Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Management of the sepsis-associated disseminated intravascular coagulation
Administration of antithrombin for septic DIC
Takumi TSUCHIDATakeshi WADA
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2024 Volume 35 Issue 3 Pages 384-390

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Abstract

敗血症性DIC患者においては,アンチトロンビン(antithrombin: AT)はトロンビンとの結合による消費や,血管透過性亢進に伴う血管外漏出などにより活性値が低下する.ATは主にトロンビンと活性化第X因子の阻害による抗凝固作用だけでなく,炎症反応も惹起するトロンビンの阻害とグリコカリクスへの結合を介した抗炎症作用を有することから,その投与は敗血症性DICに対して効果が期待される.日本版敗血症診療ガイドライン2024(J-SSCG 2024)は,敗血症性DIC患者に対するATの投与を弱く推奨しているが,国際的にはAT投与の効果は本邦ほど重要視されていない.その結果,近年の敗血症に対するAT投与の効果を検討する報告は殆ど本邦発となっているが,着実な研究の蓄積によりAT投与の対象とすべき患者群やその有効性が示されてきている.本稿では,ATの生理学的機能/作用機序を確認し,ATの投与対象や今後の研究展望について,これまでのエビデンスと近年の報告を交えて解説する.

1.アンチトロンビン(antithrombin: AT)とは

ATは主に肝臓で合成される分子量約59,000の単鎖糖蛋白で,トロンビンのみならず,活性化第VII,IX,X,XI,XII因子などのセリンプロテアーゼと1:1の複合体を形成することにより,その機能を阻害し,血液凝固反応を抑制する1.血管内/血管内皮/血管外に4:1:5の割合で存在し,健常者の血中半減期は65時間であるとされる1, 2.ATはヘパリンとの結合で立体構造が変化し,セリンプロテアーゼとの結合,すなわち血液凝固反応の抑制作用が著しく促進される3.生体内においては血管内皮細胞表面のグリコカリクスとの結合で,セリンプロテアーゼ阻害作用が促進されている4

ATには抗凝固作用だけでなく抗炎症作用を有することが知られている57.その機序としては,①活性化第II,X因子などの凝固因子を阻害することでprotease-activated receptorsを介した炎症性メディエーターの産生を抑制するため,②ATがグリコカリクス内のヘパラン硫酸と結合し,血管内皮細胞でのプロスタサイクリン(PGI2)産生を促進するためと言われている6, 7.PGI2は血小板の血管内皮細胞への接着抑制作用の他に,好中球の活性化抑制作用,活性化好中球の血管内皮細胞への接着抑制作用などにより抗炎症作用を発揮する6.しかし,AT分子におけるへパラン硫酸との結合部位がヘパリンとの結合部位に重複するため,このPGI2を介する抗炎症作用はヘパリン併用下では競合阻害により減弱される8

2.敗血症性DICにおけるAT投与の意義

凝固線溶障害は敗血症に関連する主要な臓器機能障害の一つとして知られており,その障害が他の臓器機能障害,ひいては多臓器不全を引き起こし,予後の悪化につながる9.全身の凝固亢進反応とそれに続く多臓器の機能障害を制御するために,ATをはじめ,トロンボモジュリン,プロテインC,プロテインSなどの抗血栓因子が重要な生理的役割を果たしている.さらに,AT,トロンボモジュリンなどの抗凝固因子は,その抗凝固作用に依存しない直接的な抗炎症作用を発揮し,敗血症における好中球の活性化,補体の活性化,サイトカインの生成を調節する可能性が報告されている6, 1012

敗血症では重度の感染状態による高度の炎症反応だけでなく,リポポリサッカライドや炎症性サイトカインの作用により,マクロファージや血管内皮細胞から大量の組織因子が産生され,著しい凝固活性化を生じる13.その病態下においてATは,炎症に伴う血管透過性亢進による血管外漏出やエラスターゼによる分解に加えて,凝固活性化に伴う過剰なトロンビンの中和による消費,さらには血管内皮・肝臓における産生能低下などにより活性が低下する1417.これまでの臨床研究では,敗血症におけるAT活性の低下が予後不良と関連することが繰り返し確認されている1719.このような理由から,ATやトロンボモジュリンなどの抗凝固因子は敗血症に関連する凝固障害および炎症反応を改善する有望な薬剤であると期待されている.

3.本邦で使用されるAT製剤

先天性AT欠損症や敗血症性DICなどの疾患によって生じるAT活性の低下には,2000年代よりヒト血漿由来AT(plasma-derived: pAT)製剤による補充療法が行われていた.2015年より遺伝子組換えヒトAT(recombinant AT: rAT)製剤の使用が可能となり,ヒト血漿由来の病原体による感染症伝播リスクが低減された.現在本邦で使用できるAT製剤の特徴を表1に示す.

表1

現在本邦で使用できるAT製剤の特徴

適応 DICに対する投与量 備考
ヒト血漿由来製剤(plasma-derived AT: pAT)
献血ノンスロン® ①先天性AT欠乏に基づく血栓形成傾向
②AT低下(AT活性≦70%)を伴うDIC
③AT低下(AT活性≦70%)を伴う門脈血栓症
30~60 IU/kg/day ヘパリンの併用下でAT投与(出血を助長する危険性のある場合はAT製剤単独投与)
ノイアート® ①先天性AT欠乏に基づく血栓形成傾向
②AT低下を伴うDIC
30~60 IU/kg/day
遺伝子組換え製剤(recombinant AT: rAT)
アコアラン® ①先天性AT欠乏に基づく血栓形成傾向
②AT低下(AT活性≦70%)を伴うDIC
36~72 IU/kg/day チャイニーズハムスター卵巣細胞で産生

AT:アンチトロンビン,DIC:播種性血管内凝固症候群,IU:国際単位

rATにはpATとは異なり抗凝固薬との親和性を弱める構造がなく20, 21,健常ボランティアによる薬物動態調査ではrAT(72 IU/kg)とpAT(60 IU/kg)は生物学的に同等であることが確認されている22.また,対象を敗血症性DIC患者とした場合の安全性と有効性はrAT(36 IU/kg)とpAT(30 IU/kg)で同等であることが確認されている23.本邦の添付文書においてもrATの用量はpATの1.2倍となっている.pATとrATは同様の血管内皮保護作用があることが確認されている24.さらに,体重に応じて投与されたrATはpATに比して臨床転帰を改善させる可能性をもつことも報告されているが25, 26,現状のエビデンスではrATとpATの間に明確な効果の差異があるとまでは言えない.

投与期間については,各製剤ともに「少なくとも2日以上使用してその効果を判定し使用の継続を判断すること」となっているが,これまでの研究においても,設定されたATの投与期間はまちまちであり,実臨床においても明確な投与期間は設定されていない.さらに,目標とするAT活性値も明らかでない.したがって,投与の終了は各臨床医,施設の判断に基づいて行われているのが現状である27, 28

4.敗血症性DICに対するAT投与のエビデンス

このような敗血症における凝固障害の重要性を背景に,2000年前後に敗血症患者に対する抗凝固薬の有効性を評価するランダム化比較試験が数多く実施されたが,いずれの試験でも敗血症患者における死亡率改善に対する抗凝固薬療法の有効性は示されなかった29.敗血症患者に対するATの効果を検証したランダム化比較試験の一覧を表2に示した.KyberSept trialをはじめ多くの研究が行われたが,いずれの研究においても敗血症患者におけるATの生存率に対する有効性は示されなかった(表23036

表2

現在までに行われた敗血症に対するAT投与に関するランダム化比較試験

対象 症例数 年齢(中央値) 介入
合計 AT 対照 AT 対照薬
負荷投与 維持投与
F. Fourrier 199330 フランス 敗血症性DIC 32 14 18 52 90~120 IU/kg 90~120 IU/kg/日 Placebo
F. Baudo 199831 イタリア 敗血症 120 60 60 60 4,000 IU 2,000 IU/12時間 Placebo
B. Eisele 199832 多国間 重症敗血症 42 20 22 58 3,000 IU 3,000 IU/日 Placebo
S. Gando 201333 日本 敗血症性DIC 60 30 30 70 30 IU/kg/日 投与無し
D. Inthorn 199734 ドイツ 重症敗血症 29 14 15 62 体重(kg)*
(120-AT(%))*
1.25 IU/日
投与無し
M. Schorr 200035 ドイツ 腹膜炎 50 24 26 60 体重(kg)*
(140-AT(%))
IU
200~800 IU/時間 投与無し
B. L. Warren 200136 多国間 重症敗血症 2,314 1,157 1,157 58 6,000 IU 6,000 IU/日 Placebo

AT:アンチトロンビン,DIC:播種性血管内凝固症候群,IU:国際単位

これらのランダム化比較試験の結果が今日のガイドラインのエビデンスとなっている.最新の国際的な敗血症診療ガイドラインであるSurviving Sepsis Campaign Guideline(SSCG)2021では,ATやDICへの言及はなかった37.しかし,表2に示したようにランダム化比較試験の対象のほとんどは敗血症患者であり,DICに至っていない患者が含まれ,研究デザインが適切でない可能性があった.実際に,KyberSept trialのサブグループ解析において対象をヘパリン併用のない敗血症性DIC患者に限定した場合,AT投与の生存率に対する有効性が示された38.ATの投与が比較的盛んであった本邦からは,後ろ向きではあるものの大規模で質の高い研究が相次いで報告され3944,敗血症でもDICを発症しているなど一部の患者集団にAT投与が有効である可能性が示唆されるようになった.加えて,敗血症性DICを対象としてAT投与が予後を改善することを示すシステマティックレビューも発表されている45.日本版敗血症診療ガイドライン2020(J-SSCG 2020)では,敗血症性DIC患者に対してATの補充療法を行うことを弱く推奨(GRADE 2C)しており46,最新のガイドラインにおいては,根拠となるランダム化比較試験に追加・修正はなかったが,アウトカムの相対価値を考慮した評価方法に変更になったことに伴い,GRADE 2BでATの投与を弱く推奨している(J-SSCG 2024).

5.AT投与の対象と投与量

ここまで述べてきたように,敗血症全体ではなく敗血症性DICをはじめとする一部の患者集団にはAT投与の効果が期待できる.特にAT活性が50%以下の場合にはトロンビン生成量が大幅に増加すると報告されており,補充の必要度が高い可能性が示唆されている47.強いエビデンスを根拠とするAT活性の閾値は存在しないが,「AT活性が正常の70%以下」が本邦での保険適応投与基準となっている(表1).AT活性の目標値や投与量に明確な指標はなく,研究によりATの投与量は大きく異なる(表1).近年,敗血症性DICに対するAT投与の治療効果は,既存の臓器不全の重症度と患者の体重あたりのAT投与量に依存する可能性があることが示された48.2024年に我々が行った観察研究を含めた系統的レビュー・メタ解析では敗血症に対するATの有効な投与量は不明であったが49,日本の保険診療で使用可能なATの範囲である低用量(1,500単位/日)と高用量(3,000単位/日)の2群を比較した研究では,高用量群でDIC離脱率が有意に高く生存率も改善することが示された50, 51.高用量群(3,000単位/日)ではAT投与3日後にAT活性が100%以上に上昇したのに対し,低用量群(1,500単位/日)では基準値であるAT活性80%以上をいずれの測定ポイントでも満たさなかった50.この結果は,敗血症性DIC患者の予後を改善するためには,投与基準値を上回るまでの十分なAT投与を行う必要性があることを示唆しているのかもしれない.

また,出血性合併症に関しては,以前よりAT投与により出血リスクが上昇することが報告されていたが38, 52, 53,出血性合併症はATの投与量ではなくDICの遷延により増加することが示された50, 54.また,ATを含む抗凝固療法は対象患者を敗血症性DICに限定した場合,敗血症集団全体と比較して相対的に出血リスクが低下することが近年示された55.一方で,重症敗血症患者にATとヘパリンを併用投与すると,出血リスクが増大するという報告があるため36,両者の投与が必要な場合には出血に注意する必要がある.

6.AT投与により生存率の改善が見込めるのは敗血症性DIC症例である根拠

敗血症状態では,局所に形成される血栓が病原体を封じ込め,感染部位の病原体に対する免疫反応を調整していることが明らかとなった56, 57.この概念は免疫血栓immunothrombosisと呼ばれ,宿主の防御反応として重要な役割を果たす.しかし,炎症反応が持続的に活性化され過剰になると血栓形成が制御できなくなり,これがDICの初期段階であると理解されている58, 59.この過剰な反応は宿主にとって有害であり治療の対象となるべきであるが,生体防御反応の一部である免疫血栓を抑制しても予後は改善しない.実際に,DICに至っていない症例に対しAT投与を行った場合には,かえって臨床転帰が悪化する可能性が示されており60, 61,これは抗凝固療法が免疫血栓の形成をも抑制してしまった結果によるものと推察される.免疫血栓は生理的反応であり,DICは病的反応であるというこの概念は,敗血症全体ではなく,敗血症性DICにATを含む抗凝固療法が有効である可能性の根拠となりうる60, 62

7.今後の研究展望

今日の臨床現場においてATを投与する場合,その投与量は健康保険で認められている投与量や投与前のAT活性などを考慮して個別に決定される.敗血症性DIC患者に対するATの至適投与量や投与期間,目標AT活性値は明らかでなく,現在のエビデンスとなっているランダム化比較試験のAT投与量は本邦の投与量と大きく乖離している.そして,敗血症性DICに対するAT投与の有効性を検討するランダム化比較試験は10年以上行われていない.敗血症患者における抗凝固療法の至適治療対象に関する最近の研究では,国際血栓止血学会overt DICスコアが高値,かつ全身の重症度(APACHE IIスコア)が高くなるほど抗凝固療法の生存率改善効果が顕著になることが示された63.また,急性期DIC診断基準スコアおよびPT-INRが高値の症例への抗凝固療法の実施に伴い,死亡のハザード比が顕著に減少し,急性期DIC診断基準スコア5以上,かつPT-INR1.5以上の場合は特に生存率の改善が期待できると考えられた60

したがって治療対象としては,敗血症患者において抗凝固療法により生命予後が改善しうる患者集団に重症度(臓器障害の発症)などを加味して決定することが妥当と考える.

今後,AT投与の恩恵を受ける最適な患者集団の特徴を明らかにし,その投与方法に関するエビデンスの蓄積が求められる.その実現のために,既存のエビデンスをもとにした研究デザインで抗凝固療法の効果を検証する大規模ランダム化比較試験が行われることが期待される.

著者の利益相反(COI)の開示:

和田剛志:講演料・原稿料など(日本血液製剤機構,旭化成ファーマ),研究費(武田科学振興財団)

その他の著者の利益相反の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

文献
 
© 2024 The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
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