Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
Online ISSN : 1880-8808
Print ISSN : 0915-7441
ISSN-L : 0915-7441
Okamoto Prize 2025 Shosuke Award The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
Fascinating mechanisms of coagulation-dependent enhancement of fibrinolysis and global assays to evaluate inherent fibrinolytic potential in plasma
Tetsumei URANO
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2025 Volume 36 Issue 4 Pages 534-544

Details
Abstract

線維素溶解(線溶)系の主要な因子であるGlu1-plasminogenはフィブリン結合に伴い液相中の固い構造から疎な構造に変化し活性化されやすくなる.我々は前者の構造にはchloride ionの特異結合,後者の構造にはフィブリンC末端リジンの結合が必要であることを報告し,リアルタイムイメージング手法を用いて生理的に重要な線溶増強機構であることを実証した.フィブリンが線溶活性の重要な修飾因子であり且つ自然基質であることから,その溶解を指標にするクロット溶解時間測定法(clot lysis time: CLT)の優位性が再認識された.我々は線溶の主要な生理的阻害因子であるPAインヒビター1型(PAI-1),α2アンチプラスミン,トロンボモジュリン(TM)/トロンビン活性化線溶阻害因子の特異線溶阻害活性を評価する新規CLT測定法を確立した.PAI-1欠乏症,TM-Nagasaki症例で各測定系の特異性・有用性を実証でき,今後の臨床現場での有用性も示唆された.

はじめに

線維素溶解(線溶)反応は血管内の不要あるいは過剰血栓の効率的な溶解により血流維持に寄与する重要な生理反応である.線溶系はプラスミノゲンアクチベータ(PA)によるプラスミノゲン活性化と生じたプラスミンによるフィブリン分解の2段階のカスケードよりなる.凝固系より単純であるが反応を正と負に調節する様々な機構があり,止血血栓を保護し不要あるいは過剰血栓のみを効率的に溶解するための時空間的な調節を可能にしている1.促進機構の主役は基質であるフィブリンの存在である.抑制機構の主役は生理的な線溶阻害因子であるPAインヒビター1型(PAI-1),α2アンチプラスミン(α2-AP),トロンビン活性化線溶阻害因子(thrombin activatable fibrinolysis inhibitor: TAFI)である.本稿では線溶活性の発現に如何にフィブリンが重要であるかを論じ,血漿中の線溶活性発現能の評価に何故クロット溶解時間(clot lysis time: CLT)測定が適しているかを概説する.また筆者らが確立したPAI-1,α2-AP,TAFI各々の特異線溶阻害活性を評価する新規CLT測定法と,これらを臨床例に応用した成果を紹介する.

1.凝固系による線溶活性促進機構

1)フィブリンによるプラスミノゲンの構造及び機能変化とchloride ion(Cl)の影響

グルタミン酸から始まるプラスミノゲン(Glu1-Plg)は791アミノ酸を有し,N末端のpan apple領域と5個のクリングル領域(KR1, KR2, KR3, KR4, KR5)を有する重鎖と,セリン酵素のプロテアーゼ領域からなる軽鎖で構成される.PAによりArg561-Val562ペプチド結合が限定分解を受け2本鎖の活性型酵素であるプラスミンになる2.クリングル領域にはリジン結合部位(lysine binding site: LBS)が複数個あり,KR5のLBSは液層中ではpan apple領域のLys50に結合しており3,PAによる切断部位が分子内に隠された固い高次構造をとる.KR1のLBSは空いており部分的に分解されたフィブリンC末端リジンに結合する.その後KR4及び5のLBSも結合に加わると,pan apple領域が離れて,Glu1-Plgは活性化されやすい高次構造に変化する4図1).リジンやその類似物質(トラネキサム酸,ε-aminocaproic acid: EACA)も同部位の結合を解離させてGlu1-Plgの構造を変え濃度依存性に活性化を促進する(図2A).我々は生理的濃度のClがGlu1-Plgの構造を変化させ活性化を抑制し,EACAはこの反応をreverseする(図2A)ことを見出した.内因性蛍光強度の変化(図2B)及び超遠心分析を用いた構造解析の結果を加えて,液相中でのGlu1-Plgの固い構造の維持には生理的濃度のClが必要であることを報告した57.後年のGlu-1-Plgの結晶構造の解析4によりにKR5のLBS近傍を含め4カ所のCl結合部位が存在し,Lys50とKR5のLBSの結合には近接するKR4へのCl結合が不可欠であることが明らかになり(図1)我々の仮説が裏づけられた.

図1

プラスミノゲンの結晶構造とフィブリンによる構造変化

A:N末端よりpan apple(青),KR1(赤),KR2(黒),KR3(橙),KR4(緑),KR5(紫),protease domain(黄)よりなる.Pan apple domainはKR4 & 5のLBSに結合して固い構造を有している.4箇所のCl結合部位がありCl(1)はKR4 & 5のLBS近傍である.(文献4より引用).B:血漿中では固い構造を保持し活性化されにくい.C:KR1及びKR4 & 5のLBSを介してフィブリンC末端のリジンに結合すると緩い構造に変化し活性化されやすくなる.

図2

uPAによるGlu1-Plg活性化におけるClとEACAの影響

Glu1-Plg(0.5 μM □,0.2 μM △,0.1 μM ◯)活性化に及ぼすClの効果(図2A).(緑)(EACA 非存在下:closed,存在下:open)とEACAの効果(オレンジ)(Cl–存在下:closed,非存在下:open).Glu1-Plgの内因性蛍光はCl添加によりの濃度依存性に消光し(白丸),EACAにより回復した(黒丸)(図2B).(文献6より引用)

LBSとLysの結合にはLysのカルボキシル基と側鎖のアミノ基を必要とする.トリプシン様セリン酵素であるプラスミンは,塩基性アミノ酸であるArgやLysのC末端側のペプチド結合を好んで切断し,一部分解されたフィブリンはC末端に多くのLysを露出しプラスミノゲンの更なる結合と活性化を促進することで線溶反応をさらに増幅することになる.

2)フィブリン・フィブリノゲンによるtPAの機能変化

tPAは一本鎖tPA(sctPA)として内皮細胞から分泌され,プラスミンにより限定分解を受けて二本鎖(tctPA)になる.tPAは他のセリン酵素と異なりsctPAでもtctPAの約1/10の酵素活性を有する.我々はプラスミンにより切断されないsctPA mutantを用い,フィブリノゲンあるいはフィブリンのD領域に結合するとtctPAとほぼ同程度の酵素活性を獲得することを報告した8, 9.この反応の生理的重要性は明らかでないが,フィブリン上での構造及び機能変化として興味深い.tPA分子内のフィブリン結合領域はKR2とフィンガー領域であり10,プラスミノゲンと共にフィブリン上に結合することにより,構造変化と鋳型機構でプラスミン生成とフィブリン分解が開始・増幅されることになる.

3)フィブリン上へのtPAとプラスミノゲン結合による効率的な線溶開始および増幅の実証

上記機構の生理的重要性をリアルタイムイメージング手法を用いてin vitroおよびin vivoの系で検証した.多血小板血漿(platelet rich plasma: PRP)を用いて,組織因子とCaCl2添加後の血小板,凝固系活性化,フィブリン形成,その溶解過程を解析した.興味深いことに血小板膜上のphosphatidylserine(PS)発現は,血小板膜間を結合する少量のフィブリン線維が形成された後に著増し,これはGPIIbIIIa拮抗薬,フィブリン重合を阻害するGly-Pro-Arg-Proペプチド,cytochalasin Bで抑制された.これよりPS発現には血小板形態変化に伴い生じるフィブリン線維を介した血小板間の張力を必要とする事実が明らかになり凝固系活性化の重要な増幅機構として報告した11.フィブリンはその後PS発現部位に多く集積し,周辺に向けて漸減する濃度勾配を有する系を作成できた.同系を用い蛍光標識したプラスミノゲンとtPAの動態を解析した.プラスミノゲンとtPAはフィブリン量の多い血小板膜上に集積し,同部位から周辺に向けて拡大するフィブリン溶解を認め,溶解縁には常にプラスミノゲンの集積を認めた(図312.これよりフィブリン上にプラスミノゲン,tPAが結合する3者複合体形成が線溶活性発現と増幅機構に必須であることが証明でき,機構の生理的重要性を実証できた.In vivoの血栓モデルでもリアルタイムイメージング手法を用い本機構の重要性を解析した.レーザー照射による血管内皮の微小傷害部位に生じた血栓では,血小板血栓の中央部の血小板のみがPSを発現すること,同部位にフィブリンが形成され13, 14,プラスミノゲンもLBS依存性に結合し溶解に関わることを実証した15.さらにその溶解はTAFIa阻害薬により促進することも報告した16.線溶過程の時空間的制御機構としての生理的重要性が確認できたと考える.

図3

凝固に伴う線溶促進機構のin vitroリアルタイムイメージング解析

tPAによる多血小板血漿クロットの溶解を可視化した.蛍光標識tPA(tPA-488:緑色)およびプラスミノゲン(Glu-plg-568:赤色)添加多血小板血漿を組織因子で凝固させ生じたフィブリン網(fbg-647:白色)の溶解過程を示す.溶解は凝固開始部位(活性化血小板膜)から開始し,溶解縁に蛍光標識tPA(緑色)およびプラスミノゲン(赤色)が集積しながら拡大している.(文献12より引用)

4)活性化凝固因子による線溶促進機構

PAI-1はtPA及びurokinase type PAと高分子複合体を形成しPAの活性を阻害する17.tPAは血漿中では活性型酵素として存在しその特異インヒビターであるPAI-1と共存するため,活性を有するfree tPA量及びその活性は単純にPAI-1との濃度バランスで決まる(後述).一方PAI-1はトロンビンとも高分子複合体を形成しその活性を阻害することが報告された 18.我々はPAI-1がトロンビンや活性型凝固X因子と高分子複合体を形成したり19,その反応部位近傍が顆粒球エラスターゼにより限定分解されるとその特異活性を失い19,結果的に血漿中のtPA活性が増強することを報告した20.活性化凝固因子による線溶促進機構である.これらの凝固因子前駆体の血漿中濃度はPAI-1濃度の100~1000倍であり,その一部の活性化凝固因子による反応でも血漿中tPAとPAI-1のバランスは大きく変化しうる.まだその生理的及び病的意義は証明できていないがこの発見は後述するPAI-1特異活性測定法の確立に繋がった.

2.線溶系の制御機構とその破綻

主要な生理的な線溶活性阻害因子であるPAI-1,α2AP,TAFIは,時空間的に異なる部位と異なる局面で線溶活性を調節し,不要血栓の迅速な溶解除去と未熟止血血栓の早期溶解防止に寄与し血流の維持に貢献する(図420.PAI-1は血漿中2123及び内皮上24, 25の活性型free tPA量を規定しプラスミノゲン活性化の効率を規定する23.α2APは血漿中で生じたプラスミンを即時的に阻害する他,フィブリンに活性化凝固第XIII因子により架橋されフィブリン分解も抑制する26.TAFIはトロンボモジュリン(TM)結合トロンビンにより活性化され,フィブリンC末端Lysを切除し線溶を阻害する27.従ってTAFIの活性化にはトロンビンと正常内皮の共存が必要であり,血栓辺縁で止血血栓の安定化に寄与すると考えられる1, 28.これらの線溶阻害因子の機能不全では,一旦止血した後に出血するいわゆる後出血を呈する.これまで各々の機能評価が確立されておらず,各因子の異常症の報告は少ない.以下に我々の確立した各因子の機能測定法を紹介する.

図4

線溶の時空間的調節機構

①フィブリン上の効率的なプラスミノゲン活性化とフィブリン分解機構.②PAI-1による内皮上及び血漿中のfree tPA量の調節.③TM/TAFI機構とフィブリンに架橋されたα2APによる止血血栓の安定化機構.(文献1より引用)

3.個々の線溶阻害因子による特異線溶阻害活性評価法

線溶系の検査ではD-dimerやplasmin-α2AP複合体(PAP)は,生体内の血栓溶解反応の多寡を示す.線溶因子の抗原量・活性は線溶活性あるいは線溶系インヒビターの活性発現能力を示す項目である.しかしながら上記の様に線溶系の活性発現はフィブリンの存在により大きく変動するため,血栓が生じた際にそれを溶解する能力(線溶活性発現ポテンシャル)の評価にはCLTの測定が必要であることを提唱してきた(参照29).以下に,PAI-1,PAI-1 & α2AP,TM/TAFI系による線溶活性発現阻害能を評価するクロット溶解時間測定法を紹介する.血漿のクロット溶解時間は包括的な線溶活性を表すが,逆に固有の因子の関与の定量化は困難である.以下の測定法はいずれも評価対象の生理的インヒビターを失活させ測定した溶解時間との差からそのインヒビターの特異活性を算出する手法である.測定法の妥当性を実証した臨床応用例とともに紹介する.

1)Euglobulin clot lysis time(ECLT)を基盤としたPAI-1活性測定法

ECLTでは血漿ユーグロブリン分画で作成したクロットが自然溶解するまでの時間を測定する.ユーグロブリン分画は血漿の酸性領域(pH5.2)の等電点沈殿分画であり,α2APやα2マクログロブリン(α2M)などプラスミンのインヒビターは含まれないため溶解時間は短く,古くから臨床検査として利用されてきた.ECLTは,PAI-1のtPAとの結合能によるfunctional assayで評価した活性型free PAI-1量と,これにtPA-PAI-1複合体量を加えた総PAI-1量と良好な正の相関を示し,また別に測定した血漿中のtPA活性と負の相関を示す(表121, 22, 30.ECLTは種々の要因で大きく変動するためその再現性,信頼性が問われていたが,実はPAI-1濃度の大きな日内変動 31や急性期タンパク質としての炎症に伴う変動を表していることが明らかになった32

表1

ECLTと血漿中各線溶因子の相関

ECLT Free tPA#
tPA mass 0.604 * NS
activity –0.905 *** 0.806 ***
free tPA# –0.637 *
PAI-1 total 0.868 *** –0.852 ***
complex NS NS
free 0.863 *** –0.879 ***
ECLT –0.637 *

free tPA#:下記の式(1)及び式(2)を用いて計算した[tPA].

free tPA量は表記の計算法で,free tPA関連量として計算した.活性型酵素であるtPAとその特異インヒビターであるPAI-1が血漿中でも精製系と同様に記載式(1)に則り反応するとの仮定に準拠したものである.(文献2122より改変引用)

  
[tPA + PAI-1] K2 K1 [tPAPAI-1] K3 [tPA]+P 式(1)

  
[tPA]=k× [tPAPAI-1] [PAI-1] k= K1 K2+K3 式(2)

ECLTを生理的濃度のCaCl2存在下で実施すると大きく短縮する事実も見出した33.Barium吸着血漿ではこの短縮は認めずECLT測定時の凝固系の関与が示唆され,最終的に内因性に生じたトロンビンがPAI-1と高分子複合体を形成しPAI-1活性を中和することによることを証明した20.事実活性化プロテインC(aPC)によりトロンビン産生を抑制するとCaCl2のECLT短縮は濃度依存性に消失した(図5A) 20.またECLT測定時に添加するトロンビン量を増やすとCaCl2非存在下では濃度依存性に短縮したが存在下ではECLTはすでに短くそれ以上の短縮は認めなかった(図5B)34.これもまた凝固による強力な線溶促進機構であり,生理的濃度のaPCは凝固反応を抑制し,凝固に伴う線溶活性の過剰発現を抑える事実も見出した.これらの事実より,CaCl2の有無によるECLTの差がPAI-1活性を表すことが明らかになり,有効なPAI-1活性測定法の確立に至っ た.

図5

ECLTに及ぼすCaCl2(A)とトロンビンの影響(B)

ECLTはCaCl2添加により短縮したが,活性化プロテインC(aPC)により濃度依存性に回復した.高濃度のaPCではCaCl2の有無に関わらず軽度の短縮を示した(図5A).(文献20より引用)ECLTはCaCl2非存在下ではクロット作成時に使用するトロンビンの濃度依存性に短縮したが,CaCl2存在下では元々短く,トロンビンによる更なる短縮は認めなかった(図5B)(文献34より引用)

月経時や出産時に致死的な出血を呈し,長年の凝固,血小板,PAI-1を除く既知の線溶因子の解析においても異常を同定できなかった症例が,コントロール血漿と比較してECLTが短くまたCaCl2による短縮を認めないことを見出した(図6).PAI-1機能不全が疑われ,のちの遺伝子解析の結果1塩基挿入によるstop codon形成に伴う本邦第1例目のPAI-1欠乏症と診断された35.同様の臨床症状を示した本邦第2症例でもECLTの結果は類似しており,細胞内で多量体を形成し分泌されないPAI-1欠乏症であった36.PAI-1欠乏症は世界で3家系(本邦例2例を含む)しか同定されていない.現行の抗原あるいは活性測定法では正常でも測定下限以下を示すことも多くPAI-1欠乏あるいは異常症例の同定を困難にしている37.紹介したECLTを基盤としたPAI-1活性測定法は特異度が高く,最近難病指定された出血性線溶異常症の一疾患である本疾患のスクリーニング検査法として現在日本血栓止血学会およびISTH Fibrinolysis SSCが中心となって普及を進めている 38

図6

ECLTを基盤としたPAI-1活性測定法とPAI-1欠乏症例の結果

正常血漿ではECLTはCaCl2添加により著明な短縮を認めその溶解時間の差がPAI-1活性を示す.PAI-1欠乏症例(文献35)ではECLTは短縮しており,CaCl2添加では短縮せず逆にわずかに延長している.

2)Detergent処理および未処理血漿を用いたtPA添加plasma CLT(tPA-PCLT)による残存線溶抵抗活性(residual fibrinolysis resistance activity: residual FRA)測定法

Detergent(陰イオン性ならびに非イオン性界面活性剤)処理によりPAI-139とα2AP40を失活するという執筆者ら自身の知見を元に確立した検査法である.Serine protease inhibitor family(SERPIN)に属する両インヒビターは,他のSERPINと同様容易に構造と機能が変化する.我々はsodium dodecyl sulfate(SDS)処理によりそれぞれの標的酵素阻害活性を消失することを報告した.本手法をtPA-PCLTに応用しdetergent処理および未処理の差からPAI-1とα2APによる線溶抵抗性の評価法とした41.血漿中でのdetergentの影響を確認したところ,陰イオン性detergentであるSDS処理後でも非イオン性detergentであるTriton X-100をさらに加えるとuPA,tPAおよびプラスミン活性は復活したが,PAI-1とα2AP活性は復活しなかった.またdetergent処理後の血漿においても未処理血漿と同様にクロット形成と溶解過程が観察できた.正常血漿ではdetergent処理によりtPA-PCLTは短縮するが(図7A),α2AP欠乏血漿(市販品:PAI-1量も低値)では,未処理でも溶解時間が短く,当該処理による更なる短縮は認めなかった(図7B).正常血漿のtPA-PCLT後の溶解液中のPAP量は未処理群では著増していたが,detergent処理群では増加しないことも確認した.これよりdetergent処理によりα2AP(およびPAI-1)は不活性化されるもののtPA,プラスミンおよび血漿クロット生成能は阻害されないこと,処理と未処理のtPA-PCLTの差が当該血漿の有するPAI-1とα2APによるFRAを示すと考えられた.

図7

Detergentを用いたfibrinolysis resistance activity(FRA)測定法

A:正常血漿ではdetergent処理によりtPA-PCLTは著明な短縮を認めその溶解時間の差が主にPAI-1及びα2APによるFRAを示す.B:α2AP欠乏血漿ではtPA-PCLTは短縮しており,detergent処理による更なる短縮は認めなかった.(文献41より引用)

多発外傷後患者の検体を用い本検査法の妥当性を検討したところ,residual FRAはtPA添加thromboelastography(tPA-TEG)で判定した線溶活性の過剰発現と,低下あるいは線溶遮断をよく分別した(図8).特に線溶活性過剰発現群では未処理検体もdetergent処理検体と同様tPA-PCLTは短く両者に差を認めなかったことから,residual FRAは枯渇していることが明らかになった.PAI-1とα2APによるFRAの本測定法は迅速で簡便であり,今後外傷後の重篤出血時のトラネキサム酸治療の必要性の評価等の臨床現場での普及が望まれる.

図8

重症外傷後症例のFRA測定例

重症外傷症例においてtPA-TEG44においてhyper fibrinolysisと診断された3症例と,hypo fibrinolysisあるいはfibrinolysis shutdownと診断された3症例のFRA測定の結果を示す.前者ではtPA-PCLTは短くdetergent処理による短縮は認めず,residual FRAの枯渇が示唆された.後者ではtPA-PCLTはdetergentにより明らかな短縮を認め,residual FRAは保持されていることが示唆された.(文献41より引用)

3)tPA-PCLTを用いたTM/TAFI活性測定法

tPA-PCLTを応用して,TAFIa阻害薬としてcarboxypeptidase inhibitor(CPI)を添加時と非添加時の差からTM/TAFI活性を測定する方法を開発した.正常血漿ではCPI添加によりtPA-PCLTは短縮した(図9A).しかしトロンビン結合領域を欠失しプロテインCとTAFI活性化能を欠損するTM-Nagasaki42ではtPA-PCLTは短縮しておりCPIによる更なる短縮は認めなかった.これよりTM/TAFI活性が欠損している事実が確認できた(図9A)43.同症例では遺伝子組換え可溶性TM(rsTM)治療で出血症状が改善することが報告されているが,治療後の血漿ではTM/TAFI活性が回復していることが確認できた(図9B).これよりTAFIの活性化に血漿中の微量可溶性TMが関わること,TM結合トロンビン以外にTAFIの活性化能が報告されているTM非結合トロンビンあるいはプラスミンは本測定環境下ではTAFIの活性化への関与は極めて低いことが確認できた.TM-Nagasakiに対するrsTMの治療効果はTAFI活性化能の回復が関わることも実証できた.

図9

tPA-PCLTを用いたTM/TAFI活性測定法

A:標準血漿ではCPI添加によりtPA-PCLTは著明な短縮を認めその溶解時間の差がTM/TAFI活性を示す.TM-Nagasaki症例ではtPA-PCLTは短縮しておりCPIによる更なる短縮は認めなかった.TM-Nagasaki症例では血漿中フィブリノゲン濃度が低くclot作成時の濁度が低いためBに拡大図を示す.TM-NagasakiではrsTMによる治療後の血漿ではtPA-PCLTは延長しており,CPI添加により治療前と同様の時間まで短縮した.(文献43より引用)

また本測定系で,正常血漿にrsTMを添加するとtPA-PCLTは延長し,rsTM非添加時と同程度までCPIにより短縮することも確認した43.血漿中の微量sTMでは血漿中TAFIの活性化が不十分で添加rsTMにより更なるTAFIの活性化が得られたと考える.敗血症性播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)症例のrsTM治療検体を解析したところ,治療前は測定時のrsTM添加によりtPA-PCLTは延長したが,治療開始後の検体ではrsTMを添加しても更なる延長は認めなかった.これより敗血症性DICに対するrsTM投与時には血漿中に増加したrsTMによりTM/TAFI系による線溶抵抗性は充分増強していることが明らかになった43

4)包括的線溶活性測定法の位置付け

凝固系と異なり,線溶系では一般化された包括的活性測定法はない.我々が確立した3種類のCLTを基盤とした包括的線溶活性測定法は,いずれもそれぞれの前処理法で個々の線溶系生理的阻害因子の固有活性を阻害し,非処理検体との差から当該阻害因子の固有活性を同定している.幸運なことにPAI-1欠乏症,TM-Nagasaki症例の検体でそれぞれの測定系の特異性・有用性を実証できた.また外傷後の出血症例でもPAI-1とα2APによるFRAが枯渇していることが実証され,トラネキサム酸治療の必要性が再確認できた.今後これらの測定法の標準化に尽力し,線溶活性過剰発現に伴う出血例の迅速検査法として,異常症例の同定,病態の解析,治療方針の確定・治療効果の判定等,臨床現場で多く利用されることを期待する.

4.おわりに

第9回岡本賞Shosuke Award受賞に際して,主に筆者の関わってきた線溶系領域の成果をまとめた.線溶活性の発現にはフィブリンの存在が必須であること,そのため個々の血漿の有する線溶活性発現能の評価にはクロット溶解時間が適すること,その調節に関わる血漿中の各線溶阻害因子の特異活性は,測定系でその関与を除去する手法の併用により定量化できることを臨床例で実証できたこと,を概説した.今後の線溶研究の発展と臨床病態の解明,新規治療の確立に少しでも貢献できることを祈念する.この様な機会を与えていただいた日本血栓止血学会関係各位,また研究の遂行を様々な形でご指導,支援していただいた諸先生方,研究仲間,留学生や大学院生に深謝いたします.

著者の利益相反(COI)の開示:

研究費(受託研究)(静岡県)

文献
 
© 2025 The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
feedback
Top