2000 Volume 4 Issue 2 Pages 106-111
簡便な調理機器や器具の使用が増す一方, 包丁操作が調理の基本であることに変わりはない. 従来, 小学校の教科学習における調理実習は, 高学年より履修が始まる家庭科においてのみ扱われていたが, 現在は平成4年に新設された低学年対象の生活科においても扱われている. 調理場面を掲載した生活科の教科書は出発当初12社中6社であったのが, 平成8年の改訂においては11社中8杜に増えており(岩本, 鈴木, 向山他, 1997), 教師も調理の導入に積極的な姿勢を示している(鈴木洋子 1994). また, 子ども向けの料理テレビ番組も放映され, 調理に対する子どもの関心が高いことが伺える. 調理作業の多様な工程をこなすには, 多種多様の技術・技能と知識, そして次の作業を予想しながら仕事を進める洞察力が要求される. 包丁操作は調理作業の基本であると同時に, 包丁技能の習得は子どもの頭脳の発達にも大きくかかわっている. 包丁を操作する手は人間の諸器官のなかで脳細胞と最も関係が深く, 手の発達が頭脳を発達させ, 逆に思考活動と手が結びついて手先が器用になっていく(向山玉雄, 1979)と考えられているからである. 生活自立の一端を担う調理を学校教育の初期段階より導入することは, 現代の青少年に見られがちな手指の巧緻性の遅れを取り戻し, 作業を計画的, 且つ効率的に進める能力の育成に有効であると考える.
道具を使いこなすには, 使い手のサイズに合った道具を使用することが肝要である. 一般に包丁の使いやすさには切れ味, 重さ, 大きさ, 形状, 柄の握りやすさ, バランス(重心の位置), 力の負担等の様々な要因が働き, これらの総合評価として決定される. ただし, 重さは大きにより決定されることが大方であり, 力の負担は重さに影響される. 重さと大きさの間には正の相関が成り立つが, 力の負担と重さの関係は単純ではない. 例えば出刃包丁のような質量のある包丁を持った際の負担は大きいが, 硬い物の切断には軽量の包丁に比べると切断時の力の負担は少ない. 子どもと成人間の身体的特徴の違いは把持力と手指の大きさにある. これらの違いは包丁の重さ, 力の負担, 柄の握りやすさに関連してくる. 使い手の手指の大きさと把持力に適した大きさと重さの包丁使用が, 包丁技能の習得と作業の効率, 安全に大きく作用することから, 本報は成人と小学校低・中・高学年児童を被験者として, 大きさの異なる包丁を使用した際の力の負担の物理量測定と, 「使いやすい(使いたい)包丁の順位」の官能検査を行い, 次報においては, 本報の結果をもとに児童の手指の大きさと握りやすい柄の太さの関係について調べた.
最近は子どもの調理参加の増加傾向から, 成人用の包丁を小ぶりにした子ども用の包丁(質量約60~70g, 刃渡り約11~13cm)が数種市販されている. 子どもの包丁使用については, 成人向きの包丁の大きさや形状が恐怖感の誘因になっているとの報告があり(松浦, 武井, 1983), 形状や大きさについては検討されているが, 質量に関する研究は行われていない. 従って, 市販の子ども用包丁の質量は大きさより決められたものと推察する. 包丁が与える危険に対する恐怖の究極は“手を切る”にある. 本研究においては刃を落とした包丁と同包丁で切断可能な切断物を用い恐怖感に対する要因を排除し, 児童が使いやすい包丁の大きさ, 重さ, 形状を子どもの手指の大きさと把持力に焦点をあて研究した.
(1)実施方法
包丁の重さに変化を持たせるために菜切り包丁, 鎌形のむきもの包丁(以下, むきもの包丁と記す). 果物包丁の3種(Table 1)を使用した. 被験者の恐怖感を排除するためにグラインダーで刃を落として使用した.菜切り包丁は秋岡(1980)の推奨する重さ150gを基準に選定した. むきもの包丁は市販の子ども用包丁の形状と重さに近い. 包丁の持ち方は握り型を, 切り方は押し切りを採用し, まな板はプラスチック製を使用した. 作業台の高さは成人の場合は一般的な調理台の80cmを, 児童の場合は身長に応じて60~70cmとした. 切断物には, 常に均一な条件を得るためにクリープ波形(クリープメーターRE-3305, 山電k.k.を使用して測定)が大根に類似した5%粉寒天ゲル3×3×20cmを用い, 幅5mm以下に切断するように指示し, 20秒間の連続切りを行った.
(2)測定方法
切断時の包丁把持力とまな板への荷重値は, 極薄型の感圧抵抗センサー(INTERLINK ELECTRONICS EUROPE製)を用いて測定した.
包丁把持力は, 柄の両側に感圧部6×100mmの感圧抵抗センサー(s-660を10mmの長さに切断)をテープで固定し, 両センサーの出力値の和を包丁把持力とした.
まな板への荷重値測定には, 感圧部φ10mm感圧抵抗センサー(s-100)を用いた. まな板裏面4隅にセンサーと同径の厚さ5mmの円柱の足を取り付け, 各円柱の下に感圧センサーを設置した. これら4つのセンサーの出力値の総和からまな板の質量分に相当する荷重値を減算し, まな板への荷重値とした. 足を付けたまな板をガラス板の上に置き, 4隅に荷重が均等に分散されるようにした. 測定風景をFig. 1に示す. これらの感圧センサーの特徴として, 出力は接地面積によって異なることから, 包丁把持力の入力値は被験者の把持力の全てを測定しているとは断定できないが, いずれの包丁の場合もセンサー全体を包み込む形で握られていた.
(3)被験者
被験者は児童と成人である. 児童被験者は, 本学附属小学校低・中・高学年の児童(各学年とも, 男子3, 4名, 女子3名)である. 握力の違いには体重や包丁を握る手の大きさの違いとの関係が考えられるが, 切断物が体重を載せて切断を要するほどの硬度を持たないため, 手の大きさに相関の強い身長を基準に児童被験者を選出した. 国民栄養調査(平成9年版国民栄養の現状, 1997)の平均身長値の結果をもとに, 低学年は7歳児と8歳児の平均身長の平均値124.3cmに近い児童を, 中学年は9歳児と10歳児の平均身長の平均値135.7cmに近い児童を, 高学年は11歳児と12歳児の平均身長の平均値147.5cmに近い児童を選出した. 成人被験者は本学家政教育専攻の女子学生5名である.
2―2 官能検査による「使いやすい(使いたい)包丁」の順位付け(1)切断による「使いやすい包丁」
①物理量測定の児童被験者に, 物理量測定後に使いやすい包丁の順位付けを依頼した.
②物理量測定において評価された使いやすい包丁と官能評価の一致性を確認するために, 成人(物理量測定の被験者を除く本学女子学生41名)を被験者として, 切断による「使いやすい包丁」の官能検査を行った. 物理量測定に使用した3種の包丁を用い, 5%粉寒天ゲルを切断物として非連続切りと連続切りを行い, 使いやすい包丁の順位付けを指示し, 結果をKremer検定法により検定した.
(2)視覚(触覚)選択による「使いたい包丁」
児童が使いやすい包丁の重さについては物理量測定により調べたので, 児童が使いたい包丁の形状と大きさを調べるために官能検査を行った.
被験者は, 物理量測定の被験者を除く本学附属小学校児童低学年70名, 中学年61名, 高学年60名である. 物理量測定において使用した3種の包丁を提示し, 希望者には包丁を握らせ, 児童らにはきゅうりの切断を想定して, 使ってみようと思う(以下, 使いたいと記す)包丁ひとつと, 使いたくない包丁ひとつの選択を指示し, 結果をKendallの一致性の係数Wにより検定した.

Shape, Weight and Dimension of Three Kitchien Knives

Quantitative Measurement Scene
Fig. 2に20秒間の連続切りを行った際の切断時の包丁把持力とまな板への荷重値を示した. 包丁把持力について各包丁ごとに小学校低・中・高学年間の差を検定した結果, むきもの包丁と果物包丁間に学年間の差は認められたが, 中学年の包丁把持力は低学年より低く, 発達段階との関連はみられなかった. 成人と児童を比較すると, 菜切り包丁の把持力が同程度であるのに対し, むきもの包丁と果物包丁の値は成人の方が児童より高かった. 児童に比べ手指の大きい成人が, 小さい包丁を使用する場合は, 余分な力が切断時に必要とされると推察する. 学年ごとの包丁間の把持力については, 低学年と高学年と成人は1%の有意水準で, 中学年は5%の有意水準で差が認められ, いずれの発達段階においても菜切り包丁を使用した際の把持力が小さいことがわかった. まな板への荷重値については, 包丁間, 児童の学年間ともに検定の結果差が認められなかったが, 成人のまな板への荷重値はいずれの包丁においても, 児童の値より低かった. 児童ならびに成人の包丁把持力が, 形状が小さく軽い包丁(むきもの包丁, 果物包丁)に比べ, 形状が大きく重い包丁(菜切り包丁)の方が小さい傾向にある結果を, 切断に必要な力(F3)=包丁の質量に影響される力(F1)+切断者が包丁を通して加える力(F2)の仮説式から考察した. 物体に力がはたらくとき, 力Fには質量mと加速度aとの間にF=maの関係が成り立つ運動の法則を, 包丁の質量に影響される力(F1)にあてはめると, 包丁の重さmと力F1との間に正の相関があることになる. すなわち, 今回使用した3種の包丁の中で最も重い菜切り包丁を使用した際のF1の値が大きいことになる. 包丁が異なっても同じ切断物の切断に必要な力F3は一定であるので, F1の値が大きければ, 切断者が包丁を通して加える力(F2)が小さくなることから, 菜切り包丁を使用した際の把持力が他の2種に比べて小さくなったと考えた。
3―2 官能検査による「使いやすい(使いたい)包丁」の順位付け物理量測定の児童被験者に測定後に尋ねた使いやすい包丁の順位をTable 2に示す. 測定前に被験者に包丁の刃を落とし手を切る危険がないことを説明し, 恐怖感を排除していることから, 切断時の感覚を優先し使いやすい包丁を選定していると考える. 使いやすい包丁種と学年間の関連はみられなかった. 菜切り包丁は最も使いやすいと, 最も使いにくいの両極に二分した. むきもの包丁を最も使いにくいとした児童は少数で, 果物包丁の使いやすさは1位, 2位, 3位に分散した. 成人女子に比べると手指が小さく, 包丁最大把持力が低い児童も, ある程度の質量のある包丁が使いやすい傾向にあると推察する.
物理量測定において評価された使いやすい包丁と官能評価の一致性を確認するために, 成人を被験者として, 切断による使いやすい包丁の順位付けを行った. 結果をTable 3に示す. 果物包丁が使いにくく, 菜切り包丁とむきもの包丁間に差は生じなかった.
物理量測定に参加していない児童被験者に包丁を提示し, 希望者には包丁を握らせて, 使いたい包丁の順位付けを行った. 結果をTable 4に示す. 低・中・高学年のいずれの学年もむきもの包丁を使いたい包丁に, 菜切り包丁を使いたくない包丁に選定した. 使いたくない選択理由として(Table 5), 菜切り包丁については重さ(重たそう), 大きさ, 恐怖感(手を切りそう)を, 果物包丁については恐怖感(手を切りそう)と刃先の鋭さをあげていた.
先の物理量測定と官能検査の結果より, 児童の使いたい包丁選択には大きさによる恐怖感の影響が大きいが, 実際の使いやすさには包丁の質量による力の負担の軽減が影響を及ぼすと推察する. したがって, 大きさの面からはむきもの包丁と同程度のサイズで, 刃先が鋭角でなく, 適度の質量のある包丁が児童には適すると推定する.

Holding Force for Kitchen Knife & Value of Load for Cutting Board for Twenty Seconds Data shown are mean ± SD.

Sensory Evaluation for "Handy Kitchen Knife" by Elementary School Children who Underwent Quantitative measurement

Sensory Evaluation for "Handy Kitchen Knife" by Adults

Visual Type Sensory Evaluation for "Like or Dislike to Use Kitchen Knife" by Elementary School Children

Reasons of selected "Dislike to Use Kitchen Knife" by Elementary School Children on Visual Type Sensory Evaluation
使い手の手指の大きさや把持力などの身体に適した大きさの包丁使用が, 包丁技能の習得と作業の効率, 安全に大きく作用することから, 成人と小学校低・中・高学年児童を被験者として, 大きさならびに重さの異なる包丁を使用した際の物理量測定による力の負担の違いと「使いやすい(使いたい)包丁の順位」の官能検査を行い, 児童が使いやすい包丁の外貌を推定した結果, 以下のことが明らかになった.
1. 物理量測定による菜切り包丁を使用した際の児童, 成人の包丁把持力は, むきもの包丁や果物包丁に比べると小さく, 包丁の質量が切断時の力の負担の軽減にはたらいている.
2. 刃を落とし危険に対する恐怖感を排除した包丁を児童が使用した場合, 菜切り包丁は最も使いやすいと使いにくいの両極に分れた.
3. 視覚(触覚)選択調査より, 児童の使いたい包丁にはむきもの包丁が, 使いたくない包丁には菜切り包丁と果物包丁が選択された. 選択理由には重さや(重たそう), 大きさ, 形状(刃先の尖り)による恐怖感の影響が大きい.
4. 以上の物理量測定と官能検査の結果より, 児童が使用する包丁の大きさと形状は恐怖感を排除するために市販のむきもの包丁と同程度のサイズがよいが, 重さについては市販のむきもの包丁より若干重めの包丁の方が力の負担が軽減されることが明らかになった.