2025 Volume 32 Issue 5 Pages 119-122
80歳男性.膵頭部がん術後再発による腹痛に対して内臓神経ブロックを2回施行した.終末期になり患者と家族の退院希望をかなえるため,残存した痛みに対してくも膜下カテーテル留置術および皮下アクセスポート(intrathecal port:ITport)造設術を施行した.残された時間を少しでも長く家で過ごせるよう,各部署と連携し,ITport挿入から5日後に退院した.退院3日後に当科で往診し,ITport留置針と薬液の交換を行った.退院7日後,自宅にて死亡した.くも膜下鎮痛法は在宅で脊髄幹鎮痛を行うために必要な手法である.しかし,その認知度の低さ,管理への不安,薬剤確保の煩雑さから在宅管理を引き継ぐことができる訪問診療,訪問看護は多くない.今回,訪問診療医と連携して,くも膜下鎮痛法の管理を当科の往診で対応したことで,患者が家に帰ることができた1例について報告する.
An 80-year-old male with cancer pain due to pancreatic cancer underwent splanchnic nerve block twice to manage abdominal and lower back pain. Due to persistent pain, an intrathecal catheter and a subcutaneous access port (intrathecal port, IT port) were placed for continuous analgesic administration. Intrathecal morphine was initiated at a dose of 1.2 mg/day. The patient was discharged five days after IT port placement. Three days post-discharge, he was visited by the pain management team due to increasing pain. At this time, the intrathecal morphine dose was increased to 6.0 mg/day. The patient passed away peacefully and painlessly at home, seven days after discharge. Intrathecal analgesia is a valuable technique for delivering neuraxial analgesia in a home setting. We report a case in which the patient was able to remain at home while receiving weekly management of intrathecal analgesia by our staff, in conjunction with general home medical care provided by a visiting physician.
患者の終末期をどこで過ごすかは患者や患者家族にとって重要な問題である.くも膜下鎮痛法は,オピオイドの全身投与より優れた鎮痛効果をもたらし,強いがん疼痛を軽減するのに有効な手段である1)が,患者が在宅での療養を希望されても,くも膜下鎮痛法を在宅で継続できる地域が日本にどれほどあるだろうか.今回,当科が往診でITport留置針と薬液の交換を行うことで,訪問診療医と連携し,患者が自宅で穏やかに最期を迎えることができた症例を経験したので報告する.
なお,本症例の報告に関しては,患者・家族から書面による同意を得た.
80歳男性,身長156 cm,体重46.7 kg.既往に高血圧,糖尿病,狭心症(冠動脈ステント留置術)があった.X年2月に膵頭部がんと診断され,X年5月に亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行された.X+1年3月にTh12,L1レベルの傍大動脈リンパ節再発および膵断端再発を認め,腹痛に対する治療目的で当科に紹介された.診察時には腹部正中にちくちくした痛みがあり,安静時のnumerical rating scale(NRS)は4,圧痛は著明であり,突出痛で夜眠れないことがあった.本人と家族より神経ブロックの希望はなく,定時薬としてオキシコドン徐放剤10 mg/日,疼痛時レスキュー剤としてオキシコドン速放剤2.5 mg/回を処方した.痛みは軽減し,化学療法が施行された.X+1年11月にTh12,L1レベルの傍大動脈リンパ節の増大とともに腹痛の増悪を認めNRSは8となり,オキシコドン徐放剤20 mg/日と疼痛時オキシコドン速放剤5 mg/回へと増量した.その後,レスキューを使用した(1日1回程度,数日間)が効果を実感できなかったこと,オピオイド増量に対する懸念があったことから,本人,家族の希望で内臓神経ブロック(splanchnic nerve block:SNB)を実施することとなった.実施に際し,狭心症に対して内服していたバイアスピリン100 mg/日を1週間休薬した.
SNBはX線透視下にTh12/L1,L1/2の経椎間板アプローチで,それぞれ99.5%無水エタノールを15 mlずつ計30 ml投与した.8であったNRSは0へ低下した.その後オキシコドン徐放剤は20 mg/日のままで痛みは落ち着いていたが,X+2年4月に再び腹痛の増悪と腰痛の出現(NRS 7)があり,再入院となった.入院後の経過を図1に示す.Th12,L1に加えてL2,L3レベルの傍大動脈リンパ節の腫大を認め,オキシコドン徐放剤を30 mg/日へ増量し,再びバイアスピリンの休薬を行い,入院5日目に2回目のSNBを施行した.SNBは前回と同様の方法で行い,NRSは7から2へ低下した.入院10日目,NRSは4だがオピオイドのレスキューは効果がなく左側腹部が痛いと腹部をずっと押さえているような状態であった.画像所見から,腰痛はL2の高さの傍大動脈リンパ節腫大によるもの,左側腹部痛は圧痛の部位と画像所見からL3レベルの傍大動脈リンパ節腫大が原因と判断した.他に器質的な痛みの原因となる画像所見はなかった.入院14日目,主治医から本人と家族へ,今後の方針としては疼痛管理を中心とした緩和ケアが主軸になること,予後は1~2カ月であることが伝えられた.本人は家に帰ることを希望しており,当科から傍大動脈リンパ節腫大は広範囲に及び今後も増大する可能性があり,オピオイド内服だけでは効果が得られないことが予想され,痛みを取って自宅に帰るためにはくも膜下鎮痛法が有用であることを説明した.その結果,くも膜下鎮痛法を実施して,訪問診療と訪問看護を導入して自宅退院を目指す方針となった.
X+2年4月の入院後の経過
経口モルヒネ換算比,モルヒネ:オキシコドン=60:40.
1週間のバイアスピリン休薬後に手術予定を入れ,その間にITport留置予定であることを診療情報提供書に記入し,訪問診療と訪問看護の調整を行った.これまで,くも膜下鎮痛法は,神経麻酔に対応したポート針や薬液バッグの取り扱いをしている在宅医が少ないことや脊椎麻酔用局所麻酔薬を院外調剤薬局で処方困難なことから,訪問診療医への引き継ぎに難渋することが多かった.今回は患者の自宅が当院から3 km程度のところにあり,当科で往診対応が可能な距離であったため,くも膜下鎮痛法に伴う薬液の調整,週1回のITport留置針と薬液バッグの交換は当科で往診対応をするとしたことで,訪問診療医は依頼を引き受けてくれた.
入院23日目にITport造設術を施行した.L1/2から穿刺を行い,くも膜下カテーテルの先端をTh9椎体の高さとした.くも膜下に投与するモルヒネ量は1.2 mg/日で開始し,0.06%等比重ブピバカインを溶媒とした.左側腹部痛のために取れなった左側臥位が,くも膜下鎮痛法施行後は取れるようになった(NRS 6→0).オキシコドン徐放剤は中止とした.ITport挿入から5日目の退院日に退院前カンファレンスを行い,訪問看護ステーションとは,ITportに関するトラブル時や残存薬液量が少ない時には当科に連絡をもらうよう連携をとった.退院時,注入ポンプはシュアフューザー®A(容量100 ml,0.5 ml/時:ニプロ)を接続して帰した.シュアフューザー®には,モルヒネ30 mg,0.5%脊麻用等比重ブピバカイン12 ml,生理食塩水85 ml(合計100 ml)を充填し,投与速度0.5 ml/時(くも膜下モルヒネ投与量3.6 mg/日)で開始した.退院3日目,訪問看護師から痛みの増強の報告があり,くも膜下モルヒネの増量が必要と判断し,注入ポンプを流量変更可能なクーデックエイミーPCA®(大研医器)に変更した.その後,くも膜下モルヒネ投与量6 mg/日で疼痛コントロールは良好となり,退院から7日後,家族に囲まれて穏やかに自宅で死亡した.
がん疼痛患者の一部は,オピオイド鎮痛薬の全身投与では疼痛コントロールが不十分となる.このような難治性がん疼痛に対して,神経ブロック,硬膜外鎮痛法やくも膜下鎮痛法は有効な手段となる2).膵がんは進行が早く,内臓痛に対する神経ブロックを行ってもリンパ節腫大により,腹痛や腰痛が増強してくる場合がある.今回,今後もリンパ節腫大が増大する可能性が高いこと,残された予後が短いことを考慮し,くも膜下鎮痛法を行うことが患者や家族にとって有益であると判断した.オピオイド内服などの全身投与や神経ブロックで効果が得られない強いがん疼痛を認める場合,硬膜外鎮痛法やくも膜下鎮痛法は予後に関係なく疼痛治療法の一つとして適応があると当科では考えている.がん疼痛に対しては,硬膜外鎮痛法を開始して効果を確認したのち,くも膜下鎮痛法へ移行することが多いが,本症例はバイアスピリンの休薬期間があったこと,また残された予後が短く,自宅退院を急ぐために硬膜外鎮痛法をせずにくも膜下鎮痛法を施行した.われわれは,経口モルヒネ換算60 mg/日以下で全身投与されている患者にくも膜下鎮痛法を実施する時は,初回モルヒネ投与量は1.2 mg/日の少量から開始している.患者が在宅医療を望んだ場合,硬膜外鎮痛法では薬液の量が多くなり頻回の薬液交換が必要となること3)や長期留置に伴う硬膜外腔の癒着4)などがあることから,薬液交換頻度が少なく,癒着リスクが低いくも膜下鎮痛法が望ましいと考えている.
しかしながら,くも膜下鎮痛法の在宅医療での認知度は低く,神経麻酔に対応した相互接続防止コネクタ製品のポート針やバクテリアルフィルター,薬液バッグの費用を在宅医に負担してもらうハードルは依然として高い.使用薬液については,余命が比較的短い場合や再発もしくは進行の可能性が高い段階のがん疼痛では,オピオイドにブピバカインを混ぜると効果的であるとする報告5)があり,今回もブピバカインを使用したが,脊椎麻酔用局所麻酔薬は院外調剤薬局では取り扱うことが困難であるため在宅医療で使用しにくいという現状がある.患者本人が外来通院できる場合は,外来でのITport留置針と薬液バッグの交換で対応可能であるが,全身状態が悪化し,通院不可能となった場合は,訪問診療での対応が必要となる.今回は,ITportの管理は当科で往診対応することとした.ITportに関するトラブルがあれば,いつでも当院で受け入れることができる体制づくりは訪問診療医との信頼関係を築く上でも重要である.患者の自宅が遠方だった場合には,その地域の総合病院や在宅医療チームにくも膜下鎮痛法の治療継続を依頼しなくてはならない.そのためには,今後も緩和ケアに携わる全職種に,くも膜下鎮痛法の有用性の啓発活動とその管理方法を普及していく必要性があると思われる.
SNB後も残存する痛みに対して,くも膜下鎮痛法を施行し,自宅で終末期を過ごすことができた1例を経験した.痛みが強いと,患者は家に帰ることができない,家族は家で看ることができないと感じてしまうが,痛みさえコントロールできれば,家に帰りたい,家に帰ってきてほしいと思うことができる.痛みを持つがん患者が自宅で穏やかに最期を過ごすために,神経ブロックやくも膜下鎮痛法などのペインクリニックの技術は有用な方法の一つであると思われた.