Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Appropriate anticoagulant therapy in patients with nonvalvular atrial fibrillation
Hemorrhagic complication during anticoagulant therapy and antidote
Masahiro YASAKA
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2020 Volume 31 Issue 6 Pages 584-590

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Abstract

ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(vitamin K antagonist: VKA)や直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)による抗凝固療法中は,頭蓋内出血や消化管出血などの出血性合併症が一定の頻度で発現する.出血時はその重症度に応じて抗凝固薬の休薬,止血処置,輸液によるバイタル安定,出血性脳卒中では十分な降圧を図るとともに,中和剤がある場合はその投与を考慮する.中和剤としてVKAに対してプロトロンビン複合体を,トロンビン阻害薬ダビガトランに対してイダルシズマブを考慮する.第Xa因子阻害薬に対する中和剤アンデキサネットアルファは本邦では治験が進められている(2020年11月現在).抗凝固療法中の急性脳梗塞症例に対する抗凝固作用中和後のrt-PA静注療法に関して,ダビガトラン療法中は凝固亢進作用を有さないイダルシズマブ投与を考慮できるが,VKA療法中は凝固を亢進させる可能性があるプロトロンビン複合体を投与せずに血栓回収術を優先させるべきである.

1.はじめに

ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(vitamin K antagonist: VKA)や直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)による抗凝固療法中には,頭蓋内出血や消化管出血などの出血性合併症が一定の頻度で発現する.本稿では抗凝固療法中の出血性合併症の特徴や頻度や予防とともに,出血時の中和剤の位置づけや投与の実際,および抗凝固療法中の急性脳梗塞における中和剤投与に続くrt-PA静注療法の可否を概説する.

2.抗凝固療法と出血性合併症

抗血栓療法中に出血性合併症を生じると転帰は悪化する.出血による障害に加えて,出血に伴う凝固亢進や抗血栓薬休薬により虚血性イベントが起こり易くなるためである.出血性合併症の中でも頻度と転帰の観点からは頭蓋内出血と消化管出血が重要である1.福岡脳卒中登録研究によると,脳梗塞急性期に消化管出血を合併した症例は,合併しなかった症例と比較し,神経症候の悪化,3か月目の転帰不良,および院内死亡と有意な関連を示した2.本邦で日本人4,009例を対象に多施設共同前向き登録研究として抗血栓薬併用に伴う出血性合併症の頻度を調査したBAT研究(Bleeding with Antithrombotic Therapy Study)によるとVKA療法中の出血性合併症の頻度は,大出血が2.1~3.6%/年,頭蓋内出血が0.6~1.0%/年,消化管出血が0.8~1.6%/年と報告されている3.DOAC第3相試験(Engage試験の低用量群を除く)によると,各DOAC群とVKA群で大出血が2.1~3.6%/年と3.1~3.4%/年,頭蓋内出血が0.23~0.49%/年と0.74~0.85%/年,消化管出血が0.76~3.2%/年と0.86~2.2%/年でみられたという47

抗凝固療法中の頭蓋内出血は血腫が大きく増大し易い特徴を有し,消化管出血も出血量が多くなり易い.頭蓋内出血も消化管出血も予防と出血時の急性対応が重要である.脳内出血の発症や血腫増大の危険因子を表1に示す2, 8, 9.この中で介入可能な項目として高血圧,高血糖,喫煙,アルコール摂取,および抗血栓薬が挙げられる.十分な血圧管理(130/80 mmHg未満),血糖管理,禁煙,過度のアルコール摂取を避けること,および抗血栓薬の併用を避けることが重要である.抗血小板薬を2剤併用したり,抗凝固薬に抗血小板薬を併用すると,大出血や頭蓋内出血や消化管出血の発生率は約2倍に上昇する3.さらに大出血や頭蓋内出血がVKAより少ないDOACを選択することも大切である.超高齢社会ではフレイルと関連する転倒による頭部打撲に伴う頭蓋内出血にも大きな関心を払うべきである.転倒し頭部を打撲する高齢者の約3割が抗血栓薬内服中であるという10.抗血栓療法中に頭部を打撲すると受傷直後には症状なく話せていたのに,しばらくして意識障害や脳局所症状が出現することがあり,「talk & deteriorate」と呼ばれる.受傷直後の小さな頭蓋内出血が抗血栓薬内服中のため止血せずに大きくなることに呼応する現象である.抗血栓療法中に頭部を強く打った場合は医療機関を受診しCTやMRで頭蓋内出血の有無を評価することが肝要である11.一方,DOACはグローバル試験結果では,消化管出血の発症率がビタミンK拮抗抗凝固薬より高いとの報告が散見されるので注意する4, 5, 7.ただしアジア人や日本人解析ではDOACで高いとの成績は示されておらず,下部消化管疾患の有病率がアジア人や日本人で白人より低いことが関連しているかもしれない.上部消化管の予防には,リスクに応じてプロトンポンプ阻害薬の投与やピロリ菌の除菌が,下部消化管の予防には検診が重要である(表1).

表1 脳内出血や消化管出血の危険因子
脳内出血  
 発症の危険因子 高血圧,喫煙,アルコール,人種(東アジア人,日本人,もしくは白人以外),低コレステロール,肝炎,肝硬変,抗血栓療法,高齢,脳梗塞の既往,脳出血の既往,MRI上の微小出血(microbleeds)信号
 血腫増大の危険因子 高血圧≧200 mmHg,高血圧+HbA1c ↑,脳梗塞の既往,肝疾患,高血糖,FBS≧141 mg/dL,抗血栓薬,抗凝固薬(ワルファリンや併用)
消化管出血  
 上部消化管出血 消化性潰瘍の既往,ピロリ菌,抗血栓薬(アスピリン)やNSAIDS,抗血栓薬の併用
 下部消化管出血 ポリープ,癌,憩室,抗血栓薬,抗血栓薬の併用

3.出血時の対処と中和剤

出血時の対処は日本循環器学会「2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン」に詳しい12図1).軽度の出血の場合は安易に休薬することなく,抗凝固療法を適切に継続する.中等度から重篤な出血では抗血栓薬の中止,止血処置,適切な点滴による循環動態の安定化と出血性脳卒中時は十分な降圧が求められるとともに中和剤がある場合は,中和剤による止血を図る.ただし,重要な臓器(脳や眼底など)では,軽度の出血でも中等度から重度の出血に準じての対応を考慮する.

図1

心房細動患者における抗凝固療法中の活動性出血への対応

日本循環器学会/日本不整脈心電学会.2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン.

https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/01/JCS2020_Ono.pdf(2020年8月16日閲覧)

1)VKAに対するプロトロンビン複合体

VKA療法中に抗凝固作用の是正が必要になった場合,従来はビタミンKの静脈内注射や新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma: FFP)の投与が行われてきた.しかし,前者は肝臓内での凝固因子の産生を待たねばならず,添付文書の重要な基本的注意として「投与後約3時間を経て効果を発現するので,速効性が期待できないことに留意すること.」と記されているように速効性はない13.後者は通常800 mL程度を静脈内投与するが,そこに含まれる凝固因子が凝固第IX因子換算で800国際単位程度に留まることと,800 mLの容量で投与に時間を要することから,早急なPT-INRの是正には適さない.日本輸血・細胞治療学会の「科学的根拠に基づいた新鮮凍結血漿(FFP)の使用ガイドライン[改訂第2版]」では,「ワルファリン効果の緊急補正にFFP投与は推奨されない.」と記されている14

一方プロトロンビン複合体は十分な凝固因子用量を含有し,投与容量が少ないことから早急な是正を可能とする.本邦で2017年3月に保険適応を取得した4因子含有プロトロンビン複合体製剤(four-factor prothrombin complex concentrate: 4F-PCC)ケイセントラ®は2,000国際単位の用量を80 mLの容量で投与できることから早急なPT-INRの是正に適する15.4F-PCCケイセントラ®の有効性と安全性はFFPとの二つのランダム化比較試験で検証された16, 17.一つはVKA療法中の大出血202例を対象に両剤投与24時間後の止血と30分後のPT-INR是正効果(<1.3)を比較したランダム化比較試験(3002試験)で,4F-PCCの24時間後の止血の非劣性(4F-PCC, 72.4% vs. FFP, 65.4%)と30分後のPT-INR是正効果の優越性(62.2% vs. 9.6%),および有害事象の発現率に両群間で差異がないことが明らかにされた16.他のランダム化比較試験はVKA療法中に緊急の手術や手技で緊急是正が必要になった181症例を対象に4F-PCCとFFP投与後の止血効果と30分後のPT-INR是正効果(<1.3)を比較したランダム化比較試験(3003試験)で,4F-PCCの止血効果の非劣性(90% vs. 75%)と30分後のPT-INR是正効果の優越性(55% vs. 10%),および安全性に両群間で差異がないことが示された17.さらに本邦で小数例を対象に第3相試(3004試験)が追加され本邦で承認された18.PT-INRの是正時間が短い点,容量負荷が少ない点,加熱処理やナノフィルトレーションが行われ安全性が高い点で,4F-PCCはFFPより優れている.通常,ビタミンKと同時に投与し,投与量はPT-INRごとに定められている.PT-INRが2.0以上4.0未満では25 IU/kg(最高2,500 IU),4.0以上6.0未満では35 IU/kg(最高3,500 IU),6.0以上では50 IU/kg(最高5,000 IU)を投与する.PT-INR 2.0未満に対する用量・用法は明示されていないが,プロトロンビン複合体製剤を15~25 IU/Kg投与することの有用性を示唆する少数例での試験が報告されている19, 20.ケイセントラ第3相試験データ1618を用いてのPT-INRと凝固因子活性の変化を表すファーマコメトリックシミュレーションモデル解析によると,PT-INRが3.1,1.9,および1.6において,ケイセントラ投与30分後に80%以上の患者で第X活性≧50%を達成するには,それぞれ25 IU/kg,20 IU/kg,および15 IU/kgの用量が必要であることが報告されている21.これらのデータを参照に,我々の施設では,PT-INR2.0未満で緊急是正が必要な場合,PT-INR≧1.6では20 IU/kg,PT-INR<1.6では15 IU/kgの用量を選択している.

2)DOACに対する各中和剤

それぞれのDOACに対する中和剤あるいは中和作用を示す可能性のある製剤を表2に示す.DOAC療法中の出血に対して,一般的な止血処置に加えて内服後早期の血中濃度上昇を抑えるための活性炭投与,ダビガトランの透析での除去,プロトロンビン複合体の投与などが考えられるが,最も効果があるのは各DOACに対する特異的中和剤の投与である.

表2 DOACの中和剤
一般名 イダルシズマブ アンデキサネットアルファ ciraparantag
製品名 プリズバインド
開発会社 ベーリンガー・インゲルハイム社 Portola社 → Alexion社 Peroshere社
製剤の特徴 モノクローナル抗体 / Fab リコンビナント第Xa因子デコイ 合成低分子化合物
投与方法 静脈内投与 静脈内投与 静脈内投与
対象抗凝固薬 ダビガトラン リバーロキサバン ダビガトラン
アピキサバン リバーロキサバン
エドキサバン アピキサバン
低分子ヘパリン エドキサバン
低分子ヘパリン
未分画ヘパリン
開発状況 本邦で製造販売承認 米国で販売承認 開発中
本邦で治験中

〈イダルシズマブ〉

ダビガトランに対する中和抗体であるイダルシズマブ(商品名:プリズバインド®)が本邦で2016年9月に製造販売承認を得た.本剤の効能・効果は「生命を脅かす出血又は止血困難な出血の発現時」,もしくは「重大な出血が予想される緊急を要する手術又は処置の施行時」におけるダビガトランの抗凝固作用の中和である.本剤はダビガトランに特異的な中和抗体で,1バイアルにイダルシズマブ2.5 gを含有し,ダビガトラン内服用量に関わらず,2バイアル(5 g)を静脈内に投与することで十分な中和効果が1分以内に表れ,約24時間に亘って持続する(図22224.投与基準に関してダビガトラン内服後の経過時間や腎機能に関する細かな規定はないが,止血が完了している症例に投与する必要はない.半減期が約半日あること,ダビガトランの腎排泄率が80%と高いこと,腎機能が体外排泄時間に関連することを考慮し個々の症例で投与の可否を決める.本剤を投与しダビガトランの抗凝固作用を中和すると,ダビガトラン導入前の凝固亢進状態が惹起される可能性はあるが,イダルシズマブ自身は凝固促進作用や抗凝固活性を示さず,血液凝固・線溶系に影響を与えない22, 25, 26.一般に抗凝固療法中に脳梗塞を発症した場合,抗凝固作用を中和して静脈血栓溶解療法を行うことは勧められず,血栓回収術を優先させる.それは抗凝固療法中の脳梗塞は,凝固系の抑制に伴う線溶系の相対的優位な状態により,梗塞巣が小さく,転帰が良いことが報告されていることと,中和剤自身が凝固亢進作用を惹起する可能性があるためである27, 28.しかし,イダルシズマブは中和抗体で凝固系を亢進させないため,中和剤のなかで唯一例外として,rt-PA静脈血栓溶解療法が認められている29, 30

図2

国内第I相試験:日本人健康成人男性 希釈トロンビン時間の検討

ダビガトランを内服した日本人健康成人男性9例にイダルシズマブを,3例にプラセボを静注し,希釈トロンビン時間(dTT)の推移を調べた.イダルシズマブ投与後,迅速に,完全に,約24時間に亘る持続的な中和作用がみられた.(文献24より引用)

〈Andexanet alfa〉

アンデキサネットアルファは,遺伝子組換え改変型ヒト第Xa因子デコイ蛋白で,第Xa因子阻害薬の抗凝固作用を中和する.本薬はボーラス投与後,持続点滴で中和作用を維持させることができるので中和効果の示す時間を調整できる.第Xa因子阻害薬投与後18時間以内に大出血が発現した352人(平均77歳)の患者を対象としたANNEXA4試験でアンデキサネットアルファのボーラス投与とそれに続く2時間の持続静注投与の中和効果が検証された31.第Xa因子阻害薬の内訳はリバーロキサバンが128例,アピキサバンが194例,エドキサバンが10例,エノキサパリンが20例である.主要なアウトカムは,アンデキサネットアルファ治療後の抗第Xa因子活性の変化率と,注入終了後12時間における止血効果の割合である.有効性はベースラインの抗第Xa因子活性が少なくとも75 ng/mLある患者のサブグループで評価された.出血部位は頭蓋内が64%と最も多く,次いで消化管26%であった.アンデキサネットアルファボーラス投与前後の抗第Xa因子活性の中央値はリバーロキサバン群で211.8 ng/mLから14.2 ng/mLへ92%減少,アピキサバン群で149.7 ng/mLから11.1 ng/mLへ92%減少したという.優れたあるいは良好な止血効果は評価可能な249例中204例(82%)で確認された.死亡と血栓・塞栓症イベントは30日以内に,それぞれ49例(14%)と34例(10%)で認められた.本剤は米国では2018年5月に承認され,本邦ではリバーロキサバン,アピキサバン,およびエドキサバンを対象に治験が行われておりその結果が期待される.本剤はPortola社が開発し,現在はAlexion社が開発を継続している(2020年11月現在).現在ANNEXA-SとANNEXA-I試験がグローバルで行われている32, 33.前者は第Xa因子阻害薬内服中に手術前の緊急是正が必要になった症例におけるアンデキサネットアルファによる緊急是正の有効性を調べる研究であり,後者は第Xa因子阻害薬内服中の頭蓋内出血症例を対象にアンデキサネットアルファによる緊急是正の有効性を,本剤を投与しない通常治療群とのランダム化比較試験で調べる研究である.

〈Ciraparantag〉

低分子化合物の中和薬Ciraparantag(シラパランタグ PER977)は,第Xa因子阻害薬,直接トロンビン阻害薬,低分子ヘパリンや未分画ヘパリンに対する広い中和/拮抗活性を有し抗凝固活性を阻害する低分子化合物である.第1相試験として,80人のエドキサバン内服健常者にCiraparantagを静注したところ,静注後10分以内に延長した全血凝固時間を著しく短縮させ,その効果は24時間持続したという34.今後の開発の進展に期待したい.

〈プロトロンビン複合体〉

第Xa因子阻害薬服用中の大出血に対しては,本邦では上述のandexanet alfaやciraparantagが承認されていなので,必要時はPCCの投与を考慮できるが,その効果は確立しておらず35,保険適用外である.その際の投与量として低から中用量では十分な中和効果を得られず,高用量(50 IU/kg)の必要性が示唆されている36

4.おわりに

頭蓋内出血や消化管出血などの出血性合併症は抗凝固療法中の大きな問題点である.出血性合併症の予防に努め,出血時の対応に習熟し,抗凝固療法中の患者さんや各医療機関と連携し,安全な抗凝固療法を目指すと共に,第Xa因子阻害薬の中和剤の開発に期待したい.

著者の利益相反(COI)の開示:

講演料・原稿料など(バイエル,CSLベーリング,ブリストルマイヤーズスクイブ,第一三共,日本ベーリンガーインゲルハイム)

文献
 
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