Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Topics in Hemophilia Treatment
Hemophilia carrier
Yasuharu NISHIDA
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2021 Volume 32 Issue 1 Pages 33-41

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Abstract

近年の血友病診療の進歩は著しい.凝固因子製剤の普及以前は,成書でも血友病患者は成人まで存命するのは稀とあったのが,今や年間出血ゼロの患者も多くみられ,平均余命も健常者と変わらなくなりつつある.一方で,保因者の状況は身体的にも精神的にも放置されたままであった.しかし,近年になってそういった危機感は世界的にもようやく高まりつつある.本邦では,血友病関連の多くの成書で保因者ケアに関する項目は欠かせなくなった.従来は,遺伝学的用語である「保因者」に対する解説はあったものの,ケアにまで踏み込んだものは少なかった.また,保因者問題の啓発のための機会や資材も増えつつある.医療者の関心の高まりにより,保因者も血友病包括的医療の対象であるという意識が芽生えつつある.保因者ケアが包括医療の一環として取り組まれることは,保因者の健康関連QOLの向上のみならず,新たに生まれてくる血友病患者の命をも救う.

1.はじめに

血友病保因者の存在は紀元2世紀末にはすでに知られていたと思われる.ユダヤ教の聖典バビロニア・タルムードの記載では,「最初の男子が割礼の出血により死亡し,第2子も同様であれば,第3子の割礼は行ってはならない」と,男性の遺伝性出血性素因についての記述がみられる1.そしてその母親はそれ以後の男子出生に際して父親が異なっても同様の配慮が必要と説いており,1800年以上前に女性を介して伝わる家族性の致死的出血性素因に気づいていた2.また,血友病は19世紀の英国王朝を中心にヨーロッパに広がり,The Royal Diseaseと称されていた.ヴィクトリア女王の9名の子供(男4名,女5名)のうちレオポルドは血友病患者であった.また2人の皇女を通して血友病がロシア,スペイン,ドイツなどの王室や貴族にも伝わったことより,女王は保因者であったと考えられる.しかし,ヴィクトリアの家系にはそれまで血友病は出ておらず,突然変異で女王が保因者になったと推測されている.ヴィクトリア女王の孫にあたるアレキサンドラはロシア皇帝ニコライ2世妃となり,後に革命で一家惨殺される.彼女の1男4女のうちアレクセイ皇太子は血友病であり,彼の出血症状は皇帝夫妻の苦悩の種であった.王室内の苦悩にロシア社会の混乱が相まった結果,革命が起り300年続いたロマノフ王朝は崩壊した.近年,ニコライ2世一家の遺骨が発見され,2009年にはアレクセイ皇太子が血友病BであったことがDNA鑑定の結果により判明した.それのみならず,生存説により数々のドラマの題材となった四女アナスタシアの遺骨も発見され,保因者であったことまでが明らかにされた.ドラマを生んできた血友病保因者たちはヨーロッパ近代史において隠れた役割を担ってきたと言える.

血友病とは,X染色体の第VIII因子あるいは第IX因子の遺伝子変異を病因とする出血性疾患である.X連鎖劣性遺伝形式をとり,患者はほとんどが男性であり,女性患者は病因遺伝子のホモ接合体など希少な存在とされてきた.そして血友病保因者とは,2本のX染色体(対立遺伝子)のうち1本に病因遺伝子変異をもつ女性と定義される.保因者の第VIIIあるいは第IX因子活性は50~60%あたりにピークを持つ正規分布を示すとされているが個人差が大きい(図1).国内外においても保因者の登録は進んでいないため明らかでないことが多いが,World Federation of Hemophilia(WFH)は,保因者女性は男性血友病患者の1.6から5倍存在し,彼女らの20%は第VIII(IX)因子活性が30%以下と想定している3.米国のKasperが自施設の過去からの血友病患者1,858人の家族歴を洗い出したところ,100人の患者あたり277人が保因者の可能性があり,156人が真の保因者であったと報告している4.しかし,家族歴から追跡できる保因者には限りがあるので真の保因者数は不明である.

図1

血友病保因者の因子活性

Osooli M, et al: Haemophilia 2019.より.

保因者という呼称は遺伝学的呼称であり臨床的呼称ではない.その呼称のために出血傾向を認める多くの保因者が医療に繋がりにくいという現実を見据えて,出血傾向のある保因者つまり症候性保因者を「女性血友病」と捉えていこうという働きかけが欧米では出てきている.保因者は血友病患者よりも多いために,血友病男性に匹敵する数の保因者が何らかの出血傾向を抱えていると推測されるが医療が届いているとはいえないようである5.日本においては「女性血友病」の範疇に因子活性が低い保因者も含むべきなのか否かの議論は進んでいない.厚生労働省委託事業の「血液凝固異常症全国調査」令和元年度報告書には女性血友病Aが54人,女性血友病Bが25人と報告されているが,報告に際しての女性血友病の定義はない6

血友病保因者の現状把握は進んでおらず,医療側から保因者への啓発活動も従来は乏しかった.医療従事者をも含めた周囲の無理解により,多くの保因者は精神的・身体的不利益を被ってきた.近年,そういった不利益の再認識が世界的にも保因者への取り組みを促進させている.我々にとっても保因者の健康関連QOL(HR-QOL)の向上を目指した取り組みは喫緊の課題である7

2.保因者の現況

WFHは,多くの保因者は凝固因子活性値が低い傾向にあるのみならず,実生活において異常出血の経験があると警鐘を鳴らしている3.保因者は軽症血友病男性に見られる症状のみならず月経過多などの女性に特有の症状を経験する(表1).健常女性と比較して保因者女性は血友病患者にみられる関節症の頻度が高いことは,保因者も血友病と同様に血友病包括医療のもとで関節症状に注意を向けなければならないことを意味している8.そのような保因者の不慮の事故時や大手術時には血友病と同様に止血管理への配慮が必要である.しかし多くの医療者は,保因者も出血傾向があるという認識が欠如しており,十分な止血管理が行き届いていない.カナダでは,保因者が被った医療現場における無理解を論文で紹介もしている9.また,出血傾向は本人でさえ気づかない場合や気づいていても我慢して訴えられない場合も多く,保因者問題啓発の第一人者である米国のKulkarniは彼女らを静かな“She-mophilia”(血友病を表すHemophiliaに対して)と呼んで注意喚起しておられる.

表1 血友病保因者の出血と頻度
出血の種類 割合
月経過多 23~50%
産後出血 22~43%
青あざ 19~67%
術後 28~69%
鼻出血 8~43%
抜歯後出血 21~77%
関節内出血 8%

以下の複数の報告から筆者作成.Sharathkumar A et al. Haemophilia. 2009. Miesbach W et al. Haemophilia. 2011. Plug I et al. Blood. 2006. Mauser Bunschoten EP et al. Thromb Haemost. 1988.より改変.

一方,精神的側面から見ると,多くの保因者はHR-QOLの低下に苦しめられている.つまり,遺伝病を抱えているという後ろめたさ(stigma)に苛まれ,そういった悩みを相談できる窓口が乏しい.また,過多月経などによる慢性的な鉄欠乏性貧血は精神的にも影響を及ぼす.加えて,自らの将来に対して漠然とした不安を抱えるも,その解決の機会を持ち合わせていないことが多い.多くの場合,彼女たちの血友病に対する知識は,父・叔父・兄弟など過去の血友病に対する認識で止まっている.よって,自身が将来に出産する可能性がある血友病児が被ると思い過ごしている重篤な関節障害,ウイルス感染症,出血による生命危機などへの恐れが,前時代の認識のままに放置されている.彼女たちの適切な将来設計のために現在の血友病環境の認識を共有する場が必要である.

3.保因者診断と保因者健診

保因者診断としては,①家族歴,②凝血学的方法,③遺伝子解析が行われている.家族歴で確定保因者(obligate carrier)と推定保因者(possible carrier)を判断することが出来る(表2).推定保因者の場合は,真の保因者であるかどうかは検査によって保因者診断が可能な場合がある.凝血学的方法とは,前述のように保因者であっても因子活性は低いことから推測する方法である.Zimmermanらは第VIII因子活性とVIII因子と複合体を形成するVWF抗原量を測定して,血友病A保因者検索を行った10.第VIII因子活性とVWF抗原量の比を求めることにより,第VIII因子活性のみを測定するよりも診断確度が上がることを示唆した.しかし,個人差が非常に大きいためにこの方法で診断することは現在では推奨されていないが,出血リスクに備えるための凝固因子活性測定は重要である11.確定保因者44名の凝血学的検査結果の自験例を表に示す.軽症血友病に分類される因子活性40%以下の確定保因者はAとBを合わせて27.3%にも及んだ(表3).ABともに平均因子活性は低いものの,第VIII因子活性が100%を超えているのは4例見受けられ,因子活性が高いからと言って保因者の可能性を否定できない.第VIII因子活性/VWF抗原比も保因者の比は0.6より小さくなると考えられている12ものの0.6未満の例は68.4%にとどまった.凝血学的検査による真の保因者であるか否かの推定は,極度に因子活性や比が低い例は保因者である可能性が高いと言えるかもしれないが,凝血学的手法のみで保因者診断をするのは危険である.よって,凝血学的検査は保因者診断目的よりも出血に対しての気持ちの備えとして意義があると考えられる.

表2 家族歴からの確定保因者と推定保因者
確定保因者 ①血友病の父親を持つ女性
②2人以上の血友病患児を出産した女性
③1人の血友病患児を出産し,かつ母方家系に確実な血友病患者のいる女性
推定保因者 ①母方家系に血友病患者がいるが,血友病患児の出産歴のない女性
②1人の血友病患児を出産したが,家系内には他に血友病患者がいない女性
③兄弟に血友病患者がいる女性
表3 血友病確定保因者の凝血学的検査結果(自験データ)
血友病A確定保因者(n=38) 血友病B確定保因者(n=6)
平均因子活性* 59.8% 42.1%
最大因子活性* 172.8% 60.4%
最小因子活性* 18.3% 18.5%
因子活性*<40% 10/38(26.3%) 2/6(33.3%)
VIII因子活性/VWF抗原比
平均 0.50
<0.6 26/38(68.4%)

* 血友病A保因者,B保因者の各々,凝固一段法による第VIII因子活性,第IX因子活性を示す.

一方で,遺伝子解析は推定保因者の一対の責任遺伝子中に病因遺伝子変異の存在を確認するものである.まずは患者の病因遺伝子変異を同定し,その後に保因者診断を希望する推定保因者が患者と同じ変異を持っているかを調べる検査である.患者と推定保因者の病因遺伝子変異を直接同定することから確定診断となる.しかし,遺伝子解析にても変異が検出されない場合もあり得ることから,「保因者ではない」という絶対的な判定にはならない12.そのように多くは家系内患者の協力が必要であり,時間と費用を要し,限られた施設のみでしか施行できない.そのために国内では必ずしも普及しているとはいえず,今後の課題である.

日常的な診療現場で,医療従事者からの患者家族である保因者への支援は大切である.筆者は保因者がカルテを作成し受診し,精神的・身体的支援を受ける機会を「保因者健診」と呼んで提唱している(図2).「保因者診断」は確定保因者には不要であるが,「保因者健診」は確定・推定保因者ともに重要である.前述のKasper報告でも,すべての保因者の可能性がある女性は,カウンセリングや検査が必要であるとしている4.自施設にて2020年10月時点で「保因者健診」として受け入れた保因者は82名で,内訳は確定保因者45名,推定保因者37名であり両者に数の上で大きな偏りはなかった.その目的は,自覚の有無にかかわらず彼女らの身体的・精神的損失を見つけ出し,検査と啓発によってHR-QOLの向上を目指すことである.保因者健診で初めて因子活性の低さや鉄欠乏性貧血に保因者自身が気付き,保因者も出血傾向があることを認識されることも稀ではない.また,現在の血友病の治療環境を知ることによって,婚姻や挙児を含めて人生設計を見直されることも少なくない.世の中の数多くの家族歴がない保因者とは接触が不可能だが,家族歴から判断できる確定・推定保因者には医療者から手を差し伸べることが可能である.

図2

保因者診断・健診・支援の関係

4.保因者健診の要点

筆者らは保因者の掘り起こしを家族歴の取り直しから始め,彼女らへの啓発を「保因者健診」という形で始めた.我々の手順を参考のために紹介する.

①家族歴聴取は初診時のみであり,推定・確定保因者の存在を確認するという視点を欠いている場合が多い.該当者がいれば,発端者である血友病患者自身に「保因者健診」の必要性を理解していただくことが不可欠である.多くの発端者血友病患者はこの種の問題を家庭内で話題にするのを敬遠しがちであるが,必要性の理解がなければ保因者を「保因者健診」に繋いでいただけない.よって,最初の関門であり,繰り返し理解を求める必要がある.

②受診されれば,血友病保因者に関する認識の程度を確認し,月経過多などの出血傾向の有無や既往歴などを問診する.その認識度合いに応じて,血友病に関する遺伝的背景,保因者の出血傾向等を啓発用の小冊子13等を用いて説明する.理解の程度は様々であるので,個々に照らす必要がある.また,自身の出血傾向を過小評価しておられることが多く,具体的な質問によってはじめて出血傾向が確認されることも多い.

③検査の種類とその意味合いを説明する.VWFおよび第VIII因子活性は血液型O型の場合は20%程度低く測定される14ため血液型の確認も血友病A保因者の場合は必要である.また,無自覚でも鉄欠乏性貧血の可能性もあるので確認が必要である.保因者診断のための検査の誤解は多い.遺伝子検査を容易に捉えておられることや凝固因子検査で保因者診断が可能と考えておられることはよく見受けられる.

④出血傾向の有無にかかわらず,また年齢にかかわらず凝固因子検査を勧める.検査をいつ行うかに関しては頻出の質問であり,議論の余地があるかもしれない11.早期の検査の利点としては,将来における事故や外傷時の出血時に対して適切な備えが可能となるかもしれない.欠点としては,年少者に検査の判断を委ねることが可能かという疑問が残る.しかし,凝固因子検査に関しては,受検年齢への配慮は不必要かもしれない.出血傾向があれば,幼小児期でも行うべきだし,初潮前が望ましいとの考えもあり両親の判断を尊重する.そして保因者診断のための遺伝子検査の具体的な方法も推定保因者には紹介する.しかし,凝固因子検査と異なり遺伝子検査は受検者自身の判断が可能な年齢まで待つのが適切と考えられている11, 15.いずれにせよ,推定保因者の健診の過程で,保因者診断を望まれるか否かは推定保因者の思いを尊重しなければならない.

⑤将来に妊娠・出産の可能性や意向があれば,留意点を説明する16, 17.強調しておかなければならないのは,産科医と血友病専門医とが連携をとることと,男児であれば吸引・鉗子分娩を避けることの重要性である.

⑥現在の血友病治療環境の進歩を前時代と対比させて解説する.健常者と差がなくなりつつある平均寿命,各種スポーツに関する制限がなくなりつつある現状など現在の血友病環境が一世代前とは変わっていることを説明する.

⑦小冊子以外に動画で啓発するヘモフィリア友の会全国ネットワーク・サイト内のアニメ「私と私の遺伝子」(http://hemophilia-japan.org/contents/library/2-2-1/2-2-1-1.html)やウェブセミナー内容をオンデマンドで配信している「血友病保因者健診への提唱」(http://www.hemophilia-st.jp/baxweb/)等を紹介し,次回受診時に疑問点があればお答えすることを伝えて,初回受診を終了する.しかし,それらの資材で小学生などの低年齢層に理解を高めるのは困難であった.それを克服するためにマンガを利用した啓発資材も利用できるようになった(https://smile-on.jp/hemophilia/hemophilia6_5.html).低年齢層への啓発は海外でも同様に苦慮していたようで,英語翻訳版は日本文化であるMANGAが低年齢層の血友病保因者の啓発に貢献するであろうと評価を受けている(https://www.ehc.eu/ehc-now-patient-education-taken-to-a-whole-new-level/).

⑧多くの場合で,初回は発端者血友病患者や家族と来院される.彼らへの遠慮やプライバシーのために多くを語られない傾向があるので,2回目は一人で受診されることを勧める.一人で来院されて初めて,家族に気兼ねなく彼女の血友病や社会に対する懸念や思いを知らされることも多い.2回目受診時は,検査結果を報告し質問を受付ける.凝固因子検査に関しては種々の要因によって変動しやすく,反復して測定することが好ましいことを伝える.

⑨必要に応じて凝固検査や相談はその後も反復する.求めがあれば,臨床心理士に繋ぐ.いったん保因者健診が終了してもカルテは存在し,いつでも新たな相談を受け入れる窓口が出来ている事を伝える.

以上が我々の保因者健診の流れである.最終的に彼女らが保因者健診を受けてよかったと感じていただければ,保因者健診の目的の過半を達したと考える.実務的には血友病あるいは疑い病名でカルテを作成して,保険診療として経済的負担を出来るだけ軽減することによって受診の敷居を下げる.以上から言えることは,保因者健診を行うに当たって,医療側の「対応する意志」以外に特別に用意しなければいけないものは何も無いということである.

5.保因者の周産期管理

保因者の出産に際しては,血友病専門医・産科医・小児科医が協働した母子への配慮が必要である.しかし,エビデンスに基づいた指針は極めて少ない.妊婦は妊娠中にさまざまな出血リスクがあるが,保因者妊婦の流産リスクが明らかに高いということはなく,妊娠22週以降における出血リスクも増大しないと報告されている18, 19.血友病A保因者の場合は妊娠から出産に向けてVIII因子活性が増加し,VIII因子製剤を必要とすることは稀である.しかし,血友病B保因者の場合はIX因子活性の増加は乏しく補充療法の必要な例も少なくない(図3).それらの増加した凝固因子も分娩後には元に復するために,分娩後異常出血の頻度が高いことに注意が必要である(表1).フランスからのコホート研究で1/3以上の保因者が周産期に止血異常を経験したがほとんどが後期分娩後異常出血(分娩後24時間から12週間の間に発生する異常出血)であったという報告は,産後の因子活性低下に合致する.特に帝王切開した場合と妊娠前の因子活性が40%以下であった保因者には注意が必要と警鐘を鳴らす20.また,新生児が血友病であった場合に,分娩時の頭蓋内出血のために死に至る,あるいは後遺症に悩まされる例は血友病医療の進歩した現在でも減少しているとはいえない.つまり,産科医も新生児を担当する医師も妊婦が保因者であることを知らされていないことが多い.そもそも妊婦に家族歴があっても保因者であるという認識が乏しく,無警戒に出産に臨んでいた例が多い.松尾らは血友病患者の母親を対象に行ったアンケ―ト調査で,確定保因者であるにもかかわらず半数は自身が保因者であることを知らされていなかったと警戒を促す21.出産時のトラブルによる合併症は,保因者自身と医療者の事前の備えによってリスク軽減が可能である.そういった気付きによって,今まで話題とすることを避けてきた血友病家族および血友病は男子の疾患で女子は無縁と捉えていた医療者を啓発していくことの重要性が認識されるようになってきた.

図3

保因者妊婦の因子活性の推移

血友病A保因者は出産時に向けてVIII因子活性は正常化する事が多い.血友病B保因者はIX因子活性増加の程度が少ない.Chi, C, et al. Haemophilia. 2008より引用.

日本血栓止血学会は血友病患者の治療のガイドラインは策定してきたが,保因者の周産期管理に関する記載はなかった.そこで,日本産婦人科・新生児血液学会と協働して,臨床的有用性を示す科学的根拠が乏しいなかでも,適切な血友病の周産期管理を目指した「エキスパートの意見に基づく血友病周産期管理指針2017年版」(http://www.jsognh.jp/common/files/society/2017/hemophilia_guideline_2017.pdf)が作成されて,オンラインで利用できる.最も大切なことのひとつは,事前に産科医と血友病専門医が連携しておき,分娩方法も保因者妊婦を交えてその短所・長所を勘案した上で決定していくことである.男児出産の場合で経膣分娩を選択された際は,可能な限り自然分娩とし,血友病新生児の頭蓋内出血を誘発する可能性のある吸引分娩や鉗子分娩は避けることが望まれる.それらの方策だけで,約4%前後と推測される血友病新生児の頭蓋内出血は激減することが知られている22.また,頭蓋内出血を回避するために選択的帝王切開分娩を強く推奨する考えが欧米では高まりつつあった23, 24.しかし,出血リスク軽減のための分娩方法に関して帝王切開と機械分娩を行わない経腟分娩とに差はないとの報告もあり25,未だ結論が出たとは言えない.いずれにせよ,保因者妊婦の理解と希望に配慮した選択が大切であると考える.母子にとって望ましいのは,院内での凝固因子活性測定が可能で,必要時の凝固因子製剤が常置してあることだが,それが可能でない施設での周産期管理を排除するものではない.いずれの環境下でもより安全な周産期管理のために,血友病専門医との連携が必要なのである.

6.おわりに - めざすべき保因者ケアの今後

血友病診療医と保因者への啓発が浸透し保因者ケアの機会が増えると,今までの見落としに気付く機会が増える.潜在化していた出血傾向に対する対応が求められるのだが,客観的に出血傾向を捉える仕組みが必要である.保因者の代表的な異常出血である月経過多でさえ,他者との比較が困難なために異常出血と認識していない保因者も少なくない.欧米ではナプキン・タンポンの使用状況をスコア化して月経過多診断の手段とするPictorial Blood Loss Assessment Chart(PBAC)が利用されており26,我が国でも日本に合ったPBAC検討がなされている.保因者の止血治療の中では,トラネキサム酸が近年見直されている.それは,出産前のたった1回の静脈投与で主に途上国における産後出血による妊婦死亡を30%減少させたという報告27による.それ以外にも,一部のフォンビルブランド病にも効果的なデスモプレシン,低因子活性例への凝固因子製剤などがある.個々に適した方法での保因者QOLの改善が望まれる.保因者の凝固因子活性測定が普及すれば,因子活性40%以下という血友病の範疇に入る保因者も確認数が増えて,凝固因子製剤使用の機会も増えると予想される.しかし,保因者におけるインヒビター発生の統計データはなく,凝固因子製剤使用は慎重で最小限であるべきだし,今後の前向きなデータ蓄積・共有が求められる.一方で,インヒビター発生の懸念なく,安価で鼻腔粘膜投与が可能な高用量デスモプレシン・スプレーは軽症血友病Aでの適応が諸外国では承認されている.血友病保因者の出血傾向,特に過多月経には高用量デスモプレシン・スプレーは簡便で携帯が可能な対処方法と考えられる.しかし,日本では未承認であることは解決されなければならない課題の一つである.

欧米先進諸国の血友病センターでは遺伝カウンセリングの存在なしには,確立された血友病包括医療とは言えないとされており,日本血栓止血学会が発行するガイドラインでも血友病診療体制のセンター病院の基準として「血友病患者のカウンセリングの経験を有する遺伝カウンセラーを1人以上配置する」となっている.しかし,現実とは大きく乖離していると認めざるを得ず,各々の医療者がカウンセリングマインドをもって保因者に寄り添う必要がある.

保因者を含めた先天性止血異常症女性への取り組みの必要性は諸外国においても認識が広がりつつあり28,WFHや欧州血友病コンソーシアム(European Haemophilia Consortium: EHC)でも様々な啓発・提唱プロジェクトが立ち上がっている.そこで気付くのは,当然とも言えるが彼女らの抱えるHR-QOL低下の要因は世界共通だということである.保因者が身体的困難および精神的呪縛から開放され,21世紀の血友病医療環境の正しい認識の下で自身の将来設定の門戸を広げられることが,世界中の関係者が目指す保因者ケアの最終目標と言える.

著者の利益相反(COI)の開示:

講演料・原稿料など(バイエル薬品(株)),臨床研究(治験)(中外製薬,オクトファーマ社)

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