2023 Volume 34 Issue 1 Pages 4-11
凝固波形解析(clot waveform analysis: CWA)は,プロトロンビン時間(prothrombin time: PT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)などの凝固時間測定において得られるフィブリン形成に基づく凝固反応から,包括的に凝固能を評価する方法である.古くからトロンボエラストグラムやトロンビン生成試験などと同じく,播種性血管内凝固症候群や血友病など様々な病態における血液凝固能の評価法として用いられてきた.CWAは専用の機器を必要とせず,ルーチン検査のPTやAPTT測定から自動的にデータを取得できるため,臨床検査への活用に期待されている.近年ではPTやAPTTにおけるCWAのみならず,添加する試薬を変えた新たなCWAが開発され,その有用性が報告されている.現在CWAの機能が実装されている自動分析機は限られているが,続々と自動分析機へのCWA機能の実装が進んでおり,今後のますますの普及化と臨床検査法の一つとして確立されることに期待したい.
凝固波形解析(clot waveform analysis: CWA)は,プロトロンビン時間(prothrombin time: PT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)などの凝固時間検査の測定過程において得られる凝固反応波形を解析することで出血リスクや過凝固状態を評価する方法であり1),全自動血液凝固分析装置において簡便に実施可能な包括的血液凝固機能測定法の一つとして世界的にも注目されている2).凝固反応波形には血液凝固反応に関わる多くの情報が複合的に含まれているため,CWAにより得られるパラメータを活用することで,出血リスクや過凝固状態の評価のみならず,フィブリノゲン量の推測をはじめ病態鑑別や抗凝固薬の効果判定などさまざまな評価が可能である.
本稿では凝固波形解析の測定原理や歴史について概説し,近年CWAを応用して開発された新たな凝固波形解析方法や,実際の活用例を含めた臨床検査への応用方法について紹介する.
一般的に包括的凝固機能測定法には,CWAの他に,トロンボエラストグラフィ(thromboelastography: TEG)やトロンビン生成試験(thrombin generation assay: TGA),血流下血栓測定装置(Total Thrombus-formation Analysis System: T-TAS®)などがあり,いずれにおいてもフィブリン形成過程の定性的評価に加え,各種パラメータによる定量的評価が可能である3).TEGは全血で測定可能な検査法で,凝固反応過程における粘性や弾性変化をモニタリングし,凝固波形を描出する手法であり,用いる試薬により凝固・線溶・血小板機能について広く評価可能な方法である4).TGAは血液凝固反応の中心的役割を担うトロンビンの生成量を直接測定することで凝固能を評価する方法であり,出血性疾患の凝固能評価や血栓性疾患の評価に優れている5).しかしながら手技の煩雑さや再現性に課題があり,ほとんどが研究レベルで使用されるのみで臨床検査で用いられる機会は少ない.T-TASは全血を用いて,ずり応力存在下のより生理的な血流条件下におけるフィブリン形成評価を可能とした検査法で,マイクロチップ上で形成されるフィブリンを視覚的または圧センサーにて凝固線溶能や血小板機能を定量的に評価する6).近年TEGもTGAも自動化が進み従来に比べ再現性や精度は向上しているが,T-TASを含め依然として専用機器・試薬が必要となる7, 8).
一方CWAは前述の通りルーチン検査で使用する自動分析機において凝固時間測定と同時に実施可能であるため汎用性が高く,従来の凝固時間に加えてフィブリン形成に係る動的・質的情報を得られることから,簡便かつ迅速に正確な血液凝固能の評価が可能となる.CWAではクエン酸血漿を用いるためTEGやT-TASのような血小板機能評価はできないが,凝固能評価の観点においてさまざまな病態の評価として応用が利き,簡便かつ迅速に実施できる点が,CWAが注目される所以である.
CWAはPTやAPTTの測定原理に基づくため,PTにおけるCWA(PT-CWA)はTFをトリガーとした外因系凝固反応を,APTTにおけるCWA(APTT-CWA)はシリカやエラジン酸を活性化剤とした内因系凝固反応をそれぞれ反映する.凝固時間の測定原理は測定機種により異なり,吸光度や透過光,散乱光を用いる光学的測定法と物理的に凝固点を捉える物理的測定法の2種に大別される.現在自動分析機に実装されているCWAは,透過光あるいは吸光度を原理としており,フィブリン形成に伴う濁度の時間的変化より形成される凝固反応曲線(凝固反応波形)および,その凝固反応波形を時間で逐次微分することにより得られる一次微分波形と二次微分波形の3つの凝固波形が用いられる(図1A~C).凝固反応波形はフィブリノゲンのフィブリンへの変化を表しているため,その変化量はフィブリン生成量を反映する.また,凝固反応波形を時間で一次微分した波形はフィブリン生成の速度変化を示し,二次微分した波形はフィブリン生成の加速度変化を示す.これらの2つの微分波形からCWAのパラメータとして一次微分波形の最大値に相当する最大速度値,および二次微分波形の最大値に相当する最大加速度値,最小値に相当する最大減速度値が算出される(図1D).しかしながらこれらのパラメータ値は用いる検査試薬により同一検体であっても数値が異なるため単純に比較することが出来ないことに注意する必要がある.
凝固波形解析機能を搭載した血液凝固自動分析機における凝固波形と測定原理
A:ACL-TOPにおけるPT測定時の凝固波形,B:ACL-TOPにおけるAPTT測定時の凝固波形,C:CN/CSシリーズにおける凝固波形解析画面,D:各凝固波形の意義
a:最大速度値,b:最大加速度値,c:最大減速度値.
CWAで算出される各パラメータ値の解釈は凝固カスケード反応をイメージすると理解しやすい.フィブリン生成量を反映する凝固反応波形は凝固反応の終末反応であり,この終末反応を時間で逐次微分することで凝固反応を順次遡って見ていくことができる.つまり凝固反応波形を微分して得られる一次微分波形はフィブリノゲンに作用するトロンビン生成量を反映し,最大速度値はトロンビン活性を反映していると考えることができる.さらに二次微分波形はトロンビン生成を触媒する活性化凝固第V因子と活性化凝固第X因子の複合体であるプロトロンビナーゼ複合体の生成量を反映し,最大加速度値はプロトロンビナーゼ活性を反映していると考えられる9).
凝固波形解析の歴史
凝固波形解析の前身は1997年まで遡る.Downeyらが播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation: DIC)の症例で全自動多項目検査装置MDA-IIのAPTT凝固反応波形において二相性の異常波形がみられることが報告されたのが凝固波形解析の最初の報告例である10).その後本邦においてもDICにおける凝固波形の詳細分析や血友病Aにおける低値域の第VIII因子活性の評価として有用であることが報告され,凝固波形解析の病態評価法としての分野が確立されてきた11–13).特に血友病分野において凝固因子活性の低濃度域の評価をはじめ,治療モニタリング,凝血学的評価や出血リスクの評価や治療効果判定など様々なエビデンスが構築されてきた14, 15).その後2009年にSolanoらのグループから単一凝固因子欠損やループスアンチコアグラント陽性例においてAPTT波形に異常波形を認めることが報告され16),凝固因子欠損症の鑑別やAPTTの病態鑑別スクリーニングへ応用され,病態鑑別法としてのCWAの活用報告も多い17–19).また,2008年頃に直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)が心房細動の治療薬として参入したことより,CWAの分野でも抗凝固薬の効果判定についての研究報告がされてきた20, 21).直近では新規血友病治療薬の効果判定やDICの重症度や予後判定,血栓症の病態評価などにも活用され,幅広い進化を遂げここ数年における凝固波形解析の論文数は飛躍的に増加し,世界的な凝固波形解析の認知度も向上しつつある22–24).
2020年より爆発的に流行し始めたCOVID-19感染症では肺局所における単球の活性化やサイトカインストームによる凝固亢進が起こり,血栓症のリスクが高いとされ,特にCOVID-19感染者において入院時のDダイマーが高いことは予後不良因子であるとされている25).その中でPTやAPTT測定にて得られる最大速度値や最大加速度値といった凝固波形パラメータは過凝固状態を反映すると相次いで報告されてきた26, 27).重症患者においては抗凝固療法を含めた治療を行う中で,PTやAPTTのみでは過凝固状態を正確に評価できないため,凝固波形解析パラメータによる病態評価が凝固能コントロールの鋭敏なマーカーになるものと思われる.
従来はPTやAPTTをベースとしたフィブリン形成反応に基づく凝固波形解析が行われてきたが,ここ数年においてCWAのトリガー試薬を変えることで目的とする反応変化を包括的な凝固反応変化から捉えるmodified CWAが次々と考案され,凝固波形解析による評価方法の幅が大きく広がっている(表1).APTTの系に組織プラスミノゲンアクチベータ(tissue plasminogen activator: t-PA)を加えて反応させる凝固線溶波形解析は凝固能の評価と同時に線溶能の評価が可能であり,出血性疾患の病態評価やDOACの効果判定などに有用であるとされている20).一方,フィブリノゲンの測定原理を応用したCWA TTは微量なトロンビンの作用による凝固反応変化を見ることが可能であり,止血異常のみならずフィブリノゲン異常症のスクリーニングに活用できる可能性がある28–30).また,CWA sTF/FIXにおいては微量なTFの添加によりFIXの活性変化を鋭敏に捉えることが可能であり,出血性疾患やDICなどの凝固能または出血リスク評価方法の一つとして用いられる他,癌などの腫瘍性疾患の際に見られるcancer associated thrombosisにおけるhypercoagulabilityの評価にも有用である31).さらに直近ではトロンボモジュリンと組織因子をトリガー試薬とするCWAが開発され,血栓症に関連するプロテインC経路の異常をスクリーニングすることに有用であるとの報告もある32).
凝固波形解析の種類 | 主なトリガー試薬 | 活用方法 |
---|---|---|
PT-CWA | 組織因子 | 抗凝固薬の効果判定,過凝固状態の評価 |
APTT-CWA | 活性化剤 | 低濃度域の凝固因子活性の評価,血友病治療モニタリング,病態鑑別,DIC重症度・予後判定,過凝固状態の評価 |
PT/APTT CWA | 組織因子,活性化剤 | emicizumab効果判定 |
CFWA | t-PA,活性化剤 | 出血性疾患の病態評価,DICの病態評価,DOACの効果判定 |
CWA-TT | 微量トロンビン | 出血性疾患の病態評価,emicizumab効果判定,フィブリノゲン異常症スクリーニング |
CWA sTF/FIX | 微量組織因子 | 止血異常における病態評価,edoxaban効果判定,過凝固状態の評価 |
rTM/TF CWA | トロンボモジュリン,組織因子 | 血栓症に関連するプロテインC経路の異常スクリーニング |
CWAには大きく分けて2つの手法がある.一つは凝固反応波形から算出される一次微分波形および二次微分波形を用いて病態を評価する方法で,もう一つは透過光あるいは吸光度変化を示す凝固反応波形そのものを用いて病態を評価する方法である.前者は前述の通り従来から様々な分野での活用や有用性が示されているが,CWAが実施できる機器が限られることもあり臨床現場での活用は未だ限定的である.一方,機器により測定原理や凝固点決定のアルゴリズムは異なるが,後者は自動分析機であればCWA機能が搭載されていない機種においても凝固反応波形を確認することが出来るため,広く検査室で活用可能であり,臨床現場への活用に期待できる.CWAの概念を広く普及するためには,まず凝固反応波形の活用法を広く認知してもらう必要がある.
通常,PTやAPTTの測定過程で得られる凝固波形は,吸光度や散乱光法であればS字状,透過光法であれば逆S字状となる(図1).しかし自動分析機による凝固時間の測定において,検体に乳びや溶血がある場合や,過剰な抗凝固薬の投与や混入,高力価のインヒビターの存在による反応阻害,病態の悪化に伴う極異常値,また,分析機側の検体・試薬のサンプリング不良や測定範囲の逸脱などが原因で,しばしば測定結果が得られない場合がある.このような場合,その時の凝固反応波形を確認することで測定不能となった原因や凝固点を推察することが可能である33).
特に低フィブリノゲンによるPTやAPTTの測定不能事例には注意が必要である.光学的測定法による凝固時間測定はフィブリノゲン量が少ないと,フィブリン形成反応の変化量が小さくなり,自動分析機で検出できない場合がある.このような場合,凝固反応波形を確認せずに測定不能として報告されると臨床では混乱を招く場合があるため,まずフィブリノゲンを測定して本当に低値であるかを確認する必要がある.PTやAPTTの反応はフィブリノゲン以外にも複数の凝固因子からなる反応系のため,極端な低下を除き低フィブリノゲンによる凝固時間測定への影響は少ない.そのため凝固反応波形の変化量が小さくてもはっきりと凝固反応が認められる場合はフィブリノゲン量が少ないことが推察可能である33).このような場合でも自動分析機内では凝固反応波形が描出されているため,分析機によっては凝固点を知ることも可能である.
このように自動分析機にて測定不能となった結果をそのまま報告するのではなく,凝固波形の反応パターンから原因を推察し,考えられる要因を臨床側へ伝えることがその後の適切な治療に繋がる.
凝固反応波形の活用例として,当院で使用している全自動血液凝固分析装置CS-1600(シスメックス社)を用いたCWAを紹介する.CS-1600では微分波形を算出するCWA機能はないが,凝固反応波形の情報として透過光変化量の反応強度を表すdH,凝固点における凝固反応波形の傾きを表すSlopeという2つのパラメータが測定される.dHは透過光変化量であるためフィブリノゲン量と相関することより検体中のフィブリノゲン量を推測することができる.一方Slope値は凝固反応波形の傾き,つまり凝固点における凝固速度を表すためトロンビン活性を反映すると考えられる.これらのパラメータを用いた病態評価の事例を2つ紹介する.
1)ワルファリン投与時の効果判定
非弁膜性心房細動の治療薬として古くから使用されているワルファリンのコントロールにはPT-INRが用いられ,PT-INRが2.0~3.0になるように投与量をコントロールする.しかしながらPT-INRで見ているのは出血リスクの評価であり,薬効効果の評価は血栓マーカーなどで評価する必要があるが日常臨床においてはPTのみでモニタリングされることが多い.PT-CWAにおけるSlope値はトロンビン活性を指すことから,PT測定のうち,ワルファリン投与群と非投与群においてSlope値を比較したところ,dH,つまりフィブリノゲン量に関わらず,ワルファリン投与群では非投与群に比べて有意に低下しており,Slope値を用いて凝固能を評価できる可能性がある(図3).PT-INRが十分に延長していてもSlope値が高い場合は薬効効果として不十分である可能性があり,血栓マーカーや過凝固マーカーなどの測定で評価する必要があると思われる.
PT-CWAを用いたワルファリン投与時の凝固能評価
A:CSシリーズにおける凝固反応波形
dH;透過光変化の反応強度,Slope:50%凝固点における傾き
ワルファリン投与群と非投与群におけるB:dH,C:PT-INR,D:PT-Slopeを比較した.
2)敗血症患者における病態評価と治療効果判定
敗血症患者において,血液培養の陽性群と陰性群の間で,血液培養と同時に提出されたPT,APTT値に差は認めないが,PT-CWA,APTT-CWAにおける各Slope値は,血液培養陰性患者に比べ陽性患者が有意に高く,敗血症の診断補助マーカーとしての可能性を秘めている(図4).さらに血液培養陽性患者において,治療前後のPT-Slope値を比較すると,治療後に有意に低下することから,Slope値による病態評価は,治療効果判定にも有用であると考えられる(図5).
敗血症患者におけるSlope値の評価
敗血症患者において血液培養陽性群と陰性群におけるA:PT,B:APTT,C:PT-Slope,D:APTT-Slopeを比較した.
敗血症治療前後におけるPT-Slope値の変化
敗血症患者における血液培養陽性時と治療後のPT-Slope値を比較した.
CWAは古くからの凝固機能評価法として近年徐々に認識されつつある.自動分析機を用いて簡便かつ迅速に実施可能であるため,広く臨床検査に活用されるためにも,全ての血液凝固分析装置への実装が望まれる.様々なmodified CWAの開発によりCWAの分野は著しく進歩し続けている中,さらに,パターン認識技術を用いた凝固波形解析アルゴリズムが開発されるなど新たなCWAが参入しつつある34).現在様々な分野において臨床検査へのartificial intelligence(AI)の参入が進んでいることから,CWAにおいても今後AIを活用した新たなステージを迎えることに期待したい.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし