2025 Volume 32 Issue 3 Pages 55-60
経皮的硬膜外癒着剥離術は,硬膜外腔の癒着が推測される脊柱管狭窄症にも適用される.Racz原法では,脊柱管腹側にカテーテル(以下,カテ)先端を誘導し,主に液性剥離を行う.われわれはカテ先端が脊柱管腹側に位置していなくても,しばしば硬膜外腔や神経根が造影されることを経験した.今回,変性腰部脊柱管狭窄症を対象に,カテ先端位置と硬膜外造影の関連性を後ろ向きに調べた.方法:2022~2023年に仙骨裂孔法Raczカテーテル治療を受けた変性腰部脊柱管狭窄症57症例の術中カテ先端位置(腹側,背側)と術後computed tomography(CT)硬膜外造影を比較した.結果:カテ先端位置は腹側28症例,背側29症例であった.それぞれのCT硬膜外造影は,腹側造影あり100% vs 96.6%,腹側・罹患側造影あり96.4% vs 96.6%,腹側・罹患側・罹患高位造影あり92.9% vs 86.2%,罹患神経根造影あり71.4% vs 72.4%で,いずれも有意差は認められなかった.結論:変性腰部脊柱管狭窄症に対するRaczカテーテル治療では,脊柱管腹側にカテ先端が位置しなくても,ほぼ目的部位に薬液を投与することができた.
Introduction: Percutaneous epidural adhesiolysis (PEA) is used for lumbar spinal stenosis with suspected epidural adhesions. The Racz catheter method typically guides the tip to the ventral epidural space, but epidurography or radiculography can occur even if the tip is not ventral. This study retrospectively examined the relationship between catheter tip position and epidural imaging in degenerative lumbar spinal stenosis (DLSCS). Methods: We compared catheter tip position with postoperative CT-epidurography in 57 DLSCS cases treated via the sacral hiatus from 2022 to 2023. Results: Of 57 cases, 28 had ventral catheter positioning and 29 dorsal. Epidurography showed no significant differences in ventral, affected-side, affected-level, or nerve root imaging. Conclusion: In DLSCS treatment, effective drug delivery is possible even when the catheter tip is not positioned on the ventral side.
腰部脊柱管狭窄症では,狭窄した脊柱管による慢性的圧迫が神経炎症や循環障害をきたし,神経根周囲や硬膜外腔が線維化(癒着)し,それがまた痛みの原因となり得る1).そのため近年,経皮的硬膜外癒着剥離術percutaneous epidural adhesiolysis(以下,PEA)が痛み治療に適用される2–4).その際,椎間板や腹側硬膜外腔の知覚を支配する椎骨洞神経が脊柱管腹側に存在するため,腹側硬膜外腔を治療のターゲットにすることが推奨されている5,6).PEAを提唱したRaczも,標準的手技として脊柱管腹側にカテーテル先端(以下,カテ先端)を留置して硬膜外腔の癒着を剥離すると述べている7).
われわれは背側硬膜外腔にカテ先端が位置しても,しばしば良好な硬膜外造影像や神経根造影像が得られることを過去に経験してきた.今回,神経根症状を呈する変性腰部脊柱管狭窄症degenerative lumbar spinal canal stenosis(以下,DLSCS)に対して,Raczカテーテル®を用いて施行したPEAにおいて,術中のカテ先端位置が腹側か背側かによって術直後の脊椎CTにおける硬膜外造影所見に差異があるかを後ろ向きに調べた.
本研究は高清会高井病院倫理委員会の承認を2024年10月1日111番で得ている.
1. 対象2022~2023年に,DLSCSに対し仙骨裂孔アプローチPEAを施行した症例を対象とした.脊椎術後患者,HbA1c 8.0以上の糖尿病患者,Cr 1.5以上の腎機能障害患者,抗凝固療法中,局所麻酔薬や造影剤アレルギーの既往患者は含まれない.DLSCSは問診,神経学的所見から罹患神経根を推測し,腰椎単純X線と腰椎MRIにより,該当する神経根高位の外側陥凹狭窄が確認されることで診断した.具体的な病変として,腰椎変性に基づく関節柱の骨性肥厚,周囲靱帯の肥厚,椎間関節包の腫大,椎体の骨棘,椎間板の膨隆などが含まれた.PEA前治療として,該当する神経根ブロック(局所麻酔薬とステロイドを使用)を3回以上行い,一部の症例には神経根パルス高周波治療も行ったが愁訴が十分に改善しない場合をPEAの適応とした.なお神経根ブロックは,safe triangleアプローチで神経根レリーフ像(神経上膜外造影)を得るよう施行し,経椎間孔的硬膜外流入の有無や神経根起始部硬膜外腔の癒着の程度を評価した.また再現性疼痛や自覚症状の緩和を確認して罹患高位の同定に寄与させた.
2. PEA手技腹臥位,Bi-plane透視下に仙骨裂孔を確認し,局所麻酔後,18G硬膜外針(Epimed RX coude)を穿刺し,硬膜外造影を確認する.Epimedスプリング硬膜外カテーテル(VERSA-KATH 21G 30.5 cm)を罹患神経根高位か,少なくとも1椎体尾側まで挿入する.その際,左右は厳密に罹患側を狙い,最低でもカテ先端を正中に位置させるが,腹・背側は必ずしもこだわらない.罹患部位の硬膜外造影を目標にreal-time透視下に10 mlのイオヘキソール240 mgI/mlと生理食塩水5 mlを投与し硬膜外腔を液性剥離するが,造影像が良好に拡がる場合は必ずしも全量投与はしない.なお,血管内注入時や薬液の拡張不良の場合は,適宜カテ先端の位置を微調節して良好な造影像を得るように努める.その後,デキサメタゾン3.3 mgを混合した1%カルボカイン4~5 mlを投与してカテーテルを抜去し,直後に仰臥位で脊椎CTを撮像し術者が読影する.
3. 画像の読影基準カテ先端位置は,術中透視所見で脊柱管の腹側か背側かを判断した(図1).
Raczカテーテル治療施行時の透視側面像
左:症例はL4/5狭窄症,罹患神経根は右L5.カテーテルは腹側にある(白矢印).
右:症例はL4/5狭窄症,罹患神経根は右L5.カテーテルは背側にある(白矢印).
術後CT硬膜外造影像の読影パターンの定義は以下とした.
「腹側」:脊柱管腹側に硬膜外造影あり(罹患側か罹患高位かは不問)
「腹側・罹患側」:脊柱管腹側かつ罹患側に硬膜外造影あり(罹患高位かは不問)
「腹側・罹患高位」:罹患神経根基部(外側陥凹狭窄部)に一致する範囲の腹側硬膜外造影あり
「罹患神経根」:罹患神経根造影あり
なお,該当部位にわずかでも造影効果を認めれば「造影あり」と判定した.
4. 統計処理カテーテル位置と造影パターンでクロス集計し,χ2検定(p<0.05を有意とする)で統計処理を行った.
該当症例は57症例で,罹患神経根はL3が9症例(右1,左8),L4が7症例(右6,左1),L5が39症例(右26,左13),L6が2症例(右2,左0),S1は0症例であった.カテ先端位置は腹側28症例,背側29症例であった.CT硬膜外造影パターンは,「腹側」ありはカテ腹側で100%,カテ背側で96.6%,「腹側・罹患側」ありはカテ腹側で96.4%,カテ背側で96.6%,「腹側・罹患高位」ありはカテ腹側で92.9%,カテ背側で86.2%,「罹患神経根」ありはカテ腹側で71.4%,カテ背側で72.4%であり,いずれの比較においても有意差は認められなかった(表1~表4).図2,3に実際の症例を供覧する.
腹側造影 | ||||
---|---|---|---|---|
あり | なし | 合計 | ||
カテ位置 | 腹側 | 28 | 0 | 28 |
背側 | 28 | 1 | 29 | |
合計 | 56 | 1 | 57 |
NS
腹側・罹患側造影 | ||||
---|---|---|---|---|
あり | なし | 合計 | ||
カテ位置 | 腹側 | 27 | 1 | 28 |
背側 | 28 | 1 | 29 | |
合計 | 55 | 2 | 57 |
NS
腹側・罹患高位造影 | ||||
---|---|---|---|---|
あり | なし | 合計 | ||
カテ位置 | 腹側 | 26 | 2 | 28 |
背側 | 25 | 4 | 29 | |
合計 | 51 | 6 | 57 |
NS
罹患神経根造影 | ||||
---|---|---|---|---|
あり | なし | 合計 | ||
カテ位置 | 腹側 | 20 | 8 | 28 |
背側 | 21 | 8 | 29 | |
合計 | 41 | 16 | 57 |
NS
Raczカテーテル治療施行後のCT硬膜外造影像(図1左と同症例,カテーテル先端が腹側の場合)
上段左:矢状断.腹側硬膜外腔に造影を認める(縦縞模様矢印).罹患高位は白両方向矢印の範囲(の右側)に相当する.
上段右:冠状断.罹患側・罹患高位の硬膜外造影と罹患神経根造影を認める(白格子柄矢印).
下段の左右:水平断.罹患部位の腹側硬膜外造影と罹患神経根造影を認める(白格子柄矢印).
Raczカテーテル治療施行後のCT硬膜外造影像(図1右と同症例,カテーテル先端が背側の場合)
上段左:矢状断.腹側硬膜外腔に造影を認める(縦縞模様矢印).罹患高位は白両方向矢印の範囲(の右側)に相当する.
上段右:冠状断.罹患側・罹患高位の硬膜外造影と罹患神経根造影を認める(白格子柄矢印).
下段の左右:水平断.罹患部位の腹側硬膜外造影と罹患神経根造影を認める(白格子柄矢印).
今回の後ろ向き研究では,変性腰部脊柱管狭窄症に対する仙骨裂孔アプローチPEAにおいて,カテ先端が腹側か背側によって術後のCT硬膜外造影パターンに有意差を認めず,必ずしもカテ先端を腹側硬膜外腔に誘導しなくても腹側硬膜外腔や罹患神経根周辺に薬液が拡がることが示された.カテ先端位置と注入薬液の拡がりに関する文献は見当たらない.カテーテルを強制的に腹側硬膜外腔に誘導しようと過剰に操作すると,硬膜穿刺やカテーテル破損の可能性もある8).PEAを安全に施行する上で,今回得られた結果は有益な情報と考えられる.
今回は治療効果については解析していないが,カテ先端の位置や薬液の拡がりと治療効果の関連性に関心がもたれる.カテ先端位置に関してChangらは,腰椎椎間板疾患でカテ先端が腹側204人vs背側99人を後ろ向きに比較し,腰痛はPEA術後有意差なし,下肢痛はPEA術後3,6カ月でカテ先端腹側群のVASが有意に低値であった6).ただしこの報告では,カテ先端が腹側か背側かで硬膜外造影の拡がりに差異があったか否かは述べられていない.PEA術後CTを検討したChinらによると,腰椎術後疼痛患者ならびに腰部脊柱管狭窄症患者26人に計30回のPEAを施行し,術後cone-beam CTで罹患神経根の腹側脊柱管と背側椎間孔に造影が認められると有効性が高かった.また透視造影所見に比して,cone-beam CT所見の検者間信頼性が高かったと述べている9).われわれはPEA術後に全症例で脊椎CTを撮影し,薬液の拡がりを詳細に評価しているので,今後はCT硬膜外造影像と治療効果の関連性を解析する予定である.
本研究のlimitationとして,症例数が十分とは言えないこと,術後CT硬膜外造影の読影を術者が行っていることが挙げられる.
変性腰部脊柱管狭窄症に対するRaczカテーテルを用いた経皮的硬膜外癒着剥離術では,脊柱管腹側にカテ先端が位置しなくても,ほぼ標的部位に薬液を投与することができた.
本研究は,日本ペインクリニック学会第58回大会(2024年7月,宇都宮)において発表した.