Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Topics: A new series “COVID-19 Infecion”
Smell and taste dysfunctions of COVID-19
Takaki MIWA
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2022 Volume 33 Issue 3 Pages 347-350

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1.はじめに

2020年3月11日,世界保健機関のテドロス事務局長が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを宣言してから2年を経過したが,いまだ終息が見えてこない状況にある.この間,SARS-CoV-2ウイルスは変異を繰り返し,その度に流行の波を押し寄せてきたが,同時に感染力や重症度を含めた症状の変化をもたらしている.嗅覚・味覚障害は,2020年の最初の流行当時からCOVID-19の症状として注目を集めてきたが,ウイルス株の変異によりその特徴と頻度が変化している.本項ではCOVID-19による嗅覚・味覚障害について,これまでの変化も含めて述べる.

2.嗅覚・味覚障害の疫学

2020年初頭,Lechienら1欧州の若手耳鼻咽喉科医で構成されたタスクフォースの調査により,PCR陽性のCOVID-19患者417例中,86%が嗅覚障害を,88%が味覚障害を自覚することが報告された.この報告も含めた10篇の論文によるシステマティック・レビューでは,嗅覚障害,味覚障害の発生頻度はそれぞれ53%,44%であった2.このようにCOVID-19では発症早期に嗅覚障害,味覚障害を高頻度に発生することから,米国疾病予防管理センターでは2020年4月に,急性に発生する嗅覚・味覚障害をCOVID-19の発症を疑う症状の一つであると警告を発した.嗅覚・味覚障害の発生率に関して国や地域による違いについて,Bartheldら3は42の論文,23,353名によるメタアナリシスを行い,欧米で発生頻度が高く,東アジアの3倍と報告した.

わが国では,筆者らにより2021年2月から5月までのアルファ変異株の流行期に,無症状から中等症までのCOVID-19患者に対して調査が行われ,嗅覚障害,味覚障害の発生率はそれぞれ58%,42%という結果を得た4.この発生率は,先述のシステマティック・レビューで得られた発生率とほぼ同じものである.2021年末から南アフリカに端を発したオミクロン株では,嗅覚・味覚障害の発生頻度は低下している.英国の保健安全保障庁が2022年1月に発表したTechnical briefing5によると,オミクロン株ではその前のデルタ株と比較して,症状発生に関する調整オッズ比が咽頭痛が2近くに上昇したのに対して,嗅覚・味覚障害は0.2とデルタ株の5分の1に減少した.また,Brandelら6によるノルウエーからの報告でも,嗅覚障害の発生率が12%,味覚障害の発生率が23%と減少していることが明らかとなった.このようにウイルス株の変異により,感染力や重症度,さらには症状にも変化が生じることがこのウイルスの特徴であると言える.

3.嗅覚・味覚障害の特徴

COVID-19では,症状のあらわれ方も発生時期により異なる.前述のLechienらの調査では,嗅覚・味覚障害がそれぞれ86%,88%であったのに対し,鼻閉,鼻漏,咽頭痛などの上気道炎症状の発生は10%足らずであり,なおかつ嗅覚・味覚障害の出現とは相関を示さなかった.嗅覚障害と味覚障害にも相関は認めなかった.上気道炎症状がなく,突然に前触れなく嗅覚・味覚障害が出現するというところが,これまでにないこの感染症の特異な点であった.一方,筆者らのアルファ変異株流行時の調査では,上気道炎症状も嗅覚・味覚障害と同程度に出現し,相互に有意な相関を認めた.また,味覚障害が単独で出現する症例は少なく,多くの味覚障害症例は嗅覚障害に伴う風味障害であることが示唆された.さらに2022年のオミクロン株では,嗅覚・味覚障害の発生頻度は減少し,咽頭痛などの上気道炎症状が主となり,ウイルス株の変異による病態の変化も明らかとなっている.最初のパンデミックでは,重症肺炎による死者数や嗅覚・味覚障害の多さなど目立った感染症であったものが,ウイルスが形質を変化させて感冒と区別がつきにくいものとなり,その生き残りを図っているように見えてならない.

COVID-19による嗅覚・味覚障害のもう一つの特徴は,発症時点では重度の障害であるにも関わらず速やかに回復するということである.2020年のHopkinsら7の調査では,発症時には86%が嗅覚脱失(無嗅覚),12%が高度の低下とほぼ全例が重症の嗅覚低下を示したのに対し,同一症例に対して1週間後に行われた調査では,嗅覚脱失を自覚していたのは17%と多くの症例が1週間で回復を示した.筆者らの2021年の調査でも発症当時は62%が嗅覚脱失であったのに対し,調査が行われた平均9日後では30%と半減した.嗅覚障害の早期回復に関しては,その病態を示すMRIを用いた報告がある.Eliezerら8は,嗅覚脱失を訴えるCOVID-19患者20例に対してMRIを撮影し,19例33側に嗅粘膜の浮腫による嗅裂の閉塞を認めたのに対し,1か月後に同一症例に対して行ったMRIでは,同様の嗅裂閉鎖を認めたのは7例8側であったと報告した.すなわち,嗅覚が早期に回復する症例は,嗅粘膜の炎症による気導性嗅覚障害であり,嗅神経まで障害が及んでいないことが示唆された.

多くの症例は嗅覚・味覚障害とも早期に回復するが,障害が長期に渡って持続する症例が少なからず存在する.厚生労働省福永班の調査では,診断後6か月で7%に嗅覚障害が,9%に味覚障害が残存することが判明した9.筆者らの調査でも嗅覚障害,味覚障害の残存率はそれぞれ12%,6%であった.嗅覚障害が残存し筆者の嗅覚外来を受診する多くの患者が訴えるのは,においはするのだが以前とは異なって感じる,あるいはどのにおいも同じ嫌なにおいに感じるという,いわゆる異嗅症である.また,においのないところでも常ににおいを感じる,突然ににおいが現れるという患者もいる.患者にとっては非常に不快で苦痛であり,食べ物のにおいさえ不快に感じ食欲が低下するためQOLも低下する.

4.嗅覚障害の病態

嗅覚障害の発生機序として,嗅粘膜におけるアンギオテンシン変換酵素(ACE2)とII型膜貫通型セリンプロテアーゼ(TMPRSS2)の存在が重要な役割を果たしている.ACE2はSARS-Cov-2ウイルスのS蛋白の受容体であり,ウイルスの宿主細胞との結合に関与し,TMPRSS2は細胞に接着したウイルスが細胞内に取り込まれるのに関与している.動物や人の剖検組織を用いた研究では,ACE2とTMPRSS2は鼻腔内の嗅粘膜に豊富に存在し,更に嗅粘膜の中でも嗅神経細胞ではなく支持細胞やボウマン腺細胞に存在することが明らかとなった1012.また,ハムスターを用いたウイルス点鼻実験では,ウイルスが支持細胞に取り込まれることが報告された13.したがって,ウイルス感染により嗅粘膜の支持細胞およびボウマン腺細胞の炎症が惹起され,粘膜の浮腫や分泌物の増加により元々狭い間隙であった嗅裂が閉塞して嗅覚障害を生じることが推測される.障害が嗅神経細胞に及ばないため,感染の消退とともに早期に嗅覚が回復するものと思われる.これは,先述のMRIを用いたEliezerらの報告と合致する.一方,少ないながら嗅覚障害が長期にわたって残存する症例では,ウイルスによる傷害が嗅神経細胞にまで及び,再生に長期間要することが推測され,これは,従来見られた感冒後嗅覚障害と似た病態を呈していることが予想される(図114.一方,味覚障害の発生機序に関しては,ACE2が舌の味蕾に存在するとの報告 15もあるが,まだ十分に解明されていない.

図1

COVID-19による嗅覚障害の嗅粘膜病態を示す模式図(文献14より)

5.おわりに

オミクロン株への変異により嗅覚・味覚障害の発生頻度は減少した.しかし,後遺症として嗅覚・味覚障害を訴える患者は存在し,少ないながらも現在の変異株でも障害は発生している.嗅覚・味覚障害は他人からは窺いしれない症状であるが,患者にとっては非常に不快で苦痛であり,QOLも低下するため,甘く見てはならない症状と言えよう.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関して開示すべき企業等との利益相反なし

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