2021 Volume 18 Issue 1 Pages 17-28
2015年に適用が開始された日本版コーポレートガバナンス・コードは企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図るため、とりわけ独立社外取締役の積極的な登用を促してきた。これにより、日本での独立社外取締役の選任は急速に進んだ。さらに、2018年6月のコード改訂に伴い、経営者の選解任や報酬決定プロセスへの独立社外取締役の十分な関与が求められ、この数年で多くの企業が独立社外取締役中心の指名委員会や報酬委員会を設置した。しかし、企業の持続的な成長や中長期的な企業価値の向上を実現するためには、独立社外取締役の果たす役割だけでは不十分であるとともに、独立社外取締役の役割を過度に強調してきたことが、形式だけの登用やそのなり手不足といった問題を引き起こしてきた可能性もある。
本稿では、ダイナミック・ケイパビリティ論に基づくコーポレートガバナンス論を展開し、これらの独立社外取締役に関連する問題を解決して、変化の激しい今日のビジネス環境において日本企業の持続的な成長を実現するために必要なコーポレートガバナンスの新たな指針を示す。その帰結は以下の通りである。
(1)エージェンシー理論に基づけば、独立社外取締役の積極的な活用は、従来の日本のコーポレートガバナンスの主要課題であったインセンティブ問題を解決するための有用な方策である。しかし、(2)変化の激しい環境ではインセンティブ問題の解決は企業の持続的な成長を保証せず、企業活動を正しい方向に向かわせる経営者のダイナミック・ケイパビリティ活用を促すことが取締役に求められる最大の役割である。(3)その実現には独立社外取締役に過度な役割を与えるのではなく、企業の内部事情や業界に精通しマネジメント経験も持つ社内取締役も積極的に活用することが求められる。したがって、社内取締役と社外取締役の適切なバランスについての議論が、今後の日本企業のコーポレートガバナンスの最重要課題となる。
2015年6月より適用開始となった日本版コーポレートガバナンス・コード(以下、「コード」)は企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図るため、取締役会の責務を明確化し、とりわけ独立社外取締役の積極的な登用を促してきた。これを受け、日本での独立社外取締役の選任は急速に進んだ。さらに、2018年6月には、これを形式的なものに終わらせることなく実質を伴うコーポレートガバナンス改革につなげることを目的として、コードの改訂がおこなわれた。そこでは、経営者の選解任や報酬決定プロセスに独立社外取締役を十分に関与させることが求められ、この数年で多くの企業で独立社外取締役を中心に据えた指名委員会や報酬委員会が設置された。
このように、コードでは独立社外取締役の役割が非常に強調されてきた。しかし、企業の持続的な成長や中長期的な企業価値の向上を実現するためには、独立社外取締役の果たす役割だけでは不十分であるとともに、こうした独立社外取締役の役割を過度に強調してきたことが、その形式だけの導入やなり手不足といった問題を引き起こしてきた可能性がある。
本稿では、ダイナミック・ケイパビリティベースのコーポレートガバナンスの観点から、これらの独立社外取締役に関連する問題を解決し、企業の持続的な成長につなげるためには社内取締役の活用が不可欠であること、そして、その実現のために社内取締役と社外取締役の適切なバランスについての議論がこれからの日本企業のコーポレートガバナンスを考える上で重要課題となることを明らかにする。
そのために、まず、コードの内容とその実施状況を概観し、コードや関連するガバナンス改革において独立社外取締役に非常に大きな期待が寄せられていることを確認する。次に、独立社外取締役への期待がその形式的な導入や人材不足につながっている可能性に触れ、問題提起をする。続いて、エージェンシー理論に基づいて、一方では、独立社外取締役の活用が、これまでの日本のコーポレートガバナンスの主要課題を解決する有用な方策であることを示す。その後で、現代の日本企業に求められるダイナミック・ケイパビリティベースのコーポレートガバナンスを提示し、そこでは経営者によるダイナミック・ケイパビリティの活用を促すことが取締役に求められる最大の役割であり、そのためには独立社外取締役に過度な役割を与えるのではなく、社内取締役も積極的に活用することが求められることを明らかにする。最後に、結語である。
コードは、アベノミクスにおける成長戦略の一環として、2015年6月から全ての上場企業を対象に適用が開始された2)。追って、その効果に関するフォローや課題の検討が行われ、その結果も踏まえて2018年6月に改訂版コードが出されるに至っている。
コードの目的は、企業が「稼ぐ力」を取り戻し、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を実現することにあり、そのためのコーポレートガバナンスを、「株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」(原文p.2)と定義している。
この「日本版」コードの目的は欧米諸国のコーポレートガバナンス・コードとは異なるといわれている(堀江, 2015)。日本企業は一般に、欧米諸国に比べ事業の失敗や不祥事の抑止という事業上のリスクが低い一方、ROEなどの指標が示す事業から生まれるリターンが小さい傾向がある。
そのため、欧米のコーポレートガバナンス・コードでは、企業のリスク低下や不祥事抑止を目的とし、利益追求のための行き過ぎた経営にブレーキをかける「守りのガバナンス」の側面が強いのに対して、日本版コードでは、企業家精神の発揮や企業のリターン(ROE)向上を図るために、果敢なリスクテイクや効率的な企業経営へのアクセルを踏む「攻めのガバナンス」が強調されている。とはいえ、コードには取締役会の監督責任の明確化、監査役制度の強化、内部通報制度の整備など「守りのガバナンス」を強化する原則も含まれており、「攻め」の側面を強調しながらも「攻め」と「守り」の両面でのガバナンス改革が意図されているといえる。
コードは、以下の5つの基本原則から成り、それに紐づく30の原則と38の補充原則(改訂後はそれぞれ、31の原則と42の補充原則)から構成されている。
このうち、基本原則4では、取締役会等の責務として、「会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、(1)企業戦略等の大きな方向性を示すこと(2)経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと(3)独立した客観的な立場から、経営陣…(中略)…・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと」と規定している。
なかでも、この基本原則4に関連して適用当初から注目された点が、独立社外取締役の活用に関する明記である。コードは「独立社外取締役を少なくとも2人以上選任すべき」(原則4-8)とし、さらに必要な場合には取締役の3分の1以上を独立社外取締役にするよう求めている。
また、原則4-7では、独立社外取締役に期待される役割と責務について以下のように定めている。
このように、コードは取締役会、とくに独立社外取締役に対して、「攻めのガバナンス」としての企業価値を向上させる助言機能と、「守りのガバナンス」としての経営の監督機能の両面で大きな期待を寄せていることがわかる。
2.2 コーポレートガバナンス・コードの実施状況コードはプリンシプルベース(原則主義)を採用しているため、すべての上場企業に適用される規則ではあるが、強制力のある法律ではなく罰則規定もない。しかし、コードの原則に従わない場合には企業はその理由を説明しなければならず(コンプライ・オア・エクスプレイン)、実質的には一定の強制力を持ち、企業にその対応を求めてきた。
ここで、企業のコードの対応状況について見てみよう。東京証券取引所(2019)によると、補充原則も含めたコードのすべての原則のうち90%以上をコンプライ(実施)している企業は、2019年7月時点で82.3%にのぼり、法的強制力がないにもかかわらず、ほとんどの企業がコードの要請に対応していることがわかる。
とりわけ、コードの成果が非常に顕著なのが独立社外取締役の積極的な活用についてである。表1が示すように、2名以上の独立社外取締役を選任する東証一部上場企業の割合はコード導入前の21.5%(2014年)から95.3%(2020年)まで急上昇した。同様に、取締役の3分の1以上を独立取締役とする企業の割合も6.4%(2014年)から58.7%(2020年)まで大幅に増加し、JPX日経400の企業ではその割合は74.2%(2020年)にものぼっている。
2014年 | 2018年 | 2020年 | |
独立社外取締役を2名以上選任している (括弧内:JPX日経400企業) |
21.5% | 91.3% | 95.3% (98.5%) |
独立社外取締役が全体の3分の一以上を占める (括弧内:JPX日経400企業) |
6.4% | 33.6% | 58.7% (74.2%) |
出所)東京証券取引所 (2020: 3-4) 。
また、経済産業省の調査(2018)によれば、「社外取締役は期待する役割を果たせていると思いますか」という問いに対して、97%の企業が「十分に果たしている」または「概ね果たしている」と回答している。同調査では、「取締役会における議決権の行使等を通じ、会社の重要な意思決定に関して、経営の監督を行う」役割と「経営の方針や経営改善について、経営陣への有益な助言を行う」役割について、いずれも9割以上の企業がその役割を社外取締役が「十分に果たしている」または「概ね果たしている」と回答している。
以上のことから、コードの適用によって多くの企業で独立社外取締役の活用が進み、彼らが期待される「攻め」と「守り」のガバナンスに一定の貢献をしていることがわかる。
2.3 改訂版コードの策定しかし、金融庁と東京証券取引所によって設置された「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップのための有識者会議」は、こうしたコードの実施状況がまだ「形式的」な取り組みにとどまると判断し、コーポレートガバナンス改革の「実質化」を目指して、2018年6月にコードの改訂をおこなった(みずほ総合研究所, 2019)。
改訂版コードでは、事業ポートフォリオの見直しなどの果断な経営判断を可能にする方針の明確化や資本コストの明確な把握に加え、独立した任意の指名委員会や報酬委員会の活用、経営陣の選解任や報酬決定プロセスの透明性強化などが求められた(みずほ総合研究所, 2019)。
これに合わせて、2018年9月には経済産業省が、コードの主要な原則に基づく企業の実践を補助すべくその具体的な行動をまとめた「コーポレートガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」(2017年3月策定)を改訂した。改定前のガイドラインのフォローアップ調査(経済産業省, 2018)では、コードへの対応状況に関して約3割の企業が「コンプライしているものの、形式的な対応にとどまり、実質的な取組にまで至っていないものがある」ことが明らかになったことなどから、改訂版ガイドラインでもコーポレートガバナンス改革を実質的なものへと深化させていくことが念頭に置かれている。
改訂版ガイドラインでは、経営者の指名と後継者計画に対する取締役会の監督と客観性・透明性の確保、社外取締役など非業務執行取締役が取締役会議長を務めることの意義、指名委員会・報酬委員会における社外取締役の活用などについて、コード以上に詳細な方針が示されている(みずほ総合研究所, 2019)。
これらの改訂を受け、経営陣の選解任と報酬決定プロセスに関わる委員会の設置とそこでの独立社外取締役の活用はいっそうの進展を見せている。法定か任意かにかかわらず指名委員会を設置している東証一部上場企業の割合は、コード適用開始時の2015年にはわずか10.5%、コードが改訂された2018年でも34.3%だったが、2020年には58.0%まで増加し、JPX日経400の企業では82.6%となっている(表2)3)。また、2020年時点で任意設置の指名委員会の過半数が社外取締役である企業の割合も約7割、社外取締役が委員長を務める企業も半数を超えている(表3)。
2015年 | 2018年 | 2020年 | |
法定または任意の指名委員会を設定している (括弧内:JPX日経400企業) |
10.5% | 34.3% | 58.0% (82.6%) |
法定または任意の報酬委員会を設定している (括弧内:JPX日経400企業) |
13.4% | 34.9% | 61.0% (84.6%) |
出所)東京証券取引所 (2020: 8, 11) 。
指名委員会 | 報酬委員会 | |
任意の委員会の過半数が社外取締役である (括弧内:JPX日経400企業) |
68.1% (71.8%) |
67.7% (69.5%) |
任意の委員会の委員長が社外取締役である (括弧内:JPX日経400企業) |
52.9% (57.8%) |
53.4% (58.6%) |
出所)東京証券取引所 (2020: 9-10, 12-13) 。
報酬委員会を設置する企業も同様に増加している。報酬委員会(法定・任意いずれも含む)を設置する東証一部上場企業の割合は2015年で13.4%、2018年でも34.9%だったが、2020年には61.0%となり、JPX日経400の企業では84.6%である(表2)。さらに、任意の報酬委員会の過半数を社外取締役としている企業の割合も約7割、社外取締役が委員長を務める企業もやはり半数を超えている(表3)。
以上のように、コードは日本企業のコーポレートガバナンスに大きな影響を与えており、とりわけ独立社外取締役の積極的な活用を急速に促してきた。独立社外取締役は「攻め」と「守り」のガバナンスに一定の貢献を果たすようになったが、今後も経営者の選解任や報酬決定プロセスへの積極的な関与を通じていっそうの役割拡大が期待されている。
しかし、コードをはじめ近年の日本のコーポレートガバナンス改革では、独立社外取締役の役割があまりに強調されすぎているのではないか。これまで内向きと批判されてきた日本企業のガバナンスを開かれたものにするうえで独立社外取締役の役割が大きいことは確かであるが、「社外」や「独立性」という要件を強調しすぎることで、少なくとも2つの課題が生じているように思われる。
1つは、必要以上に独立社外取締役の地位を高めることで、改訂版コードや改訂版CGSガイドラインで指摘されるように、形式を整えるための独立社外取締役の登用が進むことである。もう一つは、その反面、多くの企業が有能な独立社外取締役を急遽必要とするようになったことで独立社外取締役にふさわしい人材が不足してきていることである。実際、自社や業界に関する専門知識を有する候補者や経営に関する知見や高い見識を有する候補者を見つけることが難しいとの企業の声も多い(経済産業省, 2018)。
本稿では、一定の進展が見られる一方で、手詰まり感もあるガバナンス改革の現状を打破し、中長期的な企業価値の向上を図るための次の方向性として、ダイナミック・ケイパビリティベースのコーポレートガバナンスを提示し、その重要な帰結として独立社外取締役の活用に加えて、社内取締役の積極的な活用と、社内取締役と社外取締役のバランスを図ることが重要となることを示したい。
今般の日本のコーポレートガバナンス改革においてなぜ独立社外取締役の活用が声高に叫ばれるのか。まずは、その理由をエージェンシー理論に基づいて明らかにする。
4.1 エージェンシー理論に基づくコーポレートガバナンスエージェンシー理論(Jensen and Meckling, 1976; Eisenhardt, 1989)では、あらゆる契約関係が、権限を委譲して何らかの活動を委託するプリンシパル(依頼人)と、権限を委譲され活動を代行するエージェント(代理人)の間のエージェンシー関係とみなされる。このとき、プリンシパルとエージェントの間には、情報の非対称性が存在し、エージェントはプリンシパルが知り得ない私的情報を持つ。さらに、プリンシパルとエージェントはそれぞれ自己利益を追求するため、彼らの利害は必ずしも一致しない。このとき、エージェントはプリンシパルとの情報格差を利用して不当に自らの利益を得ようとし、プリンシパルに損害を与える。このような非効率な現象はエージェンシー問題と呼ばれる。
株主と経営者の契約関係もエージェンシー関係の1つである(Jensen and Meckling, 1976; Jensen, 1998, 2000)。プリンシパルである株主は自らの資金をエージェントである経営者に渡し、その経営活動を委託する。このとき、株主と経営者の間には情報の非対称性と利害の不一致が存在するため、経営者は株主の監視の目の届かないところで、役得や不正な利益を得ることができ、株主に損害を与える可能性がある。そこで、経営者の身勝手な行動を抑止するために、株主総会や取締役会など何らかの仕組みを構築することが必要となる。これがエージェンシー理論に基づくコーポレートガバナンスの役割である。
4.2 インセンティブ問題としての従来の日本のコーポレートガバナンス問題1990年代後半から2000年代にかけて、日本ではエージェンシー理論に基づくコーポレートガバナンス改革が急速に実施された。バブル崩壊以後、カネボウやオリンパスなど大規模な不祥事が次々と発覚することになり、日本企業の内向きの体質が問題視されたため、経営の透明性向上を志向するアメリカ流のコーポレートガバナンスが促進されたのである。
当時のコーポレートガバナンスの主要課題は、経営者の不正や怠慢を抑制することにあった。高度経済成長期から80年代にかけて、日本企業は欧米企業に追いつき、追い越すという明確な目標のもとに品質改善や生産効率向上を強みとして発展してきた。企業は成長を続け日本経済も潤っていく、そのような環境の中では、あえて経営者が不正を働く機会やインセンティブはあまりなかった。しかし、バブル崩壊を機に経済成長は減速し、欧米企業に追いつくという目標も過去のものとなり、企業業績も悪化したことが、日本企業の経営者に対して不正に手を染めさせるインセンティブになったのである。
そのため、90年代後半以降、エージェンシー問題を抑制するために、不正や怠慢につながる経営者のインセンティブを、企業の利益に結びつけるよう修正するためのコーポレートガバナンス改革が進められた。とくに、伝統的な日本企業では、取締役会と監査役会を中心としたガバナンス体制が敷かれていたが、取締役のほとんどが経営執行を兼ねていること、取締役会議長は経営者(社長)が務めていること、経営者を含む取締役のほとんどが内部昇進組であること、そして執行からの独立が求められる監査役さえも実態としては内部昇進組で元々経営者の部下であるケースが多いこと等の理由から、経営者のインセンティブを適切に修正することができる体制ではないと批判されるようになった。
こうした批判を受け、政府や企業は経営の透明化やチェック機能の強化、つまりインセンティブ問題の解決に向けた制度変革をおこなってきた。J-SOXによる内部統制の充実や、委員会設置会社の導入を含む会社法改正などがそれである。
以上のように、これまでの日本企業のコーポレートガバナンスにおける主要課題の本質は、インセンティブ問題にあった。それは経営者自身のインセンティブと、経営者をコントロールする役割を持つ取締役や監査役のインセンティブをどのように設計し、経営者の不正や怠慢を抑止するのかという問題であり、日本では、それに対処する「守りのガバナンス」が展開されてきたのである。
4.3 独立社外取締役の活用によるインセンティブ問題の解決2000年代のガバナンス改革によって日本企業のコーポレートガバナンスに対する意識は向上したが、その有効性が叫ばれながらもいっこうに進まなかったのが、独立社外取締役の導入である。上述の表1のように、2010年代前半になっても積極的に導入する企業は多くなかった。
ところが、コードをはじめとする今般のガバナンス改革によって、独立社外取締役の活用について具体的に明記され、その導入が半ば強制的に要求されたことで、数年間で社外取締役を積極的に活用する企業は飛躍的に増加した(表1)。
その結果、かねてより日本企業のコーポレートガバナンスが抱えていたインセンティブ問題を解決する体制が構築されつつある。というのも、独立社外取締役は、内部昇進組の社内取締役に比べ、経営者に対して自由に意見を述べることができ、それゆえ経営者の行動を監督するインセンティブを持つからである。そして、独立社外取締役を指名委員会や報酬委員会の中心に据えることで、さらにその監督の有効性を高めることができ、結果的に、経営者への監督を強め、経営者の不正や怠慢につながるインセンティブを修正することができるようになる。
つまり、コードの強調する独立社外取締役の積極的な活用は、エージェンシー理論に基づき、インセンティブ問題としての従来型コーポレートガバナンス問題を解決する有効な方法であり、それゆえ、これまでのコーポレートガバナンス改革において強調されてきたと考えられる。
しかし、今日的な日本企業のコーポレートガバナンスの主要課題は、インセンティブ問題ではない。それはコードのいうところの持続的な成長、中長期的な企業価値の向上であり、そこでは、「攻めのガバナンス」が求められる。以下では、現代の日本企業に求められるコーポレートガバナンスは、エージェンシー理論に基づくものではなく、ダイナミック・ケイパビリティ論に基づくものであることを明らかにし、そのうえで、現状のコードによる独立社外取締役に過度に期待する現状を打破するためのより有効な対策を提案する。
5.1 ダイナミック・ケイパビリティベースのコーポレートガバナンスダイナミック・ケイパビリティ(以下、「DC」)とは、急速に変化する事業環境に対応したり、環境を形成したりするために、企業内外の資源を統合したり構築したり再配置したりする高次のケイパビリティである(Teece, 2007, 2009, 2012; ティース, 2019; Teece, Pisano and Shuen, 1997)。DCは、(1)環境変化を感じ取り機会や脅威を評価する「感知」ケイパビリティ、(2)企業内外の資源の統合や再活用を通じて感知した機会を捉える「捕捉」ケイパビリティ、そして(3)企業の資産の価値を高め、保護したり再配置したりすることで競争力を維持する「変容」ケイパビリティに分解できる(Teece, 2007)。DC論では、現代のような変化の急速なビジネス環境では、企業はDCを活用して環境変化に適応することで持続的な競争優位を構築できるとされている(Teece, 2007)。
Teece (2014) によれば、DCは、目的や経営資源が所与とされる安定的なビジネス環境において効率的に企業活動を行うオーディナリー・ケイパビリティ(以下、「OC」)とは明確に区別される。OCは、一定の目的へのテクニカルな適合をするための「ものごとを正しく行う」能力を指し、DCは、変化する環境に合わせた進化的な適合をするための「正しいことを行う」能力であり、必要に応じてOCを修正する高次のケイパビリティである。
こうしたDC論の観点から、Teece (2007, 2009) は、社内取締役に対する独立社外取締役の割合を増やすだけではコーポレートガバナンスとしては不十分であり、経営陣がDCを活用できているかどうかを評価し、経営陣のDCが不十分な場合には彼らを交代させることが取締役の重要な役割だと指摘している。
以上を踏まえると、DCベースのコーポレートガバナンスとは、変化の激しいビジネス環境において、経営者がDCを十分に活用できるかどうかを評価し、その活用を促したり支援したり、より強力なDCを発揮できる経営者に交代させることを目的とするコーポレートガバナンスである(橋本, 2020)。
もしビジネス環境の変化が安定的、もしくはそれを所与とするならば、企業にとってはエージェンシー理論に基づく「守り」を重視したコーポレートガバナンス体制を構築することで十分である。というのも、DCを活用する必要性は乏しく、いかに経営者の不正や怠慢を抑止し経営活動の効率性を高められるかというOCの強さが競争優位や企業成長に直結するからである。
これに対し、変化の激しい現代のビジネス環境では、エージェンシー理論に基づくコーポレートガバナンスでは十分ではない。というのも、インセンティブの問題がいくら解決されようとも、企業が持続的な競争優位や成長へ向けて「正しいこと」をしているかどうかとは無関係だからである。もちろんインセンティブ問題の解消も重要でないわけではないが、それよりもむしろ経営者がDCをしっかりと活用し、企業活動を正しい方向に向かわせることを担保することが、DCベースのコーポレートガバナンス体制に求められる最重要事項なのである。
5.2 現代のビジネス環境における独立社外取締役への過度な期待上述のように、コードでは企業の持続的な成長や中長期的な企業価値向上のために「守り」だけでなく「攻め」のガバナンスも求められている。そして、独立社外取締役には「攻め」と「守り」の両面の役割を果たすことが期待されている。
すでに明らかにしたように独立社外取締役の導入は「守り」のガバナンスにつながるインセンティブ問題を解決する重要な手立てとなる。しかし、現代のような変化の激しいビジネス環境において、コードの志向する持続的な成長や中長期的な企業価値向上を図るためには、インセンティブ問題を解決するためのエージェンシー理論に基づくガバナンス体制では十分ではない。そのような環境下では、DCベースのコーポレートガバナンスに支えられた「攻め」のガバナンスが求められる。
とすれば、問題は独立社外取締役の積極的な活用はDCベースのコーポレートガバナンスにおいて十分な施策かどうかである。結論からいえば、必要なものだが十分ではない。
まず、独立社外取締役の「独立性」要件が最大の効果を発揮するのは、経営者を監督するインセンティブを確保するという側面においてである。経営方針に関する助言や経営方針に新たな視点を付加する役割において「独立性」は必須要件ではなく、独立社外取締役にとってはそれらの役割は副次的なものでしかない。
また、DCベースのコーポレートガバナンスでは、取締役に最も求められるのは「経営者のDCを評価し、そして強力なDCを持たない経営者を交代させる」能力であり、「社内」出身か「社外」出身かという点や「独立性」の問題は二の次である。
それにもかかわらず、コードをはじめとする直近のガバナンス改革では独立社外取締役に過度な期待を寄せ、その積極的な活用をあまりに強調しすぎている。その結果、(1)コードを遵守するために、経営者のDC活用を評価する能力や経験を持たない人材を独立社外取締役として選任し、形式だけを整える企業が出てきている。そして、その反面、(2)自社や業界に関する知識や経営経験があり経営者のDC活用を評価できる社外人材を起用しようとする企業が多いものの、それに適合する人材がなかなか見つからないという問題が起きている。
5.3 現代のビジネス環境における社内取締役の積極的な活用と社内外のバランスこの2つの問題は、DCベースのコーポレートガバナンスの観点からいずれも解決することができる。その解決策の最大の焦点は、社内取締役の適切な活用を検討することにある。コードをはじめとする今般のガバナンス改革の議論では、すべての取締役を独立社外取締役にすべきとまでいわれているわけではもちろんないが、社内取締役の果たすべき役割についてほとんど無視されている。
上述のように、変化の激しい現代の環境において独立社外取締役のみでは取締役会に求められる役割を十分に果たせない。しかも、独立社外取締役は人材不足問題を抱えており、すぐに適切な人材を増やすことも難しい。また、社外取締役は一般に、社内取締役に比べて内部事情や事業内容、そして経営資源に関する知識は乏しい。一方、社内取締役はとりわけ日本ではその企業で長年働き、経営幹部になった人材である。当然にその企業での実務経験と、一定のマネジメント経験を保有している。
しかも、単なる経営方針への助言を超えてDCの活用を評価し促進するためには、自社の置かれた環境を「感知」して機会を「捕捉」し、組織を「変容」させるために自社のビジネスやケイパビリティに関するよりいっそう深い知識が求められるだろう。
とはいえ、インセンティブ問題も無視できない。社内取締役にはほぼ必然的にインセンティブ問題が生じるため、可能な限り対処をすることが必要である。以上のことを踏まえれば、社内取締役のあり得る活用方法として、少なくとも以下の3つが考えられる。また、この3つは同時に実施することもできる。
第1に、過去に社長を務めた会長など経営者からの同調圧力を受けにくい人物を社内取締役として活用することである。このとき、その社内取締役は代表権を持たず業務執行をおこなわないことが望ましい。また、多くの企業では社長やCEOが取締役会議長を務めているため(経済産業省, 2018)、元社長などを取締役会議長に選任することも有用と考えられる。
第2に、社内取締役の選解任や報酬決定プロセスへの経営者の関与を減らすために、経営者を指名委員会や報酬委員会から外すことである。このとき、委員長は独立社外取締役として高い独立性を担保した上で、社内取締役と社外取締役を適切なバランスで組み合わせることが望ましい。
第3に、経営者が生え抜きでない場合において、内部昇進組の社内取締役を積極的に活用することである。この状況では、社内取締役のインセンティブ問題は相対的に小さくなるため、他の条件を一定とすれば社内取締役をいっそう積極的に活用すべきである。
以上の3つの方法は、インセンティブ問題が引き起こすリスクを低減させながら、社内取締役の知識や経験を活かすものであり、第2の方法のように独立社外取締役との適切なバランスによって実効性を持つものもある。
いずれにせよ、これからのコーポレートガバナンスを考えるためには、独立社外取締役の活用ばかりを強調するのではなく、DC活用の観点から、社内取締役の知識や経験をどのように活かすのかという点も含めて、社内取締役と社外取締役の適切なバランスと役割分担について検討を進める必要があるだろう。
本稿では、DCベースのコーポレートガバナンスの観点から、コードをはじめとする直近のガバナンス改革において独立社外取締役の活用が強調されすぎており、それがかえって社外取締役の形骸化や人材不足につながっていることを指摘した。その上で、これからのコーポレートガバナンスの主要課題が経営者のDC活用を促すことにあり、そのためには社内取締役の知識と経験の活用が必要であることを示した。
本稿の学術的な貢献は、まずコーポレートガバナンス研究において、変化の激しい現代の環境に求められるDCベースのコーポレートガバナンスのあり方を提示し、それがエージェンシー理論に基づく従来型のコーポレートガバナンスを包摂する形で取って代わる可能性を示唆したことにある。また、DC研究においてこれまであまり注目されてこなかったコーポレートガバナンスのあり方を明示することで、DC研究の発展に寄与するだろう。
そして、実務への貢献は、今後の日本のコーポレートガバナンス改革の指針として、あるいは企業がガバナンス体制を構築する際に、独立社外取締役だけでなく社内取締役の活用についてもっと検討すべきであるという示唆にある。これに従うことで、企業はDCを活用して持続的に成長でき、日本の国際競争力も高まる可能性がある。
今後のガバナンス改革の議論では、社内取締役の活用方法や、社内取締役と社外取締役の適切なバランスが積極的に取り扱われること、そして、それが日本企業の抱える今日的なコーポレートガバナンス問題の解決につながることを期待したい。
本研究はJSPS科研費 JP18K12854の助成を受けたものです。