2022 Volume 33 Issue 6 Pages 688-692
初めに少しだけ自己紹介をさせていただく.小職は1977年に電気通信大学の通信工学科を卒業して中堅の家電メーカーに入社し,約10年間をカラーTVや衛星放送受信機などの電子機器の開発部門で従事していた,その後,周囲の環境の変化で意図せず数人のエンジニア仲間と小さな設計会社を創業することになった.丁度その頃に家庭用の電子血圧計を開発する仕事があり,それがきっかけで紆余曲折はあるものの現在の主力事業につながっている.最近「デジタル化」という言葉が流行っているが,約50年前の大学入学時の講義の冒頭に出てきたのが「これからはデジタルの時代だ」であった.35年前に現在の会社を創業した時点で電話回線のデジタル化(Integrated Services Digital Network: ISDN)が始まった.世の中のデジタル化はその後に至るところで浸透していくことになる.携帯電話やTV放送,OA機器など競争の激しい分野を中心にデジタル化が進んだが,デジタル化によるメリットを挙げれば枚挙に暇がない.最近話題のDX(Digital Transformation)化はデジタル化とは異なると云われるが,私見としては古い法律や規制や経験・人手頼りの行政や医薬分野を含む様々な分野に,機械学習や深層学習など人工知能の発展を背景にした「デジタル化」の波が来ているだけと考えている.コロナ感染症の拡大は対面リスクを避けるため,期せずして学会のWEB開催や遠隔医療など,医療分野でもデジタル製品やサービスの利用を強く推し進めるトリガーとなった.
DVT(深部静脈血栓症)の検査は写真1のように下腿部に超音波プローブを当て,下肢静脈に血栓が存在しないか検査を行う.通常,この検査では被験者と検査技師の距離は接近もしくは直接接触する状態で行われる.つまり常に濃厚接触状態での検査を余儀なくされることになってしまう.もし遠隔操作で検査ができれば双方の感染リスクを低減することにつながる.それが今回の開発機器の臨床ニーズとなっている.
DVT超音波検査
当社が設計開発だけでなく本格的に医療機器の製造販売を開始したのは,薬事申請期間を含めると14年ほど前のことである.自社の製品が東北大震災後のDVT検診で利用されたことをきっかけに,2014年に新潟大学の榛沢和彦先生と知り合うことになった.その縁もありコロナ感染症拡大の影響でDVT検査が困難になっているということで機器開発を打診された.
医療機器かどうかに関わらず様々な製品やサービスが開発され社会で利用されている.当社でも創業時から通信機器や教育機器,OA機器などを開発してきた.これらの製品も基本的な機能や性能を実現するだけでなく法的規制や業界基準などを満たす必要がある.例えば電気製品なら電気安全法や電波法などがあり利用者やその環境に対して安全性を担保することが求められる.前者は経済産業省で後者は総務省の管轄である.そして医療機器の場合は厚労省管轄の医薬品医療機器等法が適用され,製品毎に詳細な技術基準や性能,品質に関わる試験方法が制定されている.毎年新たに多くの医療機器が認可されているが大部分は従来の医療機器と機能や性能が同等の「後発医療機器」である.従来にない新しい医療機器を開発し国から「承認」を得ようとすれば,認証製品のように技術基準が定まっているわけではないため,審査にも長期の時間を要することになる.当社の血圧計は従来にない新しい血管指標を表示する製品だったため,一般的な血圧計が数カ月で認証が得られるのに対し,二つの指標を新たに表示するだけでPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の審査を通過するまでに2年以上の期間を要した.つまり従来製品と異なる機能や性能の製品に対しては「承認」の壁は一般常識とはかけ離れる高さになってしまうこともあるのが実態だ.これは単に行政の構造的問題も無視できないが,社会全体が持つ医療や行政に対するリスク・ベネフィットの考え方の特異性による影響もあると考えられる.
「人若しくは動物の疾病の診断,治療若しくは予防に使用されること,又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く.)であって,政令で定めるもの(薬機法第2条)」とされている.
この定義に含まれるものが医療機器となる.例えば血圧計を使って血圧を測る目的を実現するなら医療機器であるが,これを全く異なる目的,例えば風船を膨らませる遊興機器として利用するなら医療機器規制の対象外となる.また,足のマッサージに応用すれば異なる医療機器か健康機器ということになる.つまり機器のハードウェアとしては殆ど同じ製品であっても「人若しくは動物の疾病の診断,治療若しくは予防に使用されること,又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすこと」に該当するか否かで医療機器かどうかが判断される.医療機器とみなされれば後で掲げる様々な試験や規制をクリアする必要が出てくる.医療機器の承認審査の基本は「申請にかかる医療機器が,その申請に係る “効果又は性能” を有しており,その “効果又は性能” に比して著しく有害な作用を有していないことを確認する」ということであるから,今回の機器を利用することで患者と検査技師が隔絶した環境でプローブを操作すること(目的)ができ,DVTの診断に必要な安定的な超音波画像が得られる(有用性)ベネフィットが,患者の状態を直接観察できないために起きうるリスク等を上回れば良いことになる.椅子に超音波プローブを括り付けた程度の機器でも基本的な考え方は同じである.医療機器の一般的な開発プロセスと薬事承認手続きについてはPMDAのホームページに詳しい紹介があるのでここでは割愛させていただき,本機の設計開発において実際に必要になる諸課題を中心に述べていく.本機の全体イメージを図1に示す.開発課題は主に6つの要素から構成され,それぞれに設計上必要な諸条件が見えてくる.なお超音波エコー装置については汎用の装置を流用する前提である.
イメージ図
可動プローブの設計仕様案
・駆動方法:空圧
・制御 :2軸(X:長手方向,Y:押し圧方向)
・可動域 :X軸:±10~20 cm Y軸:–10~+5 cm
・プローブ押し圧:0~1 KgW
①電源:可動プローブの駆動を一定時間内に行うために必要な電力量を推定すると数十ないし100 W程度のAC電源が必要と考えられる.医療機器においては一般電子機器よりも厳しい規定が適用されるが本装置においても同様の設計方針となる.電源については医療機器の規格であるIEC60601-1,2が適用される.-1は医療機器の電気安全,-2は医療機器(医用機器)のEMC(電磁両立性)に関する規定を満足する必要がある.EMC(電磁両立性)とは「自ら不要な電磁波を出さないこと」と「外部からの電磁妨害等に対して医療機器が影響を受けないこと」を満足する性能の事である.
②可動プローブ:超音波プローブを2軸方向で移動させる装置である.外部から患者の下肢へ物理的圧力を加える.患者との接触部なので万が一の強制開放や一定以上の圧力が加わらないような安全性を考慮する必要がある.試作1号機では駆動に空圧を採用したが微妙なプローブ圧を制御するには可動部の質量に対してより十分な駆動力が必要であることが判明し,改良のために駆動部の基本設計の見直しを行っている.
③画像信号取り込み:各社のエコー装置の画像出力の有無や仕様は様々であるため,汎用的な無線伝送装置を安価に実現するのは困難である.画像信号の転送については小電力無線データ伝送モジュールを内蔵したエコー装置も発売されてきており,今後はそれらを利用することも検討テーマである.
④制御装置:PCからの操作コマンドに基づいてプローブの移動量を制御する.駆動部の制御信号やプローブの移動位置を占めすセンサー信号の送出などを行う.
⑤情報伝送手段:画像信号の転送について利用できる電波の技術基準は電波法で規定されており,おもな用途によってARIB(一般社団法人 電波産業会)から詳細な規定が公開されている.免許が不要でエコー画像の伝送に必要な数Mないし数十Mbpsのデータ伝送用には無線LANなどで利用されている特定小電力無線を利用するのが数少ない選択肢と考えられる.但し院内での動画伝送など大容量の電波利用は,トラフィックの集中や他の医療機器への障害を考慮し運用上の規制が必要になるかもしれない.入院患者用に無線LAN環境を提供している施設もあり,医療用途以外の電波利用との共存は,サイバーセキュリティや論理的な分離方法だけでなく,そもそも電波が有限な資源であることを十分に理解することが必要で無線通信事業者のサポートが必要である.有線LANが利用できれば少なくとも外部通信環境からは分離されるため運用上のハードルは下がるが,トラフィックの状況やシステムの伝送遅延時間など実用上の検討は必要である.一方でプローブ駆動部の制御信号の情報量は少ない事と,画像伝送系とは分離したいためBluetooth無線を利用する.但し無線の性質(マルチパス伝搬等による信号強度低下や外来ノイズによる通信障害)で頻繁に通信障害が起きることを前提にシステム設計を行う必要がある.
⑥プローブ制御アプリ:超音波プローブの移動制御(X-Y)と位置座標を表示するプログラム.機能的には比較的単純な仕様となるが,医療機器プログラムに該当するため,医療機器ソフトウェアの開発及び保守プロセスにおいてIEC62304(国内のJIS規格はJIS T 2304が相当)の要求事項に適合させる必要がある.IEC62304は医療機器ソフトウェアの安全性の向上を目的として,ソフトウェア開発及び保守に関する要求項目を規定した規格である.現代の医療機器の多くにマイクロプロセッサーが組み込まれ,医療機器のソフトウェアが基本的な機能・性能は勿論のこと品質や生命リスクへ多大な影響を与える可能性があるため,定められた規格に沿って開発や検証を行い,認証を取得することで,安全性の保障・証明を実現する仕組みになっている.
構想図を基に詳細図面(図2)を作成した.皮膚との接触部(斜線)に関しては毒性を評価するための生体製適合試験が適用されるため,自社製品で実績のある素材を選択している.その他の部材はステンレスとアルミ材を用いている.
詳細図面
加圧ポンプと排気用電磁弁を用いてプローブを実際に上下させることができ,静脈の形状を変化させることができた.但しプローブに細かい押し圧調整を手早く行うには,より流量の大きいポンプと圧縮エアタンクの追加,さらに比例制御の可能な電磁弁の組み合わせによる能動的空圧制御が必要と感じられた.現在,押し圧調整性能の改良に向けた試作検討に入っている.
昭和30年代のNHK番組で「危険信号」という番組が有った.二人一組で行う課題解決ゲームで,鉄道模型が線路を周回すると風船を割る設定になっている.1人は電車の見張り役でもう一人が別途与えられた課題をこなす.課題解決に夢中になりすぎると風船を線路上から持ち上げるのが遅れて風船を割ってしまう.風船を割らずにいくつ課題をこなせるかのゲームである.中小企業の経営もこれに似ている.目前の風船を守りながらも長期のテーマを同時に追求して新たな付加価値を創造する社会的な役目がある.今日も風船を上げ下げしながら新しい医療機器の課題に取り組んでいる.
役員・顧問職・社員など(株式会社志成データム),エクイティ(株など)(株式会社志成データム)