2025 Volume 32 Issue 5 Pages 111-114
膀胱痛症候群は,器質的異常がないにもかかわらず,骨盤部の疼痛・圧迫感・不快感と頻尿・尿意亢進などの下部尿路症状を呈する疾患である.その正確な病因は不明であり,確立された治療法はない.今回,難治性の膀胱痛症候群に対して,薬物療法とアクセプタンス&コミットメント・セラピーを併用した集学的痛み治療が有効であった症例を経験したので報告する.症例は59歳の女性.5カ月前から外陰部不快感が出現し,徐々に外陰部の強い痛みと尿意亢進が悪化した.複数の医療機関で治療を受けたが改善せず,当院いたみセンターへ紹介となった.外陰部から肛門周囲の針で刺されるような持続する痛みで,アロディニアがあり,プレガバリンの内服を開始した.漢方医学的には肝気鬱結による症状と捉え,抑肝散を処方した.また,心理社会的評価では,抑うつ,不安,破局的思考,活動性の低下があり,第3世代の認知行動療法の一つであるアクセプタンス&コミットメント・セラピーを行った.治療開始後,痛みと下部尿路症状は軽減し,不安や抑うつなどの精神症状も改善した.難治性の膀胱痛症候群に対し,集学的痛み治療は有用である可能性がある.
Bladder pain syndrome is a disorder characterized by pelvic pain and urological symptoms, such as frequent urination and increased urinary urgency, with no identifiable organic cause. The exact etiology is unknown, and no definitive treatment is available. A 59-year-old woman experienced pubic discomfort for five months, accompanied by intense pubic pain and urinary urgency. She was referred to our hospital after receiving treatment at several medical institutions, and none of her symptoms improved. She had persistent needle-like pain from the vulva to the perianal area accompanied by allodynia. Her treatment included pregabalin for pelvic pain and traditional Japanese Kampo medicine for urinary urgency. As a psychosocial evaluation revealed depression, anxiety, pain catastrophizing, and decreased daily activity, acceptance and commitment therapy with cognitive-behavioral therapy was introduced. Following treatment initiation, the patient's persistent pain and urological symptoms improved. Multidisciplinary therapy in line with the chronic pain treatment strategy may be effective for refractory bladder pain syndrome.
間質性膀胱炎・膀胱痛症候群(interstitial cystitis/bladder pain syndrome:IC/BPS)は,膀胱に関連する骨盤部の慢性の疼痛,圧迫感または不快感があり,尿意亢進や頻尿などの下部尿路症状を伴い,混同しうる疾患がない状態の総称である1).このうち,特有の膀胱粘膜発赤病変(ハンナ病変)があるものを間質性膀胱炎とし,それ以外を膀胱痛症候群とする1).IC/BPSの正確な病因は不明であり,根本的治療法が確立されていない2).今回,難治性の膀胱痛症候群に対して,薬物療法と第3世代の認知行動療法の一つであるアクセプタンス&コミットメント・セラピー(acceptance and commitment therapy:ACT)を併用した集学的痛み治療が有効であった症例を経験したので報告する.
本報告は患者から書面による承諾を得ている.
患 者:59歳の女性.身長163 cm,体重60 kg.
既往歴:不安症のため近医精神科に通院中.
生活歴:痛みのために事務職を退職.趣味はボウリング.
現病歴:初診の5カ月前にCOVID-19罹患後,外陰部に強い不快感が出現した.4カ月前に尿意亢進と強い外陰部痛があり近医を受診した.軽度子宮脱(pelvic organ prolapse quantification stage I)の診断で薬物治療とペッサリー留置が行われたが,症状は持続した.その後,複数の泌尿器科を受診し,CT,MRI,膀胱鏡などの検査が施行されたが,症状の原因となる器質的異常は指摘されなかった.膀胱炎や過活動性膀胱が疑われ,抗菌薬やβ3受容体作動薬,抗コリン薬などの薬物療法が行われたが症状の改善はなく,また間質性膀胱炎を疑い膀胱水圧拡張術が実施されたが症状の改善は得られず,当院いたみセンターへ紹介となった.
初診時内服薬:かかりつけの精神科からデュロキセチン(20 mg/日),ブロチゾラム(0.125 mg/日),ロフラゼプ(1 mg/日),ロラゼパム(0.5 g頓用).紹介元の泌尿器科からトラマドール・アセトアミノフェン配合錠(4錠/日),ロキソプロフェン(60 mg頓用).
初診時現症:外陰部から肛門周囲にかけての痛みで,強さはnumerical rating scale(NRS)で安静時7,増強時8であった.痛みは針で刺されるような持続痛で,アロディニアがあり,神経障害性疼痛スクリーニング質問票8点であった.痛みは,排尿,下腹部圧迫,座位により増強した.痛みのほかに下部尿路症状の訴えがあり,尿意亢進と頻尿がみられた.排尿回数は1日10回以上と多く,平均1回排尿量は212 mlで正常量であった.陰部への刺激で尿意が亢進するが,尿失禁を起こしたことはなかった.心理社会要因の評価のため実施した自己記入式アンケートの結果は,hospital anxiety and depression scale(HADS)不安16/抑うつ17,pain catastrophizing scale(PCS)41,pain self-efficacy questionnaire(PSEQ)7,EuroQol 5 dimension(EQ-5D)0.428であった.痛みのため2カ月前に仕事を退職しており,趣味のボウリングもやめていた.初診時は外出も家事も困難であった.以前の職場や家族内の人間関係に問題はなかった.漢方医学的診察では,舌は暗紅色で地図状,震えを伴った.腹部はやや軟で,両側の胸脇苦満と腹直筋の緊張があった.小腹不仁はなかった.
治療経過(図1):前医の検査でハンナ病変はなかったということから,膀胱痛症候群と診断した.痛みの性状から神経障害性疼痛または痛覚変調性疼痛の関与を疑い,プレガバリン(25 mg/日)を開始した.また,これまで西洋医学的治療が無効であったことから,漢方医学的所見より気虚,また尿意亢進を肝気鬱結と捉え,抑肝散(7.5 g/日)を追加した.また,本症例の不安,抑うつ,破局的思考が疼痛と活動性低下に影響していると考え,認知行動療法の一つであるACTを個別面接形式で開始した.面接ではマインドフルネス瞑想の実践や生活の質を高める活動の実践を促した.1週間後,痛みや尿意亢進が軽快する時間帯があり,プレガバリンを50 mg/日へ増量した.2週間後,調子のよい時には買い物に出かけられるようになり,3週間後には美容院へ,1カ月後には趣味のボウリングを再開できた.プレガバリンを100 mg/日へ増量したところ,尿意亢進症状が軽減し,車や飛行機で旅行ができるようになった.外出に対する不安や気分の落ち込みは軽減しており,頓用のロラゼパムの内服回数も減少した.3カ月後,痛みの強さはNRS 1まで改善した.HADS不安5/抑うつ2,PCS 15,PSEQ 57,EQ-5D 0.831であり,痛みだけではなく心理面や生活の質も著明に改善していた.4カ月後,ロキソプロフェン以外の内服を自己中断されていたが,症状に波があるものの,6カ月後も痛みの強さはNRS 1,HADS不安5/抑うつ2,PCS 15,PSEQ 55,EQ-5D 0.823と維持された.現在ではロキソプロフェンの頓用のみで日常生活を送ることができている.
治療経過
プレガバリンと抑肝散の内服を開始後,外陰部痛と尿意亢進症状は改善した.心理療法開始後はさらなる活動性の向上を認めた.
ACT:acceptance and commitment therapy.
IC/BPSでは,下部尿路症状に加えて,慢性の膀胱痛,骨盤痛,会陰痛などの症状を呈する3).IC/BPSに伴う痛みは生活の質を著しく低下させるため,適切な疼痛管理が重要である4).しかし,IC/BPSの病因は明らかでなく根治的治療法が存在しない.本邦や米国のガイドライン1,5)では,食事療法などの保存的治療のほか,薬物療法,膀胱内注入療法,内視鏡的治療などが推奨されているが,これらの有効性と安全性についての報告はさまざまであるため,個々の患者ごとに治療を選択する必要がある.
IC/BPSに対する鎮痛薬の使用は,慢性疼痛治療に準じて行うとされている5).本邦や米国のガイドラインでは,アミトリプチリンがランダム化比較試験6)の結果に基づき推奨されている.一方,慢性疼痛治療で使用される薬剤の多くは,IC/BPSに対する効果に関してエビデンスが乏しく,有効性に関する結論は出ていない.本症例では,トラマドール・アセトアミノフェン配合錠とデュロキセチンをすでに内服中であったため,セロトニン症候群を懸念し,アミトリプチリンではなくプレガバリンを選択し,痛みの軽減が得られた.神経障害性疼痛の関与が疑われるIC/BPS症例では,症状に応じて薬物療法を行うことも有用であると考えられる.
抑肝散はIC/BPS患者に対して有効であったとする症例報告があり7),間質性膀胱炎モデルラットにおいて,サブスタンスPの分泌抑制作用を介して膀胱痛を緩和する可能性が示唆されている8).本症例では漢方医学的所見から,尿意亢進を肝気鬱結による症状と捉えて抑肝散を処方したが,抑肝散は尿意亢進の改善だけではなく,鎮痛にも寄与した可能性があったと考えられる.
IC/BPSに対する認知行動療法は本邦や米国のガイドラインの中で言及されていない.しかし,近年,IC/BPSに対して膀胱治療と認知行動療法を組み合わせることで不安や治療成績をより効果的に改善したとの報告がある9).本症例では,痛みの悪化を恐れて活動性が低下していたため,生活の質の向上につながる活動の活性化を促すマインドフルネスを取り入れた第3世代の認知行動療法の一つであるACTを導入した.ACTでは,自分のコントロールが及ばないものを受け入れ(アクセプタンス),人生において大切にしたいあり方に沿った行動をとること(コミットメント)を促し,心理的柔軟性を高めることを目指す10).慢性疼痛に対するACTのメタ解析では,痛みの受容,生活の質,疼痛関連機能,疼痛強度,不安,抑うつに対する有効性が示されている11)が,IC/BPSに対しACTを実施した報告はわれわれが検索した範囲では見当たらなかった.本症例では,薬物療法によって痛みと尿意亢進がやや改善し,さらにACTを導入することで,痛みに生活が振り回されていた状態から,人生において大切にしたいことを軸とした生活への転換を図り,趣味のボウリングを再開するなど生活の質の向上が得られた.さらに,痛みの破局化や自己効力感も改善し,ACTが一定の効果をもたらしたと考えられる.
難治性の膀胱痛症候群の症例に薬物療法と第3世代の認知行動療法であるACTを併用した治療が有用であった.集学的痛み治療は,難治性の膀胱痛症候群に有効である可能性がある.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会 第4回東海・北陸支部学術集会(2024年2月,名古屋)において発表した.