Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Multidisciplinary treatment of chronic pain in pain centers: History and perspectives
Katsuyuki MORIWAKIAtsuo YOSHINOKai USHIOShigehito SHIOTAKiriko NISHIHARARyuji NAKAMURAYasuo TSUTSUMI
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2025 Volume 32 Issue 5 Pages 87-95

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Abstract

慢性疼痛は,患者に苦痛を与え生活の質を低下させるだけでなく,就労を困難にし,社会全体の医療費負担を増大させる社会的問題である.1960年にJohn BonicaによってWashington大学で始められた集学的痛み治療は,1980年代に生物心理社会モデルを取り入れて発展し,現在では慢性疼痛に対する重要な治療法と位置づけられている.この治療法は欧米諸国に広まり,各国では慢性疼痛対策の一環として集学的痛みセンターが整備されている.わが国でも,2009年から厚生労働省が慢性疼痛対策を本格化させ,集学的痛みセンターの設立を推進している.集学的治療は多職種が連携し,生物心理社会モデルに基づく包括的な治療を提供する.本稿では,内外の文献を基に,慢性疼痛に対する集学的治療,生物心理社会モデル,痛みセンターの機能とその地域医療における役割について,歴史的経緯と意義をナラティブレビューした.過去半世紀の文献は,痛みセンターにおける集学的アプローチが,地域社会における慢性疼痛治療と痛みの医学の発展に重要な役割を果たす可能性を示している.

Translated Abstract

Chronic pain is a significant social issue, causing suffering, reducing quality of life, hindering employment, and increasing societal medical costs. The multidisciplinary pain clinic, initiated by John Bonica at the University of Washington in 1960 and incorporating the biopsychosocial model in the 1980s, has become a cornerstone of chronic pain management. This approach has spread to Western countries, fostering the establishment of multidisciplinary pain centers as part of chronic pain policies. In Japan, the Ministry of Health, Labour and Welfare has promoted these centers since 2009. These centers offer comprehensive care through multi-professional collaboration based on the biopsychosocial model. This paper provides a narrative review of multidisciplinary treatment for chronic pain, the biopsychosocial model, and the functions of pain centers in regional healthcare, focusing on their historical development and significance. Over the past half-century, literature indicates that the multidisciplinary approach in pain centers will continue to play a pivotal role in chronic pain management and the advancement of pain medicine.

I はじめに

成人の慢性疼痛の罹患率は,わが国で22.9%1),世界人口の約30%2)に及ぶと報告されている.慢性疼痛は,人々の生活の質を損ね,就労を困難とし,社会の医療費負担を増加させる2).このため,各国で慢性疼痛に対する政策が強化されている.米国においては,2011年に医学研究所(現,全米医学アカデミー)によって疼痛対策指針が公表され3),これに基づいて2016年に「全米疼痛政策(National Pain Strategy)」4)が策定された.2011年,医療研究・品質保証機構から「非がん性疼痛に対する集学的痛み治療プログラム」も公表されている5).わが国においては,2009年に厚生労働省が慢性の痛みに対する取り組みを開始し6,7),集学的痛みセンターの構築を重要な目標の一つに据えて,現在「慢性疼痛診療システム均てん化等事業」を展開している8).また,民間シンクタンク,日本医療政策機構は,2023年に慢性疼痛対策推進プロジェクトとして,政策提言「集学的な痛み診療・支援体制の均てん化に向けて」9)を公表している.このように集学的痛み治療の推進と痛みセンターの整備は,日本および米国において,慢性疼痛対策の要とされている.

この慢性疼痛に対する集学的痛み治療が本格的に開始されたのは米国で,1960年のことである10).その後,集学的治療施設は,全米そして欧州諸国に広がった11,12).しかし,米国では1990年代後半からその数が激減した11,12).その衰退と期を一にして,疼痛治療へのオピオイドの適応拡大が進み,「オピオイドクライシス」と呼ばれる深刻な社会問題が発生した13).この事態を受け,2010年ごろから,米国ではオピオイドに依存しない治療方針が重視され,集学的痛み治療が政府の政策として再び重視されるようになった背景がある13,14)

本稿では,整備の必要性が強く推奨されている集学的痛みセンターの機能と理念を明確にするために,広く国内外の文献を検索し,ナラティブレビューを行った.英文文献検索にはPubMed,Google Scholar,Googleを,日本語文献検索にはメディカルオンライン,Google Scholar,Googleを用いた.検索キーワードとして,集学的/学際的痛み治療(multidisciplinary/interdisciplinary pain management),慢性疼痛(chronic pain),生物心理社会モデル(biopsychosocial model)および関連する研究者名を使用し,著者が重要と考える文献を基に考察を行った.なお,国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)は,集学的治療を「異なる分野の医療従事者によって提供される多面的治療」,学際的治療を「共有された生物心理社会モデルと目標を使用して評価と治療を行う多分野のチームによって提供される多面的治療」と定義している15).このように両者は厳密には異なるが,文献上の慣例に従い1618),本稿でも集学的治療の用語を学際的治療を含むものとして使用する.ただし,原典で学際的治療が強調されている場合には,その用語を用いた.

II 慢性疼痛の集学的治療の歴史

1. 集学的痛み治療のはじまりとペインクリニック

慢性疼痛の集学的治療の創始者は,1953年に世界初の疼痛治療教科書「Management of Pain」を出版し,1973年に国際疼痛学会(IASP)を設立した「痛みの治療学の父」と称される,麻酔科医John Bonica(1917–1994)である10,11).彼は,第二次世界大戦中,米軍の麻酔科医として戦傷者の慢性疼痛治療を経験する中で,痛み治療の重要性を認識した.そして,慢性疼痛の治療には,神経ブロックや外科的手法や薬物療法のみでは不十分であり,多分野の専門家が協力して治療法を開発することが重要であると考えるに至った10).Bonicaは1940年代に慢性疼痛の集学的治療の初期の試みをTacoma総合病院で行った後,SeattleのWashington大学の教授に就任した1960年に,複数分野の専門医が協力して痛みを総合的に治療する「ペインクリニック」を設立した10,12).Washington大学のペインクリニックは集学的痛み治療施設として誕生したのである.

2. 生物心理社会的アプローチ

Washington大学のペインクリニックは,その後,多分野の医師,心理学者,リハビリテーション療法士の参画により,学際的治療を行う治療施設に発展した12).1980年代には,施設のディレクターとなった神経外科医John Loeserが,痛みのオペラント行動モデルを導入した心理学者Wilbert E. Fordyceと協力して集学的な痛み治療プログラムを確立し,慢性疼痛に対する生物心理社会的アプローチの礎を築いた12)

生物心理社会的アプローチの基礎となる「生物心理社会モデル(biopsychosocial model)」は,精神科医George Engelによって1977年に提唱された19).Engelは「(当時の)病気の支配的なモデルは生物医学モデルであり,その枠組みの中には,病気の社会的,心理的,行動的次元を取り込む余地がない」と批判し,心理社会的要因と,生物学的要因を統合する新しい医学モデルとして,生物心理社会モデルを提唱したのである19)

痛みの臨床分野における生物心理社会モデルのルーツは,1980年代前半の神経外科医John LoeserとGlasgowの整形外科医Gordon Waddellの論文にさかのぼることができる20,21).彼らは外科的治療で改善しない腰痛患者の観察を通じ,腰痛患者の慢性疼痛が脊椎の病理だけでは説明できないことに気づいた.そして,患者を病理学的プロセスのみによって理解するのではなく,環境のストレスにもさらされる心理社会的な存在として捉えることの重要性を説いた21).タマネギモデルと称されるLoeserの「痛みの構成要素の多面的モデル」とWaddellの「グラスゴー疾病モデル」は,いずれも痛みの生物心理社会的要因の関係を象徴的に表している(図120,21)

図1

生物心理社会モデルを表すLoeserとWaddleのタマネギモデル

ローザーの「痛みの構成要素の多面的モデル」(左)とワデルの「グラスゴー疾病モデル」(右).文献20,21より引用改変.

1980年代以降,集学的痛みセンターでは,痛みの心理学的,認知行動学的治療が進歩し,心理学的評価や心理療法が広く行われるようになった2224).患者が痛みに対処するために認知的および行動的戦略を用いる認知行動療法の有効性を示す多くのエビデンスがある25)

3. WHOの国際生活機能分類(ICF)と国際疾病分類(ICD)

2001年,WHOは,健康および健康関連の状態を記述するための「国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health:ICF)」を発表した26).ICFは,生物心理社会的モデルを基礎とした分類であり,広くリハビリテーション領域で,評価や治療法の決定に活用されている27).また,ICFは,保険,社会保障,労働,教育,経済,社会政策などの多分野にわたって広く利用されており26),社会生活機能が損なわれた慢性疼痛患者ではICFによる評価が重要となる.

一方,2022年に発効したWHOの疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems:ICD)の第11版(ICD-11)28,29)では,初めて慢性疼痛が疾病として正式に定義・分類され,コードが付された.ICD-11には,ICFの考え方が取り入れられ,患者の心理社会的な状態指標を含むエクステンションコードが付されているが28,29),ICDは基本的に病気,障害,外傷などの疾病を詳細に分類するものである28,29).それに対して,ICFは健康および健康関連状態における詳細な機能を分類する26).従って,生物心理社会的な観点から多様な課題を有する慢性疼痛患者では,ICD-11による慢性疼痛の疾病分類に加え,ICFによる生活機能の評価が欠かせない.ICFを基に作成された「WHO-DAS2.0(Disability Assessment Schedule 2.0)」は,公式日本語版が作成されており30),集学的治療を受ける患者の生活機能を簡便に評価するためのツールとして有用と考えられる.

4. 痛みの科学の進展と生物心理社会モデル

慢性疼痛診療における生物心理社会モデルの妥当性は,痛みの科学の進展によって裏付けられている.痛みの生物学的側面に関しては,オピオイド受容体やナトリウムチャネル,transient receptor potential(TRP)チャネルの発見や脊髄傍小脳脚経路,末梢・中枢感作メカニズムなどの解明など,基礎研究において多くの知見が得られている31,32).また,脳科学の分野では,痛みに対する情動的応答の処理を行う扁桃体,痛みの経験を心理社会的に形作る前帯状皮質や前頭前野,さらに破局化などの心理的苦痛に関与する島皮質や扁桃体など,特定の脳領域の機能が慢性痛の発生メカニズムに関与することが明らかにされている32).このように,痛みの心理社会的側面も生物学レベルで解明されつつある.

一方,臨床研究においては,薬物療法の効果がランダム化比較試験やメタアナリシスによって評価され,ガバペンチノイドや抗うつ薬の有効性が示された2,31).さらに,ニューロモデュレーションや認知行動療法,リハビリテーション手法など,慢性疼痛の多面的な治療が進歩した2,25,31,32).これらの治療が,脳画像研究を用いた解析により,痛み関連脳領域の機能を変化させることが示されている2,25,31,32)

基礎と臨床研究の知見は,痛みが単なる感覚体験ではなく,「感覚・識別」,「情動・動機づけ」,「認知・評価」を含む複雑な体験であることを示している2,25,31,32).生物心理社会モデルは,このような痛みの多面的要素を包括する,科学的根拠に基づいた医学モデルとして,今後も慢性疼痛の診療の確固たる基盤を提供し続けると考えられる.

III 世界とわが国の集学的痛み治療の近況

1. 欧米諸国の集学的痛み治療

米国SeattleのWashington大学で始まった集学的痛み治療プログラムは,北欧,カナダ,オーストラリア,フランスなど多くの欧米諸国で普及した11).これらの施設は慢性疼痛治療および研究の中核として機能している12).2012年,Schatmanは医療先進国12カ国の学際的疼痛治療の実態調査結果を報告した11).報告データから計算すると,集学的(学際的)痛みセンターの人口100万人あたりの施設数は,カナダが5.08と最も多く,続いてオーストラリア3.91,スウェーデン2.95,イングランドとウェールズ2.46,ニュージーランド2.27,デンマーク1.79,イスラエル1.38,フランス1.25で,これら8カ国では,人口100万人あたり1施設以上の学際的疼痛治療施設が存在する計算になる.これらの国々では,施設受診待ち期間は数カ月から半年に及んでおり11),集学的痛み治療の需要が大きいことを示している.なお,米国では退役軍人健康管理システムでは退役軍人100万人あたり2.71の集学的痛みセンターが存在するが,米国の一般人口ではその施設数は0.31まで減少している11).社会民主主義の原則の下に市民が包括的な健康保険を利用でき,政府機関が慢性疼痛に対する政策として集学的痛み治療施設を公的に整備している国々と異なり,米国では資本主義的な医療制度や保険業界による支払い拒否が,集学的治療の維持と発展を阻害する要因となっている11,12).2011年以降,米国政府は慢性疼痛の生物心理社会的アプローチの重要性を政策として提唱し続けているが13,14),その営利主義的な資本主義医療体制の中で今後どのように集学的痛み治療施設を整備するかが注目される.なお,現在わが国で集学的治療を行う痛みセンターの認定施設は43施設である7).これは人口100万人あたり0.34施設に相当し,消滅状態とされる米国と同水準である.

2. 東南アジア

総人口6億5千万人の東南アジア地域では,今後,慢性疼痛患者の急増が予測されている16).この地域のいくつかの国々では,麻酔科医によるインターベンショナルな疼痛治療や鍼治療を行うペインクリニックが主体となり,痛み治療が行われてきた16).しかし,認知行動療法などの心理療法を導入した集学的疼痛治療クリニックの数はまだ少なく,その普及は始まったばかりである33).マレーシアを含むいくつかの国々では,IASPの活動の一環として,オーストラリアの心理学者Michael Nicholasらの指導の下に,集学的疼痛治療施設の設置が推進されている16,33).後述するIASPの「集学的ペインセンター開発マニュアル(Multidisciplinary Pain Center Development Manual)」16)は,当初,この地域における集学的痛み治療センターの開発を目的として作成されたものである.

3. 日本

わが国初の非がん性慢性疼痛に対する生物心理社会的モデルに基づく集学的治療は,1997年から帝京大学溝口病院において北原らによって行われ,その有効性が2006年に報告された34).2002年には,愛知医科大学に,整形外科医,麻酔科医,看護師,理学療法士,臨床心理士を構成員とする学際的痛みセンターが開設された35).2010年まで,わが国の集学的痛み施設の普及は極めて限られていた6)

2009年,松平らは厚生労働省の支援を受けて慢性疼痛の実態調査を行い,次のような結果を報告した.「わが国の人口の5人に1人が慢性疼痛を有し,有病率は40歳台の女性で高い.疼痛部位は,腰,肩,膝の順に多く,医療機関受診者の55.9%が民間療法を含む治療を受けているが,整形外科への受診が多い.一方で,病院・診療所受診者の45.2%が治療に満足していない.慢性疼痛患者が多いにもかかわらず,医療者が患者の期待に十分応えられていない」1).同年,厚生労働省は慢性疼痛に関する研究班を発足させ,2010年に「慢性の痛みに関する検討会」が,「多くの国民が慢性の痛みに悩んでいる現状を打開するためには,痛みの緩和,痛みと関連して損なわれる生活の質や精神的負担の改善を目標に,早急に慢性の痛みに関する医療体制整備や医療資源の適正配分,また,痛みによる社会的損失の軽減に寄与するような取り組みが開始されるように,厚生労働省,文部科学省,全国医学部長・病院長会議などに提案したい」とする提言をまとめた6).現在,同省は「慢性の痛み政策」として,以下の施策を展開している7,8)

1)集学的痛みセンターの構築

2)慢性疼痛患者のデータベースの構築

3)最新の研究結果も取り入れた慢性疼痛診療におけるガイドラインの作成やその普及

4)国民への広報や医療者の教育,診療に役立つツールの開発

2021年に発行された「慢性疼痛診療ガイドライン」は,この政策目標の下に作成されたが,集学的治療に関する章が設けられ,その定義,治療アプローチ,スタッフ構成と役割,有効性,費用対効果が示された18).また,「慢性疼痛診療システム均てん化等事業」(矢吹研究班)では,地域の中核的な医療機関や地域のかかりつけ医との診療連携を通じ,慢性疼痛患者を包括的に診療する体制を構築することが推進されている8,36).現在,認定された痛みセンターは全国で43施設であり7).これらの施設には,麻酔科ペインクリニック,整形外科,心療内科がそれぞれ主導するものが含まれている7)

IV 集学的痛みセンターの設置基準と役割

1. 痛みセンターの機能と設置指針

痛みセンターは,生物心理社会的モデルに基づき,慢性疼痛に対して集学的疼痛治療とケアを提供する施設である16).この集学的チームアプローチによって,一人の専門医による治療よりも多様な選択肢を提供し,慢性疼痛患者の苦痛や障害を軽減し,患者の機能を維持し,生活を楽しむ能力を最大限に高めることができる16).また,患者自身による痛みの自己管理を促進し,長期的な薬物依存を減らすことにも寄与する16).痛みセンターを通じて集学的アプローチの知識や技術が地域医療システム全体に広がることで,医療資源の効率的な活用が可能になる16).これらが,集学的痛みセンターの設立が必要とされる背景である.

痛みセンターを含む集学的痛み治療施設の設置基準や痛みセンターで行われる集学的治療の定義や手順に関しては,国内外の多くの報告が存在する5,7,13,1618,22,23).しかし,Kaiserらは2017年の報告で,施設間での治療の定義や手順に差異が見られ,標準化の必要性があることを指摘している37).2021年にIASPが公表した「集学的ペインセンター開発マニュアル」(上述)16)は,国際的な視点から施設設立の指針を提供しており,痛みセンターの標準化の一つの指針となると考えられ,わが国の痛みセンター設立や機能拡充にも有用な情報を提供するものと考えられる.

2. スタッフと専門職種

表1は,主要な参考文献5,7,13,1618,22,23)に記載されている,痛みセンターを含む集学的痛み治療施設を構成する専門職種の一覧である.すべての文献で,医師,心理士(公認心理師,臨床心理士)・心理学者,理学療法士・作業療法士,看護師が必須の職種とされている.厚生労働省の痛みセンター認定基準でも,これらの職種の参加が条件とされている7).IASPの「集学的ペインセンター開発マニュアル」では,これらの職種に加えて,薬剤師とソーシャルワーカーなどの福祉専門職を必須の構成員としている16).薬剤師は処方薬を調整し,薬剤の効果,副作用をモニターし服薬指導を行い,医師に助言する1618).福祉専門職は患者の家族や社会環境を調査し,必要に応じて社会保障制度の利用を調整するなど社会的な課題への対応に重要な役割を果たす1618).従って,特に大学や地域の三次医療機関の痛みセンターにおいては,福祉専門職と薬剤師の協力を得ることが必要である16).また,一部の文献では,管理栄養士をスタッフに加えている17,18,22).IASPの「集学的ペインセンター開発マニュアル」によると,痛みセンターの主任医師には,疼痛医学に精通した麻酔科,リハビリテーション医学,精神医学,外科,プライマリーケア,リウマチ科,神経内科,緩和ケア科医が適任とされている16).一方,わが国では,集学的痛み治療に必要な医師として,身体科の医師として整形外科医,麻酔科医,脳神経外科医,脳神経内科医,内科医,リハビリテーション科医,歯科医師を精神科・心療内科の医師と分けて挙げている17,18)

表1集学的痛みセンターの構成職種

文献番号
文献種別 マニュアル 政策 政策 総説論文 総説論文 政策 総説論文 ガイドライン
組織・国
(発行年)
IASP
(2021)
USA
(2019)
USA
(2011)
USA
(2010)
USA
(2004)
日本
(2024#)
日本
(2023)
日本
(2018)
医師*,**
心理士・心理学者
理学療法士・
作業療法士
看護師
福祉専門職***
薬剤師
管理栄養士
その他 事務サポート/
受付,研究助手
    補助スタッフ,
ボランティア
補助スタッフ   産業医  

[文献タイトル(参考文献)番号]①:Multidisciplinary pain center development manual(16),②:Pain management best practices inter-agency task force report: updates, gaps, inconsistencies, and recommendations(13),③:Multidisciplinary Pain programs for chronic noncancer pain(5),④:Interdisciplinary pain management(22),⑤:Multidisciplinary pain management(23),⑥:慢性の痛み政策ホームページ(7),⑦:慢性疼痛と集学的治療(17),⑧:慢性疼痛診療ガイドライン(18).

*:全文献に共通する必要職種,**:医師診療科については本文参照,***:福祉専門職には,ソーシャルワーカー,職業カウンセラー,社会福祉士,精神保健福祉士が含まれる.IASP:国際疼痛学会,USA:アメリカ合衆国,#:閲覧年,△:医師または看護師.

IASPの「集学的ペインセンター開発マニュアル」によれば,痛みセンターのスタッフには,次の3つの領域で活動する専門職が求められている16)

1)生物学的病態の評価と治療を行う職種

2)痛みの心理的要因を評価・治療する職種

3)患者の活動レベル向上に関するアドバイスと教育を行う職種

施設設立にあたっては,各施設の状況に応じて,この3つの領域をカバーする職種でスタッフを構成し,徐々にスタッフを拡充していく方針が推奨されている16).また.すべてのスタッフは定期的にカンファレンスを行い,痛みセンターの理念を共有し,倫理的で良好なチーム機能を維持することが求められる16)

3. 対象患者と地域における痛みセンターの役割

1) 対象患者と痛みセンターの位置づけ

すべての慢性疼痛患者が集学的痛み治療の対象となるわけではない16).その対象は慢性疼痛患者の一部であり,多くの慢性疼痛患者は一次,二次医療機関での対応が可能であると考えられる16).プライマリーケアで対応が困難で,二次医療機関でも十分な効果が得られない場合に,痛みセンターでの集学的治療が適応となる16).この段階的な診療体制を確立することは,地域医療における痛みセンターの役割を明確にするうえで重要である.

米国の退役軍人保健局(Veterans Health Administration:VHA)は,退役軍人を対象に「段階的ケアモデル(Stepped Care Model for Pain Management)」を提供している38).このVHAの段階的ケアモデルは患者のニーズに応じて,最も簡便な治療から始め,以下のように,必要に応じて段階的に高度な専門治療へと移行するシステムである38)

第1段階:プライマリーケアでの評価と治療および患者による痛みのセルフコントロールの支援を行う.

第2段階:専門的な疼痛管理サービスを提供する(リハビリテーション,行動療法,鍼治療などの補完代替医療を含む).

第3段階:三次医療機関の学際的疼痛センターでの治療.ここでは,複雑な慢性疼痛患者に対して,リハビリテーションや心理的治療を含む学際的なチームアプローチが行われ,患者の生活の質の向上を目指す.

わが国の厚生労働省の「慢性疼痛診療システム均てん化等事業」8)における痛みセンターは,VHAの段階的ケアモデルの第3段階に相当するものと考えられる.VHAのモデルは退役軍人を対象としており,VHA自体がプライマリーケアから三次医療までのすべての段階にわたる戦略的関与を行っている点が特徴的である38).わが国の一般人口を対象とした地域の慢性疼痛診療体制にVHAの段階的モデルを適用するためには,一次から三次医療の医療従事者が,慢性疼痛の多面的な要素と生物心理社会的アプローチの必要性の認識を共有することが不可欠である.

2) 慢性疼痛患者の就労支援機能

慢性疼痛は,患者の生活の質を損なうだけでなく,就労を困難にする大きな要因となる2).2019年に行われたわが国の労働者1万人を対象にしたインターネット調査では,Quantity and Quality法を用いてプレゼンティズム(健康問題による生産性低下)を評価した結果,精神疾患による生産性損失が年間約3,486億円であるのに対し,頸部痛・肩痛で約3,079億円,腰痛で約3,024億円に達していると推計されている39).この報告は,慢性疼痛がもたらす労働損失への対策が,医療および厚生労働行政における重要な課題であることを示している.この課題に対処するために,痛みセンターには,産業医,保健師,かかりつけ医,関係行政機関と連携し,主にリハビリテーションや福祉専門職スタッフを通じて,患者の職場復帰などの支援体制を整えることが求められる17,18).地域の痛みセンターには,慢性疼痛患者の社会的側面に対する包括的な支援を行う拠点としての役割が期待される9,17)

4. 大学等教育研究機関の集学的痛みセンターの役割

IASPの「集学的ペインセンター開発マニュアル」では,痛みセンターには教育および研究の機能が求められている16).教育には,医療従事者向けの教育と訓練,地域医療従事者への啓発活動,さまざまな医療専門職への痛み管理スキルトレーニングが含まれる16).また,慢性疼痛のメカニズムやより新しい治療法の開発に取り組む研究体制も必要とされる.そのため,特に大学等教育機関に設置される痛みセンターには,機能的MRI2,25,31,32)などの高度な画像検査技術やバーチャルリアリティ技術40),ウェアラブルディバイス4,24,40)などの新しい慢性疼痛の評価や治療の研究開発に取り組むことができる研究体制が必要である.わが国では,こうした教育および研究機能を有する痛みセンターの設置条件を満たす機関は,附属病院を持つ総合大学であると考えられる.そのため,そのような大学が率先して集学的痛みセンターを設立し,慢性疼痛の治療法の発展を牽引することが求められる.大学病院の痛みセンターは,学術的な研究成果を世界および日本全国に発信し,その成果を地域に還元する重要な役割を担う.教育を通じて地域医療従事者へのスキルトランスファーを促進し,研究活動を通じてエビデンスに基づく治療法を確立することで,わが国の慢性疼痛診療システム全体の質を向上させることが期待される.

V まとめ

本稿では,痛みセンターにおける慢性疼痛の集学的治療の歴史を国内外の文献をレビューし,慢性疼痛患者に対して生物心理社会モデルに基づく評価・治療が必要であること,その科学的根拠が解明されつつあること,また,慢性疼痛の治療には多専門職種がチームで取り組む集学的治療が不可欠であり,集学的痛みセンターは地域の慢性疼痛診療システムにおける三次医療機関として位置づける必要があることを述べた.

「Working in the silos」という表現は,「部門やチームが(牧草を入れるサイロのように)他と連携せず孤立している不適切な状況」を意味する.慢性疼痛に対するエビデンスに基づく生物学的な診断と治療は極めて重要であるが,薬物療法やインターベンショナルな生物学的治療のみで全ての疼痛を解決できるとする考えはサイロ的思考に他ならない.また,心理社会的アプローチのみで慢性疼痛の治療が可能と考えることも同様である.過去半世紀の文献は,集学的痛み治療が,複雑な生物心理社会的な病態を有する慢性疼痛患者に,特定の単独の治療的介入を行うユニモーダル治療15)に比べて,より大きな利益をもたらす可能性が高いことを示している5,13,14,16,2123).その実践,教育および研究を支える機関として,わが国における高度医療機関での痛みセンターの整備は,慢性疼痛医療の喫緊の課題であると考えられる.

文献
 
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