Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: State-of-the-Art Medical Biology on Neutrophil Extracellular Traps
Clinical relevance of NETs formation in the development of atherogenic cardiovascular diseases
Takeshi SUGIMOTOHiroyuki YAMADAHiroshi KUBOTAKeisuke SHOJINoriyuki WAKANASatoaki MATOBA
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2021 Volume 32 Issue 6 Pages 672-678

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Abstract

近年,neutrophil extracellular traps(NETs)形成が心血管病の新たな治療標的として注目されている.「The lower, the better」の標榜のもと脆弱プラークの破綻による急性冠症候群の発症予防に傾注したスタチン時代を通して,好中球はバイスタンダーまたはバイオマーカー的存在に過ぎなかった.その後,ストロングスタチン製剤による強化脂質低下療法の拡充に伴って,急性冠症候群(acute coronary syndrome: ACS)患者の病態基盤が破綻プラークからびらんプラークへとシフトしていく.同時期に,血栓形成の足場としてのNETs形成がヒトや実験動物モデルにおいて相次いで報告された.NETs形成は免疫と血栓との連関に注目したimmunothrombosisという概念の中で,まさにその橋渡し的存在となりつつある.筆者らは,うつ病モデルマウスを用いてNETs形成を介した動脈硬化形成や血栓形成についてこれまで報告しており,うつ病における心血管病発症機序とNETs形成の関連性に注目している.本稿では,NETs形成が心血管病発症の新たな治療標的として注目されるに至った経緯を概観したい.

1.はじめに

近年,neutrophil extracellular traps(NETs)形成が動脈硬化性心血管病の新たな治療標的として注目されている13.1856年,病理医Rudolph Virchowは心血管病発症の基盤病態である動脈硬化形成に対しResponse to Injury Hypothesisを初めて提唱した4.1970年代以降,分子生物学的解析の黎明期と相まってRossらが内皮細胞障害,血小板凝集,血管平滑筋細胞増殖による内膜肥厚という一連の概念へと発展させることになる5.1990年以降は,Tabasらが新たに提唱するResponse-to-Retention Hypothesis6とHMG-CoA阻害薬の臨床応用が追い風となり,「The lower, the better」の標榜のもとスタチン時代と呼ばれる興隆期を迎える.不安定プラークの同定とその安定化が内科治療の主流となり今日のPCSK9阻害薬へと引き継がれてきた7.この間,Peter Libbyが提唱し続けた動脈硬化形成における「炎症」という概念が8,単球・マクロファージおよびリンパ球といった免疫細胞への注目を促し9,CANTOS試験やCOLCOT試験として実を結ぶことになるが10, 11,好中球はバイスタンダーまたはバイオマーカーとしての役割を担い続けてきた12.このような背景の中,NETs形成が心血管病発症の新たな治療標的として注目されるに至った経緯と今後の展望について私見を述べたいと思う.

2.好中球と心血管病

当初,実験動物を用いた動脈硬化形成における好中球の役割は早期のプラーク形成に関与するという報告が多く13,臨床ではANCA関連血管炎といった特定領域に限定されていた.その後,緊急冠動脈血行再建術における血栓吸引療法の普及により,回収された血栓内に好中球やその脱分泌顆粒が認められ 14, 15,好中球の役割を急性冠症候群(acute coronary syndrome: ACS)という多くの循環器内科医が日常臨床でかかわる疾患まで拡大させる契機となった.ACS発症という病態に好中球がどのように直接関与しているかは臨床医のみならず基礎研究者にとっても興味深い研究テーマとなった.折しも,末梢血好中球はこれまで均質な細胞集団と考えられてきたが,その動態解析と表面マーカーや転写因子発現の詳細な解析により様々な形質を呈する不均質な細胞集団であることが次第に明らかとなってきた1618.とりわけ2004年にBrinkmannらが細菌を補足し殺菌する好中球の新たな機能形態として初めて報告したNETs形成は19,無菌免疫へとその研究対象が拡大され,慢性炎症性疾患として捉えられてきた動脈硬化形成におけるその役割が積極的に解析されることになる.

3.NETsと動脈硬化形成

Knightらは,apoE欠損マウスの骨髄より採取した好中球ではNETs形成が亢進しており,汎PAD阻害薬投与により動脈硬化病変およびH3-Cit-陽性細胞数が有意に抑制されることを報告した20.さらにWarnatschらは,コレステロールクリスタルにより誘導されたNETs形成がマクロファージのインフラマゾーム活性化に先行するプライミングに関与していることを報告した21.著者らもapoE欠損マウスを用いたうつ病モデルマウスの初期動脈硬化形成においてNETs形成が亢進し,DNase I投与により動脈硬化増悪が消失することを報告している22.その後,NETs形成による好中球からの脱顆粒や微小小胞体,ヒストンやDNAによる内皮障害や平滑筋細胞障害機序についての詳細な報告が相次ぐ.Silvestre-Roigらは,NETs形成により細胞外に放出されたヒストンH4が平滑筋細胞障害を惹起し脆弱プラークに至る機序を報告した23.臨床研究ではSokoloveらが,慢性関節リウマチ患者の冠動脈プラークを解析し,シトルリン化タンパクとPAD4の共在を初めて報告した 24.StakosらはST上昇型急性心筋梗塞患者の責任冠動脈内から採取した血小板の活性化亢進および凝集血小板と好中球の複合体数が増加していることを報告している15.さらに採取した活性型血小板はコントロール好中球のNETs形成を有意に促進することを示した.しかしながら,ACS発症機序におけるプラーク破綻という概念のもとでは,好中球によるNETs形成はプラーク破綻後の血栓形成におけるバイスタンダー的位置づけであり,NETs形成が心血管病発症の重要なファクターであることが注目されるには,ACS発症機序のパラダイムシフトとimmunothrombosisという概念の登場を待つことになる.

4.急性冠症候群発症機序のパラダイムシフト

同一患者における待機的冠動脈造影検査とACS発症時の緊急冠動脈造影検査との対比は,高度狭窄病変からACS発症に至ると考えられていたそれまでの仮説を見直す契機となった.1990年頃よりACS発症に至る冠動脈病変は軽度~中等度の狭窄病変であるという報告が相次ぎ25,血栓性閉塞に至る機序として脆弱プラークの破綻が注目された7.プラーク破綻をきたす不安定プラークの安定化に治療の主眼が向けられ,後にスタチン時代と名付けられることになる.その後,ACS患者の緊急冠動脈造影時に血管内超音波法に加えて光干渉断層法(OCT: optical coherence tomography)を実施することで閉塞部位の詳細な観察が可能となった.著者らの施設で実施したACS患者のOCT画像を提示する.図1は,ST上昇型急性心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction: STEMI)患者のOCT画像であり,閉塞責任部位の遠位側に破綻したプラーク被膜の一部が確認できる.一方,図2は非ST上昇型急性心筋梗塞(non ST elevation myocardial infarction: NSTEMI)患者の亜急性期におけるOCT画像であるが,明らかなプラーク破綻を示唆する所見は認めないものの,均質な高輝度シグナルを呈する繊維性プラークの一部に壁在血栓で覆われた不規則な内腔面が確認できる.スタチン時代には欧米をはじめACS患者の有意な減少を認めたが,次第にプラーク破綻を伴わない血栓性閉塞病変の存在が注目されはじめた2629表1は破綻プラークとびらんプラークの特徴をまとめたものである.スタチン時代興隆期に治療対象として注目されたのは,高LDL血症を呈する男性で不安定プラーク破綻によるSTEMI発症患者が典型例であり,ストロングスタチン製剤による強化脂質低下療法が幅広く行き渡るに伴って患者数は減少した.その一方で,高LDL血症や破綻プラークを認めない女性のNSTEMI患者の割合が増加し,びらんプラークからの血栓性閉塞に至るメカニズムの解析が注目されることになる(図3).

図1

破綻プラークのOCT像

ST上昇型心筋梗塞を発症した80歳男性.発症時冠動脈造影では右冠動脈近位部の閉塞を認め,ステント留置を実施した(A,a,矢印).ステント留置前より責任病変抹消側(矢印頭)に大きな脂質コア(*)を覆うプラーク被膜の破綻像(矢印頭)を認めた(b).OCT長軸断層像では破綻プラーク破綻(矢印頭)とプラーク内腔(*)を認めた(c).

図2

びらんプラークのOCT像

非ST上昇型心筋梗塞を発症した高ホモシステイン血症を呈する49歳男性.発症時冠動脈造影では左前下行枝近位~中間部に血栓透亮像を伴う亜完全閉塞を認めた(A).同時に施行した血管内超音波検査では明らかな破綻プラークを示唆する所見は認めなかった.血栓吸引療法施行1週間後のCAG,OCTでは,左前下行枝近位部に中等度の狭窄病変を認めた(B,b).OCT画像上,責任病巣に破綻プラークは認めず,均質な高輝度シグナルを呈する繊維性プラークの一部に壁在血栓で覆われた不規則な内腔面(矢印頭)を認めた(c~f).

表1 破綻プラークとびらんプラークの組織学的および臨床的比較
破綻プラーク びらんプラーク
組織学的特徴 形態 薄い皮膜,大きな脂質コア 線維性の均質なプラーク
プラーク成分 脂質が多い プロテオグリカン,グリコサミノグリカン主体
免疫細胞成分 多い(マクロファージ優位) 少ない(好中球優位)
アポトーシス 平滑筋細胞 内皮細胞
血栓 フィブリン多い(赤色血栓) 血小板多い(白色血栓)
臨床像 性別 男性に多い 女性に多い
脂質プロファイル 高LDL血症 高TG血症
急性冠症候群 ST上昇型急性心筋梗塞 非ST上昇型急性心筋梗塞
図3

動脈硬化性心血管病発症機序のパラダイムシフト

脆弱プラークの破綻による急性冠症候群の発症予防に傾注したスタチン時代は,その後,ストロングスタチン製剤による強化脂質低下療法の拡充に伴って,破綻プラークからびらんプラークへとその病態基盤がシフトしていくことになる.

5.NETsと血栓症

近年,NETs形成が動静脈血栓形成に直接関与していることが解明されてきたことは,心血管病発症機序におけるNETs形成の役割をさらに増大させた.NETs形成が血栓形成の足場としての役割を果たしていることが細胞実験で示されて以来30,動静脈血栓動物モデルやヒトの血栓標本における解析より,NETs形成が疾患モデルや血管部位に依存しているものの動静脈血栓形成に重要な役割を果たしていることが数多く報告された3135.従来からの不安定プラークの破綻による閉塞性血栓形成においては,破綻後の内膜下に存在する細胞外マトリックスの血流成分への暴露に伴う組織因子の放出や血小板凝集が血栓形成を引き起こすことが知られているが,好中球およびNETsの直接的な関与を報告したものは殆どない.一方,びらんプラークの閉塞性血栓形成におけるNETsの関与が報告されている36, 37.Quillardらは,TRL2を介した内皮細胞アポトーシスがびらんプラークの形成に関与することを示したうえで,ヒトの頸動脈内膜剝離術により得られたびらんプラーク上ではNETs形成が亢進していることを初めて報告した36.さらにFranckらは,マウス頸動脈カラーを用いた血流障害モデルを用いてびらんプラーク類似モデルを作製し,NETs形成がプラークサイズには影響しないものの内腔面における血栓形成を促進させることを初めて報告した37.NETsに起因する血管内血栓形成は,抗細菌作用という視点からすれば細菌をすばやく補足し血流と共に拡散することを抑制し得る生体防護作用の一つと考えられる.一方,血管内血栓は組織灌流障害から組織虚血や再灌流障害を惹起し,炎症をさらに助長することになる.こうした血管内血栓と免疫細胞との連関に注目したimmunothrombosisという概念をEngelmannらが初めて提唱し38,血栓形成自体が炎症をさらに惹起するというthromboinflammationへと発展していく.これらの新たな概念が,びらんプラークからのACS発症機序と結びつくことによってNETs形成が心血管病発症の新たな治療標的として注目されることになってきた.

6.うつ病とNETs

うつ病は心血管病発症の独立した危険因子であることが明らかとなってきたが39, 40,その機序は十分解明されていない.著者らは,うつ病モデルマウスにおいて惹起された骨髄由来免疫抑制細胞(myeloid-derived suppressor cells: MDSCs)がNETs形成を介して動脈硬化形成促進に作用することを初めて報告した22.さらに,うつ病の心血管病発症におけるNETs形成の役割を明らかにする目的からマウス頸動脈FeCl3塗布モデルを用いて,うつ病モデルマウスにおけるNET形成を介した動脈血栓形成を解析し報告している41.うつ群とコントロール群間で体重,血圧,脈拍数は同等であり,血栓容積においても2群間に有意差を認めなかった.しかしながら興味深いことに,免役組織染色でのフィブリン/フィブリノーゲン陽性領域はうつ群で有意に増加していた.血栓内のLy-6G陽性細胞のほとんどが血管内腔面に集積しneutrophil elastase,Cit-H3,CD41との共染色を認め,うつ群で増加していた.FeCl3塗布前にDNase Iを静脈内投与したところ,うつ群におけるフィブリン/フィブリノーゲン陽性領域は有意に抑制されて両群間の差は消失した.骨髄から採取した成熟好中球を用いてコントロール活性化血小板によるNETs形成を誘導したところ,うつ群由来成熟好中球ではNETs形成が有意に亢進していた.NETs形成に伴うヒストンおよび細胞外DNAを含有したfibrin-rich clotは,フィブリン繊維厚,血栓粘度および抗線溶作用が増大し安定度が増している42.うつ群におけるNETs形成を介した血栓形成が心血管イベント増大の一因となっていることが本研究より示唆された(図4).活性化血小板と好中球の相互作用はNETs形成において重要な役割を果たしていることが報告されており34, 43, 44,うつ群における好中球の形質変化と活性化血小板との相互作用に注目し解析を進めているところである.

図4

うつ病における動脈血栓形成機序に関する仮説

傷害血管内皮に血小板が接着し活性型血小板がNETs形成を惹起する.NETs形成は血小板,赤血球,フィブリンをメッシュ状の構造物内に補足しながらfibrin-rich clot形成を促進させる.筆者らは,うつ病モデルマウスより採取した成熟好中球におけるNETs形成が亢進していることを報告している.

7.おわりに

NETs形成は炎症と血栓症を繋ぐ重要な架け橋的役割を果たしており,びらんプラークにおけるACS発症機序に関与していることが報告されてきた.こうした背景のもと,心血管病発症の新たな治療標的としてNETs形成が注目されている.NETs形成を阻害する各種プロテアーゼやPAD4,JAK2といった阻害薬の臨床効果が現在検討されているが,NETs形成の本来の役割である病原菌から宿主を保護するという効果を失わせてしまう可能性も危惧されている.NETs形成の惹起には,病変環境の変化や免疫細胞をはじめとする多くの隣接する細胞からの刺激に応じて多様化を呈する好中球ならびに活性化血小板をはじめとする様々なNETs形成誘導機序が関与している.心血管病発症におけるNETs形成の関与を一括りの概念でとらえることなく,個々の患者における各々の病期に一次的に関与している標的を探求していくことが重要であると考えられる.

著者の利益相反(COI)の開示:

的場聖明:企業などが提供する寄附講座(日本ライフライン株式会社,バイオトロニクスジャパン株式会社),その他の報酬(医療法人康生会,京都工場保健会診療所)

その他の著者の利益相反の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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