Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Aiming to improve the quality of life of patients with hemophilia
From the national survey of blood coagulation disorders to the blood coagulation disorders registry
Masashi TAKI
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2024 Volume 35 Issue 1 Pages 11-16

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Abstract

現行の血液凝固異常症全国調査は,厚生労働省の委託事業として(財)エイズ予防財団により2001年度から実施され,2023年現在も継続中である.血友病,von Willebrand病,類縁疾患などわが国の血液凝固異常症患者の実数把握,HIV感染症,肝炎(特にC型肝炎),定期補充療法などの出血抑制治療,凝固因子製剤およびnon-factor製剤,インヒビター,頭蓋内出血,生活習慣病,血栓症,死因などについての貴重な情報が毎年報告されている.しかしながら,本調査は単年度調査であり,各年の患者数は推定連結のため正確な患者数の把握はできておらず,正確に個人を追跡できないことが最大の欠点であった.この不備を補い,personal health record機能も将来的には実装予定の新たな血液凝固異常症レジストリが,今後,日本血栓止血学会,血友病患者会,製薬会社の3者の共同研究として開始される.

1.現行の血液凝固異常症全国調査までの血液凝固異常症の疫学調査の経緯

わが国で最初の血液凝固異常症の全国的な疫学調査は,1961年に吉田邦男ら1により行われ,血友病A204人,血友病B53人と報告された.その後,1991年まで奈良県立医科大学で5年毎に文部省あるいは厚生省研究費の助成で行われ,1991年の報告では血友病Aが3,145人,血友病Bが646人と報告された2

1980年代に凝固因子製剤に起因するHIV感染が重大な問題となり,1986年度から山田兼雄主任研究者による厚生省研究班「HIV感染者発症予防・治療に関する研究班」が立ち上げられ,血液凝固異常症(血友病ならびに類縁疾患)のHIV感染に関する全国的な疫学調査が行われた.同時に対照データとしてHIV非感染の血液凝固異常症に関しても収集され,1996年度まで継続された.1997年度からこの研究班のうちサーベイランスとその解析に関しては,福武勝幸主任研究者による新たな研究班に引き継がれ,1999年まで継続された3.この研究班では,HIV非感染例の調査がより積極的に行われると同時にHIV感染で既に死亡した症例の調査も行われた.2000年度は「HIV研究の評価に関する研究班」の分担研究として単年度の調査が行われた4.現行の血液凝固異常症全国調査は,厚生労働省の委託事業として(財)エイズ予防財団により2001年度から行われ,現在継続中で,2022年度の報告では血友病Aが5,776人,血友病Bが1,294人と報告された5表1に年度毎の歴代の血液凝固異常症運営委員会の委員を示した.

表1

歴代の血液凝固異常症運営委員会の委員

2001~2003年度
山田兼雄1*,大平勝美,白幡 聡,瀧 正志,立浪 忍,仁科 豊,花井十伍,三間屋純一
2004年度
大平勝美,白幡 聡,瀧 正志2*,立浪 忍,仁科 豊,花井十伍,三間屋純一
2005~2013年度
瀧 正志1*,大平勝美,白幡 聡,立浪 忍,仁科 豊,花井十伍,三間屋純一
2014~2015年度
瀧 正志1*,大平勝美,白幡 聡,杉山真一,立浪 忍,花井十伍,三間屋純一
2016年度
瀧 正志1*,天野景裕,大平勝美,白幡 聡,杉山真一,立浪 忍,花井十伍,三間屋純一
2017~2019年度
瀧 正志1*,天野景裕,大平勝美,白幡 聡,杉山真一,立浪 忍,花井十伍
2020年度
瀧 正志1*,天野景裕,大平勝美/後藤智己,白幡 聡,杉山真一,立浪 忍,花井十伍
2021年度~
天野景裕1*,後藤智己,杉山真一,瀧 正志,立浪 忍,花井十伍,松本剛史

1*委員長,2*調査責任者

2.血液凝固異常症全国調査の概要

1)対象と方法

対象は日本全国の血液凝固異常症患者全員で,血液凝固異常症全国調査で構築されたネットワークを基に全国の1,196施設(1,372担当部所)(令和4年)へ調査用紙を郵送し,毎年,調査年の5月31日時点における状況の報告を依頼し,調査用紙を事務局(聖マリアンナ医科大学)まで返送してもらった.患者の同意取得は各担当医へ可能な限り行うよう依頼し,同意説明文書および同意書の見本,同意撤回書をウエブサイトに掲載した.回収された調査票のうち,原則として患者の同意が得られておりその記録が残るもの,もしくは倫理委員会による承認の状況あるいは機関の長による把握が確認できたもののみを集計対象とした.同一症例について複数施設から回答があるため,重複症例の多重の集計の危険性を回避するため,生年月日と疾患名等による重複症例の推定的削除が行われている.

2)主な調査項目

記載医師名,施設名,診療科,患者同意,生年月日,現住所(都道府県名),疾患名,性別,入院/通院/介護老人ホーム等への入居/転出/転入など,インヒビター/免疫寛容導入療法,家庭療法,定期的な出血抑制治療,使用している凝固因子製剤ならびに治療頭蓋内出血の既往・時期・後遺症,喫煙習慣,高血圧症,腎不全/CKD,糖尿病,骨粗鬆症,脳梗塞,心筋梗塞,他の血栓症の既往,肝炎(有無,病期,原因,HCVウイルスの有無,genotype,治療薬,肝移植,治療効果),HIV感染(感染ルート・エイズ発症および時期,日和見疾患,CD4数,HIV-RNA量,抗HIV治療)などで,このうち,アンダーラインを記した項目は,初期の調査項目には無かったが,その後新たに追加された項目である.また,死亡例に対しては,上記項目に死因が加えられた.

3)主な結果

(1)血液凝固固異常症の診療施設:調査票の回収結果から,5人以下の血液凝固異常症患者の診療施設が最も多く,50人を超える患者の診療施設は少ないことが判明した(図1).これは,治療の均てん化を阻害する因子と考えられ,本学会の血友病診療連携委員会の開設に繋がった理由のひとつである.

図1

令和4年度調査への報告数のヒストグラム(血液凝固異常症全国調査令和4年度報告書5より)

2022年度では,5人以下が160施設と最も多く,50人以上は20施設,このうち100人以上は11施設であった.なお,2009年度では,5人以下が268施設,50人以上は11施設,このうち100人以上は6施設であった.

(2)血液凝固異常症総数:令和4年度の調査結果では,血友病Aは5,776人(531人)(カッコ内はHIV感染者数),血友病Bは1,294人(156人),von Willebrand病(VWD)は1,576人(7人),その他類縁疾患1,371人(3人)であった(表2).なお,HIV感染の死亡者累積数は,血友病A,血友病B,VWD,類縁疾患それぞれ,557人,169人,1人,9人であった.図2に血液凝固異常症生存例の年齢分布ならびにHIV感染者の年齢分布を示した.

表2

令和4年度調査における日本全国における血液凝固異常症総数(血液凝固異常症全国調査令和4年度報告書5より)

  血友病A 血友病B VWD 類縁疾患 小計
HIV非感染生存   5,245 1,138 1,569 1,368 9,320
(男性) 5,151 1,100 691 639 7,581
(女性) 94 38 878 729 1,739
HIV感染生存   531 156 7 3 697
(男性) 531 156 2 0 689
(女性) 0 0 5 3 8
HIV非感染・感染生存合計   5,776 1,294 1,576 1,371 10,017
(男性) 5,682 1,256 693 639 8,270
(女性) 94 38 883 732 1,747
AIDS発症(生存)   132 41 2 0 175
(男性) 132 41 0 0 173
(女性) 0 0 2 0 2
HIV感染死亡(累積)   557 169 1 9 736
(男性) 555 167 1 7 730
(女性) 2 2 0 2 6
HIV感染総数(生存および累積死亡)   1,088 325 8 12 1,433
(男性) 1,086 323 3 7 1,419
(女性) 2 2 5 5 14
図2

令和4年度調査における血液凝固異常症生存例の年齢分布(血液凝固異常症全国調査令和4年度報告書5より)

Shaded areaがHIV感染例を示す.36歳以上40歳のカラムから86歳以上90歳のカラムに幅広く分布している.

(3)死亡例に関して:HIV感染血液凝固異常症患者の年間死亡数は1996年までは増加し,AIDS指標疾患を有する死亡例が大半を占めた(図3).多剤併用療法が導入された1997年以降の年間死亡数は減少し,死因に占める肝疾患(特にHCVによるもの)の割合が相対的に増加した.HIV非感染血液凝固異常症の年間死亡数はほぼ一定であるが,死因としての肝疾患(特にHCVによるもの)の占める割合は一定数を占めている.

図3

HIV感染凝固異常症における年間死亡数の変化と死亡時のAIDS指標疾患の有無(血液凝固異常症全国調査令和4年度報告書5より)

Shaded areaが死亡時にAIDS指標疾患ありの症例を示す.ただし,令和4年は5月31日までの集計である.

(4)その他,肝炎の治療ならびにその治療成績,家庭療法,定期補充療法など出血抑制治療,使用している凝固因子製剤ならびに治療,頭蓋内出血の既往(時期,後遺症),喫煙習慣,高血圧症,腎不全/CKD,糖尿病,骨粗鬆症,脳梗塞,心筋梗塞,他の血栓症の既往などについての調査結果の詳細は,毎年冊子として発刊されている血液凝固異常症全国調査報告書あるいはウエブサイト;エイズ予防情報ネットhttps://api-net.jflap.or.jp/に掲載されているので,ここでは割愛する.なお,毎年の血液凝固異常症全国調査で得られた主な成果を表3にまとめた.

表3

現行の血液凝固異常症全国調査の主な成果

(1)わが国の血液凝固異常症患者の推定数
(2)HIV感染の経過,治療の動向と治療成績
(3)肝炎,特にC型肝炎の実態,治療の動向と治療成績
(4)定期補充療法など出血抑制治療
(5)使用される凝固因子製剤(EHLを含む)の変遷
(6)インヒビター
(7)頭蓋内出血
(8)生活習慣病,血栓症
(9)死因
(10)その他

3.血液凝固異常症全国調査の問題点

毎年,全国の医療関係者からの貴重な情報が収集され,血液凝固異常症運営委員会により年度ごとにわが国の血液凝固異常症に関する調査結果が報告された.しかしながら,血液凝固異常症全国調査の最大の問題点は,単年度調査であり,各年度の患者数は,個人の紐付けは疾患名,生年月日などの情報からの推定連結であり,正確に個人を追跡できない点である.その結果,疾患別患者数の正確な把握ができないこと,そして個人を追跡できないため経時的な解析ができないことである.さらに,同意の取得が確認できない例について生年月日の「日」を除いて報告する方法を採用した期間(平成18年度から28年度の期間)において,同一の「生年月」が多く,個人の追跡・重複の推定は極めて困難となったことも重なった.また,本邦の血液凝固異常症の患者総数程度の規模では,同一生年月がかなりの数発生するため,生年月による同一個体の正確な追跡は不可能と考えられる.また,別人で同一生年月日,および,双子の例も存在する.

また,死亡情報のデータの収集が不確実と思われ,人口動態論的な解析ができない.調査対象の疾患の患者における平均余命の検討は,大規模調査において期待される要件の一つである.しかしながら,これは死亡例が正確に報告されてはじめて可能になる.2012年に血液凝固異常症全国調査のなかでHIV非感染の例について報告されている年次死亡数を解析したところ,日本全体の生命表から推測される死亡数より低い値で,全国調査に報告されている死亡例は現状を網羅してはいないのではないかと懸念される.

4.血液凝固異常症の患者レジストリー構築作業部会

血友病診療連携委員会は,血友病およびその類縁疾患患者を診療しているわが国の施設の連携体制を構築し,それぞれの患者が,最適かつ必要な個別的・包括ケアを受けられるようにすることを目的に日本血栓止血学会の委員会として2018年1月に設置された.現在行われている血液凝固異常症の諸問題を解決すべき方策として,2018年6月1日に開催された第1回血友病診療連携委員会中央運営協議会において,「患者レジストリー構築作業部会」が設置された.部会長として瀧が指名され,石黒 精,大平勝美,白幡 聡,立浪 忍,花井十伍,福武勝幸から構成される作業部会で,本作業部会が設立された経緯,現行の血液凝固異常症全国調査の現状と問題点,他国(イギリス,アメリカ)での調査の概要,他の稀少疾患である先天代謝異常症患者登録制度(JaSMIn)構築と運用,小児慢性疾患登録事業の登録制度設計と問題点,そして今後の血液凝固異常症患者のレジストリーの在り方,方向性が議論され,以下の提言を行った.1)目的を以下とする.生涯を通じて治療を包括的に継続する必要がある重篤な慢性の出血性疾患である血友病ならびにその類縁疾患は,過去の凝固因子製剤により多くの患者がHIV感染やHCV感染などの重篤な被害を受けた.また最近,新たな半減期延長型製剤などの治療薬が次々に開発され,さらに遺伝子治療が開始される時代に突入した.このような時代背景において,新たな治療における副作用を最小限に抑止する事,さまざまな治療薬の有効性を正しく評価し治療に役立てることは極めて重要な喫緊の課題である.この課題をクリアするためには,患者レジストリーを国家的に構築して,適正に運営することが最も重要である.2)長期にわたり適正に運営するにはナショナルセンターで行うことが望ましい.3)悉皆性をめざす.4)患者に分かり易いメリットを示す.5)副作用の情報を迅速に集団で捉えられるようにする機能を持つ.同作業部会は上記の提言後任務を終了し,今後の運営に関して,具体的に実働する「患者レジストリー運営委員会(仮称)」の設置を提言した.

5.血液凝固異常症の患者レジストリ運営委員会の設置

上記の提言を受け,日本血栓止血学会血友病診療連携委員会において血液凝固異常症レジストリ運営委員会が新設され,松本剛史委員長(三重大学)が指名された.現在,血友病患者会,製薬会社の3者の共同研究として最初の3年間で基盤を固め,その後に新法人へ移行し血液凝固異常症レジストリの恒久継続体制を維持する方向性で,わが国における新しい血液凝固異常症レジストリ構築に向かって進行中である6.初期は過渡的対応として,対象をブロック拠点病院および地域中核病院の受診患者とし,その他の施設への受診患者については診療連携を促すことにより登録患者数を増やしていく予定である.なお,この新しい血液凝固異常症レジストリ開始後に現行の血液凝固異常症全国調査は終了予定である.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文の発表内容に関連して,開示すべき企業等との利益相反なし

文献
  • 1)   Yoshida  K: Hemophilia and related diseases. Acta Haem Jap 24: 109–140, 1961.
  • 2)  福井 弘,田中 一郎:血友病の疫学,藤巻道男,長尾 大(編集代表),血友病の診療.東京,財団法人血液製剤調査機構,1993,7–16.
  • 3)  福武 勝幸,白幡 聡,瀧 正志:HIV感染者発症予防・治療に関する研究班報告書.31–37,1997.
  • 4)  瀧 正志,立浪 忍:HIV研究の評価に関する研究班血液凝固異常症全国調査平成12年度報告書.1–69,2001.
  • 5)  血液凝固異常症全国調査令和4年度報告書.1–75,2023.
  • 6)  松本剛史:血友病凝固異常症レジストリ案の概要.血栓止血誌 34: 145, 2023.
 
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