Journal of Management Philosophy
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Four Categories and Two Perspectives of Philosophy Permeation Research : Exploration from the Overview of Overseas Philosophy Permeation Research
Tomoko AWANO
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2023 Volume 19 Issue 2 Pages 47-66

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【要 旨】

国内におけるミクロ的視点からの理念浸透研究は、2000年以降、各研究者の関心のある理論に基づき、展開されてきている。一方で、海外における理念浸透研究のレビューやそれらとの関係性については、十分に検討されてきていない。また、国内の研究においては、能動的モデルの検討が課題とされてきている。そこで、本研究においては、それらの課題を探求するべく、海外の理念浸透研究の振り返りを行い、国内の研究と比較した。その結果、4つのカテゴリー(アプローチ)が導き出され、それぞれの関係性も確認された。最後にそれらの分析を通じて、明らかとなった2つのパースペクティブを提示し、今後の理念浸透研究の新たな視座を提供する。

1.はじめに

日本国内においては、2000年以降、理念浸透に関する研究が増加している。その流れは、組織全体を捉えたマクロ的な研究と個人への浸透にフォーカスしたミクロ的な研究の2つの大きな流れがあり(高尾, 2009; 高尾・王, 2012; 田中, 2012, 2014a, 2014b; 野林, 2015, 2020; 瀬戸, 2017; 柴田, 2017)、それぞれにおいて、理念浸透そのものに関する研究と理念浸透による成果に関する研究が展開されている。理念浸透研究の全体像を示したのが表1である。

表1 理念浸透研究の関係図
ミクロ マクロ
浸透プロセス
浸透成果

2010年頃から、理念浸透に関するミクロ的研究(表1-①)が増加しているが、理念浸透の要因として、個人的な要因に着眼し、メカニズムを探求しようという流れが生じている。また、それらの研究においては、従業員の主体性や能動性に着目する必要性が提示されてきた(北居・田中, 2006, 高尾・王, 2012; 田中, 2012, 2014a, 2014b; 粟野, 2015, 粟野・高尾, 2018; 廣川, 2019; 粟野, 2019)。しかし、これらの研究は、国内の研究を主体として展開されてきており、海外の理念浸透研究を踏まえての論文は、ほとんど見当たらない。その中には、近年、個人のパーパスやミッションなどを扱う興味深い研究が確認されている。また、表1-①の研究においては、各研究者の問題意識から援用する理論が選択されており、それぞれの理論に基づいて理念浸透研究が展開されている。

そこで、本研究では、国内の理念浸透研究の課題を踏まえて海外の理念浸透研究を概観し、カテゴリー化を行うことによって、包括的に理念浸透を捉えつつ、新たな視座を提示することを目的とする。それにより、この分野の各研究の位置づけが明確になり、今後の研究においても包括的に捉えて研究を行うことが可能となり、結果として学問性を高めることに貢献できるのではないかと考えられる。第2節で国内の理念浸透研究の振り返りを行った上で、第3節では、海外研究の概観を振り返る。さらに第4節では、まずは3つのカテゴリーに関する研究を確認した上で、第5節で4つ目のカテゴリー(アプローチ)を確認し、そこから導き出される2つのパースペクティブを提示する。最後に第6節で本研究の意義と今後に向けての課題を提示する。

2.国内における理念浸透研究

2.1 国内研究の振り返り

国内におけるミクロ的研究としては、松岡 (1997)金井・松岡・藤本 (1997)が、ミクロ的な研究のきっかけとなり、その後の理念浸透研究に影響を与えた。松岡 (1997)金井・松岡・藤本 (1997)は、経営トップの強いリーダーシップによって、理念が表す価値が組織の末端まで浸透した状態をつくるという「強い文化モデル」への疑問から、「観察学習モデル」「意味生成モデル」を提示している。特に「意味生成モデル」は、Weick (1995)のセンスメイキング理論を援用したものであり、あいまいな環境の中から新たな意味が発見される状態をセンスメイキングと呼び、そうしたセンスメイキングは、議論や相互作用を通して、形成、共有されていくと述べている(松岡, 1997)。理念浸透は、受け手の個人の特性や状況によって変化するものであり、一律に同じように浸透するものではないという見方である。従って個別性に着眼し、浸透のメカニズムを明らかにしようとするミクロ的研究である。特に、意味生成モデルは、能動的に理念から意味を生成するというモデルなので、主体性・能動性の要素が含まれており、示唆に富む内容である。

しかし、問題点としては、以下のような点が指摘されている。矛盾やギャップから議論や内省が必ずしも生じないのではないか、矛盾から参照しない、理念を軽視する可能性(高尾, 2009)、「経験」や学ぶ側の「能動性」「成熟度合い」「長期的視点」の重要性(田中, 2012)などが言及されている。さらに考えられることとしては、対等な立場で話し合うことの難しさ、多忙さから話し合う時間をとることの難しさ、新人が問いを投げても先輩が押さえ込んでしまう危険性がある。それらを踏まえると、金井ら (1997)松岡 (1997)も触れているように、その本人が理念に対して自分にとっての意味を感じ、主体的に取り組んでいく姿勢があるか否かが重要である。観察学習やピアディスカッションは、他者がいて初めて成り立つものである。言い換えれば、他者次第によって、学習や気づきの内容は、異なってくる可能性が高い。主体性、能動性のある個人という観点からも、他者と交わる前に学習する本人が自分の価値観や考えを明確にしておくことが重要であると言える。

田中 (2012, 2014a, 2014b) は、松岡 (1997)金井・松岡・藤本 (1997)を踏まえた理念浸透プロセスの研究から、能動的モデルの検討や一人の個別性に着眼しライフストーリーや生涯発達という視点を踏まえた研究の必要性を提示し、シンボリック相互作用論を援用し、若手の社員に対する理念浸透プロセスについて明確にしている(田中, 2014a)。さらに、田中 (2014b)は、それまでの定性研究の集大成として、個人の経営理念浸透プロセスのモデルを提示している。しかし、これらの研究から、1人の人物を縦断的に追い続けた結果ではないという点、年数を追うごとに統一的意味に収束されていくという点から、以下の課題を挙げている。1人の個別性に着眼し、生涯発達やライフストーリーの観点からアプローチする必要性や理念の多義性についての議論の必要性、そして能動的モデルの検討である。

それ以外にも各研究者が関心のある理論を援用し、様々な視点からの理念浸透研究が行われている。例えば、北居 (1999)は、理念を「作者」、つまり経営者の立場から見るのではなく、実践する「読者」、つまり社員の立場から考えることが重要ではないかと提言している。受身ではなく、主体的存在としての読者の視点を取り入れて「内面化」を考えることの必要性を提示している。北居・田中 (2006, 2009) は、「内面化」という概念を援用して、理念浸透の要因や効果について探求している。また、高尾・王 (2012)は、組織アイデンティフィケーション1)を援用し、高尾・王 (2011)で導き出された理念浸透の次元(理念への共感、深い理解、行動への反映)と影響要因(組織に対する情緒的コミットメント、上司の理念に対する姿勢)を発展させ、理念浸透研究を行っている。組織アイデンティフィケーションも、組織との一体性や帰属への認知という意味からすると、組織の価値観を個人に内面化していく1つの形と位置付けられる。瀬戸 (2017)も組織アイデンティフィケーションの視点から、理念浸透プロセスを探求している。

萩原 (2010)渡辺 (2011)柴田 (2017)は、Lave and Wenger (1991)の状況的学習論を援用し、仕事や理念などを学習する過程で内部的、社会的相互関係からアイデンティティの変革や再コンテクスト化が生じるという研究を行っている。これらも学習を通じて内面化や組織アイデンティフィケーションが促進されると考えられる。

廣川 (2019)は、組織成員の内発的モチベーション(サイコロジカルエンパワーメント)に着眼し、その先行要因として、組織の理念と個人の価値観の一致を挙げ、定性研究にて検証している。粟野 (2019)は、主体的能動的個人のモデルとして注目されているジョブクラフティングモデル2)Wrzesniewski and Dutton, 2001)を援用し、個人の価値観と理念の統合プロセスの明確化を試みている。個人の価値観と理念の統合により、ワーク・アイデンティティや働く意味の発達が確認されている。また、槇谷 (2021)は、経営理念と個人活動の共進化要因として、理念と個人の信念の統合について触れている。福田 (2021)は、Senge (2006)の「学習する組織」を参考に、理念の掲揚、実践、会話からなる理念学習モデルを提示し、組織と個人のビジョンが融合した共有ビジョンの掲揚が描かれている。

ここまで、国内における個人に対する理念浸透の先行研究について振り返ってきた。主体的個人という視点から複数の論文で援用されている理論や着眼点としては、「センスメイキング」「内面化」「組織アイデンティフィケーション」「個人の価値観と理念の一致」が挙げられる。これらを踏まえて、理念浸透研究の課題を整理しておきたい。

2.2 理念浸透研究における課題からの2つの問い

国内の理念浸透研究を概観すると、2つの課題が見えてくる。

1つ目は、個人の能動性、主体性を踏まえた理念浸透メカニズムの探求である。この点に関しては、必要性について言及されているが、具体的な理念浸透のモデルは、まだ提示されていない。時代環境の変化から、その必要性は益々高まっているといえる。しかし、先行研究を確認すると、「センスメイキング」や「内面化」「組織アイデンティフィケーション」など、それぞれの援用される理論をベースに研究が進められており、どのような理論が存在するのか、それらの理論が相互に関係性があるのか、それら以外に援用できそうな理論はあるのかなどの疑問が残る。この点を確認することで、能動的・主体的モデルの検討に何らかの示唆を与えうることが考えられる。

2つ目は、海外の理念研究の確認である。柴田 (2017)によれば、海外における理念研究はそれほど多くはないとしている。しかし、それは、philosophy of managementやcorporate management philosophyをキーワードとして検索しているため(Wang, 2009)と考えられる。確かに、EBSCOで学術系の雑誌、企業向けの研究という条件で、management philosophy でタイトル検索すると10件しかヒットしなかった。Wang (2009)は、management philosophyは、企業経営の指針となる中心的で独特かつ永続的な概念、信念、原則、態度であるため、これにフォーカスしていると言及している。しかし、企業理念や経営理念をmanagement philosophyとしてしまうと、文献がかなり限定されてしまうのは否めない。国内の研究においては、企業理念や経営理念の定義として、1970年頃から企業経営の存在意義、目的、それらを実現するための指導原理、経営者の信念や信条などが挙げられているが、2000年以降は、経営者のみならず、組織成員も含む組織全体としての価値観や信条といった定義が挙げられている。近年では、様々な企業において、ミッションやバリュー、行動指針なども含めてWAYとし、広い範囲を企業理念として位置づけている。

そこで、海外の文献において企業理念、経営理念に相当する、もしくは、類似しているキーワードを探索したところ、ミッション・ステートメントというキーワードが数多く検索された。海外においては、Drucker (1974)が、理念の重要性を取り上げてから、50年にわたり、ミッション・ステートメントの研究が行われてきていた。クレド、フィロソフィー、コアバリュー、存在理由などを含めたミッション・ステートメントの研究として発展してきている。もともとミッション・ステートメントは、戦略立案の分野における研究テーマとして位置づけられていたため、戦略、ターゲット顧客、提供する商品やサービス、技術の特定などの戦略的要素も含まれるが、フィロソフィーの重要な要素やセルフコンセプトの特定(Pearce and David, 1987)、目的、バリュー、行動指針(Campbell and Yeung, 1991)なども提示されている。従って、日本国内における企業理念と同じ位置づけとして、ミッション・ステートメントを取り上げてもよいと考えられる。そこで、同様にmission statementでタイトル検索をしてみると200件がヒットした。海外における理念浸透に関する研究の少なさは、本当にそうなのか確認する必要がある。

以上のことから、理念浸透研究における2つの問いが考えられる。1つ目は、能動性・主体性に基づいた理念浸透メカニズムを探求する上で、援用している理論にはどのようなものが存在するのか、それらの理論に関係性はあるのかなどを確認する必要がある。2つ目は、海外研究における理念浸透研究の確認である。そこで、海外における理念浸透研究を探索し援用されている理論を確認した上で、国内研究との比較検討を通じて、理念浸透研究を概観していきたい。その探索を行うために、まず理念浸透の定義を確認しておく。

2.3 本研究における理念浸透と理念浸透研究の定義

個人に対する理念浸透の定義として参考になるのは、2つの説がある。1点目は、理念浸透には段階があるとする説であり、2点目は、理念が浸透した状態から検討する説である。

1点目は、松岡 (1997)高尾・王 (2012)で提示されている。例えば、松岡 (1997)は、「理念の存在を知っている。言葉を覚えている」という段階から「理念を行動に結び付ける。行動の前提となる。こだわる」までの四段階を提示している。2点目は、「現場での相互接触や議論を通じて、解釈のズレや現実の矛盾が解消され、意味が腑に落ちる状態」(金井・松岡・藤本, 1997)、「成員が行動をとる時の指針になったり、言動に反映されている状態」(田中, 2012)、「経営理念を自身の価値観や規範に取り入れ、行動に反映している状態」(廣川, 2019)などがある。どちらも、理念の受容や理解のみならず、行動化まで視野に入れている。そこで、本研究においては、理念浸透の定義を「個人に理念が受け取られ、自分のものとなり、理念に基づいた行動がとれるようになる過程」として、理念浸透研究の振り返りを行うこととする。また、理念浸透研究を「前述した理念浸透の定義を踏まえて、理念浸透の要因や効果や成果の分析を行う研究」として、ミクロにおける理念浸透研究の探索を行っていくこととする。

3.海外の理念浸透研究の概観

3.1 海外における企業理念研究

前述したように、Drucker (1974)が、理念の重要性を取り上げてから、50年にわたり、ミッション・ステートメントの研究は行われてきた。ミッション・ステートメントで検索した文献を確認すると、当初の研究は、ほとんどがトップマネジメントの視点からの研究であった。過去20年間のミッション・ステートメントに関する研究を分析したDesmidt et al. (2011)によれば、それらは、戦略マネジメント研究に関する鍵となる分野であり(Boyd et al., 2005)、ミッション・ステートメントの内容や質、推進要因や発展プロセス、またミッション・ステートメントに対する社員の態度などが成果にどのように影響を与えるかという研究がなされている。しかし、これらの研究は、ほとんどが組織の戦略推進のための理念浸透の要因分析であり、成果に関しても、組織にとっての戦略成果ということになる。また、理念浸透のメカニズムに関する研究は、あまり見当たらない。故にこれ以降の論文で、より理念浸透に特化した内容での探索が必要となってくる。

3.2 「センスメイキング」「内面化」研究の探索

理念浸透に関する研究の探索を以下のような手順で行った。まずは、国内研究で援用されている「センスメイキング」「内面化」という概念に着目し、検索した。この2つを選定した理由としては、国内における理念浸透研究において主体的個人という視点から、すでに複数の研究がなされているためである。「センスメイキング」は、あいまいな環境の中から新たな意味が発見される状態(松岡, 1997)とされ、「内面化」は、理念が内面に取り入れられ、個人の価値観となる(北居, 1999)と言及されている。これらは、どちらも個人にフォーカスしており、理念浸透の定義である「個人に理念が受け取られ、自分のものになり、理念に基づいた行動がとれるようになる過程」に影響を与えうると考えられるため、探索するに値すると考えられる。また、国内研究で着眼されている「組織アイデンティフィケーション」は、Kelman (1961)Ryan and Deci (2000)が内面化の1つの段階としてアイデンティフィケーションを挙げていることなどを踏まえて、「内面化」に分類する。

そこで、google scholarにて、mission statement internalization、mission internalization、mission statement sensemaking、mission sensemakingをキーワードとして検索を行った。検索した中から、「内面化」の観点から理念浸透を研究しているMarimon, Mas-Machuca and Rey (2016)、「センスメイキング」の視点から理念浸透を研究しているWang (2011)を発見した。それらの論文の引用文献と被引用文献を検索し、さらに本研究の問題意識と関係する6文献(Resh, Marvel and Wen, 2018; Malbašić, Rey and Posarić, 2018; Mas-Machuca and Marimon, 2019; Lleo, Rey and Chinchilla, 2019; Toh and Koon, 2017; Rey and Bastons, 2018)を同様に検索した。6文献を選択した理由としては、国内研究と同様であるが、本研究における理念浸透の定義にフォーカスし、分析を行っているという理由である。具体的には、これまで取り上げてきたセンスメイキングや内面化、アイデンティフィケーション等の文献と国内研究ではまだあまり着眼されていない個人と組織のフィットやマッチングに関する文献、個人のパーパスやミッションという視点から理念浸透を捉えているパーパスドリブンに関する文献である。個人のパーパスと組織のパーパスの一致という観点が提示されており、従来のアプローチとは異なるが、個人と組織の一致という視点とも捉えられるので取り上げることとした。これらの6文献の引用文献と被引用文献を検索し、それらの中から、企業理念や理念浸透に関係する文献を検索したところ、145文献が検索された。それらのタイトルやアブストラクトから、本研究の理念浸透の定義と符合する文献と判断し、抽出したのは、29文献であった(2021年12月)。次に、29文献の中から、前述したsensemakingと internalization、identificationに関する文献をピックアップした。sensemakingに関しては、5文献であり、internalization、identification、assimilationに関しては、8文献であった。sensemakingとidentificationを同時に取り上げている文献としては、2文献が確認された。

これらの研究の内容を確認すると、「センスメイキング」に関しては、Weick (1995)O’Connell (1998)などを引用し、理念浸透の概念として援用していた。センスメイキングは、意味生成と訳されるが、Weick (1995)によれば、個人のセンスメイキングと組織のセンスメイキングが存在する。これらの文献においては、個人のセンスメイキングが取り上げられていたため、個人が理念を受け取り、自分なりの意味を見つけるということになる。従って、理念浸透の定義の前半部分の内容と近く、「自分のものになる」きっかけを提供すると考えられるため、理念浸透概念のカテゴリーの1つと考えられる。

「内面化」に関しては、発達心理学などで使用される概念であり、Kelman (1961)を引用し、内発的動機づけに基づく内面化を援用していた。新たな規範や価値観が自分の内面に取り込まれ、自分の価値観や信条と統合し内発的な満足となると、受容やアイデンティフィケーションを超え、実践や成果につながっていく(Marimon, Mas-Machuca and Rey, 2016)。従って、これも理念浸透の定義とほぼ符合するため、理念浸透のカテゴリー(またはアプローチ)といえる。

また、「内面化」の1つともいえる「アイデンティフィケーション」に関して、Wang (2011)は、個人の自己概念に理念を取り入れようとする情緒的な受容と認知的な意欲のことであると指摘している。これも、理念浸透の定義の前半部分に近似しているため、理念浸透のカテゴリーといえる。同様に「アシミレーション(assimilation=同化)」も、所有され組織のメンバーによって共有される程度(O’Connell, Hickerson and Pillutla, 2011)と定義されている。従って、これらを理念浸透のカテゴリーとして含むこととする。

3.3 「センスメイキング」「内面化」以外の文献の探索

次に、「センスメイキング」「内面化」に含まれなかった文献の表題やキーワードから、理念浸透に相当する、もしくは関連しそうなワードを抽出したところ、Fit、Congruence、Matchが検索された。また、逆にMis-fitに関する研究も確認された。この点も含め、これらの4つのワードが検索された文献は、合計10文献であった。これらの研究は、理念と個人の一致にフォーカスした研究であり、国内においては、4文献のみであったが、海外においては、複数の文献が検索された。特に、2015年以降の文献が多く、近年注目されているテーマといえる。

「フィット・一致・マッチ・提携・調整」に関しては、個人と組織のフィット(person-organization fit)理論や価値観の一致(Congruence of Values)などを援用し、個人と組織の価値観やミッションのフィットやマッチングを扱っている文献であった。個人と組織の価値観やミッションが「フィット・マッチング」することは、理念浸透の定義である「個人に理念が受け取られ、自分のものになる」という点とも一致するため、これらの文献は理念浸透のカテゴリーの候補として考えられる。

結果として、いずれにも該当しなかった文献は、14文献であった。その中で、「個人のパーパス、ミッション・パーパスドリブン」という観点での文献が多く見受けられた。この概念は、他の3つのカテゴリー(アプローチ)とは異なり、理念浸透の定義だけでは捉えきれない内容であった。個人がパーパスやミッションを持っていることを前提とし、組織のパーパスやミッションとどのように調和していくのかという内容であった。能動的・主体的個人の視点からのモデルの探求という問いに関しては、何らかの示唆を提供してくれる可能性が考えられるため、4つ目のカテゴリー(アプローチ)とする。

以上のことから、「センスメイキング」「内面化・アイデンティフィケーション」「個人と組織のマッチング・フィット」「個人のパーパスやミッション・パーパスドリブン」というカテゴリー(アプローチ)に分類された。ネーミングに関しては、恣意的要素が入らないように、各カテゴリーで使用されているキーワードをそのまま使用することとした。これらのカテゴリーの探索を行うことによって、理念浸透研究の2つの問いの探求につながると考えられるため、次項にて各カテゴリーの定義を検討し、内容を確認していくこととする。

4.理念浸透の4つのカテゴリー(アプローチ)と各カテゴリーに含まれる研究

各カテゴリーの内容を確認するために、まずは、各カテゴリーに含まれる文献を挙げ、それらの共通点を確認することで、各カテゴリーの定義づけを行い、各文献の内容を概観する。

4.1 「センスメイキング」のカテゴリー(アプローチ)

このカテゴリーの研究としては、コミュニケーションにおけるセンスギビングとセンスメイキングに着眼したDesmidt and Prinzie (2008)、理念浸透をセンスメイキングとアイデンティフィケーションの観点から分析しているWang (2011)Deshpande and Tsai (2021)、センスメイキングによるエンゲージメントがいかに実践と成果に影響するかを探究しているMas-Machuca and Marimon (2019)、CSRミッションの観点からセンスメイキングのプロセスを探究しているAguinis and Glavas (2019)Virsiheimo (2020)などが挙げられる。

4.1.1 「センスメイキング」の定義

センスメイキングを提唱したWeick (1995)によれば、センスメイキングとは、「何ものかをフレームワークの中に置くこと、納得、驚きの物語化、意味の構築、共通理解のために相互作用すること、あるいはパターン化といったようなこと」と定義づけをしている。この定義に基づいて先行研究を確認したところ、理念やミッションをフレームワークとして、環境や出来事、組織の定義などを理解したり、解釈するという意味合いで捉えられている。

Desmidt and Prinzie (2008)は、従来の捉え方は、トップマネジメント層や伝える側のセンスギビングが中心だったとし、メンバー側のセンスメイキングのプロセスに焦点を当てる必要性に言及している。マネジメント層は、ミッション・ステートメントの解釈を通じて、組織のアイデンティティや組織において重要とされることをメンバーに伝え、メンバーはそれを受けて、自分なりに組織の定義や機能を解釈していくとしている。また、Wang (2011)においては、経営理念のセンスメイキングは、個人が経営理念に関する認知的地図を発達させるプロセスとして定義されるかもしれないとし、経営を導く中心的で独自性のある永続的なコンセプト、原則、態度を含む多様な解釈の可能性を備えた一連のアイデアで構成されていると言及している。これらの共通点は、理念やミッションをフレームワークとして、周囲に生じる出来事や組織の定義を理解することで、自分なりの解釈や認知のマップを発達させるということがいえる。しかし、Weick (1995)によれば、フレームワークとは、個人の価値観や信条などがフレームワークとなりうることも指摘されている。そのように考えると、個人の価値観や信条などのフレームワークに、理念やミッションを置くことで、納得や気づきや驚きなどが生じ、意味や共通理解が生じるということも考えられる。

また、「相互作用」についても確認しておく必要がある。松岡 (1997)は、センスメイキングとは、あいまいな環境の中から新たな意味が発見される状態であり、議論や他者との相互作用を通して、形成、共有されていくとしている。しかし、Weick (1995)によれば、相互作用とは2つの意味合いが考えられると指摘されている。1つは、他者との対話や議論や、周囲で起こった出来事などを見て、自分なりに解釈したり内省することなど、他者や環境などとの相互作用である。もう1つが、発見と構築の相互作用である。自ら気づいたり納得したことを形式知化し、創造するという発見や発明と構築の相互作用であり、必ずしも他者との相互作用を経なくても可能ということになる。

これらの共通点を踏まえ、「センスメイキング」の定義としては、「理念やミッション、もしくは、価値観や信条などのフレームワークに置くことで、理念そのものの内容や取り巻く環境や組織の定義などに関する納得、驚き、意味、理解が生じる相互作用プロセス」とする。その結果として、理念浸透の定義である「個人に理念が受け取られ、自分のものになる」きっかけができると考えられる。

4.1.2 このカテゴリー(アプローチ)に含まれる研究

Desmidt and Prinzie (2008)は、マネジメント層とメンバー層をメッセージを与える側と受け取る側と捉え、受け取る側の意味を管理する仕方と実践に与える影響について研究を行っている。結果として、同僚の影響、理念を理解し、自身の行動をコントロールしているという知覚がセンスメイキングの先行要因として提示され、効果としては、組織の戦略への支援的態度や個人と組織の一致が生じている。Aguinis and Glavas (2019)は、個人内、組織内、組織外の3つの領域におけるセンスメイキングのメカニズムを提示しているが、センスメイキングが生じる要因として、ワークオリエンテーション3)、モラルアイデンティティ、環境や共同の価値観などをあげている。組織内の要因に関しては、トップダウンより、ボトムアップの方がより、センスメイキングが生じやすい可能性を指摘している。この研究を踏まえて、Virsiheimo (2020)は一企業における11人の多様な役職や立場の対象者へのインタビューの分析から、有意義な感覚を取得するプロセスへの影響要因を明確にしている。CSRミッションの深い理解がCSRミッションの正当性に対する信頼につながり、センスメイキングが生じ、経験へとつながっていく。また、個人において、環境や共同に関する価値観が高く、個人のミッションを実現できると感じた時に、ミッションに基づく経験から有意義な感覚を生み出していた。これらの研究結果を踏まえると、「センスメイキング」の定義でも触れたように、個人の価値観や理念をフレームワークとして、センスメイキングが生じるということが言える。

センスメイキングの効果に関しては、アイデンティフィケーション、エンゲージメント、職務関与や行動的関与などによる成果があげられている。Wang (2011)は、理念に基づいた組織的な施策が理念のセンスメイキングやアイデンティフィケーションを介して、職務関与や組織市民行動に影響を与えることを確認している。「アイデンティフィケーション」は次節で取り上げる「内面化」に含まれる概念であり、Wang (2011)は「センスメイキング」の次に「アイデンティフィケーション」が生じると指摘している。しかし、Deshpande and Tsai (2021)においては、「センスメイキング」はマネジメントへの信頼、コミットメントや経営者の能力への満足感には影響していたものの、仕事への関与や組織市民行動に影響を与えないという結果が出ている。一方、ミッションの誘発性(mission valance)においては、影響を与えていたため、個人が組織の目的とつながっていると知覚できるならば、ポジティブな影響を与えるだろうと指摘している。以上のことから、センスメイキングのみでは、仕事への関与や組織市民行動には影響を与えるとは言い難いが、個人と組織のフィット・マッチングが感じられれば、影響を与える可能性が高いと考えられる。

Mas-Machuca and Marimon (2019)においては、ミッション・ステートメントの意味づけ、従業員のミッション関与、組織のミッション達成および認識された組織の成果の間の関係をモデル化している。結果としては、センスメイキングがエンゲージメント4)に影響することで、行動に関与し、成果につながるということが確認された。以上のことから、センスメイキングを第一ステップとし、その次にコミットメントやエンゲージメント、内面化の段階を経て、行動や実践につながると指摘している。理由としては、理念やミッションを行動や実践につなげるには、暗黙知と形式知の両方が大切であるとし、形式知は正しい意味の解釈に関係し、暗黙知は感情、さらにコミットメントやエンゲージメントに関係すると指摘している。このコミットメントやエンゲージメントは、理念やミッションの実行への努力や注意を向けたいと思う強い欲求を生じさせるので、行動化を促進させると言及している。さらに、Virsiheimo (2020)によれば、センスメイキングによって、理念を実感する経験を経て、有意味感が生じるとしている。これらの結果から、理念やミッションの理解、納得などを踏まえて、理念の実感を経験し、意味を感じたり、仕事や組織に対する共感や愛着などが生じる。それが「内面化」や「アイデンティフィケーション」につながり、職務関与や行動化を経て成果に結びついていくということになる。

これらの研究結果は、国内の研究でセンスメイキングの課題として挙げられていた点に関して新たな視点を提示している。

4.2 「内面化・アイデンティフィケーション」のカテゴリー(アプローチ)

このカテゴリーに含まれる論文としては、同化の観点からオーナーシップに着眼したKopaneva (2013)、内面化の浸透次元を探索したMarimon, Mas-Machuca and Rey (2016)Rey, Marimon and Mas-Machuca (2019)、グローバル企業における現地法人の社員のミッションやバリューの内面化に関して探求しているSekiguchi et al. (2019)、パーパスの内面化に着目したLleo et al. (2021)Ruiz-Perez et al. (2021)が含まれる。Wang (2011)Deshpande and Tsai (2021)は、前項でも取り上げているが、センスメイキングとアイデンティフィケーションの両方の観点から探求している論文であるため、この項でも取り上げる。

4.2.1 「内面化」の定義

これらの共通点としては、内発的動機に基づいた深いレベルの「内面化」である。「内面化」という概念は、外部にあるものを自分の心の中に取り入れていくという意味で使われているため、主に心理学の分野で研究されてきたものである。内面化にはレベルがあり、より深い内面化が定着につながったり、自分のものになると言及されている。例えば、Kelman (1961)は、より深い内面化を「他者の意見や行動が自己の価値体系と一致することから、その一致した対象の意見や行動をとりいれること」としており、O'Reilly and Chatman (1986)は「個人と組織の価値観の一致から生じる関与」と定義している。自分の価値観と一致することから、無理なく取り入れられ定着化していくということになる。それ故、内面化は発達心理学において頻繁に援用されている(Piaget, 1965; Kohlberg, 1969)。これらの定義からすると、個人の価値観との一致は、「内面化」の先行要因といえる。従って、内面化は一時的なものではなく、一度内面化されると長期的なスパンで自分の価値観となっていく可能性が考えられる。

以上のことから、本研究における「内面化」の定義としては、「組織の理念やミッションから、個人の価値観と一致することを取り入れ、内面に定着させていくこと」とする。これを理念浸透の定義と照らしてみると、「個人に理念が受け取られ、自分のものになり、理念に基づいた行動がとれるようになること」と近似するため、理念浸透のカテゴリーといえる。

4.2.2 「内面化」に含まれる研究

このカテゴリーにおいては、浸透の次元や促進要因に関する研究が複数見受けられる。

Kopaneva (2013)は、調整と同化は、組織のものに類似するプロセスであり、組織側からの一方的なものと捉えられる傾向があるため、従業員のオーナーシップが醸成されるコミュニケーションを通じた構築(communicative constitution of organizations)5)の必要性に言及している。促進する要因として、ミッションやビジョンの存在の認知、ミッションやビジョンに関する知識、日々の仕事との一致、リーダーのオーナーシップ、従業員にとっての重要性の知覚、日々のコミュニケーションにおいてミッションに触れる、ミッションに貢献したいと思う気持ちなどが挙げられている。

Marimon, Mas-Machuca and Rey (2016)は、2段階の調査を踏まえて、「ミッションの理解」「ミッションの重要性の理解」「目に見える上司のコミットメント」「目に見える同僚のコミットメント」「ミッションと実務の一致の知覚」「ミッションに関する反映・内省」「ミッションをたびたび想起すること」という7つの次元を提示している。この研究を発展させて、Rey, Marimon and Mas-Machuca (2019)は、「目的」の内面化に着眼し、自身の要因と職場の要因からなる7つの次元を提示している。

Lleo et al. (2021)Ruiz-Perez et al. (2021)は、組織のパーパスに関する研究を行っている。パーパスに関する知識、内面化、貢献という3点が、パーパスの実装を介して、組織市民行動に寄与することが明らかになっている。内面化においては、個人の価値観や信念と組織のパーパスが一致し共有することで、動機づけられ行動の促進に寄与すると指摘している。

Sekiguchi et al. (2019)は、発達的な仕事の割り当てや心理社会的なメンタリングがプロアクティブな社会化行動につながり、それによって組織へのアイデンティフィケーションが生じ、コアバリューの内面化に寄与するということを明らかにしている。

「内面化」の効果としては、国内の研究と同様の結果が挙げられている。職務関与や組織コミットメント(Wang, 2011)やミッションの調整や同化を通じた内面化によるオーナーシップ(Kopaneva, 2013)などがある。Lleo et al. (2021)Ruiz-Perez et al. (2021)においては、内面化が仕事の満足度やコミットメントに寄与し、パーパスの実装を介して組織市民行動につながることを明らかにしている。さらに、Ruiz-Perez et al. (2021)においては、組織内の他者への組織市民行動のみならず、近年注目が高まっている環境などへの持続可能的行動に寄与することも実証されている。Deshpande and Tsai (2021)においては、4.1.2で触れたとおり、組織市民行動に関して、他の研究と異なる結果のため確認が必要といえる。

これらの研究結果から、理念に関する知識や上司や同僚のコミットメントなど様々な促進要因が絡んで内面化が促進し、満足度やコミットメントなどが高まり、組織市民行動などの効果に寄与するということが言える。

4.3 「個人と組織のマッチング・フィット」のカテゴリー(アプローチ)

このカテゴリーは、3つの視点からの研究が存在した。1点目は、個人と組織の価値観の一致(Campbell and Yeung, 1991; Desmidt and Heene, 2003; Toh and Koon, 2017)に関するものである。2点目は、ミッション選好のマッチング(Zoutenbier, 2016; Carpenter and Gong, 2016)、3点目は、個人と組織のミッションのマッチング(Smith, 2016; Resh, Marvel and Wen, 2018; Malbašić, Rey and Posarić, 2018)などが含まれる。1点目は、個人の価値観と組織の価値観の一致に関するものである。このカテゴリーで最も早くこの視点に着眼したCampbell and Yeung (1991)は、個人の価値観と組織の価値観の一致がコミットメントに影響するということから、使命感の重要性に言及している。2点目は、ミッション選好のマッチングである。個人の好みとミッションが一致した場合、満足感が得られるということを検証している(Zoutenbier, 2016)。3点目は、個人と組織のミッションのマッチングについての研究であり、マッチングした場合、有意味性が生じ、努力につながるという結果が出ている(Smith, 2016)。逆に、個人と組織のミスフィットに関する研究も行われている(Abinash Panda, Rajen and Gupta, 2003; Kopaneva and Sias, 2015)。

4.3.1 「フィット・マッチング」の定義

これらの研究の共通点としては、組織の価値観やミッションとの一致という点であり、それは、組織文化との一致ということになる。何故なら、組織の価値観やミッションは、組織文化の要素(Schein, 1985)と捉えられていることから、ミッションとの一致はCampbell and Yeung (1991)が指摘する文化的一致(Cultural Alignment)といえる。Desmidt and Heene (2003)によれば、フィロソフィーや倫理は、文化的要素の視点と言及されている。また、個人と組織のフィット(person-organization fit)理論においても、組織文化との一致の重要性が言及されており(O'Reilly, Chatman and Caldwell, 1991)、それがコミットメントや満足感に影響し成果に寄与すると示されている。しかし、Zoutenbier (2016)によれば、個人と組織のフィット(person-organization fit)理論よりも、さらに限定した範囲での「フィット・マッチング」としてミッションの一致(mission alignment)や価値観の一致(value congruence)が存在すると言及し、より深いつながりが指摘されている。

従って、本研究においては、「フィット・マッチング」は、「個人と組織の価値観やミッションが一致する過程」と定義する。これは、理念浸透の定義である「個人に理念が受け取られ、自分のものになる」プロセスと部分的に符合するため、理念浸透のカテゴリーとして位置づけられる。

4.3.2 このカテゴリー(アプローチ)に含まれる研究

ここでは、理念浸透に関する研究ということで、個人と組織の価値観の一致に関する研究を確認する。Campbell and Yeung (1991)は、ミッションがより明確に定義されていることの重要性から、目的、戦略、行動基準、および価値観という4つの要素を含むミッションモデルを提示し、従業員の価値観と会社の価値観が一致したとき、組織へのコミットメントは最も深く「使命感」が生じると言及している。使命感は感情的なつながりであり、個人の価値観とミッションが一致し、より大きな目的が提示されていると、自己超越感や充実感、達成感を感じると指摘する。そして、従業員の価値観と会社の価値観が一致するとき、このコミットメントは最も深いと言及されている。

Desmidt and Heene (2003)においても、価値観の一致(value congruence)という概念を援用し、図1のようなミッション・ステートメントと組織の価値観の一致と、個人の価値観と組織の価値観の一致という2つが、組織的コミットメントにつながり、成果を生み出すと指摘している。個人の価値観と組織の価値観の一致から組織的コミットメントが生じ、成果につながると指摘しているが、価値観の一致によって、使命感(Sense of mission)が生じるとしている。

図1 個人と組織の価値観の一致と組織の成果に関するフレームワーク

出所:Desmidt and Heene (2003)

Abinash Panda, Rajen and Gupta (2003)においては、弱い情緒的コミットメントの先行要因として、ミッションの開発への中堅クラスや若手クラスの無関与、上級管理職のコミットメントの弱さ、支持される価値観と実際に組織に流布している価値観のギャップの知覚、望まれる価値観と支持される価値観、流布している価値観のギャップの知覚をあげている。それらによって、ミッションに対するオーナーシップの低下、トップマネジメントに対する裏切りや不信感、仕事に対する有意味感の低下が生じると指摘している。

Kopaneva and Sias (2015)は、個人の価値観と組織のミッションとの一致のために、4.2.2でも取り上げたCCOの観点を踏まえ、コミュニケーションの重要性に言及している。この研究において、従業員の認識が組織の公式のものと一致していないことが確認され、リーダーだけでなく従業員も、組織が何を表し、どこに向かっているのかについての知識の共有に貢献していることが確認された。

Toh and Koon (2017)も、人的資源管理などの戦略的施策との整合性(ミッションと戦略の一致)や文化的一致(ミッションとメンバーの価値観の一致)の成果への影響を検証している。結果として、戦略的整合性のみならず、文化的一致も併せての方がより成果に大きく影響することが明らかとなった。

以上の3つは、組織における戦略的な一致のみならず、文化的一致という側面の重要性に触れ、個人の価値観と組織の価値観の一致を捉えた内容になっている。

4.3.3 3つのカテゴリー(アプローチ)からの課題

各カテゴリーとも、国内の研究において言及されていた課題に対する示唆が確認された。例えば、センスメイキングにおいては、松岡 (1997)が指摘する矛盾や疑問、ギャップなどの違和感を経験や議論や内省などを通じて解消していくという流れとは異なるプロセスが確認された。個人の価値観と理念の一致から違和感なく、センスメイキングが生じるというプロセスである。また、従来の国内研究においては、議論や他者との相互作用に重点がおかれていたが、必ずしもそれらを通じてでなくても可能なケースが確認された。どちらにしてもこれらの点から、フィット・マッチングがセンスメイキングの先行要因になりうることが考えられる。

内面化においても、新たな視点が確認された。高尾・王 (2012)によれば、「認知的理解」や「情緒的共感」などが生じていても、「行動的関与」に至るとは限らないという結果が出ている。Lleo et al. (2021)Ruiz-Perez et al. (2021)において、指摘されている個人の価値観や信条と組織の目的やミッションとの一致がコミットメントや仕事の満足を生じさせ、実装や効果に寄与するという点は、重要である。この点は、Marimon, Mas-Machuca and Rey (2016)が指摘する内発的動機づけに基づく内面化とも符合する。フィット・マッチング研究で確認されているように、個人の価値観と理念との深いレベルでの一致は、使命感を醸成し、内発的動機やコミットメントを生じさせ、成果に寄与することが確認されているため、フィット・マッチングは内面化の先行要因となりうることが考えられる。

さらに、Wang (2011)Mas-Machuca and Marimon (2019)が指摘するセンスメイキングの次に内面化やアイデンティフィケーションが生じると指摘しているため、「フィット・マッチング」によって、「センスメイキング」が生じ、「内面化」によって深い定着化が図れるという関係性も考えられる。ここまでの内容を整理したのが表2である。

表2 理念浸透カテゴリー(アプローチ)の関係
浸透度合い 低度(浅い) 中度 高度(深い)
理念浸透のカテゴリー(アプローチ) 個人と理念のフィット・マッチング センスメイキング 内面化・アイデンティフィケーション

個人と理念のフィット・マッチングをきっかけに、センスメイキングが生じ、内面化・アイデンティフィケーションに至るというプロセスの可能性が見えてくる。また、各カテゴリーを単体で捉えるのではなく、各カテゴリーの相互作用によって、理念浸透の効果がより高まることが考えられる。粟野 (2019)においては、個人の価値観をベースに各カテゴリーを統合的に含んだ理念浸透プロセスが確認されているが、これらのカテゴリーの関係性については、実証研究でさらに確認していきたい課題である。

また各カテゴリーで検討されている浸透次元に関しては、重複する項目も複数見受けられた。浸透次元として並列に取り上げられているものもあるが、浸透次元と影響する変数が混在している。これらの関係性を確認する必要がある。また、影響を与える要因として、研究によって結果は異なっている点もあるため、実証研究で確認したい点である。

5.「個人のパーパス、ミッション・パーパスドリブン」のカテゴリー(アプローチ)

最後の「個人の目的やミッションに基づくアプローチ」「パーパスドリブン」は、近年上記の研究から生じてきたカテゴリーである。ここで取り上げているのは、Rey (2016)Malbašić, Rey and Posarić (2019)Rey and Malbašić (2019)Lleo, Rey, and Chinchilla (2019)Rey and Bastons (2019)Rey et al. (2019)Lleo et al. (2021)Ruiz-Perez et al. (2021)であるが、ほとんどが「パーパスドリブンの組織(Purpose-driven Organizations)(Rey, Bastons and Sotok, 2019)」に含まれる論文である。

5.1 このカテゴリー(アプローチ)に含まれる研究

Rey (2016)は、組織における個人のミッションの概念を明確にする4つの命題を提示している。その中の1つに「個人のミッションと会社のミッションをむすびつける」ことが挙げられている。ミッションは、人の動機のメインの源であり(Frankl, 1959)、仕事のみならず、私生活も含めた個人のミッションに基づいて生きることで、オーセンティック6)George, 2001)、意味生成(Rosso et al., 2010)が可能になり、高い成果、新たな能力やスキルを生み出すと指摘する。さらに、個人と組織のミッションは親密な関係にあり、それらの発達の相互関係にも言及している。

Rey and Bastons (2019)においては個人のミッションや目的の明確化と実践に必要な3つの次元として、「知識」と「モチベーション」「行動」(Rey and Bastons, 2018)をあげ、その3つの次元の関係性において、内面化(Internalization)、実行(Implementation)、そして統合(Integration)が生じると指摘している。さらに、4.2でも取り上げたLleo et al. (2021)Ruiz-Perez et al. (2021)は、目的に関する知識と内面化、貢献が目的の実装に正の影響を与えるという研究を行っている。目的の内面化においては、個人の価値観や信条と目的が一致することが重要であり、それにより動機づけされると指摘している。

個人と組織のミッションや目的の適合や調和を取り上げたMalbašić, Rey and Posarić (2018)Rey and Malbašić (2019)は、リーダーシップやマネジメントとの関係性について言及している。Rey and Malbašić (2019)は、目的の流動性と目的の相乗性という2つの次元を挙げ、図2のようなPurpose synergyを生み出すことの重要性を指摘している。お互いの重なり合う部分をいかに発見し、相乗効果を創出していくかが重要である。

図2 パーパス・シナジー

出所:Rey and Malbašić (2019)

5.2 このカテゴリー(アプローチ)の定義と新たなパースペクティブ

これらの研究に共通する点としては、他の3つのカテゴリーと異なるパースペクティブに基づいているという点である。それまでの研究は、組織のタスクや機能やプロジェクトに焦点が当たっていた経済的な最大化のみにフォーカスしていたパースペクティブに対し、これらの研究は、人類学やヒューマニスティックに基づいた社会貢献的な目的も踏まえた統合的なパースペクティブの視点から、個人のより深い存在理由、人生のミッションについて考える重要性に言及している。故に、個人のより深い存在理由や人生のミッションが先にあって、その実現のために組織で働く意味や目的が存在するということになるため、理念に対しても、よりオーナーシップを持つことが可能となり、実践や行動に結びつきやすいと考えられる。位置づけは、他の3つのカテゴリーよりも、個人がより能動的主体的な存在として捉えられている。以上のことから、このカテゴリーの定義としては、「個人も自己の目的やミッションに基づき実践することで、組織の目的やミッションに貢献し、お互いに活かしあい、進化し続けること」とする。

しかし、この定義は「個人に理念が受け取られ、自分のものになり、理念に基づいた行動がとれるようになること」という理念浸透の定義は含まれてはいるが、これに含まれていない意味合いも存在する。従って、理念浸透とは別の概念の必要性が考えられる。つまり「フィット・マッチング」「センスメイキング」「内面化」は、理念浸透のパースペクティブといえるが、「個人と組織のパーパス・ミッション」のカテゴリー(アプローチ)は、それらとは別のパースペクティブと考えられる。

これは、前提が異なるためであり、理念を受け入れるという意味合いの理念浸透というより、理念を共有し、お互いに活用するという前提であった。3つのカテゴリーと四つ目のカテゴリーは、前提が異なるグループと考えられる。そこで、最初の3つのカテゴリーは、理念浸透のパースペクティブ、4つ目のアプローチは、理念共有・活用のパースペクティブに基づくグループとする。

4つのカテゴリー(アプローチ)の関係性も踏まえて整理したのが表3である。理念共有・活用パースペクティブは、現時点では、個人のミッション・パーパスに基づくアプローチのみであるが、今後、このアプローチにおいても、共有・活用の程度に基づく分類の可能性も考えられる。

表3 理念浸透・共有・活用のカテゴリー(アプローチ)の関係
程度 低度(浅い) 中度 高度(深い)
理念浸透
パースペクティブ
個人と理念のフィット・マッチング センスメイキング 内面化・アイデンティフィケーション
理念共有・活用
パースペクティブ
個人のミッション・パーパスに基づくアプローチ

6.本研究の意義と今後に向けての課題

海外の研究も含めて、個人への理念浸透研究を確認し、カテゴリー化を試みた研究は、従来の研究においては、まだ見当たらない。前述した理念浸透研究における2つの問いの1つである能動的モデルの探求に向けた理念浸透概念の明確化として、3つのカテゴリー(アプローチ)と4つ目のカテゴリー(アプローチ)を明示できたことは、理念浸透研究にとって意義があると考えられる。特に、これらの3つのカテゴリー(アプローチ)は、従来の研究では、それぞれの概念ごとに理念浸透の次元や変数を作成し検討されていたが、3つすべてを理念浸透次元として取り上げ、多面的・包括的に理念浸透の現状を捉えることが可能になると考えられる。それぞれの研究が理念浸透のどのカテゴリーを探求しているのかを認識することが可能となる。

また、4つ目のカテゴリー(アプローチ)に関しては、理念研究でもほとんど触れられていなかった点であり、今後の理念浸透研究にとっても意義があると考えられる。従来の理念浸透のパースペクティブではなく、理念共有・活用のパースペクティブであるという点は、今後の理念浸透研究に新たな方向性を提供する研究課題(リサーチ・アジェンダ)にもなりうる。

今後の課題としては、この4つの関係性の検討である。特に、3つのカテゴリーの関係性はどのようになっているのか、その中から個人のパーパスやミッションが生じるのか、生じるとすればどのように生じるのかという点については、実証研究で明らかにしたい点である。また各カテゴリーで挙げられていた理念浸透次元や促進要因についても、プロセス全体を踏まえて包括的に確認していくことが求められる。

謝辞

本論文の作成にあたり、東京都立大学の高尾義明先生には、長期にわたり、適切な助言と丁寧なご指導をいただきました。海外の論文のレビューを行うというチャレンジは、先生の助言なしには不可能だったと思います。心より、感謝申し上げます。また、いつも刺激的な対話や暖かい励ましをくださいました日置弘一郎先生はじめ「利他の構造」出版プロジェクトの先生方にも厚く御礼申し上げます。最後に、昨年ご逝去された三戸公先生には、レビュー論文を初めて見ていただき、研究に対する姿勢や心構えを教えてくださいました。この論文を読んでいただけなかったことは、大変残念ですが、心より感謝申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げます。

1)  組織との一体性や帰属についての組織成員の認知のことである(Ashforth and Mael, 1989)。

2)  個々人がタスク、関係性、認知という3次元の変更を行うことによって、仕事を作り上げることであり、3次元のクラフティングを通じて、ワーク・アイデンティティ(WI)や働く意味の変革や創造が生じ、それがまた次のジョブ・クラフティングのきっかけとなるという循環型モデルが提示されている(Wrzesniewski and Dutton, 2001)。

3)  仕事の捉え方のことであり、仕事をお金を得るためのものとして捉えるか、キャリアとして捉えるか、天職として捉えるかという3つの捉え方が提示されている(Bellah et al., 1985)。

4)  エンゲージメントとは、認知的、情緒的、行動的要素を含んだ愛着心のことであり(Saks, 2006)、組織のゴールのために努力するモチベーションの機能やツールになりうると指摘されている。

5)  コミュニケーションによって、従業員同士が話し合い、自分たちにとっての意味を構築していくという理論である。

6)  Harter (2002)は、自分の考え、感情、ニーズ、欲求、または信念を含む、自分の個人的な経験を所有していることと説明している。それは、自己認識し、自分が真に考え、信じていることを表現することによって、本当の自分と一致して行動することを含む(Luthans and Avolio, 2003)。

参考文献
 
© The Academy of Management Philosophy
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