Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Recent Topics in Hemophilia
Japan bleeding disorder registry
Takeshi MATSUMOTO
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2025 Volume 36 Issue 1 Pages 18-24

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Abstract

医療におけるレジストリは,特定の病気や治療法に関する患者データを収集・管理するデータベースを指し,患者の診断,治療,経過,治療成績などの情報を記録し蓄積する.血液凝固異常症は有病率の低さ,長期にわたる観察が必要であることから,レジストリを利用した血友病患者のリアルワールドデータの収集は,治療の質の向上や安全性の検証に有用である.2018年に日本血栓止血学会に血友病診療連携委員会が発足し,患者レジストリ構築部会が設置され約3年間の検討の結果,2021年血液凝固異常症レジストリ運営委員会が始動し,実際の構築作業が進められてきた.そして2024年9月「血液凝固異常症レジストリ研究」が倫理審査委員会で承認され2024年度中の患者登録を目指しシステムと環境の整備が行われている.著者は本誌2024年35巻1号でも寄稿したが,本稿では医療におけるレジストリの利活用の現状とこの新しい凝固異常症レジストリ構築の最新状況を概説する.

1.リアルワールドデータであるレジストリの薬事への利活用の現状

医療における「レジストリ」は,特定の病気や治療に関する患者データを一元的に収集し,分析するためのデータベースを指す.このデータベースは,患者の診断,治療,経過,治療成績といった情報を記録し,医療の質向上や医療研究において非常に重要な役割を果たしている.患者ケアの向上や臨床研究,公衆衛生対策などに役立てることが可能となる.疾患レジストリは特定の病気に関する患者の診療データを体系的に捉えられ,治療の標準化や改善に活用できる.また,治療の効果やリスクを評価するためにレジストリが活用されることで,研究機関や医薬品メーカーは新しい治療法や薬剤の開発を効率的に進めることが可能となり,レジストリデータを治験や市販後調査で活用することで,患者ケアや医薬品の安全性が大きく向上することが見込める1.実際,リアルワールドデータ(RWD)であるレジストリデータを薬事で利用する検討が国際的に活発化してきており,我が国でも進められている.

薬事との関連について厚生労働省は「クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)構想」を掲げ,我が国でのレジストリを活用した効率的な治験・市販後調査・臨床研究体制の構築を推進し,医薬品・医療機器等の開発を促進することを目指しており,この構想の下,日本医療研究開発機構(AMED)の「CIN構想の加速・推進を目指したレジストリ情報統合拠点の構築」(事業代表者:国立国際医療研究センター(NCGM)國土典宏理事長,2017年8月~2020年3月)(CIN國土班)によってレジストリ検索システムを構築し,患者レジストリ及びコホート研究に関する情報の一元化と可視化が成し遂げられた.2020年4月以降は,CIN國土班の後継事業として,厚生労働省の「CIN中央支援に関する調査業務一式」(CIN中央支援事業)が開始され,引き続き疾患レジストリの構築支援,患者レジストリ検索システムの公開,疾患レジストリ利用者と疾患レジストリ保有者のマッチングに関する事業や,患者レジストリの利活用に関する情報発信,アカデミアや企業等からの患者レジストリについての相談実施等も行っている.疾患レジストリは医薬品の臨床開発等において有用なデータソースとして期待されており,具体的な利活用に向けた環境整備が積極的に行われている2, 3.医薬品開発において製薬企業がレジストリで収集されるRWDを外部対照群として利活用しようという動きが活発になっている.医薬品の承認審査を行う医薬品医療機器総合機構(PMDA)もレジストリ活用相談を行っており,アカデミアが持つレジストリを承認申請や再審査申請に活用する際に,質や信頼性を確保するための支援を提供している.

我が国の血友病患者数は2023年5月31日現在で血友病Aが5,869例,血友病Bが1,318例,von Willebrand病(VWD)が1,665例,その他の類縁疾患が1,422例で,合計10,274例と令和5年度凝固異常症全国調査で報告されている4.血友病でも男性の約1/5,000と有病率は低く,その他類縁疾患はさらに希少である4.現在は生命予後が非常に改善しており,関節症の経過など長期にわたった観察が必要である.レジストリデータを利用したRWDの収集は,現在行われている治療の有効性や安全性の検証に非常に有用であり,調査研究は諸外国でも盛んに行われてきている.本稿では日本血栓止血学会の血友病診療連携委員会に設置された「血液凝固異常症レジストリ運営委員会」で薬事利用を目指し構築を進めている「血液凝固異常症レジストリ(JBDR)」について解説する.

2.血液凝固異常症全国調査について

2001年から血液凝固異常症全国調査が開始され2024年現在で24年目となった.20年以上の長期にわたって行われている調査であるが,この間には血友病患者の治療の進歩は目覚ましく,定期投与の広がりから半減期延長型製剤の販売開始,凝固因子を使用しない出血予防治療なども開発されてきた.薬害エイズによって約1,500名の血友病患者がHIVの感染被害を受けたが,1996年に開発された多剤併用抗レトロウイルス療法(HAART:現在はARTと呼ばれる)によってエイズで死亡する患者は減少し,近年発売されたHIV治療薬は抗ウイルス効果が高く副作用も少なくHIV感染者のQOLも向上した.血漿由来の凝固因子を使用された患者の多くがHCV感染も受け,2001年度の調査では血友病とその類縁疾患の総数5,743例のうち2,616例(46%)がHCVに感染していたが5,インターフェロン,その後はより治療効果の高い抗ウイルス薬が次々と発売され,ほぼすべての患者からHCVを排除することが可能になった.それらの血友病患者を取り巻く医療環境や健康面が改善したことに加え,近年は医学系研究に関する倫理に関する法令や指針が度々発出や改正され,個人情報の取り扱いにはこれまでとは異なる対応が必要となってきた.これらの変化に合わせて本調査も調査内容を変化させ,患者からの同意の取得などの倫理面での対応も変化させていった.本調査は2025年3月まで倫理審査委員会の承認を受けているが,現行の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に適合していないところもあるため,新たな患者登録のシステムを構築する必要が出てきた.また,本調査は単年の調査を連結しつなぎ合わせてデータ化しており厳密には前向き調査ではない.前向き研究とし,個々の患者の同意を得た上でデータの利活用が可能となるレジストリの構築をという機運が専門医集団のみならず患者会でも高まった.JBDRでのレジストリ登録の開始に伴って,2025年からは現在の患者ごとの個別の調査票を回収して集計する方法は廃止し,患者数調査のみの簡略化した形の方式に改める方向であり,JBDRにできるだけ多くの患者登録を目指すことになった.

3.血液凝固異常症レジストリ運営委員会の設置までの経緯

新たな血友病患者レジストリの構築の必要性は,血友病医療に関しての我が国のオピニオンリーダーの日本血栓止血学会(JSTH)学術標準化委員会血友病部会の中でかなり以前から議論されてきた.2004年から血友病部会が毎年開催している「患者―医療者間の血友病診療連携についての懇談会」(2019年以降は血友病診療連携委員会が開催)での議論の中で,血友病のレジストリ登録の重要性が患者会にも徐々に浸透していった.2018年6月JSTHに「血友病診療連携委員会」が設置され,第1回中央運営協議会に「患者レジストリ構築作業部会」が設置された.患者を含む作業部会のメンバー十数名が,2019年8月に国立成育医療研究センターの先天性代謝異常症のレジストリであるJaSMInの運営を見学し意見交換を行うなど議論が交わされていった.一方で,2020年11月から血友病患者会の全国組織である「ヘモフィリア友の会全国ネットワーク」と中外製薬との間でレジストリの運営方式など具体的な内容についての意見交換を繰り返し行っていた.ちょうどその頃,2021年5月のJSTH学術集会で血友病レジストリをテーマにシンポジウムが開催され,レジストリ構築への機運が高まり広がっていった.作業部会結成から3年後となった2021年7月に提言が出された.提言の一つ目はブロック拠点病院および地域中核病院に受診している患者を対象としたレジストリを開始し,その他の施設に受診している患者については,ブロック拠点病院あるいは地域中核病院への連携受診を促すことにより,登録患者を増やしていくこと.提言の2つ目はレジストリ構築のための「血液凝固異常症レジストリ運営委員会」を設置することであった.それを受けて松本を運営委員長として組織が設置された.これらの動きを図1に時系列で示した.

図1

日本血液凝固異常症レジストリ(JBDR)開始までの流れ

レジストリについて患者と医療者の長年の議論の経過を時系列で示す.

4.血液凝固異常症レジストリ構築作業

表1に計画中の血液凝固異常症レジストリの運営方針などについてまとめた.2024年度中の患者登録開始を目指しており,血友病診療連携委員会が認定したブロック拠点病院と地域中核病院に通院している血友病,VWD,その他の先天性凝固因子欠乏症で,血友病については条件の合う保因者女性も登録対象とする.保因者女性の出血リスクや分娩時の児のリスクを低減するためには保因者のデータを収集することが重要と考えられるためである.保因者女性をレジストリでデータ収集することは諸外国でもあまり例がなくユニークな試みとなっている.

表1

血液凝固異常症レジストリ(JBDR)運営方針の概要

・対象はブロック拠点病院あるいは地域中核病院に通院している先天性止血異常症患者と血友病保因者とする.
・新しく設立した一般社団法人日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)が運営していく.
・日本血栓止血学会と中外製薬の共同研究として始動し基盤を整備し,2027年にレジストリデータを企業等に提供した利活用料,寄付金,競争的資金獲得などで恒久的に運営可能なものを構築する.
・医薬品医療機器総合機構(PMDA)に相談しつつ医薬品の市販後調査(PMS)や治験にも利用可能な品質を目指す.
・多くの企業に協賛を募る.
・患者が利用できる輸注記録や出血記録を含めたPHR(Personal Health Record)機能を使用できることを目指す.
・世界血友病連盟(WFH)の国際的レジストリ(WBDR・GTR)にデータを提供.
・凝固異常症全国調査のデータも活用し移行作業を行う.

WBDR: World Bleeding Disorders Registry

GTR: Gene Therapy Resistry

医療従事者はElectronic Data Capture(EDC)システムから患者の基本的な情報と現在の状況を入力する.基本的な情報は前回入力した事項はそのまま引き継がれるが,データ更新のために少なくとも年に一度は現在の状況や検査データなどの入力をすることになる.表2に入力項目を示した.これまでに凝固異常症全国調査に協力している施設には,全国調査の運営委員会が電子データとしてそれぞれ各施設に患者情報を返却するため,このデータを入力に活用し入力の手間を減らせるようにする予定である(表2).

表2

医療従事者の入力項目

ヘッダー 記載医師名,施設名,診療科,記載日
管理情報 整理番号,同意に関する確認
疾患名 1. 血友病A 2. 血友病B 3. VWD 4. Hemophilia & VWD 5. 類縁疾患 6. 推定保因者(FVIII活性/FIX活性40%未満もしくは出血傾向有) 7. 確定保因者(FVIII活性/FIX活性40%未満もしくは出血傾向有) 8. 確定保因者(FVIII活性/FIX活性40%以上かつ出血傾向無し)
本人情報 氏名,性別,生年月,電話番号,メールアドレス
基本情報 患者情報(生存,国籍,人種,,血友病重症度,家系図,血友病の家族歴,診断日,血液型,身長・体重,喫煙習慣,飲酒歴,血友病インヒビター(既往),既往歴,手術実施の既往歴,遺伝子変異情報など)
治療 使用薬剤,家庭療法の有無など
医療利用 前年度の入院の有無,他施設への通院の有無,介護老人ホームなどへの入所,関節関連の検査,凝固関連の検査,肝機能の検査
合併症 標的関節,合併疾患及び重大な出血,手術実施,肝炎,HIVなど

* Electronic Data Capture(EDC)システムにコンピュータ入力する

患者あるいは介護者は注射の記録や出血の記録などをelectronic Patient Reported Outcome(ePRO)としてスマートフォンアプリで入力する.入力したデータは,患者本人あるいは介護者と担当医が輸注記録として利用できる(表3).

表3

患者あるいは介護者の入力項目

現住所 都 / 道 / 府 / 県
本人情報 受診医療機関名
輸注記録 1. 投与日  2. 投与薬剤  3. ロット番号  4. 目的(1. 定期補充 2. 出血時 3. 違和感 4. 予備的補充 5. 処置・手術)  5. 投与タイミング  6. 投与量
症状詳細 1. 気が付いた日時  2. 症状の詳細(1. 関節出血 2. 筋肉内出血 3. 皮下出血 4. 外傷 5. 違和感 6. その他)  3. 症状を感じた部位  4. 症状の理由  5. 痛みの強さ
QOL調査 EQ-5D,PROBEなど年1回

* electronic Patient Reported Outcome(ePRO)としてスマートフォンアプリで入力

2023年9月に本事業の運営のためにJSTHと患者会が協力して,一般社団法人日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)を設立した.そしてまずは,中外製薬とJSTHの共同研究で始動し,JSTHから業務委託を受けたJBDROに事務局を置いて運営する.最初のレジストリ構築の部分が最も労力と資金を必要とするため,2027年までのJSTHと中外製薬の共同研究期間中に恒久的に運営可能な体制を構築し整備する(図2).2027年以降に運営主体はJSTHからJBDROに移行され,競争的資金の獲得,企業からの寄付金,公的助成金・委託事業,企業からのデータ利活用資金(研究,市販後調査,治験)などの財源を獲得しJBDROが自主的恒久的に運営していく体制とする(図3).この流れを図4に時系列で示した.

図2

レジストリ構築・基盤整備の体制 2027年まで

日本血栓止血学会(JSTH)と企業との共同研究としてレジストリ構築を開始し,レジストリの運営業務を担うのは業務委託契約を結んだ日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)である.

図3

レジストリ恒久運営の体制 2027年以降

共同研究終了後は日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)が事業主体となり,レジストリ事業全体の運営を行う.

図4

レジストリ構築研究の実施体制について

レジストリ実施体制の移行を時系列で示した.

5.血友病患者が拠点病院を受診するメリット

21世紀に入ってから血友病患者の治療は「出血を止める」から「出血を予防する」へ治療が変化した.定期補充療法あるいは凝固因子代替製剤による出血予防投与の各種臨床データで年間出血回数(ABR)の中央値0(ゼロ)を達成している報告も多い.これらの報告では半数以上の患者が出血しておらず,出血を経験しない血友病患者が多く存在することになる.出血しないことは血友病医療では理想的ではあるが,いったん出血すると止血しにくいという血友病の体質が根本的には改善しているわけではない.外傷,頭蓋内出血,消化管出血などの突発的な出血や,急病で手術などの観血的処置が必要な場合には速やかに凝固因子の補充を行わねばならない.2022年度に止血異常症の救急診療体制についての現状と問題点について,厚生労働省エイズ対策政策研究事業「HIV感染血友病患者の救急対応の課題解決のための研究」班(日笠班)で調査が行われ,救急医療機関(救急科専門医指定施設)と血友病診療施設へのアンケート調査が行われた.止血治療製剤が常備されている施設の割合は血友病診療施設に比べ救急医療機関では少ないという結果であった6.日笠班は患者向けにかかりつけ医療機関と救急対応医療機関を明示する「緊急患者カード」を作成し携帯することを推奨しており,救急対応可能な血友病診療施設,すなわち拠点病院に受診しカルテを作成しておくよう指導する必要がある.

JBDRは少なくともスタート時には血友病診療連携委員会が認定したブロック拠点病院と地域中核病院に通院している患者を登録することになっている.患者が現在受診している施設以外に拠点病院にも受診することには,一定程度のハードルがあると考えられる.拠点病院の審査では緊急時対応が可能であることも条件になっており,拠点病院を受診することは患者にとって大きなメリットとなる.

6.まとめ

本稿では,RWDを収集するレジストリの薬事利用に向けた取り組みがあることを紹介し,現在構築中の新たな血液凝固異常症レジストリを紹介した.

「凝固異常症レジストリ運営委員会」と「JBDRO」のメンバーには血友病専門医を中心とした医療者の他,患者・家族,オブザーバーとして厚生労働省担当技官も参画している.また,製薬業界からも注目され,多くの製薬企業の協賛を得ることも目指している.これらの血液凝固異常症に関わるステークホルダーが一体となってこのレジストリ構築を盛り上げ,その後の恒久的な事業として維持され運営されていくことが望まれる.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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© 2025 The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
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