2024 Volume 35 Issue 3 Pages 399-403
敗血症性播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)は頻度が高く致死率の高い合併症である.日本版敗血症診療ガイドラインでは敗血症性DICに対して抗凝固療法が推奨されており,アンチトロンビンと遺伝子組み換えトロンボモジュリン(rTM)が使用される.
これらの薬剤は抗凝固作用だけでなく抗炎症作用を有しており,作用機序からもアンチトロンビンとrTMの併用療法が効果的である可能性がある.基礎実験では併用療法の相乗効果が報告されているが,臨床研究では様々な報告があり一定の見解は得られていなかった.系統的レビュー・メタ解析の結果から併用療法は出血合併症を増やすことなく,統計学的に有意ではなかったものの死亡率を改善する傾向にあった.併用療法が有効な患者群の可能性として,AT活性値50%以下が一つの指標として示唆されているが,今後のさらなる検討が必要である.
播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)は頻度が高く致死率の高い合併症である.DICは臓器機能障害の発症に関与しており,敗血症に合併すると死亡率は約2倍に上昇する1).医療の発展と共にDICの死亡率は低下してきたが,未だ敗血症性DICの死亡率は約37%との報告もあり2),未だ重篤な疾患のひとつである.
DICの治療で最も重要視されるべきは原疾患の治療であり,敗血症の場合は適切な抗菌薬投与や感染源のソースコントロールである.そこに加えて日本版敗血症診療ガイドラインでは抗凝固療法を推奨している3).抗凝固療法に用いられる薬剤としてJ-SSCG2020ではアンチトロンビン(antithrombin: AT)と遺伝子組み換えトロンボモジュリン(rTM)が推奨されている3).本項では,ATとrTMの作用とこれまでの知見から,ATとrTMの併用療法の可能性と効果が期待できる患者群について概説を行う.
ATは,肝臓および血管内皮細胞で生成される分子量59,000の単鎖糖タンパク質であり,血漿中に約30 mg/dL存在している.トロンビンや活性型凝固因子X,IX,VII,XI,XIIなど,複数のセリンプロテアーゼ系凝固因子を抑制する作用を有しており,その中でも特にトロンビンと活性化第X因子を不活化する.血中トロンビンの阻害活性の大半はATが司っており,特にヘパリンの存在によってトロンビン阻害作用は約1,000倍以上に増強される4).またATは血管内皮細胞によるプロスタサイクリンの生成を介した抗血小板作用も呈する.
トロンボモジュリンは分子量64,000の膜1回貫通型糖タンパク質であり,血管内皮細胞上に存在する.rTMはトロンボモジュリンを遺伝子組み換え技術によって製剤化したもので,血管内皮細胞トロンボモジュリンと同様の作用を有している.
トロンボモジュリンはトロンビンと結合し,トロンビン-トロンボモジュリン複合体を形成する.これがプロテインCを活性化させ,活性化プロテインC(APC)となる.APCはプロテインSを補酵素として作用し,活性型第V因子と活性型第VIII因子を分解し,抗凝固作用を呈する.また同時にAPCは血管内皮細胞プロテインC受容体(EPCR)と結合し,抗炎症や修復にも関与することが知られている.さらにトロンボモジュリンはthrombin activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)を介した線溶制御を行っており,凝固線溶反応において必要不可欠な因子である5).
敗血症性DICの病態を考える上で,ダメージ関連分子パターン(damage associated molecular patterns: DAMPs)は重要な要素である.DAMPsは,細胞死や細胞の損傷など細胞のストレスに伴って放出されると考えられており,その内容物としてはタンパク質から核酸まで多岐にわたる(表1).細胞の危機を知らせるサイレンのような機能をしているが,それだけでなくDAMPs自身が血管内皮細胞や組織を障害することが知られている.敗血症病態によって細胞損傷が生じた結果,DAMPsが放出され,そのDAMPsがさらに他の細胞障害を生じさせDAMPsが新たに放出されるという負のスパイラルに陥り,その結果として多臓器不全から死に至る.
DAMPs
タンパク・ペプチド | Histone,HMGB-1,DNA,RNA,熱ショック蛋白,サーファクタント蛋白,好中球エラスターゼ,フィブリノゲン,ラクトフェリン |
脂質・リポ蛋白 | アミロイドA,飽和脂肪酸 |
プロテオグリカン・グリコサミノグリカン | ヒアルロン酸断片,へパラン硫酸断片 |
ミトコンドリア構成物質 | ミトコンドリアDNA,チトクロームC,ATP,カルジオリピン |
鉱物 | 尿酸結晶,シリカ,アスベスト,水酸化アルミニウム |
ATは血管内皮細胞上のへパラン硫酸や好中球表面のシンデカン4と結合することにより抗血栓性や抗炎症作用を呈する.またATは好中球細胞外トラップの放出を抑制する可能性が報告されている6).これらの機序によりATによってDAMPsの放出が制御され,炎症を抑制する可能性が示唆されている.Ishikawaらは,LPS投与を用いたエンドトキシン血症モデルマウスにATを投与したところ予後が改善し,また気管支肺胞洗浄液中のHMGB-1(high mobility group box-1)や肺における好中球細胞外トラップの放出が有意に減少したと報告している7).
トロンボモジュリンはDAMPsの吸着,分解を行うことが知られている8).敗血症モデルマウスにrTMを投与すると,HMGB-1が分解され無毒化された9).AkatsukaらはrTMが血中のDAMPsが抑制し,臓器障害を抑制する可能性を報告した10).またrTMが血管内皮上のGlycocalyxを保護する可能性や11),好中球細胞外トラップ放出を抑制する可能性も示唆されている12).rTMはこれらの機序によりDAMPsの放出を制御し,炎症を抑制する可能性が考えられている.このように抗凝固薬として認識されているATやrTMは抗凝固作用だけでなく,抗炎症作用を有しており,DAMPsを抑制することからも,敗血症性DIC病態に効果的である可能性がある.
ATおよびrTMの効果効能を考えると両薬剤を併用することによって,患者にとってメリットがある可能性が考えられる.実際にこれまで臨床現場において,“ATとrTMの併用療法” は経験的に行われてきたが確立されたエビデンスはなく一定の見解は得られていなかった.
しかしItoらの報告から併用療法は効果的である可能性が明らかとなった.リポ多糖(LPS)を用いて敗血症を模した血管内皮細胞上にrTMもしくはATを加えると,用量依存性に “部分的に” トロンビン産生を抑えた.これに対してrTMとATを併用投与すると単剤投与に比べて著しくトロンビン産生が抑えられ,併用療法によるATとrTMの “相乗効果” が得られることが分かった13)(図1).
ATとrTMによる抗凝固作用
Crit Care 25: 95, 2021.を一部改変
また,Ibaらは敗血症モデル動物に対して併用療法を行ったところ,ATまたはrTMの単独投与に比べて併用療法群で予後を改善する可能性を明らかにした14, 15).また,ATとrTMの併用投与はDAMPsを抑制することも併せて報告している15).
基礎実験では,ATやrTMの単剤投与に比べて併用投与が効果的である結果を示していた.しかし,臨床研究ではその有用性については様々な報告があり,有効性を示唆する報告も否定的な報告も存在する16, 17–19).そこで敗血症性DICの治療におけるATとrTMの併用療法について系統的レビュー・メタ解析を行い,併用療法の有用性を評価した20).
解析対象とした10個の研究のうち,3つはハザード比で,3つは調整オッズ比で,残りは未調整オッズ比や併用群と単独群におけるアウトカムの数のみを示した研究であった.前者2つは統計学な観点から統合して解析することが困難であったため,それぞれに解析を行った.ハザード比で結果を提示した研究の解析結果はハザード比0.67(95%CI 0.43–1.05)であった.しかしI2値60%であり高い異質性が示唆された(図2A).調整オッズ比で結果を提示した研究の統合結果は,オッズ比0.73(95%CI 0.45–1.18),I2値(72%)であり,こちらも高い異質性を示した(図2B).併用療法は統計学的な差はなかったものの,死亡率を改善する傾向を示した.
敗血症性DICに対する併用療法と単剤療法を比較したランダム効果分析のforest plot
敗血症関連凝固障害では,凝固因子や血小板の消費によって出血傾向が生じる21, 22).そのため抗凝固療法を行うことによる出血合併症は臨床医を悩ませる.さらに抗凝固薬を2種類も使うとなると,余計に出血合併症が生じる可能性が予想され,併用療法は行いづらいと考えられた.しかしメタ解析の結果から単剤投与と併用投与で出血性合併症の発生頻度に差はなかった.出血性合併症の解析には2つの研究を用いた19,21).オッズ比1.11(95%CI 0.55–2.23),I2値(55%)であり,中等度の異質性であった(図2C).
今回のメタ解析では敗血症性DIC患者におけるATとrTMの併用療法は出血のリスクを増加させなかったが,死亡率の改善という点で統計学的に有意な利益を示すことはできなかった.しかし,ほとんど全ての研究において併用療法が死亡率の改善に良好な傾向を示していることから,敗血症性DIC患者の治療におけるATとrTMの併用療法は単独療法よりも優れている可能性が示唆された.
ATとrTMの併用療法が敗血症性DIC患者の予後を改善する可能性は理解できるとしても,全ての患者に対して併用療法を行うことは医療経済の観点からも難しいと考えられる.ではどのような患者群において併用療法が効果を示す可能性があるか,rTMの市販後調査の2つの解析報告から読み解いていきたい23, 24).Muraoらは活性化AT値と血小板数で患者を4つの群に分けた解析結果を報告している.AT活性値50%以下,血小数5万以下の群という,4群の中で敗血症性DIC患者の予後が最も悪い患者群においては併用療法を行うことが予後を改善する可能性が示唆された23).
Wadaらは活性化AT値とフィブリノゲン値で患者を4群に分けた解析結果を報告しており,この結果ではAT活性値50%以下,フィブリノゲン値150 mg/dL以下の群という,4群中予後の最も悪かった群において併用療法が有用であった24).
これらの報告よりAT活性値50%という値は共通したカットオフ値であった.これに加えて血小板数やフィブリノゲン値を指標に適切な患者群を選定することが求められる.しかし,これらは後ろ向きの解析結果であり,今後の検討は必要である.
ATおよびrTMの簡単な作用機序から併用療法の可能性について概説した.
併用療法が患者の生命予後を改善する可能性は示唆され,さらにどのような患者群でより効果を示す可能性があるかについても明らかとなってきた.しかし,併用療法を行うにしてもATとrTMのどちらを先に投与するべきなのかなど,明らかにしなければならない事案はまだまだ山積みである.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし