2021 Volume 32 Issue 1 Pages 42-45
活性型第IX因子(FIXa)と活性型第VIII因子(FVIIIa)からなる複合体は内因系テンナーゼと呼ばれ,第X因子(FX)の活性化を促進することでトロンビン形成を高める1).内因系テンナーゼは,その欠損が重篤な出血を引き起こすことから,止血において重要な機能を果たしている.現在の血液凝固反応のスキームによると,FIXaはtissue factor(TF)と活性型第VII因子(FVIIa)の複合体(TF-FVIIa)によってFIXが活性化されることで生じる2).一方,FVIIIaについてはその形成メカニズムが明確でない.最近我々は,TF-FVIIaによって生成した活性型第X因子(FXa)が,TF-FVIIaに結合した状態でFVIIIを活性化するという新たな活性化メカニズムを発見した3).本稿では,内因系テンナーゼの新たな形成メカニズム,特にFVIIIの活性化における外因系凝固の機能について紹介する.
先ず我々は,マウス血栓モデルを用いて内因系凝固依存性の血栓形成における外因系凝固の機能を明らかにした.血管傷害によって誘発されるフィブリン血栓(図1A)は,内因系凝固を阻害する抗第XI因子(FXI)抗体の投与によってその形成が抑制されるが,単独では無効な低容量の抗FXI抗体と抗TF抗体の同時投与によっても抑制された.さらに,両抗体の投与による抑制はFVIIIaの投与によって回避された(図1B).一方,FVIIIの投与では回避されなかった(図1C).これらの結果から,外因系凝固は生体内ではFVIIIの活性化を通して,内因系凝固による血栓形成を促進させていると考えられた.
マウス血栓モデルでの外因系凝固によるFVIIIの活性化とフィブリン血栓
フィブリン血栓は,マウス大腿静脈をFeCl3によって傷害して形成させた後,蛍光標識した抗フィブリン抗体を用いて可視化した.図中の矢印は,傷害後15分の時点におけるフィブリン血栓を示す.A.Controlマウスでのフィブリン血栓.B.抗FXI抗体(65 ng/g体重)と抗TF抗体(9 μg/g体重)を同時に投与した後,ヒトFVIIIa(8.5 pmoles)を投与したマウスにおけるフィブリン血栓を示す.C.Bと同じ条件でヒトFVIIIを投与したマウスにおけるフィブリン血栓を示す.参考文献3より引用,一部改変.
次に,外因系凝固によるFVIIIの活性化においてトロンビンが関与するかどうかをin vitroの凝固試験を用いて検証した.トロンビン産生試験において,低濃度のTFとFIXaを同時に血漿へ添加すると内因系テンナーゼの形成を介してトロンビン産生が促進されるが,その産生はトロンビンのexosite Iに結合してFVIIIの活性化を阻害するhirugen添加によって抑制されなかった.トロンビン非依存性のFVIIIの活性化は,凝固因子(TF,FVIIa,FIXa,FVIII,FX,第V因子(FV),プロトロンビン)を含む再構成の凝固試験でも確認された.実際に,トロンビン活性を阻害するdansylarginine-N-(3-ethyl-1,5-pentanediyl)amide(DAPA)の存在下において,FXaの形成量を指標にした内因系テンナーゼの活性量は低下しなかった.一方,FXa活性を阻害するtick anticoagulant peptide(TAP)はFVIIIaの形成を抑制した.従って,外因系凝固によるFVIIIの活性化はFXaによって惹起されていると考えられた.TF-FVIIaによって生成したFXaは活性型FV(FVa)へ結合してプロトロンビナーゼ複合体を形成する1, 2).精製したFXaによるFVIIIの活性化がFVaの添加によって阻害された事から,遊離型のFXaとは異なる別のFXa分子がFVIIIの活性化に関与している可能性が考えられた.
TF-FVIIaによって生成したFXaは,TF-FVIIaからの解離速度が遅いために,一過性ではあるが,TF-FVIIaに結合した状態でとどまる4).近年,TF-FVIIaに結合したFXaが,細胞膜レセプターであるprotease- activated receptor 2を活性化することが報告されたことから,FXa-TF-FVIIa複合体中のFXaのプロテアーゼ機能が注目されている5).Nematode anticoagulant protein(NAP)c2はFXaへの結合を介してTF-FVIIa活性を阻害するが,TF経路インヒビター(TFPI)とは異なりFXaの活性を阻害しない6).我々は,このNAPc2の性質を利用してFXa活性を保持した状態でTF-iFVIIa(inactive FVIIa)へ結合させた複合体を作製した.そして,FXa-TF-iFVIIa複合体がFVIIIを活性化する事で内因系テンナーゼによるトロンビン形成を促進させることを見出した(図2AとB).FXa-TF-FVIIa複合体によるFVIIIの活性化は,NAPc2非存在下でも安定な複合体を形成するFVIIa変異体(Glu154をAlaに変換)7)を用いた試験においても再現された.複合体型のFXaは遊離型のFXaとは異なる性質を有している.遊離型のFXaはFVIIIとFVの両方を活性化するが,複合体型のFXaはFVを活性化しない(図2A).また外因系凝固によるFVIIIの活性化は,遊離型のFXaに対する生理的な阻害因子であるTFPI/protein S及びantithrombin/pentasaccharide(未発表データ)によって抑制されない.詳細な分子機序は明らかでないが,複合体型のFXaは遊離型とは異なる立体構造を有し,基質や阻害因子に対する結合部位(exosite)を失っている可能性が考えられる.
TF-FVIIa複合体に結合したFXaによるFVIIIの活性化と内因系テンナーゼの形成
A.TF-FVIIa複合体に結合したFXaによるFVIIIとFVの活性化.FVIII及びFVの活性化は,TF(400 pM),不活化FVIIa(iFVIIa, 500 pM),nematode anticoagulant protein c2(NAPc2,40 nM),トロンビン阻害剤hirudin(200 nM)の存在下で,FXa(200 pM)をFVIII(700 pM)及びFV(3 nM)と37°Cで1分間反応させる事で調べた.FVIIIとFVの活性化は,活性後に生じる断片を抗体を用いたwestern blottingによって分析した.B.TF-FVIIa複合体に結合したFXaによる内因系テンナーゼの形成.内因系テンナーゼの形成は,FXa,TF,iFVIIaの混合物をNAPc2あるいはTFPI(FXa活性を阻害)と予め反応させてFXa-TF-iFVIIaの複合体を作製した後,その複合体をFIXa(20 pM)とともにFVIIの欠乏血漿に添加して,37°Cで8分間反応させて生じるトロンビンを定量する事で調べた.群間の有意差検定はANOVA/Tukey試験によって行った.参考文献3より引用,一部改変.
我々は,今回の研究成果をもとに外因系凝固の開始からトロンビン形成に至る凝固経路について新たなスキームを提案した(図3).その中で,FVIIIはFXa-TF-FVIIa複合体によって活性化され,一方FVは複合体から遊離したFXaによって活性化される8).現在,FXaをターゲットにしたdirect oral anticoagulants(DOACs)が脳梗塞などの治療で広く使用されている9).この薬は副作用の少ない安全な薬として認識されている一方で,高齢者を中心にして過剰な出血を引き起こす患者が依然存在している.今後,DOACsと止血機構にポイントを絞った詳細な研究が実施され,その中でFXa-TF-FVIIa複合体を介して形成される内因系テンナーゼの止血機能が明確になれば,止血機能を十分に保持した効果的な抗凝固療法の実現への道が開くと期待する.
外因系凝固の開始からトロンビン形成に至る凝固経路に関する新たなスキームの提案
新たなスキームの中では,FXa-TF-FVIIa複合体がFVIIIを活性化し,一方FVはFXa-TF-FVIIa複合体から遊離したFXaによって活性化される.またTFPIはFXaによるFVの活性化を阻害するが,FXa-TF-FVIIa複合体によるFVIIIの活性化を阻害しない.参考文献3より引用,一部改変.
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