Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
Online ISSN : 1880-8808
Print ISSN : 0915-7441
ISSN-L : 0915-7441
Reviews: Cutting-edge approaches for the treatment of ischemic stroke
Development of SMTP, a prothrombolytic and anti-inflammatory small molecule, for the treatment of ischemic stroke
Keiji HASUMI
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 32 Issue 3 Pages 278-283

Details
Abstract

プラスミノゲン・フィブリン結合を促進する化合物の探索において,我々がクロカビから単離した小分子SMTPは,生理的血栓溶解を促進するとともに抗炎症作用,抗酸化作用を併せ持ち,血栓性および塞栓性脳梗塞モデルで再灌流促進,浮腫抑制,出血転換抑制活性を示す.SMTP同族体の一つは脳梗塞治療薬として開発中である(第2相試験の症例組入れを2020年11月に完了).本稿ではSMTPの発見,作用機序,薬理活性,医薬開発について紹介する.

1.はじめに

脳梗塞の薬剤治療において,組織型プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)を用いる再灌流療法の有用性は十分に実証されているが,日米欧での脳梗塞患者の10%程度(あるいはそれ以下)がその治療を受けるにとどまっている1.再灌流に伴う脳神経傷害(虚血再灌流傷害)の誘発,頭蓋内出血等の出血リスクの増加などがその要因と考えられる2.また,他のプラスミノゲンアクチベーターや脳保護剤などの開発は難航しており,新たな機序の脳梗塞治療薬の開発が待望されている.

2.SMTPの発見

出血リスクの少ない血栓溶解剤の開発を目指し,筆者らは1990年代半ばに生理的線溶を促進する化合物の探索研究を開始した.その過程で,SMTPを含む様々な活性物質を微生物から発見した3, 4.SMTPは,生理的血栓溶解の進行に決定的な役割を果たすプラスミノゲン・フィブリン結合を指標とした探索から導かれた化合物である.これらの活性物質の評価の過程で当初予想もしなかったメカニズムに辿り着いた.それは,zymogen modulationと名付けた作用であり,活性物質が凝固線溶因子zymogenのコンホーメーション変化を誘導することにより,zymogenの活性化や局在を変えることであった3.凝固線溶因子は傷害に応じて即時的に反応する必要から,その制御機構をタンパク質の形として進化させてきた.すなわち傷害に応じて起こる変化が凝固線溶タンパク質のコンホーメーション変化をもたらし,それを通じて複雑な反応が秩序立って進行する.我々が発見した化合物の多くがこの仕組みを利用して反応を制御していたのであった.

SMTPはクロカビStachybotrys microsporaが生産する一群の新規トリプレニルフェノール代謝物であり(Stachybotrys microspora triprenyl phenolからSMTPと命名),我々はこれまでに66種の同族体を発見している4.これほど大きなファミリーを形成するメカニズムは,SMTPの生合成の最終段階で構造の一部(N側鎖)として培地中のアミンを非酵素的反応で取り込むことである(図14.後述するように,SMTPの薬理活性の基盤はプラスミノゲンへの作用と可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)阻害であり,N側鎖の相違が両活性に大きく影響する4

図1

SMTPの構造と生合成

イソプレノイド経路とポリケタイド経路が合流してできる中間体を経てSMTPは生合成される.その最終段階は,反応性に富むオルトフタルジアルデヒド構造を有するpre-SMTPと培地中(あるいは細胞内)のアミンとの非酵素的反応であり,当該アミンがSMTPのN側鎖となる.このことを利用して,N側鎖の異なる種々のSMTP同族体を選択的に生産することができる.

3.SMTPの作用

SMTPはプラスミノゲン・フィブリン結合を促進するが,SMTPのような小分子がタンパク質間相互作用を促進する機序はしばらく不明であった.SMTPがフィブリン非存在下にプラスミノゲン活性化を促進するという発見が契機となり,SMTPによるプラスミノゲンのコンホーメーション変化誘導が明らかとなった.プラスミノゲンはらせん状のタイトコンホメーションをとるが,SMTPはこれをリラックスさせ,その結果プラスミノゲン・フィブリン結合を促進する3, 4.プラスミノゲン・フィブリン結合は線溶の過程の全てに関与し,特に開始・加速段階での役割は決定的に重要である(図2).開始段階では,フィブリンの内部リジン残基へのプラスミノゲン結合(クリングル5ドメインを介する),加速段階では部分分解フィブリンのC末端リジン残基へのクリングル1ドメインを介する結合が反応の進行に寄与する5, 6.SMTPは前者のプロセスを促進できることから,線溶の開始過程を増強するものと考えられる(図2).SMTPの血栓溶解促進作用は,塞栓性動物モデル(肺梗塞,脳梗塞)におけるクロット溶解,再灌流の結果から裏付けられている4

図2

生理的線溶とSMTPによるその促進

生理的線溶は,(1)開始段階,(2)加速段階を経て(3)終結を迎える.その過程で,プラスミノゲンとフィブリンとの結合が重要な役割を果たす(上段).SMTPはプラスミノゲンのコンホーメーション変化を通じてプラスミノゲン・フィブリン結合を促進する.これによりSMTPは線溶の開始段階および加速段階を促進すると考えられる(下段).Plg:プラスミノゲン,Pm:プラスミン,PA:プラスミノゲンアクチベーター.

プラスミノゲンへの作用と独立して,SMTPは抗炎症作用を示すことがいくつかの動物モデルでの作用から明らかとなった.SMTPと相互作用する細胞内タンパク質の解析からsEHをSMTPの抗炎症標的分子として同定した7.sEHはC末端領域にエポキシドヒドロラーゼ活性(C-EH),C末端領域に脂質リン酸モノエステル加水分解活性(N-phos)をもつポリペプチドのホモ2量体からなる2機能酵素である8.C-EHは抗炎症作用を持つ脂肪酸エポキシドを不活性化する9.N-phosの基質としてはリゾリン脂質やスフィンゴシン1-リン酸などが知られているが,N-phosの生理的役割は詳らかではない10.SMTPはC-EHおよびN-phos両活性を阻害する7

また,SMTPはトコフェロールと類似する部分構造を有し,抗酸化作用をもつ.本活性もSMTPの薬効に寄与する4

4.SMTPの薬理作用

SMTPは血栓塞栓溶解促進,脳梗塞改善,肝炎・脂肪肝改善,腎炎改善,潰瘍性大腸炎改善などの薬効を示す4図3).プラスミノゲンモジュレーション活性をもたないSMTP同族体との比較実験により,炎症性疾患モデルでの薬効にはプラスミノゲンへの作用は必要なく,血栓塞栓に起因する虚血病態を伴う脳梗塞の改善においてはプラスミノゲンモジュレーション活性とsEH阻害活性の双方が重要である4

図3

SMTPの薬理作用

SMTPはプラスミノゲンのコンホーメーション変化に基づく生理的血栓溶解促進作用と,sEH阻害に基づく抗炎症作用を併せ持つ.さらに,SMTPはトコフェロールと類似する骨格を有するため抗酸化作用も持つため多様な薬理活性を示す.

脳梗塞は以下の3種に大別される11:心原性脳梗塞(およそ1/3:心臓で形成された凝固塊が主に脳主幹動脈の塞栓となることに起因),アテローム血栓・塞栓性脳梗塞(およそ1/3:内頸動脈や脳主幹動脈で形成された凝固塊が血栓あるいは塞栓を形成することに起因),ラクナ梗塞(およそ1/3:主幹動脈から分岐する穿通枝に形成される微小血栓あるいは脂肪硝子変性に起因).SMTPは塞栓性および血栓性脳虚血モデルの双方で効果を示す.

塞栓性脳梗塞モデル(げっ歯類およびサル)で得られた結果の概要は,(1)梗塞サイズの減少,神経欠損症状および浮腫の改善,(2)t-PAより広い治療時間枠,(3)プラスミノゲン活性化の指標plasmin-α2-antiplasmin複合体(PAP)レベルの増加,(4)血流改善,(5)炎症性サイトカインレベルの低下などである1214.また,血栓性脳梗塞モデル(げっ歯類およびサル)においても,(1)梗塞サイズの減少,神経欠損症状および浮腫の改善,(2)血流改善,(3)出血転換の抑制,(4)炎症性サイトカインレベルの低下などが観察された15, 16

さらに,血栓塞栓を伴わない物理的脳虚血モデル(げっ歯類)においてもSMTPの薬効は確認され,脳梗塞改善におけるSMTPの抗炎症作用・抗酸化作用の寄与が示唆された1618.物理的一過性脳虚血モデルにおいては,(1)活性酸素種・酸化傷害マーカーの低下,(2)マトリックスメタロプロテイナーゼ-9(MMP-9)発現低下・脳血管関門破壊の抑制,(3)出血転換の抑制が見られた17, 18

血栓溶解促進作用をもつSMTPが出血転換を抑制することは興味深い.その機序には,SMTPのもつ抗炎症・抗酸化作用が中心的役割を果たすと考えられる(図4).早期の出血転換の要因は活性酸素種,MMP-9などによる神経血管単位の傷害・脳血管関門の破綻である19が,上述のように,SMTPは炎症性サイトカイン発現を抑制し,MMP-9および活性酸素種のレベルを低下させる12, 15, 17, 18.さらには,SMTPが血栓溶解の生理的プロセスを促進することが出血リスクの低減に寄与すると考えられる(図4).正常動物ではSMTPはわずかにPAPレベルを増加させるのみであるが16,塞栓性脳梗塞モデルでは顕著にPAPレベルを増加させる14.SMTPの作用は,プラスミノゲンコンホーメーション変化誘導によるプラスミノゲン・フィブリン結合の促進を通じた,血栓および内因性プラスミノゲンアクチベーターに依存する生理的線溶の加速である.正常動物において止血に影響しないという結果はこの考えを支持するものである16

図4

SMTPの脳梗塞改善作用

SMTPの脳梗塞改善作用には,(1)プラスミノゲンへの作用,(2)sEH阻害作用,(3)抗酸化作用が関与する.(1)の作用によりプラスミノゲン・フィブリン結合が増加し,内因性プラスミノゲンアクチベーターを介した生理的線溶が加速する.これにより過度な出血リスクを伴わない血栓溶解が可能となる.(2)の作用により抗炎症活性をもつ脂肪酸エポキシドのレベルが増加し,局所での炎症が抑制され,これと(3)の抗酸化作用が相まって出血転換・神経細胞死が抑制されると考えられる.これら3つの活性の相乗作用がSMTPの優れた作用を生み出すものと推測される.

5.SMTPの開発

前述のようにSMTPはその生合成の最終段階で培地中のアミンをN側鎖として取り込むことにより形成されるため,これを利用した選択的生産方法を開発した.すなわち,アミン制限培地で生育させたS. microsporaに側鎖となるアミンを添加して培養することにより,特定のSMTP同族体を選択的かつ高効率に生産でき,その際の生産量は1 g/Lを遥かに超える4.本技術により,SMTPの大量生産方法が確立され,非臨床試験および臨床試験に用いる原薬の製造が可能となった.

SMTP同族体の一つ(開発コードTMS-007)の臨床第1相試験は,東京大学医学部附属病院P1ユニットにて実施した(2014年10月から2015年8月:JapicCTI-142654として日本医薬情報センター臨床試験情報に登録).試験は,20~45歳の健康成人男性を対象としたプラセボ対照無作為化二重盲検用量漸増群間比較試験として計画され,被験者当たり3,15,60,180,および360 mgのTMS-007が静脈内投与された.血漿TMS-007レベルは用量に比例して上昇し,360 mg/body投与時の血漿濃度はカニクイザルでの薬効用量の血漿濃度に比肩するレベルに達した.出血性の有害事象や重篤な有害事象は発生しなかった.

TMS-007の臨床第2相試験は,脳梗塞患者を対象とするプラセボ対照無作為化二重盲検用量漸増群間比較試験として計画され(JapicCTI-183842として登録),2017年12月から国内41施設の参加のもとに実施し,2020年11月に90名の症例組入れを完了した.主な組入れ基準は,(1)症候性の脳梗塞を発症している20歳以上88歳未満の男性あるいは60歳以上88歳未満の女性,(2)脳梗塞の発症確認時刻あるいは最終未発症確認時刻から12時間以内に治験薬を投与開始可能な者,(3)組入れ検査時のNational Institutes of Health Stroke Scale(NIHSS)が6以上23以下,(4)組入れ検査時のDWI-ASPECTS(11点法)が5以上の者であり,用量は1,3,あるいは6 mg/kgの静脈内投与,安全性や投与90日のmodified Rankin scale,NHISSスコアの変化,薬力学的パラメーターなどを評価する.2021年半ばまでには結果の概要が明らかとなる見込みである.

6.おわりに

SMTPは生理的血栓溶解促進作用と抗炎症・抗酸化作用という特徴を併せ持つ.血栓溶解促進作用,抗炎症作用,抗酸化作用の異なるSMTP同族体を用いた研究は,これら3種の活性が脳梗塞改善に寄与することを示唆している20図4).このような作用はこれまでの脳梗塞治療薬の活性とは全く異なるものであり,進行中の臨床第2相試験の結果がその臨床有用性に対する答えを出してくれると期待している.

謝辞

SMTPの開発は多くの共同研究の上に成り立っている.遠藤章東京農工大学特別栄誉教授(コレステロール低下薬スタチンの発見者)には本研究の端緒を与えていただき,また,薬つくりの精神を教えていただいた.東北大学大学院医学系研究科・冨永悌二教授,新妻邦泰教授,秋田大学医学部・清水宏明教授(薬効薬理,臨床第1相試験,臨床第2相試験),昭和大学薬学部・本田一男元教授,野部浩司教授,柴田佳太准教授,橋本光正講師(薬効薬理),東京大学医学部附属病院・山崎力元教授,森豊隆志教,P1ユニット(臨床第1相試験),東京農工大学大学院農学研究院・北野克和教授(構造解析),同・鈴木絵里子講師(抗炎症作用の解析)ならびに研究に参加した多くの優秀な学生,SMTPの開発を手掛ける株式会社ティムス・若林拓朗代表取締役,西村直子博士,長谷川啓子主任研究員,他多数の共同研究者に心からの謝意を表する.

著者の利益相反(COI)の開示:

役員・顧問職・社員など(株式会社ティムス),エクイティ(株など)(株式会社ティムス),臨床研究(治験)(株式会社ティムス),研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(株式会社ティムス),その他の報酬(株式会社TTC)

文献
 
© 2021 The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
feedback
Top