した症例を経験したので報告する.

本報告にあたり患者からの承認を得ている.

II 症例

症 例:20歳女性.

現病歴:X−3年に右下肢後面の間欠的な痛みとしびれが出現し,当院脳神経外科で脊髄AVMと診断された.X−2年に導入動脈瘤の出血予防のため部分動脈塞栓術を実施し,AVMの一部は消失した.術後,残存した導入動脈瘤と導出静脈の拡張が進行し,X−1年より右下肢後面に発作的な電撃痛を自覚するようになった.プレガバリン150 mg/日とトラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン4錠/日を使用したが痛みは軽減せず,X年当科を受診した.

身体所見:発作痛としびれの部位は右大腿から下肢後面にかけての右S1領域であった.痛みの程度はnumerical rating scale(NRS)7であり,持続時間1~2分の電撃痛であった.下肢筋力は痛みにより評価できなかった.疼痛の誘発因子は歩行,起居動作,仰臥位などの股関節伸展動作であり,緩和因子は座位や膝立てなどの股関節屈曲動作であった.

画像所見:動静脈短絡部の異常な血管塊であるナイダスはTh12/L1高位の脊髄左後方に位置した(図1 MRI画像).導出静脈は脊柱管内を下降し(図1血管造影像),右S1仙骨孔を通過した(図1造影CT画像).

図1

脊髄AVMの画像所見

MRI T2強調画像の矢印はTh12/L1高位の脊髄左後方に位置するナイダスを示す.血管造影像の矢印は脊柱管内を下降する導出静脈を示す.造影CT画像の矢印は導出静脈が右S1仙骨孔を通過する様子を示す.

経 過:当科初診日にプレガバリン200 mg/日とトラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン5錠/日に増量し,20日目にデュロキセチン20 mg/日を追加したが痛みは残存した.次第に発作痛が増強し持続時間は5~10分となり,座位でも痛みが誘発されるようになった.24日目にはNRS 10の発作痛が起居動作や歩行のたびに誘発され歩行困難となり,当院に緊急入院した.この頃は夜間も発作痛が頻発してほとんど眠れない状態であった.入院当日の夕よりカルバマゼピン(carbamazepine:CBZ)100 mgを導入したところ,夜間痛みなく眠ることができた.また25日目からCBZ 300 mg/日とすると,翌日より痛みはNRS 1に軽減し歩行可能となった.退院後NRS 3の発作痛が再燃したが,CBZ 600 mg/日に増量し,100 mg/回の頓服も追加したところ,NRS 2の発作痛が数日に一度出現する程度に軽減した.CBZ増量に伴い他鎮痛薬は減量した.CBZの最大用量は800 mg/日であった.CBZ需要の増加を受けて,103日目に残存導出動脈瘤の出血予防および疼痛軽減目的に2回目の部分動脈塞栓術を実施した.塞栓により動脈瘤の消失と導出静脈への短絡血流の減少が得られた.塞栓術から数日後,発作痛頻度がさらに減少したためCBZを漸減終了し,現在はほぼ痛みなく安定した状態である(図2).経過中は血液検査でCBZによる骨髄抑制や肝機能障害がないことを確認した.また日中の眠気はあったものの日常生活に支障はなく,薬疹を含むその他の副作用も生じなかった.

図2

当科における治療経過

疼痛強度の推移と治療経過を示す.

III 考察

脊髄AVMは解剖学的に脊髄症状を発症することが多いが,神経根症状を呈する場合がまれにある4).本症例の場合,初回塞栓術のあと拡張した導出静脈が右仙骨孔を通過する際に右S1神経根を圧迫し,神経根症状が出現したと考える.他の報告では脊髄AVMの導入動脈瘤によりTh11神経根が圧迫され鼠径部痛を呈した症例やL3神経根が圧迫され下肢痛を発症した症例がある4,5).これらの症例では,導入動脈瘤による神経根圧迫および動脈瘤破裂のリスクを軽減するため塞栓術が行われ,瘤の縮小に伴い症状の軽減・消失が得られた.塞栓術などの外科治療は脊髄AVMによる出血予防だけでなく,症状緩和にも有効であると言える4,5)

一方で脊髄AVMは脊髄腹側2/3を環流する前脊髄動脈が主な栄養動脈であることが多く,根治は難しい.そのため外科治療は上述のとおり出血予防や症状緩和を目的とした姑息的治療として行われるが,導入動脈の遮断操作が正常脊髄血管の血流を低下させ脊髄虚血をきたすリスクや6)残存した血管が術後発達し治療しにくい形態となるリスクがあるため7),安易に選択することはできず,保存的加療の重要性は高い.

本症例の場合,初回塞栓術の対象となった導入動脈は脊髄背側1/3を環流する後脊髄動脈に栄養され,2回目の塞栓術の対象となった導入動脈は前脊髄動脈に栄養されていた.初回治療の際この導入動脈への介入を避けたのは,前脊髄動脈本幹が塞栓物質の逆流等により損傷された場合,対麻痺や膀胱直腸障害等の重篤な合併症が生じるためである.緊急入院の際,塞栓術の実施も検討されたが,同様の理由から薬物療法による保存的加療が優先された.

薬物療法としては,標準的な神経障害性疼痛治療に準じて第一選択薬のCa2+チャネルα2δリガンド(プレガバリン等),三環系抗うつ薬,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬,第二選択薬の弱オピオイド製剤,第三選択薬の麻薬性鎮痛薬などが選択されるが,本症例では奏功しなかった.一方で本症例は血管の神経圧迫による発作性の神経障害性疼痛であり,三叉神経痛との類似性から第一選択薬であるCBZを導入したところ著明な鎮痛効果が得られた.三叉神経痛に対するCa2+チャネルα2δリガンドはCBZよりも副作用の忍容性が高いが,有効性は低いと結論されている8).本症例でもプレガバリンの効果が乏しい一方でCBZが奏功しており,治療経過からも三叉神経痛様の病態が考えられた.

三叉神経痛の薬物治療では,CBZの他にラモトリギンやフェニトイン,キシロカインなどがあり9),いずれも電位依存性Naチャネル(voltage-gated sodium channel:VGSC)の阻害作用を有する.VGSCの9種のサブタイプ(Nav1.1~1.9)のうち神経障害性疼痛との関連が報告されているのはNav1.3,1.7,1.8である10).三叉神経痛ではNav1.7,1.8の異所性発現がみられ11),脊髄後根神経節にはNav1.6,1.7が多く発現している10).また三叉神経痛を含む神経血管圧迫症候群では血管の接触により神経に脱髄が生じると報告されており12),脱髄に伴いVGSCの発現が変化することが過剰な神経興奮性と痛みの機序であると考えられている13).CBZはVGSCサブタイプのうち特にNav1.7を阻害するという報告があり14),Nav1.7を介して三叉神経痛や本症例のような血管圧迫性の神経痛を軽減したと考えられる.

本症例の痛みの原因には神経根圧迫だけでなく,AVM自体による脊髄圧迫や初回塞栓術後の脊髄虚血の関与も考えられた.脊髄障害により脊髄後角神経にNav1.7が異所性発現するという報告があり15),そのような病態にCBZが奏功した可能性もあった.しかし2回目の塞栓術で導出静脈が縮小すると痛みがほとんど消失した経過を考慮すると,脊髄圧迫や脊髄虚血の関与よりも導出静脈による神経根圧迫が病態の主体であったと推測される.もともと発作性の神経痛が立位や歩行などの動きによって誘発される傾向があり,発作痛の合間には全く痛みのない時間もあったという症状は,血管性の神経根圧迫が原因であったと考えられる.

IV 結語

脊髄AVMの標準治療は外科治療であるが,リスクを勘案すると安易に選択できず,保存的加療の重要性は高い.本症例の経過から,脊髄AVMの神経根圧迫によって生じた痛みに対してCBZが有効である可能性が示唆された.また最終的に外科治療が選択されたとしても,その間の疼痛緩和にCBZの使用は考慮すべき選択肢である.

本稿の要旨は,日本麻酔科学会 関東甲信越・東京支部第63回合同学術集会(2023年9月,東京)において発表した.

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