Japanese Journal of Sensory Evaluation
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Effect of cacao beans aroma on taste preferences for bitter chocolate
Ayumi Hoshino Kai IshikawaAya OkadaFumiko Iida
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2020 Volume 24 Issue 1 Pages 29-42

Details
Translated Abstract

Investigation of the effect of aroma on the taste characteristics of three bitter chocolates, formulated from different cacao bean varieties (harvested from Ghana, Venezuela, and Ecuador). Sensory evaluations were given scores by 95 panelists wearing or not wearing nose clips. A questionnaire survey was also carried out. Twenty-six panelists showed changed preferences for chocolate in sensory tests while wearing a nose clip using the TDS (Temporal Dominance of Sensations) method. The scoring results showed the sensation of taste to be more sensitive when not wearing a nose clip than when wearing one, and that greater taste intensity was experienced without a nose clip. The TDS method revealed the key aroma characteristics: the Ghanaian chocolate had a “sweet nut” and “honey” taste, the Venezuelan variety had a “roasted nuts” flavor, and the Ecuadorian variety had as “floral” and “fruity” taste.

The questionnaire survey showed the most important item to be “Taste” (80.0%), followed by “Aroma”. The fact that 49.5% of subjects showed different preferences for chocolate types while wearing the nose clip demonstrates that the aroma of chocolates affects taste preference. Aroma is therefore an important characteristic in the sensory evaluation of chocolate.

1.緒言

食べ物の状態からみたおいしさの要因には,化学的要因,物理的要因があり,われわれは異なる感覚器官(視覚,聴覚,嗅覚,触覚,味覚)によってそれらをとらえ,食品を評価している.また,さらに近年では,異なる感覚間の相互作用が注目されている.嗅覚と味覚に関する相互作用では,White & Prescott(2007)が,スクロース溶液,クエン酸溶液をイチゴ,グレープフルーツそれぞれの嗅覚刺激条件下で対象者に提示したところ,一致する感覚刺激であった場合に比べ,異なる刺激条件下では,味を答えるまでの反応時間が長くなることを報告した.鳴海他(2010)は,バニラクッキーにおいて,喫食時の視覚刺激,嗅覚刺激を変化させることで,対象者の8割が,味が変化したと評価することを報告した.Kakutani et al.(2017)は,呼吸と連動した後鼻腔経路嗅覚刺激により,甘味が増強されることを報告した.さらに,嗅覚と触覚との関連も検討されており,西野他(2014)は,香りが感触に与える効果を検討し,香りの種類に依存して嗅覚情報が,硬さ,ざらつきといった異なる感触の次元に影響することを明らかにした.これらのことから,官能評価においても味や香り単独ではなく,香りが味に与える影響についても検討することが重要である.

チョコレートの食味特性は,原料,ロースト条件等によって変化する(Hoskin, 1994).8か国14種のカカオ豆を用いたチョコレートにおいて,Jinap et al.(1995)はpHが中間であるガーナ,ナイジェリアのフレーバースコアが高く,pHの低いカカオ豆ではオフフレーバーが知覚されたことを報告した.さらに,Glazier & Dimick(2000)は,産地の異なるカカオ豆の香り特性をガスクロマトグラフィー分析と官能評価により検討し,ニブ焙煎中の揮発性物質と官能評価項目との間に関連がみられたことを報告した.また,われわれは,チョコレートのおいしさに関連する因子を検討するために,これまで,油脂含量および組成の違い,カカオ豆産地の違いなどに着目し研究を行った.それにより,油脂含量30~40%のチョコレートや,特にアクラ産,カレネロ産,アリバ産のチョコレートが好まれたことを報告した(飯田他,2007葛西他,2007).これらの報告はいずれも静的官能評価を使用したものであるが,近年,食品を動的に計測する手法として,Pineau et al.(2009)によって提案されたTDS(Temporal Dominance of Sensations)法が着目されている.この手法は複数の感覚特性の中で最も強い印象をもつ属性の時間的変化を測定する手法であり,チーズパイや,ソーセージなどの食品において報告されている(Marcano et al., 2015; Braghieri et al., 2016).われわれは,カカオ豆産地の異なる三種のチョコレートにおいて,静的採点法に加え動的TDS法を用いることで,対象者の嗜好に関するより詳細な味の経時的要因を明らかにできたことを報告した(石川他,2019).この研究では,ノーズクリップを用い,レトロネーザルアロマの関与を除外した条件下で詳細な味の識別を行った.しかしながら,先述の通り食品中の香りは味覚をはじめとする他の感覚に影響する可能性が示唆され,チョコレートの味嗜好に与えるレトロネーザルアロマの影響を明確にするためには,ノーズクリップ脱着それぞれの条件下での官能評価を実施するとともに,レトロネーザルアロマの特徴を検討することが望まれる.

そこで本研究では,静的官能評価として採点法,動的官能評価としてTDS法を用いることで,チョコレートの香りの経時的変化の特徴と,香りがチョコレート嗜好に与える影響について検討することを目的とした.

2.方法

2-1.試料および調製方法

試料は,先行研究(葛西他,2007)において「香り」,「味」,「テクスチャー」が総合して好まれた,アクラ(ガーナ)産,カレネロ(ベネズエラ)産,アリバ(エクアドル)産のカカオ豆を用いたシングルビーンズチョコレートとした.チョコレートの調製方法は,先行研究(飯田他,2007石川他,2019,前掲)を参照されたい.チョコレートの形状は,一口で食せる量とするため,1辺約1 cmの立方体様(2 g)の形状とした.

2-2.項目の選定と訓練

パネリストは研究室訓練パネル13名(22~23歳と教員2名)と訓練を行っていない一般の消費者の代表である女子大学生82名(18~22歳)(以下,学生パネル)の計95名を対象とした.訓練パネルにおいて,官能評価を行うにあたり,以下,1)~4)の訓練を実施した.

1)五味識別訓練,2)産地の異なるカカオ豆を使用した22種シングルビーンズチョコレートからの言葉だし,3)チョコレート中に含まれる香り訓練,4)市販チョコレートを用いた官能評価訓練.実施方法は先行研究と同様である(飯田他,2018).なお,学生パネルは食物学科に在籍する1~4年次の学生のうち,特にチョコレートや食味評価への関心が高い者を募った.

2-3.官能評価

上記訓練を施した訓練パネル,および訓練をしていない学生パネルに対して,カカオ豆の異なる3種の試料について,以下の官能評価を行った.官能評価は,従来の静的採点法(以下,採点法と略す)とTemporal Dominance of Sensations法(TDS法)の2つの手法を用い,採点法においては,レトロネーザルアロマが味に及ぼす影響を検討するため,ノーズクリップ脱着それぞれの条件下での測定を行った.

採点法は,従来の先行研究と同様に,チョコレートの全体的な食味特性を評価するために実施した.−3から+3の7段階尺度とし,項目は先行研究を参考とした(飯田他,2018,前掲).すなわち,テクスチャーに関する項目として「口どけ」,「口ざわり」の2項目,味に関する項目として「甘味」,「酸味」,「苦味」,「渋味」,「こく」,「後味の強さ」の6項目,フレーバーに関する項目として「花のような香り」,「はちみつのような香り」,「ナッツのような香り」の3項目,「総合評価」の計12項目とした.味については+3強い⇔−3弱い,総合評価は+3良い⇔−3悪いで評価し,フレーバーに関する項目はノーズクリップなしの条件下のみとした.採点法の用紙の最後に,3種のうち最も好きなチョコレートを記入する欄を設けた.

TDS法は,従来の採点法よりも詳細な香り特性を明らかとすることを目的とし,導入した.TDS法は,種々なモダリティを同時に評価できる測定法であるが,Rodrigues et al.(2018)は,チーズのテクスチャーと味を同時評価する検討を行い,異なる2つのモダリティを同時評価することは困難であったことを報告している.そのため,本研究においては,香りのみを評価対象とした.項目の選定においてはTable 1に示した通り,事前訓練で用いた22種シングルビーンズチョコレートの言葉出しの中で,特に香りが好ましいと評価されたチョコレート5種の出現用語から,出現回数が上位であった「はちみつのような香り」,「花のような香り」,「フルーティーな香り」,「ナッツの香り」を抽出した.より詳細な香り評価を行うため,「ナッツの香り」は「甘いナッツの香り」,「香ばしいナッツの香り」の2項目に分類した.

Table 1 香りの好きなチョコレートに多く出現した用語
用語出現数(%)a
フルーツ17(15.4)
ナッツ13(11.7)
香ばしい12(10.8)
はちみつ6(5.4)
6(5.4)
コーヒー6(5.4)
スパイス4(3.6)
4(3.6)
ココア3(2.7)
酸っぱい3(2.7)
3(2.7)
爽やか3(2.7)
その他31(27.9)

n=13(訓練パネル)

a:全用語出現数111語に占める割合.太字はTDS法に用いた用語を示す.

採点法はすべての対象者に対して行い,TDS法は,採点法においてノーズクリップの脱着により嗜好が変化し,レトロネーザルアロマに敏感と考えられたパネル47名のうち,同意を得られた計26名(協力率55.3%)を対象に行った.TDS測定にはJ-SEMS. TDS&TI(株式会社メディア・アイ)のソフトウェアを用い,データの取得はいずれも1秒ごとに設定し,測定上限は120秒とした.なお,TDS法においては,その時点で最も印象的であった香りを評価するよう指示した.食し方は,いずれも噛まずに舐めて評価するように指示し,個室ではないが,独立した静寂な環境が保たれている空間での評価を実施した.

2-4.質問紙調査

対象とした女子大学生の味嗜好の背景を探るため,上記のパネリストに対して,官能評価終了後に「食習慣・食嗜好等に関する質問紙調査」(自記式)を行った.チョコレートに関する項目として,チョコレートはどの程度好きか,最も好きなチョコレートの種類,最も好きなチョコレートの味,チョコレート喫食時に重要視するもの,甘いものの喫食頻度,チョコレート喫食頻度,チョコレートの食べ方を尋ねた.

その他の食習慣,食嗜好に関する項目として,食事に時間をかけるか,食べ物の香りを言い当てることがあるか,苦手な食べ物は多いか,自分は甘党だと思うか,酸味のある食べ物は好きか,ブラックコーヒーは好きか,緑茶の渋味は好きかを尋ねた.

加えて,10項目40種の香りに関し,チョコレートに限定しない一般的な香りの好き嫌いを尋ねた.例示した香りは,対象者である女子大生がチョコレートの言葉だしにより認知していると考えられた,「ロースト(ココア,コーヒー,カラメル,焼いたパン)」,「ベリー(イチゴ,桃,リンゴ,クランベリー)」,「シトラス(オレンジ,レモン,グレープフルーツ,ライム)」,「こく(溶かしバター,キャラメル,はちみつ,醤油)」,「ナッツ(アーモンド,カシューナッツ,ヘーゼルナッツ,クルミ)」,「トロピカル(マンゴー,バナナ,パイナップル,ココナッツ)」,「スパイス(バニラ,シナモン,アニス,生姜)」,「ハーブ(ミント,バジル,ローズマリー,オレガノ)」,「花(バラ,ラベンダー,スミレ,ユリ)」,「発酵(青カビチーズ,かつお節,腐葉土,納豆)」とした.

2-5.解析方法

コンピュータの統計データ処理ソフトSPSS Statistics 22.0(日本IBM)を用いて,一元配置分散分析,およびTukey’s HSD検定,t検定,Pearsonによる2変量の相関分析,カイ二乗検定を行った.なお,カイ二乗検定において期待度数5未満のセルが20%以上であった場合には,Fisherの直接法を採用した.TDS法の解析には,J-SEMS, TDS & TI(株式会社メディア・アイ)のソフトウェアを用いた.

調査および官能評価の協力は任意とし,2018年日本女子大学倫理委員会(課題番号341号)の承認を得たうえ,インフォームドコンセントを行い実施した.

3.結果と考察

3-1.質問紙調査

質問紙調査は,95名(有効回答率:100%)を得ることができた.対象者の食習慣・食嗜好をTable 2-1, Table 2-2に示した.「チョコレートはどの程度好きですか」と尋ねたところ,「好き」が71名(74.7%),「やや好き」が17名(17.9%),「普通」が6名(6.3%),「やや嫌い」が1名(1.1%)であり,「嫌い」はいなかった.本研究において,対象者はおおむね,チョコレート好きであった.

Table 2-1 対象者の食習慣・食嗜好(チョコレートに関する項目)
項目(%)
チョコレートはどの程度好きですか
好き71(74.7)
やや好き17(17.9)
普通6(6.3)
やや嫌い1(1.1)
嫌い0(0.0)
最も好きなチョコレートの種類はどれですか
ハイカカオ(カカオ分60%以上)30(31.6)
ビター28(29.5)
ミルク34(35.8)
ホワイト3(3.1)
最も好きなチョコレートの味はどれですか
苦味のきいたチョコレート44(46.8)
酸味のすっきりしたチョコレート6(6.4)
甘味の際立つチョコレート42(44.7)
渋味を感じるチョコレート2(2.1)
チョコレートを食べているときに最も重要視するのはどれですか
76(80.0)
香り9(9.5)
テクスチャー10(10.5)
甘いものをどのくらいの頻度で食べますか
毎日56(58.9)
週3~5回27(28.4)
週1~2回9(9.5)
月1~2回2(2.1)
ほとんど食べない1(1.1)
チョコレートをどのくらいの頻度で食べますか
毎日14(14.7)
週3~5回24(25.3)
週1~2回37(38.9)
月1~2回15(15.8)
ほとんど食べない5( 5.3)
チョコレートはどのように食べますか
噛んで食べる58(61.1)
舐めて食べる30(31.6)
その他7(7.3)
Table 2-2 対象者の食習慣・食嗜好(食生活に関する項目)
項目(%)
普段の食事について,時間をかけてゆっくりと味わう方だと思いますか
思う28(29.8)
やや思う27(28.7)
普通20(21.3)
やや思わない14(14.9)
思わない5( 5.3)
漂ってくる食べ物の香りを言い当てることがありますか
よくある38(40.4)
時々ある52(55.3)
ほとんどない4( 4.3)
苦手な食べ物が多いですか
多い20(21.3)
少ない74(78.7)
自分は甘党だと思いますか
思う47(50.0)
やや思う21(22.3)
普通15(16.0)
やや思わない7( 7.4)
思わない4( 4.3)
酸味のある食べ物は好きですか
好き41(43.6)
やや好き32(34.0)
普通10(10.6)
やや嫌い9( 9.6)
嫌い2( 2.2)
ブラックコーヒーは好きですか
好き31(33.0)
やや好き17(18.1)
普通7( 7.4)
やや嫌い14(14.9)
嫌い25(26.6)
緑茶の渋味は好きですか
好き38(40.4)
やや好き23(24.5)
普通17(18.1)
やや嫌い14(14.9)
嫌い2( 2.1)

未回答者は集計から除外した.

「最も好きなチョコレートの味はどれですか」と尋ねたところ,「苦味のきいたチョコレート」と答えた者が44名(46.8%)と最も多く,「酸味のすっきりしたチョコレート」は6名(6.4%),「甘味の際立つチョコレート」は42名(44.7%),「渋味を感じるチョコレート」は2名(2.1%)であり,対象者のチョコレート嗜好は「苦味好き」と「甘味好き」で二分した.「ブラックコーヒーは好きですか」と尋ねた結果においても,「好き/やや好き」と答えた者は48名(51.1%),「嫌い/やや嫌い」と答えた者は39名(41.5%),「普通」は7名(7.4%)であり,苦味嗜好は二分した.苦味嗜好について,われわれは以前,苦味成分を含む6つの食品により検討したところ,「かなり苦味好き/やや苦味好き」と「苦味嫌い」が約半数ずつであったことを明らかにしており,本研究においても,同様の結果が得られた(飯田他,2018).

なお,チョコレートの食べ方について,本研究では官能評価時にチョコレートを舐めて評価するよう指示しているが,普段のチョコレートの食し方は,対象者の61.1%が「噛んで食べる」と回答し,「舐めて食べる」者は31.6%であった.

対象者の香り嗜好の結果をFigure 1に示した.10項目の香りの中で最も高値であったのは「ロースト」3.9点であり「ベリー」,「シトラス」,「こく」も同等であった.これら4種に比べ「トロピカル」,「スパイス」,「ハーブ」は有意に低値であった.次いで「花」2.4点,「発酵」1.7点であり,「花」および「発酵」の香りは,特に嗜好が分かれることが示された.國枝・澤野(2002)は匂いに関する感受性について検討し,「チーズ」の匂いを想起させるn-butyric acidに対する反応が他の匂いと異なり嗜好性が低いことを報告した.本研究においても「発酵」に関する項目は最低値であり,同様と考えられた.

Figure 1 アンケートによる対象者の香り嗜好

10項目に該当する各4種の香りについて好き嫌いを尋ね,「好き」と回答された選択数を得点とした.全対象者の平均値を示した.異なるアルファベット間でp<0.05で有意差あり.

3-2.採点法による官能評価

Figure 2に,採点法による試料間の官能評価結果を示した.Figure 2-1に示した通り,レトロネーザルアロマの影響下であるノーズクリップなしの状態では,味に関する項目では4味および後味の強さにおいて試料間で有意な差がみられ,ガーナ,ベネズエラはエクアドルに比べ,「甘味」が強く,「酸味」,「苦味」,「渋味」が弱く,「後味の強さ」が弱いことが示された.また,ガーナ-ベネズエラ間でも有意な差がみられ,ガーナはベネズエラに比べ,「甘味」が強く,「酸味」,「苦味」,「渋味」,「後味の強さ」が弱いことが示された.「総合評価」に有意な差がみられ,ガーナ,ベネズエラはエクアドルに比べ,「味質の良い」チョコレートと評価されたことが示された.

Figure 2-1 3種のチョコレートの静的官能評価採点法(クリップなし)

Figure 2-2に示した通り,レトロネーザルアロマの影響を排除したノーズクリップありの条件下では,4味および「後味の強さ」において有意な差がみられ,ガーナ,ベネズエラはエクアドルに比べ,「甘味」が強く,「酸味」,「苦味」,「渋味」,「後味の強さ」が弱いことが示された.テクスチャーに関する項目,「こく」,「総合評価」において,有意な差はみられなかった.ノーズクリップなしの際にはみられたガーナ-ベネズエラ間において,有意な差はみられず,レトロネーザルアロマの影響下であるノーズクリップなしではノーズクリップありよりも検出力が上がり,味質の細かな差異を詳細に評価することが可能であったためと考えられた.

Figure 2-2 3種のチョコレートの静的官能評価採点法(クリップあり)

**: p<0.01 *: p<0.05

なお,三種チョコレートの特性については,同一配合のチョコレート,ノーズクリップありの条件下で行った先行研究(石川他,2019,前掲)において,ガーナ,ベネズエラはエクアドルに比べ,「甘味」が強く「苦味」,「渋味」が弱かったことを報告しており,本研究はこの結果と同様であった.

全試料において,ノーズクリップ脱着間の差異を検討した結果をFigure 3に示した.ノーズクリップなしではレトロネーザルアロマの影響を排除したノーズクリップありに比べ,「口どけ」が良く,「甘味」,「酸味」,「渋味」,「こく」,「後味の強さ」を強く感じることが示された.「こく」に関して,Nishimura et al.(2016a)は,MSGやIMPなどのうま味物質が香りの知覚におけるrichnessとmouthfulnessを増強することでこく属性に寄与することを報告している.また,熱処理した玉ねぎ濃縮物(heat-treated onion concentrate)の沈殿物が香り物質と相互に作用することによって香り特性の持続が増し,コンソメのこく属性として香りの持続を誘導することが報告されている(Nishimura et al., 2016b).よって,つまり「こく」は食品の味,香りや持続性などが関わる,複雑な特性である.ノーズクリップありの状態ではレトロネーザルアロマの影響が除外されたため,香りによる刺激も含む特性である「こく」が低く評価されたと考えられた.Kakutani et al.(2017)は,バニラエッセンスの嗅覚刺激により,甘味が増強されたことを報告した.さらにGotow et al.(2013)は,鼻腔開放条件では鼻腔閉塞条件に比べ,羊羹の甘味,うま味,塩味の感覚的強度が増加したこと,小早川・後藤(2015)は,羊羹に馴染みのある日本人と馴染みのないドイツ人では味質の感知のしやすさが異なり,嗅覚情報に基づく特定の味質の容易な検知のためには,その食品がどのようなものかを知っておく必要があることを報告した.本研究において用いたチョコレートは9割以上の者が「好き/やや好き」と評価した食品であり,対象者に馴染みのある食品である.チョコレートの香りが各味質の感受性を増強したことが示され,香りの質も考慮し,官能評価を行うことの重要性が示された.

Figure 3 静的官能評価採点法におけるノーズクリップの影響

**: p<0.01(t検定)

採点法における項目間の関連をTable 3に示した.ノーズクリップなしでは,「総合評価」と一部のテクスチャー,フレーバーに関する項目,「後味の強さ」を除くすべての味に関する項目に有意な差がみられ,「口どけ」が良く,「はちみつのような香り」,「ナッツの香り」が強く,味においては「甘味」,「こく」が強く,「酸味」,「苦味」,「渋味」が弱いチョコレートにおいて「総合評価」が高くなることが示された.ノーズクリップありでは「総合評価」に対し「口どけの良さ」,「甘味」,「こく」が正相関であり,「渋味」が負相関であった.しかしながら,ノーズクリップなしでみられた「酸味」,「苦味」と「総合評価」の負相関はみられなかった.なお,本結果は,「甘味」が強く「苦味」,「酸味」,「渋味」が弱いチョコレートが高評価となる先行研究の結果を支持した(石川他,2019,前掲).香り項目と4味との間には,唯一「花のような香り」において有意な関連がみられ,「酸味」,「苦味」が正相関であったことから,「花のような香り」が「酸味」,「苦味」を増強することが示された.また,「ナッツの香り」と「こく」との間に有意な正相関がみられ,「ナッツの香り」が「こく」を増強することが示された.

Table 3-1 静的官能評価(採点法)の項目間の関連(クリップなし)
口どけのよさ口ざわり甘味酸味苦味渋味こく後味の強さ花のような香りはちみつのような香りナッツの香り総合評価
口どけのよさ−0.0050.208**−0.080−0.131*−0.1110.1110.0040.0460.117*0.0880.222**
口ざわり−0.0050.0330.123*0.0760.039−0.127*−0.090−0.0080.0270.119*0.066
甘味0.208**0.033−0.343**−0.583**−0.485**−0.079−0.239**0.0870.1140.0600.265**
酸味−0.0800.123*−0.343**0.330**0.353**−0.0070.136*0.157**0.078−0.057−0.166**
苦味−0.131*0.076−0.583**0.330**0.679**0.233**0.240**0.139*−0.062−0.053−0.249**
渋味−0.1110.039−0.485**0.353**0.679**0.234**0.371**0.090−0.0590.044−0.234**
こく0.111−0.127*−0.079−0.0070.233**0.234**0.336**−0.0280.0400.140*0.259**
後味の強さ0.004−0.089−0.239**0.136*0.240**0.371**0.336**0.0350.005−0.022−0.027
花のような香り0.046−0.0080.0870.157**0.139*0.090−0.0280.0350.252**0.023−0.021
はちみつのような香り0.117*0.0270.1140.078−0.062−0.0590.0400.0050.252**0.1020.177**
ナッツの香り0.0880.119*0.060−0.057−0.0530.0440.140*−0.0220.0230.1020.144*
総合評価0.222**0.0660.265**−0.166**−0.249**−0.234**0.259**−0.027−0.0210.177**0.144*
Table 3-2 静的官能評価(採点法)の項目間の関連(クリップあり)
口どけのよさ口ざわり甘味酸味苦味渋味こく後味の強さ総合評価
口どけのよさ0.0670.292**−0.117*−0.129*−0.0440.083−0.0380.214**
口ざわり0.0670.121*0.182**0.0150.019−0.204**−0.049−0.107
甘味0.292**0.121*−0.102−0.347**−0.332**−0.079−0.0630.239**
酸味−0.117*0.182**−0.1020.309**0.332**−0.122*0.108−0.102
苦味−0.129*0.015−0.347**0.309**0.662**0.266**0.308**−0.059
渋味−0.0440.019−0.332**0.332**0.662**0.147*0.333**−0.172**
こく0.083−0.204**−0.079−0.122*0.266**0.147*0.380**0.252**
後味の強さ−0.038−0.049−0.0630.1080.308**0.333**0.380**0.102
総合評価0.214**−0.1070.239**−0.102−0.059−0.172**0.252**0.102

n=95. **: p<0.01(2変量の相関分析)*: p<0.05(2変量の相関分析)

3-3.TDS法による官能評価

TDS法による香りの経時変化をFigure 4に示した.ガーナにおいて,「甘いナッツの香り」は急激に増加し,10秒付近で有意水準を上回り,その後減少,増加し,50秒ごろにピークを迎えた後,70秒以降減少した.「はちみつの香り」は徐々に増加し35秒付近で有意水準を上回ったのち減少,増加を経て60秒,65秒付近で再び有意水準を上回った.「花のような香り」,「フルーティーな香り」,「香ばしいナッツの香り」は徐々に増加したが,終始有意水準を下回った.有意水準を超えた時間は,「はちみつの香り」11秒,「甘いナッツの香り」34秒であり,ガーナは「はちみつの香り」,「甘いナッツの香り」が特徴であった.

Figure 4 3種チョコレート香りのTDS曲線

ベネズエラにおいて,「香ばしいナッツの香り」が急激に増加し,5秒付近で有意水準を上回った.その後減少,増加を繰り返すが70秒付近までのほとんどの時間において有意水準を上回った.中盤,40秒前後で「はちみつの香り」が有意水準を上回ったが,45秒以降急激に減少したのち,徐々に低下した.「花のような香り」,「フルーティーな香り」,「甘いナッツの香り」は終始有意水準を下回った.有意水準を超えた時間は「香ばしいナッツの香り」が58秒,「はちみつの香り」が7秒であり,ベネズエラは「香ばしいナッツの香り」が特徴であることが示された.

エクアドルにおいて,「花のような香り」は急激に増加し10秒以降で有意水準を上回ったがその後減増を繰り返し,25秒付近,50秒付近で再び有意水準を上回った.「フルーティーな香り」は「花のような香り」の後に増加し,15秒付近で有意水準を上回った.その後増減し,60~70秒付近にかけて有意水準を上回った後,減少した.「はちみつの香り」が55秒において,有意水準を上回った.「甘いナッツの香り」,「香ばしいナッツの香り」では終始有意水準を下回った.有意水準を超えた時間は「花のような香り」12秒,「フルーティーな香り」16秒,「はちみつの香り」1秒であり,エクアドルは「花のような香り」,「フルーティーな香り」が特徴であることが示された.これらのことから,TDS法により従来の採点法では同等と評価された3種のチョコレートの香り特性を詳細に明らかにし,識別することが可能となった.Braghieri et al.(2016,前掲)はQDA法とTDS法を併用した官能評価を行い,TDS法はより詳細な味質の経時変化を測定できることを報告した.われわれはチョコレートにおいて,採点法で同等とされた味質がTDS法ではより詳細に特徴づけされたことを明らかにした(石川他,2019,前掲).本研究においても同様の結果が得られ,香りにおいてもTDS法により詳細な評価が可能となることが明らかとなり,TDS法の有効性が示された.なお,採点法では統合して尋ねた「ナッツの香り」について,対象者は「甘いナッツの香り」をガーナ,「香ばしいナッツの香り」をベネズエラに特有な香りと回答しており,これらは異なる特性の香りとして,明確に対象者に識別されていることが示された.なお,今回,採点法における「ナッツの香り」と4味の強度との間に有意な関連がみられなかった理由として,TDS法で分けた2種の特性の異なる香りを統合したことが要因と考えられ,今後は採点法においても項目を分け,詳細に検討する必要があろう.チョコレートの香気成分に関する先行研究では,官能評価によるフレーバー特性とGC-O分析やGC-MS分析により測定された香気成分との関連が認められたことが報告されている(Owusu et al., 2013; Moreira et al., 2018).また,佐川他(2015)により,チョコレートに類似した性質をもつモデル食品の連続的な揮発性成分の測定がDirect analysis in real time mass spectrometryの利用によって可能であったことが報告されている.本研究においては,香気成分の測定は行わなかったが,われわれは,2013年にカカオマス試料中の香気成分を測定しており,香気成分と官能評価結果との主成分分析により,ガーナ,ベネズエラは香りが似ており,5-methyl-2-phenyl-2-hexenal「ココアの香り」,2,3,5-trimethylpyrazine「ナッツの香り」,tetramethylpyrazine 「麦茶の香り」など香ばしい香りが特徴とされ,エクアドルは2-pentanol「グリーンの香り」,2-phenylethyl alcohol「花の香り」が特徴とされたことを明らかとした(飯田他,2012).本研究のTDSで特徴とされた香りの中には,ガーナ「甘いナッツの香り」,ベネズエラ「香ばしいナッツの香り」,エクアドル「花のような香り」が挙げられ,今後は,上記の香気成分と本研究で明らかとされた特徴的な香りとの関連を検討することが望まれよう.

3-4.チョコレートの嗜好変化

「3種のうち最も好きなチョコレートはどれですか」と尋ねた結果をTable 4に示した.ノーズクリップなしの状態ではガーナ55名,ベネズエラ24名,エクアドル16名であった.一方,レトロネーザルアロマの影響を排除したノーズクリップありの状態では,ガーナ38名,ベネズエラ27名,エクアドル30名であった.ノーズクリップ脱着条件下における3種チョコレート嗜好に有意差がみられ(p<0.01),残差分析の結果,ノーズクリップなしで「ガーナ好き」の者は,ノーズクリップありで「ガーナ好き」が多く「エクアドル好き」が少ないこと(それぞれp<0.01),ノーズクリップなしで「ベネズエラ好き」の者は,ノーズクリップありで「ガーナ好き」が少なく「エクアドル好き」が多いこと(それぞれp<0.01, p<0.05),ノーズクリップなしで「エクアドル好き」の者はノーズクリップありで「エクアドル好き」が多いことが示された(p<0.05).全対象者のうち,ノーズクリップの有無でチョコレートの嗜好が変化した者は47名(49.5%)であり,多くの者がレトロネーザルアロマの影響を受けていることが示された.なお,Table 2-1に示した通り,質問紙調査ではチョコレートを食べているときに「味」を重視すると答えた者が80.0%と最も多く,「香り」は9.5%であったが,実態調査である官能評価では約半数の者が香りの影響を受けていることから,対象者は意識レベルでは味を重要視してチョコレートを食べるにもかかわらず,官能評価においては意識として9.5%の者にしか挙がらなかった香りにより,5割もの者の嗜好が変化したことから,意識と実態との乖離が明らかとなった.

Table 4 ノーズクリップ脱着それぞれにおけるチョコレート嗜好
ノーズクリップなしノーズクリップありp値
ガーナ(n=38)ベネズエラ(n=27)エクアドル(n=30)
ガーナ(n=55)31 (56.4)**15 (27.3)9 (16.4)**
ベネズエラ(n=24)4 (16.7)**8 (33.3)12 (50.0)*0.001
エクアドル(n=16)3 (18.8)4 (25.0)9 (56.3)*

p値:カイ二乗検定.**: p<0.01(残差分析) *: p<0.05(残差分析)

対象者の嗜好変化の内訳をFigure 5に示した.なお,図の横軸の人数がノーズクリップなしで各チョコレートを最も好きと回答した人数を示す.

Figure 5 ノーズクリップの脱着によるチョコレート嗜好の変化

ノーズクリップの有無で嗜好変化が見られなかった者の内訳は,ガーナ31名,ベネズエラ8名,エクアドル9名であった.ノーズクリップの装着により,ベネズエラから4名,エクアドルから3名がガーナに移行し,ガーナから15名,エクアドルから4名がベネズエラに移行,ガーナから9名,ベネズエラから12名がエクアドルに移行した.

3-5.対象者のチョコレート嗜好に関する因子の検討

対象者のチョコレート嗜好に関する因子を明らかにするために,ノーズクリップなしの際の最も好きなチョコレートの種類と食習慣・食嗜好との関連を検討した.「苦手な食べ物は多いですか」という問いに対し「多い」と答えた者はガーナ17名(31.5%),ベネズエラ2名(8.3%),エクアドル1名(6.3%)であったのに対し,「少ない」と答えた者はガーナ37名(68.5%),ベネズエラ22名(91.7%),エクアドル15名(93.7%)であり,3試料間で回答に有意な差がみられた(p<0.05).残差分析の結果,ガーナで苦手な食べ物が「多い」と答えた者の割合が高く,「少ない」と答えた者の割合が低いことが示された(p<0.01).

「酸味のある食べ物は好きですか」という問いに対し「好き」と答えた者はガーナ37名(68.5%),ベネズエラ21名(87.5%),エクアドル15名(93.7%)であったのに対し,「普通/嫌い」と答えた者はガーナ17名(31.5%),ベネズエラ3名(12.5%),エクアドル1名(6.3%)であり,3試料間で回答に有意な差がみられた(p<0.05).残差分析の結果,ガーナで「好き」と答えた者が少なく,「普通/嫌い」と答えた者の割合が多いことが示された(p<0.05).

なお,「ブラックコーヒーは好きですか」という問いに対し「好き」と答えた者はガーナ22名(40.7%),ベネズエラ15名(62.5%),エクアドル11名(68.7%)であったのに対し,「普通/嫌い」と答えた者はガーナ32名(59.3%),ベネズエラ9名(37.5%),エクアドル5名(31.3%)であり,ガーナで「好き」と答えた者が少ない傾向であった(p=0.062).これらのことから,ガーナ好きの者はエクアドル好き,ベネズエラ好きの者に比べ酸味や苦味の強い食べ物に対し苦手意識をもつ者が多く,これが「苦手な食べ物が多い」という意識と関連していると考えられた.

「最も好きなチョコレートの種類はどれですか」という問いに対し「ハイカカオ/ビター」と答えた者はガーナ27名(49.1%),ベネズエラ18名(75.0%),エクアドル13名(81.2%)であったのに対し,「ミルク/ホワイト」と答えた者はガーナ28名(50.9%),ベネズエラ6名(25.0%),エクアドル3名(18.8%)であり,3試料間で回答に有意な差がみられた(p<0.05).残差分析の結果,ガーナで「ハイカカオ/ビター」と答えた者が少なく,「ミルク/ホワイト」と答えた者が多いことが示された(p<0.01).「最も好きなチョコレートの味はどれですか」と尋ねたところ,「苦味のきいたチョコレート」と答えた者はガーナ17名(30.9%),ベネズエラ14名(60.9%),エクアドル13名(81.2%)であったのに対し,「その他」の回答をした者はガーナ38名(69.1%),ベネズエラ9名(39.1%),エクアドル3名(18.8%)であり,3試料間で回答に有意な差がみられた(p<0.01).残差分析の結果,ガーナで「苦味のきいたチョコレート」と答えた者が少なく,「その他」を答えた者が多いこと,エクアドルで「苦味のきいたチョコレート」と答えた者が多く,「その他」を答えた者が少ないことが示された(それぞれp<0.01).このことから,ガーナ好きでは甘味の強いチョコレートを,エクアドル好きでは苦味の強いチョコレートを志向する者の割合が高いことが明らかになり,これは採点法においてガーナは強い甘味が,エクアドルは強い酸味,苦味,渋味が特徴とされた結果を裏付けるものであった.なお,ベネズエラ好きの者はガーナとエクアドルの中間的な食嗜好であった.

3種チョコレートそれぞれの選択者においてノーズクリップの脱着によるチョコレート嗜好変化の有無と食習慣・食嗜好との関連を検討した.ガーナ選択者(ノーズクリップなし)において,「最も好きなチョコレートの種類はどれですか」に対し「ハイカカオ/ビター」と答えた者は「嗜好変化なし」群で12名(38.7%),「嗜好変化あり」群で15名(62.5%)に対し,「ミルク/ホワイト」と答えた者は,「嗜好変化なし」群で19名(61.3%),「嗜好変化あり」群で9名(37.5%)であった.「嗜好変化なし」群では「嗜好変化あり」群に比べ「ハイカカオ/ビター」と答えた者の割合が少なく,「ミルク/ホワイト」と答えた者の割合が多い傾向であった(p=0.080).エクアドル選択者(ノーズクリップなし)において,「最も好きなチョコレートの種類はどれですか」に対し「ハイカカオ/ビター」と答えた者は「嗜好変化なし」群で9名(100.0%),「嗜好変化あり」群で4名(57.1%)に対し,「ミルク/ホワイト」と答えた者は,「嗜好変化なし」群で0名(0.0%),「嗜好変化あり」群で3名(42.9%)であった.「嗜好変化なし」群では「嗜好変化あり」群に比べ「ハイカカオ/ビター」と答えた者の割合が多く,「ミルク/ホワイト」と答えた者の割合が少ない傾向がみられた(p=0.063).「最も好きなチョコレートの味はどれですか」に対し「苦味のきいたチョコレート」と答えた者は「嗜好変化なし」群で9名(100.0%),「嗜好変化あり」群で4名(57.1%)に対し,「その他」を答えた者は,「嗜好変化なし」群で0名(0.0%),「嗜好変化あり」群で3名(42.9%)であった.「嗜好変化なし」群では「嗜好変化あり」群に比べ「苦味のきいたチョコレート」と答えた者の割合が多く,「その他」を答えた者の割合が少ない傾向がみられた(p=0.063).なお,ベネズエラ選択者(ノーズクリップなし)においてノーズクリップの脱着による嗜好変化と食習慣・食嗜好に関する因子との間に有意な関連はみられなかった.ガーナにおいては,特に甘いチョコレートを志向する者の嗜好変化が少ない傾向であり,エクアドルにおいては,特に苦いチョコレーを志向する者の嗜好変化が少ない傾向であった.

香りによってチョコレート嗜好が変化した者のうち,TDS法において「花のような香り」が特徴的であったエクアドルについて検討するため,ノーズクリップなしでエクアドル好きとなった者を「エクアドル香り志向群」,ノーズクリップありでエクアドル好きだが香りの影響によりノーズクリップなしでは他に移行した者を「エクアドル香り回避群」とし,食嗜好との関連を検討した.香りにおいて,10項目の香り嗜好のうち「ベリー」の得点で有意な差がみられ,「エクアドル香り嗜好群」の平均値4.0点に対し「エクアドル香り回避群」の平均値は3.7点であり,有意に低いことが示された.しかしながら,花(嗜好群2.7点,回避群2.3点)など他項目において,有意な差はみられなかった.また,食習慣・食嗜好とエクアドルの香り嗜好との間に有意な関連はみられなかった.本研究において対象者の香り嗜好の背景を尋ねる質問が限られていたことから,今後は「花のような香り」を中心とする香り嗜好の背景因子も検討することが望まれよう.

以上より,対象者のチョコレート嗜好は甘味好き,苦味好きに分かれ,3種チョコレートの嗜好およびノーズクリップによる嗜好変化には甘味,苦味に対する味嗜好が関連していることが考えられた.また,3種チョコレートの香り特性はそれぞれ異なり,ガーナは「はちみつの香り」,「甘いナッツの香り」が特徴であり,これらの香りによって「甘味」がより強調されること,ガーナ好きの者には甘味好き者が多いことが示された.ベネズエラは「香ばしいナッツの香り」が特徴であり,これによって「こく」が増強されることが示された.エクアドルは対象者の香り嗜好が二分した「花のような香り」が特徴であり,これによって「苦味」が増強されること,エクアドル好きの者には苦味好きの者が多いことが示された.よって,同一の配合割合にもかかわらず,ガーナでは「甘味」,ベネズエラでは「こく」,エクアドルでは「苦味」がそれぞれのカカオ豆由来の特有の香りによって増強され,対象者のチョコレート嗜好に影響することが示された.

4.結語

カカオ豆産地が異なる3種(ガーナ産,ベネズエラ産,エクアドル産)のビターチョコレートを用い,ノーズクリップの脱着それぞれの条件下において採点法を行いチョコレートの香りの影響を検討するとともに,TDS法によりチョコレートの香りの特徴を検討した.

その結果,ノーズクリップなしの条件下で味の強度が増し,味の識別が鋭敏になることが示された.TDS法により,ガーナでは「甘いナッツ」,「はちみつのような」香り,ベネズエラでは「香ばしいナッツ」の香り,エクアドルでは「花」および「フルーティー」が特徴的であることが示され,従来の採点法では判別できなかった香り特性を明らかにした.質問紙調査ではチョコレートを食べる際に「味」を重視する者は80.0%,「香り」は9.5%であったにもかかわらず,対象者の49.5%がレトロネーザルアロマの有無でチョコレート嗜好が変化した.「花のような香り」と「酸味」, 「苦味」との間に有意な正相関,「ナッツのような香り」と「こく」との間に有意な正相関がみられ,これら特徴的な香りがチョコレートの嗜好に影響する可能性が示され,本研究で用いたカカオ豆産地の異なるビターチョコレートにおいても,香りは味嗜好を増強させる重要な評価項目であることが明らかとなった.

謝辞

本研究を行うにあたり,サンプルをご提供いただきました株式会社ロッテ中央研究所の皆様,そして,官能評価にご協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます.

References
 
© 2020 Japanese Society for Sensory Evaluation
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