Japanese Journal of Sensory Evaluation
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Verbal Expression of Perfume Material due to Synaesthesia
Hiroyuki SAKURAIHideo JINGU
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1997 Volume 1 Issue 2 Pages 41-45

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1. はじめに

近年,香料が人に与える影響を明らかにするため,様々な研究が行われている。中でも,香料による心理的な影響は,非常に古くから人々の関心・考察の対象となってきた。そして,何らかの方法でその匂いを他者に伝えようとする努力がなされてきた。香料を表現する際に使用される語は,一般に,特性的用語,香料用語,感覚用語に大別される。特性的用語とは,たとえば「花のような」「石鹸のような」などの表現であり,香料用語とは,「フローラルグリーン」「オリエンタル」「シプレ」などの表現である(高島,1995)。これらは,香りの専門家の間で用いられることが多く,一般人と比較すると語彙も多様である(吉田,1967)。しかし,一般的には,感覚用語による表現の方が理解されやすいといわれる。ここで,感覚用語といっても,必ずしも嗅覚に関するものに限られるわけではない。むしろ,他の感覚属性に基づく表現が使われる場合が少なくない(増山・小林,1989)。たとえば,ある香料を「やわらかい」「甘い」などと表すことがある。これら嗅覚以外の感覚用語による表現は,共感覚的表現といえよう。

共感覚とは,一般に,ある感覚様相の刺激が他の感覚様相での印象も同時に生じさせる現象をさす。よく知られる事例に,「色聴」がある。これは,音刺激が与えられた際,音に対する感覚だけでなく色彩感覚をも生ずる現象である(丸山,1994)。単純な音に対してはあまり頻繁には現れないが,音楽を聴いた場合にはかなりの人において観察されるという。こうした共感覚の現象は,われわれの知覚過程に,1対多の刺激―反応関係が存在することを意味する(神宮,1996)。

本研究では,香料を表現する用語を媒介として,嗅覚が他の感覚,すなわち,視覚,聴覚,触覚,味覚とどのような関係性を持っているのかを明らかにする。また,そうした関係性が,香料の種類によってどのように異なるかを明らかにする。

2. 実験方法

被験者:大学生61名。

試料:ムスク,レモン,ローズの3種類の市販のエッセンシャルオイルを使用した。各々の香料はガラスの器に入れ,中が見えないよう薄い布で口を覆った。

手続き:被験者に各香料を大きく3回かいでもらった後,32個の表現用語を呈示し,その香料を表現するのに適切だと思われるものを選択させた。表現用語は,視覚,聴覚,触覚,味覚に関する形容詞,形容動詞(以下,各々,視覚語,聴覚語,触覚語,味覚語と記す)を「岩波国語辞典第4版」より,各感覚につき8語選んだ。これらをTable 1に示した。また,3種類の香料,および32個の表現用語は,ランダムに呈示した。

Table 1

Verbal expression.

3. 実験結果

被験者に選択された場合,その表現用語に対し1点を与え,選択されなかった場合は0点を与え,得点化した。Fig. 1からFig. 4は,各香料ごとの,表現用語の選択比率を示す。また,32個の表現用語に対する61名の結果を,3種類の香料で縦につなげてデータ行列として,数量化III類による分析を行った(Fig. 5からFig. 7)。なお,個別の分析での2軸における累積説明率は,ムスク18.88%(第1軸10.13%,第2軸8.75%),レモン25.53%(第1軸13.01%,第2軸12.52%),ローズ17.44%(第1軸9.22%,第2軸8.22%)であった。

Fig. 1

Ratios of selected words for three perfume materials (musk, lemon and rose) in visual expression.

Fig. 2

Ratios of selected words for three perfume materials (musk, lemon and rose) in auditory expression.

Fig. 3

Ratios of selected words for three perfume materials (musk, lemon and rose) in haptic expression.

Fig. 4

Ratios of selected words for three perfume materials (musk, lemon and rose) in taste expression.

Fig. 5

Mapping of 95% CI for musk's mean of SURYOKA III's scores.

Fig. 6

Mapping of 95% CI for lemon's mean of SURYOKA III's scores.

Fig. 7

Mapping of 95% CI for rose's mean of SURYOKA III's scores.

4. 考察

4―1. 表現用語の選択比率からみた香料の特徴

選択された表現用語について,香料ごとに考察する。

(1)ムスクについて 最も多く選択されたのは「色あせた」であり,次いで「ぼやけた」であった。これらはともに視覚語であった。さらに「味気ない」(味覚語), 「やわらかい」(触覚語), 「ふんわりとした」(触覚語), 「透明な」(視覚語), 「甘い」(味覚語)の順であり,上位5位以内に,視覚語が3語,触覚語が2語,味覚語が2語選択されていた。これらのことから,ムスクにおいては,あざやかさの観点から視覚的感覚との結びつきが示唆される。また,やわらかさの観点から触覚的感覚との結びつきが示唆される。

(2)レモンについて 最も多く選択されたのは「すっぱい」(味覚語)であり,突出して高い選択比率を示した。この香料が知覚される際,同時に味覚も喚起されている可能性が考えられる。次いで多く選択されたのは, 「明るい」(視覚語), 「甘い」(味覚語),「あざやかな」, 「透明な」(以上,視覚語), 「さらりとした」(触覚語)の順であり,上位5位以内に視覚語が3語,味覚語が2語,触覚語が1語選択されていた。これらのことから,レモンにおいても,あざやかさの観点から視覚的感覚との結びつきが示唆される。また, 「さらりとした」は,ムスクにおいても「ふんわりとした」「透明な」「甘い」に次いで多く選択された表現用語であり,レモンにおいても,ムスクの場合と同様な触覚的感覚との結びつきが示唆される。

(3)ローズについて 最も多く選択されたのは「やわらかい」であり,次いで「ふんわりとした」であり,ともに触覚語であった。以下,「艶のある」(視覚語),「さらりとした」(触覚語),「こもっている」

(聴覚語), 「甘い」(味覚語)と続き,上位5位以内に触覚語が3語,視覚語,聴覚語,味覚語が各々1語選択されていた。「やわらかい」「ふんわりとした」「さらりとした」は,ムスクおよびレモンにおいても,多く選択された表現用語である。

このように,香料の種類を問わず,選択される表現用語の傾向が一定していることから,触覚が嗅覚と根本的なつながりを持つことが強く示唆される。聴覚語については,ローズのみにおいて,「こもっている」が多く選択された。また,味覚語について, 「甘い」は,ムスクおよびレモンにおいても多く選択された表現用語であるが,ムスクでは他に「味気ない」も選択され,レモンでは他に「すっぱい」も選択されている。このように,味覚語全体として傾向が一定しておらず,嗅覚との結びつきはあまり明確とはいえない。

以上のことから,選択される表現用語は,特に視覚語と触覚語が優位であることが示された。また,視覚語では,特定の香料は特定の表現用語と結びつきやすく,触覚語では,3種類の香料を通して,共通した表現用語が選択されやすいといえる。このことから,使用する表現用語を配慮することにより,各々の香料を適切に表現できる可能性が考えられよう。

4―2. 香料ごとの表現用語群の特徴

表現用語の選択結果をまとめて,数量化III類により分析した。Fig. 5からFig. 7は, 4つの表現用語群それぞれで平均値の95%信頼区間を求め,各香料ごとにその布置の状態を図示したものである。

(1)ムスクについて 4つの表現用語群のうち,聴覚語,触覚語,味覚語の3つが強いまとまりを示す一方,視覚語のみが離れて位置し,その布置も,他の表現語群と第1軸において一定の対称性を示すと考えられる。さらに,視覚語は他の表現用語群と比べ強い凝集性を示し,この香料を表現する際に,視覚語が重要な役割を果たすことが示唆される。

(2)レモンについて 視覚語,聴覚語,触覚語が一つにまとまり,味覚語のみが離れて位置している。味覚語と他の表現用語群との布置は,第2軸において一定の対称性を示すと考えられる。また,ムスクにおける視覚語と同様,レモンにおける味覚語は,他の表現用語群よりも凝集性がみられ,この香料の特徴を表現しやすい表現用語であることが考えられる。

(3)ローズについて この香料では,まとまりが二つ形成された。一つは視覚語と聴覚語のまとまりであり,もう一つは触覚語と味覚語のまとまりである。視覚語および聴覚語にやや凝集傾向があるが,総じて,表現用語群の間で大きな差異はないと考えられる。表現用語群の二つのまとまりに関しても,特に対称的な布置状態にあるとはいえないであろう。この意味では,他の二つの香料と比べるとやや明確な特徴に欠けるといえよう。

これらをまとめると,以下のことがいえよう。

ムスクにおいては,視覚語のみが離れて位置し, レモンにおいては味覚語が離れて位置した。ローズにおいては,一つだけ離れて位置する表現用語群はなく,明確な特徴が見出しにくいが,むしろ,他の香料のように特定の傾向を示さないことがローズの特徴であるとも考えられる。以上のことから,4つの表現用語群のうちいくつが,また,どれとどれがグループとしてまとまるのか,逆に,どの表現用語群が一つ離れるのか,さらに,それらの対称性などの点は,各香料の特徴を反映すると考えられる。また,どの香料についても,表現用語群がまとまる際,その中に必ず触覚語が加わっている点から,われわれが香料を知覚する際,触覚が,他の様々な感覚を生じさせるための核として機能している可能性が示唆される。

5. 結論

表現用語の選択結果において, 3種類の香料を通して,特に視覚語と触覚語が選択されやすいことが示された。また,数量化III類による分析において,その布置状態から,嗅覚は特に視覚および触覚とつながりの深いことが示唆された。なお,表現用語の選択結果から,視覚では,特定の香料は特定の表現用語と関係が深く,個別の特徴が示されやすいことが指摘された。触覚では, 3種類の香料を通して,共通した表現用語が使われやすく,嗅覚と根本的なつながりのあることが指摘された。このように,嗅覚と触覚との関係を考えることによって,個々の香料を適切に表現できる可能性が考えられる。

 

本研究の一部は,日本人間工学会第36回大会で発表された。また,本実験の実施に際して,東京学芸大学の伊藤祐子さんの協力を得ました。なお,本研究は,財団法人コスメトロジー研究振興財団の平成8年度研究助成により行われました。

引用文献
  • 丸山欣哉(1994)共感覚,感性条件づけ,モダリティ間現象「新編感覚・知覚心理学ハンドブック」,大山正・今井省吾・和気典二編,誠信書房,東京,pp.82-83.
  • 神宮英夫(1996)「印象測定の心理学」, 川島書店,東京,pp.17-40.
  • 高島靖弘(1995)感性品質の計測技術―香りの官能評価と心理・生理的効果―, 品質, 25(1),34-40.
  • 吉田正昭(1967)嗅覚「心理学I」,八木冕編,倍風館,東京,pp.196-197.
  • 増山英太郎,小林茂雄(1989)「センソリー・エバリュエーション」, 垣内出版,東京,pp.258-261.
 
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