Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Thrombosis and coagulopathy in obstetrics and gynecology
Tissue factor-positive extracellular vesicles and cancer-associated venous thromboembolism
Yohei HISADA
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2021 Volume 32 Issue 5 Pages 613-618

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Abstract

組織因子(tissue factor: TF)は,膜貫通タンパクであり,外因系凝固経路の開始因子である.TFは血中で選択的スプライシング(alternative splicing)TFとTF陽性(TF+)細胞外小胞(extracellular vesicle: EV)の2種類の状態で存在すると考えられている.選択的スプライシングTFは凝固活性が著しく低いが,TF+EVsは凝固活性を有する.がんを含む様々な疾患でEVTF活性が上昇することが示されてきた.がん患者では,一般の母集団と比べて,静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)のリスクが有意に高いことが示されており,EVTF活性とVTEの関連を調査する様々な研究が行われてきた.本稿では,血漿中のTF+EVsの測定法とがん患者におけるEVTF活性とVTEの関連に関する研究を要約する.

1.はじめに

組織因子(tissue factor: TF)は,膜タンパク質で,凝固第VII因子(FVII)または活性化FVII(FVIIa)の受容体として働く.TF/FVIIa複合体は外因系凝固カスケードの主要な開始因子である.1999年にYale Nemersonらのグループが,血中の “Blood-Borne TF” の存在を提唱した1.筆者らはコラーゲンコーティングしたガラススライド上に未処理の健常人の血液を流し,血中TFの存在を示した.一方,Kenneth Mannらのグループは,健常人の全血からはTFは検出できなかったと報告した2, 3.この結果の差は,血液の “流れ” によるものであると考えられ,血液の流れが不活性化状態のTFの活性化,あるいは細胞内TFの細胞外露出に寄与すると考えられる4.現在では,健常人の血中には検出できないレベルの微量のTFが存在しているが,これらのTFは不活性状態,あるいは阻害されており,凝固系を活性化するにはこれらのTFの活性化が必要と考えられている4.TFは血中で,選択的スプライシング(alternative splicing)TF(asTF)とTF陽性(TF+)細胞外小胞(extracellular vesicle: EV)の2種類の状態で存在すると考えられている57.asTFは可溶性タンパクとして,血中に存在する5.asTFは5番目のexonが存在せず,FVIIとの結合に必要なアミノ酸残基を欠いており,凝固第X因子(FX)の活性化に必要な膜貫通領域も欠いているため,凝固活性は著しく低い5, 8.細胞外小胞は,活性化細胞,アポトーシスを誘導した細胞,あるいはがん細胞から放出されるマイクロメーター以下の膜小胞であり,母細胞由来のタンパクを膜表面に発現している9.細胞外小胞はmicroparticle,microvesicle,あるいはexosomeなど様々な名称で呼ばれていたが,それらの細胞外小胞を区別,単離,同定する明確な基準が存在しないため,近年,国際細胞外小胞学会(International Society of Extracellular Vesicles[ISEV])によりextracellular vesicles(EVs)という総称が導入された10.本稿ではそれに倣い,細胞外小胞を表す用語として以後EV(s)を用いる.TF+EVsは主に活性化した単球やがん細胞から血中に放出され,凝固活性を有する.健常人のEVTF活性は極めて低い,あるいは検出できないが,がん,ウイルス感染症,菌感染症,急性肝障害,家族性高コレステロール血症など様々な疾患でEVTF活性の上昇がみられる11.本稿では血漿中のTF+EVsの測定法及びがん患者におけるEVTF活性と静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の関連について論ずる.

2.血漿中のEVTF活性の測定

1)血漿中のTF+EV測定法

血漿中のTF+EV測定法は,TF抗原測定法とTF活性測定法に大別される.前者の例としては,市販のTF ELISAやフローサイトメトリーがあり,後者の例としては,市販のEVTF活性測定キットや各研究室で独自に開発したEVTF活性測定法がある.先行研究の結果からTF抗原測定法はバックグラウンドが高く,感度と特異度が低い1214.一方,TF活性測定法はTF抗原測定法と比較して,バックグラウンドが低く,感度と特異度が高い13, 14.Nigel Mackmanラボに所属していた辰巳公平先生(現奈良県立医科大学)らによる比較検討の結果,Mackmanラボで独自に開発したEVTF活性測定法は市販のEVTF活性測定キット(ZymuphenTM MP-TF,Aniara Diagnostica社)よりも感度,特異度ともに高いことが示された15

2)血漿中のTF+EVの測定結果に影響を及ぼす因子

血漿中のTF+EVの測定結果に影響を及ぼす(と考えられる)因子として,抗凝固剤,血漿の調製法(遠心分離のスピードや温度,血液採取から血漿調製までの時間),凍結融解,血漿の保存条件などがある13, 16.血液採取時の抗凝固剤として,クエン酸ナトリウムが一般的に使用されるが,エチレンジアミン四酢酸(Ethylenediaminetetraacetic acid: EDTA)が使用される場合もある.我々の検討では,同一ドナーから血液を採取する際に,クエン酸ナトリウムを抗凝固剤として使用し,リポ多糖で処理した後に調製された血漿の方が,EDTAを抗凝固剤として使用し,リポ多糖で処理した後に調製された血漿よりも有意に高いEVTF活性を示した(Hisada,Mackman非公開データ).また,Leeらが行った比較検討の結果,同一ドナーから採取した血液をリポ多糖処理して,乏血小板血漿(platelet poor plasma)と無血小板血漿(platelet free plasma)を調製し,EVTF活性を比較したところ,無血小板血漿では乏血小板血漿に比べて52%低いEVTF活性を示した14.我々は,クエン酸ナトリウムを使用し,無血小板血漿を用いたEVTF活性測定を推奨している.

3)EVTF活性測定法

Nigel MackmanとSusanne Osantoのグループが同時期に類似した2つの異なるEVTF活性測定法を開発した6, 7.両測定法とも高速遠心で血漿からTF+EVsを沈殿分離し,抗TF抗体あるいはコントロール抗体を添加し,FVIIaとFXを加えて,FXaを産生させ,FXa活性を測定する原理は同じである(図1).Mackmanらはエンドポイントアッセイを採用しており,単位はpg/mLを用いるが,Osantoらはカイネティックアッセイを採用しており,単位はfM Xa/minを用いる.Thalerらが,がん患者血漿を用いて,両測定法を比較したところ,測定結果に有意な相関を認めた17.尚,MackmanラボにおけるEVTF活性測定法の詳細に関しては文献16を参照していただきたい.

図1

Mackmanラボにおける細胞外小胞組織因子活性測定法のワークフロー

血漿サンプルにアルブミン含有Hepes緩衝液(HBSA)を加えて,高速遠心(20,000×g,15分)し,細胞外小胞(extracellular vesicles: EVs)を沈殿分離する.沈殿したEVsにHBSAを加えて懸濁した後,同じ条件で遠心を繰り返す(洗浄).沈殿分離したEVsにHBSAを加えて懸濁した後,懸濁サンプルを96ウェルプレートの2つのウェルに等分して加える.一方のウェルには抗組織因子(tissue factor: TF)抗体を,もう一方のウェルにはコントロール抗体を加えて,常温で15分間インキュベーションする.両ウェルに活性化凝固第VII因子(FVIIa)と凝固第X因子(FX)を加え,37度で2時間インキュベーションする.その後,両ウェルに活性化FX(FXa)に対する基質を加え,産生されたFXaの活性をプレートリーダーで測定する.Innovin(Siemens社,脂質を付加したリコンビナントTF)で作製した検量線を基に,測定値を算出する.コントロール抗体を加えたウェルは全FXa活性,抗TF抗体を加えたウェルはTF非依存FXa活性をそれぞれ示す.全FXa活性からTF非依存FXa活性を差し引くことで,TF依存FXa活性を導き,これをEVTF活性とする16

3.がん患者におけるEVTF活性とVTEの関連

1)がんとVTE

がん患者は一般的な母集団と比較して,VTEの発症リスクが4から9倍高いと報告されている18, 19.Mulderらの報告によると,がん患者の予後の改善,computed tomographyスキャン,化学療法,あるいは分子標的療法の使用頻度の増加に伴い,がん患者におけるVTEのリスクは年々増加している19.興味深いことにVTEの発生率はがん種により大きく異なることが報告されており,膵がん,脳腫瘍などで高く,乳がん,前立腺がんなどで低い20.このことから,がん種に特異的なVTEの発症機序が存在することが示唆されている21

2)VTE合併あるいは非合併がん患者におけるEVTF活性

1981年にDvorakらが,がん細胞が凝固活性を有する細胞外小胞を放出すると報告した22.それ以来,がん細胞由来細胞外小胞膜表面のTFが,凝固活性を有することが示されてきた2325.様々な研究によって,がん患者におけるEVTF活性とVTEの関連が調査された6, 2629.4つの研究でがん患者において,EVTF活性とVTEの関連が認められたが6, 2628,我々が行った研究では,がん患者においてEVTF活性とVTEの関連は認められなかった29.この結果の違いは,研究に参加した患者のがん種の構成の違いによるものと考えられる.後述するが,これまでのところ,膵がん患者のみでEVTF活性とVTEの間に関連が認められ,他のがん種のがん患者においては,EVTF活性とVTEの間に関連が認められていない.

3)VTE合併あるいは非合併卵巣がん患者におけるEVTF活性

本誌で特集されている産婦人科領域のがんでは,卵巣がん患者におけるEVTF活性とVTEの関連を調査したCohenらによる研究がある30.この研究では19人のVTE合併患者を含む59人の上皮性卵巣がん患者のEVTF活性が測定された.VTEを合併しなかった患者のEVTF活性とVTEを合併した患者のEVTF活性の間に有意差は認めなかった.4人のVTE合併患者を含む84人の卵巣がん患者のEVTF活性を測定した我々の研究においても,VTEを合併しなかった患者(中央値:0.17 pg/mL,範囲:0~2.29 pg/mL)とVTE合併患者(中央値:0.17 pg/mL,範囲:0~0.22 pg/mL)との間にEVTF活性の有意な差は認められなかった(Hisada,Bae-Jump,Mackman非公開データ).以上のようにこれまでのところ,卵巣がん患者においてはEVTF活性とVTEに関連は認められていない.しかしながら,2つの研究はどちらも患者数が少ないため,より大規模な前向き研究で結果が確認されることが待たれる.

4)様々ながん種のVTE合併あるいは非合併がん患者におけるEVTF活性

卵巣がん以外に,様々ながん種において,EVTF活性とVTEの関連の検討がなされた.例えば,Auwerdaらの報告によると,VTEを合併した15人の多発性骨髄腫患者とVTEを合併しなかった107人の多発性骨髄腫患者において,化学療法を始める前のEVTF活性に有意な差は認められなかった31.同様にGezeliusらは,小細胞肺がん患者において,EVTF活性とVTEに関連が無いことを認めた32.Thalerらは,Cox proportional hazard model解析の結果,膵がん患者でのみEVTF活性とVTEに関連傾向を認めたが,有意差は認められなかった(hazard ratio per doubling of EVTF activity 1.5, 95% confidence interval 1.0~2.4, P=0.051, multivariable analysis)17.一方,脳腫瘍,胃がん,大腸がん患者ではEVTF活性とVTEに関連は見られなかった.Thalerらの研究は,フォローアップ期間が2年と,他の研究に比べて長いため,膵がん患者で弱い関連傾向しか確認されなかったと考えられる.実際,フォローアップ期間が5~6か月のBharthuarらとWoeiらの報告では膵がん患者において,EVTF活性とVTEに関連を認めた33, 34.しかし,フォローアップ期間が6か月のvan Esらの報告では,膵がん患者において,EVTF活性とVTEに関連を認めなかった35.この結果の差は,解析法の違いによるものと考えられる.BharthuarらとWoeiらは,VTE合併膵がん患者群とVTEを合併しなかった膵がん患者群のEVTF活性の絶対値を比較した.一方,van Esらは,EVTF活性の閾値を設定して,閾値より高い群と低い群のVTEのリスクを比較した.isocitrate dehydrogenase 1IDH1)遺伝子の変異は神経膠腫患者に頻繁にみられる.Unruhらは,変異型IDH1をもつ神経膠腫患者は野生型IDH1をもつ神経膠腫患者に比べて,有意にVTEの発症率が低いことに着目した36.TCGAデータベースを解析した結果,筆者らは,F3(TF遺伝子)と変異型IDH1の間に強い反相関関係を認めた.変異型IDH1をもつ神経膠腫でF3遺伝子のプロモーター領域の高メチル化が起こっており,TFタンパクの発現が低いことが明らかになった.筆者らは,変異型IDH1をもつ神経膠腫患者のEVTF活性は野生型IDH1をもつ神経膠腫患者のEVTF活性と比較して,有意に低いことを認めた.重要な点として,VTEを合併した4人の患者はいずれも野生型IDH1であり,そのうち3人は高いEVTF活性を示した.筆者らのEVTF活性法はMackmanラボのEVTF活性法に類似したものであるが,TF依存性のFXa産生を測定するために必要な抗TF抗体とコントロール抗体を単離したTF+EVsに加える工程を抜かしているため,結果の解釈の注意が必要である.ここまで紹介した研究は全てsingle time pointでのEVTF活性を測定した研究である.

がん患者におけるEVTF活性とVTEの関連を評価した3つの縦断研究がある.Khoranaらは2人のVTE合併患者を含む10人の膵がん患者のEVTF活性を経時的に測定した7.興味深いことに2人のVTE合併患者は,いずれもVTEを発症するまでEVTF活性の上昇が認められた.一方VTEを合併しなかった患者は低いEVTF活性を保っていた.Kasthuriらの研究では,1人のVTE合併患者を含む13人の膵管腺がん患者と4人のVTE患者を含む22人の大腸がん患者のEVTF活性を測定した37.VTE合併膵管腺がん患者は化学療法開始前に高いEVTF活性を示し,VTEを発症するまでEVTF活性が上昇した.一方,VTEを合併した大腸がん患者は,観察期間中低いEVTF活性を保った.最近のReitterらの研究では,6人の膵がん患者を含む12人のVTE合併がん患者と26人のVTEを合併しなかったがん患者のEVTF活性を経時的に測定した38.その結果,経時的なEVTF活性とVTE発症に統計的に有意な関連は認められなかった.重要な点としては,Reitterらの研究では,患者数が少なかったため,がん種による統計解析は行わなかった.これらの結果から,膵がん患者でのみ,EVTF活性がVTEの発症前に上昇することが示唆された.以上の研究の概要を表1にまとめた.

表1 がん患者における細胞外小胞組織因子活性と静脈血栓塞栓症の関連を評価した研究
研究 年 がん種 VTEを合併した患者数/全患者数 EVTF活性とVTEの関連
Tesselaar 20076 膵がん 5/23
乳がん 2/27
Khorana 20087 膵がん 2/10 VTE合併患者でのみEVTF活性の経時的な上昇
Tesselaar 200926 13がん種 51/100
Manly 201027 24がん種 53/66
Auwerda 201131 多発性骨髄腫 15/122
Thaler 201217 膵がん 12/60 膵癌のみEVTF活性とVTEに有意差の無い関連傾向(P=0.051)*
胃がん 6/43
大腸がん 12/126
脳腫瘍 19/119
van Doormaal 201228 6がん種以上 5/43
Bharthuar 201333 膵胆管がん 52/117
Unruh 201636 脳腫瘍 4/29 3/4のVTE合併患者は,高いEVTF活性**
Woei 201634 膵腺がん 14/79
Cohen 201730 上皮性卵巣がん 19/59
Gezelius 201832 小細胞肺がん 15/235
Hisada 201829 17がん種 11/60
van Es 201835 膵がん 9/89
Kasthuri 202037 膵管腺がん 1/13 VTE合併膵癌患者のみEVTF活性の経時的な上昇
大腸がん 4/22
Reitter 202038 4がん種 12/38
Hisada unpublished data 卵巣がん 4/84

EVTF活性:extracellular vesicle tissue factor活性,N/A: not available,VTE: venous thromboembolism

* multivariable analysis

** 抗TF抗体とコントロール抗体を用いていない方法

4.結語

現在までのところ,膵がん患者においてのみEVTF活性とVTEに関連が認められている.しかしながら,変異型IDH1をもつ神経膠腫患者のように,特定の遺伝子変異をもつがん患者において,EVTF活性とVTE発症に正または負の関連が認められる可能性がある.今後統一された測定法を用いて,多施設前向き観察研究で様々ながん種についてEVTF活性を検討することにより,EVTF活性とがん関連静脈血栓症の相関の更なる知見が得られると考えられる.

謝辞

執筆の機会を与えていただいた宮田敏行先生(国立循環器病研究センター脳血管内科),根木玲子先生(国立循環器病研究センターゲノム医療支援部遺伝相談室産婦人科部),原稿に対して貴重なご意見をいただいた辰巳公平先生(奈良県立医科大学血栓止血先端学講座),河野友裕先生(University of North Carolina at Chapel Hill, UNC Blood Research Center),そしてNigel Mackman先生(University of North Carolina at Chapel Hill, UNC Blood Research Center)のご指導に深謝いたします.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし.

文献
 
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