2022 Volume 33 Issue 6 Pages 632-638
大規模災害後に静脈血栓塞栓症が多発することが知られている.東日本大震災で最も多くの犠牲者を出した宮城県石巻市では,深部静脈血栓症(deep vein thrombosis: DVT)が多発していた.その有病率は避難所人口あたり2.86%(下肢静脈エコー検診受診者の45.6%)と平時の250倍に達していた.その原因として,津波で家を失った被災者で密集状態となった避難所環境や脱水,汚泥由来の粉塵,長期の避難所生活による活動性低下などが考えられた.DVTのリスクは避難所だけでなく,仮設住宅においても認められ,平成23年から26年にかけて増加傾向を示した.その要因は高齢者の生活不活発病にあると考えられた.これには生活環境の問題とコミュニティ再建などの問題が寄与していたと考えられた.肺血栓塞栓症例は前年同期の2.5倍とDVT有病率の高さを反映しなかった.大災害における救出活動の遅れや死因把握が困難な状況であったことがその要因と推測された.
東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた宮城県石巻市では,人口の約70%が津波浸水被害を受け,その多くは避難所で生活することとなった.同市内では最大250カ所の避難所に,111,295名の避難者が滞在した(石巻市役所発表より).津波による広範な居住環境の破壊は被災者が帰宅する家を奪っていた.このため指定避難所である小学校1カ所に約2,000名が避難するなど密集状態となっていた避難所が発生していた.1ヶ月後には避難者数は減少したものの,沿岸部からの避難者を中心に15,000名が避難所での生活を続けていた.5月には避難所となった学校での授業再開に向けて,教室の避難者を体育館へ移動させるなど,避難所の集約が行われたため,いくつかの避難所は再び密集状態となった.仮設住宅建設が遅れたため,中には6ヶ月もの長期にわたって運営された避難所もあった(石巻市役所発表より).
1)DVTの推移
我が国のこれまでの震災における静脈血栓症に関する知見1)をもとに,石巻赤十字病院と新潟大学病院,宮城県立循環器・呼吸器病センター,及び宮城県臨床検査技師会合同によるDVT検診チームを結成し,石巻市と東松島市の避難所でDVTの検出に有効とされている下肢静脈エコー検診を開始した2).検査対象とした下肢静脈について,ヒラメ静脈の血栓はその約20%が中枢静脈に進展するが,肺血栓塞栓症に発展する例は少なかったとの報告3)がある一方,剖検例では致死的な肺血栓塞栓症にヒラメ静脈の血栓を伴う症例が多かったとの報告もある4, 5).これらの議論を踏まえ,検診場所が避難所となった体育館や教室などプライバシーを保てる場所ではないこと,及び寒冷期で暖房がないことなどを考慮し,容易に露出できる膝窩から下腿を対象に静脈エコー検査を行うこととした.検診は新潟県医師会作成のガイドライン6)に従い,問診票を用いて検診を行った.使用したポータブルエコー機器はViamo(東芝,東京,7.5 MHz linear probeを使用),MyLabFive(日立アロカメディカル,東京,4~9 MHz linear probeを使用),及びMicroMaxx(ソノサイト・ジャパン,東京,5~10 MHz linear probeを使用)であった.検査対象はDVT発症リスクを認めた避難者,すなわち活動性の低下や,下肢の受傷,浮腫や痛みなど下肢症状,嘔吐・下痢症による脱水症の疑いなどがある避難者であった.このエコー検査で著明なDVTが検出された場合は,その場で採血し,Cobas h232(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社,東京)によりD-dimer値を測定した.その結果が1.0 μg/mL以上の被験者は石巻赤十字病院に搬送され,DVT-CTなどの全身検索が行われた.震災直後の2011年3月中は検査対象者の45.6%(114名中52名),避難所人口あたりでは2.86%にDVTを認めた7).これは震災前に宮城県を含む国内で行われた調査8)において,人口10万人あたり11名のDVT有病率であったことに比較すると,約250倍もの高値であった.DVT有病率は時間経過とともに低下したが,同年6月,及び7月においても避難所人口あたり1.75%と依然として平時の100倍を超えていた7)(図1).災害時のDVT発症と高血圧症,糖尿病,高脂血症などの既往症の関係が示唆されているが1),震災後1年間の調査ではこれら既往症の有無によるDVT陽性率(受診者あたりのDVT検出率)の違いは認められなかったが,未治療の高血圧症者ではDVT陽性率が有意に高かった(33.3%,vs 高血圧なし24.7%,P<0.001,χ2検定)9).避難所での雑魚寝による不眠,咳,腰痛などの身体的ストレスと精神的ストレスが血圧上昇をもたらしていたと推測されることから7, 10),避難生活のストレスとDVTとの関係が示唆される.
石巻市内避難所における深部静脈血栓症有病率の推移
3月から7月にかけて,石巻市内の避難所32ヶ所(総避難者数8,630名)で深部静脈血栓症(DVT)のリスクが高いと思われた701名に下肢静脈エコー検診を行った.3月中の避難者数あたりのDVT有病率は2.86%と極めて高い数値を呈し,夏にかけて経時的に低下する傾向を示した.
2)避難所環境とDVT
上記2市の多くの避難所でDVT検診を行ったが,避難所の置かれた環境は2つに大別された.すなわち,津波が到達し浸水した避難所と,津波浸水を免れた避難所である.3月から5月にかけての避難所人口あたりのDVT有病率は,浸水した避難所で2.82%(3,871名中109名)であり,津波浸水を免れた避難所での1.68%(3,155名中53名)に比較し有意にDVT有病率が高いことがわかった.6月から7月にかけてもその傾向は変わらなかった7)(表1).石巻医療圏においてDVTが多かったこと,特に津波浸水のあった避難所において多かったことについて,以下の理由が推測された.すなわち,①道路啓開遅れによる支援の遅れがもたらした脱水;津波浸水地域には大量の汚泥や,津波に流された車両,船舶が道路を塞ぎ,それが広範囲に及ぶため道路啓開が遅れていた(図2).このため飲用水を含む物資の支援が遅れ,被災者が脱水状態に陥っていたことが推測された.②不衛生環境(汚泥による汚染と手洗い水の不足による手指衛生不全)での嘔吐下痢症による脱水;津波が浸水した避難所には海底の汚泥が流入していたが,飲用水だけでなく生活水の不足により手指衛生を保てない状況であった.このためと思われる嘔吐下痢症がさらに脱水を助長していたと推測された.③利用可能トイレの不足がもたらす脱水;停電,断水,及び下水管の破壊や下水処理施設の被災により避難所のトイレは全て使用できない状態であった.仮設トイレは上述のように道路啓開の遅れなどから設置に日数を要していた.そのことは岩手県,福島県を含めた被災三県の避難所調査で,1週間以内に仮設トイレが設置された避難所は約50%であったことにも現れている11).さらに,し尿処理施設の破壊により,汲み取りがされない仮設トイレは汚物で溢れ使用不能となっていた.このためトイレの使用機会を減らすべく飲水を抑制していたことが被災者を脱水傾向にさせていたことが推測される.これらによる脱水状態は血管内皮細胞のvon Willebrand Factor産生によって血液凝固能を亢進させることが報告されている12).④密集状態による活動性低下;津波浸水地域では津波により多くの家屋が失われたため,避難者は自宅に帰ることができず,避難所の密集状態が長期に及んでいた.このような密集状態での雑魚寝が続くと,歩行機能が低下し,床から起き上がらない高齢者が多いことがわかった.このため震災前は自立していた高齢者が1ヶ月間の避難所生活で,屋内でも介助が必要な状態に陥っている例が認められた(宮城県理学療法士会調査).石巻市の要支援2~要介護2の介護認定者数は震災前(平成22年)の2,957名と比較し震災から5年後(平成28年)の4,612名へと約1.5倍に増えていたことは(図3),このような避難所生活時の活動性低下に起因するとことが疑われた13, 14).活動性低下はヒラメ静脈など下肢静脈血流の鬱滞をもたらすと考えられ,静脈血流の鬱滞は血管内にneutrophil extracellular traps(NETs)の発生により血栓が形成される機序が報告されている15).⑤粉塵吸入による血管炎;津波が運び込んだ海底の汚泥が乾燥することで,大気中の粉塵量が増えていた.7月上旬まで石巻市沿岸部の避難所周囲の大気中の粉塵濃度は震災前の仙台市平均の約3倍であった16).汚泥には珪素が含まれ,震災後のびまん性肺胞出血患者の気管支肺胞洗浄液,及び肺炎患者の炎症部組織からも珪素が検出されていた17, 18).珪素はanti-neutrophile cytoplasmic antigen(ANCA)関連血管炎を引き起こすことが知られており,石巻赤十字病院ではANCA関連血管炎の一つである顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis: MPA)の年間患者数が震災後3年間にわたって増加していたことが報告されている(日本人100万人当たり年平均17.4名に対し33.1名)19).MPAの病態にNETsが深く関わっているとされることから20),珪素を含む粉塵吸入が血管内に炎症を起こし,血栓形成に寄与していたことが推測される.このように津波浸水地域で認められた脱水による凝固能亢進や,下肢の活動性低下による血流鬱滞,粉塵吸入による血管炎などはVirchowの三徴21)に相当する病態であることから,津波浸水避難所の生活環境がDVT有病率の高さに寄与していたことが推測される.
3月~5月 | 6月~7月 | |||
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津波浸水避難所 | 2.82%(109/3,871) | P=0.0016 | 3.33%(18/541) | P<0.001 |
非浸水避難所 | 1.68%(53/3,155) | 0.94%(10/1,063) |
災害後急性期から中長期(3月から5月)と慢性期(6月から7月)のDVT有病率(上段)と実際のDVT患者数と避難者人口(下段)を示す.いずれの時期においても,津波浸水避難所でのDVT有病率は非浸水避難所に比して有意に高かった.(有意差検定はχ2検定による)
津波で流され道路を塞ぐ船舶(石巻赤十字病院撮影)
石巻市の介護申請認定者数推移
震災5年後の平成28年の介護申請認定者数(要支援2から要介護2)は震災前の平成22年の約1.5倍に増加した.
1)DVTの経年推移
平成23年夏以降仮設住宅への入居が始まり,震災から半年後の同年9月に避難所は閉鎖された.避難所に比べ格段に生活環境が改善した被災者では,DVT発症は減少することが期待された.そこで,平成24年以降の仮設住宅団地住民,及び被災地自宅住民のDVT陽性率(DVTを認めた受診者の割合)の調査を行った.仮設住宅団地住民のDVT陽性率は,平成24年8.3%,平成25年14.6%,平成26年18.4%,平成27年11.4%と推移し,被災地自宅住民はそれぞれ8.0%,10.6%,8.1%,14.7%と推移した(図4).平成24年から26年にかけて,仮設住宅住民におけるDVT陽性率は有意に上昇していたことから,被災者の生活環境以外のDVT発症要因が疑われた.また,復興住宅への漸次入居が始まった平成27年では減少したが,同年に一部の復興住宅団地で行ったDVT検診(n=40)ではDVT陽性率が17.5%と高値であったことから,健康リスクの高い住民を優先して復興住宅に入居させていたことが影響したと推測された.
各年次に実施された仮設住宅団地,石巻市食育健康フェスティバル会場,石巻赤十字病院,及び復興住宅団地での下肢静脈エコー検診によるDVT陽性率の推移を,受診者の居住形態に分けて表した.平成24年から平成26年にかけて,仮設住宅居住者のDVT陽性率は有意に上昇し(P=0.0111),被災地住宅住民に対しても有意に高かった(P=0.0039).被災地住宅住民では平成26年から平成27年にかけてDVT陽性率の上昇を認めたが,2015年の初回受診者130名のDVT陽性率は9.2%であった.(有意差検定はχ2検定による)
2)生活不活発病とDVT
仮設住宅団地住民の健康管理を行なっていた石巻市役所保健師らは,生活不活発病のおそれがある仮設住宅住民に対し,健康運動指導士等による運動指導の介入を行った.DVT検診を運動指導開始前と6ヶ月後に行ったところ,運動指導を毎週継続的に行うことができた仮設住宅団地(11ヶ所)では,DVT陽性率は17.6%から8.2%に有意に減少し,継続的な運動指導を行えなかった仮設住宅団地(10ヶ所)では有意な変化を認めなかった(15.3%から12.5%)(図5).震災前の住所とは関係なく仮設住宅が割りあてられたため,集落の異なる住民同士の交流は進まず,出歩く機会が少なかったことが報告されていた22).石巻市役所による2011~2012年度応急仮設住宅等入居者健康調査(n=4,399名)では,身体を動かす機会が減った住民は60代で58.4%,70代で68.8%,80代以上では70.7%と,各年齢層において認められていた.また,平成26年に行われた下肢静脈エコー検診の際,前年に指摘されたDVTが消失した17名のうち14名(82.4%)が「就業しているか日常的な運動をしている」と回答したが,平成26年に新たにDVTが指摘され,生活状況が確認できた6名について,「就業しているか日常的な運動をしている」と回答したのは2名(33.3%)であったことがわかった.これらのことから,仮設住宅団地における住民の活動性の低下がDVT発症要因になっていたことが推測された.その活動性低下の要因として,住民同士の交流の少なさや仕事に就いていないことにあると思われた.津波によって石巻市内の漁業,及び水産加工業や関連企業が壊滅的破壊を受けたことは,被災者に職場を失う経済的ダメージだけではなく,生活不活発病とDVTなどの健康被害も与えていた.
DVTに対する運動指導の効果
継続的な運動指導が行われた仮設住宅団地(11ヶ所)では,DVT陽性率は運動指導前17.6%に対し,6ヶ月後には8.2%に有意に減少した(P=0.0013).一方,継続的な運動指導が行われなかった仮設住宅団地(10ヶ所)では,初回15.3%に対し,6ヶ月後12.5%と有意な変化を認めなかった(受診者の平均年齢はそれぞれ69.8歳と72.0歳).(有意差検定はF分布二項検定による).
震災後6ヶ月間に石巻赤十字病院に搬送された肺血栓塞栓症例は27例(周術期発症を除く)であり,前年同期11例の2.5倍であった.肺血栓塞栓症例27例のうちDVTを25例に認め,その部位として腸骨静脈2例,大腿静脈16例,膝窩から下腿静脈24例であった.前述の本邦での剖検例報告4)同様,遠位型のDVTを多く認めていた.避難所等でのDVT有病率(平時の200倍以上)に比して肺血栓塞栓症発症数の増加が少ない理由について,津波の被害による被災現場や避難所からの搬送の困難さ,すなわち通信手段がないため救急車の出動を要請できない,道路啓開の遅れから救急要請から現着まで時間を要した,あるいは救急車が到達できなかったなどがあったと推測される.また肺血栓塞栓症による突然死は約20%と高いことから23),当院搬入時点でのトリアージにより黒と判断され,肺血栓塞栓症の診断がつけられなかった症例もあったと思われる.平時であれば行政解剖により診断が得られるが,当時はそれが困難な状況であったため,肺血栓塞栓症が検出されていなかった可能性が推測される.震災の4年後に当院で行った転帰調査によると,肺血栓塞栓症27例のうち,20例の転帰が確認され,11例が死亡していたことがわかった.悪性腫瘍死4例を除く7例の多くが突然死であった.本邦での肺血栓塞栓症遠隔期の死亡率が3%と報告されていることに比して非常に高いものであった24).新潟県中越地震でDVT症例145例の8年間の追跡調査で7例の死亡が確認され,DVTがない被災者とのオッズ比は21.07であったことが報告されている1).このように災害後のDVT,及び肺血栓塞栓症患者の死亡率は平時よりも高くなる可能性が示唆された.その要因として,被災地医療体制の復活の遅れや特定健診受診率の低下25)などにより,平時と同じ地域住民の健康管理が行われない状況が長く続いたことなどが推測される.
地震などの大規模災害における静脈血栓塞栓症の発生が報告されてきたが,東日本大震災被災地では津波による避難所環境の悪化と仮設住宅での活動性の低下がその増悪因子となることが示された.発生確率が高まっている東南海トラフ地震や首都直下地震,千島海溝・日本海溝地震などの大地震だけでなく,毎年のように発生する水害など,我々は災害多発期とも言える状況に置かれている.このような災害発生が予見される中で,災害関連死につながる健康被害を防ぐために,静脈血栓塞栓症をはじめとする健康被害をいち早く被災地で検出し,さらに被害の逓減や増悪因子の除去に向けて社会へ働きかけることが我々医療者に求められていると考える.
榛沢和彦:企業などが提供する寄附講座(輝城会,橋本電子工業(株),JMR(株),(株)青海製作所,志成データム(株),オンヨネ(株))
植田信策:本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし