2021 Volume 32 Issue 1 Pages 46-50
新型コロナウィルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2: SARS-CoV-2)感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)では,他のウィルスあるいは細菌感染時に比し血栓症が多く発症することが知られている.基盤となる病態として,高度の血管内皮傷害やサイトカインストームが示唆されており,これに伴う内皮細胞の抗血栓性(図1)から向血栓性(図2)への形質変化,さらには急性相タンパク質であるフィブリノゲンやplasminogen activator inhibitor type 1(PAI-1)等の血中濃度の増加等が関わるらしい.またCOVID-19の病態の悪化にも血栓症が関わる可能性がある.本論文では,これらの病態における線維素溶解(線溶)系の関与を議論する.
正常血管内皮細胞が関わる止血血栓の安定化と不要フィブリンの分解
ACE2: angiotensin converting enzyme 2, AngII: angiotensin II, Ang1-7: angiotensin 1-7, TAFI: thrombin activatable fibrinolysis inhibitor.
SARS-CoV-2感染に伴う内皮細胞傷害と血栓形成
ACE2を介したSARS-CoV-2の感染に伴い内皮は傷害され,接着因子,TF,PAI-1等の発現やvWFの分泌が亢進し,抗血栓性を失い向血栓性となる.高フィブリノゲン血症により過剰な血栓が生成され,その分解に伴いD-dimer値も高くなる.サイトカインストーム等により血中PAI-1が増加すると線溶活性発現能が低下し,微小血栓が残存することによる臓器障害につながる.
SARS-CoV-2はangiotensin converting enzyme 2(ACE2)にspike proteinの結合を介して感染する.血管内皮細胞もACE2を発現しており,細胞内に感染したウィルスの存在も示されている1).感染血管内皮の傷害は高度で細胞膜の破壊等が認められ,肺胞の毛細血管ではインフルエンザ肺炎に比べ9倍もの微小血栓形成や,特徴ある嵌入性血管新生象も剖検例で報告されている2).血栓症は深部静脈血栓症(deep vein thrombosis: DVT),肺血栓塞栓症(pulmonary embolism: PE)の他に動脈血栓症も発症する.PEに関しても末梢の静脈血栓による塞栓と異なり,肺動脈末梢から近位側に伸びた様な特異病理象を呈する3).これは肺胞の毛細血管やその前後の微小血管にも血栓による閉塞が認められる特異な所見2)とも一致する.まさしく血管内皮の炎症部位に生じた血栓であり通常のDVT/PEとは病態が異なる.敗血症例ではSequential (Sepsis-Related) Organ Failure Assessment(SOFA)スコアの高いDICを呈することも他の感染症同様報告されている4).
感染そのものによる内皮傷害の他にSARS-CoV-2特有の機構も加わる.
一つ目はACE2に関わる機構である.ACE2はSARS-CoV-2感染によりその発現あるいは活性が低下することが報告されている5).ACE-2の生理機能は主にはangiotensin II(AngII)をangiotensin 1-7(Ang1-7)に分解することであり,Ang1-7はAngIIの平滑筋収縮作用や炎症や血栓形成に関わる血管内皮機能傷害に拮抗する作用を有する.ACE2活性低下に伴うAngII/Ang1-7の平衡の破綻が血管炎や血栓症の発症5),腎機能障害6),あるいは強度の血管新生等に関わる可能性がある.
二つ目はサイトカインストームが関わる機構である.SARS-CoV-2感染及び傷害血管内皮への白血球の接着・活性化に伴うサイトカインの放出と炎症反応の増幅はCOVID-19で顕著に認められ,血中IL-6,フィブリノゲン,PAI-1の増加が報告されている.いずれも血管炎や血栓症の増悪に寄与する.ACE2機能低下による血管炎では,血管透過性が亢進し炎症を増幅することも知られ,COVID-19に特徴的と考えられる7).
線溶系の基本原理は,フィブリンが生成されると迅速に活性化されこれを溶解することにある.過凝固状態で播種性に血栓(フィブリン)が形成されればその分解産物であるFDP,D-dimerの血中濃度が増加するのは極めて自然な現象である.これを制御するのがPAI-1,α2プラスミンインヒビターとトロンビン活性化線溶阻害因子(thrombin activatable fibrinolysis inhibitor: TAFI)である8).PAI-1は組織型プラスミノゲンアクチベータと高分子複合体を形成して不活性化し,フィブリン生成時に発現するプラスミノゲン活性化能(線溶活性発現ポテンシャル)を制御する.したがって高PAI-1血症は不要血栓形成時に即時に溶解するポテンシャルが低下し,血栓症の発症や微小血栓による臓器障害につながることになる.一方TAFIはトロンボモジュリン(thrombomodulin: TM)結合トロンビンにより活性化され,効率的な線溶に必須のフィブリンC末端リジンを切除しプラスミノゲン活性化とフィブリン分解を抑制する.α2PIとともに止血血栓の安定化に寄与する.
1)PAI-1増加と線溶抑制PAI-1は急性相タンパク質として感染に伴い血中濃度が増えることから,COVID-19でも高PAI-1血症が報告されている9).IL-6の下流で変動することが示され,血管内皮傷害の一因ともされる10).PAI-1はAngII/Ang1-7比の変動の影響も受ける.AngIIはAT1受容体を介してPAI-1発現を増強し11),Ang1-7がこれに拮抗する12).ACE2発現低下に伴うAng1-7の減少とAngIIの増加はPAI-1濃度の増加にも関わる可能性がある.
PAI-1はICU入室患者で高値を示すという報告13)や,予後と関連することがCOVID-19でも報告されている9).またCOVID-19では,肥満,高齢者,男性,心血管疾患等,いくつかの症状増悪因子が知られているが,興味深いことにこれらの多くがPAI-1の遺伝子発現を増強し血栓症発症の原因となる因子と重なる14).
感染症時のPAI-1値が症状増悪や予後因子となることは髄膜炎菌の感染例でも報告されている15).PAI-1発現調節領域の4G/5G遺伝子多型により,PAI-1の血中濃度と予後が影響されるというもので,PAI-1発現が亢進する4G/4G型では4G/5Gあるいは5G/5G型に比し,死亡率が有意に高かった(9/25 vs 5/67,相対危険度4.8,London cohort).PAI-1はCOVID-19でも病態悪化の主要なプレーヤーである可能性があり,この様な観点から症例をfollowする必要がある.
2)TAFITAFIの活性化にはトロンビン産生とTMが必要である.TMは内皮細胞の他に血小板でも発現するがTAFIの活性化には主に正常内皮細胞上のTMと血漿中可溶性TMが関わる.TM/TAFI系の機能は線溶阻害というより,その結果得られる血栓の安定化である.抗凝固,抗炎症というTMの他の機能と連関して,フィブリン形成に伴う炎症反応を抑制すると考える方が合理的である.事実活性化TAFI(TAFIa)はブラジキニンや補体のC3a,C5aを不活性化して炎症を抑える.生理的には血管傷害部位と正常内皮の境界部位で機能し止血血栓を安定化し炎症を鎮静化する機構が想定される.
実際の炎症時のTAFIの動態に関してはまだ不明な点が多い.COVID-19ではTAFIが一旦活性化された後不活化されたTAFIai値が高値を示し,生体内でその活性化が亢進している可能性が示された13).血管内でのトロンビン産生が亢進している病態では予想される反応である.応答性の活性化が病態の改善に足りているのか,活性化に充分量のTMが内皮上に残っているのか,逆にTAFI系の活性化による線溶抑制で微小血栓の溶解が妨げられ病態の悪化に寄与しているのか,等々今後明らかにすべき課題であろう.
3)Plasmin(ogen)によるSARS-CoV-2スパイクプロテイン切断SARS-CoV-2のACE2への結合及び感染に関わるスパイクプロテインに682RRAR/S686のフリン切断配列を有し,transmembrane protease serine 2(TMPRSS2)による切断で結合能が増強する16).同部位はカテプシン,カリクレイン,プラスミン等によっても切断され細胞内への浸潤能が高まる.肺胞内でプラスミノゲン量の増加が示され,ウロキナーゼ型PAにより生成されるプラスミンによる本機構の関与が推測されているが,血管内皮においてどの程度病態に寄与するかは不明である.しかし種々の原因による線溶活性の過剰発現の際には感染増強やそれに伴う病態の悪化に寄与する可能性は十分ある.プラスミン阻害薬であるnafamostat mesylateやcamostat mesylateは,これらの活性を阻害しSARS-CoV-2の細胞内への浸潤を抑制する17).本邦で実施されたアンケート結果でも多く使用されていたが,DIC治療という意味での使用と推察される.臨床症例におけるその効果はまだ確立されていない.
4)D-dimerCOVID-19ではD-dimerの増加はよく知られ,重症化の重要なマーカーである.多くは血管内皮傷害に伴う播種性の微小血栓形成と応答性の線溶反応の結果と考えられる.特にCOVID-19ではしばしば高フィブリノゲン血症を呈することから血栓量も多くなり,D-dimer量も増える.その他,剖検例の肺では毛細血管内腔の多発血栓と共に肺胞内や間質のフィブリン形成も認められ2),その溶解によるD-dimerの増加も血中濃度の増加に寄与する可能性がある.
COVID-19患者のD-dimer値を生存例と非生存例で比較すると,生存例では一過性の若干の増加後低下するのに対し,非生存例では増加が遷延し正常上限の40~50倍を示した18).血栓が多発し高値が継続することの他に,多くの重症症例で併発する播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation: DIC)の影響が考えられる.
5)DICCOVID-19では血管炎に伴う微小血栓の多発に伴い,重症例の多くがDICを発症する4).特に敗血症例に多く,SOFAスコアが高くPAI-1増加に伴う線溶抑制を示すDICを併発する.臓器障害は肺と腎臓が多いが,肝臓の微小血栓の報告は多くない19).腎臓の微小血栓は多く報告され,これにもACE2活性低下に伴うAng1-7に対するAngIIの相対的増加が関わるとされる.腎不全患者の人工透析中の回路閉塞も報告されている19).一方DICにおける出血は多くないようである4).
COVID-19の血管炎,微小血栓形成に対する治療には,主にステロイドや(低分子)ヘパリンが用いられるが,有効性が期待される線溶系の薬剤もある.
1)DIC治療薬Nafamostat mesylateや可溶性TM製剤が本邦ではDICの治療薬として用いられている.前者はspike proteinの切断阻害の効果も期待でき,また後者は抗凝固作用に加え,抗炎症作用とTAFI活性化による血栓安定化作用も期待できる.
2)PAI-1を標的とした薬剤COVID-19の主な病態を微小血栓形成による臓器障害ととらえ,その主な原因を高PAI-1血症とする考えから,PAI-1を標的とした薬剤の使用も検討されている.PAI-1阻害薬20)やIL-6の信号伝達阻害薬による炎症抑制やPAI-1発現抑制を期待して10)臨床治験が試みられている.
3)tPA治療COVID-19のARDSが肺毛細血管閉塞に伴うガス交換障害という考えから,tPAによる血栓溶解療法が試みられている.これまでのところコントロールを設定した臨床研究の報告はなく,主に代替治療法のない重篤症例に投与された症例報告である21).使用量も様々であるが,高濃度のPAI-1を中和するための急速投与後の維持投与が多い.ヘパリンの併用も多い.改善例の報告も増えており今後のデータの蓄積が待たれる.経気管内投与も試みられており,これには,tPAだけでなくプラスミノゲンも使用されている.いずれの投与法も出血が最大の副作用である.フィブリノゲンの低下もその原因となるが,COVID-19では元々増加しているフィブリノゲンがtPA治療に伴い低下することにより,末梢循環の改善を介し病態を改善する効果も報告されている.産生プラスミンによるspike proteinの切断によりSARS-CoV-2の感染性が増強する可能性もあるが,重篤例が対象になるためあまり問題にはならないであろう.現時点では代替治療のない重篤例に限られているが,tPAは生理的なPAI-1阻害薬であり,今後tPA療法はCOVID-19症例の選択肢の一つとなりうると考える.その様な観点からの適切で安全な投与法の検討も必要であろう.
COVID-19では血管炎に伴う凝固系活性化の亢進,基質であるフィブリノゲン濃度の著増により微小血管内で播種性に血栓が形成される.これに伴い活性化される線溶系による溶解によりD-dimerも増加する.それでも微小血栓が残存あるいは増加して臓器不全が進行する病態は,明らかに凝固と線溶の活性化・制御機構の均衡の破綻による.線溶側はPAI-1増加が主な要因と考える.PAI-1増加の原因である,肥満,脂質異常や動脈硬化,加齢,遺伝子多型はCOVID-19の病態悪化の要因とも捉えられる.これらの患者における凝固線溶マーカーを上記バランスの観点から注視することが肝要であろう.また治療に際しては,必要部位で線溶活性が十分に発揮できる様,血中PAI-1を下げるために,抗炎症薬の投与や,使用可能になればPAI-1阻害薬,IL-6系阻害薬が考慮されるべきと考える.状況に応じた適切なtPA投与も選択肢の一つになるであろう.今後のエビデンスの蓄積が待たれる.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし