2020 Volume 31 Issue 4 Pages 439-445
我が国を含めて世界的に,がんによる死亡率は年々上昇しており,がん及びそれに関わる疾病は医療上の大きな問題である.がん治療中に発生する様々な合併症は,これまでにも重要な問題であったが,がん患者の予後の改善に伴い,その重要性が増している.がん治療中に発生する合併症の中で,「血栓症」は,頻度が多い病態であり,「がん関連血栓症(Cancer-Associated Thrombosis: CAT)」と呼ばれ,血栓止血学に於いても,その重要性は今後益々増していくものと考えられる.CATの中で,日常臨床において遭遇する機会が最も多い血栓症は,「静脈血栓塞栓症(Venous Thromboembolism: VTE)」であり,肺塞栓症(Pulmonary Embolism: PE)と深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis: DVT)からなる.PEは,VTEの重症な病型と考えられ,より重要な疾病と考えられる.一般的に,PEの患者では,急性期の治療指針の検討のために,その重症度を評価することが推奨されている.また,近年では,PEは入院中に発症する症例より,外来で発症する症例の方が多いと報告されており1),軽症例では,早期退院や外来治療が検討される事が多くなった.しかしながら,これらの検討は,がん患者に着目した形ではほとんど実施されておらず,報告が極めて乏しい状況であった.本総説では,我々が報告した研究結果を含めて,がん患者に於ける低リスクPE患者の同定のためのリスク層別化について概説する2).
PEは,VTEの重症な病型であり,診断後3か月時点での急性期死亡率は8.7~17.4%と報告されている3).そこで,現行の各国のガイドラインでは,急性期の治療方針の検討のために,PEの重症度を評価することが推奨されている.高リスク患者の同定は,より積極的な治療の選択に役立つ可能性があり,一方で,低リスク患者の同定は,早期退院や外来治療の検討に役立つ可能性がある.近年,実臨床では,VTEの治療と再発予防に,直接型経口抗凝固薬(Direct oral anticoagulants: DOAC)が使用可能となった.従来のビタミンK拮抗阻害薬(ワルファリン)と比べて,一部のDOACでは,ヘパリン等の注射薬による治療無しに,内服のみで治療を開始することが可能となり,早期退院や外来治療の検討がより容易となった.そこで,低リスクのPE患者の同定が臨床的により重要となってきている.
これまでに,いくつかのPEの重症度を評価するためのリスク層別化スコアが報告されている.その中でも,PESI(Pulmonary Embolism Severity Index Score)スコア4),およびその簡易版PESIスコア(表1)5)は,これまでに一番よく検証されているスコアである.特に簡易版PESIスコアは,臨床的に簡便な因子からなるスコアであり,日常臨床でも広く普及しつつある.日本での最新の「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)」でも,PEのリスクスコアとして簡易版PESIスコアが記載されており,我が国のPE患者でも,簡易版PESIスコアがリスクの層別化に有用か検証され,急性期死亡を適切に層別化出来た事が報告されている6).
年齢>80歳 | 1点 |
がんの既往 | 1点 |
心肺疾患の既往 | 1点 |
心拍数≧110回/分 | 1点 |
収縮期血圧<100 mmHg | 1点 |
動脈酸素飽和度 <90% | 1点 |
(リスク評価) | |
低リスク | 合計点:0点 |
高リスク | 合計点:1点以上 |
簡易版PESIスコアの各因子を示す.
PESI=pulmonary embolism severity index
VTEは長期的に再発する事が知られているが,がん患者では,その再発リスクが高い事がよく知られており,がん関連VTEは非がん関連VTEの3倍程度の再発リスクを有している事が報告されている.我が国の検討に於いても,再発率は活動性がん患者に於いては,11.8%(1年時点)と非常に高率であり,非がん患者と比較して,やはり3倍程度のイベント率であった7).そのために,治療および再発予防として,抗凝固療法が施行されるが,その際には出血リスクに対する注意も重要である.再発リスクは高いが,同様に出血リスクも高く,VTEの診断後の1年時点での大出血率は,活動性がん患者に於いては,15.3%と高率であり,非がん患者と比較して,再発リスクと同様に3倍程度のイベント率であった7).VTEの患者への長期的な抗凝固療法施行中の大出血のリスク因子を検討した研究によると,活動性がん,大出血の既往,貧血,血小板減少,高齢が独立した出血リスク因子として報告され,その中でも「活動性がん」は一番影響力の強い因子であった8).これらの結果は,がん患者のVTEは,非がん患者とは異なる病態として理解する必要があり,従って,がん患者に着目した形での検討が重要な事を示唆しているものと考えられる.
先述の通り,簡易版PESIスコアは,臨床的な簡便な因子からなるスコアであり,有用ではあるが,しかしながら,同スコアでは,「がん」がスコアの因子として含まれているため,がん患者では,全例が高リスクと分類されてしまい,現行の推奨に従うと入院治療が前提となる.日常臨床では,造影CT検査等にて軽微なPEが見つかる事が近年増加しているが,このような患者を含めて,低リスクと考えられる患者では,早期退院や外来治療が考慮されることは,臨床的に重要である.さらに,PEの入院は,相応の入院期間を要し,日本の保険診療に於いても相応の医療費が必要となる事が報告されており9),早期退院や外来治療が可能であれば,医療経済学的な観点からも望ましい事と考えられる.残念ながら,これまでに本テーマに着目した研究報告は乏しい状況であった.そこで,我々は,がん患者に着目して低リスクPE患者の同定のための簡易版PESIスコアの有用性を検討した2).
COMMAND VTE(COntemporary ManageMent AND outcomes in patients with VTE)Registryは,日本の29施設に於いて2010年1月から2014年8月の期間に,急性の症候性のVTEと診断された連続3,027症例を登録した多施設共同観察研究である.本解析では,全コホート中から,PEを有しない患者(N=1,312),活動性がん以外の患者(N=1,332),およびショックや心停止/循環虚脱を呈した患者(N=25)を除外した368例の活動性がんを有するPE患者を対象とした.今回の検討では,簡易版PESIスコアの因子に於いて,がんの因子以外を有しない群(簡易版PESI=1:N=161)と,がんの因子以外を有する群(簡易版PESI≧2:N=207)の二群に分けて,両群間の予後を比較検討した.
1)患者背景今回の検討の対象患者集団の平均年齢は67歳,61%の患者は女性であり,平均のBMI(body mass index)は22.2 kg/m2と,日本人の体格を反映し比較的低値であった.簡易版PESI=1の患者群は,簡易版PESI≧2の患者群と比べて,若年であり,高体重であった(表2).簡易版PESI=1の患者群に於いても,122人(76%)の患者は外来発症の症例であったが,その内107人(88%)は入院しており,入院期間の中央値は16日であった.
簡易版PESI=1 (N=161) |
簡易版PESI≧2 (N=207) |
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ベースライン特性 | ||
年齢(歳) | 63.0±11.0 | 69.3±11.5 |
女性 | 101(63%) | 123(59%) |
体重(kg) | 57.6±12.7 | 54.5±12.2 |
BMI(kg/m2) | 22.6±4.3 | 21.9±3.9 |
高血圧 | 45(28%) | 78(38%) |
糖尿病 | 13(8.1%) | 26(13%) |
慢性腎臓病 | 18(11%) | 36(17%) |
呼吸器疾患 | 0(0.0%) | 37(18%) |
心不全既往 | 0(0.0%) | 2(1.0%) |
脳卒中既往 | 4(2.5%) | 22(11%) |
VTEの既往 | 5(3.1%) | 11(5.3%) |
大出血既往 | 18(11%) | 24(12%) |
診断時の情報 | ||
診断時のD-dimer値(μg/mL) | 18.0(8.1–35.1) | 17.2(9.7–31.8) |
貧血 | 113(70%) | 147(71%) |
血小板減少 | 13(8.1%) | 17(8.2%) |
深部VTEの合併 | 147(91%) | 159(77%) |
治療 | ||
診断後早期の静注薬による抗凝固療法 | 147(91%) | 192(93%) |
下大静脈フィルターの使用 | 65(40%) | 65(31%) |
血栓溶解療法 | 9(5.6%) | 22(10.6%) |
外来発症の症例 | 122(76%) | 132(64%) |
入院した症例 | 107/122(88%) | 122/132(92%) |
入院期間(日) | 16(11–24) | 19(13–30) |
簡易版PESI=1と簡易版PESI≧2の患者群で比較した患者背景を示す.
PESI=pulmonary embolism severity index
全368人の患者の内,37人の患者が診断後30日以内に死亡した.30日時点の累積死亡率は,簡易版PESI≧2の患者群と比べて,簡易版PESI=1の患者群は,有意に低率であった(簡易版PESI=1:6.3%[95%信頼区間:2.5%~10.1%]対 簡易版PESI≧2:13.1%[8.5%~17.7%];ログランク検定P値=0.03)(図1).死因に関しては,25人の患者はがん死であり,9人がPEによる死亡,2人が出血による死亡であった.簡易版PESI=1の患者群に於いては,大半の死亡はがん死であり,PEによる死亡は1人であった.30日時点の累積PE死亡率は,簡易版PESI≧2の患者群と比べて,簡易版PESI=1の患者群は,有意に低率であった(0.7%[–0.6%~2.0%]対 3.9%[1.2%~6.6%];ログランク検定P値=0.046).簡易版PESIスコアは,PE死亡リスクが極めて低い患者の同定に有用であったが,簡易版PESI=1の患者群でも,全死亡は,がん死を原因とする形で,一定数の発生を認めた.
全死亡に関して簡易版PESI=1と簡易版PESI≧2の患者群で比較したカプランマイヤー曲線(文献2より改変)
PESI=pulmonary embolism severity index
30日時点の累積症候性VTEの再発率は,簡易版PESI=1の患者群と簡易版PESI≧2の患者群で統計学的な有意差を認めなかった(3.9%[0.9%~6.9%]対 5.6%[2.4%~8.8%],ログランク検定P値=0.46)(図2).161人の簡易版PESI=1の患者群の中で,6人の患者が症候性VTEの再発を発症し(3人がPE,3人が深部VTE),その全員が抗凝固療法を施行中であった.
症候性のVTEの再発に関して簡易版PESI=1と簡易版PESI≧2の患者群で比較したカプランマイヤー曲線(文献2より改変)
症候性のVTEの再発とは,新規もしくは増悪する血栓が画像検査もしくは剖検に客観的に確認され,症状を伴うPEもしくは深部VTEと定義された.
PESI=pulmonary embolism severity index
30日時点の累積大出血(ISTH基準)率に関しても,簡易版PESI=1の患者群と簡易版PESI≧2の患者群で統計学的な有意差を認めなかった(6.4%[2.6%~10.2%]対 4.5%[1.6%~7.4%],ログランク検定P値=0.45)(図3).簡易版PESI=1の患者群の中で,10人の患者が大出血イベントを発症し,その内の2人が致死的出血であった(1人が頭蓋内出血,1人が腹腔内出血).
大出血(ISTH基準)に関して簡易版PESI=1と簡易版PESI≧2の患者群で比較したカプランマイヤー曲線(文献2より改変)
大出血は,ISTH(International Society of Thrombosis and Haemostasis)基準により定義され,血中ヘモグロビンが2 g/dL以上低下する出血,2単位以上の輸血を要する出血,有症候性の重要な領域もしくは臓器への出血と定義された.
PESI=pulmonary embolism severity index
以上の結果より,がん患者のPEに於いて,簡易版PESIスコア=1の患者群は,簡易版PESIスコア≧2の患者群と比較して,30日の急性期死亡率が有意に低率であり,PE死亡は極めて低率である事が明らかとなった.しかしながら,簡易版PESIスコア=1の患者群でも,主にがん死を原因として,全死亡は一定数発生しており,また,再発および大出血リスクは比較的高い患者群であり,より慎重な経過観察が必要となる患者群である事が示唆された.
PE患者の外来治療に関しては,適切に選択された低リスクのPE患者は,入院する事無く安全に治療できる可能性がこれまでに報告されている10, 11).それらの報告を元に,世界的にも影響力が大きいと考えられる米国の最新ガイドライン(American College of Chest Physicians Evidence-Based Clinical Practice: ACCP)でも,適切に選択された患者は,早期退院より,むしろ完全な外来治療を推奨する記載がされている12).
歴史的には,大半のPE患者は,入院の上でヘパリン等による注射製剤による治療を開始し,その後ビタミンK拮抗阻害薬(ワルファリン)による治療が行われていた.しかしながら,近年のDOACの登場により,ヘパリン等による注射製剤による治療が必ずしも必要でなくなり,外来治療を積極的に検討する事がより容易になった.最近,適切に選択された低リスクなPE患者に対して,DOACを用いて安全に外来治療が出来るかを検証した試験(Hot-PE Trial)の結果が報告され,安全に外来治療が実施出来ることが明らかとなった13).一方で,これまでの検討では,「がん患者」の症例登録は極めて少なく,Hot-PE Trialに於いても,活動性がん患者の割合はわずか6%に過ぎなかった.
しかしながら,VTEの患者でがんを有する割合は多く,我が国の観察研究でも,PE患者の20%以上は活動性がんを有していたと報告されている7).がん患者が相当数占める事を考慮すると,活動性がん患者に於いても,低リスクと考えられる患者を,同様に外来治療出来るかリスク評価する事は重要な事と考えられた.今回の我々の検討では,簡易版PESIスコアに於いて,がん以外のスコアを有さない患者(簡易版PESI=1)は,急性期のPE死亡は極めて低率であり,総死亡率も概ね許容範囲内であり,これらの患者を完全に外来治療する事は,妥当な選択肢の一つであると考えられた.しかしながら,臨床医は,外来治療を検討する際には,総死亡以外の入院を要する臨床イベントにも注意する必要がある.今回の検討では,VTEの再発および大出血というイベントに関しては,簡易版PESIスコアが低リスク患者の同定には役立たない可能性が示唆され,さらに,VTEの再発は,全て抗凝固療法施行中にも関わらず生じていた点には十分に留意する必要がある.簡易版PESIスコアは,急性期の死亡リスクを層別化するために開発されたスコアであり,再発や出血のリスクを層別化する事を目的としていないため,臨床医は,このような患者を外来で治療する際には,経過中に問題が生じないか,より慎重に対応(早期および頻回の外来受診)する必要性があるものと考えられた.
がん患者のPEに対する適切な診療指針の検討は,今後もその重要性が増すものと考えられるが,現在,本領域の研究報告は少ない状況である.今回我々は,今後,臨床上で大きな問題になると予想される,がん患者のPEの外来治療の可能性について検討した.本検討は,現場の臨床医にとっても参考となる報告であるものと期待するが,一方で,明日からの日常診療を大きく変えるためには,本研究を元に,さらなる前向きの大規模な臨床試験での検証が必要であるとも考えられた.臨床医に役立つ臨床研究を目指し,我が国からも世界に向けた情報発信を継続する事が重要な事であると考えられた.
本研究は,本邦での大規模多施設研究であるCOMMAND VTE Registryのデータを用いて解析している.今回の検討のためには,同研究に御関与頂いた全ての共同研究者の御尽力無しには成し得なかったものである.共同研究者の想いを汲み,貴重な研究機会を最大限に生かす事こそが,研究責任者の責務であると肝に銘じて,この場をお借りして全ての関係者に心より御礼申し上げます.
講演料・原稿料など(第一三共株式会社、バイエル薬品株式会社),その他の報酬(ブリストル・マイヤーズスクイブ株式会社,ファイザー株式会社)