Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Non-factor replacement therapies for hemophilia
Basic aspect of emicizumab
Kenichi OGIWARAKeiji NOGAMI
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2022 Volume 33 Issue 1 Pages 4-13

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Abstract

遺伝子組換えヒト化二重特異性モノクローナル抗体emicizumabは,一方でFIX/FIXaのEGF1ドメインを,他方でFX/FXaのEGF2ドメインを認識する.この結合特性をもって特異的生理機能であるFVIIIa機能(FIXaによるFX活性化の促進)を代替させるという画期的かつ高難度の課題は,多くの技術革新によって成就した.FIX/FIXaおよびFX/FXaに対するemicizumabの結合解離定数はμMレベルであり,通常の抗体製剤のpM~nMレベルと比べ,その結合親和性は弱い.この ‘強すぎない’ 適度な親和性によって,臨床使用下では血漿中FIXおよびFXのうちFIX-Emicizumab-FXを形成するものは概ね1%未満にとどまる.血漿中三量体濃度は,emicizumabの等価FVIII活性と相関し,止血の場における酵素-補因子-基質複合体FIXa-Emicizumab-FXの形成量を反映すると推察される.EmicizumabとFVIIIaの相違点の理解は,実臨床におけるemicizumabの有効性と安全性に関する様々な事象の解釈に有用である.

はじめに

Emicizumabの開発成功1, 2は,血液凝固第VIII因子(FVIII)が先天的に欠乏する血友病Aの治療に大きな変化をもたらした.本稿では,emicizumabの基礎的事項についてこれまでの知見を整理した.ここで取り上げたのは,第一に,二重特異性抗体としてのemicizumabの構造と機能についてであり,特に凝固第IX因子(FIX),第X因子(FX),これらの活性型(FIXa, FXa)とemicizumabの結合親和性と血漿中における存在様式について詳述した.第二に,FVIIIではなく活性型FVIII(FVIIIa)機能の一部を代替するemicizumabとFVIII/FVIIIaとの相違点を整理し,臨床的に話題にあがることが多い等価FVIII活性について言及した.その他の基礎的事項や臨床に関する事項については他の総説を参照されたい.

1.Emicizumabの構造と機能

Emicizumabは遺伝子組換えヒト化二重特異性モノクローナル抗体であり,ラット抗ヒトFIXa抗体及びマウス抗ヒトFX抗体の相補性決定部,ヒトフレームワーク部及びヒトIgG4κのフレームワーク部及び定常部からなる分子量約148,000の糖タンパクである3

1)二重特異性(bispecific)抗体とは

一般にモノクローナル抗体製剤の多くは,アンタゴニストとして,あるいは細胞傷害を誘導してその薬理作用を発揮する.アゴニスト機能,アロステリック活性,触媒活性などを有する抗体の研究報告もあるが46,医薬品として承認された例は限定的である.

二重特異性抗体は,2種の異なる抗原に同時に結合する抗体であり,抗体製剤の持つ可能性を拡げ,腫瘍免疫療法などの分野で精力的に開発が進んでいる7.二重特異性抗体にはFc部分を有する全長IgG型とこれを有さない抗体断片型に大別され,emicizumabは全長IgG型である(図1).全長IgG型には,抗体依存性細胞障害活性や補体依存性細胞障害活性を付与できる,血中半減期が長い,といった利点がある.一方,抗体断片型は分子量が小さく組織浸透性が向上する利点があり,また半減期が短いことが有利に働く場合もある7.腫瘍免疫療法の分野では,破壊対象である腫瘍細胞と細胞傷害性リンパ球の膜表面上の分子に同時に結合し,これらを橋渡しして近接させ抗腫瘍効果を発揮する作用機序が想定されている.臨床応用されているblinatumomabは,抗体断片型の二重特異性抗体であり,悪性B細胞上に存在するCD19抗原とT細胞上に存在するCD3抗原に特異的に結合し,T細胞を活性化して標的細胞に対する細胞傷害活性を惹起する7

図1

通常のIgG抗体,全長IgG型二重特異性抗体,抗体断片型二重特異性抗体の例(著者作成).Catumaxomab,emicizumab,blinatumomabは2020年までに市販化された二重特異性抗体.Fab:fragment antigen-binding(or antigen-binding fragment),Fc:fragment crystallizable,scFv:single-chain variable fragment.

2)二重特異性抗体としてのemicizumabの意義

FVIIIaは活性化血小板リン脂質膜上において,一方でFIXaと,他方でFXと結合することにより,FIXaによるFXa生成効率を飛躍的に増大させる.この補因子作用が「二重特異性抗体で代替できるのではないか?」という服部有宏氏(中外製薬㈱研究本部シニアフェロー)の独創的なアイデアからemicizumabの研究開発は始まった.公知の構造解析データから,FVIIIa分子内のFIXa結合部位とFX結合部位との間の距離と,IgG分子内の二つの抗原認識部位間の距離は同じ程度であることも本試みを後押しした8, 9.抗体の一般特性として,長い血中半減期および高い皮下吸収性を有する.FVIII補因子作用を代替するemicizumabは,長期持続型の皮下投与製剤となり,FVIIIとは抗原性が異なることからFVIIIインヒビターの有無に関わらず効果を発揮することができた.現在,臨床応用されている抗体製剤は100を超えるが,二重特異性抗体製剤は2020年までに3製剤と極めて少ない.Emicizumabは市販化された全長IgG型遺伝子組換え二重特異性抗体製剤として世界初の製剤となり,また人体における特異的な生理機能を代替する世界初の抗体製剤となった.

3)Emicizumabの抗FIX/FIXa部位と抗FX/FXa部位の特性と血漿中における存在様式

Emicizumabの抗FIX/FIXa部位は,448個のアミノ酸残基からなるH鎖と214個のアミノ酸残基からなるL鎖,抗FX部位は,444個のアミノ酸残基からなるH鎖と214個のアミノ酸残基からなるL鎖から構成される3.FIX/FIXaおよびFX/FXaに対するemicizumabの結合親和性は,emicizumabの抗FIX/FIXa部位,抗FX/FXa部位それぞれを両腕に有する単特異性抗体を作成,固相化した後,これら凝固因子を液相中のアナライトとして反応させる表面プラズモン共鳴法で解析された10.結果,FIX,FIXa,FX,FXaに対するKD値は,順に1.58,1.52,1.85,0.978 μMであった(図2).通常の抗体製剤がアンタゴニストとして作用する場合のKD値(pM~nMレベル)を大きく上回り,FVIIIaよりも明らかに弱い結合親和性を示した.また,イムノブロッティング法を用いた解析により,emicizumabに対するFIX/FIXaおよびFX/FXaの結合ドメインは,それぞれEGF1ドメインとEGF2ドメインであることが判明した10.さらに,EGF様ドメインを有する他の凝固/抗凝固因子であるFVII,FXII,プロテインCに対してEmicizumabは結合しないことがELISAを用いて確認された10

図2

Emicizumabに対するFIX/FIXaおよびFX/FXaの結合親和性(文献10より一部改変して引用).

このようにFIX/FIXaやFX/FXaに特異的親和性を有するEmicizumabは,血漿中でどのように存在しているのであろうか.血漿中の正常FIXおよび正常FX濃度をそれぞれ90 nMと135 nMに設定し,emicizumab濃度を変化させた場合の血漿中存在様式が上述のKD値をもとにシミュレーションされた(図3).Emicizumabの臨床使用時に想定される血漿濃度(10~100 μg/mL)において,FIX-Emicizumab-FXの三量体の存在濃度はおよそ0.3~1.3 nM(血漿FIXおよびFXのおよそ1.0~1.5%未満)と推定され,血漿FIXおよびFXの大部分(およそ70~95%)は単体で存在し,およそ5~30%は二量体(FIX-Emicizumab, FX-Emicizumab)として存在していると推定され,この構成比率はFIXあるいはFXの血漿濃度を正常の20%から200%の間で変化させてもほとんど変わらなかった10.このことは他の血液凝固反応に対するemicizumabの干渉が,仮にあったとしても小さいことを示す.興味深いことに,FVIII欠乏血漿においてFXIa惹起トロンビン生成試験で評価したトロンビンピークの値はemicizumab添加濃度に応じてベル型の推移を示し,上述のFIX-Emicizumab-FX三量体の推定存在濃度の推移と類似した10.FIX-Emicizumab-FX三量体の血漿中存在濃度がemicizumabの薬理活性に重要であることを示すこの知見は,例えばFIXおよびFXの濃度が低い新生児や乳児における有効性について11,あるいはFIX/FIXaおよびFX/FXaを含有する活性化プロトロンビン複合体製剤併用時の血栓性有害事象について12考える際に重要な示唆を与えると考える.

図3

結合親和性に基づいたemicizumab,FIX,FXの血漿中存在様式の推測.血漿中のFIXおよびFX濃度をそれぞれ90 nM,135 nMと設定し,emicizumab濃度を変化させた場合の血漿中存在様式が前述(図2)のKD値をもとに計算された.(a)Emicizumab濃度を変化させた場合の,FIX-Emicizumab-FXの三量体の存在濃度の予測,(b),(c)FIXあるいはFXが,単体として,emicizumabとの二量体として,FIX-Emicizumab-FXの三量体として存在する分布率の予測.(d)Emicizumab添加FVIII欠乏血漿において,FXIa惹起トロンビン生成試験で評価したトロンビンピーク値の実測値(文献10より一部改変して引用).

4)EmicizumabのFVIIIa代替機能

FVIIIaは活性化血小板(ホスファチジルセリン(PS)が露出したリン脂質膜)表面において,FIXaのプロテアーゼ活性中心をFXの切断部位に正確に配置させることで補因子活性を示す(という仮説がemicizumabの開発成功により証明されたとも言える).EmicizumabとFVIIIaの違いは後述するが,emicizumabがFVIIIa代替機能を有することは各種のin vitro実験で示されている.純化凝固因子を用いたFIXa触媒FX活性化アッセイにおいて,FIXaまたはPS露出リン脂質膜が存在しない場合はFX活性化反応は促進されず,emicizumabはPS露出リン脂質膜依存性に機能した10.Emicizumab自体がPS露出リン脂質膜と結合しないにも関わらずPS露出リン脂質膜依存性がある理由は,FIXa-Emicizumab-FXの三量体のみではFIXaとFXを正しい位置関係に配向できず,FIXaおよびFXのGlaドメインを介してPS露出リン脂質膜に結合し四量体を形成することによって初めてFX活性化を促進できるためであろうと推察される.

EmicizumabのFVIIIa代替機能活性は,反応速度論に基づき定量的に解析された10.FIXa触媒FX活性化アッセイにおいてemicizumabが及ぼす影響を表1に示す.1,000 nM(≒146 μg/mL)のemicizumabは,補因子のない反応条件(FIXa,PS露出リン脂質膜,CaCl2,FXのみ)の場合と比べ,FXa生成におけるkcatを4,480倍,Kmを19.5倍改善し,酵素反応効率kcat/Kmを87,400倍改善した.30 IU/dLのFVIIIaがこれらのパラメータへ及ぼす影響と比較すると,emicizumabのkcat改善率は約44分の1と弱いが,Km改善率は約4倍とFVIIIaよりも高い親和性を示し,総合的なkcat/Km改善率はFVIIIaの約11分の1という結果であった.

表1 FIXa触媒FX活性化反応においてemicizumabが反応速度パラメータに及ぼす影響.Km値とVmax値は3回測定の平均値±SD値を示す.FIXa濃度は,no cofactorでは40 nM,その他では1 nMに設定(文献10のSupplemental Tableより引用).
Km(μM) Vmax(nM/min) kcat(/min)
No cofactor 0.0986±0.00509 0.0257±0.00256 0.000643
+Emicizumab 0.00505±0.000165 2.88±0.275 2.88
+FVIIIa 0.0195±0.00118 126±9.10 126

5)臨床応用と工業製造にあたっての改良

二重特異性抗体の開発には幾多の困難があった 13.FVIIIa機能の代替を実現させるためには,FIXaのプロテアーゼ活性中心をFXの切断部位に精密に配置させる必要があった.まず,複数の動物種にFIXaまたはFXを免疫し,各抗原に対する抗体を約200ずつ取得し,これら抗体の可変領域をクローニングすることに始まり,約4万のバイスペシフィック抗体のスクリーニングと絞り込み(純化凝固因子を用いたFIXa触媒FX活性化反応,FVIII欠乏血漿における内因系凝固時間短縮能など)を行い,プロトタイプのバイスペシフィック抗体BS15が同定された.さらに,臨床応用に耐えうる医薬品として完成させるために,薬理活性(補因子活性)の向上,抗体のヒト化,製剤の保存安定性,溶解性の向上,高濃度化,非特異結合の低下(皮下吸収性の向上),in silico免疫原性予測値の改善など,多様な要素について改良を行う必要があった.研究開発チームは,大胆なアミノ酸置換によって抗体分子の改変を繰り返しながらこれらの要素を改良し,約2,400のバリアント抗体を評価し,FVIIIa機能代替活性に優れ,かつ他の要素も優れたヒト化バイスペシフィック抗体 “ACE910(一般名:emicizumab)” が同定された 13

一方で,工業製造の課題を解決する必要もあった.emicizumabは全長IgG型二重特異性抗体の形態を有するため,本抗体をそのまま遺伝子組換え細胞内で発現させると,2種の重鎖(A,Bとする)と2種の軽鎖(a,bとする)がランダムに組み合わされ,目的の抗体(Aa/Bb)以外に9種類の不純抗体(Aa/Aa, Aa/Ab, Aa/Ba, Ab/Ab, Ab/Bb, Ab/Ba, Ba/Ba, Ba/Bb, Bb/Bb)が形成されることになる.形成された10種の抗体特性の類似性から,抗体医薬製造に用いられる通常の手法では不純抗体の分離除去が困難であった.研究開発チームは新たに3種の抗体工学技術(FR/CDRシャフリングによる軽鎖共通化,重鎖界面エンジニアリング,等電点エンジニアリング)を開発しemicizumabに適用した13

2.FVIIIaとemicizumabの比較

細胞基盤型血液凝固モデル14において,FVIIIは,凝固開始相で生じる少量のトロンビンにより活性化されるとFVIIIaとなり,同じく少量トロンビンにより活性化された血小板表面においてFIXaによるFXの活性化を促進させる(FVIIIaの補因子作用).活性化されたFXaは,同じく少量トロンビンにより活性化されたFVa存在下に,プロトロンビンの活性化を飛躍的に増大させる(凝固増幅相,トロンビンバースト).トロンビンにより活性化されたフィブリノゲン(フィブリン)は血液凝固反応の最終産物であるが,フィブリンはトロンビンバーストによって初めて止血に耐えうる十分な質を備えたフィブリンポリマーとして機能する.EmicizumabがFVIIIaの代替作用を有することは証明されたが,例えばemicizumab投与中の患者血漿のAPTTが過剰に短縮し,一方で臨床的な止血効果は中等症~軽症血友病A患者相当にとどまることが知られており,FVIII製剤の完全な代替製剤とはならない.このことの理解には両者の相違点を整理することが役立つであろう.

1)FVIIIaとEmicizumabの相違点(表2
表2 FVIIIaとemicizumabの相違点(文献26より一部改変して引用)
FVIIIa Emicizumab
FIXaやFXとの結合 ・重鎖と軽鎖の複数箇所で結合
・nMレベルの高親和性
・特異性が高い
・単箇所で結合
・μMレベルの低親和性
・Zymogenとenzymeの区別なくFIXやFXaとも結合
FIXa/FXとの複合体形成時の補因子としての役割 ・リン脂質膜結合促進
・FIXaの活性中心部位の適切な配向と安定化
・FIXaとFXの橋渡し
・FIXaとFXの橋渡し
血漿濃度(FIXは90 nM,FXは135 nM) ・低い
・FVIIIとして0.3~0.4 nM
・高い
・10~100 μg/mL≒68.5~685 nM
Onスイッチ ・あり
・前駆体として存在し必要に応じて活性化
・なし
・常に活性型として存在
Offスイッチ ・あり
・A2ドメイン自然解離やAPCによる不活化
・FVIII半減期は8~12時間,FVIIIa半減期は極めて短い
・なし
・半減期は27日
FXa生成における律速段階 ・FVIIIa活性 ・FIXa活性(推定)

① FVIIIaはFIXaおよびFXとそれぞれ複数の結合部位を介して相互作用している.これまで明らかになったFVIIIaとFIXaおよびFXとの相互作用部位の模式図を示す(図4).FIXaとFXはFVIIIaの重鎖と軽鎖に渡る立体構造上の表面に位置する数か所の部位で1523,FVIIIaを仲介としてその左右に対峙するように並ぶことがこの模式図から理解できる.一方,emicizumabはFIXaのEGF1ドメイン,FXのEGF2ドメインとそれぞれ1箇所で結合している(図2).

図4

FVIIIaにおけるFIXaおよびFXとの結合部位.

FVIIIaの立体構造模式図中にFIXa結合部位(青,右図のアミノ酸番号)とFX結合部位(赤,左図のアミノ酸番号)を示す.カラーはオンライン版参照.(奈良県立医科大学小児科,武山雅博作成)

② FVIIIaはvon Willebrand因子に保護された血漿FVIIIがトロンビンによる限定分解を受けるまで血漿中には存在せず,同じくトロンビンにより活性化される血小板(PS露出リン脂質膜)が存在する局所に時空間的に制限された中で出現する.一方,emicizumabにはこのon/offスイッチがないため,FVIIIa機能代替活性が常にonの状態で存在する.このことは,emicizumab使用中の患者でAPTTが過剰に短縮する理由であり,またemicizumab単独,あるいはFVIII製剤やバイパス止血製剤との併用時の凝固能を各種検査によって評価する際に重要なポイントとなる.さらにemicizumabはFIXとFIXaを区別することなく,ほぼ同等の結合親和性で相互作用していると考えられ,FIXaのみに特異的に結合するFVIIIaとは異なるが,それがどのような薬理作用の違いとなって現れているのかは不明である.

③ FIXaやFXはそれぞれ単独でもGlaドメインを介してPS露出リン脂質膜へ結合するが,FVIIIaはより強力に(FIXaのおよそ50倍)リン脂質膜に結合する24, 25.したがってFVIIIaにはFIXa(とFX)をPS露出リン脂質膜表面に局在化させる役割を有する.さらにFVIIIaはFIXaとの数箇所の結合部位を介してFIXaの活性中心部位を適切な方向に向け安定化させ,最後にFIXaとFXを橋渡しする役割を有する.この3つの役割のうち,emicizumabは最後の一つのみを代替している.

④ FVIIIaは不活化されるがemicizumabは不活化されない.FVIIIaの不活化はA2ドメインが自然に解離していくことと,活性化プロテインC(APC)等による限定分解による2つの経路を介してなされる(後述).

このようなFVIIIaとemicizumabの相違の結果,「内因性FXa生成経路が,FVIIIa-dependentからFIXa-dependentに変更されている」とのLentingらの指摘 26は,emicizumabの至適治療法を考えるうえで,またemicizumab投与中の患者血を用いた各種一般検査や包括的凝固検査結果の理解に役立つと思われる.このFIXa生成が律速段階であるという仮説は,FXI欠乏血漿を用いた検討において特に興味深い.FXI欠乏血漿にemicizumabを添加し,外因系トリガー(組織因子)と内因系トリガー(エラグ酸)の混合トリガー試薬を用いたトロンビン生成試験を実施したところ,emicizumabによる凝固能改善効果が認められた.この時,FVII欠乏血漿あるいはFIX欠乏血漿に抗FXI抗体を添加し,FVIIあるいはFIXの欠乏と同時にFXIも欠乏した血漿を用いたところ,emicizumabによるトロンビン生成改善効果は消失した.このことから,FXI欠乏血漿におけるemicizumabのFVIIIa機能代替活性発現において,FIXはもちろん必須であるが,かつFVIIa/TFによるFIXa生成が不可欠であることが示された27

前述のFIX-Emicizumab-FX三量体での血漿中存在様式がemicizumabのFVIIIa機能代替活性発現に重要であるとの仮説で考えるならば,リン脂質膜結合能を有さないemicizumabは,三量体としてFIXおよびFXのGlaドメインを介して活性化血小板膜上に局在化し,FVIIa/TFあるいはFXIaによって活性化されたFIXaが近接しFIXと置き換わり,FIXa-Emicizumab-FX三量体が形成されFXaが生成されるといった機序が想定される.

2)凝固制御機構(抗凝固反応と線溶反応)との関連

EmicizumabはFVIIIaのように不活化されることがないという点からは,この製剤が生理的抗凝固機能に抵抗性を示すのではないかという懸念を生じさせる.本邦初のAPC抵抗性FV分子異常症として報告されたFVNaraは,FV活性が低値であるにもかかわらず重篤な深部静脈血栓症を若年性に発症させており,APC/プロテインS/FV複合体がFVaおよびFVIIIaを不活化する抗凝固機能の重要性を再認識させた 28.したがって,emicizumabのFVIIIa機能代替活性がたとえFVIIIaと比べて弱いにしても,emicizumab存在下の抗凝固機能が適切に働くことは,emicizumabの安全性,つまり病的血栓を惹起する可能性を除外する上で重要である.

この点については,emicizumab存在下FVIII欠乏血漿のトロンビン生成試験において,APC/プロテインSによるトロンビン生成抑制効果は十分に認められていることが示され,PC経路によるFVa不活化が十分に作用していることが推察された29.また,生理的抗凝固因子として重要なアンチトロンビンがFIXaおよびFXaに,さらにtissue factor pathway inhibitor(TFPI)がFXaに作用することから,これらに対するemicizumabの拮抗作用について検討された結果,emicizumabはアンチトロンビン,TFPIの作用を阻害しないことが示された30

Emicizumabが線溶反応に及ぼす影響についてもin vitroで検討された.抗FVIII抗体添加健常全血を用いたトロンボエラストメトリ(ROTEM)測定時にtPA同時添加を行い,emicizumab存在下の線溶反応を評価したところ,tPAに対する止血栓安定性は健常全血(すなわちFVIII存在下)と同等であった31.また,emicizumab存在下に形成されたフィブリン塊について走査型電子顕微鏡撮影と凝固波形解析で評価したところ,FVIII欠乏血漿におけるFVIII添加時とemicizumab添加時のフィブリン塊が質的に同等であることが示された32

3)等価FVIII活性をめぐって

Emicizumabの治療濃度域(血漿濃度として10~100 μg/mL)のFVIIIa機能代替活性は,FVIII換算でどの程度であろうか?この問いは,臨床的には極めて重要であり,FVIII製剤やバイパス止血製剤との併用時の薬効を議論する上でも土台になる問題である.Lentingらは,インヒビター保有患者を対象としたHAVEN-1の臨床試験結果で示されたemicizumab投与群の年間出血率332.9が,無治療血友病A患者の自然歴における年間出血率との比較34において,中等症血友病A患者(2.0)と同等であることから,emicizumabの効果は中等症血友病Aレベル(FVIII:C ~5.0 IU/dL)ではないかと推測した26.その後にインヒビター非保有患者を対象に実施されたHAVEN-3試験では年間出血率は1.3~1.5であり,また年間出血ゼロを達成した患者の割合は55.6~60%であった 35.自然歴の調査からはFVIII:Cが約12%以上で年間関節出血回数がゼロになるとの結果34を考慮すると,emicizumabのFVIII等価活性はおよそ軽症血友病Aレベルと言ってよいのではないかと思われる.

血漿を用いた各種の解析では,検査法や検査条件によって等価FVIII活性が異なる36.FVIII活性0.1 U/mLの上昇に必要なemicizumab濃度は,APTTに基づく解析では4.0 nM程度,TF惹起トロンビン生成生成試験では250 nM程度,FXIa惹起トロンビン生成試験では500 nM程度とされている13.この計算でいくと,治療濃度域上限に近い血漿濃度100 μg/mL≒685 nM)のemicizumab添加は,それぞれのアッセイによるFVIII活性換算で,それぞれ1,710 U/dL,27 U/dL,14 U/dLとなる.Nogamiらが報告したPT試薬とAPTT試薬を希釈混合したトリガー試薬を用いた凝固波形解析において,フィブリン濃度差を考慮した補正凝固速度最大値(Adjusted |min1|)による換算37では,emicizumab 100 μg/mLの添加の効果はFVIII活性およそ20 IU/dL相当であった.

この問いに明確な回答を与えることは難しいが,日本血栓止血学会の「血友病患者に対する止血治療ガイドライン:2019年補遺版」38では,emicizumab投与中の凝固機能は「FVIII等価活性15%と推測され」るとし,その根拠として次の非臨床データをもとにした活性予測を挙げている.後天性血友病Aモデルのカニクイザルを用いた動物実験では,emicizumab 3 mg/kg単回静脈内投与が遺伝子組換えブタFVIII 10 U/kg 1日2回静脈内投与と同程度の止血効果を有することを示した39.この結果からemicizumabの等価FVIII活性について2つのタイムポイントで比較し推定を試みたところ,emicizumab 61 μg/mLがFVIII活性25%に相当し(emicizumab 1 μg/mLあたりFVIII活性が+0.4%上昇),またemicizumab 36 μg/mLが7.4%のFVIIIに相当した(emicizumab 1 μg/mLあたりFVIII活性が+0.2%上昇).この2ポイントのemicizumab濃度の平均値48.5 μg/mL付近における等価FVIII活性換算係数の平均値0.3を用いて,48.5 μg/mLにおける等価FVIII活性を14.8%(0.3×48.5)と推定した39.この推定に基づき,図3で示したFIX-Emicizumab-FXの三量体の存在濃度のグラフに当てはめると,血漿emicizumab濃度と等価FVIII活性予測値との関係は図5のようになり13,emicizumab 10~100 μg/mLは等価FVIII活性5~20%相当となる.臨床試験の年間出血率から類推した「emicizumabの効果は軽症血友病A相当」という臨床的使用感に近いものと言える.

図5

FIX-Emicizumab-FX三量体計算値に基づくemicizumab濃度−等価FVIII活性(予測)(文献13より一部改変して引用).

おわりに

Emicizumabが2013年に臨床試験として血友病A患者に初めて投与されてから8年,2018年に本邦で市販化されてから3年が経過し,emicizumabは血友病A患者における標準的治療の一つに位置付けられるようになった.その研究開発においては,前例のない困難を乗り越えるべく,多数の基礎研究の積み重ねがあった.基礎研究の多くは,emicizumabの研究開発チームからのものであるが,患者診療を担当する臨床医の関心事に関連すると思われる基礎的側面を中心に取り上げた.実臨床におけるさまざまな課題を考えるにあたって,基礎研究を振り返ることは有意義であり,本稿がその一助になれば幸いである.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

荻原建一:研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(中外製薬)

野上恵嗣:講演料・原稿料など(中外製薬,Sanofi,Bioverativ,Novo Nordisk,Shire),臨床研究(治験)(中外製薬,Sanofi,Bioverativ,Novo Nordisk,Takeda,Fujimoto Seiyaku,KM Bio,Pfizer),研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(中外製薬,Sanofi,Bioverativ,Novo Nordisk,Takeda,Shire,Bayer,KM Bio,Sekisui Medical),企業などが提供する寄附講座(CSL,Takeda,中外製薬)

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