Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Clinical Report
Marked improvement in ADL/QOL of brachial plexus pull-out injury by treatment of male hypogonadism: a case report
Miyo ABEYasushi YUMURAMasaki KITAHARA
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2024 Volume 31 Issue 8 Pages 171-174

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Abstract

29歳,男性.腕神経叢引き抜き損傷による慢性疼痛コントロール目的で当科に紹介された.男性性腺機能低下症を疑い治療したところ痛みが軽減し,ADL・QOLが改善した.

Translated Abstract

A 29-year-old male patient was referred to our department for chronic pain control due to a brachial plexus injury. He was referred to our department for chronic pain control due to a pulled brachial plexus injury. After a thorough examination, male hypogonadism was suspected, and therapeutic intervention was performed, resulting in good pain control. Finding factors that can improve the patient's ADL and quality of life is also an important task for pain clinicians.

I はじめに

慢性疼痛の要因としては侵害受容性・神経障害性・心理社会的疼痛などがあり1),これらはお互いに密接に関連している.事故による腕神経叢引き抜き損傷後に心理社会的要因を精査した結果,男性性腺機能低下症候群が判明し,クロミフェンクエン酸塩(clomiphene citrate:CC)の投与によりADL・QOLが著明に改善した症例を経験したので報告する.

II 症例

29歳男性,身長176 cm,70 kg.

主 訴:左肩・肩甲骨・前腕から第1~2指の痛み.

既往歴:事故後よりうつ・不安症疑い,左横隔膜不全麻痺.

現病歴:バイク事故で,頚髄硬膜外血腫,環椎後頭関節亜脱臼,左C4~7の神経根の引き抜き損傷と診断された.受傷時は上下肢とも運動完全麻痺だったが,右上肢・両下肢の筋力は回復し杖歩行が可能となった.神経移行術は受傷時の気管切開の影響で気管挿管ができず中止となった.左肩から上肢の強い痛みのコントロール目的で事故より1年半後に当科に紹介された.

現 症:左肩から上肢に牽引されるような痛みとしびれがあり,左大胸筋・左棘下筋に圧痛を認めた.トラマドール塩酸塩,ロキソプロフェン錠,プレガバリン,アセトアミノフェンの多剤内服で10段階痛みスケールは7から4へと減少していた.

1日の過ごし方:午前中は就寝,午後は第一子と遊ぶ.

睡 眠:痛みによる入眠困難と複数回の中途覚醒,熟睡感なし.

血液検査所見:尿素窒素28 mg/dl,遊離サイロキシン1.73 ng/dl以外は凝固系,肝腎機能ともに異常所見は認めなかった.

厚生労働省慢性の痛み研究班共通問診票(以下「問診票」):結果を(表1)に示す.

表1痛み関連問診票の経過

    初診時 3カ月後 6カ月後
BPI worst 8 6 5
  least 2 4 2
  average 4 5 4
  current 4 4 5
PDAS   26 23 19
HADS anxiety 11 5 5
  depression 14 11 8
PCS   42 28 33
EQ5D   0.600 0.513 0.552
PSEQ   9 18 23
アテネ不眠尺度   15 10 11
ロコモ25   49 36 32

厚生労働省慢性の痛み研究班共通問診票.

福島医科大学附属病院矢吹省司教授を班長として,2024年3月現在,全国43の医療機関が所属している研究班で共通に使われている問診票.主な指標とその意味は以下のとおりである.

BPI(brie pain inventory):簡易疼痛調査用紙,24時間以内の痛みの程度を0~10段階で評価.

PDAS(pain disability assessment scale):疼痛生活障害評価尺度;疼痛による生活障害の度合いを評価.20~40:中等度,40≦高度障害.

HADS(hospital anxiety and depression scale):不安と抑うつの評価,cut off値8点,13点≦重症.

PCS(pain catastrophizing scale):疼痛破局的思考尺度,30点≦重症.

EQ5D(EuroQol 5-dimensions 5-levels):健康関連QOL尺度,0.000(死の状態)~1.000最上の健康状態を表したもの.

PSEQ(pain self-efficacy questionnaire):自己効力感,40点≦high efficacy.

アテネ不眠尺度:cut off値6点≦.

ロコモ25:ロコモシンドローム質問票,16点≦で要介護リスク増加(年齢によりcut off値は変化).

治療経過:初診時は明らかな気分の落ち込み,過剰な苛立ち,事故前後の健忘,言葉描出の軽度な困難がみられた.患者は「40歳未満の若年者」,「男性」,現症では「気分の落ち込み」,「筋力の低下」,「易怒性」,「記憶力の低下」,「不眠」,「活力の低下」,初診時の問診票のスコアでは「PDAS疼痛生活障害評価尺度が高値」,「HADS不安と抑うつの評価が高値」,「PCS疼痛破局的思考尺度が高値」,「PSEQ自己効力感が低値」,「アテネ不眠尺度が高値」に該当した.これらは男性性腺機能低下症の可能性があり,また筋力低下より微量元素の低下も考え,遊離テストステロン(free testosterone:FT),銅・亜鉛・鉄を測定した.結果,微量元素はいずれも正常範囲内であったもののFTが2.1 pg/ml(下限:8.5 pg/ml,borderline:11.8 pg/ml)と著明に低下しており泌尿器科に併診した.男性性腺機能低下症は,特徴的な臨床症状と血中総テストステロン(total testosterone:TT)の低下(250 ng/dl未満)で診断され,TTが正常であった場合はFT値測定も考慮するとされている.本症例ではTTが364 ng/dlと正常範囲内だったが,男性性腺機能低下症を強く疑う症状である性欲の低下,第二子不妊,精子運動率8.4%と著明な低下とFT低値から,総合的に男性性腺機能低下症と診断された.泌尿器科よりCCが開始され,当科ではロキソプロフェンを中止しトラマドール塩酸塩を減量した.また通院を中断していたリハビリテーション病院に従来行っていた他動的なマッサージのみでなく,自身でのストレッチや能動的なマッサージのプログラムを作成するように依頼した.CC投与開始から1カ月後,FTは18.2 pg/mlとなり,体調は改善し配偶者の第二子の妊娠に至った.またPDAS,HADS,PSEQは改善した(表1).本人の強い希望でプレガバリン600 mg/日をミロガバリンベシル酸塩30 mg/日に変更し,トラマドール塩酸塩と共にさらに減量した.その後,気分の落ち込みや苛立ち,言葉描出の困難は改善し,痛みスコアも改善したため当科は終診となった.

III 考察

腕神経叢損傷は脊髄神経や神経根の断裂や引き抜き損傷を伴う場合,重度の後遺症が残存し,生涯にわたり身体機能やQOLに壊滅的な影響を与える可能性がある.95%の症例で神経障害性疼痛を認め2),引き抜きの場合は90%の症例で激痛を生じる.治療方法は外科的療法3,4),薬物療法4),神経ブロック療法,心理療法,運動療法,鍼治療などがあるが完全な回復は難しい.

当院ではすべての慢性痛患者に対して,心理・社会的評価を行っている.本症例では「若年者」・「抑うつ傾向」・「易怒性」・「記憶力の低下」・「不眠」・「活力の低下」に着目し,男性性腺機能低下症や微量元素低下の可能性を念頭に置き,FT・銅・亜鉛・鉄を追加測定した.結果FTの極端な低下を認め,泌尿器科での詳しい問診により性欲低下,第二子不妊,精子運動率低下も判明し,総合的に男性性腺機能低下症と診断され治療を行った.続発性男性性腺機能低下症の病因としては器質的病変と多彩な機能的病態に大きく二分される.後者には全身急性疾患などの多彩な疾患・病態が含まれる5).本症例では交通事故による全身急性疾患と,外傷を契機とした身体的・心理的な極めて大きなストレスが誘因となり続発性男性性腺機能低下症となったと考えられる.

テストステロン(testosterone:TTE)は,重要な生理的役割を担っており5),特に中枢神経系では,TTE・ジヒドロテストステロン(dihydrotestosterone:DHT)の受容体が空間認知機能を担う海馬に多く発現しており,TTEやDHTの神経シナプスの密度を短期的に増加させている6).また海馬でのTTEの低下は神経シナプス濃度の低下と記憶能力の低下に関与しているとされる7).一方,海馬は脳のストレス感知中枢でもある.ラットの海馬内のTTE・DHTが低下すると不安行動が発生し,海馬へのTTE・DHTの注入により不安行動が改善することや8)うつ様症状の中高年男性患者に対するTTE補充により効果を認めた報告もある9).海馬と共にストレスに関連する扁桃体でも,TTE値との関連を認めている.特定の感情(恐怖心,怒り)の表情とTTEレベルに反応した扁桃体の活性化との間に有意な正の関係がある報告や10),TTE値が高い男性ほど感情的覚醒と扁桃体の反応性が高まり,記憶力が向上した報告もある11).さらにTTEの低下は,メタボリックシンドローム,インスリン抵抗性,高血圧,脂質異常症,アテローム性動脈硬化症,脂肪肝,凝固亢進,IL-6・TNF-α・IL-1βなどの炎症性サイトカインの上昇,ROS/RNSによる酸化ストレスをもたらし,慢性疼痛を引き起こす12).慢性疼痛に伴う心理的ストレスは,血中TTE値をさらに低下させ,疼痛閾値と相関する可能性がある13).また慢性疼痛症候群の男性性腺機能低下症における6カ月間のTTE補充療法は,痛み,心の健康および睡眠障害などのQOLの有意義な改善を示している14).このようにTTEは,慢性疼痛において痛みの発生や強さに影響を与え,痛みの耐性を高めるだけでなく,QOLを改善することが示唆されている.

TTE療法は,男性の性腺機能低下症の第一選択だが,副作用に不妊症がある.CCは,活動的な男性や将来子供を望む男性に対する代替療法であり,本症例も泌尿器科医の判断でCCが選択された.CCは視床下部の性ホルモン受容体に拮抗的に作用し,下垂体性腺系ホルモンの分泌を促進し,アンドロゲンの産生やTTEの分泌を促すことで,症状の改善を目的とする.海外の報告では,CC投与後にTT・FT・黄体形成ホルモン・卵胞刺激ホルモン・性ホルモン結合グロブリンの上昇を認めている.TTが2.6から4.7 ng/ml,FTが52から99 pg/ml[本邦と測定方法や診断基準(63.4~65 pg/ml以下)は異なる]と上昇するに伴い患者の74%で性欲・勃起不全・倦怠感といった症状の改善が報告されている15).本症例ではCC投与により1カ月で体調が改善し,配偶者が妊娠したため泌尿器科にてFT以外の経過はフォローされていなかった.しかしFTが2.1から18.2 pg/mlと正常値まで回復したことから精子の運動率や量が増加し,妊娠に至るまで体調が改善したことや,当科ではリハビリテーションへの介入・鎮痛薬の減量のみを行っていたことから,CCにより男性性腺機能低下症が改善した影響が大きく,PDAS・HADS・PSEQ・アテネ不眠尺度の改善につながったと考えられた.

このように,慢性疼痛の治療において男性性腺機能低下症を考慮することは重要であるが,通常は診断が難しく,詳細な問診と総合的判断が必要である5).本症例では生物心理社会モデルに基づく多面的な評価と,男性性腺機能低下症の治療介入により痛みの減少,不安や抑うつの改善,自己効力感が上昇した結果,生活のADL・QOLが劇的に改善し,疼痛管理が良好となったと考えられた.

IV 結語

難治性とされている腕神経叢引き抜き損傷において,男性性腺機能低下症の可能性を念頭に置くことで,良好な疼痛管理を得た症例を経験した.神経ブロックや薬物療法だけでなく,臨床症状や心理的要因に着目し,生活のADL・QOLを改善できる要因を見つけ出すこともペインクリニック専門医として重要な仕事であると思われる.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第3回東北支部学術集会(2023年2月,Web開催)において発表した.

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