Japanese Journal of Sensory Evaluation
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Novel tasks to increase subjective and objective stress responses
Chiaki SakamotoJun-ichi KurisakiMichiko Kobayashi
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2016 Volume 20 Issue 1 Pages 16-21

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1. 緒言

さまざまな先行研究において,主観的および客観的ストレス応答を増大させる課題が報告されている.その中の一つに,面識のない相手の前でのスピーチおよび暗算課題から構成されているTrier Social Stress Test(TSST)(Kirschbaum et al. 1993)がある.VAS法を用いてTSST実施後のストレス状態について検討した研究(Hellhammer & Schubert, 2012)では,TSST実施後に有意なストレス状態の増大(主観的ストレス応答の増大)がみられた.TSST実施後の唾液α-アミラーゼ活性(salivary α-amylase activity: sAMY)値について経時変化を追った研究(Nater et al., 2005)では,TSST実施後に有意なsAMY値の上昇(客観的ストレス応答の増大)がみられた.しかし,日常生活において人前でスピーチをする機会は,一般にそう多くないと思われる.そこで本研究では,多くの人が日常的に経験するであろう長時間の連続作業による心理的ストレスに焦点を当て,単純な連続課題である内田クレペリン検査に着目した.日常の経験からも,連続した計算作業の実施により,主観的および客観的ストレス応答は増大するものと予想される.

ストレス応答に関する従来の生理学的研究では,血液に含まれるコルチゾールやノルアドレナリンなどのストレスホルモンが,ストレスマーカーとして用いられてきた.しかし,血液採取自体がストレッサーとなることが懸念されるようになり,近年では,非侵襲性や簡便性に優れた唾液による測定が注目されている.唾液で測定可能なストレスマーカーは,アミラーゼやコルチゾール,クロモグラニンAである.

ストレスマーカーの一種であるsAMYは,交感神経系作用の結果として増大し(Groza et al., 1971; Speirs et al., 1974),sAMYの増加に伴って血漿ノルアドレナリン濃度も上昇することがわかっている(Chatterton et al., 1996).交感神経β遮断薬もしくはプラセボを投与された実験協力者を対象に,視覚刺激提示によるsAMYの変化について検討したVan Stegeren et al.(2006)は,β遮断薬の投与によりsAMYの変化が妨げられたと報告している.この結果から,アドレナリン作用が唾液α-アミラーゼ分泌の直接的な機序であることが示唆された.また,唾液コルチゾールではストレッサーに対する応答潜時が20~30分と比較的長い(Kudielka et al., 2004)のに対し,sAMYでは1~数分と短いために,sAMYは急性ストレスに対するマーカーとして有効であると考えられている(Takai et al., 2004).

主観的気分状態の測定には,状態不安および特性不安といった不安状態を測定するSTAI(State-Trait Anxiety Inventory)(Ileri-Gurel et al., 2013吉松と坂井,2010)や,緊張,抑うつ,怒り,活気,疲労および混乱の六つの尺度から気分や感情の状態を測定するPOMS(Profile of Mood States)(Nakagawa et al., 1996; Al’Absi et al., 2012)が用いられることが多い.しかし,これらの心理評定は得られる情報が多い反面,質問項目が多く回答に時間がかかったり,質問の意図が理解しづらかったりするため,評定自体がストレッサーとなるかもしれない.より簡便に主観的な気分状態を測定するためには,多肢選択法を用いてストレスの程度を尋ねるなど,評定方法に工夫を講ずる必要がある.

そこで,本研究では,内田クレペリン検査に準ずる30分間の計算負荷によって,客観的ストレス応答(sAMY値:実験1)および主観的ストレス応答(5段階評定法による回答:実験2)がともに増大するかについて検討した.

両ストレス応答を増大させる課題が確立されれば,心理的ストレスが生体に与える影響やそのメカニズムの研究におおいに寄与するものと考える.

なお,本研究は,十文字学園女子大学大学院倫理審査委員会の承認および実験協力者のインフォームドコンセントを得たうえで実施した.

2. 実験1:客観的ストレス応答に基づく課題の妥当性の検討

2-1. 方法

1) 実験協力者

健康な女子大生16名を対象とした(平均値±S.D.; 年齢21.1±1.1歳,BMI 20.7±2.5).食後すぐの測定ではsAMYが高く評価される可能性があるため,測定前1時間は水以外の飲食をしないよう指示した.

2) 課題

本研究では,内田クレペリン検査に準ずる計算負荷を課した.内田クレペリン検査は,心理的ストレスを与える課題として,長年にわたり用いられている(Sumiyoshi et al., 1998).本来の検査では,一桁の足し算を1分ごとに行を替えながら解き続ける作業を15分間実施し,休憩をはさんだ後,同様の足し算をさらに15分間実施する.その後,取得した全体の計算量(作業量)を基に能力面の特徴を,1分ごとの計算量変化(作業曲線)および誤答を基に性格・行動面の特徴を判断している.

本研究では,内田クレペリン検査の標準型検査用紙および鉛筆(HB)を用いた.本来の検査よりも負荷を高くするため,休憩をはさまずに30分間連続して計算を実施させた.できるだけ早く正確に計算を行うよう指示した後,作業を開始させた.実験協力者に対して次の行に移行するタイミングを知らせるため,実験者は1分ごとに合図を出した.なお,実験協力者の能力面や性格・行動面の特徴を判断することが課題実施の目的ではないため,回収した検査用紙について作業量や正誤などの詳細な確認は行わなかった.

3) 客観的ストレス応答の指標

唾液アミラーゼモニター(以下,本体)および同チップ(ニプロ株式会社)を用いて,sAMYの測定を行った(山口ら,2007).本機器は,検体採取が非侵襲的であることに加え,唾液の希釈作業を必要としないため,1分程度でsAMYを測定できるという利点をもつ.チップはホルダー,シート,唾液採取紙およびアミラーゼ試験紙で構成されている.山口ら(2007)によると,sAMY値の測定原理は以下のとおりである.まず口腔舌下部にチップを挿入し,30秒から60秒間唾液を採取する.このときの採取量は,唾液採取紙の体積28 µLによって規定される.続いて,チップを本体に挿入すると,アミラーゼ試験紙に唾液が転写される.転写される唾液量は試験紙の体積4 µLによって規定され,転写時間は10秒に設定されている.転写終了後,唾液中のα-アミラーゼが試験紙に含まれるα-2-クロロ-4-ニトロフェニル-ガラクトピラノシルマルトサイド(Gal-G2-CNP)を加水分解し始める.加水分解反応により2-クロロ-4-ニトロフェノール(CNP)が生成され,黄色に発光する.反応開始から20秒後,本体に組み込まれた光学ユニットによって,試験紙の反射光強度が自動的に測定される.測定値は酵素活性(Unit/l)に換算され,本体のディスプレイに表示される.アミラーゼ活性は,37°Cの環境下で1分間に1 µmolのマルトースに相当する還元糖を生成する酵素量を1 Unitとして表現される.

なお,心理的ストレスは唾液α-アミラーゼ分泌量および濃度を上昇させる一方,唾液流量には影響を及ぼさないという報告(Rohleder et al., 2006)があるため,本研究では唾液流量の測定は行わなかった.

4) 手続き

実験は,20~25°Cの室温環境下で実施した.実験協力者に対して,超純水100 mLを常温で提示し,数回口腔をゆすいで吐き出させた.次いで,実験説明を行い,座位で5分間安静にさせた.その後,sAMY値を測定してから,計算課題を30分間実施させた.課題実施中は作業を妨げずに唾液を採取することが困難であったため,sAMY値の測定は行わなかった.課題実施によってsAMY値が有意に増大するポイントを検討するため,課題終了直後からは,2分ごとに計8回,sAMY値の測定を行った(Figure 1).

Figure 1 実験の流れ

sAMY: salivary α-amylase activity

5) 解析

IBM SPSS Statistics 21.0(日本IBM株式会社)を用い,本実験で用いた計算課題によってsAMY値が有意に増大する測定ポイント(負荷前に比べ,有意にsAMY値が上昇する時点)を検討した.負荷前のsAMY値と負荷後の各時点(0分,2分,…,14分の計8時点)におけるsAMY値を比較するため,対応のあるt検定を8回実施した.有意水準は5%とした.測定エラーのためsAMY値を取得できなかったポイントが1時点でも存在した者を除く12名を解析対象とした.

2-2. 結果

sAMY値の変化について,平均値および標準偏差を表したグラフ,t検定結果の一覧表を示す(Figure 2, Table 1).計算負荷前に比べ,計算負荷後0分のsAMY値が有意に上昇した(t(12)=−2.67, p=0.022).それ以降の測定ポイントにおいては,有意なsAMY値の変化は認められなかった.

Figure 2 計算課題前後におけるsAMY値の経時変化

Preは計算負荷前,Postは負荷後を表す.sAMYについて実測値平均および標準偏差(S.D.)の経時変化を示した.(n=12, *p<0.05)

Table 1 計算負荷前と負荷後の各測定ポイントにおけるsAMY値の比較
ValuePre vs. Post (min)
Post 0Post 2Post 4Post 6Post 8Post 10Post 12Post 14
t−2.67−1.13−1.82−0.30−0.66−0.750.540.66
p0.022*0.2830.0960.7730.5220.4690.6010.522

計算負荷前(Pre)と負荷後(Post)におけるsAMY値を比較するため,負荷後の時点ごとに対応のあるt検定を行った.(n=12, *p<0.05)

2-3. 考察

実験1では,sAMY値を測定することで,計算課題が客観的ストレス応答を増大させるかを検討した.

計算負荷によるsAMY値の経時変化を追った結果,計算負荷後0分(計算終了直後)でのみ,有意なsAMY値の上昇が認められた.これはストレッサーに対するsAMYの応答潜時が1~数分であるという報告(Takai et al., 2004)と合致する.この結果から,計算課題によるsAMY値の上昇は,負荷後0分時点で特に反映されているものと判断した.また,実験時間を短縮することで実験協力者の負担軽減を図るという観点からも,急性ストレス応答が誘導されたか否かを判断するための測定ポイントは,計算終了直後の時点とすることが妥当といえる.

計算終了直後の時点で有意なsAMY値の上昇が認められたことから,内田クレペリン検査に準ずる30分間の計算課題は,客観的ストレス応答を増大させる課題であることが明らかとなった.今回は計算課題中のsAMY値測定を実施していないことから,課題中のsAMY値変化については明らかとなっていない.課題中の変化を追うことができれば,課題の実施時間を検討する材料となりうるかもしれない.

また,個人差が大きいながらも,計算負荷後4分においてsAMY値が大きく変動した(Figure 2).これは,測定による長時間の拘束がストレスとなって生じた可能性が示唆される.実際に,実験協力者からは「計算課題が終わってから,さらに15分も拘束されることがストレスだった」という意見も聞かれた.ただし,負荷後6分以降では負荷前とほぼ同等のsAMY値に戻っている.したがって,負荷後4分においては拘束による一過性のストレス応答が観測されたと考えられるが,その詳細については別途検討する必要がある.

3. 実験2:主観的ストレス応答に基づく課題の妥当性の検討

実験1では,内田クレペリン検査に準ずる30分間の計算課題が終了した直後に,sAMY値に基づく客観的ストレス応答の有意な増大が観察された.Takai et al.(2004)によると,STAI得点とsAMY値の間には有意な相関があったという.Takai et al. の研究結果を踏まえると,実験1と同様の計算負荷によって,5段階評定法に基づく主観的ストレス応答も有意に増大することが予想される.

3-1. 方法

1) 実験協力者

健康な女子大生30名を対象とした(平均値±S.D.; 年齢21.1±0.8歳,BMI 20.5±2.1).実験1と同条件で測定を行い,できる限り生理状態を統一するため,測定前1時間は水以外の飲食をしないよう指示した.なお,実験1にも参加した実験協力者は4名である.

2) 課題

実験1と同様の計算課題を用いた.

3) 主観的ストレス応答の指標

実験協力者に対し,質問紙を用いて「あなたはストレスを感じていますか」と尋ねた.質問に対する回答は,「とてもリラックスしている(5),ややリラックスしている(4),どちらでもない(3),ややストレスを感じている(2),とてもストレスを感じている(1)」から選ばせた.

4) 手続き

客観的ストレス応答測定時と同条件で測定を行うため,実験1の手続きに従い,口腔洗浄,実験説明の後,5分間座位で安静にさせた.次いで5段階評定法によるストレスの程度の測定を行い,続いて計算課題を30分間実施させた.課題終了後,再び5段階評定法によるストレスの程度の測定を行った(Figure 1).

5) 解析

IBM SPSS Statistics 21.0(日本IBM株式会社)を用い,有意水準は5%とした.記入不備のあった者を除く29名のデータを用いて符号検定を行った.

3-2. 結果

計算負荷後に有意なポイント減少(Z=−4.23, p<0.001),すなわち主観的ストレス応答の増大が確認された(Figure 3).

Figure 3 計算課題による主観的ストレス応答の変化

5段階評定法によりストレスの程度を測定した.課題前(Pre)と課題後(Post)の評点について符号検定を行った.(n=29, ***p<0.001)

3-3. 考察

実験2では,5段階評定法によりストレスの程度を測定することで,計算課題が主観的ストレス応答も増大させるか検討した.

計算負荷後に有意なスコアの減少,すなわち主観的ストレス応答の有意な増大が認められたことから,内田クレペリン検査に準ずる30分間の計算課題は,主観的ストレス応答を増大させることが明らかとなった.

4. 全体的考察

二つの実験により,内田クレペリン検査に準ずる30分間の計算課題は,主観的および客観的ストレス応答を有意に増大させるという結果が得られた.本研究では,主観的および客観的ストレス応答の測定を異なる実験として別日に行った.しかし,各測定はできる限り簡潔な方法を用いていることから,同一実験内で両測定を実施することも可能かもしれない.二つの評価を同時に,あるいは時間差で行った場合の影響についても,追って検討していきたい.

5. 結語

今回,内田クレペリン検査に準ずる30分間の計算負荷により,主観的および客観的ストレス応答の有意な増大が確認された.また,sAMYによる計算負荷後の客観的ストレス応答の測定は,負荷終了直後に実施することで,計算課題によるストレス応答の増大を捉えられることがわかった.これにより,TSSTよりも日常的行動に近いストレス負荷課題として,内田クレペリン検査に準ずる30分間の計算負荷は,心理的ストレス応答が生体に及ぼす影響を研究するために用いる課題の一つとなり得ると考える.今後,計算課題の負荷時間を変えて検討をするとともに,計算課題の前後におけるストレス応答と味覚感受性の変化について,研究を進める予定である.

Acknowledgment

本研究は,JSPS科研費26350843の助成を受けたものです.

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