Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Okamoto Prize 2022 Shosuke Award The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
Mechanisms of thrombus formation and propagation in atherothrombosis
Yujiro ASADA
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2022 Volume 33 Issue 4 Pages 437-447

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Abstract

心筋梗塞や脳梗塞に代表されるアテローム血栓症の多くは,動脈硬化性プラークの破綻による血栓形成によって発症する.筆者らは病理学の立場から,アテローム血栓症の発症機序の解明に取り組んできた.プラーク破綻部の血栓は,健常動脈と異なり,血小板に加えて多量のフィブリンから成る.これはプラーク内のマクロファージや平滑筋細胞が,動脈硬化の進行に伴い組織因子を高発現するためで,プラークの組織性状や破綻の様式(破裂,びらん)によって血小板とフィブリンの度合いが異なることを見出した.これらの所見を踏まえて,ヒトの病態を反映しうるアテローム血栓症の動物モデルを作成した.プラーク内の組織因子は,CRPをはじめ多くの炎症関連因子やプラーク内出血などに起因する酸化ストレスによって誘導される.加えてプラーク内の低酸素環境も組織因子を強く誘導すること,これに対する細胞内代謝変化が血栓形成能と関連することも明らかにした.また組織因子は,VII因子とプロテアーゼ活性化受容体を介して平滑筋細胞の遊走など,凝固反応以外の生理作用も有し,プラーク形成の促進にも寄与することを見出した.血小板の活性化では,進行した動脈硬化巣ではecto-NTPDase/CD39が減少し,CLEC-2の生体内リガンドであるポドプラニンの発現による活性化亢進が認められる.一方,プラーク破綻は無症候性(血栓が小さく非閉塞性)のものが多いことから,破綻部における血栓の増大機序に着目し,血栓の増大には,プラーク自体の血栓形成能と破綻の程度に加えて,血流の状態,内因系凝固反応,VWF/ADAMTS13などが寄与することを示した.またXI因子は,その活性阻害により,出血時間の延長なく血栓の増大を抑制することを見出し,新たな抗血栓薬のターゲットとなることを報告した.

1.はじめに

わが国では虚血性心疾患や脳梗塞に代表される心血管イベントの発症率が年々増加してきている.これらの疾患の多くは動脈硬化巣(プラーク)の破綻を契機として発生する血栓症により発症することから,アテローム血栓症と総称されている.この疾患群は,わが国の死因の約4分の1を占め,その発症病態の解明と有効な予防・治療法の確立は喫緊の課題とされている.

血栓の形成は,①血管壁の変化,②血流の変化,③血液成分の変化,の3要因(Virchow’s triad)が関連して進行すると考えられており,動脈では血管壁の変化,特にプラークの存在とその破綻が最も重要とされる.血栓形成には主に血小板と血液凝固系が関与しているが,それぞれが独立して作用するものではなく,凝固系因子のトロンビンは強力な血小板活性化因子であり,凝固系反応は活性化された血小板の膜上で効率よく進行する.また血小板と凝固系の関与の度合いは,血管の種類やサイズに加えて壁の性状や血流などにより異なる.従来,“動脈の血栓は血小板が主体” と理解されてきたが,プラークの破綻部では血小板に加えてフィブリン形成が著明である.またプラーク破綻部に形成される血栓は必ずしも血管閉塞に至るものではなく,血栓の成長・増大もイベント発症には重要なプロセスとなっている.

筆者らは,病理学の立場からアテローム血栓症の発症機序について研究を行ってきた.これまで心血管病の人体病理研究は,主に剖検症例での検討であったが,近年,血管内治療が広く行われるようになり,発症急性期~早期の血栓や血管病変の病理像を観察する機会が増えており,病態解明に重要な情報提供が可能となってきている.本稿では,アテローム血栓症の発症における血栓の形成機序について,冠動脈を中心に筆者らのこれまでの研究成果について概説する.

2.プラーク破綻と血栓の病理

速い血流下では凝固因子が活性化されても血流により瞬時に希釈されるため,凝固反応は進み難い.このため動脈の血栓形成では血流に抗して血管壁に粘着する血小板が主役を担うと理解されている.これまでの多くの動物実験において(その多くが健常な動脈での検討),内膜傷害部には血小板の粘着・凝集が観察され,動脈血栓の形成に活性化血小板が重要な役割を果たすことが示され,その分子機構が明らかにされてきた1.一方,ヒトの動脈硬化血管は健常な動脈壁とは異なり,血小板活性化能の強いI型コラーゲンが増生し,外因系凝固反応の引き金である組織因子が発現している.さらにトロンボモジュリンやプラスミノーゲンアクチベータの発現は減少し,そのインヒビター(PAI-1)は増加しており,全体として向血栓状態になっている2.また動脈硬化の進行により血管内腔面の不整や狭窄が加わると,流速やズリ応力などの血行力学的因子が複雑に作用するため,プラーク破綻部の血栓形成は健常動脈の傷害後とは異なる機序が働くことが想定される.

プラークの破綻は,プラーク破裂(脂質コアを被う線維性被膜が断裂し,脂質コア成分が血液と直接接触する)とプラークびらん(平滑筋細胞と細胞外基質に富むプラークの表在性傷害)に大別される.これまでの報告では,急性心筋梗塞の多くはプラーク破裂によるもので,プラークびらんは15~30%とされている3.筆者らは,急性心筋梗塞の急死剖検症例において,血管内治療や線溶療法を施行されなかった23例について,プラーク破綻と血栓の病理組織像を検討した4.その結果,プラーク破裂は18例,プラークびらんは5例で,プラーク破裂が約8割であった.破綻部の血栓は,破裂・びらんのいずれにおいても凝集した血小板と大量のフィブリンから成っていた(図1A,B).また興味深いことに,両者では血栓の組成が多少異なっており,破裂部の血栓は,血小板よりもフィブリンの占める割合が高く,血栓のサイズも大きい場合が多い.一方,びらん部の血栓は,破裂部に比べてサイズは小さく,フィブリンよりも血小板の占める割合がやや高い傾向がみられた(図1C).剖検症例では病理解剖までの時間経過の影響が否定できないため,急性心筋梗塞患者から冠動脈血栓吸引療法により採取された新鮮血栓について検討を行ったところ,血栓は剖検症例と同様に,血小板と大量のフィブリンからなり,赤血球と多数の好中球もみられた5, 6.血小板とフィブリンは混在し,血小板とVWF,組織因子とフィブリンはそれぞれほぼ一致して観察された.これらの所見は,プラーク破綻部では,血小板とともに凝固系が極めて重要な役割を担うこと,プラークの性状や破綻様式によって血栓形成の機序が異なることを示している.そこで凝固系因子のなかで血管壁に存在する組織因子に着目した.

図1

急性心筋梗塞剖検例 冠動脈プラーク破綻像と血栓の免疫染色(文献4より著者作成)

(A)プラーク破裂,(B)プラークびらん,(C)血栓内のフィブリンと血小板の陽性面積率

3.組織因子と動脈硬化

組織因子(tissue factor: TF)は,分子量47,000の糖蛋白質で,細胞表面に発現し,リン脂質層上でVIIa因子と複合体を形成し,VIIa因子の酵素活性を飛躍的に高め,IX因子およびX因子を活性化し,外因系凝固反応を開始させる.脳,肺,腎をはじめ全身の組織に存在しているが,健常な血管では外膜にのみ存在し,止血機能を担っている7.免疫染色によりヒトの動脈硬化巣におけるTFの局在を検討したところ,初期病変であるびまん性内膜肥厚(平滑筋細胞と細胞外基質からなる)から進行病変である粥腫に至るすべてのステージにおいて,マクロファージと平滑筋細胞に陽性像が観察された8.進行病変では脂質コアや細胞外基質にも大量に存在しており,病変の進行に伴って凝固活性の亢進を認めた(図2 8.これらの結果は,破綻部の血栓形成にはプラーク内のTFが強く関与することを示唆している.このことを確認するために,動物モデルでの検討を行った.

図2

ヒト冠動脈(A,新生児冠動脈;B,粥腫病変)における組織因子の局在と凝固活性能(C)(文献8より著者作成)

SMC,平滑筋細胞;Mac,マクロファージ

1)アテローム血栓症の動物モデル

これまで報告されてきた動物血栓モデルの多くは健常動脈を用いたもので,上記のヒトの病態を反映させることは難しい.またマウスやラットは脂質代謝系酵素やセロトニン等による血小板凝集能がヒトと異なるため9, 10,これらがヒトに近い家兎を用いたバルーン再傷害モデルを作成した11, 12.このモデルは,バルーンカテーテルで動脈(大動脈,腸骨-大腿動脈)の内膜を傷害し,内膜に平滑筋細胞と細胞外基質からなる肥厚巣(ヒトのびまん性内膜肥厚に相当)を作成後,再度傷害することで血栓を惹起させるモデルである.TFは最初のバルーン傷害後に形成された内膜肥厚巣の平滑筋細胞に観察され,その発現と凝固活性能は内膜肥厚の進展に伴って増大した13.健常動脈の内膜傷害では,血小板が主体の小さな壁在血栓が観察されるのに対して,内膜肥厚巣の傷害部には血小板と多量のフィブリンから成る大きな血栓が形成された12.この血栓は,TF依存性凝固系のインヒビターであるTF pathway inhibitor(TFPI)により著明に抑制される11, 14.同モデルに高脂肪食を負荷して作成した粥腫病変では,傷害部のフィブリン生成が著しく亢進し,さらに大きな血栓が形成された(図315.この所見は急性心筋梗塞患者の病理像と類似しており,プラーク内のTFがアテローム血栓症の発症に強く寄与することを示すとともに,抗凝固療法の有用性を示唆している.

図3

家兎大腿動脈 再傷害モデルにおける組織因子の局在と血栓像(文献15より引用)

2)プラーク内の組織因子

先に述べたように,プラーク内のTFは主に平滑筋細胞(合成型)とマクロファージで産生される.その誘発因子としてはTNF-α,IL-1βなどの炎症性サイトカインや酸化LDLなどが知られている.筆者らは進行したプラーク内にCRP(C反応性蛋白)が沈着することに着目し16, 17,ヒトCRP遺伝子改変家兎モデルと培養細胞を用いて,CRPが平滑筋細胞のTF発現を誘導することを報告した18

動脈硬化の進行に伴ってプラーク内は低酸素環境となる.解糖系酵素であるhexokinase II(HK-II)は低酸素マーカーの一つであるが,免疫染色により冠動脈プラーク内にHK-IIの陽性像がみられる.この陽性面積は血栓のサイズと正相関することから,プラーク内低酸素が血栓形成能と関連することが示唆された19.また不安定狭心症では安定狭心症に比べて,プラーク内のTF,PAI-1の陽性面積が大きく,hypoxia inducible factor (HIF)-1とNF-κBの陽性核数が増加していた20.そこで家兎動脈血栓モデルを用いて低酸素と血栓形成の関連について検討したところ,プラーク内の低酸素領域および18F-fluorodeoxyglucoseの集積でみた糖の取り込みは血栓サイズと正相関がみられた.また培養マクロファージの検討から,低酸素環境はマクロファージの解糖系を亢進し,HIF-1とNF-κBの相互作用によりTF発現が亢進されることを見出した2022.加えて低酸素はプラーク内に血管新生を誘導し,これがプラーク内出血の要因となる.プラーク内出血もTF発現と関連することを報告した23, 24.またマクロファージ,平滑筋細胞のキヌレニン代謝,グルタミン代謝もTF発現に関連している25, 26

一方,プラーク内およびプラーク内に遊走する平滑筋細胞にTF陽性像が観察されることから,TFは動脈硬化の発生進展にも関与すると推察し,培養細胞での検討から,TF-VIIa因子複合体が平滑筋細胞に対してPDGF,basic FGFと同等の強い遊走作用を有することを見出した.この作用は膜結合型TFのみならず凝固活性能の乏しい可溶型TFとVIIa因子複合体によっても認められ,Xa因子やトロンビンの活性阻害によっても消失しないことから,VIIa因子活性に依存したプロテアーゼ活性化受容体-2(PAR-2)を介する経路が関与することを報告した(図42729.TF欠損マウスでは卵黄血管の平滑筋細胞層の形成・成熟異常が報告されており30,これらの結果は,TFは凝固機能に加えて,血管形成や動脈硬化の発生進展にも重要な役割を担うことを示している.

図4

プロテアーゼ活性化受容体(PAR)を介した組織因子(TF)の作用

4.プラーク破綻と血小板活性化

先に述べたようにプラークの被膜にはI型コラーゲンが増生しており,破綻部では血小板が活性化される.活性化された血小板から放出されたADPは新たな血小板の活性化を促し,血栓の成長を促進させる.Ecto-NTPDase/CD39は,ATP・ADPの加水分解酵素で,血管壁では内皮細胞や平滑筋細胞の膜上に発現し,血小板凝集や内皮細胞の活性化を抑制するとともに,血管トーヌスの制御にも作用している31.動脈硬化血管においては,初期の病変ではプラーク内の多くの平滑筋細胞にCD39の陽性像を認めたが,進行病変では低下していた.冠動脈アテレクトミー標本の検討では,脂質に富むプラークでCD39陽性細胞の低下がみられ,不安定狭心症患者では安定狭心症患者に比して有意に低下していた32.またラット動脈血栓症モデルにおいて,血管壁にCD39を高発現させた動脈では,血栓性閉塞が顕著に抑制され,血管収縮の減少もみられた33, 34

血小板にはトロンビンやADPなどに対する多くの受容体が存在している.新たな血小板活性化受容体として,C型レクチン様受容体2(CLEC-2)とその生体内リガンドとしてポドプラニンが同定されている35.ポドプラニンは糸球体上皮細胞,リンパ管内皮細胞,I型肺胞上皮細胞など多くの細胞に発現しているが,動脈および静脈の内皮細胞にはみられない.動脈硬化においても初期病変ではポドプラニンはみられないが,進行病変ではマクロファージと平滑筋細胞に発現がみられた36.動脈壁にポドプラニンを過剰発現させた動物モデルでは,傷害血管での血小板凝集が促進され,閉塞性血栓が形成される 37.また,動脈硬化巣にはCLEC-2の新たなリガンドとしてS100A13が同定されており,プラーク破綻部での血小板活性化の亢進に寄与している38

5.イベント発症に繋がる血栓の成長機序

これまで述べてきたように,プラーク内にはTFをはじめとした向血栓因子が多数存在し,プラーク破綻後の血栓形成を促進させる.しかし破綻部に生じた血栓がすべて閉塞性血栓に進展しイベント発症に至るものではなく,無症候性のプラーク破綻は数多く観察される.筆者らは非冠動脈疾患の剖検例連続102例の冠動脈を詳細に検討した結果,10%の症例に無症候性のプラーク破綻像を,6%に器質化血栓(プラーク破綻の治癒像)を認めた39.血管内超音波などの画像診断においても,無症候性プラーク破綻の頻度が高いことが報告されている40.このようなプラーク破綻の多くは小規模なもので,繰り返すことによりプラークの進展に繋がるものと考えられる.急性心筋梗塞症例と無症候性冠動脈血栓が観察された剖検症例を用いて,冠動脈の血栓サイズとプラーク性状を検討したところ,血栓のサイズはプラーク破綻の程度と,先に述べたTF,HK-IIの陽性面積と正相関がみられた19

一方,無症候性(非閉塞性)の血栓が,時間経過した後に,閉塞性血栓に進行し,急性心筋梗塞を発症する症例がみられる.筆者らは発症24時間以内の急性心筋梗塞305例から吸引採取された新鮮血栓を観察したところ,約60%の症例において数日の時間経過を示す細胞溶解像や器質化血栓像がみられた 41.これは,急性心筋梗塞の半数以上が,発症の数日前にプラークが破綻,その後に血栓形成が進行し発症に至ったことを示唆している.またこのような血栓像の存在は,予後不良の独立した因子となる 41.これらの所見より,イベント発症に繋がる血栓形成は,プラーク破綻後の初期のステージと,それに続く「血栓の成長」のステージを分けて考察する必要があり,後者はイベント発症に繋がる重要なステージと考えられる.破綻後に形成される血栓サイズには,先に述べたようにプラーク破綻の程度やプラーク内の凝固能が強く関与するが,血栓が血管を閉塞するサイズに成長するには,プラーク内の因子に加えて,流血中の因子も重要と考えられる.

1)血流の作用

血流のうっ滞や停滞が血栓の形成や成長を促進することは周知されている.動脈の血流は非常に速く,これは血栓の成長を抑える方向に作用している.しかし進行した動脈硬化血管では,内皮機能の障害や内腔狭窄による血流変化などにより,血小板と凝固系が活性化されやすい環境とされる.また破綻部の血栓や露呈したプラーク成分が剝がれて末梢血管の塞栓や収縮・攣縮を引き起こし,結果的に破綻部の血流減少やうっ滞を誘発する可能性が指摘されている.家兎再傷害モデルにおいて,血流量を減少させた血管では,壁在血栓は急速に成長し,血流途絶をきたす42.急性心筋梗塞(閉塞性血栓)と無症候性プラーク破綻(非閉塞性血栓)の剖検症例を用いて,冠動脈の連続組織標本より血流シミュレーションを行ったところ,心筋梗塞症例では無症候性プラーク破綻に比べて,プラークによる内腔の不整や狭窄が高度で,乱流や渦流が生じやすい環境となっていた(図5A,B).動物モデルにおいてこの病態を反映させるために,内膜肥厚を作成した動脈に軽度の圧迫狭窄を加えて血流異常を起こしたところ,狭窄下流域にびらん様傷害と血小板・フィブリンからなる血栓が形成され,時間とともに成長し閉塞性血栓が形成された(図5C~F)43, 44.この動脈を数値流体力学的に解析した結果,びらん部ではプラーク内面に加わるズリ応力や乱流の程度が大きいことが示された 45.これらの結果より,アテローム血栓症の発症には,血流の変化も重要な因子となることが示された.また,これらの血栓形成にVWFとADAMTS13が関与していることも報告した12, 46

図5

ヒト冠動脈血流シミュレーションと家兎大腿動脈の血流変化による内膜びらん傷害と血栓形成(C~D文献4345より著者作成)

ヒト冠動脈の組織標本より再構築した内腔形状と血流シミュレーション(A非閉塞性血栓症例,B急性心筋梗塞症例).(C)家兎大腿動脈にバルーン傷害により平滑筋細胞に富む肥厚内膜(緑)を作成し,血管狭窄により血流を75%に減少させたモデル.(D)同モデルの狭窄部下流域の血流シミュレーション.(E)狭窄15分後の下流域にはびらん様傷害が観察され,(F)60分後には同部に大きな血栓が形成される.

2)内因系凝固反応の関与

内因系凝固反応は,血栓の安定化,成長に寄与している.一方,XII因子・XI因子の欠乏症患者では出血症状がみられないか,あっても軽微なことから,生理的止血機能にはあまり関与していないと理解されている.XI因子はXIIa因子やトロンビンにより活性化され,XIa因子はIX因子の活性化を介してトロンビン生成を促進させることで凝固反応の増幅系として働いている.またXIa因子はトロンビン活性化線溶系抑制因子(TAFI)を介した線溶阻害に作用することから,XIa因子は血栓形成を促進する可能性が推察される47.臨床研究において血中XI因子レベルが静脈血栓塞栓症や虚血性脳卒中の発症と関連すること,XI因子の欠乏症患者ではこれらの頻度が低いことが報告されている47.筆者らはXIa因子の活性阻害抗体を用いて,家兎の再傷害動物モデルおよび静脈血栓モデルにおける血栓形成への作用を検討した.その結果,XIa因子阻害によりいずれのモデルにおいても血栓サイズは有意に抑制され,出血時間の延長はみられなかった4850.XI因子欠損マウスにおいても同様の結果が報告されており51,XI因子は生理的な止血機序においてはその作用は小さいが,形成された血栓の維持と進展に働くと考えられる.XIa因子阻害では出血傾向が起こりにくいというメリットがあり,新たな抗凝固薬として臨床試験が進められている52

6.血栓による血管収縮

動脈硬化血管の特徴の一つに,収縮反応の亢進と拡張反応の障害があげられる.血管収縮や攣縮は,進行した動脈硬化血管よりも脂質沈着に乏しく,平滑筋細胞とプロテオグリカンなどの細胞外基質に富む血管に起こりやすい53.このような血管病変はプラークびらんが発生しやすいことから,プラークびらんと血管収縮・攣縮との関連性が推察されてきた.プラークびらんの発生機序の詳細はまだ不明であるが,ヒト冠動脈の攣縮部に血栓形成を伴ったびらん像が観察されることがある.

血栓からは,セロトニン(5-HT)をはじめ数多くの血管作動物質が放出され,その多くは収縮反応を亢進させることから,びらん部に形成された血栓は血管収縮・攣縮に寄与することが推察される.内膜肥厚巣を作成した家兎大腿動脈を用いて血管収縮作用を検討したところ,肥厚動脈,健常動脈ともにトロンビン,ADP,ATPによる収縮反応は軽微であったが,5-HTに対しては肥厚動脈で強い過収縮反応が認められ,この反応は5-HT2A受容体を介するものであった(図6A)54, 55.肥厚内膜の関与を調べるため,肥厚内膜と中膜を分離して検討した.肥厚内膜の平滑筋細胞は合成型が半数を占めているが,5-HTに収縮反応を示し,これは5-HT2A受容体拮抗薬やRhoキナーゼ拮抗薬により抑制された.一方,肥厚内膜下の中膜は,健常動脈の中膜に比して5-HTに対する有意な過収縮反応を示した(図6B,C)55.先に述べたように,プラークびらん部に形成される血栓はサイズが小さいものが多く,臨床的に無症候性の場合が多いと考えられるが,このような血栓による血管収縮反応の亢進が加わることにより,イベント発症に繋がる可能性が示唆された.

図6

家兎大腿動脈の5‐HTに対する血管収縮反応(文献55より著者作成)

(A)肥厚内膜を有する動脈(■)は健常動脈(●)に比して有意に収縮能が亢進する(*p<0.01).(B)中膜より剝離した肥厚内膜(■)は5-HTに濃度依存性の収縮反応を示し,(C)肥厚内膜下の中膜(□)は,健常血管(内皮剝離後)(●)に比して5-HTに対する強い収縮反応を呈する.これらの反応は5-HT2A受容体拮抗薬(sarpogrelate 1.0 μM)(○)およびRho-キナーゼ阻害薬(fasudil 3.0 μM)(▲)により有意に抑制される.(B,*p<0.01 vs.肥厚内膜;C,p<0.01 vs.剝離した中膜)

7.おわりに

アテローム血栓症の発症における血栓形成の機序について,筆者らのこれまでの研究内容を紹介した.筆者は1985年に血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)の病理所見を報告し56,それ以降,病理学の立場から動脈硬化と血栓症の研究を行ってきた.その間,分子生物学やイメージング技術の進歩により,プラーク破綻や血栓形成の分子レベルでの解析,その可視化が着実に進められてきた.しかし,上述のようにアテローム血栓症の人体病理像は多彩で,プラーク破綻や血栓の組織性状は一様ではない.このため人体病理像の解析を基盤として,これを出来るだけ反映させた動物モデル,細胞実験,等による研究を進めてきた.血栓形成には,プラークの組成や破綻の様式と程度,血流状態,血管トーヌス,全身の凝固線溶能など,さまざまな因子が作用している.これにより血栓の形成プロセス,組成やサイズが変化し,臨床像や抗血栓治療の効果にも反映されると考えられる(図7).

図7

プラーク破綻部での血栓の形成機序

プラーク破綻では,破裂の分子機構はかなり解明されてきているが,びらんの発生機序はまだ明らかになっていない.脂質異常症の治療が広く行われており,今後はプラークびらんによるイベント発症が相対的に増加することも予想され,この解明が待たれる.また破綻部の血栓が成長し血管閉塞にいたるプロセスの解明は,イベント発症予防に繋がる重要なテーマと考えている.病態の詳細な解明が進み,患者個々に応じたアテローム血栓症の予防・治療法が構築されることを期待したい.

謝辞

ここに紹介した研究成果は,宮崎大学医学部病理学講座構造機能病態学分野(旧一病理)の教室員と大学院生,ならびに日本血栓止血学会をはじめるとする関連学会の数多くの先生方との共同研究およびご指導によるものです.ここに深謝申し上げます.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文の発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

文献
 
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