Journal of Management Philosophy
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Effects of the Uniform on Employee Retention: An Empirical Study in Security Services
Masaya MIYAZAKI
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2024 Volume 20 Issue 2 Pages 29-40

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【要 旨】

服装が組織内の人々の意識や行動に一定の影響を及ぼしうることは、企業制服に関する研究によって以前から示されている。昨今はドレス・コードを緩和して制服の着用を義務付けない傾向が産業界に広まりつつあるが、企業が組織として制服を採用するメリットや従業員が制服を着用するメリットが全面的に消失したわけではない。一部の業種においては、制服が必要不可欠な場合もある。本稿では、制服がその職務遂行上において重要な意味合いを持つと考えられる代表例として、警備会社・警備員を分析対象に取り上げる。その上で、警備員の制服そのものが、従業員としての警備員自身に与える影響、職務遂行時の周囲の人々に与える影響、雇用側の警備会社に対する影響を調査から明らかにする。実際に調査データを使って分析した結果、着用する制服への肯定感が高い警備員は離職しにくい傾向をもつこと、さらに制服への肯定感が高い警備員はお客様を含めた周囲の人々との対人関係を良好に形成でき、その良好な対人関係のもとで人材の定着が促される傾向があることがわかった。これらの結果は、高い離職率に悩んでいる警備業界に対して、制服による人材定着効果の存在を示唆している。

1.はじめに

昨今のリモートワークの普及により、自宅でどのような服装で仕事をするのが従業員の能率を高めるのかについて研究の関心が向けられている。Bailey, Horton, and Galinsky (2022) の実験結果によると、上半身だけ仕事着で下半身を部屋着で在宅勤務した場合にはその不調和感が負の影響を従業員にもたらすが、一方で上下ともカジュアルな装い、あるいは上下とも仕事着のほうが心理的な調和感を生み、従業員に好影響をもたらすと報告されている。このように服装が人々の意識や行動に一定の影響を及ぼしうることは、実は以前から企業制服に関する研究によって示されている。

例えばRafaeli and Pratt (1993) は、服のデザイン的な特異性ならびに組織成員の多数が同じ服を着用することから発生する外見的な同質性が、社内外の人々の意識や行動に影響を与えうることを指摘している。彼らは、企業の制服が従業員の個人レベルに与える影響(コンプライアンス遵守で職務に忠実に取り組む点、正統性を得て職務を遂行できる点)と、組織レベルに与える影響(企業イメージを顧客に伝えやすくなる点、役割や職位判別のしやすさと人材管理が効率化できる点)を整理して示している。昨今はドレス・コードを緩和して制服の着用を義務付けない傾向が産業界に広まりつつあるように思われるが、一方で上記の研究が示すように、企業が組織として制服を採用するメリットや従業員が制服を着用するメリットが全面的に消失したわけではない。一部の業種においては、制服が必要不可欠な場合もある。

そこで本稿では、制服がその職務遂行上において重要な意味合いを持つと考えられる代表例として、警備会社・警備員を分析対象に取り上げたい。その上で、警備員の制服そのものが、従業員としての警備員自身に与える影響、職務遂行時の周囲の人々に与える影響、雇用側の警備会社に対する影響を調査から明らかにしたい。その際に筆者は、とくに経営主体である警備会社の視点で調査を一貫して進めてきたため、制服が企業経営にもたらしうる利点を調査結果から議論したい。警備業の実態として、専門知識や経験がなくとも誰にでもできると世間から思われているために競争の激しい職種となり、給与も低くなりがちなため、人材が定着せず、その離職率の高さが経営上の問題になっている(谷岡, 2013)。本稿の最終目的は、企業制服そのものが当該企業への人材定着に貢献して離職率の低下に寄与できる可能性の有無を明らかにすることに置きたい。

次節では、題材の警備業に関する先行研究と企業制服に関する先行研究をレビューして、以後の調査で検証すべき作業仮説を導出する。

2.先行研究レビュー

2.1 警備業について

数少ない警備業に関する研究の中で、田中 (2012) の著作はその全体像を伝える重要な基本文献である。彼自身が警備員として働きつつ参与観察的に研究した成果がまとめられている。まず、その3章で整理されていた大手警備業と中小警備業の経営特性の違いが、本稿では参考になる。同書によると、大手警備業は特定の顧客との間で長期安定的な契約を獲得しており、雇用を安定させやすいので離職率が低い。それゆえ人員を固定しやすく、人材教育や指揮命令系統も確立しているので、質の高い警備サービスを顧客に提供できるという。他方で中小警備業は、一時的なイベントや大手の下請的な仕事を中心に、単発的な短期契約の仕事がほとんどであるため、雇用関係も不安定になり、人材の流動性が高くて離職率も高い。それゆえ警備員の担当場所も非固定的で現場に不慣れな人が警備するため、当然に警備の質も低下する。結果的に、低サービス品質→受注不安定→人材確保困難→……という構造的な悪循環に陥りがちだとされる。人材を定着させて安定的に経営できる大手警備会社は数社しかなく、全国に存在する約9,000社の警備会社(田中, 2008)のほとんどがこうした中小警備業として経営されているのが実態である。

さらに同書の5章と6章を参照すると、図1のような警備員の直面している労働環境が見えてくる。警備業に人材が定着せず、高い離職率を生み出す背景的な要因としては、低賃金・不安定な雇用・長時間就労・3K労働など、他の業種にも見られる一般的な要因が確かに存在する。一方で、警備業に特殊的な要因がいくつかある。例えば、現場への直行直帰に由来する会社所属意識の希薄さ、専門知識や経験不問という学習・成長機会の欠如、そして最も警備員に特殊的な要因、無事故「異常なし」を達成した職務成果を周囲の人々に理解してもらえない虚無感などがある。これらが職務に対する充足感を妨げると同時に、「やる気」や「誇り」を持ちにくくさせている状況がある。その結果、警備員の職業的魅力が低くなり、離職率が高まる因果関係を図1は示している。

図1 警備員の労働環境

出所:筆者作成

Walker (2001) によると、適正な報酬、やりがいのある仕事、学習と成長の機会、職場の良い人間関係、他者からの承認、ワークライフバランス、社内の明確な意思疎通、これらが企業への人材定着に貢献する重要な要因だという。警備業については、これらすべての要因を残念ながら満たせていないといえる。とくに警備会社として人材を定着させて離職率を下げるためには、警備員が自身の職務に充実感を覚え、周囲の人々から評価・承認されていると感じられるような施策を打つ必要があるだろう。やはり強調すべき点は、顧客(警備サービス発注者)や現場周囲の人たち(警固対象者)に対して、警備員の職務成果「異常なし」の重要さを認識・理解してもらうことだと思われる。「目立つ」制服を着た警備員が仮にいなかったら、この場所は安全だっただろうか。現場における制服の警備員の存在意義を周囲の人々が承認し、さらに警備員もまた自らの働きに自信と誇りを持てる状況が求められている。

以上の観点を踏まえ、本稿では、警備員の役割的な存在感を際立たせる「制服」に焦点を当てた研究を実施する。制服そのものが、警備員のタスク充実感や、周囲との対人関係に及ぼす影響の適否を検証し、さらに警備員人材の定着に貢献するか否かを解明したい。

2.2 企業制服について

スポーツ・チームのユニフォームが人々の意識や行動に一定の影響を及ぼしうることは従来研究されている。例えば、黒色ユニフォームのフットボール・チームには反則の数が多い現象を分析したFrank and Gilovich (1988) は、着衣の黒色が審判の判定に対してバイアスを与えることと、さらに選手自身に対して心理的な攻撃性を増加させる傾向があることをその理由として挙げている。また格闘技の種目においても、赤色ウェア着用者のほうを審判が高得点で評価しがちであること(Hagemann, Strauss, and Leissing, 2008)や、白色と青色の柔道着の対戦の場合には背景との対比で視認性が高い白色は動きを読まれやすくなるので青色着用者のほうが競技上有利になる効果(Rowe, Harris, and Roberts, 2005)が指摘されている。一方、学校制服の採用効果を検証した研究によると、制服の着用が生徒たちの学習意欲に作用して出席率を高める効果があったとの報告もある(Gentile and Imberman, 2012; Evans and Ngatia, 2021)。これらユニフォームに関する研究と同様に、企業制服に関する研究においても、(1)着用者本人への影響と、(2)着用者の周囲の人々への影響の2種類があることがわかっている。

まず、(1)制服の着用者本人への影響について。看護師(Show and Timmons, 2010)、ホテル従業員(Suhag, 2015)、銀行員(Evelina, Angeline, and Mariani, 2015)を対象にした各調査結果によると、同じ制服を着用する従業員どうしに一体感とチーム・スピリットが生まれること、制服そのものが従業員の自尊心とモラールを高める効果を持つこと、さらに制服が職業意識とプロフェッショナルな自己イメージならびにポジティブな自社イメージの形成を促すことから、制服によって従業員が誇りを持って働きやすくなり、職務上のタスク充実感が高まる(Ashrafovich, Sobirjonovna, and Tokhirovich, 2021)と示唆されている。とくにホテル従業員に対する包括的な研究調査(Nelson and Bowen, 2000)では、着用中の制服に対して自らが持つ好感・肯定感が、従業員の職務態度に正の影響を与え、従業員満足の向上、さらにサービスを受ける顧客の満足向上につながると指摘している。

しかしながら、制服が従業員の職務態度に与える影響については、異なる調査結果も存在している。同様のホテル従業員であっても、地域・文化的な背景が異なると制服が職務上の充実感に与える影響に差が見られるとの報告(Karch and Peters, 2017)がある。他方で、スポーツ施設のパート従業員を調査した研究(Mahoney and Pastore, 2014)では、制服が職務上の充実感に与える強い影響は認められなかったという。このように調査対象によって結果が様々であるものの、制服それ自体が、従業員の自尊心や職業意識に基づく心理的なタスク充実感を向上させる一定の効果を持つことは否定できない。

次に、(2)周囲の人々への制服の影響について。制服そのものが人々に与える心理的な影響は、とくに警察官の制服デザインとの関係で議論されている(Johnson, 2001)。警察官の制服が市民の認識に与える影響を、ブレザー・タイプと伝統的なタイプとで比較した研究(Mauro, 1984)によると、伝統的な制服のほうが敵対行為を緩和して信頼感や有能さを市民に感じさせていたという。一方、一般労働者の着衣のタイプにおいて、カジュアルな装いとスーツ姿を比較した心理実験研究(Gurney et al., 2017)では、男性・女性ともにスーツ姿のほうが他者に対して有能さの印象を与えうると指摘している。また、個人顧客を相手にする銀行で女性銀行員に制服を着用させた経緯の歴史研究(Barnes and Newton, 2022)では、制服によって彼女らが顧客からポジティブに受けとめられて信頼性とプロの職業人イメージを獲得したことが詳述されている。

このように企業制服の場合は対顧客関係の視点が重視される。ホスピタリティと美的外見が要求される接客サービス業を対象とした研究(Warhurst and Nickson, 2007)では、従業員個人の容姿に左右されずに企業全体としての良いイメージを確立するための手段として制服やドレス・コードが有用だと指摘している。さらに、制服がブランド育成行動を従業員に促す効果をもつと、B to Bセクターのドイツ中小企業を対象に実施した調査でも報告されている(Baumgarth, 2010)。そしてMijan, Noor, and Jaafar (2020) は、マレーシア中小企業への調査結果から、制服はブランド独自性を構築する有形の戦略的資源に位置づけられると考察している。実際に、航空会社乗務員の制服デザインやカラーが、各社の文化的価値観やブランド・イメージを顧客に伝えることで自社と他社の見分けを容易にしている事例もある(Lakshmi and Pooja, 2017)。

以上のように企業制服は、良い企業イメージを与えるツール、企業文化やプロフェッショナリズムを表すツール、深い倫理観や信頼感を示すツール、競合他社から目立つための差別化ツール、従業員みずから適切かつ丁寧に振る舞うようにするツールとして(Evelina, Angeline, and Mariani, 2015)、顧客をはじめとする周囲の人々と従業員との対人関係に一定の影響を与えている。

最後に、(3)制服が企業における人材定着(離職率の低下)に与える影響について。まず、米国フロリダ州の警察官に対して「現状を不快に感じていて仕事を変えたいと思わせる要因」を尋ねた調査研究(Paoline III and Gau, 2020)の結果では、職務満足度の水準で回答者を分類した高/中/低の3集団すべてにおいて、制服や装備への不満が回答で最も多かった(次点は給料水準への不満)。それゆえ、制服には「衛生要因」的な側面があると同研究は指摘し、人材の定着をはかる第一歩として、制服・装備の改善が良いだろうと考察している。他方で、米国のホテル清掃員を対象とした調査研究(Ohlin and West, 1993)では、9割以上の企業で福利厚生施策の1つとして従業員に制服が支給されていたが、それが離職率の低下に及ぼす直接的な効果は確認できなかったと報告している。

一方で、制服の着用が従業員の役割意識を明確化させて、当人の職務上の充実感を高めた結果として間接的に組織へのロイヤルティが高まるのであり、制服は人材定着に直接的な影響を及ぼしていないとする研究もある(Gaertner, 1999)。また、米空軍病院の勤務医を対象とした調査結果(Kim et al., 1996)においても、役割の明確性が組織コミットメントを向上させ、それが結果的に人材定着に寄与する関係性が見出されたが、制服による役割の明確性が人材定着に与える直接的な影響は認められなかった。このように制服の直接的効果は確認できないものの、制服がもたらす役割の明確性が従業員の職務態度やタスク充実感を高め、それらを経由して間接的に人材定着に寄与しているとする見方もある。とくにプロフェッショナルな職業であるほどタスク充実感と離職の関係性が強く、またサービス業のほうがタスク充実感と離職の関係性が強いといわれている(Cotton and Tuttle, 1986)。

さらに低い離職率をもたらす重要な要因としては、自らの仕事の有意義さを実感することのみならず、当人を取り巻く周囲の人々からの評価を得られる良好な対人関係が挙げられる(Ramlall, 2004)。組織の文化的価値観として、タスク重視であるより人間関係重視であるほうが人材定着への影響効果が大きいとの指摘がある(Sheridan, 1992)。実際、職場環境の特性として、学習や成長を促す風土や、互いをポジティブに承認し合う風土が人材定着にプラスの影響があるとされる(Kyndt et al., 2009)。「網の目の中にジョブを入れる」かたちで社内外のコミュニティに埋め込まれている従業員であるほど離職しにくくなるとMitchell, Holtom, and Lee (2001) は主張している。制服が顧客や同僚など周囲の対人関係に影響しうることは先のレビューで明らかになっていたが、これらの先行研究を踏まえれば、制服によって形成される対人関係がさらに人材定着に対しても間接的な影響を与えていると考えられる。

上述の企業制服に関する研究レビューをまとめると、以下の5点がいえる。第1に、制服にはそれを着用する従業員の職務上のタスク充実感を高める内面的な効果が存在しうる。第2に、制服にはそれを着用する従業員とその周囲の人々(同僚や顧客など)との良好な対人関係を形成する外面的な効果が存在しうる。第3に、制服それ自体が従業員の人材定着に直接的に寄与するかどうかは研究対象によって異なりうる。第4に、制服がそれを着用する従業員のタスク充実感を高めた結果として間接的に人材定着効果を発揮する場合がありうる。第5に、制服がそれを着用する従業員と周囲との対人関係を良好に形成した結果として間接的に人材定着効果を発揮する場合がありうる。

3.分析デザイン

3.1 作業仮説の設定

先行研究レビューに基づき、次の5つの作業仮説を設定する。まず、警備員は自らの職務に対してやりがいや誇りを抱きにくくタスク充実感を得られない状況が一般的にある。この問題と警備員が着用する制服との関係性を検証するため、仮説1「制服に対する心理的な肯定感が高いほど、警備員は高いタスク充実感を得られている」を提示する。

次に、警備員はその職務成果を周囲の人々に認められにくく良好な対人関係を形成しにくい状況が一般的にある。しかし、警備業務の役割性を明確にして他者に伝達する道具として制服が機能する可能性もある。この関係性を検証するため、仮説2「制服に対する心理的な肯定感が高いほど、警備員は良好な対人関係を形成できる」を提示する。

そして警備員の離職率が高く、人材の定着に苦心する警備会社が多いという現実がある。この問題に対して制服が人材定着にどのように影響しうるのかを検証するため、次の3つの仮説を立てる。まず、制服の人材定着に対する直接的な効果の有無を検証するため、仮説3「制服に対する心理的な肯定感が、警備員の人材定着を直接的に高める」を提示する。

さらに警備員の人材定着に対して、制服が他の要因を介して間接的に与える影響を検証するため、仮説4「(制服肯定感からの影響を含めて)タスク充実感が高いほど、警備員の人材定着が向上する」と仮説5「(制服肯定感からの影響を含めて)対人関係が良好であるほど、警備員の人材定着が向上する」を提示する。

3.2 分析対象と分析手法

作業仮説を検証するため、本稿ではアンケート調査を実施して、警備員の態度データを収集した。調査対象は、愛知県に拠点を置く中堅警備会社N社に正社員として所属する全警備員142名である。具体的には2022年6月から7月にかけて同社が行った従業員向け健康診断の際に調査票を配布し、101名から回答を入手した(回収率71%)。うち有効回答者数は92名分であった。この特定の企業に所属する全警備員を対象にした全数調査データを以後の分析で使用する。

この調査票の質問項目はNelson and Bowen (2000) で使用されている34項目を参照して作成した。英語の質問項目を日本語に翻訳し、警備員に対する質問内容へと語彙や言い回しを変更・調整し、いくつかの質問項目を削除や統合した結果、表1の24項目からなる質問票となった。回答の形式は、5件法(5: 非常にそう思う, 4: そう思う, 3:どちらでもない, 2: そう思わない, 1: 全くそう思わない)である。なお、Q11からQ24が制服に対する心理的な肯定感を測定する項目、Q1, Q2, Q3が制服のもつ内面的な効果であるタスク充実感を測定する項目、Q4, Q5, Q6, Q8が制服のもつ外面的な効果である対人関係を測定する項目、Q7, Q9, Q10が人材定着効果を測定する項目である。

表1 調査票の質問項目

出所:筆者作成

ただし本調査に入る前に、この調査票の実効性を確認するためのパイロット・スタディを実施した。2021年11月にN社の協力のもと、53名の警備員に対して調査票を試験的に回答してもらった。この実施により、調査票の配布方法・質問項目・分析方法に問題点がないかを確認した。また、ここで得られたデータを簡易的に整理して、2022 年 5 月 12 日にN社の代表取締役と管理担当者の2 名に報告し、その結果について議論した。彼らから見て、とくに異常な回答結果もなく、本研究で使用する調査票の実効性が確認できた。これを受けて本調査へと進んだ。このような手続きを経て収集した全データの整理と要約的な分析結果は、渡邉 (2023)で報告している。

本稿では、上記で得られた警備員の態度データを使用して、多変量解析を実施する。具体的には、5つの作業仮説を同時並行的に検証することを目的として、構造方程式モデリング(SEM)による分析を行う。

4.分析結果

まず、調査票のQ11からQ24の項目が本稿で注目している潜在変数である「制服肯定感」を的確に捉えられているかどうかを確認することを目的として、これらの項目データを使用する因子分析(最尤法 / Varimax回転)を実施した。その結果、2つの因子が存在しうることがわかった。第1因子(固有値5.66, 寄与率53.2)はQ11, Q12, Q13, Q14, Q15, Q16, Q17, Q18, Q19, Q20, Q22, Q23の項目から構成され、第2因子(固有値1.52, 寄与率14.3)はQ21, Q24から構成されていた。この第2因子は、制服への心理的な肯定感というよりも制服のデザイン選択に関わる因子だと考えられる。

さらにKaiser-Meyer-Olkinの標本妥当性指標(MSA)を各項目について確認してみると、Q21は0.48、Q24は0.47で「容認できない」水準であった。またQ20, Q19, Q22は0.75から0.8で少し低い水準を示していた。そこで以下の分析では、Q21, Q24に加えてQ20, Q19, Q22の5つの質問項目を除外した残りの9項目(すべてのMSAは0.9以上)によって「制服肯定感」が構成されると仮定する。実際、Q11, Q12, Q13, Q14, Q15, Q16, Q17, Q18, Q23を対象にした因子分析では、一因子(固有値5.17, 寄与率80.3)のみが導出され、この結果はカイ2乗検定において有意(p値= 0.003)となっている。

このように定義された「制服肯定感」が、仮説1の「タスク充実」に与える効果、仮説2の「対人関係」に与える効果、仮説3の「人材定着」に与える効果、そして仮説4と仮説5の間接的に「人材定着」に与える効果を検証することを目的として、図2のような因果モデルを想定してSEMを実施した。

図2 SEMによる分析結果

出所:筆者作成

図2において、質問項目に対して伸びる矢印に付された値は因子負荷量を表す。「タスク充実」と「対人関係」と「人材定着」の各潜在変数とそれぞれを構成する項目間の負荷量の値はいずれも十分な大きさがあることから、それぞれの質問項目が適切に各潜在変数を測定できたことがわかる。さらに、モデル全体の適合度をみるために各指標の計算結果を示すと、CFIが0.95、RMSEAが0.073(下側90%=0.053, 上側90%= 0.092)であり、小規模なデータ数で分析したにもかかわらず比較的よい適合度を示している。したがって、この因果モデルは確からしいと想定してSEMの結果を見ていく。

仮説1に対応するH1の標準化パス係数は0.703であり、「制服肯定感」が「タスク充実」に正の効果を直接的に及ぼしている。その説明率(R2)は約50%である。これは、仮説1「制服に対する心理的な肯定感が高いほど、警備員は高いタスク充実感を得られている」を支持する結果である。

仮説2に対応するH2のパス係数は0.733であり、「制服肯定感」が「対人関係」に正の効果を直接的に及ぼしている。その説明率(R2)は約54%である。これは、仮説2「制服に対する心理的な肯定感が高いほど、警備員は良好な対人関係を形成できる」を支持する結果である。

仮説3に対応するH3のパス係数は0.329であり、「制服肯定感」が「人材定着」に一定の正の効果を直接的に及ぼしている。これは、仮説3「制服に対する心理的な肯定感が、警備員の人材定着を直接的に高める」を少なからず支持する結果である。

仮説4に対応するH4のパス係数は0.125とかなり小さく、「タスク充実」が「人材定着」に直接的な効果があるとは判断できない。それゆえ「制服肯定感」が「タスク充実」を経由して「人材定着」に間接的な影響を与えているとはいえない。これは、仮説4「(制服肯定感からの影響を含めて)タスク充実感が高いほど、警備員の人材定着が向上する」を支持しない結果である。

仮説5に対応するH5のパス係数は0.616であり、「対人関係」が「人材定着」に正の効果を及ぼしている。それゆえ「制服肯定感」が「対人関係」を経由して「人材定着」に間接的な影響を与えているといえる。これは、仮説5「(制服肯定感からの影響を含めて)対人関係が良好であるほど、警備員の人材定着が向上する」を支持する結果である。

なお、このモデル全体として「人材定着」に対する説明率(R2)は約99%である。そのうち「制服肯定感」から「人材定着」への直接効果(H3)と「制服肯定感」が「対人関係」を経由して「人材定着」に与える間接効果(H2+H5)の総合効果は0.78となる。以上の分析結果から、警備員は制服に対する心理的な肯定感を強くもつほど、人材定着する(離職しにくくなる)傾向を持つことが明らかになった。

5.おわりに

本研究の結果を整理すると、以下の点を新たに指摘できる。

第1に、着用する制服への肯定感が高い警備員は離職しにくい傾向をもつことが、仮説3の検証結果から分かった。米国のホテル清掃員を対象とした先行研究(Ohlin and West, 1993)では離職率の低下に対して制服は直接的に影響しないとされていたが、本研究の結果は異なり、警察官を対象とした先行研究(Paoline III and Gau, 2020)の主張と同様に、制服への肯定感が人材定着に対して直接的に作用しうることを示している。人々に安全を提供するサービスという職業的な類似性がそこにあると考えられる。「制服肯定感」が「人材定着」に直接的に作用するかどうかは、職業分野によって異なりうると指摘できる。

第2に、制服への肯定感が高い警備員は周囲の人々との対人関係を良好に形成することができ、その良好な対人関係から離職しにくくなることが、仮説2および仮説5の検証結果から分かった。接客サービス業を対象とした先行研究(Warhurst and Nickson, 2007)の指摘と同様に、警備サービスにおいてもまた良好な顧客(契約者と警固対象者)関係を「制服」を通して構築できることを本研究の結果は示している。このような「制服肯定感」による「対人関係」の向上が、さらに「人材定着」に対して間接的に影響することも結果は示している。従来、組織における制服の使用目的としては「組織成員の見きわめ」や「組織目標の実現へ成員を方向づける」や「成員間の地位的な衝突を排除する」などがJoseph and Alex (1972) で指摘されており、組織内部における円滑な管理運営がその主目的とされていた。しかし、本研究の結果を踏まえれば、制服は組織内部の対人関係のみならず外部の人々との関係を含めて良好に対人関係を形成することに役立つといえる。また、このように社内外のコミュニティに埋め込まれている従業員は離職しにくくなる(Mitchell, Holtom, and Lee, 2001)傾向があると指摘できるだろう。

第3に、制服への肯定感が高い警備員は職務上のタスク充実感を得やすい傾向をもつことが、仮説1の検証結果から分かった。ホテル業界の先行研究(Karch and Peters, 2017)では制服が職務上の充実感に与える影響には地域・文化的な差がありうるとされていたが、日本の警備業界を対象にした本研究の結果は、Nelson and Bowen (2000) による米国のホテル業界の研究結果と同様に「制服肯定感」が「タスク充実」に影響することを確認した。しかしながら、スポーツ施設のパート従業員の場合は、制服が従業員の職務態度に影響しないという調査結果(Mahoney and Pastore, 2014)も存在していることから、この関係性には地域差のみならず職種上の差異も大きく存在しうると考えられる。

第4に、制服への肯定感が高い警備員は職務上のタスク充実感を得やすい傾向が確かにあるが、タスク充実感があったとしても人材定着への効果は期待できないことが、仮説4の検証結果から分かった。この背景には、警備業界や警備員という職種に対する社会的な認識が大きく関係しているように思われる。田中 (2012) の研究が指摘するところによれば、警備員は「ただ立っているだけ」の「暇な稼業」と世間的に思われやすく、専門的な職種とはみなされない。しかし実際の警備員には、案内・誘導などで高度な接客スキルが要求されたり、万引き等の犯罪抑止のための見回りテクニックなどの専門的スキルが必要とされている。ところが、一般の人たちには警備員のもつ専門性への理解が浸透しておらず、同職種への評価は決して高くない。このような社会背景がある限り、たとえ在職中の警備員たちが現状の職務にタスク充実感を強く抱くことがあったとしても、彼ら自身にとって長期的な職業選択の対象にはなりにくい。これが「タスク充実」が「人材定着」に対して効果を持たないという本研究の結果に表れていると推測できる。

第5に、本研究の結果からは一定の経営的な示唆も得られた。今回の調査対象のN社においては平均勤続年数が4.8年(調査回答データより算出)であった。厚生労働省の「雇用動向調査」によると一般企業の平均勤続年数は10年を超える年数がほとんどであることから、実際に警備会社が人材の定着で非常に苦労していることがわかる。それに対して、警備会社が「人材定着」の向上をはかるためには、従業員の「制服肯定感」に注目した経営施策をとりうる可能性を本研究の結果から指摘できるだろう。

ひとつの可能性は、従業員が着用していてタスク充実感をより感じられる、さらに着用によって周囲の人々との対人関係をより良好に形成しやすくなるような「魅力的な制服」を警備会社として採用することである。しかし、現実問題として警備員の制服の変更や改良は簡単ではない。全警備員の制服を一斉に切り替えて支給するコストは多大であるのみならず、警備員の制服は警備業法の規定に基づいて色・型式などを公安委員会に届出して許可を得なければならないからである。それゆえ、実験的に色・型式を変化させて最適な制服デザインを探索することは困難である。もし今後、会社として制服デザインを見直す機会があるならば、従業員の意見を取り入れて新しい制服を作るのが次善策かもしれない。

もう1つの施策は、警備員が勤続意欲を保持する可能性を高めるため、「制服」に対してもとより好感を抱く人たちを優遇して採用することである。Ingram and Choi (2022) は組織と従業員の価値観(value)を一致させることができれば、離職率の低下と生産性の向上につながり、企業は持続的な成長を実現できると主張している。また実際に、ベルギーのある病院の看護師432人への調査結果(Vandenberghe, 1999)では、組織の文化的価値観と適合度の高い個人的価値観を持つ新人看護師であるほど離職しない傾向が報告されている。これらの研究結果を踏まえて、警備員の職業性や価値観を代表している「制服」を肯定的に感受できる人材を重視して採用活動を展開する方法が警備会社にはあるかもしれない。

最後に、本研究に残された課題を述べる。本研究で得られた結果はN社という1つの警備会社の事例であるため、警備業界全体にその結果を敷衍して解釈するには注意が必要である。今後は、他の中小警備会社や大手警備会社など、規模や顧客層で異なる警備会社を調査することで業界全体の「制服の人材定着効果」の傾向を明らかにできるだろう。また本研究で対象とした警備会社・警備員は、外国の同業とは職務内容が異なっていて、日本の独自性が強い業種である。それゆえ同業種を対象にする国際比較調査はできないだろう。もし今後、本研究の枠組みを使って国際比較を実施するならば、先行研究で分析対象とされることが多かったホテル業に注目したい。国内のホテル業を対象とする「制服の人材定着効果」を研究できれば、国内の警備業との業種的な違いを解明できるとともに、海外ホテル業との地域的な違いの有無を確認できると思われる。

さらに「制服の人材定着効果」を直接的に検証するために、かつては制服を採用していたが現在は廃止している企業、または制服不使用だったが現在は採用している企業を対象に調査する必要がある。銀行や百貨店に該当事例があるようだが、類例の探索・収集は難しい。より適切な分析対象の選定と調査設計の工夫も、また今後の課題である。

謝辞

本研究の調査にご協力いただいたN社の皆様に心より感謝を申し上げます。

参考文献
 
© The Academy of Management Philosophy
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