Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Pathophysiological analysis of coagulopathy in amniotic fluid embolism and development of an in vitro model using whole blood from pregnant women
Tomoaki ODA
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2025 Volume 36 Issue 4 Pages 516-526

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Abstract

羊水塞栓症は呼吸循環不全,子宮弛緩とともに血液凝固障害を引き起こす.血液凝固障害の病態は消費性凝固障害と線溶亢進である.線溶亢進について,播種性血管凝固を伴う常位胎盤早期剝離と比較すると,トロンビン産生量に相関しないほど増加したプラスミン産生を認めた.羊水塞栓症では組織プラスミノゲンアクチベータの血中濃度は高く,トロンビン活性化線溶阻害因子は低かった.原疾患に伴うアシドーシス,線溶亢進,低体温は,妊婦全血を用いたin vitro実験において凝固・血小板機能を悪化させた.羊水塞栓症患者の消費性凝固障害を示す臨床的指標としてヘモグロビン/フィブリノゲン比(H/F ratio)≧100を提案した.H/F ratioはヘモグロビン濃度(g/dL)÷フィブリノゲン値(mg/dL)×1,000で算出する.臨床現場において,臨床的羊水塞栓症診断基準にあてはまる症例がH/F ratio≧100を満たす場合,早期に新鮮凍結血漿,クリオ,フィブリノゲン製剤を投与し凝固因子を補充することで妊産婦の救命につながる可能性がある.

1.緒言

羊水塞栓症は,妊娠中,分娩中,分娩直後に呼吸不全,ショック・心停止(循環不全),子宮弛緩とともに血液凝固障害を引き起こす重篤な産科疾患である.発症頻度は2万~3万分娩に1例程度1とまれである.しかし,妊産婦死亡症例のなかで心肺虚脱型羊水塞栓症は11%(第3位),子宮型羊水塞栓症は産科危機的出血(18%,第1位)の約半数を占めており2,羊水塞栓症としてまとめると本邦の主要な妊産婦死亡原因疾患である.血液凝固障害は分娩後異常出血をはじめ全身の臓器,体腔からの出血を惹起,増悪させるがその詳細な病態,原因についてまだ十分にわかっていない.したがって,臨床現場においても特異的な検出法や治療戦略が確立していない.浜松医科大学産婦人科は2003年に「羊水塞栓症血清補助診断事業」を開始し,羊水塞栓症が疑われた症例の臨床情報と血液検体を受入れ解析してきた.2011年からは子宮・肺組織検体も解析の対象とし,羊水塞栓症の病態を研究してきた.本総説では,これまでの研究成果をもとに,初めに羊水塞栓症の病型分類について紹介した後,羊水塞栓症に合併する血液凝固障害について最近の研究結果からその病態の一端を明らかにすることにより,早期検出方法ならびに病態に即した治療方法を提案する.なお,本総説内容の一部は,一般社団法人日本血栓止血学会第7回(2023年度)海外留学助成の支援を受けてBaylor College of MedicineならびにTexas Children’s Hospitalで行われた研究結果を含む.

2.羊水塞栓症の診断

羊水塞栓症は,古典的には病理学的に肺血管内に胎児羊水成分を認めることで診断される疾患である.しかし,この診断方法ではまさに現在診療している患者を前にした臨床現場では役に立たない.また,臨床における確定診断のための特異的な検査方法が現時点で確立されていない.一方,臨床現場で早期に羊水塞栓症を疑い,治療にあたることを目的として,「臨床的羊水塞栓症」の診断基準1表1)が報告されている.本基準を使用し,診療開始当初は臨床的羊水塞栓症と診断して対応していたが,その後の解析で他の疾患であると最終的に診断されることもある.

表1

「臨床的羊水塞栓症」の診断基準1

1.妊娠中または分娩後12時間以内に発症した場合
2.下記に示した症状・疾患(1つまたはそれ以上でも可)に対して集中的な医学治療が行われた場合
 A)心停止
 B)呼吸不全
 C)播種性血管内凝固症候群(DIC)
 D)分娩後2時間以内の原因不明の大量出血(1,500 mL以上)
3.観察された所見や症状が他の疾患で説明できない場合
以上の3つを満たすものを臨床的羊水塞栓症と診断する.

3.血液凝固障害の病態

羊水塞栓症の血液凝固障害の特徴は「消費性凝固障害」と「線溶亢進」3, 4と考えられる.これに急速輸液や輸血などに伴う低体温,疾患発症に起因するアシドーシス5が血液凝固機能や血小板機能に影響を与えうる.

1)消費性凝固障害

消費性凝固障害は,臨床的には「出血量に見合わないフィブリノゲン値低下」と表現できる.これを症例のデータを使用して検証し,臨床現場で使える簡便で有用な指標を検討した3

Clarkが研究報告に使用するため提唱した羊水塞栓症診断基準(表26は,厳密に心肺機能不全と血液凝固障害を呈する典型的な症例を診断するものである.したがって,この基準で診断される症例は全身状態が非常に悪いと想定される.そこで,臨床現場で早期に診断することを目的とした日本の臨床的羊水塞栓症診断基準にはあてはまるが,Clarkの診断基準に該当しない集団の中に消費性凝固障害が先行する症例がいるという仮説を立てた(図1).Clarkの基準で診断される羊水塞栓症群を「AFE(Clark)」,臨床的羊水塞栓症診断基準にあてはまるがClarkの基準には合致しない羊水塞栓症群を「AFE(Non-Clark)」と定義した.AFE(Clark)群は「心肺虚脱型羊水塞栓症」の症例とも表現できる一方,AFE(Non-Clark)群には呼吸困難とショックを呈するがClarkが提唱するDICスコアを満たさない症例や分娩後異常出血が主症状の子宮型羊水塞栓症の症例が含まれる.AFE(Clark)群6例の発症後輸血前のデータでは,ヘモグロビン濃度(Hb)中央値11.0(最小値6.6–最大値13.6,以下同)g/dLである一方,フィブリノゲン値(Fib)は60(25–151)mg/dL,PT-INR 2.80(1.31–3.39)であった.AFE(Non-Clark)群10例のうち出血量1,500 mL以下の3例においてもHb 6.8,8.1,9.1 g/dLに対してそれぞれFib 62,<50,<50 mg/dLと出血によるHb低下に比べてFibの低下が著明であった(表3).つまり,血管内での血液凝固系活性化・微小血栓形成の結果,凝固因子が消費され出血前あるいは出血当初の時点で凝固因子がすでに枯渇してしまっていた.Hbは出血する前や急性出血直後には値が保たれていることが多い7, 8.したがって,HbとFibの間に乖離が生じるため,HbとFibの比,Hb(H)/Fib(F)つまりH/F ratioの上昇が羊水塞栓症における消費性凝固障害を反映する臨床マーカーとして有用であると考えた.H/F ratioを「Hb(g/dL)÷Fib(mg/dL)×1,000」と計算し分娩周辺期コントロールと比較するとAFE(Clark)群,AFE(Non-Clark)群で大きく上昇し,PT-INRやプラスミン-α2プラスミンインヒビター(PIC)と正の相関を示した(図2).つまり,H/F ratio高値はプロトロンビン時間延長,プラスミン高値を示唆する.測定閾値以下のフィブリノゲン値はその測定閾値下限の値を採用する.そのカットオフ値を100と設定すると,AFE(Non-Clark)10例のうち3例がカットオフ値以上(表3)であり,消費性凝固障害が先行する症例として早期治療介入が有用と考えられる症例である(図1).Fib単独では,重症の分娩後異常出血のカットオフ値として報告されている200 mg/dL以下9を適用した場合,消費性凝固障害も大量出血・大量輸液による希釈性凝固障害も含まれてしまうが,H/F ratio≧100を適用すると消費性凝固障害を検出することが可能になる.

表2

Clarkが提唱した羊水塞栓症診断基準6

1. Sudden onset of cardiorespiratory arrest, or both hypotension (systolic blood pressure <90 mm Hg) and respiratory compromise (dyspnea, cyanosis, or peripheral capillary oxygen saturation [SpO2] <90%).
2. Documentation of overt DIC following appearance of these initial signs or symptoms, using scoring system of Scientific and Standardization Committee on DIC of the ISTH, modified for pregnancy. Coagulopathy must be detected prior to loss of sufficient blood to itself account for dilutional or shock-related consumptive coagulopathy.
3. Clinical onset during labor or within 30 min of delivery of placenta.
4. No fever (≥38.0°C) during labor.

The scoring system for the diagnosis of Overt DIC involves the platelet count (>100,000/μL=0, <100,000/μL=1, <50,000/μL=2), prolonged prothrombin time or international normalized ratio (<25% increase=0, 25–50% increase=1, >50% increase=2), and fibrinogen level (>2.0 g/L=0, <2.0 g/L=1), with a combined score of 3 or more indicating overt DIC.

図1

臨床的羊水塞栓症診断基準とClarkが提唱する羊水塞栓症診断基準

表3

羊水塞栓症患者の凝固検査値

症例 発症から採血の時間(分) 出血量(mL) Hb(g/dL) Plt(×104/μL) PT-INR Fib(mg/dL) FDP(μg/mL) D-dimer(μg/mL)
AFEClark
1 60 2,262 6.6 10.7 3.24 <60 739 不明
2 12 740 9.1 9.0 1.31 151 668 45.7
3(死亡) 23 0 10.8 5.8 3.39 <25 不明 67.0
4 200 0 11.2 7.7 2.36 66 1,111 687.0
5(死亡) 20 0 12.8 2.4 >10.55 <60 1,200 不明
6 40 1,500 13.6 3.9 検出不能 不明 不明 697.3
AFENon-Clark
1 60 4,800 1.0 5.6 検出不能 検出不能 359 50.0
2 60 3,000 3.9 8.1 3.66 <50 不明 不明
3 90 3,000 4.5 5.4 2.71 <50 不明 208.0
4 60 1,500 6.8 10.1 1.46 62 665 300.0
5 90 3,000 7.7 不明 3.82 <80 160 30.0
6 13 1,500 8.1 7.9 1.20 <50 1,140 149.1
7 30 1,300 8.3 10.0 1.18 161 551 67.6
8 90 0 8.4 14.1 1.06 169 838 92.7
9 60 2,645 8.8 9.1 1.17 127 463 165.7
10 60 1,300 9.1 9.0 2.56 <50 不明 15.0

Hb:ヘモグロビン濃度,Plt:血小板数,PT-INR:プロトロンビン時間国際標準比,Fib:フィブリノゲン値,FDP:フィブリン分解物質,AFE(Clark):Clarkの診断基準で診断された羊水塞栓症,AFE(Non-Clark):臨床的羊水塞栓症診断基準にあてはまるがClarkの診断基準には合致しない羊水塞栓症(文献3より引用)

図2

H/F ratioと凝固線溶マーカー

2)線溶亢進

羊水塞栓症と同様に消費性凝固障害をきたす産科疾患として常位胎盤早期剝離(早剝)が知られている.Thromboelastography(TEG)やrotational thromboelastometry(ROTEM)を使用した報告では,羊水塞栓症はこれら機器で描かれるグラフの後半が先細って線溶亢進の所見がみられる10, 11一方で,早剝では凝固因子欠乏の所見のみで線溶亢進は認められなかった1214.そこで,羊水塞栓症では早剝と比べてより線溶亢進を引き起こし,その原因となる凝固線溶カスケードが存在するという仮説を立て,「羊水塞栓症血清補助診断事業」に登録された臨床的羊水塞栓症の症例と浜松医科大学医学部附属病院で診療を行った早剝症例の血漿検体を用いて比較検討した 4.早剝症例の重症度は軽症例から重症例まで幅広いため,ここではErezのDIC診断基準15を満たす早剝症例を「重症早剝症例」と表現した.産生されたトロンビン量を表すプロトロンビンフラグメント1+2(PF1+2),産生されたプラスミン量を表すPIC,その他凝固線溶関連因子として組織因子(TF),組織プラスミノゲンアクチベータ(tPA),アネキシンII(AnnA2),トロンビン活性化線溶阻害因子(TAFI),プラスミノゲンアクティベータインヒビタータイプ1(PAI-1)を測定した.ErezのDIC診断基準15を満たす臨床的羊水塞栓症,重症早剝症例群において,PF1+2は臨床的羊水塞栓症群(n=27)と重症早剝群(n=12)の両方で著明に上昇しており両者に有意差は認めなかった.また,PICも同様に両群で上昇しており,有意差を認めなかった.したがって,我々の仮説とは異なり,臨床的羊水塞栓症群も重症早剝群も同程度に凝固亢進,線溶亢進していた.一方,重症早剝群ではPF1+2とPICの間に正の相関を認めたが,臨床的羊水塞栓症群(n=27)では相関を認めなかった(図3).つまり,産生されたトロンビン量に見合わない量のプラスミンの産生が認められた症例があった.羊水塞栓症群では重症早剝に比べて線溶促進因子であるtPAが高値であった一方で,線溶抑制因子であるTAFI(Total TAFIとしてTAFIとそのactive formであるTAFIaの両方を検出)が低値であった.これらの因子が羊水塞栓症の特異的な線溶活性化に関連すると考えている.

図3

臨床的羊水塞栓症群と常位胎盤早期剝離群のPF1+2とPICの相関

●は臨床的羊水塞栓症死亡例,○は生存例,□は常位胎盤早期剝離生存例を示す.(文献4より引用)

3)低体温とアシドーシス

臨床的羊水塞栓症症例の臨床経過中の最低体温はデータが得られた12例で中央値34.2°Cであった.発症から体温測定時間が長いほど低値になる傾向があったため,輸液,輸血,手術を含む治療経過中に低下することが予測される.また,発症時の動脈血液ガスpHは死亡例(8例,中央値6.825)の方が救命例(15例,中央値7.019)に比べて有意に低かった.乳酸値は心停止後救命例と死亡例でそれぞれ中央値15.0 mmol/L,13.5 mmol/Lと著明に高値であった.非妊娠症例では,低温は凝固時間や血餅形成過程を遅くすること,アシドーシスは血小板粘着能,凝集能を低下させることが報告されている16, 17

4)羊水と羊水塞栓症の血液凝固障害

羊水塞栓症が消費性凝固障害と線溶亢進を惹起する原因はよくわかっていない.原因の候補として,その名称にあるように羊水を考えた.合併症のない帝王切開や経腟分娩症例計19例から採取し同量ずつ混和した未処理の羊水を単純に妊婦全血に添加しROTEMで検討した.羊水は妊婦全血の凝固ならびに血小板機能を活性化するものの,凝固因子欠乏や線溶亢進を再現することはできなかった18.したがって,羊水の母体循環への流入のみでは羊水塞栓症の血液凝固障害を説明できない.

4.羊水塞栓症の血液凝固障害のin vitroモデル作製

これまでの研究結果をもとに,羊水塞栓症の血液凝固障害の原因あるいは増悪因子の候補として低体温,アシドーシス,高tPA血症の3つを考えた.そして,これらが単独あるいは複合的に羊水塞栓症の血液凝固障害を惹起するという仮説を立てた.妊婦および非妊婦の血液を用い,これらの因子を再現することで血液凝固障害のin vitroモデルをつくり,凝固および線溶反応の変化を評価することを目的とした.テキサス小児病院に分娩のため入院した第3三半期妊婦と,同院に勤務する同時期の妊婦および非妊婦のうち,42歳以下で合併症のない女性を研究対象とした.クエン酸全血300 μLに対して,図4に示すようにリン酸緩衝生理食塩水(PBS),乳酸,tPA,乳酸+tPAを加え,それぞれ「基準(BL)」,「アシドーシス(AC)」,「線溶(FL)」,「AC+FL」条件とした.「低温(HT)」はROTEMのステージ温度を34°Cに設定した.これらの血液サンプルをROTEMとplatelet function analyzer (PFA)-100を用いて凝固線溶反応と血小板機能の変化を評価した.ROTEMの外因系評価アッセイ(EXTEM)の最大血餅硬度(maximum clot firmness: MCF)からフィブリノゲン機能評価アッセイ(FIBTEM)のMCFを差し引くと血小板の血餅硬度への貢献度を評価でき,これをPLTEMのMCFと表した.ノンパラメトリック検定を用いて統計解析を行った.連続データは中央値[四分位範囲],カテゴリーデータは症例数(パーセンテージ)で示す.非妊婦12例,妊婦12例が研究に参加した.症例背景と血液凝固関連検査基礎値を表4に示す.PLTEM MCFは非妊婦群に比べて妊婦群で有意に低かった.HT単独では,EXTEM Alpha(血餅重合速度を反映)が非妊婦群72[69–75]度(BLからの変化率中央値–2.7%,以下同様),妊婦群77[72–78]度(変化率–1.3%)(P<0.05)であり,有意に非妊婦群で低下した.AC単独ではEXTEM CTが非妊婦群68[62–76]秒(変化率17.3%),妊婦群61[59–65]秒(変化率23.2%)(P=0.94)と両群で凝固時間が延長し,EXTEM MCFが非妊婦群58[56–61]mm(変化率–10.3%),妊婦群66[61–67]mm(変化率–6.6%)(P=0.29)と両群で低下した.AC+FLではEXTEM MCFが非妊婦群56[52–60]mm(変化率–14.4%),妊婦群62[58–66]mm(変化率–10.2%)(P=0.14)と両群でさらに低下した.FL単独ではEXTEM MLが非妊婦群100[99–100]%(変化率809%),妊婦群98[91–100]%(変化率1,219%)(P=0.18)と両群で上昇した.PFA-100のClosure timeはAC単独で非妊婦群300[300–300]秒(変化率121.6%),妊婦群300[246–300]秒(変化率133.9%)(P=0.39)と両群で延長した.HT+AC+FLではFIBTEM MCFが非妊婦群15[12–16]mm(変化率–3.0%),妊婦群20[16–23]mm(変化率–10.0%)(P<0.01)と妊婦群で有意に低下した(表5).ACは血小板機能を障害し,凝固時間を延長し,血餅硬度を低下させた.FLはACによる血餅硬度の低下を増悪し,線溶を亢進させた.非妊婦と比べて妊婦の血餅硬度に対する相対的なフィブリンの貢献度は大きく,血小板の貢献度は小さかった.非妊婦と比べて妊婦ではHT+AC+FLの複合因子によってフィブリン血餅硬度が低下した.本モデルは羊水塞栓症の線溶亢進の一部を再現できた.一方,凝固障害に関しては,凝固因子の消費(消費性凝固障害)というより,血小板機能障害,凝固因子活性低下,フィブリン形成障害のモデルと考えられた.

図4

血液凝固異常in vitroモデル研究におけるサンプルの調整とpH・tPA濃度

ROTEMではこれにNormothermia(37°C)ならびにHypothermia(HT)(34°C)の条件を加えて合計8種類の条件曝露による変化を検討した.PFA-100ではサンプル量として900 μL必要であったため,クエン酸全血量と試薬量を3倍に調整し各サンプル量を合計927 μLとした.PFA-100は温度調節ができないため,Normothermia(37°C)において上記4種類の条件曝露による変化を検討した.略語:tPA,組織プラスミノゲンアクチベータ

表4

症例背景と血液凝固関連検査基礎値

非妊婦(n=12) 妊婦(n=12) P値
年齢(歳) 29 [27–31] 30 [24–34] 0.70
未経産(例) 10 (83.3%) 7 (58.3%) 0.37
BMI(kg/m2 24.1 [22.0–29.1] 27.5 [25.2–31.2] 0.09
妊娠週数(週) NA 37 5/7 [33 4/7–39 2/7] NA
ヘモグロビン濃度(g/dL) 13.6 [13.1–13.8] 12.3 [11.2–12.7] <0.001
ヘマトクリット(%) 39.1 [37.9–40.1] 35.8 [34.3–37.9] <0.01
血小板数(×103/μL) 266 [236–290] 260 [192–290] 0.34
PT-INR 0.97 [0.93–1.01] 0.93 [0.90–0.98] 0.10
APTT(sec) 29.7 [27.4–32.6] 27.1 [25.7–29.5] <0.05
フィブリノゲン値(mg/dL) 319 [268–380] 428 [401–507] <0.001
D-dimer(μg/mL) 0.29 [0.19–0.44] 1.29 [0.99–2.54] <0.0001
EXTEM CT(秒) 56 [53–63] 53 [44–58] 0.10
Alpha(度) 76 [73–76] 77 [74–79] 0.11
MCF(mm) 65 [62–67] 70 [67–72] <0.01
ML(%) 11 [6–12] 8 [5–9] 0.17
FIBTEM CT(秒) 50 [47–55] 49 [42–50] 0.12
Alpha(度) 72 [68–76] 78 [75–80] <0.01
MCF(mm) 14 [13–17] 23 [18–25] <0.01
ML(%) 2 [1–3] 0 [0–0] <0.001
PLTEM MCF(mm) 50 [49–51] 48 [46–50] <0.05
PFA Closure time(秒) 134 [122–150] 106 [95–148] 0.11

データは中央値と四分位範囲または症例数とパーセンテージで示す.PLTEM MCFはEXTEM MCFからFIBTEM MCFを差し引いた値であり,最大血餅硬度に対する血小板の貢献度を示す.BMI:body mass index,PT-INR:プロトロンビン時間国際標準比,APTT:活性化部分トロンボプラスチン時間,CT:clotting time(凝固時間),MCF:maximum clot firmness(最大血餅硬度),ML:maximum lysis(最大線溶),PFA:platelet function analyzer,NA:not applicable

表5

アシドーシス,線溶,低温の単一あるいは複合曝露によるROTEMとPFA-100の変化の非妊婦と妊婦間における比較

パラメータ 曝露因子 非妊婦(n=12) 妊婦(n=12) P値b
データ 変化率中央値a(%) データ 変化率中央値(%)
EXTEM CT(秒) AC 68 [62–76] 17.3 61 [59–65] 23.2 0.94
FL 51 [48–54] –7.9 48 [46–53] –4.5 0.42
AC+FL 66 [63–70] 13.9 61 [60–62] 20.1 0.28
HT 61 [55–66] 9.5 55 [53–56] 8.0 0.88
HT+AC 76 [67–80] 28.4 69 [65–73] 33.3 0.45
HT+FL 54 [52–60] –2.8 50 [46–54] –5.0 0.77
HT+AC+FL 74 [72–80] 29.6 69 [66–71] 29.4 0.97
EXTEM α(度) AC 76 [73–77] 0.0 76 [75–78] 0.0 0.29
FL 76 [72–78] 0.0 77 [76–79] 0.0 0.86
AC+FL 75 [73–76] –0.7 75 [74–78] –1.3 0.26
HT 72 [69–75] –2.7 77 [72–78] –1.3 <0.05
HT+AC 71 [68–74] –5.6 72 [70–75] –6.3 0.97
HT+FL 74 [69–77] –2.6 76 [73–77] –1.4 0.21
HT+AC+FL 71 [69–74] –4.7 74 [71–75] –5.1 0.79
FIBTEM MCF(mm) AC 15 [11–17] –2.5 23 [18–25] 4.0 0.15
FL 13 [11–16] –8.6 19 [15–23] –10.7 0.43
AC+FL 14 [11–16] –12.2 18 [15–22] –12.2 0.35
HT 15 [13–18] 0.0 23 [19–26] 1.9 0.94
HT+AC 12 [10–14] –17.9 20 [15–23] –14.2 0.15
HT+FL 16 [12–17] 0.0 22 [17–25] –2.1 0.53
HT+AC+FL 15 [12–16] –3.0 20 [16–23] –10.0 <0.05
PLTEM MCF(mm) AC 45 [42–47] –11.8 43 [40–45] –10.3 0.84
FL 47 [45–48] –6.0 45 [43–48] –6.1 0.62
AC+FL 42 [41–46] –15.2 44 [41–46] –7.7 0.06
HT 50 [47–50] –2.0 47 [46–49] –2.1 0.90
HT+AC 46 [44–48] –7.9 46 [44–48] –4.0 <0.05
HT+FL 48 [46–48] –4.1 46 [45–48] –3.2 0.50
HT+AC+FL 44 [40–46] –12.9 46 [44–47] –4.3 <0.01
PFA-100 Closure time(秒) AC 300 [300–300] 121.6 300 [246–300] 133.9 0.39
FL 139 [129–172] 2.3 105 [91–131] –1.9 0.24
AC+FL 300 [300–300] 124.8 300 [300–300] 162.2 0.24

連続変数は中央値と四分位範囲で示す.PFA-100は温度を調節できないため低温曝露は設定しなかった.

a 基礎値からの変化率中央値を示す.

b 非妊婦と妊婦の基礎値からの変化率を比較するためにノンパラメトリック検定を行った.

CT:clotting time(凝固時間),MCF:maximum clot firmness(最大血餅硬度),PFA:platelet function analyzer,AC:acidosis(アシドーシス),FL:fibrinolysis(線溶),HT:hypothermia(低温)

5.臨床現場での対応

羊水塞栓症発症時,消費性凝固障害・線溶亢進を原因とする血液凝固障害は多量の出血を引き起こし,呼吸循環不全を発生・増悪させる.我々は血液凝固学の概念的な存在である消費性凝固障害を「出血量に見合わないFibの低下」と考え,前述したH/F ratio高値という臨床的指標として提唱した3.H/F ratio ≧100が重症の消費性凝固障害を示すと考えている.

臨床現場での応用として,臨床的羊水塞栓症の可能性を考えたら血算,凝固を含む血液検査を行いH/F ratioを計算する.分娩室でもpoint of care testing機器である血液ガス分析装置でHbを,フィブリノゲン分析装置(FibCare®,アトムメディカル社)でFibを測定することによりH/F ratioを算出できる.H/F ratio ≧100,あるいはH/F ratio <100かつFib <150 mg/dLであればすぐに新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma: FFP),クリオ,フィブリノゲン製剤の投与によって凝固因子を補充する.Dダイマーを測定した場合は40 μg/mL以上を線溶亢進と判断する(図53.線溶亢進の抑制のためトラネキサム酸を発症から3時間以内に投与する20.FFPやクリオには抗線溶因子であるPAI-121やα2-プラスミンインヒビター(アンチプラスミン)22, 23が含まれているため,これらの輸血製剤は線溶亢進の治療にも有効である.一方,フィブリノゲン製剤は抗線溶作用を持たないため,FFP,クリオ,トラネキサム酸と併用する.羊水塞栓症では出血,輸血などの治療による低体温,呼吸性あるいは代謝性アシドーシスも合併することが多く,我々の検討結果から,これらが非妊娠症例 16, 17だけでなく,妊婦全血においても血液凝固機能,血小板機能を低下させることがわかった.したがって,復温,アシドーシスの補正も重要である.

図5

羊水塞栓症の血液凝固障害に対するH/F ratioを用いた早期評価・治療戦略

羊水塞栓症に合併する弛緩出血は子宮収縮薬に反応しないことが多い.病理学的に補体C5a受容体を発現した炎症細胞の浸潤と肥満細胞活性化を認め 24, 25,子宮収縮関連タンパク質の発現が低下している 26.C1エステラーゼインヒビターは子宮弛緩には一定の効果を示す27, 28が,血液凝固障害の改善には寄与しないと考えられる.バルーンタンポナーデを行っても子宮出血が続く場合,救命のために子宮摘出を躊躇しないことも重要である.輸血等で凝固因子補充を行い,血中フィブリノゲン値>150 mg/dLとなってから行うのが望ましい.血液凝固機能が不十分なまま外科的止血法を行わざるを得ない症例では,初回手術で動脈性出血など重要部分の止血のみ行い,閉腹せず,血液凝固機能の改善,復温,アシドーシス補正の後に再手術を行うダメージコントロール手術の方針をとる.

6.結語

羊水塞栓症は消費性凝固障害と線溶亢進を引き起こす.線溶亢進に高tPA血症やTAFIの減少が関連していると考えられた.低体温,アシドーシスは妊婦血液においても血液凝固機能や血小板機能を低下させた.H/F ratio≧100は羊水塞栓症の血液凝固障害を早期に検出するために有用な臨床的指標である.妊産婦救命率を向上させるためには血液凝固障害の早期検出・早期治療あるいは羊水塞栓症そのものの予知・予防法の確立が重要である.

謝辞

Baylor College of MedicineならびにTexas Children’s Hospital(Houston, Texas, the United States)の研究留学に際し,一般社団法人日本血栓止血学会第7回(2023年度)海外留学助成のご支援をいただきました.また,公益社団法人日本産婦人科医会,公益財団法人日母おぎゃー献金基金から羊水塞栓症血清補助診断事業にご支援をいただいております.全国の医療機関の産婦人科医師をはじめとする医療従事者の方々には羊水塞栓症が疑われる症例の情報と血液・組織検体をご提供いただいております.この場をお借りして感謝申し上げます.誠にありがとうございました.

著者の利益相反(COI)の開示:

研究費(受託研究,共同研究,寄付金,治験等)(日本血栓止血学会第7回(2023年度)海外留学助成),企業などが提供する寄附講座(医療法人社団静産会)

文献
 
© 2025 The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
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