2022 Volume 33 Issue 6 Pages 655-660
我々のDVT検診活動チームは,福井大学を中心とした北陸3県の医療従事者が集まり,被災地での調査・支援活動に携わってきた.活動は能登半島地震(2007年3月)から始まり,東日本大震災,熊本地震など多くの被災地でデータを蓄積してきた.チームのテーマは「災害関連疾患の防止」であり,本チームはDVTを検出する下肢静脈超音波検査のみならず,仮設住宅においては心臓・腹部超音波検査や採血検査等も実施してきた.
我々は,DVT検診活動から得られたデータを基に臨床研究においてもチームで取り組み,東日本大震災では,DVTの危険因子が経時的変化すること,DVTの持続因子,ヒラメ静脈とのDVT関係性,心臓超音波検査による所見の推移,熊本地震では,飲酒とDVT関係性,高血圧の治療状況と心疾患などを報告してきた.また,豪雨災害による避難所生活においてもDVTが発生することを初めて報告した.
これらの報告が,災害医療の一助となれば幸いである.
大規模災害後の被災地では,生活環境の悪化やストレスに起因する循環器疾患の増加が指摘されている1).中でも静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)については,新潟県中越地震(2004年10月)以降,数多くの調査結果が公表されてきた.その多くが,発災直後の肺塞栓症(pulmonary embolism: PE)の増加と避難所や仮設住宅地での高い深部静脈血栓症(deep vein thrombosis: DVT)検出率を示すもので,両者の関連が指摘されている2).我々のDVT検診活動チームは,福井大学を中心とした北陸3県の医療従事者が集まり,被災地での調査・支援活動に携わってきた.活動は能登半島地震(2007年3月)から始まり,東日本大震災,熊本地震など多くの被災地でデータを蓄積してきた.チームのテーマは「災害関連疾患の防止」であり,本チームはDVTを検出する下肢静脈超音波検査のみならず,仮設住宅においては心臓・腹部超音波検査や採血検査等も実施している.本稿では我々がこれまでに行ったDVT検診活動を振り返り,東日本大震災(亘理郡・山元町)や熊本地震(阿蘇地区)などの被災地で得られた調査成果3–14)を報告する.
参考文献No. | 災害名 | 対象地 | 検診会場 | 検診時期 | DVT検出率 |
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No. 5 | 東日本大震災 | 宮城県南三陸町,登米市 | 避難所 | 発災1~7週目 | 全体:5.3% 発災2週以内 南三陸町:36.4% 登米市:9.4% |
No. 6 | 東日本大震災 | 岩手県・宮城県亘理郡 | 避難所 | 発災翌日~11週目 | 浸水区:26.5% 非浸水区:7.1% |
No. 4 | 紀伊半島大水害 | 奈良県野迫川村北股地区 | 避難所 | 発災5週目 | 10% |
No. 8 | 熊本地震 | 熊本県阿蘇市,南阿蘇村 | 避難所 | 発災2~3週目 | 全体:11.1% 一般避難所:10.1% 福祉的避難所:13.7% |
No. 14 | 熊本地震 | 熊本県南阿蘇村のみ | 避難所 | 発災2~3週目 | 14. 3% |
No. 4 | 紀伊半島大水害 | 奈良県野迫川村北股地区 | 仮設住宅集会場 | 発災27週目 | 8% |
No. 3 | 東日本大震災 | 宮城県亘理郡 | 仮設住宅集会場 | 発災18か月,発災30か月 | 5.9% |
No. 12 | 東日本大震災 | 宮城県亘理郡 | 仮設住宅集会場 | 発災30か月 | 全体:10.3% 仮設住宅:10.7% 非仮設住宅:9.9% |
No. 14 | 熊本地震 | 熊本県南阿蘇村のみ | 仮設住宅集会場 | 発災8か月,発災19か月 | 発災8か月:18.5% 発災19か月:12.2% |
参考文献No. | 災害名 | 対象地 | 検診時期 | DVT検出率 |
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No. 5 | 東日本大震災 | 宮城県南三陸町,登米市 | 発災後2週 | 26.1% |
発災後7週 | 2.1% | |||
No. 6 | 東日本大震災 | 岩手県・宮城県亘理郡 | 発災後~4週 | 25.7% |
発災後5~10週 | 6.5% |
新潟県中越地震をきっかけに多くの災害避難所で下肢静脈超音波検査が実施され,DVT検出率が報告されてきた.避難所での検査は携帯型超音波機器が用いられ,多くの場合は末梢型DVTのみの検出に留まっている.検査部位の限定は避難所の環境や検査側のスタッフ数,時間的制約と被災者のメリットを鑑みた上での選択であり,平時の医療機関におけるデータ集積とは大きく異なる点である.
避難所におけるDVT検出率には時間的変化が見受けられる.我々の調査では,宮城県南三陸町,登米市の避難所におけるDVT検出率の変化は発災後2週で26.1%と高く,発災後7週では2.1%と低下していた5).また,岩手県・宮城県亘理郡において71か所の避難所の調査でも,発災後~4週のDVT検出率は25.7%で,発災後5~10週になると6.5%まで低下した6).熊本地震後の熊本県内では,発災後1か月間に51例のPEが確認され,ピークは本震翌日(11名)であった15).先の末梢型DVTの検出率も発災時に近い方が高く,発災直後からのVTE予防活動はPE発症を抑制する可能性がある.しかしながら発災直後は避難所の入所者や車中泊者が爆発的に増える時期でもあり,被災地行政の対応能力がパンクし,受援クライシスと重なることにも留意すべきであろう.
被災地の避難所被災者だけでなく,仮設住宅団地に入居された被災者からも多数発見されている(表2)DVTの発症要因のひとつは長期臥床などで生じる過度の安静状態であり,仮設住宅での生活でも同様な条件を満たしてDVTを発症する場合がある.一方で,仮設住宅を利用する復興期においてPEが増加を指摘した報告はない.しかしDVTが塞栓源となる奇異性脳塞栓症については,単施設報告において東日本大震災の発災1か月以降に発症率が増加した可能性が指摘されている16).そのため,仮設住宅の被災者において検出されるDVTの危険性はVTE全体を考えると無視できないものである.復興期でのDVT検診活動には,災害関連以外の疾患の早期発見と受療行動の促進を促し,被災地の一般検診を補完する側面があり,中長期的な支援になりうると考える.なお,我々は地震災害だけでなく,豪雨による土砂災害の避難所でもDVTが検出されることを初めて報告した(平成23年紀伊半島大水害)4).
2)被災地におけるDVTのリスク及び持続要因(表3)参考文献No. | 災害名 | 対象地 | 検診会場 | 危険因子・(持続因子) |
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No. 5 | 東日本大震災 | 宮城県南三陸町,登米市 | 避難所 | 下肢外傷 |
No. 6 | 東日本大震災 | 岩手県・宮城県亘理郡 | 避難所 | 発災~4週目:トイレ我慢,下肢外傷,浸水避難 発災5~10週目:女性,年齢,睡眠薬内服 |
No. 8 | 熊本地震 | 熊本県阿蘇市,南阿蘇村 | 避難所(一般・福祉的) | 一般避難所:年齢,起立困難,ヒラメ静脈拡張 福祉的避難所:検討できず |
No. 7 | 東日本大震災 | 宮城県亘理郡 | 仮設住宅/非仮設 | (ヒラメ静脈最大径) |
No. 12 | 東日本大震災 | 宮城県亘理郡 | 仮設住宅/非仮設 | 全体:ヒラメ静脈拡張 仮設住宅:睡眠薬使用,高血圧 非仮設住宅:ヒラメ静脈拡張 |
No14 | 熊本地震 | 熊本県南阿蘇村のみ | 避難所,仮設住宅 | 全体:75歳以上, 74歳以下:飲酒 |
平時におけるDVTを含むVTEのおもな危険因子は,血流停滞(長期臥床,肥満,妊娠等),血管内皮障害(外科手術,外傷,骨折等),血液凝固能亢進(悪性腫瘍,感染症,脱水等)があげられる17).これまでの活動でも被災地において検出されたDVTの危険因子は平時と異なり,避難先の環境因子や生活の変化による影響が大きい6, 8, 12, 14).
東日本大震災の特徴は青森,岩手,宮城,福島,茨城,千葉の6県の沿岸部に広範囲な環境変化をもたらした点にある.その変化は時間と共に変化し,DVT危険因子にも影響を与えた可能性がある.我々が行った三陸沿岸避難所71か所の検討では,発災1か月までのDVT危険因子はトイレの我慢,下肢外傷,浸水避難所の3点であったのに対し,発災1か月~2か月では女性,年齢,睡眠薬の内服の3点に変化した7).また,浸水の有無がDVT検出率に与える影響を解析したところ,浸水地区の避難所は非浸水地区の避難所と比較してDVT検出率が有意に高値であった(26.5% vs 7.1%,p<0.0001)7).浸水地区の避難所の衛生環境は時間と共に改善し,DVT検出率の変化にも影響を与えた可能性がある.
一方で我々は,DVTのリスク要因の一つであるヒラメ静脈拡張に着目してDVTとの関係性を検討してきた.宮城県亘理郡の仮設住宅において実施したDVT検診では,ヒラメ静脈拡張陽性群が拡張陰性群と比較し有意に心疾患既往者が多く(44% vs 26%,p=0.018),多変量解析では心疾患はヒラメ静脈拡張の独立した危険要因であった(OR:2.204,95%信頼区間:1.044~4.652)3).下肢エコー検査においてヒラメ静脈最大径測定は,心疾患の存在やDVT発生リスクの把握に有用と考えられた3).また,DVTを持続させる要因について多変量解析を行った結果,8 mm以上のヒラメ静脈最大径はDVT持続要因であると考えられた(OR:1.500,95%信頼区間:1.08~2.080).熊本地震後の調査では,生活習慣の変化にともなうDVTの危険因子も検出された14).熊本地震では,被災によるストレスで被災者のアルコールに関する相談や飲酒量の増加が課題となった18).南阿蘇村の被災者(74歳以下)を対象にDVTの危険因子を検討すると,飲酒が要因に上がった(OR:58.9,95%信頼区間:3.660~948.000)14).飲酒は被災後の生活変化を反映している可能性がある.
これらの結果より,発災後早期からDVT予防のための啓発活動を行うことは,災害関連疾患としてのPE予防に役立つ可能性が高い.しかし発災早期は受援クライシスに陥りやすく,混乱を避けるためには平時から地域防災計画にDVT予防策を記載し,公的な医療支援活動に組み込むべきであろう.
大規模災害後には,DVT以外にも血圧上昇,心筋梗塞,大動脈解離,心不全などの循環器疾患の対策も重要であり,日本循環器学会からも「災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン」に特徴と管理がまとめられている1).我々の調査では,心臓超音波検査や頸動脈超音波検査を用いて被災者の健康調査も実施している.本項では,被災地活動で得られた血管病変や心疾患について焦点を当て報告する.
1)被災地検診が契機で検出された限局性右鎖骨下動脈解離(図1)被災地検診が契機で検出された限局性右鎖骨下動脈解離
B-mode:やや肥厚したFlapを確認できる.Color mode:腕頭動脈側(中枢側)にentry部,腋窩動脈側(末梢側)にre-entry部を認め,順行性血流(偽腔)を呈していた.
被災地における検診活動では無症候性病変を偶発的に検出することがあり,我々はその都度,地域の中核医療機関に紹介状を作成している.熊本地震における南阿蘇村の仮設住宅の検診(2017年11月)では,動脈硬化の評価のため追加した頸動脈超音波検査で,偶然,右鎖骨下動脈に動脈解離が発見された(図1)11).症例は70代の女性で,仮設住宅入居後の生活で転倒(2016年7月頃)による骨折歴があった.検出された限局性右鎖骨下動脈解離は,仮設入居後に転倒し,右肩を強打して第2,第3肋骨を骨折したことにより生じたと推定された11).限局性右鎖骨下動脈解離は平時でも稀な疾患であるが,災害後の生活においても検出されることがあり注意を要する11).
2)仮設住宅住民における心臓超音波所見の推移我々は,東日本大震災による津波の被害を受けた宮城県亘理郡の被災者を対象に心臓超音波検査を実施し,得られた臨床所見をもとに災害関連疾患として心血管疾患の発生頻度とその推移を調査した.超音波検査による有所見者は,発災18か月後を基準として比較すると災害後30か月,災害後40か月と経時的に増加し,災害後55か月では安定した9, 10).また有所見を決定する因子は,年齢,脈圧,時間経過が関連していた.津波被災地の心不全に関する調査では,心不全の増加が確認された19).心不全の増加要因は,日常生活の大幅かつ突然の変化と壊滅的な津波に関連するトラウマによる可能性がある19).我々は,発災44か月後にK6を用いて津波被災住民の心理的調査を実施した12).その調査結果では,国民生活基礎調査のK6よりも津波被災地の住民の方が高値を示した12).津波被災地での有所見者が増加した要因として,生活環境の悪化によりheart failure with preserved ejection fraction(HFpEF)予備群が顕在化した可能性が考えられた10).
3)仮設住宅住民の高血圧状況と心臓超音波所見被災地における循環器疾患の増悪因子として内服薬の中断がある20).我々の活動地である南阿蘇村では,投薬中断に関わる2つの社会基盤の変化が指摘されている.第一は阿蘇大橋(橋長200 m)の崩壊に代表される道路や鉄道の寸断で地域的に孤立したことであり,第二は南阿蘇村唯一の救急病院である阿蘇立野病院が被災し一時的に閉鎖したことである.2つの要因により,南阿蘇村は医療資源の縮小を余儀なくされた.このような特殊環境の中で南阿蘇村の被災者を高血圧なし群,治療群,未治療群の3群に分けて解析した結果,未治療群は治療群に比べて年齢,左房容量係数,左室心筋重量係数が有意に高く,中等度以上の僧帽弁逆流も有意に増加していた13).発災後の南阿蘇村のような特殊な状況下では,治療を開始しない人や治療を中断する人が一定数存在することが予想される.そのため,血圧をコントロールすることは,被災者の新たな心疾患(弁閉鎖不全症など)の予防に重要と考える.
我々のチームはDVT検診活動から臨床研究にも取り組み,①東日本大震災では,DVTの危険因子が経時的変化すること,DVTの持続因子,ヒラメ静脈とのDVT関係性,心臓超音波検査による所見の推移,②熊本地震では,飲酒とDVT関係性,高血圧の治療状況と心疾患などを報告してきた.また,近年各地で台風や豪雨災害による被害も多いが,③豪雨災害による避難所生活においてもDVTが発生することを報告してきた.災害関連疾患の予防には発災早期からの医療,保健福祉,行政の関係者の連携と,中長期支援を見据えた対策の推進が欠かせない.我々の報告がその一助となれば幸いである.
これらの報告は,福井大学医学系研究倫理審査委員会の承認を得て行われた.
東日本大震災後の仮設住宅住民おける研究は平成 24 年度,日本学術振興会,科学研究費助成事業・基盤研究(C)「津波被災地をフィールドとした下肢静脈エコー所見と止血機能検査の研究」(24590685)により行った.
この活動は,数え切れないほどの先生方のご協力を頂きました.また,各被災地の行政や医療従事者,医学生,歯学部学生,看護学生,事務スタッフらの多くの方々にご協力頂いた.ここの場をお借りし深く御礼申し上げたい.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし