Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Topics: A new series “COVID-19 Infecion”
Hematological phenotype of COVID-19-induced coagulopathy: Far from typical sepsis-induced coagulopathy
Yutaka UMEMURA
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2021 Volume 32 Issue 1 Pages 51-54

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1.背景:COVID-19による血栓症・凝固線溶障害に関するこれまでの知見

2019年末に中国武漢市で報告された新型コロナウイルス感染症(Coronavirus Disease 2019: COVID-19)は,短期間で世界中に拡大し,2020年11月の時点で,世界中から約4,600万人の感染者,120万人を超える死者が報告されている.重症COVID-19では,その最大の臨床的特徴である重症呼吸不全に加えて,しばしば血栓症や凝固線溶障害が引き起こされ,転帰に悪影響を及ぼす可能性が報告されてきた.フランスのICUで急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome: ARDS)をきたしたCOVID-19症例を対象とした観察研究からは,全症例の42.7%(64/150)で何らかの血栓性合併症を認め,中でも肺塞栓症が16.7%(25/150)と最多であったことが報告された1.この研究では,全症例の95%でD-dimerの上昇を認めたことも報告されており,凝固線溶障害と血栓症がCOVID-19の重要な合併症である可能性が示された.

同様に武漢市におけるCOVID-19症例を対象とした観察研究でも,全183症例中の95%の症例で初診時にD-dimerが基準値より上昇していたことが報告された.またこの研究では,死亡症例において診断時のD-dimer,FDPの値が生存症例と比較して有意に高く,またprothrombin時間が有意に延長していたことが報告され,凝固線溶障害がCOVID-19の予後不良因子の一つである可能性が示唆された2

さらにNew Yorkで行われた人工呼吸器管理を要する重症395症例を含めた全2,773症例の観察研究では,抗凝固療法を施行された重症症例の死亡率は,施行されていない症例と比較して有意に低かったことが報告された(29.1% vs 62.7%, HR=0.86, p<0.001)3

一方,COVID-19における血小板低下,prothrombin時間の延長,播種性血管内凝固(DIC)の発症率は,一般的な細菌感染による敗血症と比較して軽度であり4,その発症には敗血症性凝固障害とは異なるメカニズムが関与しているのではないかという見解もある5

2.我が国の重症COVID-19症例に関する観察研究

このようにCOVID-19によって引き起こされる血栓症,凝固線溶障害に関しては,高頻度に合併し,転帰に悪影響を与えるという報告がある一方,一般的な敗血症と比べて軽度であるという見解も示されており,現時点では十分に評価が定まっていない.

筆者らは自施設における人工呼吸器管理を要した重症COVID-19症例を対象として,その凝固線溶指標を,一般的な細菌性肺炎による敗血症性ARDS患者のものと比較することで,COVID-19に特有の凝固線溶障害のパターンを解明することを目的とした単施設後方視的観察研究を行った6

この研究におけるCOVID-19群は2020年3月から5月の間に拡散増幅法(PCR法,LAMP法)によってCOVID-19と診断され,人工呼吸器管理を要したARDS症例とした.また2013年4月から2020年3月にARDSと診断された人工呼吸器管理を要する重症細菌性肺炎を対照群とした.両群の凝固線溶指標(血小板数,prothrombin時間(%),フィブリノゲン値,FDP,D-dimer,antithrombin活性)の人工呼吸器管理開始後7日間の経時的変化を,症例番号をランダム効果,時間経過を固定効果とした一般化線形混合モデルを用いて比較した.同様に臓器障害の指標としてPaO2/FiO2比(P/F比),Sequential Organ Failure Assessment(SOFA)の循環サブスコア,血中クレアチニン濃度,血中総ビリルビン濃度に関しても人工呼吸器管理開始から7日間の経時変化を両群で比較した.また人工呼吸器管理開始後7日間のDIC発症率を,急性期DIC診断基準,ISTH overt-DIC診断基準,敗血症性凝固・線溶異常(SIC)基準の3つの基準を用いて比較した.さらにCOVID-19群に関しては人工呼吸器管理開始時のthrombin–antithrombin複合体(TAT),plasmin-a2-plasmin inhibitor複合体(PIC),plasminogen activator inhibitor (PAI)-1の濃度を測定し,正常域からどの程度逸脱しているのかを評価した.

COVID-19群は24症例,対照群は200例であり,両群の年齢,性別および悪性腫瘍,慢性腎不全,糖尿病などの基礎疾患の罹患率に有意差はなかった.人工呼吸器管理開始後の血小板数の推移は,対照群では数日間低下した後に増加してくるパターンを示したのに対して,COVID-19群では全く低下傾向を示さず常に対照群よりも高い数値をであった.antithrombin活性,prothrombin時間(%)に関してはCOVID-19群では,初日以降ほぼ正常値で推移しており,常に対照群よりも高い数値であった.対照的にFDPとD-dimerに関しては,初日は両群で有意差は認めなかったものの,2日目にCOVID-19群で急激に増加して,その後は対照群よりも高い値で経過した.

各臓器障害の経時推移に関しては,SOFAの循環サブスコアは両群間でほぼ差がなく,血中クレアチニン濃度,血中総ビリルビン濃度は対照群で高い傾向を示したのに対して,P/F比に関しては2日目以降COVID-19群で常に低い傾向を示した.

人工呼吸器管理開始後7日間以内に急性期DIC診断基準を満たす割合に両群間で有意差はなかったが,ISTH overt-DIC診断基準に関しては対照群の方が高頻度で発症する傾向を示した.さらにSICの発症率に関しては対照群で47.5%であったのに対して,COVID-19群はわずか8.5%と有意に低かった(Log rank, p<0.001).

COVID-19群におけるTAT,PICの中央値はそれぞれ6.8 ng/mLと2.0 μg/mLであり,正常上限に比べて軽度の上昇を認めたが,PAI-1の中央値は28.0 ng/mLで全くの正常域内であった.

以上の結果は2020年5月までの重症COVID-19症例を対象として解析し,公表したものである.2020年11月の時点で筆者らの施設における人工呼吸器管理を要する重症COVID-19症例数は70例を超えており,それらの症例を追加した解析を行っても,ほぼ同様の結果が示された(図1).またこれらの重症COVID-19症例70例中,症候性の肺塞栓症は1例も発生しなかった.

図1

COVID-19群と対照群(敗血症性ARDS)における,人工呼吸器管理開始から14日間の血小板数,antithrombin活性,prothrombin時間,FDP,D-dimer,P/F比の推移(文献6より引用,一部改訂)

3.COVID-19による凝固線溶障害の特徴は?

筆者らの研究結果をまとめると,重症COVID-19によるARDS症例では,一般的な敗血症性ARDSと比較して,1)血小板数低下,antithrombin活性低下,prothrombin時間(%)の低下はほぼ認めず,2日目以降のFDP,D-dimerが急激に上昇することが特徴的である,2)循環障害,肝機能障害,腎機能障害の発症率は高くない一方で,高度な呼吸不全が遷延する,3)ISTH overt-DIC基準やSIC基準を満たす症例の割合は非常に低い,などの特徴がみられた.また分子マーカーのパターンからは,凝固障害,線溶障害の程度は軽度であり,線溶抑制因子であるPAI-1の濃度は正常域内であることが示された.これらを総合すると,重症COVID-19による凝固線溶障害は,血小板数の低下,著しい凝固障害,著明な線溶抑制を特徴とした一般的な敗血症性DICとは全く病型が異なると考えられる.

McGonagleらは,COVID-19において肺の広範囲な炎症反応と免疫血栓の結果,肺に限局した凝固線溶異常が引き起こされる病態モデルを提唱し,これをpulmonary intravascular coagulopathy(PIC)と命名した7.PICはCOVID-19によって肺に広範囲の炎症が惹起された結果,免疫血栓による広範囲の微小血管障害,組織因子の産生を伴う血管壁の障害,さらに血管内皮の直接障害によって肺梗塞,出血,肺高血圧が引きこされる病態モデルであり,全身性に著しい凝固の活性が引き起こされる敗血症性DICとは一線を画する病態である.また静脈血栓塞栓症の発症と重症化には凝固線溶異常以外にも,年齢,肥満,長期臥床,ステロイドなどの薬剤,循環血漿量,悪性腫瘍などの基礎疾患が関与していることが知られており,これらの因子の多くはCOVID-19の重症化や治療内容,転帰にも関与するとされる交絡因子である.

したがってCOVID-19では,従来の敗血症性DICとは異なる機序で肺に限局した凝固線溶障害が引き起こされることに加えて,様々な背景因子,環境因子,治療内容が関連して,血栓症のリスクが高い病態であると考えることもできる.しかしCOVID-19による血栓症・凝固線溶障害に関しては未だ十分な病態の解明に繋がる知見が報告されているとは言えず,今後も基礎医学,臨床研究の双方から,病態の根底にあるメカニズムを解明して,治療を最適にするためのアプローチが必要だろう.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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