1997 Volume 1 Issue 2 Pages 19-25
工業製品の評価は, 一部の機能特性を除いて感性により評価されることが多い. 感性により評価される特性の設計においては, 一般にその設計目標の設定や設計解の決定が難しいとされている。その理由は, 評価構造が明らかとなっていないためである。仮に, 評価構造が明らかになれば, 設計者はそれを参考にすることによって, 明確な設計目標の設定と的確な設計解の決定が容易となり, 工業製品の魅力向上や製品開発の効率化に貢献する。そのため, 感性により評価される特性の設計においては, 評価構造を定量的に明らかにすることが重要課題となっている。
自動車用シートの設計では, 座り心地や外観など, 評価が人の感性に依存する設計要因がある。このうち, 座り心地評価の定量化に関しては, Ito, H.(1979), Varterasian, J.H.(1982), Kamijo, K. (1982)など多くの研究報告が見受けられ, また, 筆者も座り心地設計方法構築の観点からいくつかの研究事例(1994)を報告している。
これに対し, シート外観評価の定量化に関する研究は少なく, 外観設計に活用可能な定量的解析が現在望まれている。
そこで本研究では, 官能評価実験を行い, その結果を解析することで, シート外観に対する外観評価構造を定量的に表わし, シート設計の一助とすることを目的とする。
本研究を進めるにあたって, まず, 外観評価構造がFig. 1に示すようになると想定した。人間が外観を評価するとき, 最初に外観の特徴を認識し, 次にその特徴からイメージを作り, 最後にそのイメージに対して評価を与える, という経過をたどると考えられるからである。ここで, 認識した外観の特慨を表す特性(「クッションの広さ」, 「バックの厚み」など)のことを「外観要素評価」, また, イメージを表す特性(「高級感のある」, 「スポーティーな」など)を「イメージ評価」と呼ぶことにする。
外観要素評価から嗜好評価までの関係は, 重回帰分析を用いて定量化することとした. また, 嗜好評価は香好のタイプによって大きく異なる可能性があるので, 被験者をいくつかのグループに分類し, グループごとに関係を定量化することとした。
そして, 外観要素評価, イメージ評価, 嗜好評価の3種類のデータは, 人の評価に関するものなので, 官能評価実験およびその結果の解析から収集することにする。
Structure of appearance evaluation
官能評価実験は, Table 1に示す条件で行った。評価項目をTable 2に, サンプルシートの写真をFig. 2に示す。なお, サンプルシートは, 外観上典型的で完成度が高く, 色や形などについてはバリエーションのあるものを選定した。
Conditions of subjective evaluation experiment
Evaluation items
Photographs of ample seats
(1)イメージ評価因子の抽出
官能評価実験で得られたイメージ評価項目の結果は, 全体の項目数が多く, また, 類似した意味を持つ項目も複数存在するため, そのままではイメージ評価の構造が明確でない。そのため, イメージ評価項目の結果に対して因子分析を行い, イメージ評価因子を抽出することによって構造を明らかにした。
因子分析は, 官能評価実験より得られたデータの情報量を有効に活用するために, 40名×6脚=240個のデータをすべてそのまま用いた(なお, 本稿のすべての解析において, 用いるデータは, 1シートに対する1被験者の得点を1ケースとして扱う)。手法は, 主因子法によって因子を抽出した後, 因子軸をバリマックス回転する方法を用いた。固有値が1.0以上の4個の因子を抽出し, これをイメージ評価因子とした。イメージ評価因子の, 各イメージ評価項目に対する因子負荷量をTable 3に示す。
この結果より, 第1因子は, 「フォーマルな」「高級感のある」, 「伝統的な」などの項目の因子負荷量が高いことから, 重厚感因子と解釈した。第2因子は, 「あっさりした」, 「装飾的な」, 「平凡な」などの項目の因子負荷量が高いことから, 装飾性因子と解釈した。第3因子は, 「ホールド感のありそうな」, 「立体的な」「座り心地の良さそうな」などの項目の因子負荷量が高いことから, ホールド感因子と解釈した。第4因子は, 「明るい」, 「冷たそうな」などの項目の因子負荷量が高いことから, 明るさ因子と解釈した。
以上の結果から, シートに対するイメージ評価構造は,
第1因子:重厚感因子
第2因子:装飾性因子
第3因子:ホールド感因子
第4因子:明るさ因子
の四つの因子から成り立っていると判断した。
また, 各サンプルシートをイメージ評価空間に布置すると, Fig. 3, 4のように表すことができる。これらの図は, 各シートごとに40名の因子得点を平均した値をプロットしたものである。これらの図から, それぞれのシートの特徴をつかむことができる。
シートA:重厚感はあるが, 明るさに欠ける。
シートB:明るいが, 装飾性とホールド感に欠ける。
シートC:明るく, 装飾性がある。
シートD:重厚感がなく, 装飾性もなく, 明るさにも欠ける。
シートE:重厚感があり, 装飾性もあり, 明るい。
シートF:装飾性はあるが, 重厚感はない。
さらに, これらの図は, それぞれのシートの位置関係がわかりやすいという特徴がある。そのため, ここに示したイメージ評価空間の布置図は, 設計者がシートのコンセプトを決定する際に, 利用可能であると考えられる。
Factor loadings of image evaluation factors
Factor scores of samples
factor scores of samples
(2)イメージ評価因子と嗜好評価との関係式の算定
イメージ評価構造を明らかにしたので, 次に嗜好評価をイメージ評価から導く関係式を作成した。嗜好評価の値を目的変数とし, イメージ評価因子の因子得点を説明変数とする重回帰分析を行った。重回帰分析の結果得られた標準偏回帰係数をFig. 5に示す。
この結果から, 嗜好評価には, 「ホールド感」, 「明るさ」, 「重厚感」が強い影響を与えていることがわかる。特に, 「ホールド感」というシートの機能を感じさせる外観が最も嗜好評価に影響を与えているという点と, その一方で「装飾性」の影響が比較的小さいという点が注目される。
(3)被験者の層別化
上記のイメージ評価因子から嗜好評価を導く重回帰分析の結果は, 被験者全体を対象として求めたものである。しかしながら, 嗜好というものは感覚や反応などよりも個人差が大きいことが予想されるため, 被験者全体を対象とするのはあまり現実的ではないと考えられる。また, 実際の開発においては, コンセプトに応じて, ユーザーをある特定のターゲットに絞って設計を行うことが多いため, 外観評価構造も, 被験者の嗜好のタイプ別に複数用意する必要があると考えられる。
そこで, 被験者の嗜好のタイプを評価構造に反映させるために, まず嗜好評価の得点を用いてクラスター分析(ウォード法)を行い, 被験者の層別化を行った。
分析の結果, Fig. 6に示すようなデンドログラムが得られた。このデンドログラムから, 被験者を3個のクラスターに分類した。
次に, このクラスターの分類と, 年代, 性別との関係を調べるために, 分類と年代, 分類と性別という組み合わせによるクロス集計表を作成し, クラメールの連関係数によって関係の度合を調べた。その結果,
分類と年代:0.131
分類と性別:0.061
となり, 連関係数はきわめて低く, クラスターの分類と年代, 性別との関係が認められないという結果を得た。
(4)層別のイメージ評価因子と嗜好評価との関係式の算定
層別化したそれぞれのクラスターごとに, 嗜好評価を目的変数, イメージ評価因子の因子得点を説明変数とする重回帰分析を行った。なお, クラスター同士の嗜好性を比較するために, クラスターごとに改めて因子分析を行うのではなく, (1)で抽出したイメージ評価因子の因子得点を用いた。
襟準偏回帰係数をFig. 7に示す。この結果は, それぞれの明るさクラスターごとの嗜好評価の構造を示すとともに, その構造から各クラスターの特徴が, 次のように明らかになった。
クラスターa:重厚感を重視せず, 装飾性を好む
クラスターb:明るさを重視しない
クラスターc:装飾性を重視せず, 明るさを好む
またこれらの特徴から, このクラスターの分類には, 被験者のライフスタイルや, 自動車の利用目的などが要因となることが予想される。
また, 全体の嗜好評価を目的変数にした場合と, 層別嗜好評価を目的変数にした場合との重回帰式の重相関係数を比較すると, 全体の0.66に対し, クラスターbは重相関係数が0.58とわずかに下回っている。しかし, クラスターaとクラスターcに関しては, 0.75, 0.76と大きく上回っており, 層別重回帰式の有効性を示している。
Results of multiple regression analysis for reasoning preference evaluation
Result of cluster analysis
(1)外観要素評価主成分の抽出
外観要素評価は, 各シー卜ごとの細かい特徴を認識するものであるため, 細かく分かれた多数の項目で表現すべきである。しかしながら, 実際は外観要素評価項目には強い相関を持つものがあり, そのままでは重回帰式の説明変数に用いることができない。そのため, 次に示す手順で外観要素評価項目に対して主成分分析を行った。
まず, すべての外観要素評価項目について相関を調べ, 相関係数が0.6以上の項目を挙げた。次に, 外観要素評価項目に対して主成分分析(バリマックス回転)を行い, 前述の相関の高い項目同士が一つの主成分にまとまる範囲内で最大個数の主成分を抽出した。
その結果, 19個の外観要素評価主成分を抽出した。この結果より, 第1主成分は, 「柄の派手さ」, 「柄の目立ち」, 「色の派手さ」の負荷量が高いことから, トリムカバーの派手さ主成分と解釈した。第2主成分は, 「トリムカバーの毛羽」, 「トリムカバーの光沢」の負荷量が高いことから, トリムカバーのつや主成分と解釈した。第3因子は, 「バックの厚さ」, 「クッションの厚さ」の負荷量が高いことから, クッションとバックの厚さ主成分と解釈した。第4主成分は, 「バックの凹凸」, 「クッションの凹凸」の負荷量が高いことから, クッションとバックの凹凸主成分と解釈した。第5主成分は, 「バックの丸さ」, 「クッションの丸さ」の負荷量が高いことから, クッションとバックの丸さ主成分と解釈した。第6主成分以降は, すべて負荷量が高い項目が1項目であるため, その項目名を主成分の名前とした。以上の結果をまとめたものをTable 4に示す。
(2)外観要素評価主成分とイメージ評価因子との関係式の算定
4個のイメージ評価因子のそれぞれに対して, 因子得点を目的変数, 19個の外観要素評価主成分の主成分得点を説明変数とする重回帰分析を行った。ただし, 19個の外観要素評価主成分がすべて4個のイメージ評価因子に対して高い寄与を見せることは考えられないので, 評価構造の単純化をはかるために, 重回帰分析はステップワイズ法(変数増減法)を用いることとした。変数採用の条件をF検定の有意水準10%とした。重回帰分析の結果をTable 5~8に示す。
この結果から注目されることは, トリムカバーの派手さという外観要素評価主成分が, 重厚感, 装飾性, 明るさの3個のイメージ評価因子に強い影響を与えているということである。このことから, この外観要素評価主成分は, シート外観からのイメージ形成に重要な要素となっていると考えられる。特に, 装飾性と明るさには正の寄与であるが, 重厚感には負の寄与を示しているので, 設計に際しては注意を要すると考えられる。
また, 縫製パターンの直線性が, 重厚感に大きな寄与を示していることから, 直線は曲線に比べ, 重く, 落ち着きのあるイメージを人に与えることが考えられる。
さらに, クッションとバックの丸さとヘッドレストの丸さの形状を表わす主成分が明るさに寄与していることから, 丸い形状は明るいイメージを人に与えることが理解できる。
Results of multiple regression analysis for reasoning preference evaluation of each cluster
Pricipal components of appearance element evaluation
Results of multiple regression analysis(dignity)
Results of multiple regression analysis(ornament)
Results of multiple regression analysis(holding)
Results of multiple regression analysis(brightness)
本研究では, 官能評価実験の結果をもとに多変量解析を行うことにより, 重厚感, 装飾性など4種のイメージ評価因子を抽出し, イメージ評価構造を明らかにした。また, クッションとバックの厚さやトリムカバーのつやなど, 19種の外観要素評価主成分を抽出し, 外観要素評価構造を明らかにした。さらに, 嗜好評価により被験者をクラスター分析し, 3個のクラスターに分類した。
以上の結果をもとに, まず, 層別の嗜好評価とイメージ評価の関係を重回帰式を用いて明らかにした。この式より, 嗜好評価には, ホールド感や重厚感などが強い影響を与えることが判明した。次に, イメージ評価と外観要素評価の関係を重回帰式を用いて明らかにした。この式より, トリムカバーの派手さが, イメージ形成に重要な要素となっていることなどが判明した。
以上の結果より, 外観要素評価から嗜好評価までの関係を定量化し, 外観評価構造を明らかにすることができた。
なお, 今後の課題としては, 以下のことが考えられる。
一つは, 設計仕様と外観要素評価の関係を明らかにし, 設計仕様から嗜好評価を予測する設計支援システムへと拡張することである。本研究では, 外観要素評価から嗜好評価までの関係を明らかにしたが, 設計仕様から嗜好評価が予測可能になれば, シート設計者への支援となると考えられる。
もう一つは, 外観と機能の共存解を求める設計方法の研究である。本研究の結果より, シートの嗜好評価にはホールド感という座り心地に関係するイメージ評価因子が強い影響を与えていることが判明した。これは, シートの外観が, 座り心地という機能と強い従属性を持つことを意味している。そのため, 外観と機能の相互の影響を考慮し, 両者の共存解に関する研究を行うことは, シート設計にさらなる有効な知見をもたらすと考えられる。