2021 Volume 32 Issue 1 Pages 12-16
血友病治療は,血友病性関節症を回避する為に,凝固因子製剤の定期補充療法が標準的治療となっている.しかし,凝固因子製剤の投与はインヒビター発生リスクを伴い,定期補充療法は頻回の静脈穿刺を必要とすることがQOL低下の要因となる.こうした問題を解消する為に,凝固因子製剤ではない新規の血友病治療製剤が開発されnon-factor製剤と呼ばれている.non-factor製剤は現在2つのアプローチで開発されている.一つは,凝固第VIII因子機能代替二重特異性抗体製剤で,もう一つは,生体内に存在する凝固制御因子を阻害もしくは低下させる事により,出血傾向に傾いた血液を血栓傾向に補正し出血傾向を抑制するもので,止血の“rebalancing therapy”とも言われている.本稿では,2018年に承認されたエミシズマブを含め,今後臨床に登場してくるであろう新規non-factor製剤に関して概説する.
血友病治療は,出血時に凝固因子を補充するオンデマンド治療から,出血頻度を低下させ,最大の合併症である血友病性関節症を回避する為の定期補充療法が主体へと変化してきた.凝固因子製剤の定期補充療法では,トラフ凝固因子活性1%以上を目標にして行うが,そのためには近年開発された半減期延長製剤を用いたとしても頻回の静脈穿刺による投与が必要であり,患者もしくは家族のQuality of life(QOL)を低下させる要因となる1).また,凝固因子製剤の投与は凝固因子に対するインヒビター発生リスクがある.インヒビター発生後はバイパス製剤による止血治療を行う事になるが,非インヒビター症例のような定期補充療法による出血抑制は困難である.また,出血時の止血効果も十分とは言えず,血友病治療の残された課題となっている2).近年,こうした課題の解消を目的として,凝固因子製剤ではない血友病の治療薬が開発されており,血友病患者のQOL向上のために大きく期待されている.これらの製剤は,凝固因子製剤と対比してnon-factor製剤と呼ばれ,作用機序として主に2つのアプローチがある(図1).一つは,凝固第VIII因子の構造を模倣し,その凝固活性を代替する二重特異性抗体で,2018年にエミシズマブが承認され,すでに多くの血友病A患者に対して使用されている.もう一つは,止血の“rebalancing therapy”とも言われ3),生体内に存在する凝固制御因子(tissue factor pathway inhibitor: TFPI,アンチトロンビン:AT,プロテインC:PC,プロテインS:PS等)を阻害もしくは低下させる事により,出血傾向に傾いた血液を血栓傾向に補正し,結果的にトロンビン生成を増加させるものであるが,2020年10月現在承認されたものはまだ無い.いずれのrebalancing therapy製剤も,血友病AまたはB,インヒビターの有無を問わず出血を抑制する.
Mechanisms of action of novel non-factor therapeurtics for hemophilia(文献3より一部改変)
凝固第VIII因子機能代替二重特異性抗体は,活性型第IX因子と第X因子双方に結合する事により第VIII因子の凝固活性を代替するモノクローナル抗体で,凝固第VIII因子が欠乏している血友病Aにおいて,インヒビターの有無を問わず止血効果を発揮できるが,血友病Bには全く効果が無い.エミシズマブは,現時点で唯一承認されているnon-factor製剤で,半減期が30日程度と長いため投与頻度を減らす事が可能である.投与は皮下注射で行い,凝固因子製剤のように静脈穿刺をする必要はない.エミシズマブの臨床第III相試験は,12歳以上のインヒビター保有血友病Aに対する週1回投与,12歳未満のインヒビター保有血友病Aに対する週1回投与,12歳以上のインヒビター非保有重症血友病Aに対する週1回もしくは2週に1回投与,12歳以上のインヒビター保有/非保有血友病Aに対する4週に1回投与(HAVEN1~4試験),12歳未満のインヒビター非保有重症血友病Aに対する2週に1回もしくは4週に1回投与(HOHOEMI試験)で行われた.これらすべての試験で,年間出血率(annual bleeding rate: ABR)は0.2~2.9に抑制され,凝固因子製剤による定期補充療法と同等の出血抑制効果が確認されている3–5).現在,エミシズマブはインヒビターの有無を問わず,週1回,2週に1回,4週に1回の投与が可能となっている.エミシズマブの止血効果は,第VIII因子活性で15%程度に相当すると推定されており6),全ての出血を抑制できるわけではない.エミシズマブ投与下の血友病A患者で,どの程度の身体活動まで許容されるのかは不明であるため,現在,身体活動及び出血イベント,日常生活の質,安全性を評価する多施設共同前向き観察研究(TSUBASA study)が行われている.一部の症例にエミシズマブの中和抗体が発生する可能性があり,その場合は効果が失われる恐れがあるが,その頻度は非常に低い.エミシズマブの使用方法については,血栓止血学会の血友病止血治療ガイドライン補遺版に詳細が記載されている7).現在,より高い出血抑制効果を求めて,エミシズマブを改良して薬物動態や止血効果を高めた第二世代の二重特異性抗体製剤(NXT007)8)や,エミシズマブの約15倍の“potency”があるとされる新規二重特異性抗体製剤(Min8)9)などの臨床試験が進行中である.
2)rebalancing therapy a)抗TFPI製剤TFPIはKunitz型セリンプロテアーゼであり,活性化第VII因子を阻害するK1ドメイン,活性化第X因子を阻害するK2ドメイン,PSと結合するK3ドメインを介して,組織因子(tissue factor: TF)による凝固開始経路を阻害する3).TFPIの働きを阻害する事で,結果的にトロンビン生成が回復し出血傾向を抑制する事が期待される.抗TFPI製剤は,抗TFPIアプタマーおよび抗TFPI抗体の開発が開始されたが,抗TFPIアプタマーは,臨床試験において予期せぬ出血性有害事象が発生した事により開発は中止となった5).また,抗TFPIモノクローナル抗体のBAY-1093884も,血栓症の有害事象の為に第II相試験の途中で中止されている.現在,K2ドメイン特異的モノクローナル抗体であるConcizumabとMarstacimabの臨床試験は継続中である3, 5).これらはいずれも血友病AまたはB,インヒビターの有無を問わず効果が期待され,皮下注射で投与される.Concizumabはペン型デバイスを用いた皮下注射製剤であり,第II相試験でのABRの推定値は,インヒビターを有する血友病Aが3.0,インヒビターを有する血友病Bが5.9,インヒビターの無い血友病Aが7.0であった10).さらに,上記以外の新規抗TFPI抗体MG1113の第I相試験も現在ClinicalTrials.govに登録されている.
b)AT産生阻害製剤(Fitusiran)ATは生理的なトロンビンのインヒビターであり,AT低下症を併発している血友病では出血傾向が軽度であると報告されている5).FitusiranはRNA干渉により肝臓でのAT産生を阻害し,AT活性を低下させることで出血傾向を抑制するsmall interfering RNA(siRNA)製剤である3).血友病AやB,インヒビターの有無を問わず効果が期待され,皮下注射で投与される.第II相試験ではAT活性が約80%低下し,ATの低下とABRの相関が認められ,全患者のABR中央値は1であった11).現在は第III相試験が進行中である.
c)活性化プロテインC(activated protein C: APC)阻害製剤PCは,トロンボモジュリンと結合したトロンビンにより活性化され,活性化第V,VIII因子を不活化し凝固を抑制する.APCが阻害されると血栓傾向となり,APCレジスタンスであるFactor V Leiden変異を有する血友病では出血頻度が少ない事から5),APCの選択的阻害も血友病の出血抑制に対して有効と考えられている.現在,APC特異的セルピン(SerpinPC)が開発され12),血友病マウスにおいて止血の改善が得られた結果を受けて,静脈投与と皮下投与両方での臨床試験が始まっている.また,APCを阻害する特異的モノクローナル抗体も研究が行われている13).
d)プロテインS阻害製剤PSはAPC及びTFPIの補酵素であり,活性低下により血栓傾向となる.血友病に対して出血抑制治療のターゲットとなり得ると考えられ,血友病マウスにおいて,PS産生を阻害するsiRNA製剤の投与による出血抑制効果が認められている3).ヒトへの応用が可能かどうかはまだ不明である.
Non-factor製剤は,インヒビターの有無を問わず出血を抑制し,皮下投与が可能なため注射の負担軽減が期待される.しかしながら,これらはすべて定期投与による出血予防薬としての位置づけであり,破綻出血を起こした場合や観血的処置時,外傷,高度の身体負荷時などに凝固因子製剤補充の必要性が生じる.いずれの製剤も,どの程度の身体負荷や観血的処置および外傷が許容できるかの客観的指標が無く,その評価は今後の課題である.
Non-factor製剤を使用中の血友病患者では,血液が血栓傾向に補正されているため,凝固因子製剤を追加投与する際には血栓症の発生が懸念される.実際エミシズマブでは,インヒビター保有患者を対象としたHAVEN1試験において,出血症状に対して活性化プロトロンビン複合体製剤(activated prothrombin complex concentrate: APCC)を投与された患者で,3例の血栓性微小血管症(thrombotic micro-angiopathy: TMA)と2例の血栓性イベント(類洞血栓症,血栓性静脈炎)を認めた4, 5, 7).これらの症例は比較的高用量のAPCCが投与されており,遺伝子組み換え活性型第VII因子製剤(rFVIIa)を使用した場合には血栓症の有害事象が無かったことから,バイパス製剤による止血治療には最低用量のrFVIIaの使用が推奨されている5, 7).Concizumabも3名で致死的ではない血栓症が発生し臨床試験が一時中断されたが,安全対策のガイドラインを整備したうえで試験を再開した事が2020年8月にプレスリリースされた.また,Fitusiranでは,第II相試験の延長試験中に,インヒビターの無い血友病A患者において,1名で第VIII因子製剤を併用した際に副鼻腔静脈血栓症が発症し,これが起因となり死亡している.このため,この臨床試験も一時中断されたが,in vitroでのトロンビン生成試験に基づき,出血時の凝固因子製剤使用に関するガイドラインが作成され試験が再開された5).それぞれの製剤において血栓症予防のガイドラインが作成されているが,血栓症発症の懸念が完全に払拭されているわけではないため,投与においては常に注意が必要である.
また,non-factor製剤を使用する際にはモニタリングの問題も生じる14).non-factor製剤の止血能がどの程度の凝固因子活性に相当するのかを評価するために,トロンビン生成,凝固波形,トロンボエラストグラムなどの包括的な止血機能検査が検討されているが,これらの検査で一般的に利用できるものはない.凝固第VIII因子機能代替二重特異性抗体は,臨床的な投与量以下の血漿中濃度でも凝固一段法によるAPTTが正常化される為に,それを用いた止血系の検査は実際の臨床的な止血機能を反映しない.エミシズマブでは,ウシ凝固因子を用いた合成基質法による第VIII因子活性およびインヒビター力価の測定は可能であるが7),日本で保険収載されている合成基質法では使われていない.抗エミシズマブ抗体で中和する事により第VIII因子活性およびインヒビター力価の測定が可能ではあるが7),迅速な結果は得られない.TFPIの血中濃度測定は不可能ではないが,抗TFPI抗体製剤がこのアッセイにどのように影響するのかはまだ不明である.またTFPIの血中濃度と止血効果との関連も明らかではない.Fitusiranでは,AT値を測定する事でAT産生抑制効果の確認は可能であるが,実際の止血効果や血栓症リスクを判断する事は難しい.モニタリングに関しては,このような解決すべき課題が数多く残されている.
さらに,インヒビター保有例においてはnon-factor製剤が優先して適用されると考えられるが,インヒビターを消失させるための免疫寛容導入療法を,どのような位置づけで行っていくかも未解決の問題である.
Non-factor製剤は,皮下投与が可能で,凝固因子製剤の投与に必要な血管確保の問題から解放される.また,止血効果が凝固因子製剤のように急激に上下する事も無く,持続的に一定して効果を発揮する.このためnon-factor製剤は,血管確保の難しい乳幼児期の早期から導入する事を可能とし,頭蓋内出血などの重篤な出血をより予防できる可能性がある.また,凝固因子製剤による定期補充療法をすでに行われている患者でも,頻回の静脈注射によるQOL低下を改善できる.インヒビター患者においては,劇的にABRを低下させる可能性も高く,QOLの大きな改善につながるかもしれない.非臨床では新規のnon-factor製剤もいくつか研究されており,今後さらに選択肢が増えていくものと思われる.Non-factor製剤は血友病患者のQOLを改善する為の治療選択肢の一つであるが,多くの未解決である課題の解決が発展には重要であると思われる.今後の展開に期待したい.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし.