2025 Volume 32 Issue 2 Pages 25-29
神経根嚢胞が症候性となることは非常にまれである.腰椎神経根嚢胞による下肢の激痛に対してステロイド薬注入を併用した神経根パルス高周波法が有効であった1例を経験した.43歳男性,1カ月前からnumerical rating scale(NRS)7の左大腿前面の痛みが出現した.腰椎MRIで左L3神経根に直径10 mmの神経根嚢胞を指摘され,これによる左L3神経根症状と診断した.本症例は職業運転手であり,薬物治療より神経ブロック治療を優先してステロイド薬注入を併用した神経根パルス高周波法を施行した.痛みはNRS 2まで改善し職務に復帰した.5カ月後のMRIで嚢胞は消失していた.神経根嚢胞は神経根に沿った硬膜の嚢胞性拡張で偶発的に発見されることが多い.嚢胞による神経根圧迫や骨破壊により腰下肢痛を呈することがある.治療は外科的治療,穿刺吸引法などさまざまな方法での効果が報告されている.単独の神経根症状であったためステロイド薬注入を併用した神経根パルス高周波法で良好な鎮痛が得られた.神経根症状を有する腰椎神経根嚢胞に対してステロイド薬注入を併用した神経根パルス高周波法が治療選択肢の一つとなる可能性が示唆された.
We present a case of a lumbar perineural cyst treated with nerve root pulsed radiofrequency and steroid therapy to address severe lower limb pain. The patient, a 43-year-old man, sought care at our orthopedic department for persistent left thigh pain, rated 7 on the numerical rating scale (NRS) for the past month. He exhibited left L3 radicular pain, and lumbar MRI confirmed a 10 mm perineural cyst at the left L3 nerve root. Referred for pain management, the patient received pulsed radiofrequency therapy combined with steroid administration, resulting in pain reduction to NRS 2. Perineural cysts, extensions of the dura mater along the nerve root, are often discovered incidentally through advanced imaging techniques. While most remain asymptomatic, they can cause pain from nerve root compression or bone erosion. Various interventions, including surgical options and percutaneous cyst puncture, have proven effective, underscoring the potential of pulsed radiofrequency therapy for radicular pain related to lumbar perineural cysts.
神経根嚢胞は神経根に沿った硬膜の嚢胞性拡張で,症候性となることは非常にまれである.しかし,嚢胞と神経根の位置関係により腰下肢痛や神経根症状,膀胱直腸障害などさまざまな症状を呈する1).治療法は確立されておらず,外科的治療をはじめ,多様な方法が提案されている.今回,腰椎神経根嚢胞による下肢の激痛に対してステロイド薬注入を併用した神経根パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)が有効であった1例を経験したので報告する.
症例報告に際し,患者から文書にて同意を得た.
43歳,男性,168 cm,80 kg.
主 訴:左大腿部痛.
既往歴:26歳,蜂刺症によるアナフィラキシーショック,39歳,右膝前十字靱帯手術.
初診時内服薬:トラマドール塩酸塩100 mg/日,アセトアミノフェン1,000 mg/日,ロキソプロフェンナトリウム60 mg頓用.
生活歴:喫煙15本×22年,職業は廃棄物運搬業,趣味はバレーボール.
現病歴:1カ月前から左大腿前面の痛みが出現した.その数日後には激痛となり救急搬送されたが,原因は特定できなかった.針で刺されたような強い痛みが持続するため運転業務は中止し,当院整形外科受診となった.腰椎単純MRIで,椎体,椎間板の変性はなく,椎体に明らかな腫瘍性病変はなかった.short inversion time inversion recovery(STIR)法で,左L3神経根に10 mm大の高信号を示す神経根嚢胞(図1)があり,これによる左L3神経根症状と診断された.股関節疾患や腸腰筋症候群,深臀部症候群,末梢神経障害,感染などの鑑別診断は,身体所見と画像所見から除外した.嚢胞が小さかったため,外科的治療は行われず疼痛治療目的で当科紹介となった.
腰椎単純MRI
(a):左L3神経根に直径10 mmの嚢胞様構造がみられる(矢印).(b),(c):嚢胞は描出できていない.
初診時所見:左大腿前面から膝上にかけてと大腿内側および左腰部に安静時numerical rating scale(NRS)4,体動時8の疼痛および5/10の感覚低下と冷感があった.腰椎後屈で左大腿前面に放散痛があった.筋力低下や膀胱直腸障害はなく,straight leg raising test,femoral nerve stretching testともに陰性であった.
治療経過:運転禁止薬の使用はできなかったため,薬物治療よりも神経ブロック治療を優先して行うこととした.初診から8日後,比較的長期的な効果を期待してステロイド薬注入を併用した神経根PRFを予定した.超音波診断装置で嚢胞の確認はできなかった.X線透視下で嚢胞の外膜を視認することは困難であるため,MRIで判明した嚢胞の位置から十分に距離を確保する意図で,safe triangleを正確に狙ってL3 PRFを施行した(図2).非絶縁部10 mmの22G 100 mm高周波針を用い,造影剤でくも膜下腔への漏出がないことを確認した.穿刺時にparesthesiaを認めた.髄液が吸引されないことを確認し,1%リドカイン1 mlを投与しparesthesiaの消失を確認した後,NT1100(ニューロサーミック,日本光電)を用いて42℃×9分間のPRFを行った.PRF後,デキサメタゾン6.6 mgを投与した.施行直後の鎮痛効果は良好であった.
左L3神経根PRF施行時の透視画像
ブロック後に頭痛などの硬膜穿刺を疑う所見はなかった.4週間後,NRSは2まで改善したが,感覚低下や冷感は残存した.内服薬は漸減でき,従来の職務に復帰した.ブロックから12週間後,急に左大腿前面の体動時痛がNRS 7まで再燃したため,MRIを再検した.MRIハイドログラフィでは,画像上嚢胞は消失(図3)していた.経過観察のみで痛みは自制内となり,感覚低下と冷感は痛みの改善に伴い軽減したため終診となった.ブロックから10カ月後においても症状の再燃はみられていない.
神経根嚢胞は1938年にTarlovによって初めて報告された病態で,神経根に沿った硬膜の嚢胞性拡張で,その壁もしくは内部に神経根が存在する.腰仙椎に好発し嚢胞はくも膜下腔と交通している2).成人の4.2%にみられ3),MRIなどの画像診断の発達によって偶発的に発見されることが多くなった.仙椎では,神経根嚢胞のうち症候性は16%程度3)である.神経根嚢胞の病因は,炎症性,外傷性,先天性の可能性が指摘されているが,明らかになっていない.嚢胞による神経根圧迫や骨破壊,嚢胞内圧の上昇により神経根症状や交感神経刺激症状,膀胱直腸障害を呈することがある.本症例では,痛みの部位と画像所見から神経根嚢胞が痛みの原因であると思われた.
神経根嚢胞は,症例によって部位,大きさ,症状がさまざまであり,それぞれの症例で最良の治療法を検討する必要がある.治療法として,薬物療法や穿刺吸引法,ステロイド薬の内服または硬膜外投与,外科的治療の効果が報告されている4–6).穿刺吸引法は外科的治療と比較して髄液漏や感染の合併症は少ないが症状の再発率が高い5).手術治療は,2~3 cm以上の嚢胞に伴う単独神経根症状や排尿障害に有効であると報告されている7)が,1.5 cm以下の嚢胞の症例では症状改善度が低いとされている8).本症例では嚢胞が小さいため,外科的治療による症状改善の可能性が低くペインクリニックでの治療となった.本症例のような小さい神経根嚢胞で感覚低下が生じた理由として,嚢胞による領域の狭小化による神経根の圧迫,それに続発する神経根の炎症反応や微小循環障害が関与している可能性が考えられる.左L3単独の神経根症状であったため,同部位のステロイド薬注入を併用した神経根PRFを早期に行い良好な鎮痛が得られた.
既存の症例報告では,神経根嚢胞の外膜を穿刺しないよう超音波診断装置によるガイド下に穿刺を行っている9).神経根嚢胞の外膜は硬膜であり,偶発的な硬膜穿刺による髄液漏や感染は避けるべきである.また,過去には胸部傍脊椎ブロックを行った際に未診断の神経根嚢胞を穿刺した結果,脊椎麻酔となった例が報告されている10).本症例では治療前後のMRIで神経根嚢胞が消失していることが判明した.神経根嚢胞の消失メカニズムは明らかではないが,ブロック時の偶発的穿刺も可能性の一つとして挙げられる.施行直後のMRIはなく,嚢胞の消失と12週後の痛み再燃の正確な機序は不明である.
本症例では,PRFによる局所の電場発生とステロイド薬注入の抗炎症作用がいずれも症状改善に寄与した可能性が考えられる.腰部脊柱管狭窄症による根性痛患者62人に対し,経椎間孔硬膜外注入(局所麻酔薬+ステロイド薬)のみを施行した患者とPRFを併用した患者で,2カ月後と3カ月後の有効性を認めた患者の割合はPRF併用群の方が有意に多かったと報告されている11).神経根嚢胞に対する神経根PRFの報告は少なく,その有効性については今後さらなる検討が必要である.また,神経根嚢胞に対してステロイド薬注入単独での効果も報告されており9),本症例における改善がPRFのみによるものか,ステロイド薬の効果が主であったかを判断することは困難である.経過からステロイド薬注入と神経根PRFの複合的な効果を結論づけることには限界があるが,神経根症状を伴う小さな神経根嚢胞に対する治療選択肢の一つとして考慮される可能性を示唆している.
神経根症状を有する腰椎神経根嚢胞に対して,ステロイド薬注入を併用した神経根PRFが有用である可能性が示唆された.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会 第4回東海・北陸支部学術集会(2024年2月,名古屋)において発表した.