2023 Volume 34 Issue 4 Pages 449-451
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,2019年末の発生報告以降,ウイルスの感染性と伝播力の強さから世界に瞬く間に広がった.世界中の科学者がその征圧のために研究を推し進め,行政機関の後押しもあり,ワクチンや治療薬がこれまでにない速さで開発・承認された.その結果,多くの人命を救うことができた.一方で,罹患後症状(いわゆる後遺症)や絶えず出現する変異株を考慮すると,ワクチンや治療薬が開発された現在でもCOVID-19が公衆衛生上重要な疾病であることに変わりはない.
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含め,インフルエンザウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV)等のRNAウイルスは,一般的に変異頻度がDNAウイルスよりも100倍程度高いと考えられている.そのため,ウイルスがヒトの間で感染と伝播を繰り返すうちに,種々の変異(置換変異,欠損変異,挿入変異)がその遺伝子に蓄積する.その結果として,ウイルスの病原性や指向性が変化してしまうことが知られている.COVID-19のオミクロン株対応ワクチンを新たに作製する必要があったことや国立感染症研究所が,毎年インフルエンザのワクチンに使用するウイルス株を選定するのはこのためである.ウイルスの増殖におけるこれら変異の意義を明らかにすることはウイルス感染症を制御する上で必須であることから,任意の変異を持ったウイルスを実験室内で人工的に作製する技術はそれに有効である.
変異を持った組換えウイルスを作出する手法であるリバース・ジェネティクス法とは,プラスミド等にクローニングしたウイルスcDNAあるいはウイルスの核酸をウイルスの感受性培養細胞に導入し,感染性のウイルスを得る実験のことである.この手法を用いることで,ウイルス遺伝子を自在に改変した組換えウイルスを作製することが可能となることから,様々なウイルスで本手法が開発されている.しかし,コロナウイルスの遺伝子は,RNAウイルスの中で最も大きく約30 kbであることから,1つのプラスミドにそれを挿入することは不可能である.従って,これまでのコロナウイルス研究では,大腸菌人工染色体(bacterial artificial chromosome: BAC)や酵母人工染色体(yeast artificial chromosome: YAC)に遺伝子をクローニングする方法あるいは,全長の遺伝子を6~8本の断片にして,試験管内でライゲーションによって結合させる方法が用いられてきた1–3)(図1).しかし,これらの方法は手順が複雑で時間を要し,かつある程度の熟練性が必要である.そのため,絶えず出現するSARS-CoV-2の変異株の迅速な解析には不向きであると考えられていた.そこで我々は,プラスミドへの遺伝子クローニングに用いられていたcircular polymerase extension reaction(CPER)4, 5)を同じRNAウイルスで10 kb程度の遺伝子を持つフラビウイルスに適用して成功した実績6)を基に,さらに遺伝子が大きいSARS-CoV-2に適用する研究を推進した.CPER法による組換えウイルスの作製には,培養細胞でRNAを転写させるプロモーターとウイルス遺伝子の3'末端を切断することができるリボザイムをコードする「リンカー」が必要である.このリンカーと全長のウイルス遺伝子を数断片にしてPCRにて十分量まで増幅させる.その際,リンカーとウイルス遺伝子断片の両末端が重なり合うようにすることで,得られたPCR産物を続く実験に用いることができる.これらのPCR産物を同じモル数になるように試験管内で配合し,DNAポリメラーゼを用いてCPERを行う.設計された相同配列を介して断片を正しい順に結合させ,「プロモーター,完全長のウイルス遺伝子,リボザイム」の順番で環状になったDNAを得る.得られたDNAを直接,ウイルスの感受性細胞にトランスフェクションすることで,感染性の組換えウイルスを得ようとする実験である.この手法は大腸菌等を介したクローニングの工程がないため,クローニングの過程で目的のクローンを得るための「トライ・アンド・エラー」の時間がないことが大きなメリットである.そして我々は,SARS-CoV-2でのCPER法の樹立に成功した.開発したその手法を以下に簡単に記載する.Poly(A)シグナルおよびD型肝炎ウイルス由来のリボザイム配列,CMVプロモーターをコードするリンカーのプラスミドを新たに作製した.完全長のSARS-CoV-2遺伝子を9つの領域に分け,それぞれの遺伝子断片がPCR反応によって効率的に結合して伸長できるように試行し,最適なプライマーを設計した.その後,それぞれのPCR産物を用いてCPERの条件を最適化した.感受性細胞は,SARS-CoV-2の感染を許容し,増殖することができる細胞で,且つトランスフェクション効率が良いそれを選定した.すなわち,ウイルスの細胞への侵入に必要なACE2およびTMPRSS2を発現させたHEK293細胞をCPER産物のトランスフェクションに用いることとした.ウイルスが細胞で増殖した指標となる細胞変性効果を認めた細胞から培養上清を回収し,それをSARS-CoV-2の増殖性が非常に高いVeroE6/TMPRSS2細胞7)に接種することで,様々な実験に使用することができる高い感染価を持つウイルスを得た.最後に,作出した組換えウイルスは全長の配列をシークエンスにて決定し,目的のそれであることを確認した.以上,我々はウイルス遺伝子の増幅から感染性の組換えウイルスを得るまで,最短で2週間で行える実験プラットフォームを樹立することに成功した8).このプラットフォームをこれまでに活用し,SARS-CoV-2変異株が本邦に侵淫・流行する前にその性状を解析し,誌上報告してきた9–11).また,各種レポーター遺伝子を搭載した組換えウイルスを作製し,ワクチン接種により賦与された中和活性の効率的な評価方法や生体におけるライブイメージング技術等の応用研究を展開している.
コロナウイルスのリバース・ジェネティクス法
A.従来のリバース・ジェネティクス法を示す.左図は,大腸菌人工染色体(bacterial artificial chromosome: BAC)あるいは酵母人工染色体(yeast artificial chromosome: YAC)にコロナウイルスの完全長の遺伝子をクローニングする手法.ウイルス遺伝子の上下に配したプロモーターとリボザイムにてウイルスRNAを培養細胞で転写させる.右図は,ウイルス遺伝子を数断片に分け,それぞれを試験管内でライゲーションさせ,ウイルス遺伝子の上流に配したRNAの転写プロモーターを用いて試験管内でウイルスRNAを合成させる手法.
B.高速リバース・ジェネティクス法を示す.完全長のSARS-CoV-2遺伝子を,それぞれがPCR反応によって効率的に結合して伸長できるように9つの領域に分けた.Poly(A)シグナルおよびD型肝炎ウイルス由来のリボザイム配列,サイトメガロウイルスのプロモーターをコードするリンカーとウイルス遺伝子由来のPCR産物を用いてcircular polymerase extension reaction(CPER)を行うことで,設計された相同配列を介して断片を正しい順に結合させ,「プロモーター,完全長のウイルス遺伝子,リボザイム」の順番で環状になったDNAを得る.このCPER反応物をウイルス感受性細胞にトランスフェクションすることにより,細胞でウイルスRNAを転写させる.
今後も,地球の気候変化やヒトの活動域の拡大に伴い,COVID-19のような新興・再興ウイルス感染症が流行する可能性は十分にある.そのためにもSARS-CoV-2の研究で培った技術を基盤に,感染症の先回り対策として組換えウイルス作製技術の更なる「簡便化」と「汎用化」に向けた研究を推進したいと考えている.
田村友和:研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(上原記念生命科学財団,武田科学振興財団)
福原崇介:本論文発表内容に関して開示すべき企業等との利益相反なし