2020 Volume 31 Issue 6 Pages 600-603
Coronavirus infectious disease 2019(COVID-19)では血液凝固異常のみられる頻度が高く,血栓症が多発することが知られている.そしてそのメカニズムは複雑であり,低活動性・無動化といった物理的要因に加えて,炎症による血液凝固の活性化,血管内皮障害の関与が大きいことも知られるようになっている.したがってCOVID-19における凝固異常や血栓症の発生機序を理解することは,抗凝固治療の実施を含めた管理を正しく行うために必須と考える.
COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は,II型肺胞上皮への親和性が強く,加えて肺胞毛細血管へも感染をきたす.すなわち,COVID-19における病変の主座は肺胞上皮と肺胞毛細血管であると考えれば病態を理解しやすい.II型肺胞上皮の障害により,サーファクタント産生が低下し,I型肺胞上皮への分化が阻害されてacute respiratory distress syndrome(ARDS)に類似の肺病変が形成され,同時にみられる肺胞毛細血管の障害は,透過性亢進による肺胞内への水分移動やフィブリンの析出,微小血栓形成による換気/血流のミスマッチを誘導する.ちなみにCOVID-19の初期にみられる,肺の伸展性が保たれているにもかかわらず,酸素化が阻害される病態(low elasticity-type)は,この微小血栓による換気血流比のミスマッチと後述する血管収縮によりもたらされると考えられている1).上記に加えて,肺肺胞レジデントマクロファージもSARS-CoV-2のターゲットとなり,組織因子の発現や炎症性サイトカイン産生を介して凝固反応を活性化させることになる.そして肺胞内に生じたフィブリンは肺胞上皮で産生されるurokinase-type plasminogen activator(u-PA)による線溶の活性化で分解され,感染初期にみられる軽度のD-dimer上昇の原因となっていると理解されている(図1).
COVID-19における肺病変
気道より侵入したSARS-CoV-2はangiotensin converting enzyme 2(ACE2)を介してII型肺胞上皮細胞,肺胞レジデントマクロファージ,肺胞毛細血管内皮細胞に感染し,それぞれの機能障害をもたらす.これによってガス交換能の低下,肺胞内炎症,毛細血管内血栓形成や微小出血が誘導される.肺胞内血栓は血液凝固活性の亢進と相まって中枢惻に伸張し肺塞栓を形成する.また肺胞内炎症の結果生じたフィブリンは肺胞上皮から放出されるurinary-type plasminogen activator(u-PA)により分解され,血管内に移動するとフィブリン分解産物として測定される.マクロファージで産生される炎症性サイトカインはリンパ球の細胞死を誘導し,好中球を刺激してNeutrophil extracellular traps(NETs)放出を誘導するとされている.
COVID-19においてみられる凝固異常(COVID-19-associated coagulopathy: CAC)は,敗血症性DICをベースにして考えれば理解が容易となる.すなわち,感染や炎症に端を発する炎症性サイトカインの産生,免疫血栓(immunothrombosis)形成,補体の活性化,血管内皮機能異常といった基本的なメカニズムは両者で共通している.したがってある程度進行した病態では,凝固検査異常に関しても血小板減少,フィブリン分解産物の増加,プロトロンビン時間の延長などが共通して認められる.検査値異常に関して混乱を招きやすいのは,COVID-19の初期にはD-dimerの増加以外の検査値異常がみられにくい点で,これについては感染初期にみられる肺における局所的な炎症,微小血栓形成を反映していると説明されている2).COVID-19初期における検査値異常として他にフィブリノゲンの増加が挙げられるが,これも同様に局所炎症を反映したものして理解することができる.ちなみに最近,血液粘弾性試験(viscoelastic test)において凝固亢進状態が認められることが報告されるようになっているが,これはフィブリノゲンの増加と血小板の活性化を反映したものと理解されている.しかしやがて感染が進行すると,敗血症性DICと同様に消費性凝固異常を反映した検査異常を呈するようになり,overt DIC基準を満たすような症例も出現し始める.よってCACは「血管内皮機能の異常を伴う,あるいはそれによる全身性の凝固活性化状態」であるDICの範疇で理解できる病態と考えている.そしてCOVID-19においても,SARS-CoV-2に感染した肺胞レジデントマクロファージの組織因子発現により,主として外因系凝固が活性化され,結果として生じるトロンビンがPAR-1を介して血小板や血管内皮を刺激して血栓傾向へと誘導するメカニズムは,正にDICと共通である.またマクロファージが産生する炎症性サイトカインは,炎症とともに凝固カスケードを始動させ,敗血症性DICにおいてみられる免疫血栓の形成へと連続していく.ただし,しばしば取り上げられるサイトカインストームの病態への関与については,これが血球貪食症候群との関連性で取り沙汰されることはあるものの,COVID-19においてみられる炎症性サイトカイン量は,その血中濃度を敗血症の場合と比較すると1/10~1/100程度であり,また実際に骨髄中で血球の貪食を確認したという報告もみられないことから区別して考えるべきであろう.
CACにおいては,上記以外に特徴的な凝固活性化のメカニズムも存在することが知られており,以下にそれらを紹介する.
SARS-CoV-2はangiotensin converting enzyme (ACE) 2を介して血管内皮細胞に感染する.これによりCOVID-19ではACE2の機能が低下し,angiotensin IIのangiotensin 1-7への変換が阻害され,本来angiotensin 1-7が担っている血管拡張,抗炎症機能が阻害されることになる.さらにSARS-CoV-2の血管内皮への感染は,内皮細胞のWeibel-Palade bodyに貯蔵されているvon Willebrand factor(VWF)や凝固第VIII因子,angiopoietin 2,P-selectinなどの放出を促し,血小板粘着・凝集を促進する.Angiopoietin 2はその受容体であるTie2との結合を介して,正常時にみられるangiopoietin 1とTie2との結合でみられる抗炎症作用や細胞死抑制効果,血管透過性保持作用を逆方向に変換し,これらと拮抗する形で炎症反応や血管透過性亢進などを増強させる(図2).
COVID-19-associated coagulopathyの病態生理
COVID-19ではマクロファージのSARS-CoV-2感染による組織因子(tissue factor: TF)発現に端を発する外因凝固の活性化が向血栓性変化の主因となっている.凝固活性化の結果として生じたトロンビンは血管内皮のprotease activated receptor 1(PAR-1)を介して内皮細胞の抗血栓性を低下させ,炎症を増強させる.さらに血小板を活性化して血栓形成に寄与することになる.これに加えてangiotensin converting enzyme 2(ACE2)を介して血管内皮細胞に感染したSARS-CoV-2は細胞内のWeibel-Palade bodyからのvon Willebrand factor(VWF)やangiopoietin 2の放出を刺激し,angiopoietin 2はその受容体であるTie2との結合を介して炎症の増強や内皮細胞のアポトーシス,血管透過性の亢進を誘導する.また感染に伴うACE2のダウンレギュレーションはangiotensin II(Ang II)のangiotensin 1-7(Ang 1-7)への変換を抑制し,血管収縮,内皮障害などの変化をもたらすことになる.
このような機序により,COVID-19においては血管内皮障害と微小血栓形成がみられることから,当初thrombotic microangiopathy(TMA)類似の病態も想定された.確かにCOVID-19においても補体の活性化やADAMTS13の低下がみられることは事実であるが,TMAの特徴である血小板減少や溶血の程度は比較的軽く,これらはいずれも炎症に起因する二次的な変化であり,病態の主役は炎症と内皮細胞障害と捉えるのが妥当であろう3).
他にCOVID-19において興味深いのは高リン脂質抗体の出現である.これはCOVID-19では,若年者や基礎疾患がみられない場合においても脳梗塞をはじめとする動脈塞栓例の報告がみられることから,にわかに注目を集めた.しかし実際にループスアンチコアグラントやanti-β2-glycoprotein I抗体の確認は報告されているものの,抗体の種類や量的な考察は不十分であり,実際にどの程度血栓形成に関与しているのかは未だ不明である.
敗血症においても肺塞栓の原因として最も多いのは深部静脈血栓(deep vein thrombosis: DVT)である.COVID-19においてもDVTの高い合併率が広く認知され,その頻度は中等症以下で10%程度,重症になると40%に及ぶとされている.したがってICU管理において下肢や心臓超音波検査の実施が重要な項目となっている.そして入院例においては低分子ヘパリンを用いた血栓予防をルーチンに行うことが国際ガイドラインにおいても推奨されている4).しかしここで注目すべきことは,予防的な抗凝固療法を実施しても肺塞栓症の発生頻度は依然として高いという事実である.COVID-19においてはDVTの塞栓化以外に,肺胞毛細血管内に生じた微小血栓が増大しつつ中枢に進展することで肺塞栓をきたす,in situ thrombosisの頻度が高いことが報告されており,このような肺塞栓は造影CT検査において,しばしば区域枝や亜区域枝以下の肺動脈内血栓として描出される.In situ thrombosisを防ぐためには,単にヘパリンの量を増やすだけの対応では不十分であり,根底にある炎症の制御と血管内皮保護が必要であることは想像に難くない.したがって今後はこのような治療の開発も必要になっていくと思われる.ただし現時点で我々がなすべきことは,肺の微小血栓形成をD-dimerが正常値上限の倍以上に増加するという微妙な変化で察知し,他に臨床症状が乏しくとも積極的に抗凝固療法を実施していくことと考える.
COVID-19は血栓症のハイリスクであり,積極的な予防的抗凝固療法の対象である.それとともにSARS-CoV-2の主たる標的は,肺胞上皮と血管内皮細胞であることを認識してその保護的な治療戦略をとるが必要である.炎症と凝固が病態を進展させる上で両輪となっていることは敗血症性DICと同様であり,この分野で世界をリードしてきた本邦から積極的に情報が発信されることを期待する.
射場敏明:研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(日本血液製剤機構,JIMRO,旭化成ファーマ)
比企 誠:本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし