2025 Volume 36 Issue 4 Pages 552-557
凝固第V因子(FV)には抗凝固機能も存在し,その異常は血栓症の原因ともなる.日本にはFV異常に伴う血栓症は存在しないとされていたが,FV変異(W1920R)を有し深部静脈血栓症を呈する若年症例を経験し,本変異が活性化プロテインC(activated protein C: APC)抵抗性関連血栓症であると報告した.この変異はAPCの開裂部位から遠く離れた軽鎖における変異であった.さらに軽鎖の変異によるAPC抵抗性を示すFV-A2086Dが報告された.本研究では,これらのFVの軽鎖における変異が血栓症を引き起こすメカニズムについて解析した.発現FVを用いて,軽鎖のFV変異が,APC惹起活性化第V因子(FVa)の不活化,及びAPC惹起活性化第VIII因子の不活化におけるFVの補因子機能の両者の障害によりAPCRを惹起することが解明された.さらに,野生型のFVaを血漿に添加すると組織因子惹起によるトロンビン生成を抑制する作用が見られたが,両変異体においては,抑制効果は見られなかった.これらのことから,FV軽鎖における変異ではAPC抵抗性に加え,新たな機序での抗凝固機能の低下があることが解明された.
血液凝固第V因子(FV)は,向凝固(procoagulant)と抗凝固(anticoagulant)の相反する機能を有する1, 2).FVの凝固促進活性は,リン脂質(PL)膜上でプロトロンビンをトロンビンに変換するプロトロンビナーゼ複合体中の活性化FX(FXa)の補因子として機能する3–5).FVはArg709,Arg1018およびArg1545でトロンビンにより開裂され,活性化FV(FVa)となる.FVaは,活性化プロテインC(activated protein C: APC)とプロテインS(PS)によってArg306,Arg506,Arg679で開裂を受けて不活性化され,向凝固反応が抑制される6, 7).また,FVはAPC/PSによる活性化第VIII因子(FVIIIa)の不活性化の補因子として機能していることが知られている.さらに近年,FVaに組織因子(tissue factor: TF)惹起による凝固反応を抑制する機能があることを報告された8).このようにFVは向凝固だけでなく,様々な形で抗凝固機能に関与している.
上述のようにFVはAPCによって不活化されるが,APCによる不活化に抵抗性(APC抵抗性)を示すFV分子異常症が存在する.最も有名なものとしてFV遺伝子の点突然変異R506Q(FV Leiden)は,FVのAPCによる開裂部位に変異があり,APC抵抗性を示す.その他にもR306T(FV Cambridge)9),R306G(FV HongKong)10),I359T(FV Liverpool)11),E666D12),A512V(FV Bonn)13)などの他の変異も静脈血栓症(venous thromboembolism: VTE)との関連で同定されている.これらの変異は,APC切断部位もしくはその近傍に存在する.
我々は,APCの開裂部位から離れたC1ドメインに位置する新規のFV-W1920R変異(FV Nara)を同定し,これがAPC抵抗性に関連したVTEの原因であることを明らかにした14).さらに,APC抵抗性に関連するC2ドメインの変異FV-A2086D(FV Besançon)が同定された15).FV(a)-A2086Dにおいては,PLに対する親和性が低下することによりAPC抵抗性が生じていると報告されている.しかし,組換えFV-A2086Dを用いた詳細な生化学的解析は行われておらず,これらの変異と血栓症発症の関係について分子メカニズムの観点から明らかにする余地があった.
本研究では,piggyBacトランスポゾンベクターを用いた安定なヒト細胞系を用いて,完全長の遺伝子組み換えFVを高収率で発現させることに成功した.この系を用い,FV-W1920RおよびA2086D変異体におけるFVの抗凝固機能を解析し,これらのFV異常におけるVTE発症メカニズムを検討した16).
HEK293T細胞にFV発現ベクターをlipofectamine3000(Life Technologies, Carlsbad, CA)を用いてトランスフェクションした.PT based one stage assayを用いてFV活性を,Factor V-Paired Antibody set(Affinity Biologicals, Ancaster, Canada)を用いてFV抗原量を測定した(表1).さらに上清をイオン交換クロマトグラフィおよびゲルろ過クロマトグラフィ,限外ろ過(AmiconUltra-15:カットオフ,100 kDa)を用いて濃縮精製した.濃縮精製したFVをFV欠乏血漿に添加し,APCR sensitivity ratioを測定した(表1).WTと比較していずれの変異体においてもAPC抵抗性を示す結果であった.
培養上清におけるFV活性とFV抗原量ならびにAPCR sensitivity ratio
FV | FV活性(IU/dL) | FV抗原量(μg/mL) | APCR sensitivity ratio |
---|---|---|---|
Wild Type | 21.3±1.3 | 2.35±0.18 | 2.15±0.18 |
A2086D | 2.3±0.1 | 0.29±0.10 | 1.84±0.16 |
W1920R | 3.9±0.1 | 1.04±0.06 | 1.46±0.14 |
R506Q | 20.2±1.4 | 2.43±0.22 | 1.24±0.04 |
FV(10 nM)をトロンビン(10 nM)と37°Cで5分間加温し,活性化(FVa)した後,ヒルジン(5 U/mL)を添加した.さらにAPC(1 nM),PS(30 nM)およびPL(20 μM)を添加し不活化した.残存FV活性を,PT based one stage assay用いて測定した.またFVaのAPCによる開裂をウェスタンブロッティングで確認した(図1).PSの存在下で,FVa-WT活性(FVa-WT:C)はAPC添加後に急速に低下し,2分後にはその初期レベルの20~30%まで低下した.しかし,FVa-A2086Dにおいてはゆっくりと減少し,10分後でも初期活性の約60%にとどまった.PS非存在下では,FVa-WT:CはAPC添加後に不活化され,10分後には初期レベルの約30%まで低下したが,FVa-A2086D:Cでは約70%を維持していた.(図1A)
PS存在下,非存在下におけるAPCによるFVa-A2086Dの不活性化(A)と開裂(B)
文献16より引用,改変
FVのAPCによる開裂を比較した(図1B).PS存在下でFVa-WTにおいては,APCとの反応後1分以内に1-506フラグメントのバンドが急速に出現し,続いて307-506のバンドが出現したことから,Arg506とArg306で迅速に開裂を受けたことが示唆された.PSの非存在下では,Arg306の開裂は見られず,Arg306での切断におけるPSの寄与が確認された.FVa-A2086Dにおいては,1-506バンドの出現は,WTと比して著しく遅延しており,PSの存在の有無に関わらず,Arg306における切断は検出されなかった.これらの結果は,FVa-A2086DのAPCによる不活性化は,PS非依存的に,Arg506での開裂が著しく遅延し,Arg306での開裂が制限されたことに起因すると考えられた.
FVIII(10 nM)をPL(20 μM)存在下でトロンビン(5 nM)により30秒間活性化し,その後ヒルジン(2.5 U/mL)を添加した.生成したFVIIIaをAPC(2 nM),PS(10 nM)およびFVを添加して加温した.反応物をFIXa(2 nM)およびFX(200 nM)と1分間インキュベートし,生成されたFXa量を測定した(図2).FV-WTにおいては濃度依存的にFVIIIaの不活化を促進した.FXaの生成量は,FV-WT 2 nMで,FV非存在下と比較して約60%減少した.FV-A2086DもFXa生成を濃度依存的に抑制したが,FV-WTと比較して抑制効果は減弱していた(図2A).FVIIIaのAPC触媒による不活化の時間経過を図2Bに示す.FXa生成量は,FV-WTの存在下では,20分後にコントロールの約20~30%まで減少した.しかし,FV-A2086Dの存在下では,FXa生成量は,約50%維持された.
APCによるFVIII不活化におけるFVの補因子機能
文献16より引用,改変
FVとEGR-APCまたはPSとの相互作用は,Biacore T200(Cytiva, Sheffield, United Kingdom)を用いて測定した.本実験では,FVのAPCによる開裂を防ぐために,活性部位をブロックしたEGR-APCを用いた.EGR-APCとPSはCM5センサーチップに結合した.結合の速度定数(kass)と解離の速度定数(kdiss)は非線形回帰分析によって求めた.解離定数(Kd)はkdiss/kassとして計算した.結果を表2に示す.FV,PC,PSの血中濃度から,FV-A2086D,FV-W1920R,FV-R506Q,FV-WTのEGR-APCまたはPSへの結合におけるKd値の差は,有意でないと考えた.この結果より,FV-A2086DとFV-W1920RのAPC抵抗性の原因はFVとEGR-APCおよびFVとPSへの結合障害ではないことが示唆された.しかしながら,PLが存在しない状況下であること,そして,FVaではなくFVを用いていることが本実験における限界点であると考える.
Biacoreを用いたFVのEGR-APCとPSとの相互作用解析
FV variant | EGR-APC | PS | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
kass | kdiss | Kd | kass | kdiss | Kd | |
×105 M–1s–1 | ×10–3 s–1 | nM | ×105 M–1s–1 | ×10–3 s–1 | nM | |
WT | 3.37 | 3.59 | 10.7 | 5.20 | 3.93 | 7.56 |
A2086D | 1.32 | 2.68 | 20.3 | 9.84 | 1.93 | 19.6 |
W1920R | 3.38 | 4.33 | 12.8 | 2.04 | 3.11 | 15.3 |
R506Q | 2.39 | 4.57 | 19.1 | 7.11 | 3.74 | 5.26 |
近年,FVaの添加によりTF惹起の凝固反応が抑制されること,その責任部位は軽鎖であることを示唆する報告がされている8).本研究において,WTおよび変異体のFVaを終濃度4.5 nMとなるように血漿に添加し,トロンビン生成試験を行った(図3A).その結果,軽鎖に変異のないWTおよびR506Qではトロンビン生成量は抑制された.しかしながら,W1920RおよびA2086Dを添加した血漿においてはバッファーのみを添加してFVaを添加していない血漿と同等で,抑制効果は見られなかった.この結果よりFVの軽鎖には,TF惹起による凝固反応を抑制する抗凝固機能があること,そして軽鎖の変異ではその抑制機能は低減していることが示唆された.またantithrombin欠乏血漿,PC欠乏血漿,PS欠乏血漿においても同様の結果が得られた(図3B,C,D).この結果より,FVの軽鎖による抗凝固機能は,これらの抗凝固因子に非依存的であることが示唆された.さらに同様に調整した血漿を用いてdiluted prothrombin timeを比較した(図4).その結果はトロンビン生成試験と同様でWTおよびR506Q変異では,凝固時間が延長したが,W1920RおよびA2086D添加血漿では延長効果は限定的であった.この結果より軽鎖の変異においてはAPC抵抗性だけでなく,TF惹起による凝固反応を抑制する効果が低減しており,これらの結果として,VTEを生じたと考えられた.
FVa(WTおよび変異体)がTFトリガーによるトロンビン生成に及ぼす抑制効果
文献16より引用,改変
FVa(WTおよび変異体)がdiluted prothrombin timeに及ぼす延長効果
文献16より引用,改変
本研究は患者variant由来のFVを発現させ,その生化学的特徴を評価することで,実際に血栓症を生じた原因の機序解明に貢献するものである.これまでに報告されていたAPC抵抗性の機序をより深く追求したことに加えて,新たに軽鎖の変異における抗凝固機能への影響についても解明することができた.これらの抗凝固機能への影響が複合的にVTEの原因となったと考えられた.
本研究において,発現FVのベクター作成は奈良県立医科大学第二生理学講座の堀江恭二教授,吉田純子助教の多大なる指導助言に基づき作成されました.また,機能解析にあたって,ご指導いただいた奈良県立医科大学小児科の皆様にお礼を申し上げます.
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