Journal of Management Philosophy
Online ISSN : 2436-2271
Print ISSN : 1884-3476
Articles
Social Formation of Pharmaceuticals and Disease: Through a Comparison of Dyslipidemia and its Therapeutic Drugs between Japan and the United States
Masahiko TASHIRO
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 21 Issue 1 Pages 25-41

Details
【要 旨】

本稿の目的はアクターネットワーク理論(Actor Network Theory:ANT)を用いて、医薬品の普及に伴い病気の定義が創発的に変化する事象を解明することである。事例は脂質異常症を対象とし、日米それぞれの行為主体(患者、医師、製薬企業、規制当局など)、物的存在(病気、医薬品、ヒトの身体(臓器や器官)など)のアクターと、アクターからのエージェンシーにより形成される制度・構造(治療ガイドライン、薬価制度、ベネフィットリスクバランス)に着目し分析を行った。

心血管イベント(動脈硬化)という高い致死率をしめす病気を克服するため、医師や研究者など様々なアクターは英知を結集して研究を行い、血清コレステロールが原因物質の一つであることを見いだした。血清コレステロールの肝臓での合成過程の解明により、治療薬であるHMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)は見いだされた。医療イノベーションであるスタチンは世界中で開発・販売され、年間2億人以上が服用する医薬品として広く普及した。

2000年代に入り根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine: EBM)の理念が世界で普及した。EBMは心血管イベントの治療方針に影響を与え、同じ病態(脂質異常症)と薬剤(スタチン)にも関わらず米国と日本で異なる心血管イベントの治療ガイダンスおよび異なるスタチンの効能効果の形成をもたらした。ANTの理論視座を用いて、病気のカテゴリーの創発的な変化の経緯が示された。

1.はじめに

本稿の目的は、アクターネットワーク理論(Actor Network Theory:ANT)を用いて、医薬品の普及に伴い病気の定義が創発的に変化する事象を解明することである。先行研究において医薬品と病気(疾病)の関係性は医療行動や社会的要因に影響を受けることが示されてきた。医薬品の開発と使用は医療システムおよび医療政策と密接に関係している。医薬品は病気の予防、治療、症状の緩和などに使用されるが、その開発と使用は医療制度の設計や経済的要因によっても左右される。加えて医薬品の使用は社会的な文脈や文化にも関連している。例えば特定の病気や症状に対する医薬品の受け入れや拒否は、社会的な価値観や信念、文化的な慣習によっても影響を受ける。ある医薬品が特定の宗教的な信念に反する場合、科学的妥当性に関係なく、組織の規範により医薬品の使用は制約を受ける。さらに、費用的な要因やアクセスの制約によって適切な医療を受けることができず、病気の進行や健康状態の悪化が生じる場合もある。

このような背景を踏まえ、本稿では医療イノベーションによって誕生した新規医薬品が、病気そのものの定義をどのように変化させたかをANTの視点から分析する。具体的には、脂質異常症とその治療薬であるHMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)の研究開発から普及過程に焦点を当て、アクターである行為主体(患者、医師、製薬企業、規制当局など)および物的存在(病気、医薬品)がどのように影響(エージェンシー)を制度・構造(治療ガイドライン、薬価制度など)に与え、病気の定義に変化をもたらしたかを日米のプロセスを比較して考察する。

第2章にて先行研究の課題と本稿の分析視角、第3章にて事例分析、第4章にて分析と発見事実、第5章にて本稿のまとめと貢献を提示する。

2.先行研究のレビューと課題

2.1 経営学の視点でみる病気と医療イノベーション

経営学は新技術の開発と普及という理論的視座から、近代医療に注目し新たな知見や理論的含意を提示してきた。科学的新規性に着目した医療イノベーション研究(e.g., Garud and Rappa 1994; 原 20022006; Maguire et al. 2004; 大沼 2014; 高橋・木川 2017)は、技術だけではなく社会的な要因や意思決定のプロセスも関与することを指摘してきた。

例えばGarud and Rappa(1994)は、人工内耳技術の黎明期にデファクトスタンダードを争った2種類の新規技術仕様が、医学会における評価指標を巡る論争が、保険認証の権限を握る制度当局(FDA)の判断に反映されていく中で、一つの仕様に定まり市場に普及していくプロセスを明らかにした。彼らの研究を雛形として、医療イノベーション研究は新技術の社会的な正当化(Legitimacy)に注目していく。ここでは、制度派組織論における正当化戦略の議論(e.g., Suchman 1995; Zimmerman & Zeitz 2002; 武石ほか 2012)に基づいた上で、医学会や規制当局以外にも、患者団体(e.g., Maguire et al. 2004)、マスコミ(e.g., Maguire & Hardy 2009)、政治家や運動団体(e.g., 田代 2020)など、新技術の開発と普及に影響する多様なアクターと、社会的な正当化に注目する、正当化アプローチが展開されてきた。

他方で、正当化は単に新たな医療技術の有効性を担保し、認知度を向上させていくだけではなく、開発から普及に必要な資源動員を可能にする。この事に注目したのが、アカデミアや産業界で見いだされた医療イノベーションというシーズが、メガファーマやベンチャーキャピタルなど資金や販路を有するアクターによっていかに選別と淘汰が行われていくのかに注目する、エコシステムアプローチである(e.g., Pfeffer & Salancik 1978; 木川 2021)。新規の医療技術の成功確率は元来低いものであったが、近年では高分子医薬品や様々な革新的な医療技術など多様な医療モダリティが登場した結果、更に創薬の成功確率は低下し、企業の内部リソースだけでは継続的にシーズを創出するのは極めて難しくなっている。そこで1990年代以降,企業はオープンイノベーションに基づく外部リソースを活用したエコシステムアプローチにより創薬や技術の開発に乗り出してきた(e.g., Chesbrough 2003)。エコシステムと正当性の理論視座による創薬プロセスの分析は、オープンイノベーションを前提とした現代の医療技術の開発と普及における経営学の標準アプローチになることを示唆している。イノベーション論に対する資源動員の正当化論とエコシステム論は、技術の普及プロセスを説明する鍵概念であり、イノベーションを取り巻く物的存在と人的資源や制度の橋渡し活動として捉えられてきた(武石ほか 2012:489)。

以上のように近年の医療イノベーション研究はアカデミアやベンチャーキャピタルのエコシステム内におけるシーズ供給者からの技術移転を前提に、正当性と資源動員を問う内容に傾倒してきた。これらの関係性の中で、特に正当性を獲得して治療薬の開発に結び付けた事例として、Maguire et al. (2004)があげられる。HIV/AIDSに罹患した患者とサポートを行う患者団体が、HIV/AIDSの防疫体制と治療法を確立するために、どのように社会的な正当性を獲得して、製薬企業、医学界、規制当局、マスコミなどと連携して医療イノベーションを達成したか、行為主体と技術の社会的な関係性を示した。このMaguire et al. (2004)の事例では、AIDSが病気であることを患者団体は長い時間をかけて訴えなければならなかった。AIDSが病気と認められなければ、新薬創出はなかった。このように経営学における医療イノベーション研究は科学的根拠や発見で生み出されるだけではなく、多様なステークホルダーとの社会的な関係性の中で構成されることを示してきた。

2.2 病気と医薬品の相互形成

ステークホルダーと社会との関係性により病気が見いだされた医学分野として精神医学の分野がある。何千年も前からうつ病や統合失調症といった精神関連の病気もしくは症状は存在したはずだが、その詳細な病名は近年になって社会的に構築された。例えば1840年代の米国では白痴と狂気など、ほんの数種類の分類しかなかったが、1920年には精神病と共に心理学が出現し、同時に精神病の分類は増加していった(高橋ら 2004)。いわば心理学の出現と共に精神病が誕生し、医学の発展に伴って精神病は細分化された。その結果患者数は増加し、多様な医学的立場から多様な治療法1) が登場していった。

心理学者であり、精神医学にも造形が深いGergen(2004邦訳)は、何を病気とし、どのような治療がドミナントになるのかについて、科学者コミュニティの秩序支配と科学特有のバイアスが混入する可能性を示唆し、技術決定論のみに依拠する医療技術の形成を退けるため社会構成主義の理論視座を提示した(2004邦訳:78)。Gergenは、医学を含む科学全般はそれ自体が絶対的な方向性や立場を表しているのではなく、あくまで多様な社会の中での一部の構成であると説いた(2004邦訳:76-86)。

このように社会構成主義は病気や技術の社会的な構成を強調しているが、他方で病気の発見と医薬品の開発・普及は、必ずしも社会的な決定だけに依っているわけではない。経営学の医療イノベーション研究は過剰に社会との関係性に傾倒したため、「何を病気とし、どう治療するのか?」という医療本来の病気を特定し、そして治療方法を見いだす(発見する)という視点が欠けている。この物質と人との関係性を紐解く理論視座にアクターネットワーク理論(Actor Network Theory:ANT)がある(e.g., Callon 1986; Latour 2007)。Callon、Latour、Lawらによって1980年代に提唱されたANTは、科学社会論を起源として発展してきた。技術と社会の一方の視点に偏ることなく、行為や構成物の形成過程を俯瞰し全体像を把握する方法論である2)

ANTでは人間や組織といった人間的要素と自然や人工物からなる非人間的要素を対等な構成要素とし、いずれもアクター(もしくはアクタント、以後本稿ではすべてアクターと表記する)と位置付けている。アクターは互いにネットワークを構成して相互に影響(エージェンシー)を与える。例えば伊藤(2022)はANTの理論視座のもとヒトの身体を外界とつながりを持つ媒体と捉えられ、事物との連関における構築物と定義した。この視点に立つと、各臓器や血液、それらの構成物も身体の連関の一つであり、更にそれらとヒトや物の繋がりをアクター間の関係性として見出すことができる。同様に治療薬や病気(疾病)もその延長線上に存在するアクターの一つと見做すことができるようになった。その結果、連関するアクターに対する作用する力=エージェンシーによる、それぞれの関係性の変化や強弱の影響、またそれらが及ぼした結果を分析することが可能となった。このようにANTの理論視座を用いることにより、患者や医師、製薬企業や規制当局といったアクター間の関係者のみならず、人体の各組織、病気(疾病)、症状(状態)、さらに医薬品や検査機器など医療でつながる人間と非人間(モノ)をネットワークに組み入れることが可能になる。そしてそれぞれのエージェンシーがどのように制度や構造を変化させたか、社会的な関係性からのみではなく、技術の視点からの議論も可能となる(e.g., Callon 1986; Latour 2007; 綾部 2006; 児玉 2021; 栗原 2022; 金 2022)。

アクターネットワークは固定されたものではなく、新たなアクターの出現により形態を変化させ、新たなネットワークを形成する。医療は患者や医者など様々な行為主体と治療薬や検査機器などの多くの物的存在とアクターネットワークを形成している。治療ガイドラインや薬価制度、ベネフィットリスクバランスなどは多様なアクターから発せされたエージェンシーにより形成され、これら制度・構造のもとで病気は治療される。新たなアクターによる新たなエージェンシーが作用すると、病気や治療法は影響を受ける。このように医療イノベーションにおける医薬品の開発および普及過程をANTの理論視座で分析することにより、多様な現象を分析することが可能となる。

2.3 分析視角

医療イノベーションにより生み出された成果物が多様なアクターから影響を受けるのであれば、病気そのものも成果物から影響を受けるはずである。例えば、過去に猛威を振るった天然痘は、細菌を見出す顕微鏡、天然痘ワクチンを見出すきっかけとなった牛痘という病気そして家畜である牛などといった物的存在と、ヘルスケアプロフェッショナルや技術者、そして天然痘や牛痘に罹患した患者などの行為主体、そして世界保健機構(WHO)を旗振りとした各国医療体制という制度・構造とネットワークを形成する。その様々な連関により天然痘ワクチンは見いだされ、天然痘を医学の過去の歴史とした(WHO 2023)。Garud and Rappa(1994)は、対立する2種類の人工内耳技術の普及過程を様々なアクターおよびエージェンシーの視点で分析した結果、医療イノベーションの実現を「優れた科学技術が社会的に受け入れられたため」という含意で説明した。しかしながらデファクトスタンダードとなった技術仕様が聴覚障害という病気を変化させたか否か、その観察と考察は見当たらない。

そこで本稿においては、医療イノベーションがもたらす新規医薬品により社会が影響を受け、その結果、病気そのものの定義が創発的に変化した事例を取り上げる。患者、医師(医学界)、製薬業界、規制当局などの「行為主体」、病気、医薬品、治療対象となるヒトの身体(臓器や器官)などの「物的存在」をそれぞれアクターとして捉え、それぞれに影響をあたえるエージェンシーを特定する。このエージェンシーにより影響をうける治療ガイドライン、薬価制度、ベネフィットリスクバランスなどの「制度・構造」の変化をANTの理論視座により分析する。これらの影響を受けて生じる病気の再定義の原因および過程を考察し、含意を提示する。本稿で取り扱うアクターとエージェンシーの関係性を示したフレームワーク概念図を図1として提示する。

図1 本稿で扱うアクターとエージェンシーの関係性を示したフレームワーク概念図

出所:筆者作成

病気の発見と新たな医薬品開発において不可避に形成されるアクターネットワークは、それぞれ「物的存在」「行為主体」「制度・構造」で分類可能である。それぞれのアクターは異なるエージェンシーを有して互いに影響を及ぼし、医薬品の普及と病気の(再)定義に影響をあたえる。これら分析枠組みのもとで事例を分析し、理論的および実践的貢献を提示する。

3.事例

3.1 事例データ

本稿では脂質異常症の医学的機序の発見と心血管イベントの克服を目指した経緯を、治療薬であるHMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)の開発経緯と共に見ていく。本稿で分析に供した事例データは、インタビュー調査による1次データおよび公開資料や論文などの2次データである。1次データの収集は表1に示す4名に実施した。質問内容は大きく3点である。心血管イベントと脂質異常症の関係性に関する医学的推移、HMG-CoA還元酵素の発見とその阻害剤の開発の経緯、脂質異常症が人々の生活に与えた影響について、それぞれの立場における経験と果たした役割そして知見についてコメントを入手した。インタビュー内容は文字起こしを行い、インタビューイーに内容に相違がないことを確認した。

表1 調査インタビューイー一覧

注1:面談ではなくE-mailでのコミュニケーション。文献紹介を受けた。

3.2 脂質異常症の機序の解明とスタチン開発

心血管イベントによる死亡率は日米共に非常に高い(e.g., CDC 2018; Ahmad and Anderson 2021;厚労省2019, 2020)。日本では長らく死亡率1位であったが、1990年代以降はがんに続き2位の位置を占める。米国では心血管イベントによる死亡率はがんを上回り、長年1位を占めてきた。このように心血管イベントによる死因を下げることは医学における喫緊の課題であった。

コレステロールは1700年代後半にヒトの肝臓の胆石内から発見された。1950年代になり心血管イベント発生時の血管内に蓄積している物質はコレステロールであることが発見された。こうして心血管イベントへのリスク因子としてのコレステロールを低下させるため、脂質代謝に関する研究と共に薬物療法の開発が進められた。

1956年、アメリカの生化学者であるKonrad BlochとFeodor Lynenは、メバロン酸経路における酵素反応の研究に取り組んでいた。彼らは、HMG-CoA還元酵素がコレステロール合成の重要な段階で働いていることを発見した。彼らの研究は、コレステロール合成のメカニズムに関する理解を深める上で重要な貢献となった。時を同じくして、日本の研究者で三共株式会社の社員であった遠藤章博士も独自にHMG-CoA還元酵素の研究を行っていた。遠藤博士は食事からのコレステロール摂取を制限するのではなく、肝臓での合成を阻害する方が有効であると考えていた。1971年に「HMG-CoA還元酵素を阻害する物質によるコレステロール合成の制御」に関する研究成果を発表し、続く1973年には世界で初めてHMG-CoA還元酵素を阻害する物質であるコンパクチンを青カビから発見した。この研究は、後にスタチンと呼ばれる一連の薬剤群の開発につながる重要な発見であった(e.g., 遠藤 2016)。HMG-CoA還元酵素は、コレステロール合成経路における重要な酵素であり、メバロン酸経路と呼ばれる生化学的経路でHMG-CoA(3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA)をメバロン酸へと変換する役割を持つ。この変換経路を阻害することにより、生体内のコレステロール合成をコントロールすることが可能となった。スタチンという物的存在が脂質異常症をコントロールし、心血管イベントの発生を抑制する手段となる可能性を見出したのであった。

コンパクチンは発見以降、三共株式会社(当時)にて動物試験が行われ、1978年からはヒトでの臨床試験が開始された。ところが1980年に入って間もなく、イヌにおける長期毒性試験にて毒性が発現した理由により第2相まで進んでいた臨床試験は突如中止された。このイヌ毒性試験での所見は、極度の高用量投与と必要以上の長期投与が原因であった。インタビューイー(N・K 氏)は以下のように当時の状況を語った。

用量が目いっぱい上がった中で、犬に長期で投与したら1年目にリンフォーマ(悪性リンパ腫)が出てくるんですよね。食塩でも大量投与すれば出る可能性もあるんだけども、当時の日本じゃ継続は難しいぞということで、止めるんですよ。一方アメリカのすごいところはリスクベネフィットで議論できるんだよね。なぜならばFH(Familial Hypercholesterolemia家族性高コレステロール血症:遺伝性の疾患:筆者追記)っていう心臓の大変な重症疾患で、リスクベネフィット考えればいいだろうって形で持っていく。それで彼らの方が先に市場にスタチンを出すことができた。日本では当時リスクベネフィットって概念全くなかったからね。」(N・K 氏)

三共社内ではコンパクチン開発継続への努力が続けられ、また他大学の研究者からもコンパクチン有用性の報告が出された。しかしながら最終的にコンパクチン開発中止の判断が下された3) 。三共はコンパクチンの開発中止以降、類似化合物のスクリーニングを継続していた。コンパクチンをイヌに投与した際の尿中代謝物のひとつであるプラバスタチンに高い脂質低下作用があることを見出した。このプラバスタチンは肝臓で一度代謝された物質であることから、非常に安全性の高い物質であった。1981年にプラバスタチンの開発は開始され、1989年に日本で市場に投入された。プラバスタチン(商品名メバロチン®)は日本で初めて販売されたスタチンとなった。1990年代後半には日本で初めて1000億円を超えるブロックバスター薬となった。

米国においてはメルク社がスタチンの開発を進めていた。メルク社はコンパクチンの発見にヒントを得て類似の化合物であるロバスタチンを見出した4) 。コンパクチンの毒性所見に伴い、メルクもロバスタチン開発を一時中断した。日本での判断は開発中止であったが、メルクではコンパクチンの毒性所見をベネフィット・リスクの視点を踏まえて詳細に検討した。FDAなどとも議論を行った結果、心血管イベントを予防するベネフィットがリスクを上回ると判断され、開発は継続された。こうして1987年にメルクは世界で初めてのスタチンであるロバスタチンを米国市場に投入した(商品名ローコール®)。

ロバスタチンやプラバスタチン以降も、より強力な脂質低下作用を示すスタチンの開発は続いた。代表的なストロングスタチンであるアトルバスタチンはワーナーランバート社(WL社)により見いだされ、1996年米国市場にて販売開始された(商品名リピトール®)。その脂質低下作用はロバスタチンおよびプラバスタチンなどのスタンダードスタチンよりも格段に優れていた5) 。当時米国の中堅製薬企業であったファイザー社はアトルバスタチンの販売権を有していた。1999年にWL社と他社の合併が発表された結果、アトルバスタチンの販売権の喪失の恐れをいだいたファイザー社はおよそ900億ドル(当時の日本円換算でおよそ10兆円)の費用でWL社の敵対買収を断行した。当時世界第2位の医薬品市場を有していた日本の医薬品市場がおよそ8兆円であったことから、この巨額な企業買収は世間の耳目を集めた。アトルバスタチンはファイザー社の所有となった以降も順調に世界で売上を伸ばした。日本ではファイザー社と山之内製薬(現在のアステラス製薬)が2000年に発売を開始した。2010年、アトルバスタチンは単年で米国120億ドル(日本円でおよそ1兆2000億円、1ドル100円換算)、日本では890億円を売り上げた。世界での累計売上は2010年度で1300億ドル(日本円でおよそ13兆円)を達成した。主なスタチンを表2に示した。

表2 主なスタチンの種類

出所:浜口(2017)より一部変更して引用

3.3 脂質異常症の病気としての再分類 ‐EBMに基づくガイドライン改訂‐

脂質異常症による血管プラークの形成が動脈硬化の一因であると判明して以来、脂質異常症治療薬6) は心疾患・脳疾患イベントの予防薬として多く処方されることとなった。特にスタチンは血中コレステロールの低下機序の明確さと安全性の高さから、多くの品目が開発された。1990年代には大規模試験などでスタチンなど脂質異常症治療薬の医学的知見は蓄積されていった7) 。脂質異常症の発生機序の解明とスタチンの発売により、心血管イベントは克服されたように思えた。ところが脂質異常症への介入治療を評価した大規模臨床試験において、脂質異常症治療薬における心血管イベントの予防および治療効果は限定的であることが判明してきた(e.g., Stone et al. 2014)。

費用対効果の検証など治療の適正化が求められる中で、Sackettら(1996)は医学界における新たな評価基準として、推論ではなく臨床研究の結果など医学的根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine:EBM)を進める必要性を訴えた。Sackettら(1996) はEBMを「個々の患者のケアに関する決定を下すときに、最善のエビデンスを良心的、明示的、思慮深く用いることである。臨床的経験、患者の価値観、利用可能な最良の研究情報を統合する。臨床上の意思決定に質の高い臨床研究を用いる社会運動である。」と定義した。

このEBMという新たな評価基準のもとで、2010年頃より米FDAは脂質異常症治療薬に心血管イベント抑制の科学的エビデンスを強く要求するようになった。これは脂質異常症治療薬による心疾患イベントの発症リスク、特に1次予防効果に疑問が持たれたためであった。そこで米国心臓協会/米国心臓病学会(American Heart Association/American College of Cardiology; AHA/ACC)は当時の脂質異常症と心血管イベントに関する臨床研究を検証するタスクフォースを立ち上げ、心血管イベントと血清脂質値および血清脂質治療薬に関する詳細な検討を行った(e.g., Stone et al. 2014)。

日本を含む世界中の膨大な臨床研究や論文発表をレビューした結果、AHA/ACCタスクフォースチームは次の3点の結論をまとめた。⑴脂質異常症治療薬の中でもスタチンは心血管イベントの発症リスク低下に関する十分なエビデンスがある。⑵スタチン以外の脂質異常症治療薬による心血管イベントの発症リスク低下に十分なエビデンスはない。⑶心血管イベント抑制とLDL-Cやnon-HDL-C 8) の治療目標値の関連性を示したエビデンスはない。この3点の結論を踏まえてAHA/ACCタスクフォースチームは治療ガイドラインの大胆な方向転換を行った9) (e.g., Stone et al. 2014; 和田ら 2016; 医学界新聞 2016)。改訂後のガイドラインでは心血管イベント抑制に血清脂質値の治療目標値は不要とした。このガイドラインは2013年以降も3回改定されたが、治療指針は2013年から変更されなかった。ガイドラインに準じて、米国におけるすべてのスタチンの効能効果は、脂質低下作用を謳う内容から、心血管イベントの抑制効果を中心とする内容に変更された。

日本では日本動脈硬化学会が中心となり心血管イベントの治療方針を定めていた。1997年に高脂血症診療ガイドラインの初版を発行して以降、学会は欧州および日本の大規模臨床試験のEBMに基づき版の改定を重ねた。1990年代には日本人を対象とした臨床研究による医学的根拠の蓄積が進んだ10) 。2013年の米国における脂質異常症治療薬と心血管イベントの治療方針の転換は日本にも大きな影響を及ぼしたが、日本動脈硬化学会は日本人独自の臨床研究や疫学データを収集し、エビデンスを構築した。日本動脈硬化学会はあくまでも脂質異常症を病気と見做し、血清脂質値のコントロールが重要であるとの立場を崩すことはなかった(日本動脈硬化学会 2022)。

2018年には動脈硬化性疾患の予防と早期治療の重要性を鑑み、「健康寿命の延伸等を図るための、脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法(脳卒中・循環器病対策基本法)」が成立した。2020年にはこの基本法に基づく形で「循環器病対策推進基本計画」が閣議決定された(厚労省 2020)。日本政府による後押しもあり日本動脈硬化学会はこの「循環器病対策推進基本計画」に基づく形で、「2022年度版動脈硬化性疾患予防ガイドライン」を発行した(日本動脈硬化学会 2022)。このガイドラインでは心血管イベントの発症は脂質異常症、高血圧、糖尿病などの複合要因であるメタボリックシンドロームが原因と明記し(65頁)、冠動脈疾患のリスク低減のため積極的なメタボリックシンドロームへの治療介入を推奨した。脂質異常症においては治療目標値(数値目標)を定め、患者の状態を年齢、性別、喫煙の有無、既往歴などで低リスク、中リスク、高リスクと分類し、それぞれのリスクに応じて脂質管理目標値を定めている。一次予防では食事療法および運動療法といった非薬物療法を基本とし、目標管理値に達しない場合は薬物療法を考慮するとしている。スタチンを含む脂質異常症治療薬の効能効果は承認当初に与えられた「高コレステロール血症」「家族性高コレステロール血症」を変えることなく今日まで至っている。

スタチンに関する効能効果の日米の変遷に関し、規制当局で新薬審査を担当していたインタビューイー(K・T氏)は、以下のように意見を語った。

脂質異常症が病気か否かという議論について、おおよそメジャーな病気はですね、1990年代の初めぐらいからEvidence-Based Medicineの考え方が段々確立されてきて、それで標準的な治療、エビデンスレベルが出ています。(中略)21世紀入ってすぐあたりに、そのHMG還元酵素阻害薬も様々な作用が明らかになって、それで見かけの高脂血症以外にもいろんなところに良いことをするというのが知られるようになった。それも(HMG還元酵素阻害薬が処方され続ける:筆者追記)理由としてあるのだと思います。あと、スタチンの有用性を否定するようなデータは全然出てきませんし、大規模な疫学的な試験っていうのはいくつあったのか、数十試験程度は存在しているような気がしますよ、外国の方でね。日本でも三共さん(現在の第一三共株式会社:筆者追記)が何試験か実施していましたね。」(K・T氏)

このコメントにもあるように、有用性に関するエビデンスの蓄積が日米共に進んだ結果、スタチンは2021年時点では世界で2億錠が処方されるという、世界で一番処方されている薬剤となっている。日米の脂質異常症の治療基準と代表的なスタチンであるアトルバスタチン添付文書の効能効果の比較結果を表3にまとめた。

表3 脂質異常症の治療基準とアトルバスタチン効能効果の日米比較

出所:動脈硬化性疾患予防ガイドライン(2022)およびAHA/ACC Guideline on the Treatment of Blood Cholesterol to Reduce Atherosclerotic Cardiovascular Risk in Adult (2013)、日米のアトルバスタチンの添付文書から引用

日米ともに心疾患イベントにおける治療ガイドラインを提供するものの、薬物療法は異なる治療方針を採用した。脂質異常症への介入治療の効果を限定的とする米国に対し、血清脂質のコントロールにより心血管イベントを抑制する日本というアプローチの相違が示されたガイドラインとなった11) 。日米治療ガイダンスにおける脂質異常症の管理は、まず運動療法と食事療法が第一選択であり、薬物療法は次の選択肢である。ガイダンスでは治療の優先順位が明記されているにもかかわらず、多数の患者にて薬物療法が選択されている。実際の患者を診察しているインタビューイー(N・N氏)から、脂質異常症の薬物療法の実態について以下のような説明が得られた。

お年寄りは食べるのが唯一の楽しみです。その楽しみを奪っちゃいけないということですね。加えて最近はサルコペニアという筋力がなくなってフレイル症候群になってしまう。もう本当にヨボヨボの状態になってしまいます。これを予防するには、やっぱり食べないとだめなんですよね。ですから、私は 75 歳以上の人には原則食事療法はしない。糖尿病の人はどうかというと、お年寄りであまりカロリーをオーバーに取る人はいないのです。お年寄りの場合は甘いものだけはいくつになっても食べたがるのですよね。食べられちゃう。この甘いものだけを減らすよう指導しています。私はお年寄りのクオリティオブライフを考えると食べたいものを制限するのではなく、食べさせておいて、それで突出した脂質は薬で治療した方が、その人のクオリティオブライフの点ではいいじゃないかと考えています。」(N・N氏)

インタビューイーの説明から、脂質異常症を有する高齢者の食事制限や運動療法は難しく、結果として薬物療法が選択されている実態が示された。スタチンは世界中で数十年にわたる服用実績があることから、薬剤プロファイルは広く認識される薬となった12) 。EBMの登場に伴い脂質異常症の治療方針は大きく形を変えたが、実際の医療現場においては心疾患イベントの予防薬としてスタチンは服用され続けている。

4.分析と発見事実

本章では心血管イベント治療方針が日米で異なる結果となり、脂質異常症の病気としてのカテゴリーが変化した理由を分析するとともに、そこから見いだされた発見事実を提示する。

4.1 心疾患克服に向けた脂質異常症の機序解明とスタチンの普及

脂質異常症の機序解明から治療薬であるスタチンの普及時までの関係性を図2に示した。

図2 脂質異常症の機序解明とスタチン開発時の関係図

出所:筆者作成

心血管イベントという病気を克服するため、世界中の研究者が激しい競争を繰り広げた。1950年代に血管内壁に蓄積する物質がコレステロールであることが発見されて以降、世界中でコレステロールと心血管イベントに関する研究は進展した。人類の死亡原因の高い順位である心血管イベントの克服のため、世界中の研究者が機序の解明と治療薬の発明に打ち込んだ。その結果、血管内壁に蓄積する物質はコレステロール(脂質異常症)という病態が解明され、肝臓における血清コレステロール合成過程は解明された。スタチンという医薬品が肝臓でのコレステロール合成過程を阻害することが発見され、世界中で様々なスタチンが開発され服用された。

研究者、医者、製薬会社、規制当局といったアクターが強いエージェンシーを世界中に発信した結果、巨大な研究開発アクターネットワークは形成された。すべてのアクターは病気の克服という正当性を掲げるとともに、各アクターは更に個別の正当性を有していた。研究者は新規の発見に伴う名誉、製薬企業は新薬開発という莫大な利益、医者および規制当局は国民のQOLの向上である。これら各アクターの複雑なエージェンシーが絡み合い、脂質異常症の機序解明とスタチンの開発は推し進められ、世界中に普及したのである。

4.2 EBMにもとづく 脂質異常症の病気としてのカテゴリー変化

EBMが普及しだした2000年代以降に生じた脂質異常症のカテゴリー変化を図3に示した。

図3 EBM普及前後の脂質異常症を取り巻く関係図

出所:筆者作成

EBMが本格的に普及する前は、程度の差はあれ日米共に同じ医学的根拠のもとで治療ガイドラインが形成され、治療が行われた。ところがEBMの普及後、脂質異常症の治療方針の位置づけは大きく変化した。同じ病態であるにもかかわらず、異なる治療方針が採用されたことは、医学的根拠だけに依拠しない社会的な決定の関与が示唆される。

米国FDAは2010年代以降、脂質異常症治療薬の新薬開発の際に心血管イベントや総死亡率に対する治療効果の証明を求めたが、そのほとんどでFDAが期待する結果は示されなかった。AHA/ACCは心血管イベントを真の治療対象と捉え、治療ガイドラインを改訂した。ANTの理論視座で説明するならば、世界中のヘルスケアプロフェッショナルから発せられるEBMというエージェンシーが、米国では脂質異常症と心血管イベントとの連関を減弱させた。こうして脂質異常症は、心血管イベントの予防を示唆する検査値の一つとなり、治療開始基準としての一役割が求められるのみとなった。またスタチンは心血管イベントの「治療薬」から「予防薬」の一つとなった。

EBMのエージェンシーと米国の治療ガイダンスの変更は、日本にも影響を及ぼした。日本動脈硬化学会は心血管イベントに日本人独自の医学解釈を加え、脂質異常症を高血圧および糖尿病と連関させメタボリックシンドロームという新たな医学的根拠を構築した。日本の動脈硬化ガイドラインは心血管イベントの予防のために、メタボリックシンドロームの厳密な管理を求めた。さらに日本動脈硬化学会は、規制当局である厚労省に働きかけ2018年の脳卒中・循環器病対策基本法および2020年循環器病対策推進基本計画を策定させることに成功した。この基本計画は心血管イベントの予防に力点を置いた内容であり、生活習慣を良好に維持することが動脈硬化性疾患を防ぐことになると明記した。こうして日本動脈硬化学会は、脂質異常症は病気である、という正当性を獲得した。治療ガイドラインは食事療法と運動療法を第一選択としたが、事例で示したように食事療法と運動療法は継続させることが難しい。患者・医師・治療ガイドライン・規制当局それぞれのエージェンシーは、スタチンの処方を後押しした。日米は患者・医師・規制当局・EBMなど類似の治療環境であるにも関わらず、異なる治療ガイドラインが採用され異なる医学根拠のもとでスタチンが処方されている実態が示された。

5.まとめ

本稿ではこれまで医療イノベーションによる医学的発見と新規治療薬の普及、そして脂質異常症の病気としてのカテゴリーおよび治療方法がEBMというエージェンシーにより日米で創発的に変化した事例をANTの理論視座で分析し、発見事実を示した。本章ではこれらを踏まえ、まとめとして理論的および実践的貢献と今後の課題を提示する。

医療イノベーションを扱った経営学の先行研究はアカデミアやベンチャーキャピタルのエコシステム内におけるシーズ供給者からの技術移転を前提に、正当性と資源動員を問う内容に傾倒してきた(e.g., Maguire et al. 2004)。しかしながら社会的な関係性から新規医薬品の開発と普及に関連するアクターは医学・薬学関連ネットワークから構成されているだけでは無く、非医学・薬学アクターとも社会的に繋がっている。そのため、各アクターによる解釈(ANTで言われる翻訳)は医学・薬学ネットワークと他の様々なネットワークで異なる。アクター間のネットワークや連関は、新たなアクターの出現により異なるエージェンシーの影響を受け、ネットワーク内のアクターとの連関を変化させる。本稿ではEBMという新しい評価基準が出てきた結果、EBMを医薬品の重要指標として採用を求めるアクターからのエージェンシーを受け、脂質異常症の病気としてのカテゴリー変化がもたらされた。そのカテゴリー変更のエージェンシーは更に他のアクターに連関し、異なる治療方針を形成した。新規医薬品の発売後、病気の治療方法が変化した事例をANTの理論視座により説明した論文は見当たらないと思われる。これら事例の解明をANTを用いて行ったことは、本稿の理論的貢献と考えられる。

先行研究では、物質(薬)と病気の関係性を述べるにあたり、病気を所与として規定していた。精神病カテゴリーの変更(Gergen 2004邦訳)、同性愛を病気から個人の性嗜好としたカテゴリー変更(Kitsuse&Spector 1990邦訳)など、社会的な関係性の元で病気は再分類されてきた。しかしながら病気の再分類化は行われるものの、病気自体のカテゴリー変更を様々なアクターとの関係性から言及した先行研究は見当たらない。ANTは人間と非人間的の異種混成的なネットワークを提示できることから、あらゆる活動や影響を組み入れて分析することができる(e.g., Latour 2007; 栗原 2022)。病気や治療薬などもアクターネットワークの結節点として様々なエージェンシーを発し、そして他のアクターからのエージェンシーを受ける。新たなアクターからのEBMというエージェンシーが脂質異常症という病気を変化させた。しかも、日米の異なるアクターがそれぞれエージェンシーを発した結果、日米で異なる病気の定義と、異なる治療方針が採用された。病気はアプリオリな命題として取り扱っていたが、決して所与ではなく様々なアクターからのエージェンシーにより、変化することが示唆された。この病気そのものの創発的な変化をANTの理論視座で説明可能になることを示したことが本稿の実践的貢献と考えられる。

本稿を締めくくるにあたり、限界と今後の課題を述べておく。心血管イベントの真の原因および機序の解明は未だ明らかになっていない。これらの機序の解明と治療薬の開発には時間を要す見込みであるものの、インタビューイー(N・N氏、K・T氏)は糖代謝のコントロールに心血管イベントの治療および管理への可能性を見出している。これら医療イノベーションと社会へ与える影響をANTの理論視座を用いて分析することは意義があると思われる。今後の研究課題として、引き続き注視していく。

謝辞

4名のインタビューイーからは多大な協力を頂きました。2名の匿名レビューアーからは有益なご指摘を頂きました。高橋勅徳先生(東京都立大)からは、熱心なご指導を頂きました。以上の方々に対し、心より御礼申し上げます。

1)  例えば、精神病の原因物質を脳内に見出し、投薬に寄って治療を試みる内科的研究は代表的な治療法の一つである。他方、精神病の原因を個人の過去の葛藤に求め、カウンセリングによって解消することで治療を試みる精神分析学的研究も代表的治療法として重要である。

2)  ANTは特有の価値観や既存の制度を組み入れた分析に曖昧性を残すという理論課題を有する。例えばエコシステム内のアクターの連関については、エコシステムによるエージェンシーと個々のアクターのエージェンシーを切り分けることは難しい。

3)  1980年代当時は薬害エイズなどの薬害が社会問題化されていた時代である。まだBenefit-Riskの概念が日本では導入されていなかった。そのためコンパクチンの毒性所見(リスク)を過大に見積り、心血管イベント克服(ベネフィット)が考慮されなかった。

4)  ロバスタチンはコンパクチンの物質特許に抵触するという判断が日本ではなされたため、日本で発売されることはなかった。メルクは類似の化合物であるシンバスタチンを新たに合成し、1991年に日本で、1992年米国で発売した。

5)  アトルバスタチンは低密度リポタンパク質コレステロール(LDL-C)を50%程度低下させ、高密度リポタンパク質コレステロール(HDL-C)を10%程度上昇させる。なおスタンダードスタチンは一般的にLDL-Cを20%程度低下させ、HDL-Cを数%上昇させる程度である。なおLDL-Cは悪玉コレステロール、HDL-Cは善玉コレステロールとして世間一般に知られている。

6)  脂質異常症治療薬はスタチン以外にも、フィブラート系薬剤、ニコチン酸誘導体、陰イオン交換樹脂などが存在する。

7)  スタチンと心血管イベントの因果関係を調査した大規模臨床試験(MEGA Study)は、1995年に発表されたプラバスタチンWOS study(West of Scotland Coronary Prevention Study)やシンバスタチンを投与した4S(The Scandinavian Simvastatin Survival Study)などがある。WOS studyでは4.9年の追跡調査でプラセボと比較して22%の総死亡率減少が見られている。4Sでは6年間の追跡調査によりプラセボ投与との比較により30%の総死亡率の低下が認められた。これらの結果は「強いエビデンス」として解釈されている(e.g., 石井・吉田 2017)。

8)  総コレステロールからHDLコレステロールを引いた脂質の総称である。総悪玉コレステロールともいわれる。

9)  2013年AHA/ACC治療ガイドラインで示された米国の新しい治療方針は個々の患者のリスクを同定後にスタチンを開始し(Fire)、開始後はLDL-C/non-HDLの治療結果にかかわらずスタチンの種類・用量の変更は行わない(Forget)ため、「Fire and Forget」タイプの治療方針と呼ばれた。Fire and forgetとは本来軍事用語である。目標を定めて自動追尾ミサイルを発射した後は、どの程度の結果が得られたかについての結果を検証しないことから引用されている。他方で日本の治療方針は目標値を定めて治療を行う方針であり「Target to treat」と言われている。

10)  1990年代および2000年代初頭の日本における臨床研究の実施体制は十分ではなく、企業による資金面のサポートがないと大規模な臨床研究を進めることが難しい状況であり、積極的な実施には至っていなかった。高血圧薬ディオバンの医師主導臨床研究に見られた利益相反問題およびデータ改ざん事件を契機として、臨床研究体制は整備された。

11)  日本人はそもそも心筋梗塞の罹患率は欧米よりも少ない。具体的な日米の心疾患イベントの発生数は米国が208人/10万人に対して、日本は27人/10万人である(米国の発生率は日本のおよそ8倍)。1990年代には脂質異常症治療薬による冠動脈疾患の一次予防効果は小さく(橋本 1998)、2000年代初めには費用対効果も低いことも指摘されていた(小林 2005川上 2010)。

12)  スタチンの作用機序は明確であり、安全性も高い。稀に横紋筋融解症など重篤な副作用(副反応)が発現することから、定期的な血液検査は必要である(N・N氏インタビュー)。

参考文献
 
© The Academy of Management Philosophy
feedback
Top