Journal of Management Philosophy
Online ISSN : 2436-2271
Print ISSN : 1884-3476
Special Issue
Exploring the Philosophy-Based Management in Japan : Origin, Structure and Measurement
Yingyan WANG
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2023 Volume 19 Issue 2 Pages 2-17

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【要 旨】

日本企業の多くは理念型経営を実践することで発展してきた。しかし未だその実態についての議論は十分とは言えない。実務や個人の視点での理念浸透の研究は数多く行われてきたが、組織体における理念型経営の本質に言及した研究はまだ多くない。本稿では、オムロンと京セラの2社の事例を通じて、創業者精神を源泉とした理念型経営を考察する。そして、理念型経営の実践をモデル化した表明(statement)・体現(embodiment)・習得(learning)というSELサイクル構造を提案する。加えて、このSELサイクルを活用して今後の定量調査のための測定項目も開発する。本研究を通じて、源泉と構造の分析及び測定指標の開発を行うと同時に、学術的な理念型経営の本質に少しでも近づくよう検証する。

1.はじめに

この数年間、世界的に企業の存在意義と目的を明確に打ち出したパーパス経営への関心がかつてなく高まっている。企業の財務情報だけでなく、非財務情報の公開の枠組みである「統合報告書」の開発・促進を行っている非営利組織のIIRC(International Integrated Reporting Council、国際統合報告評議会)は、2021年に以前の「ミッションとビジョン」という表記を「パーパス・ミッション・ビジョン」に改めた(東洋経済新報社、2022)。国内でも大企業によるパーパス制定の動きが加速しており、2021年はパーパス元年と言われている。一方、日本では従来から理念を大切にする理念型経営が存在し、これらの企業の多くは企業の存在意義と社会的意義を重視する経営が行われてきた。本稿は、このような欧米企業と異なる独自の背景と特徴を持つ日本の理念型経営に着目する。

かつて実質経済成長率が平均10%前後の高い水準で成長を続けてきた高度経済成長期を経て、アメリカをはじめとする世界のビジネス業界は日本の大企業のマネジメント慣行に大きく注目した。現場と品質重視の管理思想と日本独自の雇用慣行はそれぞれ管理の軸足となっていた。現場と品質重視の代表的なものとしては、トヨタのリーン生産方式とジャスト・イン・タイム・システム、QCサークル、トータル品質管理と改善などがあり、品質重視と顧客中心の管理思想に基づいて行われてきた(Akao, 1991; Imai, 1986)。一方、日本独自の雇用関係として主に終身雇用と年功序列が挙げられるが、それ以外にも、全員参加、OJTなどの日本式教育訓練や配置転換等にも関心が集まっていた(Abegglen, 1958)。

しかし、失われた20年を経て日本経済が長期低迷に陥ると、日本企業に対する関心は低下した。ただ、全体的には関心が下がったとは言え、かつて日本企業を成功に導いた経営管理への関心はまだ残っていた(Pyle, 2007)。ノルマ達成に対する執着、売上等数字目標への拘りが強調されたとはいえ、欧米式の評価が完全に導入されたわけではなく、多くの企業において日本型の年功重視の色彩は残されたままとなっている。例えば、トヨタは能力給を導入したにも関わらず社員とサプライヤとの協力関係に強く依存している等、日本企業は革新に成功したときも同時に、伝統的な実践にもこだわり続けていることに欧米の研究者は注目していた(Pyle, 2007)。

実は、伝統的実践を完全に捨てきれないのは、まさに長年理念型経営を行ってきた日本企業らしさを表している。企業には伝統と原点を大切する圧力と革新を生み出そうとする圧力の両方が存在する。伝統を重んじることで企業の社会正当性が評価され、さらに知識とのノウハウが継承され、洗練された知見が内部に蓄積される。しかし、過去を踏襲するだけでは組織の硬直化が起こり、製品競争や市場の成長に対応できない恐れがあるため、高い創造性の商品とサービスを積極に展開し続けるための革新性を維持しなくてはならない。常に相反する双方からの圧力が同時に存在しており、一貫して企業の成長プロセスに内包され続けていた。

変わらないように見えても、実は革新によって伝統が守られてきた側面がある。一方、伝統を守っているようにみえて、実は革新が盛り込まれていることもある。「伝統なき革新」、または「革新なき伝統」の片方だけで成り立っているわけではない。この点でバランスが取れているのが日本の理念型経営である。創業年数の長い多くの企業の理念には、創業者が大切にしてきた「事業性」、「社会性」、「精神性」、「倫理性」の四つがバランスよく継承されている。「事業性」と「社会性」はwhatを定義するもので、「精神性」と「倫理性」はhowとして説明される。「What」として、自らの利益だけでなく、様々な利害関係者との信頼関係を構築することで、社会利益に対しても最大化を図っている。また、「How」には、大きな志を持って困難を乗り越える精神性や道徳的に自らを戒める倫理性が引き継がれている。

このように、「事業性」、「社会性」、「精神性」、「倫理性」を大切にする日本の理念型経営は多くの企業で実践され、経営ノウハウをしっかりと継承しながら変革を行ってきた。本稿は、理念型経営を分析することによって、伝統と革新の日本企業の管理手法の核心に迫ることを目的としている。具体的には、理念型経営の源泉である経営者精神を詳細に分析し、理念型経営を構成する各構造について、理念型経営を実践してきたオムロンと京セラの事例を通して検証する。また、今後理念型経営の研究を系統的に進める上で、測定指標の開発が必須であることを踏まえ、測定項目の開発を試みる。

2.理念型経営の源泉―創業者精神に遡る―

理念型経営の源泉を考えると、創業者の果たす役割は極めて大きい。創業者が理念を作り、これに基づく経営が実践されて、継承されることが理念の源となる。理念型経営の基本を理解するために、創業者がどのような経緯で起業したか、特に理念が誕生するプロセスに注目する必要がある。国内企業の多くは独自技術を強みとしたイノベーティブな商品・サービスを展開して成功を収めた。中でも、伝統的な職人気質と最新の技術を融合する「ものづくり」や「ことづくり」の「京都モデル」が従来からの注目度が高い(末松、2002)。京都は地政学的にも重要な位置づけを占めているが、人口と面積などの指標では東京と大阪の都市圏と比べてかなり小さい。しかし、任天堂、日本電産、京セラ、村田製作所、SGホールディングス、オムロン、島津製作所、ローム、堀場製作所、ワコール等、様々な業界で名高い企業を多く輩出してきた。

これらの企業の成功裏には、高水準の大学が集中するという京都の土地柄の利点が十分に生かされていることも指摘されている。本稿では創業者の理念が創出される経緯に注目するため、独自に作り上げた理念とフィロソフィが土台となって企業の成長を牽引したと知られている2社―オムロンと京セラの創業者に焦点を当てる。2社の創業者がどのような経緯で起業し、理念体系を作り上げてきたかの共通点を探索することで、理念型経営の源泉を検討する。また、事例について、聞取り調査、公式ウェブサイトと報告書・資料以外に、雑誌記事、書籍、社内資料と関係者とのメールを参考とした。紙幅の制約上、一部の詳細は省略している。

2.1 創業から理念制定の経緯

  1.  

    【オムロン・立石氏】

     オムロンの創業者である立石一真氏は電機業界に入社して技術を身につけたが、不況の波にさらされ自ら会社を辞めて起業することにした。生活に必要な商品を自ら考案し、ズボンプレス・ナイフグラインダ等様々な商品を作り上げ販売した。その中でもちろん苦労もたくさんあり、多くの失敗経験を通じてビジネスの基本を心得ていた。また、周りの人に積極的にアイデアを求めて、友人の提案でレントゲン撮影用タイマーを開発して、1933年に立石電機製作所を創業することになった。

     しかし、その後の発展は決して順調ではなかった。特に労働運動が盛んに行われた年代でもあり、1948年に労働争議が起きた。どうしたら経営と社員が一体となって同じ方向を向いて、企業を成長させることができるかをずっと悩んでいた。1953年に参加した米国視察で、米国の経済発展の源泉は国旗の星条旗に込められた想いやフロンティア精神などの理念に気づいた。会社も同様に成長を牽引する理念が必要と思うようになった。1957年に経営者の社会的責任を訴える講演に感銘を受け、企業は社会のためにあるべきという「企業の公器性」という理念こそ企業発展の原点だと考えた。また、当時の若者にわかりやすく「企業の公器性」の理念を伝えるために、1959年に「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」というわかりやすい言葉で会社の憲法をまとめ上げた。

    出典:公式ウェブサイトを元に整理

     

    【京セラ・稲盛氏】

     一方、京セラの創業者の稲盛和夫氏が鹿児島大学を卒業して最初は京都の会社に入社した。技術者として研究開発に専念したものの、上司との衝突から辞職して起業することに決めた。新たに設備の購入等起業資金が必要だが、知人の紹介で何とか調達することができた。その時に、彼を信頼して元同僚の方7人が一緒に辞めて新会社に入った。周りの人からの支援の元で新会社が設立され、彼のセラミック研究に集中できる環境は整った。以前の所属企業の時代から開発した技術を更に研鑽して高い技術力の製品を作ることによって社会に貢献するという思いが高ぶった。

     しかし、創業3年目の1961年に若手従業員の反乱という思わぬ事態に陥った。場所を借りて新卒の採用活動を行ったものの、工場現場の過酷な労働環境に対して新入社員の不信感が高まった。団体交渉を行って日給制から月給制への変更、定期昇給とボーナスの要求を稲盛氏に突き付けたが、当時の経営状況から彼らの要求を承諾することが難しかった。しかし、従業員を説得して会社に残ってもらわなければならないため、稲盛氏は反乱を起こした社員を自宅まで連れ込んで3日間にわたって説得し続けた。その中で、なかなか納得してくれない社員に対して、「私は命を賭してこの会社を守っていく。もし私がいい加減な経営をし、私利私欲のために働くようなことがあったら刺し殺してもいい」と迄話した。これを受けてやっと皆さんが稲盛氏を信じてみるという気持ちになって、引き続き会社に残ってくれた。

     このことがきっかけとなり、稲盛氏が真剣に起業の目的を考えた。自分の技術を広めることによって社会に貢献するという思いで会社を立ち上げたが、会社で働く従業員全員とその家族にも責任を持たなければならないということに気づかされた。これを元に、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という理念を定めた。社会貢献という目標を達成するための土台として、経営者として従業員を守り抜く決意がこの理念によって示された。

    出典:北 (2019)を元に整理

2.2 創業者精神の原点

以上の理念が掲げられた経緯からわかるように、2人の経営者は最初から立派な理念を持っていたわけではなく、組織管理の問題に直面したことがきっかけとなり、「経営は何のためか」という根本的な問に答えようとしてそれぞれ理念にたどり着いている。このような両氏の共通点から、創業者精神の原点は何かを分析したい。具体的に、以下の3点を抽出した。

まずは、創業段階から失敗を克服して市場における成功体験を積み重ねたため、経営者として「自己効力感」が高まり、起業活動そのものに対する「内発的動機付け」が高まっている。苦難を乗り越えることで、行動学習が促進され、経験における「プラスの強化」が行われて、経営活動が「連続的プラス体験」として個人の内面に定着する。2社ともに最初から順風満帆にスタートを切ったわけではなく、むしろ苦難の連続であった。一連の小さな苦難を乗り越えて克服した成功体験がのちに明確なビジョンと展望に繋がっている。

立石氏のケースでは、1920年代末期の世界大恐慌の時代背景の中に、個人で考案した家庭用製品の露店販売の経験などの苦労を重ねて、ビジネスの基本を実体験で学習した。また、電機産業への意欲からレントゲン写真撮影用タイマーを開発して、オムロンの前身である立石電機製作所を設立した。戦後家電製品の開発製造を経て、アメリカでオートメーション時代の到来を学んで国内で市場の開拓に成功し、60年代から70年代には、世界初の電子式自動感応式信号機、無人駅システム、オンライン現金自動支払機を次々に開発した。

一方、稲盛氏のケースでは、セラミックの技術を持っており、創業初期から海外市場の開拓に積極的であった。しかし、当時まだ無名な小企業と積極的に取引する国内大手はなく、最初に長期出張でアメリカに行ったときにも、まともにアポイントさえ取れなかったが、それでも粘り強くアメリカで販路を広げることに成功した。フェアチャイルド社、IBMからサブストレートの大型受注は、いずれも厳しい基準をクリアできたことの技術が評価された。世界的に知名度の高いIBM社からの注文を受けたことで国内でも評価されるようになった。その後、日本が国産大型コンピューターの開発に国家プロジェクトが立ち上がり、日立製作所などが中心となったプロジェクトに京セラが部品のガラスシール・パッケージの開発と量産に成功して、国家プロジェクトの成功にも貢献した(京セラ株式会社、2007)。

2点目、労資対立を克服するプロセスの中で組織と利害関係者への使命感を学んでおり、関係志向的動機の向上が理念の制定に反映されている。2人の起業家としての原点は、商品や技術の発明により自らの不遇の環境から打開することであったため、最初から理念をもっていたわけではなかった。企業の存在意義と社会的意義を考える余裕もなく、自分の置かれていた物理的と精神的つらい状況から抜き出すために起業家的探索活動を積極的に行った。しかし彼らは、経営者としてこの動機では不十分であるということをマネジメント活動の中で学習した。戦後復帰から高度成長期に入る前の段階であったが、生活条件の向上、職場環境の改善を巡り労資対立が高まっていた時期であった。まだ春闘も定着していなかった時代であり、労資双方ともに満足できる交渉様式の模索を行っていた。個人の動機を組織の動機に進化させるために、労働者との対立から信頼関係に変える必要があった。そこで、彼らは個人の動機をいったん諦めて、共通する組織の動機を活性化することに努めた。その探索活動の結果、企業の存在意義と社会的意義を明らかにすることによって共通する組織的動機の活性化に成功した。

立石氏のケースでは、企業体の社会的意義を明確に掲げる社憲の中に、「われわれ」という共通のアイデンティティを顕在化する手法を用いた。経営者しても社員にしても、共に共通して自らが努力して、生活レベルが改善されれば、社会全体もよくなるという共通の側面がクローズアップされた。働くことで生活がよくなるというシンプルな訴えかけは豊かな物質的生活への憧れが強かった時代には特にわかりやすくて納得される内容であった。

一方、稲盛氏の場合は経営者としての決意を従業員に示すことが必要であったため、理念の中で「全従業員」をクローズアップして主体に据えた。物質的と精神的幸せを訴えかける内容も立石氏の「生活レベルの向上」と同様に従業員にとってわかりやすいものであった。紛争を通して完全に個人の私欲と動機を放棄することの重要性を学び、それが理念の中に反映されている。直接訴えかける相手はいずれも従業員であり、ともに活動することが人類社会全体に貢献することを意識したものである。社内で一体となって働かないと、いくら優れた技術と商品を持っていても健全な企業活動の維持が難しいため、共通する組織的動機を顕在化させることが理念の原点であった。

3点目は、事業展開を通じて理念が具現化する中で、社会的動機付けの向上と共に社会全体へのコミットメントとエンゲージメントも高まり、社会の発展を牽引する原動力に転換していった。この段階の特徴として、一企業の経営者としてのスタンスをさらに超越し、組織よりさらに広い社会志向的な視点を身に着けたことが挙げられる。立石氏の場合に、国内ではじめのオートメーションの市場の開拓に成功して、次々に新しい商品を発明している。また、オートメーション市場の新規開拓に伴い、思想が更に成熟し、自社だけでなく社会全体の発展の未来を描く「SINIC理論」を提唱した。SINIC理論は、社会の発展について彼の理解に基づいて予言を含めて将来の展望を行ったものである。例えば、機械化、自動化、情報化の3つが急速に移行する20世紀以降に、2005年からの「最適化社会」、2025年からの「自律社会」への移行を予測している。この理論は、一企業の発展と繁栄をさらに拡張させ、社会全体の発展と成長を軸とする思想の進化を反映した内容である。

一方、稲盛氏の場合は独自の組織管理と会計管理の思想と経営哲学の集大成を作り上げた。例えば、現行の管理会計は生産現場の実態を表していないという疑問から独自の制度を作り上げ、更にアメーバ経営と呼ばれる独自の組織管理の制度を導入した。しかし、アメーバ組織だけでは過剰な社内競争を招く恐れもあるため、同時に一体感を高めるための思想と哲学を考えた。これが稲盛フィロソフィと呼ばれるものである。「人間として何が正しいのか」「人間は何のために生きるのか」という根本的問いに対して、様々な困難を乗り越える中で生まれた仕事と人生における指針というものも生まれた。ほかには、「盛和塾」と呼ばれる中小企業の経営者の育成に力を入れた。これらの活動は社会全体の経営実践にも貢献するとの考えに始まっており、自らが中心となって社会成長へのコミットメントとエンゲージメントの向上するよう努めている。

オムロンと京セラの2社の創業者精神を段階的発展も含めて分析すると、共通する原点が存在することがわかった。最初、失敗を乗り越えてからの成功体験により自己効力感が高まり、個人の内発的動機付けが向上している。また、利害関係者である従業員とのトラブルを経て関係志向的動機が強まり、組織と利害関係者への使命感が高まっている。この段階で理念が確立されている。その後の実践活動の中で経営する組織以外への社会志向性も広がり、自らが中心となって社会の成長を支える社会的コミットメントとエンゲージメントも向上につなげている点である。

3.理念型経営の構造―表明(state)・体現(embody)・習得(learn)のSELサイクル―

次に、創業者精神が原点となって形成された理念型経営がどのように組織の中で機能するのかを解析する必要がある。理念が表明されても形として掲げているだけなら本当の理念型経営とは言えない。真の理念型経営を推進するために、本稿では、表明(statement)・体現(embodiment)・習得(learning)というSELのサイクルの必要性を提唱する(図1)。

図1 理念型経営の構造:表明(statement)・体現(embodiment)・習得(learning)のSELサイクル

表明、体現と習得の内容を分析する前に、まず三者の関係を考える。表明と体現の関係について、理念を表明してから、表明された内容を踏まえて実践することで理念を体現することに繋がる。更に、体現することによって表明された理念はより明確になるが、途中必要に応じて内容の修正を行う。次に、体現と習得の関係であるが、理念を習得することで体現の方法は明確になるが、逆に体現しているときに習得に必要な方法を学ぶこともある。最後に、表明と習得の関係について、表明された内容に応じて習得の方法を考える段階で、習得することによって表明された内容への理解が深まり、場合によっては内容の修正が必要になることもある。

3.1 理念を表明する

従来、共通体験という暗黙知のなかで理念を移転し、共有することは可能だと考えられてきた。例えば、老舗と呼ばれる店舗や地場産業である町工場などで従業員が実務を通じて技能や知識を身に付ける時、同時に目に見ない「ものづくりの精神」や価値観も伝承される。明確な言葉による指導の必要がなく、後ろ姿を見て学ぶプロセスの中で共通の信念や目標を感じ取り理念の共有が達成される。ただ、この場合の理念は「暗黙知」として伝達されるため、個人間の連携のような小規模な集団では有効であるが、大規模な組織では効率的な暗黙知の共有は難しいとされる。

現代の多くの企業は、自らの理念を明文化して表明する。この会社とは何か、何を目指しているか、求めるあるべき姿とは何か、自社の理念の中にこれらを盛り込んで明確に定義する。つまり、自己定義をすることで企業としてのアイデンティティを表明する。

本稿で取り上げたオムロンと京セラの2社の理念を分析すると、大きくは「事業性」、「社会性」、「精神性」、「倫理観」の4つのカテゴリーに分類することができる。

事業性は、健全な事業活動を通じて、経済成長、価値創造、利益を生み出すことである。オムロンの理念にある「私たちは、世に先駆けて新たな価値を創造し続けます」という内容は、まさに価値を創造して事業性を重視するという内容が反映されている。一方、京セラの理念には従業員の「物心両面の幸せ」が掲げられているが、健全な事業活動と利益を生み出すことが物質的側面の幸福を支える土台となっている。また、稲盛フィロソフィの中には「公明正大に利益を追求する」、「売上を極大に、経費を極小に」、「健全資産の原則を貫く」、「手の切れるような製品を作る」の内容が含まれている。「会社は利益を上げなければ成り立たない」、「利益を上げることは恥ずべきことでもなければ、人の道に反したことでもない」という稲盛氏の言葉にもあるように、利益を生み出して健全な事業成長と価値を創造することが理念の基本的な内容となっている。

社会性は、企業の社会的責任の強調、社会のために貢献するものである。古くから日本の近江商人の間には「売り手よし」、「買い手よし」、「世間よし」の「三方よし」の精神が伝えられてきた。オムロンと京セラの両社の理念には、共に顕著に社会性が表れている。オムロンの理念には、「よりよい社会をつくりましょう」という社憲の内容が理念のトップ階層に掲げられている。一方、京セラの理念には「人類、社会の進歩発展に貢献すること」が含まれる。いずれも、事業性という経済的価値以外に、社会のためという社会価値がクローズアップされている。

精神性とは社是、目指すべき企業像、心、夢、誇り、創業精神の継承等に代表されるように、事業の根幹となる軸を明らかにすることである。オムロンの理念には、自らの働きによって生活レベルを向上させ、さらに良い社会を作ることが精神そのものを表している。また、「失敗を恐れず」という価値観も明示されている。一方、京セラの社是には「敬天愛人」が掲げられ、「天を敬い、人を愛し」のように企業人としてのあるべき姿を定義している。人間は物質的欲求だけでなく、精神的欲求を満たそうとすることから、目指す方向を明記し、従業員の心の豊かさをもたらすことが狙いである。

最後に、倫理観は守るべき善悪と道徳判断の基準についての捉え方を定義するものである。オムロンの理念には、「誠実であることを誇りとし、人間の可能性を信じ続けます」という人間性尊重の価値観が掲げている。誠実な心を持ち、正義を持って人間尊重し、信頼するという道徳的価値観が倫理観の基本として理念の中に盛り込まれている。また、京セラの理念には、「常に公明正大、謙虚な心で」という内容が社是の説明文に含まれている。他にも稲盛フィロソフィの中には、「心を高める」、「正しい判断をする」、「心をベースとして経営する」等の内容以外にも、経営思想として、「社会との共生。世界との共生。自然との共生」が示されている。これらの内容は仕事における意思決定と判断において大切な倫理観を表している。

以上の内容を改めて整理すると、外的価値―内的価値、攻めの思想―守りの思想、の両軸でこの4つのカテゴリーを分類することが可能である(図2)。図2のように、事業性は外的価値と攻めの思想を表しているが、社会性は外的価値と守りの思想を示している。また、精神性は内的価値と攻めの思想、倫理観は内的価値と守りの思想を指している。事業性は積極的に製品・サービスを作り出すことによって事業を展開して、対外的に経済価値を高めることであるが、社会性は社会に対する貢献を強調することで、社会的価値を作り出すと同時に、社会との調和、利害関係者とのパートナーシップを示している。また、精神性が困難を乗り越えたりする時などには内部に対して攻めの思想を表しているが、倫理観には自らの戒めや道徳観を守るなどの守りの思想も含まれている。

図2 理念に盛り込まれている価値観

表明された理念は普遍的な価値観を表しているが、絶対的に不変でなければならないというわけではない。企業の成長発展段階を動態的に捉えると、思想と哲学は普遍的なものでありながらも、その時々の時代と成長段階に合わせて再解釈が求められるためである。オムロンの場合に、実は歴代経営者が定期的に理念を再解釈してきた経緯がある。創業者によって提唱された内容を再編させ、その時の企業の発展のための課題を乗り越えるために進化してきたものである。

例えば、2000年代初頭頃に、大企業の不祥事が相次いで報道され、企業の社会的責任に対する社会の目が厳しくなった。特にコンプライアンス意識の高まりに伴い、企業の経済的価値以外だけでなく、社会的価値も重視されるようになった。社会的価値の追求、もともとオムロンの公器性理念と一致するものであるが、当時の理念体系の中に社憲が一番中核の内容としてクローズアップされたあまり、逆に公器性についての強調が不足していた。これだけでは企業に対する社会の期待の変化に対応できないと感じた経営陣は、改めて理念体系を見直して、グローバル企業の発展に見合うような公器性に再解釈して内容を改定した。

その後、山田社長の時代に入り、コンプライアンス意識が高まりすぎて逆に組織全体が守りの体制に陥り、攻めの経営精神が薄れてきたことに気づいた。公器性理念と社憲の中には、社会に貢献することと、オムロンがパイオニアとして率先して実践することの両方が含まれるにもかかわらず、革新性と挑戦性が薄れると企業の将来の発展が危うくなる可能性がある。気が付いた経営陣は、再度理念をより実践しやすい方向にシンプルな内容に改正して、社会ニーズを取り上げ、商品とサービスの価値が創出されるような内容に改定した。逆に、社憲を再度理念体系の一番中心軸に据え置くことによって、後退しつつあるアングリー精神を蘇えらせた。

一方、京セラは徐々に稲盛氏の思想体系を整理し、充実させる方向で継承してきた。しかし、まったく普遍的なもので変化しなかったわけではなく、時代の価値観と変化に合わせて再解釈が必要な部分も現れた。例えば、小集団としてのアメーバの在り方について、再議論する必要があることに気が付いた。一定の期間で安定したメンバーによって構成される小集団の中で個人の生産性をはっきりさせるやり方は、変化の激しい状況に対応できない恐れがあった。また、大家族主義を価値観の中核として持ち続けていたが、個人主義の価値観の台頭とコロナの流行により密を避けるといった社会衛生環境の変化により、大家族主義の価値観にも変化が余儀なくされた。つまり、人間として何が正しいかという基本哲学は不変だが、正しいものは何かということの現代的な解釈が必要となる。

3.2 理念を体現する

理念を表明することは理念型経営の第一歩だが、理念型経営を行う企業はその内容が裏付けられていることも重要である。理念を体現することは、組織体として企業が日々の経営において理念に基づく経営判断を行うこと以外に、経営者、管理職及び現場の従業員が理念を踏まえて行動することが不可欠となる。ここで、具体的に、理念の体現について、5つの側面から整理する。

1つ目に、理念は事業を牽引する原動力としての役割を果たしている。理念型経営とは、理念を踏まえて経営判断を行い、事業の社会的意義と存在意義を明らかにして経営を実践することである。そのため、重要な経営判断、例えば新たな事業分野の進出、異なる事業間の資源配分、戦略的パートナーシップ関係の構築などについて、理念に基づいて判断を行うことが不可欠となる。この時の経営判断が具体的に自社の社会的意義と存在意義とどのように関連するのかを社内外に対して詳細に説明しながら、利害関係者からの同意を得ることが重要である。

オーソドックスな戦略論で言えば、例えばポーターの競争要因理論で示されているように、新規参入者、競争業者、売手、買手、代替品という5つのフォースとの間に基本的に競争関係が生じることが前提となっている。売手との交渉力であれば、部品と原材料を提供する供給業者と交渉をしてできるだけ安い値段で仕入れることが重視される。一方、買手など顧客に対して高い価格で商品とサービスを提供することで競争に勝ち抜くという目的がある。しかし、理念型経営の企業では、「勝ち抜く」ことではなく、理念の実現が究極的な目標となるため、利害関係者に対しては脅威を機会として捉えなおすという発想の転換が重要である。協力と信頼関係を構築することで自社の社会的意義を実現することを目指すのである。

2つ目に、理念を体現することは、経営陣が力強く理念を訴える必要がある。理念型経営のリーダーは、まず自身に明確なビジョンを持つことが重要である。例えば、オムロンの創業者の立石氏の場合、初期には明確な理念を持っていなかったが、労使関係の対立を乗り越える過程で理念が徐々に明確になっていった。リーダー自身が理念に対する情熱・信念を持っていなければ前に進まないことを学んでいる。積極的に理念の内容を社内外向けに発信し、更に自社の経営判断が具体的にどのように理念を踏まえて実行しているのかということも含めて、力強くアピールすることが理念型組織の経営者の役割として必須となる。

また、経営者をはじめとしたリーダーは、理念の具現化に必要な行動を率先して取ることが理念型経営を体現するために欠かせない。京セラの場合、「従業員の物心両面の幸福」という理念に反映されているように、創業当初には厳しい条件に対して反乱を起こした社員の要求に応じなかったことがあるが、経営が軌道に乗った後は、定期昇給を含む諸制度を導入している。また、大家族経営を提唱して、全員参加経営を実践する中で、みんながベクトルを合わせることの大切さを稲盛氏は常に訴えてきた。これらの施策・制度の導入と稲盛氏の言動は、「従業員の物心両面の幸せ」を実現するために必要なものは何か、経営者として見つけ出した答えでありながら、リーダーが率先して取ってきた言動である。

3つ目に、現場における理念浸透の実践を重視して、意思決定と価値判断の軸に理念を据え置かなくてはならない。組織体とリーダーシップ以外に、現場活動における理念浸透の大切さである。例えば、オムロンの場合にはオートメーション市場の日本での開拓にいち早く成功した。今はオートメーションのリーディングカンパニーとして、制御機器、社会システムとヘルスケアなど多岐にわたる事業を展開し、約120の国と地域で商品・サービスを提供している。現社長の山田氏は就任早々、理念経営の実践を宣言して、現場の仕事に対しても理念の浸透を推進してきた。従業員は日々の活動の中で理念に基づくテーマを宣言し、地域・職種横断的な理念浸透プロジェクトを推進してきた。理念に関係するテーマを自分で探し出し、職場の同僚や取引先等の関係者と一緒にテーマの達成に向けて努力する中で、理念に対する理解が自然に深まり、また社内外のネットワークも広がるようになった。

一方、京セラの場合は従業員の物心両面の幸せの実現という目標に対して、公明正大な経営と業務運営を行うことの重要性を京セラフィロソフィとしてまとめ上げ、従業員個人の行動においても何が正しいかということを判断基準として、倫理観、道徳観と社会的規範に従うことの大切さを徹底的に提唱している。アメーバ経営では、営業、製造、研究開発と管理の4つの機能において、それぞれの機能の明確化を目指している(稲盛、2017)。営業は売上最大を目指す一連の活動の中で製造部門に生産案件をもたらし、事業拡大に努める。製造は要求された品質と納期で製品とサービスを提供して、付加価値の最大化を目指す。研究開発は社内のニーズに合った技術と製品の開発し、製造部門にその価値を提供し、新たな市場を作り出す。最後の管理は理念や方針の浸透とルールの設定・運営を通じて直接部門をサポートして、健全な企業経営を実現する(稲盛、2017)。これらの役割を実現するために、各部門にアメーバ組織が導入され、部門別の採算制度を通じて時間当たりの採算が公開された。これにより、現場社員が自分の生み出した付加価値を正確に把握し、モチベーションが明確になり使命感が養われた。

4つ目に、社会的に評価される事業を積極的に展開することが理念型経営の体現につながる。経済的利益だけでなく、社会的課題に貢献できる事業の展開が要求される。2022年の段階では、環境問題、気候変動の対応、生物多様性、脱炭素社会の実現、ダイバーシティ&インクルージョン、ESG投資、SDGs目標の実現などへの関心の高さと同時に、地政学的リストが高まったことで、半導体産業等の安定したサプライチェーンの構築など世界規模の環境変化の加速に関連する新たな問題が浮上してきた(東洋経済新報社、2022)。これら社会的関心の高い課題に対して、理念型経営を実践する企業が率先して取り組みながら問題の解決を目指すことが、社会に対するロール・モデルの役割を果たすことになる。

例えば、オムロンのケースとしてマスク製造にかかわる制御機器の供給があった。2020年1月に新型コロナウィルスが中国国内で拡大することに伴い、マスクが不足する中で、現地電機自動車メーカーのBYD社がマスク製造に乗り出すことに決意した時に、オムロンは全面的に協力した。コロナ猛威の中に行動が厳しく制限されており顧客訪問ができないにも関わらず、関連部署が一丸となって協力したことで技術的課題をクリアした。更に、大口注文に対して数日単位の短期間の納品に対応するために、営業、製造と物流が緊急協議して対応した。オムロンの制御機器が重要な土台となって支えているからこそ、BYD社は短期間の間に世界最大級のマスクメーカーとなったとも言える。このように、社会的緊急性と必要性の高い課題に対して率先して取り組んで社会的に対する責任を果たすことが理念型経営の体現には不可欠である。

5つ目に、未来志向的で永続的な価値創造を行うことが理念型経営を体現することになる。企業の社会的意義と存在意義を明らかにする実践とは、「終点」がなく常に目標に向かって走り続けなくてはならない。企業は発展段階に応じて社会的価値実現の下位目標と手段の修正を行う。例えば、オムロンはThe OMRON Global Awards(TOGA)を設けて、理念実践の「物語」をグローバル的に共有することによって理念浸透を図り、更に共感と共鳴のネットワーク構築を目指している。そのきっかけは2012年の理念実践の事例であるが、インドネシア子会社の社長が自社以外に、周辺工場や政府を巻き込んで障がい者の雇用を促したことに始まる。このような良い事例をできるだけ発掘して、皆を応援して称えたいという社長の思いが強くなって、全世界の関連会社でTOGA活動が始まっている。

TOGAはSECIモデル(野中、1990)に基づいて設計されている。「社員個人で旗を立てて、宣言、実行、振り返り共有、共鳴」というサイクルの活動として年間を通じて行われている。2012年に設立して以来、年々参加者とテーマが増えてきた。これらの活動を通して、世界中の社員が「ソーシャルニーズの創造」等、基本的価値観を具体的にどのように実現していくかという共通の理解が広がり、感情的に共鳴と共感が喚起されて、理念を実現するための社内外のネットワークが拡大した。個々の関連会社や部署が各々取り組んできた理念実践の事業を共通に理解することで、相互に刺激しあう良い関係が形成されていった。

3.3 理念を習得する

組織によって表明された理念を実際に体現するためには、先に理念を習得しておかなくてはならない。理念の習得は一般的知識とスキルの習得よりも恐らく難しい。なぜなら、知識・スキルとして覚えたり、習得したりするのとは違う次元で自らの考えで理解したり行動を引き起こす必要があるためである。組織学習の取り組み等は、これを促進する役割を果たしている。

多くの組織は「組織学習」を通じて改善・変化を図ろうとする(March, 1991)。この中には、既存の価値観や規範のように、従来の枠組みの中で継続的学習と改善を繰り返すものを「低次学習」としており、一方、既存の価値観から脱却したり、既存の枠組みを棄却したり、新しいものを作り上げることで変化・改善するのを「高次学習」としている。理念を習得することは、低次学習と高次学習の両方の融合が必要である。

ルーチン的な業務を繰り返すことは低次学習に含まれ、低次学習によって効率化を図ることで利益の改善につなげる。いわゆる理念の内容を習得する多くの部分は低次学習に相当する。例えば、朝礼における理念の唱和、理念を盛り込む内容のパンフレット・手帳の配布、オフィスなどの目立つ場所に理念に関連する文言を張り付けるなど、繰り返し同じ内容に触れることによって、既存の枠組みとしての理念の内容を覚えてもらったり、理解してもらったりすることなどである。京セラでは理念の実現に欠かせない京セラフィロソフィの内容を手帳にして従業員に配布している。オムロンも同様に理念の内容と説明文を含むパンフレットを各国の言語に翻訳して世界中のオムロン社員に配布している。

しかし、ルーチン業務として理念学習をするだけでは不十分である。既存の価値観と枠組みを打破するための高次レベルの理念学習も同時に行わなくてはならない。なぜなら、究極的な目標の社会的意義と存在意義を明らかにして、事業性、社会性、倫理観と精神性を追求するために組織体としての変革と進歩が必要となるためである。理念に基づく実践の多くは普遍的な価値観を求めることでありながら、同時に変革と進歩というダイナミズムを組織にもたらす必要がある。例えば、オムロンのTOGA活動は理念実践を披露する場として社員の理念学習の場となっている。その中で紹介された取り組みの多くは、理念を踏まえて行動するために常識と意識を変化させることの重要性を周知させている。

その一例として、品質部門の「品質不具合を絶対出さない」ための取り組みがある。品質の不具合は顧客に迷惑をかけて、会社のブランドを大きく傷づける可能性があるため、いかに不良の件数を減らすかが品質部門にとって重大の課題の一つである。しかし、設備の老朽化などで問題解決が困難であった。そこで、専門調査チームを作って、生産不具合の多くは、設備調整で経験的に対処してから生産を再開させるという「すり合わせ」に起因することが多いことにたどり着いた。しかし、以前から「すり合わせは日本式モノづくりの強み」という固定観念があったため、従来の常識を覆すことは難しかった。また、生産途中にラインを止めると顧客に迷惑をかけてしまうという意識も強くあった。しかし、問題点を見過ごすと顧客に迷惑をかけることになるため、変化を見過ごさないで、全員で迅速に問題を解決しなければならない。そこで品質チームは、徹底的な意識改革に取り組むために、世界中の工場を巡って24時間現場に張り付いて繰り返しの議論を行った。更に、自分の工場だけでなく、担当者がほかの工場を含めて相互チェックする体制を取り、自分の工場の強みと改善点を見つけ出したことで改善の原動力に繋がるようになった。

この事例はTOGAの報告会を通して全社員の学習材料となっているが、常識と意識の改革を行うことがまさに高次学習である。明文化された理念の内容を従業員に周知して、理解してもらってから、具体的に理念を踏まえて実践する中で、これまでの常識と枠組みを打破することがよくある。このように内容の周知という低次レベルの学習だけでなく、理念を踏まえて旧来の常識と価値観を変えるという高次レベルの学習をすることも理念習得の一環として重要である。

4.測定指標の開発

理念型経営の研究では、聞き取り調査を通じてその実態を明らかにする方法がよく行われている。特定の研究テーマについて、初期の研究段階ではその実態とプロセスを明らかにするために、聞き取り調査を元にケース・スタディなどの質的研究を行っている。事例を丹念に観察する事例研究を行うことで新たな概念抽出が可能となる。しかし、研究の成熟に伴い、測定指標を開発することは本格的な定量調査を進めるために重要となる。この数十年間の理念研究の実態を踏まえると、当該分野の研究に使える組織レベルの測定指標を開発することが急務であることが言える。本稿では、先述の表明・体現・習得のSEL構造に沿って測定項目の開発を行い、実証調査を通じてその構造の妥当性を検討したい。

まず、表明することは「理念の明文化」である。具体的な言葉は違っていても、理念には原理原則や普遍的な価値観を表す内容が数多く盛り込まれている。前述の分析でわかるように、事業性、社会性、精神性、倫理観の内容が理念に反映されていることを含めて「理念の明文化」という項目を作成した。例えば、「私の会社の理念には社会貢献が含まれている」というように、具体的な内容も理念の明文化の1つとなっている場合がある。理念を掲げているか、事業性、社会性、精神性、倫理観の内容も含めて19項目を作成した。

次に、理念を体現するとは「経営における具現化」のことを指す。経営層の意思決定、人事、戦略、経営判断などに纏わる様々な側面において、理念型経営の企業が具体的にどのように進められるかということと関連付けながら20項目を作成した。まず、理念型経営を実施する企業では、経営層の意思決定は一般的に理念を踏まえて行われており、長期的に会社が目指す方向性は理念に基づいて決断されることが多い。更に、人事については、採用、処遇、評価など様々な側面があるが、理念の実践に向いている人材を採用することが理念型経営における人事制度の基本となる。また、評価について、数字による業績の評価以外に、理念に基づく行動評価とプロセス評価の導入も重要だと考えられる。他にも、戦略的展開については、利益性だけで判断せず、理念を反映する事業分野に集中的に資源を投入して成長を目指すことが理念型経営の特徴である。これら経営層の意思決定、人事、戦略、経営判断などの側面は、具体的に理念と関連付けながら進められているかどうかの項目「経営における具現化」を表している。

最後の習得は「理念の学習化」である。実態として理念研修を通じて行うことが多いため、研修に関する6項目を中心に作成した。理念に関する研修が行われているか、その中で理念を教える研修になっているか、理念の実践方法を教えるための研修か、研修が定期的に行われるかなどである。

調査はウェブ調査会社を利用してウェブ調査を実施した。まずは予備調査を行い、「会社の理念を知っているか」等の質問をして、勤務先が関東である7,240人からの回答を得た。更に、組織的施策を含めて会社のことをよく知っているということを確認した上で、管理職に限定して本調査を行った。「理念を知っている」と答えた関東にある1,069人を対象に本調査を実施して858人から回答を得た。無回答を除いて最終的に対象者753人であった。男性681名、女性72名であった。20代7名、30代57名、40代211名、50代391名と60代87名であった。事務系370名、技術系224名、その他159名であった。

表1は因子分析の結果である。45項目に対して主因子法・プロマックス回転による因子分析を行ったところ、因子負荷が0.35以下の項目と複数の因子に対して高い負荷を示した項目が6つあった。これらの項目を削除した上で再度同じ方法で因子分析を行ったところ、3因子構造の結果が示された。すべての項目は1から7の7件法で回答を求めたものである。

表1 因子分析の結果
質問項目 明文化 具現化 学習化
私の会社は理念を掲げている 0.973 -0.235 -0.042
私の会社は理念を公表している 0.951 -0.294 0.008
私の会社は理念を持っている 0.804 -0.004 -0.034
私の会社の理念には社会への貢献が含まれている 0.790 0.051 -0.058
私の会社の理念には社会に対するサービス精神が含まれている 0.748 -0.032 0.044
私の会社は理念を社外に向け発信している 0.704 -0.074 0.112
私の会社の理念には社会の利益のための奉仕が含まれている 0.698 0.028 0.072
私の会社の理念には未来に向けて絶えず追求することが含まれている 0.678 0.073 0.091
私の会社の理念には社会の利益のための内容が含まれている 0.674 0.115 -0.023
私の会社の理念には理想を求める精神が含まれる 0.668 0.163 -0.065
私の会社の理念には社会のための奉仕精神が含まれている 0.663 0.103 0.015
私の会社の理念には理想への努力が含まれている 0.609 0.178 0.017
私の会社の理念には将来の目標が反映されている 0.567 0.256 0.021
私の会社の理念には今後の進むべき道が示されている 0.554 0.267 0.021
私の会社の理念には高い目標を掲げて努力する内容が含まれている 0.471 0.188 0.143
私の会社の理念には利益を社会に還元する内容が含まれている 0.468 0.227 0.094
私の会社では正しさの倫理基準が理念に示されている 0.392 0.306 0.134
私の会社では道徳的判断の基準が理念に示されている 0.372 0.256 0.174
私の会社は理念を実践できる人を抜擢する -0.222 0.980 0.027
私の会社は理念を大切にする人を幹部に任命する -0.154 0.970 -0.015
私の会社では理念を実践できる人が重要なポストにつく -0.170 0.922 0.019
私の会社は理念を実践できる人を採用する -0.106 0.855 0.030
私の会社は理念に基づく日々の経営判断が行われている 0.091 0.795 -0.002
私の会社の全ての階層で理念を実践している -0.006 0.743 0.128
私の会社は理念を実践する人材を育てている -0.013 0.705 0.184
私の会社の経営陣は理念を大切にしている 0.290 0.696 -0.125
私の会社の経営陣は理念に基づく経営の実現を目指している 0.266 0.694 -0.103
私の会社の経営判断には理念が反映されている 0.216 0.689 -0.024
私の会社ではあらゆる階層で理念の実現に取り組んでいる 0.081 0.667 0.156
私の会社の経営陣は理念を踏まえて経営目標を設定している 0.244 0.651 -0.033
私の会社では難しい判断の時に理念に立ち返る 0.015 0.651 0.200
私の会社では理念実現に向けた事業展開が進められている 0.267 0.625 -0.013
私の会社の経営陣は理念の継承に取り組んでいる 0.242 0.558 0.075
私の会社では理念に関する研修が行われている 0.037 -0.045 0.902
私の会社では理念の意味を教えるための研修が行われる -0.033 0.069 0.854
私の会社では理念の実践方法を教えるための研修が行われる 0.019 0.087 0.803
私の会社では理念に関する従業員対象の研修を定期的に開催する 0.009 0.110 0.765
私の会社の研修には理念に関する内容が盛り込まれている 0.177 -0.004 0.723
私の会社の研修では理念に関する意見交流が行われている -0.072 0.295 0.661
因子寄与 22.201 2.184 1.118
因子寄与率 56.926 5.599 2.866

第1因子は「理念の明文化」である。信頼性係数αは0.938であった。「私の会社は理念を掲げている」、「私の会社の理念には社会への貢献が含まれている」、「私の会社は理念を社外に向け発信している」、「私の会社の理念には今後の進むべき道が示されている」など18項目が含まれている。明文化は単に理念を掲げるだけでなく、社会貢献、未来への追求など普遍的な内容も明文化の中に盛り込まれている。

第2因子は「経営における具現化」である。信頼性係数αは0.968である。「私の会社は理念を実践できる人を抜擢する」、「私の会社は理念を実践できる人を採用する」、「私の会社の経営陣は理念に基づく経営の実践を目指している」など15項目が含まれている。人事選抜、採用、経営判断、経営陣の姿勢、経営目標と事業展開等、様々な側面において具体的に理念が落とし込まれているかどうかが反映される。

第3つ目の因子は「理念の学習化」である。信頼性係数αは0.948であった。「私の会社では理念に関する研修が行われている」、「私の会社では理念の意味を教えるための研修が行われる」、「私の会社では理念の実践方法を教えるための研修が行われる」などの6項目が含まれている。研修を通して理念の内容を学んだり、理念の意味を考えたり、理念に纏わる交流を行ったりするなど組織的学習機会を提供する内容となっている。

明文化、具現化と学習化の平均と標準偏差はそれぞれ4.938(sd=1.463)、4.390(sd=1.276)と4.262(sd=1.463)であった。明文化が相対的に高い数字を示していることから、多くの企業では理念の明文化が進められていることが分かる。一方、具現化と学習化の平均が相対的に低いことから、まだ多くの企業では理念の具現化と学習化が明文化よりも遅れていることを示している。実証研究の結果、3因子が示されていることから、ある程度のSELのサイクル構造が検証されたと言える。ただし、項目の妥当性については今後も引き続き調査を進める必要である。

5.終わりに

本稿は理念型経営の起源を起業家精神に遡った分析した上で、表明・体現・習得というSELの構造を議論して、更に測定項目の開発を行った。企業の目的を明確に打ち出したパーパス経営よりも遥か前に日本の企業では社会的意義と存在意義を掲げた実践を行っている。

しかし、光と闇が同時に存在するように、理念型経営に対する疑問の声が存在することも事実である。創業者に対する個人崇拝を含めてまるで宗教活動のように批判され、社員に対する洗脳という懸念も存在する。理念型経営の特徴の強い会社を退職した元社員がかつて参加した活動に対する疑念と批判をまとめた著書も出版されている。更に、理念の浸透というのは、ある意味同質性を強調する故に、多様性に対する寛容が低いことも危惧されている。このことは理念型経営を行う上で特に陥りやすい問題であることから、今後、理念型経営に対する批判についても真剣に議論を深めていきたい。

謝辞

本稿は科学研究費補助金(22K01635)の研究成果の一部である。

参考文献
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  • 北康利 (2019) 『思い邪なし 京セラ創業者稲盛和夫』毎日新聞出版社
  • 京セラ株式会社 (2007) 『半導体産業黎明期における京セラ半導体部品事業の軌跡(総論)』半導体部品事業史作成プロジェクト
  • 末松千尋 (2002) 『京様式経営 モジュール化戦略―「ネットワーク外部性」活用の革新モデル』日本経済新聞社
  • 東洋経済新報社 (2022) 『CSR企業白書2022』東洋経済新報社
  • 野中郁次郎 (1990) 『知識創造の経営:日本企業のエピステモロジ』日本経済新聞社
 
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