2021 Volume 32 Issue 1 Pages 55-63
1カ月の請求額が1,000万円以上の高額レセプトの件数は2009年の155件から10年後の2018年には728件と5倍近く増加しているが,この間の最高額は2014年を除き,血友病とvon Willebrand病が占めている.凝固因子製剤を使用している血友病患者一人あたりの医療費は全国平均の80倍以上に達する.大規模自然災害の多発や新型コロナウイルス感染症の流行で益々日本経済が逼迫するなか,医療経済の視点から,定期補充療法について,その適応,必要なトラフ値,zero bleedingの必要性,スポーツ参加の許容範囲について再考するとともに,血液凝固因子製剤の価格と費用対効果について考察した.
日本では少子高齢化の進行などに伴い,社会保障費が増加して,財投債を含む市場全体の国債残高は,2017年末の一般政府債務残高1,294兆円,総債務残高の対GDP比は約236%に達し,戦前の債務残高を超えた(図1)1).また,近年の大規模自然災害の多発は大きな支出増を招いている.さらに2020年に入ってからの新型コロナウイルス感染症のパンデミックが税収の落ち込みとその対策のための膨大な支出増を強いており,その結果,2030年代にも国債の国内消化が限界に達し,危険水域に入ることが懸念される.
戦前からの債務残高の推移(文献1より引用)
一方,国民医療費は指数関数的に増加を続け,平成29年度の国民医療費は43兆710億円で,前年度の42兆1,381億円に比べ9,329億円,2.2%増加した.国民医療費のGDPと国民所得に対する比率の上昇は最近こそ頭打ちになっているもののそれぞれ7.87%,10.66%と髙い水準を維持している2)(図2).
国民医療費・対国内総生産・対国民所得比率の年次推移
血友病診療は後述するように超高額医療である.しかしながら,わが国では血友病患者の治療費のほとんどが公費で支払われ,患者・家族の経済的負担がきわめて少ないことから,血友病診療医はその高額医療費に関心が薄いように思われる.その結果,年間出血回数など単一指標ではなく,多面的治療効果に対する医療費用の適切性を検討した我が国の報告は皆無と言ってよい.そこで,日本の財政破綻のリスクを少しでも減らしたいという思いから血友病治療の経済的問題点を指摘し,費用対効果を考慮した診療を普及させるべく私見を述べてみたい.
健康保険組合連合会組合支援事業部高額医療グループは毎年,年度別高額レセプト(1か月の請求額が1,000万円以上)を報告しているが,その件数は年々増加しており,2009年が155件であったのに対して,10年後の2018年は728件で実に5倍近い増加である.この10年間の最高金額は年によりバラツキがあるが,主傷病名は2014年の肥大型心筋症を除き,血友病とvon Willebrand病が占めている(表1).2018年度の高額レセプトの順位をみると,トップ3はいずれも血友病で,50位までのなかに血友病が2割を占めている.全人口の0.005%しかいない疾患患者が高額レセプト50位中20%を占めているということになる.
年度 | 件数 | 最高金額(円) | 主傷病名 |
---|---|---|---|
2009年 | 155件 | 38,280,620 | 血友病B |
2010年 | 174件 | 46,392,680 | 血友病B |
2011年 | 179件 | 115,504,940 | 血友病A |
2012年 | 254件 | 84,811,650 | 血友病A |
2013年 | 336件 | 62,212,360 | 血友病A |
2014年 | 300件 | 29,917,200 | 肥大型心筋症 |
2015年 | 361件 | 42,530,080 | 血友病A |
2016年 | 484件 | 106,941,690 | von Willebrand病 |
2017年 | 532件 | 79,157,950 | 血友病A |
2018年 | 728件 | 90,581,510 | 血友病A |
レセプトを用いた我が国の悉皆調査で,2017年1年間に凝固因子製剤を使用した血友病患者は,血友病Aが3,016名,血友病Bが832名であった3).この年の第VIII/IX因子製剤出荷量の総額は1,000億円超なので一部はvon Willebrand病に使用されたとしても,単純に計算すると一人当たり2,600万円/年となり,凝固因子製剤の経費だけで,全国平均の医療費(337,000円)の77倍となる.一般に,血友病総医療費の9割を凝固因子製剤が占めるとされているので,その他の医療費を加えると血友病患者の医療費は約85倍となる.後述するように,ドイツ,イタリア,フランス,スペイン,英国の血友病医療費はそれぞれ79倍,87倍,48倍,65倍,34倍なので我が国はイタリアとほぼ同じ高倍率である4).
2)米国の血友病医療費米国血友病患者の医療費について2011年の血友病治療センターの調査で,軽症~重症血友病A患者一人あたりの医療費は185,256ドル(約2,000万円)/年で,直接医療費(後述)の92%,通院治療費など含めた総医療費の80%を血液製剤が占めていた.NHFが重症血友病患者への定期補充療法を推奨してからさらに医療費が増加して,2013年の調査では血友病Aが206,027ドル(約2,500万円)/年,血友病Bが179,747ドル(約2,200万円)/年となった.インヒビター保有患者の医療費はとくに高額で5,000万円近くになる.さらに免疫寛容療法(immune tolerance induction: ITI)の費用は1億円を超えることがある5).
Manco-Johnsonら6)が比較対照前向き試験(joint outcome study: JOS)で定期補充療法の関節保護効果を証明した時,一次定期補充療法の効果を実感したが,同時に私が注目したのは,出血時投与でも(少なくとも6歳の時点では)重症血友病A患児(ただし,この研究では第VIII因子活性<2%)の半数が関節症を起こしていないという事実であり(表2),早期に定期補充療法を始めるべきかどうかの判断にあたり,出血時投与の患者群の中で,MRIの異常をきたした症例と,きたさなかった症例の背景を知りたかったが,論文中にその記載はなかった.JOSについては2020年に18歳まで追跡した成績が報告された.それによると,早期から定期補充療法を開始した患者群も,6歳時から定期補充療法に切り替えた患者群も,併行してMRI所見の悪化が進行したとされている7).従って,重症型血友病患児には,出血が一度,認められたら定期補充療法を開始するのは妥当な見解と考える.一方,軽/中等症患者については,患者毎に凝固因子活性,出血の頻度/重症度,生活スタイル,本人・家族の希望などを勘案して導入を決めるべきであり,一律の導入は戒めるべきである.
定期補充療法(n=32) | オンデマンド療法(n=33) | |
---|---|---|
6歳児のMRI所見 | 27例 | 29例 |
関節障害あり | 2例(7%) | 13例(45%) |
関節障害なし | 25例(93%) | 16例(55%) |
* 足首・膝・肘の骨/軟骨障害を評価
Manco-Johnson MJ. et al. N Engl J Med. 2007: 357(6): 535–544
定期補充療法時の最も重要な指標はトラフ値である.当初は重症型を中等症型に変えるという観点から凝固第VIII因子活性のトラフ値を1%以上に維持するのが目標であったが,現在はzero bleedingを目指した,より高いトラフ値の設定が主流になっている.その根拠としてしばしば引用されるのは第VIII因子活性が12%以上あれば年間出血回数がゼロになるというオランダのden Uijlらの報告8)である.しかし,彼らの論文は,至適トラフ値の検討を目的にしたものではなく,論文タイトル「Clinical severity of haemophilia A: does the classification of the 1950s still stand」にある通り,「血友病の重症度は1950年代の分類が使われているが,いまもこの分類が妥当かどうか」を検討した成績である.そのため,1%未満でも年間出血回数は6回以内に留まっているので,彼らの成績の解釈に当たってはこの点を考慮する必要がある.
3)血友病B患者の至適トラフ値第IX因子製剤の至適トラフ値についてはエビデンスが乏しく,時にはden Uijlの報告を外挿した報告も見られる.古い話になるが私が血友病診療に関わるようになった当時,バイブルだった吉田邦男,安部英,福武勝博,神前五郎監修の「血友病」に掲載されている補充療法の基準の表には凝固因子製剤の1回投与量に血友病AとBの区分がなく,1日の投与回数に区分があるのみであり9),血友病AとBは,体重,出血部位,重症度に応じて同じ量(単位)を輸注していた.その後は,輸注後の回収率(上昇率)を考慮して,第IX因子製剤は第VIII因子製剤の1.5~2倍輸注するように変わった.一方,第IX因子については,血管外に分布している第IX因子の役割が最近注目を集めている10).製剤の添付文書をみても,血管外にほとんど分布しないPEG化第IX因子製剤は,他の製剤と比べて,第IX因子活性が高く維持されているが,年間出血回数は血管外移行の良い製剤と変わらない.また,患者背景に差があるもののアルブミン付加遺伝子組み換え第IX因子製剤の検討で週1回,2週に1回,3週に1回投与でトラフ値はそれぞれ22.0%,13.6%,7.6%と明らかな差が見られるものの,年間出血回数には差が見られないことなどから11),血友病B患者の至適トラフ値は血友病A患者より少なくて良いのではないかと考えるがエビデンスはない.今後の検討が望まれる.
4)Zero bleedingは必要か?定期補充療法の主目的は血友病関節症の発症予防/進行抑制である.さらにいえば,健康な関節の維持は,必ずしも画像所見を正常に保つということではなく臨床的に関節の機能を正常に維持することであろう.1回の関節内出血で関節破壊が起きたという報告や同一関節への2~3回の出血は当該関節に不可逆的な変化をもたらすという報告がある一方,年間出血回数が3回未満であれば健康関連QOLに問題は生じないとの成績もある.関節スコアと年間出血回数の関連をレビューしたGringeriらのまとめでは,同一関節内の出血が3回未満であれば関節を健康な状態に維持できるであろうと記載されている(表3)12).いずれにせよ,zero bleedingを目指すのであれば,多職種の関与による定期補充療法の個別化を諮り,コストを出来るだけ少なくするように努めるべきである.
報告者 | 関節スコア | 年間関節内出血回数 |
---|---|---|
Nilsson et al | 0(Pettersson) 0(orthopaedic) |
中央値:0.3(範囲:1~1.4) |
Aledort et al | 0(Pettersson) 0(orthopaedic) |
平均値:1.8 |
van den Berg et al | 1.1(Pettersson) 0.2(orthopaedic) |
平均値:2.6 |
Funk et al | 0(MRI) | 生涯2回以下 |
Fischer et al | 0(Pettersson) | 平均値:0(範囲:0~0.3) |
Lundin et al | 0(Pettersson) | 生涯3回未満 |
van Dijk et al | 0(Pettersson) | 中央値:2.1(範囲:1.0~3.7) |
Fischer et al | <10(orthopaedic) | 中央値:0(範囲:0.0~2.0) |
Gringeri A et al: Haemophilia (2014) 20: 459
これまでの報告をもとに年間出血回数と進行性関節破壊の関連をまとめた.
全体として,年間出血回数が3回未満ならば関節を健康な状態に維持できることが示された.
長い間,血友病患者の身体が強く接触するスポーツ(コンタクト・スポーツ)への参加は禁忌とされてきた.しかし,利便性が良く,止血(出血予防)効果が強い製剤の開発に伴い,最近はラグビーなど激しく身体が接触するスポーツに参加している血友病患者が紹介されている.2020年のHaemophilia誌に,血友病A患者が身体活動(スポーツ)をする時に必要な第VIII因子活性が,エキスパートの意見として紹介されている13).それによると,高度な身体活動(いわゆるコンタクト・スポーツ)に参加するとき,関節症がある場合は,少なくとも47.29%以上,できれば64.39%以上,関節症がない場合は少なくとも38.07%以上,できれば52.05%以上が必要とされており,身体活動をしている間,この活性を維持できればコンタクト・スポーツへの参加を容認できるかの表現になっている.血友病専門医は血友病患者に対して,それ以外の患者にはない特別な思い入れをもつことがあり,製剤を使うことで参加できるのなら参加させてあげたいと思う気持ちは理解できる.しかし,コンタクト・スポーツ実施中,ハイレベルの凝固因子活性を維持するためには大量の凝固因子製剤を公費で使用する必要があり,前述した我が国の経済事情を考えれば,例え,患者・家族から要望があってもこれより運動強度が少ないスポーツ種目への変更を勧めるべきではないだろうか.世の中には様々な事情で参加したくても希望するスポーツ種目に参加できない人たちが沢山いるのだから.
薬害エイズの反省を踏まえて遺伝子組み換え製剤の開発が急速に進み,いまではほとんどすべての血漿分画製剤は遺伝子組み換え製剤を利用することが可能になった.一方,血漿由来製剤との薬価比をみると,表4に示すように第VIII因子製剤(標準型製剤)では約1.2倍と大差ないが,第IX因子製剤(標準型製剤)では3.1倍と大きな開きがある.標準型遺伝子組み換え第IX因子製剤は血漿由来製剤に比べて回収率が低いことからAUCまで考慮すると,実質的な薬価差は3.5倍近くになる.2020年にわが国でも上市された遺伝子組み換えvon Willebrand因子製剤は,血漿由来の第VIII因子含有von Willebrand因子製剤の2.2倍である.ただし,遺伝子組み換え製剤は,もともと第VIII因子活性が著しく低い患者の重篤な出血時には第VIII因子製剤を併用する必要があり,その場合の薬価差は3倍以上になる.極め付きは第XIII因子製剤で,単純な薬価差は42.9倍であるが,遺伝子組み換え製剤は2,500単位製剤しかないため,小児患者のように体重が少ない患者でも3,716,010円するバイアルを使用し,残りは残量破棄することになる.第XIII因子の止血に必要なレベルは低く,血漿由来製剤の投与量は240~1,200倍(8,324円~41,620円)と添付文書に記載されていることから,最少投与量では446.4倍,最大量投与しても,薬価差は89.2倍になる.遺伝子組み換え製剤にこの薬価差を埋めるだけの優位性があるか一考に値する.
血漿由来製剤(円) | 遺伝子組み換え製剤(円) | 薬価比(倍) | |
---|---|---|---|
第VIII因子製剤 (1,000単位相当) |
65,228 | 76,667註) | 1.2 |
第IX因子製剤 (1,000単位相当) |
35,382 | 109,119註) | 3.1 |
VWF製剤 (1,300単位相当) |
65,228 | 146,288 | 2.2 |
第XIII因子製剤 (2,500単位相当) |
86,708 | 3,716,010 | 42.9 |
註):標準型製剤
我が国で開発された第VIII因子機能代替製剤は,①インヒビターの有無にかかわらず有効なこと,②半減期が長く週に1回から4週に1回の投与でもよいこと,③皮下注射製剤で静脈ルート確保の必要がないこと,④有効成分への中和抗体の出現率がきわめて少ないことなど多くの利点があり,血友病A患者の治療に革命をもたらした.但し,本剤は高額で,成長曲線にそって体重が増加し20歳で60 kgに達した後そのまま60 kgの体重を維持した患者が1歳から70歳まで本剤使用を継続した場合,現在の薬価で計算した総額はおおよそ23億円(残量破棄分を含まず)になる.最近,本学会血友病部会から「ヘムライブラ皮下注の適正なバイアルの組み合わせについて」という注意喚起が発出された.その要旨は,「残量が少ないバイアルの組み合わせを選択する.必要なバイアル規格が院内には採用されていないという理由で,残液量が増える事態は厳に避ける」というものであり,時宜を得た重要な注意喚起である.
本剤で出血がコントロールされているインヒビター保有血友病A患者へのITI実施が議論になっている.当然のことながら,ITIを実施すれば,低用量ITIであっても週3回の定期輸注を患者・家族に強いるだけでなく治療費のさらなる高騰を招く.これまでの報告ではITI成功率は6割強である.一方,第VIII因子活性を15%以上に上昇させる必要がある外傷や手術に遭遇する確率はどれぐらいあるだろうか(第VIII因子機能代替製剤を適切に使用すれば,手術が必要な重症関節症は激減するであろう).もし,その必要が生じた場合でも,中和療法が有効な可能性が高い.もちろん,バイパス製剤もある.従って,「余計なものはないにこしたことはない」という単純な理由でITIを患者・家族に勧めるべきではないと考える.もちろん,上記の説明をした上で患者・家族がITIを強く希望したときは実施すべきであるが.
血液凝固因子製剤の評価方法には,三つの方法がある.ひとつは,製剤の投与が,表5に示したその他の医療費(直接的および間接的医療費)の減少にどの程度寄与しているかであり,金額的に明示しやすい.二つ目は,直接的な出血予防/止血効果(例えば,年間出血回数)を評価する方法(cost-effectiveness analysis)で,具体的な経済効果を提示できないが,定量化は可能である.三つ目はその間の生活の質(quality-adjusted life-years: QALYs)を含めて比較する方法で(表6),cost-utility analysis(CUA)と呼ばれる.費用対効果の判定にあたってもっとも有益なのはCUAであるが,QOLの改善効果を定量的(とくに経済的に)評価することは難しい.
直接費用 |
(1)外来受診費:医師,看護師,理学療法士,栄養管理士など |
(2)検査費用 |
(3)入院費用(凝固因子製剤投与以外の整形外科治療など) |
(4)凝固因子製剤 |
(5)介護費用・訪問看護費用 |
間接費用 |
(1)欠勤や早期退職による収入の喪失 |
(2)家族や友人が患者介護のために失われる収入 |
(3)外来受診,入退院にかかわる交通費 |
(4)市販薬の購入費 |
(5)装具作成費,家の改築費など |
(6)補助療法(マッサージ,栄養療法など)の費用 |
・止血効果:有効率,止血までの時間など |
・出血抑制効果:年間出血回数,血友病性関節症の抑制効果など |
・有害事象:頻度,重篤度,インヒビター発生頻度など |
・利便性:投与経路(経口,皮下注,静注),投与間隔,投与量,注射用キットの使いやすさなど |
・複合的効果:寿命,欠勤率,欠席率,ADL,社会参加,心理的健康感など |
これまで欧米から血友病治療を対象にCUAの解析を試みた成績がいくつか報告されているが,いずれも不消化な論文ばかりである5).その中で唯一,私が興味をもったCHESS(Cost of Haemophilia in Europe: Scioeconomic Survey)の成績を紹介する4).本研究は,ドイツ,イタリア,フランス,スペイン,英国の欧州5か国において2014年に実施された調査で,無作意に抽出された18歳以上の重症血友病患者を対象に実施された.血友病治療に要した費用のうち,凝固因子製剤の一人あたりの費用はドイツの312,157ユーロから英国の117,709ユーロまで5か国間で3倍近い大きな開きがあった.なお,インヒビター保有患者の比率はドイツが2%,イタリアが3%,フランスが7%,スペインが6%,英国が5%でこの順位に影響を及ぼしていない.一方,その他の医療費はスペインを別にすると逆の順序になり,凝固因子製剤を沢山使っている国では,合併症が少ないことが示唆された(表7).国の総医療費に占める割合はスペインの0.05%からドイツの0.16%,国民の平均医療費に対する倍率は英国の34倍からイタリアの87倍(我が国は前述したように約85倍)といずれも大差があったが,患者一人当たりの年間総医療費との関連は認められなかった.興味深いのは血友病年間総医療費の順位とEuroQoL EQ-5D-3L index score(full health=1.000)の順位が完全に一致していたことである(表8).O’Haraらの論文に記載があるように,血友病医療費の大部分を占める凝固因子製剤1単位当たりの薬価は,フランスが0.72ユーロ,ドイツが0.85~2.08ユーロ,イタリアが0.62~1.23ユーロ,スペインが0.39~0.90ユーロ,英国が0.44~0.84ユーロと,各国の間で,また,製剤の間で大きな差がある.とくに,年間総医療費が最も高いドイツの薬価が最も高額な反面,年間総医療費が低いスペインと英国の薬価は低額で,年間総医療費が年間製剤使用量を単純に反映するものではない.また,患者のQOLには様々な要因が影響を及ぼすため年間総医療費とQOLの水準の因果関係を短絡的に結び付けることには無理があるにしても,5か国の間で年間総医療費とEuroQoL EQ-5D-3L index scooreの順位が完全に一致,すなわち血友病患者一人あたりの医療費が高額なほどQOLが良いという成績は興味深い結果である.
国名 | 凝固因子製剤費 | その他の医療費 | 間接的費用 |
---|---|---|---|
ドイツ | 312,157(97.8%) | 1,894(0.6%) | 4,973(1.6%) |
イタリア | 212,385(96.4%) | 1,946(0.9%) | 6,013(2.7%) |
フランス | 187,983(95.9%) | 3,284(1.7%) | 4,850(2.5%) |
スペイン | 157,288(90.5%) | 7,832(4.5%) | 8,651(5.0%) |
英国 | 117,709(91.0%) | 5,949(4.6%) | 5,707(4.4%) |
平均 | 189,285(94.9%) | 4,181(2.1%) | 6,075(3.0%) |
O’Hara J et al: Orphanet J Rare Disease (2017) 12: 106
国名 | 患者一人当たりの年間総医療費(ユーロ) | 国の総医療費に占める割合(%) | 国民平均医療費倍率(倍) | EQ-SD-3 index score |
---|---|---|---|---|
ドイツ | ①319,024 | 0.16 | 79 | ①0.90 |
イタリア | ②220,344 | 0.12 | 87 | ②0.84 |
フランス | ③196,117 | 0.06 | 48 | ③0.73 |
スペイン | ④173,771 | 0.05 | 65 | ④0.63 |
英国 | ⑤129,365 | 0.10 | 34 | ⑤0.59 |
平均 | 199,541 | 0.76 |
註:インヒビター保有患者は仏(7%),独(2%),伊(3%),スペイン(6%),英(5%)
O’Hara J et al: Orphanet J Rare Disease (2017) 12: 106
近年の血友病治療の進歩は目覚ましく,患者・家族のQOLは著しく改善している.一方,治療費の増加も大きく,高騰する社会保障費の中でも無視できない存在になっている.血友病診療連携が進むなか,我々血友病専門医は,自身の施設に受診している患者だけでなく,血友病非専門医から治療方針へのアドバイスを求められる機会が増えると思うが,個々の患者に対する血液製剤の選択や投与方法の提案にあたり,コストも含めて患者・家族に説明することを要望したい.
なお,本稿の骨子は,2020年11月25日のWEBセミナーで講演した.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし