Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Cutting-edge approaches for the treatment of ischemic stroke
Mechanical thrombectomy for the treatment of acute ischemic stroke: current status and future aspects
Kenichi SATO
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2021 Volume 32 Issue 3 Pages 271-277

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脳主幹動脈急性閉塞に対する機械的血栓回収療法は,2014年より本格的に臨床応用された.エビデンスレベルの高い臨床研究にて良好な治療成績が示され,血管内治療デバイスの進歩や医療従事者や一般市民への啓蒙活動,地域医療体制の整備などを経て,今では治療適応を有する症例に対して施行すべき「標準治療」として位置づけられている.今後は機械的血栓回収療法の安全性を担保しつつ,治療成功率の向上や適応の拡大に向けて研究が進むと同時に,包括的脳卒中医療の一翼を担うべく医療体制が整備される.本稿では機械的血栓回収療法の現状と今後の展開について,実際の治療例の提示とともに概説する.

1.はじめに

急性期脳動脈閉塞の臨床転帰は非常に悪いが,完成脳梗塞に陥る前に閉塞動脈を再開通させることで転帰を改善できる可能性がある.代表的な再開通療法は,遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータ(recombinant tissue-plasminogen activator: rt-PA)の静注療法である.詳細は他項に譲るが,現在では適応外項目(禁忌項目)を有しない発症4.5時間以内の急性脳梗塞に適応がある1.rt-PA静注療法の問題点の一つとして,内頸動脈や中大脳動脈近位部などの脳主幹動脈閉塞症に対する効果が限定的であることがあげられる.メタ解析によると,rt-PA静注後3時間未満では中大脳動脈遠位部での再開通率は38%,同近位部で21%,内頸動脈や脳底動脈閉塞ではそれぞれ4%とされ,軒並み早期再開通率が低いことが示されている2

一方,頭蓋内動脈に到達可能なマイクロカテーテルが開発されて始まった脳血管内治療では,まず発症6時間以内の中大脳動脈閉塞に対するウロキナーゼを用いた局所線溶療法の有効性が確認された3.その後,脳主幹動脈を閉塞した血栓を局所で溶解するのではなく,血栓を機械的に体外に回収する経皮的血栓回収療法が考案された.2014年から2015年にかけて経皮的血栓回収療法の有用性と安全性に関する5つのランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)およびこれらのメタ解析が報告され,発症6時間以内に血管内治療開始可能な,内頸動脈または中大脳動脈近位部の急性閉塞で,粗大な脳梗塞に至っていない症例に対して,rt-PA静注療法を含む内科的治療に機械的血栓回収療法を追加することが臨床転帰を改善するという科学的根拠が示された4.これらの「エビデンス」は種々のガイドライン5や適応治療指針6に反映され,経皮的血栓回収療法は適応を有する症例に対して今や施行すべき「標準治療」として位置づけられ,急速に普及してきている.

2.血栓回収療法の実際

当施設で経験した血栓回収療法を提示する.

症例:82歳 女性

既往歴:高血圧,心房細動

現病歴:16時10分頃に散歩から帰宅したことが確認されていた.16時30分に呂律緩慢,左半身麻痺の状態で倒れているところを家人に発見され,他院に救急搬送された.搬送時軽度意識障害と顔面を含む左片麻痺,左半側空間無視,左半身感覚障害を認めた.頭部造影CT撮影にて右中大脳動脈閉塞を認めた.19時24分にrt-PA静注療法を開始しつつ当院に救急搬送され,21時08分に当院に到着した.到着時には左上下肢麻痺が増悪していた.脳MRI拡散強調画像では明らかな新鮮梗塞巣の出現は認められなかったが,脳灌流画像(arterial spin labeling法)では右中大脳動脈領域における血流信号の低下を認め(図1),MR angiographyでは右中大脳動脈分岐部閉塞を認めた(図2).直ちに血栓回収術を行う方針とした.

図1

術前MRI(A and B,拡散強調画像;C and D,T2強調画像;E and F,ASL画像):DWIにて明らかな新規脳梗塞巣は認められないが,ASL画像上右中大脳動脈領域の脳血流低下が示唆された.

図2

術前MRA(A,軸状断;B,冠状断):右中大脳動脈閉塞を認める.右中大脳動脈M2 upper trunkがわずかに描出される.

血管内治療:右大腿動脈に9Frシースを挿入し,9Frバルーン付きガイディングカテーテルを右頸部内頸動脈に留置した.右内頸動脈撮影では右中大脳動脈分岐部に陰影欠損,及び右中大脳動脈下行枝(M2 lower trunk)の描出消失を認めた.また右中大脳動脈上行枝(M2 upper trunk)の起始部は高度に狭窄しており同領域の造影剤循環不全を認めた(図3).以上より右中大脳動脈分岐部に塞栓子が存在していると判断し,次のように血管内治療手技を行った.

図3

右内頸動脈撮影(A,正面像;B,側面像):右中大脳動脈分岐部に蟹爪状の造影欠損を認める.M2 lower trunkは描出されず,M2 upper trunkは起始部に高度狭窄を認め,以遠はかろうじて描出される.術中画像(C,正面像;D,側面像):マイクロカテーテルからの造影にてM2 lower trunkに留置されたことを確認した.術中画像(E,正面像;F,側面像):右中大脳動脈M2 lower trunkからM1にかけてstent retriever(矢印)を展開した.

まず6 Fr吸引カテーテル(AXS Catalyst 6: CAT6,ストライカー社)の内に2.8 Frマイクロカテーテルを挿入したシステムを一体とし,ガイディングカテーテルからマイクロガイドワイヤーを用いて右内頸動脈遠位部へ先進させた.マイクロカテーテルを右M2 lower trunkの遠位部まで,CAT6を右中大脳動脈水平部(M1)遠位部の造影欠損部まで到達させ,造影にてマイクロカテーテル先端が閉塞部の遠位に到達していることを確認した(図3).

ついでガイディングカテーテルのバルーンを拡張させて右内頸動脈の順行性血流を遮断した状態で,4×20 mmのステント型血栓回収機器(SolitaireTM Platinum 4×20 mm,メドトロニック社)を右M2 lower trunk近位部からCAT6内まで展開した(図3).マイクロカテーテルは抜去した.CAT6からの吸引を開始し,CAT6を血栓に食い込ませるように僅かに先進させ,ガイディングカテーテルからも用手的に血液を吸引しながらSolitaireとCAT6を一体として慎重に抜去した.ステントには暗赤色の血栓が付着していることを体外で確認した(図4).吸引した血液内にも暗赤色の血栓が数片認めた.ガイディングカテーテルからの造影にて右中大脳動脈が完全再開通していることを確認した(図5).血管内治療器具を抜去し,穿刺部は用手圧迫にて止血して治療を終了した.

図4

術中写真:ステントリトリーバーと吸引カテーテルによって回収された血栓(矢印).

図5

右内頸動脈撮影(A,正面像;B,側面像):右中大脳動脈の完全再開通を認めた.

本治療手技では大腿動脈穿刺から完全再開通が得られるまで36分を要した.

術後経過:術後経過は良好で,合併症なく経過した.脳MRI上,完成脳梗塞巣や出血性合併症の出現は認められなかった(図6).MRAにて右中大脳動脈が開通していることを確認した(図7).術翌日には意識障害,左上下肢麻痺および左半側空間無視は消失し,神経脱落症状の改善を認めた.脳梗塞二次予防として直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants: DOAC)の内服を開始した.

図6

術後MRI(A and B,拡散強調画像;C and D,T2強調画像;E and F,ASL画像):脳実質に明らかな新規異常所見は認められない.ASL画像上,脳血流に明らかな左右差は認められない

図7

術後MRA(A,軸状断;B,冠状断):右中大脳動脈の完全再開通が維持されていることを確認した.

3.実臨床における血栓回収療法の問題点

機械的血栓回収術の治療成績は血管内治療手技や使用する機器の進歩によって向上し,有効再開通率は約8割にまで達するようになった.しかしながら治療後90日目の社会復帰率は約6割程度にとどまっているのが現状で,原因の多くが完成脳梗塞による神経学的後遺症である.また,完成脳梗塞に陥った状態で血流の再開通がなされると,出血性梗塞を来し重篤化する可能性がある.発症してからいかに早く治療を開始できるか,或いは治療を開始していかに早く(効率よく)血栓を回収するかといった時間短縮が目下の課題である.そのためには血管内治療手技や機器のさらなる進化とともに,地域の医療体制の整備が急がれる.

4.急性期脳梗塞に対する血栓回収療法の今後の展開

1)適応拡大

発症6時間以降の血栓回収術:急性期脳梗塞では発症時刻が不明な場合,最後に健常であることが確認された時刻(最終健常確認時刻)を発症時刻と定義するため,最終健常確認時刻から6時間以上経過していても真の発症時刻からは6時間以内と考えられる症例が含まれる.また脳動脈の側副血行路が発達している場合,6時間以降経過しても虚血コアは小さく,再開通療法により症状改善の可能性がある.DAWN試験7とDEFUSE3試験8ではそれぞれ最終健常確認時刻から6~24時間,6~16時間経過し,虚血コアと低灌流領域の体積に有意な「mismatch」を自動画像解析ソフトウェア(RAPID, iSchemaView)にて証明できた症例で,内科的治療群と機械的血栓回収療法を加えた群とを比較した.いずれの試験でも90日後の日常生活自立率は血栓回収群で有意に高く,症候性頭蓋内出血や死亡の発生率に有意差は認められなかった.これらの知見により,発症または最終健常確認時刻から6~16時間で,虚血コアと低灌流領域(或いは臨床症状)との「mismatch」が証明された中大脳動脈近位部または内頸動脈急性閉塞には,機械的血栓回収術を行うことが推奨されている6

他の脳主幹動脈閉塞に対する血栓回収術:機械的血栓回収療法の有用性は,これまで中大脳動脈近位部(M1)や内頸動脈閉塞例をもってして証明されてきた.近年ではより遠位の中大脳動脈分枝(M2)や椎骨脳底動脈などの他部位の脳主幹動脈急性閉塞に対する血栓回収療法の有用性を示す知見が集積されつつある.しかしながら,遠位であればあるほど血管内治療手技は困難になる一方で,得られる再灌流領域は限られてくることから,治療のリスクとベネフィットを十分に勘案する必要がある.

2)デバイスの進歩

現在,血栓回収療法に用いるデバイスは吸引型とステント型に分けられ,両者ともほぼ同等の有効性が示されている9, 10

吸引型デバイスは,当初は血栓をワイヤーで破砕しつつ血液ごと吸引する方法で用いられていたが,現在では吸引圧によってカテーテル先端に血栓を捕獲し,カテーテルごと引きずり出す方法(A direct aspiration first-pass technique: ADAPT)が主流である 11.カテーテルは大口径であるほど血栓吸引力は強く,より動脈末梢まで到達できる誘導性が要求される.専用の吸引ポンプとともに本邦では複数社から販売されている.

ステント型デバイスでは,血栓が存在する位置で展開することでステントの網目に血栓をからませて捕獲し,ステントごと血栓を回収する.現在数種類のデバイスが販売されており,効率よく血栓を捕獲できるようにステントのデザインにそれぞれ工夫が施されている.このうち,エンボトラップ(EMBOTRAP® II, CERENOVUS,ジョンソン・エンド・ジョンソン社)は,従来の方法で捕獲された血栓の成分を解析し12,どんな血栓でも回収できることを目指した最新のステント型デバイスである13

吸引型デバイスもステント型デバイスも単独で血栓を回収することが可能であるが,最近では組み合わせて用いるcombined techniqueが普及している 14, 15.両者をco-axial systemとすることにより,吸引をかけながら,ステントに血栓を絡めて体外に回収する.回収時に血栓が分解して飛散するリスクを回避できる他,白色血栓などの固くて単独のシステムでは回収が困難な血栓にも対応できる可能性が高いとされる.

3)脳卒中医療体制の整備

発症から再灌流までの時間短縮は,脳主幹動脈閉塞による急性期脳梗塞症例の転帰改善に強く影響する.したがって実臨床においても血栓回収療法が有効性を発揮するためには,脳卒中救急医療システムの整備が重要である.

米国ではrt-PA静注療法を中心とした脳卒中診療の質の向上を目標として,一次脳卒中センター(primary stroke center)や包括的脳卒中センター(comprehensive stroke center)の認定が行われていたが,血栓回収療法の有効性が確立したことを契機に血栓回収脳卒中センター(thrombectomy-capable stroke center)の認定が開始された.多数例の治療実績があり,院内体制を整備して発症から再開通までの時間を短縮するだけでなく,周辺の一次脳卒中センターとの連携や術後管理,再発予防,転帰の調査など,包括的な管理が必要とされる.今後我が国でも,各種脳卒中センターの認定が進み,医療資源の集約化を図るシステムが構築されつつある16

5.おわりに

急性期脳主幹動脈閉塞に対する血管内治療はその有効性が証明され,行うべき標準治療となった.しかし患者の予後を改善するには時間短縮を含めたさまざまな工夫が必要である.またより多くの患者が治療をうけられるよう関連学会や社会を挙げて取り組むことも重要と考えられる.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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