Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Okamoto Prize 2023 Shosuke Award The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
Antithrombotic therapy in cardilogy—systemical improvement of the standard of care for patient population to personalized medicine—
Shinya GOTO
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2023 Volume 34 Issue 4 Pages 457-467

Details
Abstract

Thrombosis is a common cause of various acute cardiovascular diseases including acute coronary syndrome. Antithromotic therapy is widely used in cardiology community even though the vast majorities of cardiologists are not quite familar with the detailed mechanisms of thrombus formation mediated be platelet, inflamatory cells, coagulation cascade, and so on. The clinical evidences obtained from clinical studies, especially clinical trials comparing the efficacy and safety of novel antithrombotic agents vs previously established standard of care, provided the clues to improved the quality of the standard of care antithrombotic therapy for various patient populations. The global clinical trials still are the best way to test the clinical hypothesis. New generation of antithrombotic therapy become novel standard of care only when it showed better efficacy and safety as compared to the previously established standard of care in the clinical trial. These hypothesis testing clinical trials were conducted on the globe assuming the homogeniety of the risk of thrombotic and bleeding events across the globe. So far, it is hard to clarify the best suitable antithrombotic therapy for individual patients in a scientific manner. Various novel antithrombotic therapies became novel standard of care in various cardiovascular diseases within previous 10 years. The platelet P2Y12 ADP receptor blockers are widely used in patients with acute coronary syndrome. Various orally available specific inhibitors for coagulation factor Xa are also used widely for prevention of thrombotic stroke in patients with atrial fibrillation. However, the global clinical trial is not a perfect way to provide scientific evidence for the use of antithrombotic therapy for all individual patients. Indeed, reduced doses of antithrombotic agents not tested in the global trials are recommended in some countries to avoid serious bleeding events. These reductions of doses are recommended based upon the results from the country or region specific clinical trials. The scientific values of these region/country specific clinical trials are limited. The clinical trials are helpful to improve the standard of care for specific patients populations. However, each physician should take care of their individual patients. In the clinical practice, physicians made their decision based upon their intuitive prediction of the future risk of thrombosis and bleeding in individual patients. These intuitive decisions made by physicians are not scientific. Recent progress in the high-performance computer and information technology enable to provide scientific evidences for personalized medicine in both inductive and deductive manner. Accordingly, developments of novel antithrombotic therapies in Cardilogy are still exciting area of research in both basic and clinical approach.

1.循環器領域の血栓症

心臓・血管疾患を扱う医学領域を循環器領域と呼ぶ.人体の恒常性は血液の循環により維持されている.循環器疾患を罹患すると恒常性維持システムが破綻する.循環器病には予兆なく突然発症し,死亡,長期に渡るQOLの低下をきたす疾患がある.急性発症する循環器疾患の多くが急性心筋梗塞に代表される血栓症である.循環器病の専門家は血栓止血学の専門家でないことが多い.しかし,血栓症の予防・治療を最も実践しているのは循環器内科医である1

心筋は常に拍動している.拍動する心筋には大量の酸素が必要である.心筋に酸素を灌流する血管が冠動脈である.冠動脈は直径2~3ミリメートルの血管から,直接心筋への灌流枝を分枝している.直径が2~3ミリメートルと大腿動脈,頸動脈よりも細い.このため,血管壁の動脈硬化による血流障害を起こしやすい.動脈硬化巣が破綻すると直径2 ~ 5マイクロメートルの血小板が速やかに接着する2.血管壁損傷部位に集積する血小板のサイズは血管のサイズによらない.大動脈などの太い血管であれば血管壁に接着した血小板の血流への影響は小さく,冠動脈の分枝血管などの細い血管では血小板接着の血流へのインパクトが大きい.集積した血小板は活性化し,活性化血小板の表面では凝固系が活性化してフィブリンができる3.血小板とフィブリンにより直径数ミリメートルの冠動脈の血栓性閉塞が起こる.老化とともに動脈硬化は全身一様に起こる.血栓性閉塞による臓器虚血リスクは,直径数ミリメートルの冠動脈にて高い.また,心筋の虚血障害は突然死,心不全などに直結する.心筋梗塞などの循環器疾患を診療する循環器内科医は心筋梗塞予防を目指した抗血栓療法に熱心とならざるを得ない.

2.ランダム化比較試験による標準治療の転換

剖検例の病理的検索により,心筋梗塞症例の冠動脈血栓が長く知られていた.しかし,冠動脈血栓が心筋梗塞の原因であるのか?,結果であるのか?,は議論があった.学説の妥当性を検証する科学的方法が臨床医学では十分に確立されていなかった.20世紀の末頃から,疫学的方法による臨床的仮説検証を推進する運動が起こった.循環器領域の抗血栓療法との視点ではOxford大学のRory Colins博士が主導したSecond International Study of Infarct Survival(ISIS-2)試験のインパクトが大きかった4.Colins博士は症例を大規模に集めてランダム化比較試験を行うことによる臨床的仮説検証を主導した.ISIS-2試験では急性心筋梗塞の症例を1万7千例以上登録した.心筋梗塞が,冠動脈血栓によるのであれば抗血小板薬,線溶薬により心筋梗塞の予後を改善できると考えた.心筋梗塞症例の入院後1ヶ月以内の死亡を臨床的エンドポイントとして,登録した症例を抗血小板薬アスピリンY/N,線溶薬ストレプトキナーゼY/Nの4群に分割し,死亡率の差異の有無を検証した.驚いたことに,当時12%以上あった心筋梗塞急性期の院内死亡リスクをアスピリン,ストレプトキナーゼは各々25%程度低下させた.両者を併用すると死亡率は半減した.ISIS-2試験は医学界に大きなインパクトを与えた.症例を大規模に集積してランダム化比較試験を行えば臨床的仮説の検証が可能とされた.ISIS-2の結果に基づいて世界の循環器内科医は心筋梗塞症例に対してアスピリンを使用するようになった.すなわち,臨床的仮説を検証すれば世界の標準治療を転換できることが示された.

Colins卿の確立した方法は医学会のみならず,製薬業界,規制当局にも大きなインパクトを与えた.製薬企業には開発した新薬の有効性・安全性を検証する科学的方法を示した.疫学的方法と限局されても,製薬企業が有効性・安全性の科学的根拠を示せば,規制当局も科学的根拠に基づいた新薬の認可承認が可能となる.ランダム化比較試験による仮説検証,検証された仮説に基づくevidence-based medicineが世界を席巻することになった.

3.新規抗血栓薬開発試験へ日本は貢献できるか?

ランダム化比較試験は人類の均質性を前提としている.ISIS-2試験は欧州中心に施行され,日本は参加していなかった.臨床家には日本人を含むアジア症例の血栓イベントリスクは欧米人に比較して低い,抗血栓薬使用時の出血イベントリスクは日本人では欧米人より高い,などの直感を主張するものが多く,直感を裏打ちする観察データもあった5.ランダム化比較試験による仮説の検証に科学的価値が科学的仮説検証には普遍性が必須である.日本人,アジア人,欧米人が各々異なり,人類が均質でないとすれば,欧州にて検証された仮説,アメリカで検証された仮説,日本で検証された仮説などが出てくる.普遍性がなければランダム化比較試験による仮説検証の科学的価値は低いことになる.Colins卿の示した仮説検証の方法が人類一般に適応できるか否かがポイントになる.

科学的方法は,最初から万能ではない.普遍的原理を見出せそうな方法を作ったら,その方法の適応限界を明確にすることにも意味がある.アスピリンの次の世代の抗血小板薬となったクロピドグレルの臨床開発試験には欧州とともに米国が参加した.日本はアスピリンとクロピドグレルの有効性と安全性を人類において検証するCAPRIE試験6には参加しなかった.しかし,世界の流れの影響を受けて,厚生労働省に科学的根拠による承認を推奨するPMDAが日本にも創立された.日本もCAPRIE試験に参加して,国際共同試験によるクロピドグレルとアスピリンの有効性・安全性の検証試験に参加する選択肢はあった.しかし,日本人の出血・血栓イベントが欧米と大きく異なるとなると国際共同試験への参加は困難となる.国際共同試験に参加しないと,海外との比較における日本人の出血,血栓リスクの科学的情報を取得できない.卵が先か,鶏が先か?の議論ののち,結果としてクロピドグレルの開発試験では日本は自らの小規模の経験的認可承認試験を別途行う道を選択した7

前向きコホート試験も疫学的方法として仮説を生み出す価値のある研究とされる.動脈硬化・血栓性疾患において国際共同前向き観察研究を行う機運が生まれた.商業的に大成功したクロピドグレル開発元が資金を提供した.クロピドグレルはアスピリンとの比較試験の成功により冠動脈疾患,脳血管疾患,末梢血管疾患の広い適応を米国で有していた.世界での広い適応取得への準備として日本への投資価値があった.さらに,冠動脈疾患,脳血管疾患,末梢血管疾患を,「全身病としてのatherothrombosis」として宣伝することによりさらに市場を広げる可能性もあった.本学会理事長をされた池田康夫・慶應義塾大学教授が国際共同前向きコホート研究の日本のコーディネーターをされた.神経内科領域からは本学会理事の内山真一郎先生も参加された.世界から6万5千例以上の症例が登録され,日本からも多くの実臨床の先生のご協力を頂き,5千例以上の症例が登録された.欧米を中心とした臨床研究に,日本から10%近い症例を登録した動脈硬化・血栓性疾患の前向き観察コホートができた.

欧米と日本の差異に着目すれば差異はあった8.日本は高血圧,糖尿病の合併は多く,脂質異常は少なかった.同じプロトコールにて登録しても欧米では冠動脈疾患が多いのに対して日本では脳血管疾患が多かった.しかし,共通性に着目すればリスク因子,治療実態,血栓・出血イベントに共通性もあった.冠動脈,脳血管,末梢血管に動脈硬化性狭窄があるか,狭窄がなくても3つ以上のリスク因子を有する症例が登録された.登録後の心血管死亡,心筋梗塞,脳卒中の発現リスク,重篤な出血イベントリスクを1年ごとに4年まで観察した.日本から登録された症例は心血管死亡が低く,心筋梗塞発症リスクも低かった.脳卒中リスクは欧米と同等であった9.4年間の観察期間では,日本からの登録は心血管イベントが低いことを予測する独立した因子ともされた10.血栓性イベントについて,日本は世界と異なるとの主張にそれなりの根拠を追加した.本研究にて特筆すべきは重篤な出血イベントについて,日本のイベントが,世界よりも低いこと示したことであった11.健常人の疫学研究では,日本では脳出血リスクが高いと報告されている.高血圧が放置されていた時代は脳出血リスクが高いことは事実であった12.このため,日本の医師は出血に注意した治療をしてきたのであろう13.出血リスクが世界と大きな乖離がないことを示せた価値は大きかった.安全性の観点から国際共同試験への日本の参加を逡巡する理由はなくなった.また,日本,アジアの欧米に対する特殊性を主張する声は多く聞かれるが,本研究に基づいた日本,日本以外のアジア諸国,アジア以外の諸国の結果を比較したサブ解析には世界的には注目が集まらなかった.日本が抗血栓薬の開発において,国際共同研究に参加するためには重要な科学的根拠を示した.

4.クロピドグレル以後の抗血小板薬の開発研究

アスピリン,クロピドグレルは抗血小板薬として確立された.血栓性の高い急性冠症候群ではアスピリン・クロピドグレルを併用しても血栓イベントを十分に下げることができなかった.そこで,新規の抗血小板薬には市場価値があった.血小板凝集を完全に阻害するGPIIb/IIIa阻害薬が複数開発された14.GPIIb/IIIa阻害薬の開発時期には,まだ国際共同試験に乗るほどの確信が日本にはなかった.また,血小板凝集機能を完全に阻害するため肺胞出血などの重篤な出血イベントが問題となった.日本では国内のみを対象としたGPIIb/IIIa阻害薬abiciximabのランダム化比較試験が施行されたが,重篤な出血合併症が増加することが示された15

血小板のトロンビン受容体PAR-1阻害薬は,血小板と凝固系の相互作用を阻害できるため,優れた抗血小板薬になると期待された16.各種のPAR-1阻害薬のうち,日本製のatopaxar1719,米国製のvorapaxarが臨床開発後期まで残った.atopaxar開発は後期第二相にて中断となったがvorapaxarの開発試験は第三相試験まで進んだ.Eugene Braunwald博士の率いる米国ハーバード大学TIMI group,のちにFDA長官となったRobert Califf博士率いるDuke大学DCRIの主導する国際共同ランダム化比較試験に日本も参加した.OxfordのColins卿と米国の二人の指導者には少し毛色に違いがあった.DCRIの主導した急性冠症候群を対象とした試験では出血合併症の増加が問題となった20.冠動脈疾患,脳血管疾患,末梢血管疾患を対象とした試験は途中で脳血管疾患の部分を終了させ,試験を最後までやり切った21, 22.国際共同試験の結果はN Engl J Medなどに発表された.臨床試験の結果は科学的事実として世界に共有される.しかし,その結果の解釈は各国の規制当局により異なる.日本はvorapaxarを承認しなかった.米国は冠動脈疾患,末梢血管治療薬として承認した.脳出血が増えた,などの事実もあったため,承認されても市場規模はミニマルであった.

国際共同試験の結果は科学的事実である.しかし,結果の解釈は人により異なる.1つの臨床試験の結果に基づいて,世界の診療が1つに集約される必要はない.国民国家を代表する各国政府は独自の解釈に基づいて認可承認の可否を決める.個別の臨床医は患者の病態に応じて個別最適化医療を行う.ランダム化比較試験に投資した新薬開発企業は,世界を一色に染めて利益を最大化しようとするが,同じランダム化比較試験の結果をみても,試験結果の使い方は人により異なって良い.

資本主義が進みすぎると,巨大企業の力が強くなりすぎる.国際共同試験の結果は科学的事実であるが,全てではない.巨大資本は1つのランダム化比較試験の結果のみを宣伝してくるが,われわれは学者として資本の力に完敗してはならないと思う.ランダム化比較試験は科学的方法であるが,個人差を考慮できていない未熟な方法である.訓練された臨床医の直感に基づいた判断には再現性と科学性が乏しい.しかし,訓練された臨床医の脳による個別最適化医療による予後がランダム化比較試験に基づいた現時点の科学的医療よりよい結果をもたらす可能性がある.ヒトの脳の機能は解明されていないが,臨床医の直感的個別最適化医療を客観化,再現性のある科学に昇華させる努力は必要である23

クロピドグレルの薬効標的P2Y12 ADP受容体は2001年にクローニングされた24.薬効標的のクローニング後に,P2Y12阻害薬cangrelor,チカグレロールが臨床開発され,クロピドグレルよりは代謝の単純なプラスグレルも開発された.Cangrelorは急性冠症候群を対象とした国際共同ランダム化比較試験が施行されたが,日本は参加しなかった25.P2Y12 ADP受容体の選択的阻害薬であるため,translational researchにcangrelorを用いた研究は筆者らも施行した26, 27.Cangrelorは経静脈的に投与する薬剤であるが,チカグレロールは経口薬である.急性冠症候群を対象としたチカグレロールの国際共同ランダム化比較試験Platelet Inhibition and Patient Outcomes(PLATO)28に日本は参加しなかった.日本人を含まないランダム化比較試験の結果ではチカグレロールの日本での認可・承認はできない.PLATO試験と同一のprotocolにて,日本,台湾,韓国の東アジア三国のmirror試験(PHILO trial(Study to Assess Safety and Efficacy of Ticagrelor [AZD6140] Versus Clopidogrel in Asian/Japanese Patients With Non-ST or ST Elevation Acute Coronary Syndromes))を施行した29.プロトコールが同じでもPLATOとは逆の方法を示唆する結果となった.すなわち,PLATO試験ではチカグレロール群の血栓イベントリスク,出血イベントリスクともにクロピドグレル群よりも低かった.対してPHILO試験では血栓イベント,出血イベントともにチカグレロール群で多い傾向であった.PHILO試験では登録症例が801例と少なかった.結果は偶然に生じたのかも知れない.少なくとも801例の試験にはPLATO試験と同様のシグナルはなかった.PLATO試験の結果を重視して,チカグレロールは日本でも認可承認されたが,PHILO試験が示唆した結果が東アジアの真実であろう.実際にはチカグレロールは日本ではほとんど使用されていない.

プラスグレルは日本以外では急性冠症候群に対して60 mgのloading doseを投与したのち,1日20 mgの維持療法を投与してクロピドグレルとの比較試験TRITON-TIMI38試験が施行された.クロピドグレルに対するプラスグレルによる血栓イベント予防効果の優越性は認めたが,重篤な出血イベントも増加した30.プラスグレルでは日本独自の試験PRASFIT-ACSを施行した.Loading dose 20 mg,1日量3.75 mgと国際共同研究の1/3の用量がクロピドグレルと比較された.症例数が少ないため仮説検証はできない.結果の解釈も困難である31.ランダム化比較試験は科学である.のちに誰もが過去の学説の妥当性を検証できることが科学では重要である.ランダム化比較試験は科学であるが,ヒトを対象とする試験である.何度も施行すべき性質の試験ではない.TRITON TIMI-38とPRASFIT-ACSのような2つの試験を行うよりも,国際共同試験の容量設定に関する議論をしっかり行い,1つの仮説検証研究を施行すべきであった.

チカグレロール,プラスグレルともにランダム化比較試験ではクロピドグレルに対する有効性の優越性を示した.各国の診療ガイドラインでも使用の推奨がなされた.しかし,実臨床の標準治療を完全に転換するには至らなかった.理由は複数ある.プラスグレルの場合にはあまりにも異なる用量にて世界と日本の試験がなされた.科学的事実が明確にならなかった.チカグレロールの場合には東アジアにて国際共同試験と同様のプロトコールの試験を施行したが,結果の方向性が異なった.人類からサンプルを無作為に選択して得られた結果であっても,誰にでも適応できる結果が必ず得られるとは限らない.クロピドグレルが特許を喪失して安価なジェネリック品が使用可能となれば,安価な薬剤が選択される.医薬品は,直接人命にかかわる.車も,バイクも,家も人命にかかわる製品である.品質,性能は重視される.しかし,価格も市場価値を決める重要な因子である.国民皆保険システム化の日本ではジェネリック品も極端には値崩れしない.医療も市場原理に任された米国区のジェネリック品の価格はブランド品の1/10以下になることもある.安価なジェネリック品では達成できない革新的な薬剤でなければ広く使用されることはない.チカグレロール,プラスグレルともに価格面にてクロピドグレルを超えるメリットを提示できなかったのであろう.

ランダム化比較試験が行い易い急性冠症候群にてチカグレロールの有効性・安全性を検証したのち,脳梗塞,末梢血管疾患,糖尿病症例の一次予防試験,心筋梗塞などへの適応拡大を目指したランダム化比較試験が施行された.クロピドグレルとの比較,アスピリンとの比較,いずれも科学的には価値のある臨床試験であった.しかし,いずれの領域においても日常診療を大きく転換するインパクトはなかった.発症後1年以内の心筋梗塞における試験32,糖尿病の一次予防試験33には日本も参加した.ランダム化比較試験は施行され,科学的事実は多く集積されたが,安価になってしまったクロピドグレルを超えることはできなかった.

5.新規抗凝固薬開発への日本の貢献

経静脈性の抗凝固薬としてヘパリン,経口薬としてワルファリンが長年の標準治療であった.ヘパリンは単一物質ではない34.欧米では低分子成分を抽出して作成する各種の低分子ヘパリンが静脈血栓予防・治療薬として臨床開発された.しかし,日本はこれらの臨床試験には参加しなかった.日本独自で開発したトロンビン阻害薬アルガトロバンは岡本彰祐・歌子ご夫妻が開発された35.多くの国にて使用されているが,日本を含む国際共同ランダム化比較試験を施行する時代ではなかった.ヒルの抗凝固薬物質からヒルジン,ヒルログが抗凝固薬として開発された.ヒルログはangiomaxの商品名にて急性冠症候群などに欧米では使用されている.しかし,日本はランダム化比較試験には参加しなかった36.日本における経静脈的抗凝固薬は,実態としてヘパリン一択の実態が続いている.悪性腫瘍に合併する静脈血栓症,血栓性素因の妊婦の抗凝固薬療法などでは低分子ヘパリンが世界の標準治療である.日本の標準治療が世界と異なるため,新規の抗凝固薬の開発試験への日本の参加には困難性がある.

経口薬として,世界的にワルファリンが標準治療であった34.凝固系は比較的単純であるため,凝固系を阻害すると抗血栓効果も大きいが,重篤な出血イベントリスクも抗血小板薬とは比較にならないほど増加する.ワルファリン使用中には,PT-INRなどの凝固機能検査による薬効調節が必須された.PT-INRは精密な検査ではない37.日本で広く普及したPT-INRの計測法では,PT-INR 1.6程度で十分な抗血栓効果を期待できた38.また,PT-INRが2.6以上で重篤な出血合併症が増加すると報告された39.ワルファリンは活性化血小板膜などへの凝固因子の集積に必要なGla-domainの機能的完成を阻害する.PT-INRが上昇しない場合でも,血栓形成局所での抗血栓機能は期待できる40.PT-INRによる用量調節は必要だが,精密な用量調節はできない.ある程度の雑駁な用量調節にて歴史を耐え抜いた抗凝固薬がワルファリンである.

岡本彰祐・歌子ご夫妻が開発されたアルガトロバンは先進的な選択的トロンビン阻害薬であった.しかし,経静脈的投与を要し,日本国内から経口薬は開発されなかった.経口トロンビン阻害薬ダビガトランは残念ながら日本製ではなかった.それでも,日本での選択的凝固因子阻害薬開発技術は選択的Xa阻害薬エドキサバンをもたらせた.経口トロンビン阻害薬ダビガトラン,経口Xa阻害薬アピキサバン,リバロキサバン,エドキサバンが第三相国際共同ランダム化比較試験に進んだ4144.これらの薬剤はいずれも,単一の凝固因子の選択的,可逆的阻害薬であった.実際に血栓が形成されている部位ではカスケード式に凝固反応が進行する.局所のトロンビン,Xa濃度が著しく上昇すれば,選択的,競合的凝固因子阻害薬は効率的に作用できない.すなわち,選択的経口トロンビン阻害薬,Xa阻害薬(これらの薬剤の宣伝のため包括してNOAC:novel oral anticoagulant/non vitamin K oral anticoagulanat,DOAC:direct oral anticoagulantなどと総称される)ではワルファリンに勝る有効性は期待できないと当初から予想された.

薬剤の臨床開発では,有効性の検証が基本である.有効性を示さず,安全性を示しても意味がない.例えば,水道水に勝る安全性を有する薬剤などはないからである.NOAC,DOACの場合,本当の血栓性疾患ではワルファリンに勝る有効性は最初から期待できなかった.水ほどではないが,単一の凝固因子に対する選択的,可逆的阻害薬であるため,ワルファリンよりは出血合併症は少ないと期待できた.そこで,臨床試験ではそこそこの有効性と優れた安全性の検証を目指した.長年の使用により,臨床医はワルファリンを個別最適化して安全性にも大きな問題がなくなっていた.そこで,ランダム化比較試験の対照薬としてのワルファリンでは標的PT-INRを2~3とした.実臨床では臨床医は雑駁にPT-INRを調節している.精密な検査ではないPT-INRは雑駁な調節に向いた検査であった.ランダム化比較試験のプロトコールにて対照薬を「PT-INR 2~3のワルファリン」とすると,PT-INR 1.9でもワルファリンの増量が必要となる.また,PT-INR 2.9でもワルファリンの減量をしない.ワルファリン群の出血イベントは増えがちになる.さらに,ダビガトランの試験はオープンラベルのランダム化であったため,通常の検査室でのPT-INR検査が可能であったが45,三種のXa阻害薬は二重盲検二重ダミー試験で行った4648.医師・患者ともどちらの薬を使ってるのかわからない.PT-INRの計測には試験に特化したPOC deviceを用いた.デバイスはワルファリン群であれば本当のPT-INR,Xa阻害薬であれば本当らしい嘘のPT-INR値を表示した.POCデバイスの精度は検査室よりも劣る49.NOAC,DOACの臨床開発試験は,実臨床とは乖離した極めて人工的な条件にて施行された.

3つのXa阻害薬はいずれも有効性においてワルファリンに劣りはしなかった.重篤な出血合併症はPT-INR 2~3に調節したワルファリンよりも少なかった.臨床試験が示したXa阻害薬による重篤な出血性合併症の発症リスクは年率2~3%と,決して低くなかった.しかし,PT-INR 2~3のワルファリンよりも出血合併症は少なかった.ワルファリンに比較すれば使用は簡易である.また,試験の対象は非弁膜症心房細動であり,僧帽弁狭窄症の心房細動ほど血栓イベントリスクの高い疾患ではなかった.実臨床における脳卒中リスクを有する非弁膜症性心房細動における近未来の最大の脅威は死亡であり50, 51,脳卒中リスクは年率2%程度であり,抗凝固薬の必要性には疑問もある.使用が簡易であるため,多くの医師が非弁膜症性心房細動の脳卒中予防などにてXa阻害薬を使用するようになった.出血合併症リスクとの按分にて,得があるのは脳卒中の既往のある例などに限局されると思われるが,市場の拡大が優先された.ランダム化比較試験のメタ解析も多数施行された52.特に,Duke大学は互いに競合するメーカーの施行したランダム化比較試験の個別患者レベルのデータを集積してメタ解析を施行した.臨床の科学として質の高い論文を作成した53, 54.特許が喪失して各開発企業による宣伝がなくなったのちも,クロピドグレルのように標準薬として使用されるようになるか?,宣伝の消失とともにNOAC,DOACの使用は激減するか?,個人的には興味深く見守りたいと思う.

DOAC,NOAC開発試験の施行がなされた段階ではランダム化比較試験が世界の人類における新薬の有効性・安全性を既存薬と比較する科学であるとの認識が完全には共有されていなかった.日本ではリバロキサバン15 mg(世界的には低容量)とPT-INR 1.6~2.6を標的としたワルファリンの比較試験が施行された55.実臨床のための臨床データが提供された.しかし,科学としての価値は低いので上述のメタ解析などには採用されていない.

NOAC,DOACでは血栓リスクが本当に高い症例では有効性を期待できない.実際,機械弁の症例ではランダム化比較試験を施行したが,ワルファリンに有効性にて大きな差をつけられた56.血栓リスクが本当に問題となる僧帽弁狭窄症の試験は施行されていない.僧帽弁狭窄症でもワルファリンが転換されることはないであろう.静脈血栓症の予防・治療の適応も取得して,医療を簡易にするメリットをもたらせたNOAC,DOACであるが,血栓性素因などリスクの高い症例ではワルファリンが残ると筆者は考えている.実際,静脈血栓症に対する抗血栓療法の実態は世界均一ではなかった57, 58

6.動脈血栓症への抗凝固薬の適応

急性冠症候群の心筋梗塞予防には抗血小板薬アスピリン,抗凝固薬ヘパリンの有効性が証明されている59.ワルファリンとアスピリンの心筋梗塞再発予防効果の比較試験でもワルファリンの有効性が勝る60.冠動脈の閉塞血栓は血小板と凝固系の混合血栓であるため61, 62抗凝固薬の血栓イベント予防効果は当然でもある.経口Xa阻害薬のうち,リバロキサバンでは当初から動脈血栓を標的とした試験が心房細動の脳卒中予防試験と並行して施行された.急性冠症候群ではアスピリン・クロピドグレルの抗血小板薬併用療法が標準治療であった.抗凝固薬追加量は,少量でよいと考えた.2.5 mgを1日2回服用するプロトコールにて急性冠症候群を対象としたランダム化比較試験を計画した.筆者は急性冠症候群を対象とした少量リバロキサバン開発試験にて初めて試験プロトコールを立案するexecutive committeeのメンバーとなった.日本が単に試験に参加するのみでなく,国際共同ランダム化比較試験を主導する立場となった.試験の結果は科学的事実としてN Engl J Medに発表した63.結果は科学的事実である.解釈は国に応じて異なった.欧州は認可・承認し,米国・日本は承認しなかった.抗血小板薬併用療法に抗凝固薬を加えるために重篤な出血が増えすぎると考えてアスピリンを抜いた試験も別途行った33.日本では急性冠症候群に対する少量リバロキサバンの適応は最後まで取得できなかった.

抗凝固薬を減量して抗血小板薬に加えるとのアイデアは冠動脈疾患,脳血管疾患,末梢血管疾患を対象としても施行された64.筆者はDSMBとして試験の安全性を担保する役割を演じた.利益相反が大きくなったので途中で委員を降りた.本試験では3アーム比較試験の1アームを中止して,2群比較試験のような形態で終えた.事実は論文に発表された.冠動脈・末梢血管を適応とした少量リバロキサバンを認可した国もあり,認可しない国もあった.

7.今後の抗血栓薬の臨床開発

経口Xa阻害薬は商売としては大成功であった.世界の売れてる薬ランキングをみれば,毎年のようにリバロキサバン,アピキサバンが上位2,4位に入り両薬ともに年間1兆円以上売れている.しかし,薬剤の宿命として特許切れが起こり,一社による利益の独占はなくなる.年間1兆円の売り上げを一瞬で失うメーカーは大変である.株価を維持するためには次の新薬を開発しなければならない.Xa阻害薬の次の新薬として血液凝固第XI阻害薬が開発されている.複数の薬剤が後期の開発段階に入っている.FXI阻害薬を心房細動の脳卒中予防にて開発するためにはXa阻害薬を対象薬としたランダム化比較試験を行う必要がある.試験開始にあたって,出血が少ないとされていたXa阻害薬の出血リスクを問題にすることになる.FXI阻害薬が市場に出る頃には,特許切れして値崩れしたXa阻害薬と競争する必要がある.クロピドグレルに対するチカグレロール,プラスグレルの経験からFXI阻害薬が商業的に成功するとは考えにくい.現在のXa阻害薬のような巨大な利潤はとても望めないと思うが如何だろうか?新薬がなければ即座に株価が下がるので開発投資は必要である.臨床研究者としてはXa阻害薬とFXI阻害薬の有効性,安全性の比較データが科学的情報として世界に共有されればよいのでFXI薬開発研究は最後まで継続してほしいとは思う.

8.ランダム化比較試験による新薬開発は継続できるか?

心筋梗塞に対するアスピリンとプラセボの比較試験は簡素であった.また,試験の結果により世界の標準治療を転換できた.クロピドグレルも世界の標準治療を転換した.その後のチカグレロール,プラスグレルの開発試験となると標準治療の転換を目指した簡素な試験から,新薬の市場獲得のための複雑な試験へと変貌していった.DOAC,NOACの心房細動の脳卒中予防試験適応での開発試験はプロトコールも複雑になり,実臨床からの乖離が大きくなった.プロトコールが煩雑になり,試験にかかわる人員が増えると新薬開発コストが増大する.新薬開発企業が自ら臨床開発を行わず,CROに委託する時代となってさらにコストは増大した.遵守すべき法令基準も厳しくなった.日常臨床の延長としての簡素な試験から,膨大な人手とコストをかけたビッグビジネスに新薬開発研究が変貌してしまった.コストをかけた試験の結果,市場に出る新薬価格は著しく高価となった.製薬企業,CROなどの資本主義的システムを社会主義的保険医療と組み合わせた日本では問題が複雑である.現在の新薬開発の仕組みには継続性がないと考える研究者が増えた65.抗血栓薬に限らず,新薬臨床開発システムの根本的転換が必須であると筆者は考える.

安価な標準治療では予後が悪く,高価な新薬が必要な症例を効率的に選別するシステムが必須である.ワルファリンの欠点は重篤な出血とされるが,臨床医は多くの症例がワルファリンにて出血が起こる症例が限局的であることを知っている.筆者は,PT-INRの多次元解析により,ワルファリン服用継続でも出血リスクがほぼ0の7割の症例と出血リスクのある3割の症例を弁別する人工知能を作成した66.多次元情報解析技術により,新薬が必要な少数例を精密に弁別すれば高価な新薬の必要な症例数を限定することで医療コストの爆発を抑制できる可能性がある.

多くの施設にて電子カルテが使用されている.日本は社会主義的国民皆保険である.全国民が均質な医療を受けられる日本で,一部のボランティアのみが新薬開発に参加する現在の仕組みは不平等である.ランダム化比較試験による新薬の有効性と安全性の検証が必須との立場で考えれば,処方箋発行と連動した自動的ランダム化比較試験などが日本では可能と思う.ランダム化比較試験の仮説はp<0.05にて仮説検証される.すなわち,検証された仮説は完全な真実ではない.ランダム化をしなくても,実臨床の中で,薬剤の有効性と安全性を多次元情報解析として施行することは不可能ではないかも知れない.臨床医学の基盤の科学を転換する発想も必要と筆者は考えている.

9.結論

個人差を重視せず人類の均質性に基づくランダム化比較試験により多くの抗凝固薬,抗血小板薬が臨床開発された.有限の医療資源を効率的に利用するためには個別症例の特性に応じた個別最適化医療の論理が必須と考える.コンピューターと人工知能は個別最適化医療実現のツールとして有効である.

謝辞

岡本賞・Shosuke award授与を決めて下さった岡本賞選考委員会に感謝します.推薦状を書いて下さった北九州市立八幡病院 岡本好司院長に深謝します.本賞受賞の契機となった臨床的研究に筆者を導いて下さった池田康夫慶應義塾大学名誉教授に感謝します.筆者の学術活動を常に支えて下さった東海大学と半田俊之介教授に感謝します.筆者に臨床試験の基本原理をご指導下さったOxford大学のRory Colins卿,実際の臨床試験に参加の機会を与えてくれたHarbard大学Eugene Brauwald博士に感謝します.国際共同前向き観察研究をご指導下さったThrombosis Reseach InstituteのAjay Kakkar卿に感謝します.

REduction of Atherothrombosis for Continued Health(REACH)Registryを経済的に支援下さったSanofiおよび第一三共株式会社に感謝します.GARFIELD-AF,GARFILD-VTE研究をご支援下さったバイエル社に感謝します.本稿に記載した各種のランダム化比較試験にも多くのスポンサー企業が関与していますが,新薬開発試験への経済的援助については割愛させて頂きます.

著者の利益相反(COI)の開示:

研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(中谷医工計測財団),その他の報酬(The American Heart Association, Duke Clinical Research Institute)

文献
 
© 2023 The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
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