Journal of Management Philosophy
Online ISSN : 2436-2271
Print ISSN : 1884-3476
Book Review
WAKUTA, Yukihiro: Organization Theory of Japanese Traditional House Restoration: Institutionalizing Practice in Institutional Pluralism
Kazunori SUNAGAWA
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2026 Volume 22 Issue 2 Pages 102-108

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1.はじめに

本書は、新制度派組織論、とりわけ制度的企業家論の主要潮流――組織フィールドにおける制度ロジック論、制度的多元性論、制度的ワーク論、そして近年注目される「棲宿する制度主義(inhabited institutionalism)」――を総合的に組み合わせ、古民家再生という周縁的に思われがちな実践領域を理論的・実証的に架橋した意欲作である。

制度的企業家論は、制度と行為とのあいだに生じる再帰的関係を中心に据えた高度かつ多層的な議論体系を形成している。慶應義塾大学に提出された博士論文を基盤に構築された本書は、「制度ロジック」の交錯、「制度的多元性」が生む摩擦、「シンボリック相互作用」、「制度的ワーク」、「主体の主観的・情動的基盤」、さらには制度が「場に棲宿しながら生成していく過程」といった、いずれも独自に豊かな理論的蓄積を有する論点を広範に射程に収めている。とりわけ、これら多様な論点が単に併置されるのではなく、相互に関連づけられながら一つの分析枠組として緊密に統合されている点に、本書の学術的価値がある。

本書が提示する重層的理論構成を適切に解明するためには、構成要素となる各理論の前提条件と、それらが相互に結節される論理構造を厳密に追跡する作業が要求される。「制度ロジック」「制度的多元性」、「制度的ワーク」、「象徴」、「主体性」、「場の生成」等の概念は、それぞれ高度な理論的独立性を備えており、ゆえに相互連関の把握を誤れば、全体的な理論像の認識が容易に誤読される危険がある。したがって、本書の学術的貢献を正確に評価し、その巧みな理論構成と射程を適切に措定するためには、評者においても相応の理論的咀嚼と厳密な検討姿勢が不可欠である。この点に鑑みれば、本稿の論述が必然的に相応の紙幅を要することは避けがたく、その旨をあらかじめ付記しておく。

本書の学術的意義を規定するのは、制度理論の体系的編成と重層的実証分析とを、方法論的緊張を保持したまま統合する記述理論の構築にある。著者は文化的実践の解釈、参与観察、新聞記事のテキストマイニング、日本民家再生協会(JMRA)が発行する協会誌『民家』の言説分析、実践者への心理調査といった異種混淆的なデータを往還させ、「根付いた理論(grounded theory)」、あるいは「データ対話型」の方法論として、アブダクティブな理論構築プロセスを推し進める。このアプローチは、新制度派組織論の「複雑性」に対する著者の高度な理解と、データに対する粘り強い姿勢を如実に示している。

本書が明らかにするのは、古民家再生の制度化が、単線的・一方向的に広がる普及過程ではなく、言説の変容、行政施策の揺らぎ、実践者コミュニティの形成、専門職ネットワークの構築といった多層の要因が相互に反応しあう点、いわば累積的・相互作用的プロセスにある。そして、ある地域では制度化が急速に加速し、別の地域では停滞するという「普及の非対称性」がいかに生成されるのか――この根源的問いこそが、本書の中核に置かれている。

2.本書の構成

第I部 新制度派組織論の理論的系譜

序章 (問題提起)は、「制度ロジック」、「制度的多元性」、「制度的ワーク」、「シンボリック相互作用」、「主観的・情動的基盤」(いわば心理的エンパワーメント)など本書が扱う「複雑な」理論要素を先取りしつつ、古民家再生フィールドを制度化研究のモデルケースとして位置づけられる、密度の高い導入部となっている。

古民家再生が全国的に注目を集めつつあるにもかかわらず、その普及が地域ごとに著しく異なるという現象が、本書の中心的な問題提起として明確に示される。従来の研究は技術・行政・文化などの個別要因を論じることはあっても、「普及の非対称性」そのものを制度環境の構造的問題として扱ってこなかった。著者は、この点に問題の核心を見いだし、古民家再生を複数主体が協働する組織的・文化的実践として捉え直すための分析枠組を提示している。序章は、本書全体の理論的スタンス――制度的多元性を基軸に制度化を分析する視座――を最初に据える役割を果たす。

第1章 「新制度派組織論の展開と課題」(新制度派組織論の3段階整理)は、新制度派組織論の重要な発展史を整理する。まず、制度の拘束力と「組織同型化」(Meyer & Rowan 1977 など)に焦点を当てた初期制度論が説明され、続いて制度的企業家(DiMaggio 1988)によって主体性を制度変容の源泉とみなす第2段階が検討される。しかし、このアプローチは制度論を主体の意図を過度に強調する 「主意主義的バイアス」 へと後戻りさせる危険性につながる問題を抱えていることを指摘する。

こうした問題に対し、第3段階の研究では 「制度的多元性」 や「制度的ワーク」 を中心概念とし、制度と行為の再帰的プロセスの分析へと焦点が移っていく。著者は本書をまさにこの第3段階の流れのなかに位置づけ、複数ロジックが交差する制度環境における実践と制度の動態的関係性を明らかにするための理論的準備を整えている。

第2章 「制度化のレベル的基盤」(制度の言説構成と3層モデル)は、本書の理論的中心となる 「ミクロ」・「メゾ」・「マクロ」の3層循環モデルを提示する。マクロ層では複数の「制度ロジック」が錯綜し、制度環境そのものが多元的に構成されている。メゾ層では、日本民家再生協会(JMRA)などの組織が「制度ロジック」の翻訳と調整を担う中核的役割を果たす。ミクロ層では、実践者の認知や情動――すなわち「社会的有効感」・「有能感」・「連帯感」といった主観的・情動的基盤――が制度の内在化を支える。

重要なのは、これら3層が階層的に並んでいるのではなく、相互作用し合いながら制度化を再帰的に形成していく点にある。制度は行為の外側にある固定的な構造ではなく、実践のなかに「棲宿」しつつ継続的に生成される現実であるという本書の立場が示される。

第II部 古民家再生という実践の制度化

第3章 「伝統構法と古民家再生の経緯」(新聞記事分析による言説空間の変容)は、新聞記事のテキストマイニングを用い、古民家をめぐる語彙空間の歴史的変化を明らかにする。1970〜80年代には「老朽」・「危険」・「解体」など否定的語彙が優勢だったのに対し、今世紀に入って以降は「文化資源」・「景観」・「観光」・「環境」など肯定的な語彙が主導的に用いられるようになる。著者は、こうした語彙の転換を単なる社会的嗜好の変化ではなく、「制度ロジック」の再編として捉える。言説は「制度ロジック」の一部を構成する象徴資源であり、その変容は制度環境の価値枠組を揺るがす。制度化が「語り」の変化から始まるという点を、定量的データと質的解釈を組み合わせながら示す本章は、制度研究の象徴次元の重要性を再確認させる。

第4章 「古民家再生をめぐる集合行為」(JMRAの「制度的ワーク」の実像)は、本書の分析の中核部分である。著者は、JMRAを、古民家再生フィールドにおける「制度ロジック」間の摩擦を調整し、複数ロジックの共存条件を作り出す主体として描く。古民家再生は、制度的多元性ゆえに「目的の不明確さ」「市場の不確実性」「技術的遂行能力の不確定性」という制度的矛盾を抱える。JMRA はこの矛盾に対し、「制度ロジック」の再定義、専門家ネットワークの形成、行政との交渉、社会的正当性の再構築など、多様な制度的ワークを組み合わせることで対応していく。

著者が描く JMRA は、特定の「制度ロジック」に基づく狭義の主体ではなく、複数のロジックを横断して翻訳し、調整し、接合し得る 「制度的プラットフォーム」 の役割を果たす。この協働的な場が、多元的制度環境における 「集合的企業家活動(collective institutional entrepreneurship)」 の具体的な姿であることを著者は実証的に示している。

第5章 「支配的ロジックへの挑戦的取り組み」(実践継続意図と主観的・情動的基盤)は、古民家再生に携わる実践者が、どのような契機によって活動を開始し、また継続していくのかという主体面に焦点を当てる。冒頭で著者は、自身が震災後の地域支援に参加した経験に触れ、その経験が多くの実践者にとって古民家再生に関心を向ける重要な契機となったことを示す。震災がもたらした地域社会の揺らぎや再建への意識は、古民家再生を「地域に貢献する行為」として理解する枠組み(フレーム)を強化し、「制度的ワーク」の土台となる主体的関与を喚起した。本章が示すのは、まさにこうした歴史的経験が制度化の初動を支える主体的動機づけと深く関係しているという点である。

さらに本章では、実践者たちが自らの経験をどのように意味づけ、古民家再生という実践に自身の価値や可能性を見いだしていくのかというプロセスが丁寧に描かれる。評者の理解によれば、本章の記述は、実践を通して「自分にもできる」・「役に立てる」・「仲間とともに取り組める」といった感覚が育まれていく過程を的確に示しており、いわば「心理的エンパワーメント」と呼びうる主観的・情動的基盤が制度化の継続性を支えている。この点において、制度が主体の内側に棲宿し、実践継続意図を生み出すメカニズムを明らかにするという意味で、本章は制度研究のミクロ的次元への大きな貢献をなしている。

著者はさらに、古民家再生の担い手への調査をもとに、「社会的有効感」・「連帯感」・「有能感」といった心理的要素が制度化の持続的推進力となることを明らかにする。制度化は外在的な制度設計だけでは成立せず、主体が制度的実践に内在的な意味を見いだし、そこに価値を感じ、仲間とのつながりを築き、自らの技能に自信をもつこと――すなわち主観的側面の強化――が不可欠である。

本章の核心は、震災後の地域支援という歴史的経験、そこから生じる実践者の内的変化、そして実践の意味づけの再編が複雑に結びつき、その積み重ねが制度の生成を支えているという点にある。こうして形成される主体的基盤を通じて、制度は「外側から与えられる構造」ではなく、「実践」の「内部」に「棲宿する制度」として立ち上がってくる。本章は、この制度観を具体的事例から照射し、本書全体の理論的枠組みを支える重要な位置づけを担っている。

第6章 「古民家再生の意味形成」(JMRA協会誌『民家』にみる象徴的価値構築)は、協会誌『民家』の巻頭言を主たる分析対象とし、古民家再生をめぐる制度的価値が、象徴的領域においてどのように構築・変容してきたのかを解明することを目的とする。中心的関心は、古民家再生という実践が、いかなる「制度ロジック」によって支えられ、同時に複数ロジック間の緊張をどのように調停してきたのか、という問いに置かれている。著者は、巻頭言に反復的に現れる語りのパターンに着目し、「制度ロジック」が意味レベルでどのように編集され、通奏低音のように実践の正当化に作用してきたのかを丁寧に解読する。

その結果として抽出されたのが、「増幅」・「競合」・「創造」・「連結」・「回帰」という5点の語りの型である。「増幅」は、古民家がもつ歴史性・希少性・景観価値といった文化資源が、現代的意義へと過剰決定されるプロセスを示す。文化財としての正統性が強調されるだけでなく、ノスタルジアや地域アイデンティティといった情緒的価値が拡張され、制度的支持の裾野を広げる効果をもつ。

「競合」は、保存と開発、文化性と経済性といった相反するロジックが緊張関係を帯びながら併存する場面を描き出す。巻頭言では、開発圧力に対する批判や観光資源化をめぐる懸念がしばしば語られ、制度ロジック同士の軋みが可視化される。この競合が、古民家再生の正当化における潜在的課題を浮き彫りにする。

「創造」は、既存の価値を単に継承するのではなく、新たな物語や機能を付与することで古民家の意味世界そのものを更新する語りである。ここでは、地域コミュニティの再生拠点としての古民家、あるいは新たなライフスタイルの実験場としての古民家といった、創造的再解釈がしばしば提示される。文化的価値の再構成が制度化の基盤となる過程が明確になる。

「連結」は、古民家再生を他分野の社会的価値(環境保全、地域福祉、教育、観光、地域産業振興など)と接続する語りであり、制度的正当性の獲得を水平的に拡張する機能をもつ。異質な制度ロジックを束ね、古民家再生を多目的な社会的装置へと位置づける戦略的言説がここに見られる。

「回帰」は、近代化の過程で失われたとされる「本来性」や「原風景」への復帰を説く語りであり、文化的持続性や精神的価値を強調する。こうした回帰的言説は、古民家再生を「忘却された価値の回復」として意味づけ、広範な社会的共感を喚起する役割を果たす。

これら5点の語りの型は、単なるレトリックの分類ではなく、「制度ロジック」の調整機制として機能する象徴操作の分析である。著者は、象徴資源—すなわち歴史記憶、景観イメージ、郷愁、文化的正統性—が制度構築のレベルで果たす役割を一貫して示し、制度変容の背後には象徴操作の微細な積層が存在することを論証する。本章は、制度的価値形成の象徴レベルを精緻に扱うという点で、本書全体の中でも際立った理論的深度を有している。「制度ロジック」研究における「象徴資源の制度化」という近年の関心領域にも接続し、制度研究・文化社会学・歴史社会学を架橋する重要な知見を提示している。

第7章 「拡張的な集合行為性」(補完的アクターによる制度環境の拡張)は、古民家再生の制度化を、JMRA という中心的主体のみならず、行政組織、観光関連団体、地域NPO、メディア関係者など、多領域にまたがる外部の補完的アクターによる支援と協働を通じて支えられる漸進的に生成される動態として捉え直すものである。これらのアクターは、JMRA とは異なる「制度ロジック」を担いながら、古民家再生を自らの制度的関心へと翻訳し、その価値を他領域へ接続・拡張する媒介的役割を果たしている。

行政は地域活性化や景観政策の観点から古民家再生を位置づけ、観光組織は文化資源としての古民家を観光価値へと変換する。NPOはコミュニティ形成や社会包摂といった課題と古民家を結びつけ、メディアは象徴的価値を可視化することで、古民家再生を社会的想像力の中で「語られる対象」へと押し上げる。本章は、こうした翻訳と接続の連鎖によって、古民家再生は特定領域に閉じた専門的実践ではなく、複数領域を横断する制度的実践へと再編成されるプロセスをきわめて具体的に解明している。

第8章 「研究の示唆と結論」(制度化の3層循環モデルの統合)は、「制度ロジック」―「制度的ワーク」―「心理的エンパワーメント」という3層が循環し、再帰的に連動しながら制度化を推進する「三層循環モデル」を提示する。制度化は、「構造に従う行為者の受動的順応」でも「主体が構造を外から変革する能動的介入」でもなく、複数の行為と複数の制度ロジックが相互に作用しあう生成プロセスであることが統合的に示される。

著者は制度化を単一の因果系列に還元せず、複数の「制度ロジック」、複数の実践者、複数の語りが併存し相互に影響しあう 「多様性(diversity)」 を前提に分析を組み立てる。制度の生成は「一つの声」によって主導されるのではなく、行政・専門家・市民・実践者といった多様な主体が異なる立場や価値観をもって関与する 「多声性(polyphony)」 として描かれる。したがって制度化のプロセスは、単一のロジックが制度全体を支配するのではなく、複数のロジックや語りが併存し、時に競合し、時に接合しながら新たな制度秩序を構築していく多層的プロセスとなる。

また本章では、制度化を担う組織を「主体そのもの」としてではなく、異なる「制度ロジック」やアクターを結びつける場として 「プラットフォーム(platform) 」として捉える視点を導入する。とくに JMRA の活動を、制度的矛盾や多元性によって生じる「断絶」を埋め、社会的に分散した活動を相互に連結させ、異質な実践者が協働可能な場を形成する仕組みとして理解する。制度化が進展するためには、こうした「プラットフォーム」が制度領域の境界を横断し、知識・価値・実践を媒介する結節点として機能することが不可欠である。

さらに本章では、制度ロジックがどのような意味枠組で理解され、行為者の認知や判断にどのように作用するのかを示す概念として 「フレーム(frame) 」の働きが明確化される。「フレーム」は「制度ロジック」を行為レベルに「読み替える」装置として機能し、異なる主体が制度的現実をどのように共有可能な形に変換するのかを説明する鍵となる。「制度的ワーク」の過程でフレーミングがどのように行われ、制度的正当性や価値づけがどのように再編されるのかが、本章では統合的に描かれており、古民家再生という具体的フィールドの分析を超えて、制度研究の新たな理論的地平を切り開く意義を結晶させる章となっている。

3.「制度的多元性」と「制度的複雑性」の理解

古民家再生フィールドを理解するうえで本書が卓越しているのは、この領域を単なる文化財の保存事業でも、観光政策の一プログラムでもなく、複数の「制度ロジック」が同時に作用し、互いに干渉しあう「制度的多元性」の極めて高い「組織フィールド」として捉え直した点にある。古民家再生をめぐる実践は、もともと単一の制度領域に収まるものではなく、建築規制、伝統構法、文化財保護、観光振興、環境政策、地域振興といった多様な制度領域が歴史的に積層し、それらが横断的に接続される過程のなかで継続的に形づくられてきた。本書は、この多元的制度環境こそが古民家再生の制度化を理解するうえで不可欠であることを説得的に示す。

1970〜80年代の日本社会において、古民家は主として近代建築の専門知に基づく安全・耐震の規制枠組みの中で「老朽」・「危険」・「解体対象」として扱われていた。スクラップ&ビルドを前提とする住宅産業ロジックの支配は、古民家を制度的に「周縁化」する方向へ強く作用した。ここでは、古民家は「制度ロジック」の外部に押しやられた存在であり、文化的価値や地域的価値は制度の言語によって十分に認識されなかった。

しかし、今世紀に入ると状況は劇的に変化する。古民家は「文化資源」としての歴史的価値を評価されるようになり、「景観形成」の担い手として政策言説に現れ、「観光資源」として消費者に提示され、「地域の記憶」を編み直す媒体として地域住民に再発見され、さらには「環境調和型住宅」として環境政策の文脈にも結びつき始める。これらの価値語は、それぞれ異なる制度領域から古民家に向けられる新たな視点であり、複数の「制度ロジック」が古民家という対象をめぐって競合しながら意味を再構成する動態を示している。

重要なのは、この価値転換が単なる文化的嗜好の変化ではなく、「制度ロジック」そのものの再編として生じている点にある。耐震規制ロジック、伝統構法ロジック、文化財保護ロジック、観光ロジック、環境ロジック、地域振興ロジック、住宅産業ロジックといった複数の「制度ロジック」は、それぞれ異なる正当性基盤・専門知・政策理念をもっているため、互いに無理なく整合するとは限らない。むしろ多くの場合、それらは矛盾し、摩擦し、ときに競合し、部分的にだけ接合される。この状況を著者は 「制度的複雑性(institutional complexity)」 として捉え、古民家再生フィールドの理解に不可欠な要素として位置づける。

制度的複雑性が高い環境では、制度化が一方向に進行することは稀である。ある「制度ロジック」に沿った改善が別の「制度ロジック」からは逆効果となる場合もあり、制度化は常に多元的諸要素の間での拮抗関係の結果として生起する。著者は、古民家再生がある地域で急速に広がり、別の地域では長く停滞した理由を、この多元性の構造に求める。「制度ロジック」間の緊張を調整し複数ロジックを接合し得た地域では、制度化が急激に進み、実践が累積し、制度的正当性が強化される。一方、その調整が困難であった地域では、制度化がごく局所的・散発的にとどまり、普及に至らない。

著者の議論の重要性は、この制度的多元性を単に「背景としての複雑さ」とみなさず、制度変容を理解するための分析中心に据えた点にある。古民家再生における制度化は、「制度ロジック」の再編と接合というプロセスによって初めて可能となり、そのロジック同士の相互作用の度合いが、制度化の速度や広がりを左右する。「制度ロジック」とは本来、単なる制度的な価値のリストではなく、行為者の判断、行政の方針形成、専門職の実践、地域住民の意味づけなど、多層の水準で同時に作用し続ける「行為を方向づける秩序」である。本書は、古民家再生という具体的領域を通じて、「制度ロジック」の働きとその政治的・文化的・歴史的含意を豊かに示している。

4.「普及の非対称性」を生む制度的メカニズム

本書の中心的な問いは、古民家再生という実践領域がなぜ地域によって極端に異なる普及経路をたどり、ある場所では制度として急速に立ち上がり、別の場所では局所的・散発的な試みのまま停滞するのか、という 「普及の非対称性」にあった。著者は、この非対称性を外在的要因(たとえば技術者の有無、行政支援、文化財指定の状況、地域経済の強弱など)だけで説明できないとし、制度環境に内在する 「制度的多元性」 と「制度的複雑性」がつくりだす構造的条件にこそ、その核心があると論じる。

古民家再生の制度環境においては、建築規制ロジックと伝統構法ロジック、文化財保護ロジック、観光ロジック、環境ロジック、地域振興ロジックが相互に干渉し、しばしば矛盾し合う。こうした多元的制度環境では、制度化はあらかじめ用意された一本道をたどるわけではなく、複数の「制度ロジック」同士の局地的な翻訳・調整・接合を介して、徐々に制度的可能性の地形が変化していく。著者が示す新聞記事の言説分析を見ても、「老朽・危険」といった否定的言説が主流であった時期から、「文化資源・景観形成・環境調和型住宅」といった肯定的言説が徐々に強まり、最終的には政策・産業界・メディアの言説を動かしていく過程が詳細に示される。言説の変容は「制度ロジック」の再編と表裏一体であり、制度化の出発点を形づくる重要な兆候でもある。

しかし本書が明らかにする最も重要な点は、制度化が単に言説の変化によって直線的に進むのではなく、いわば「累積性(cumulative dynamics)」 を示すことと理解できるであろう。古民家再生の実践が一つ成功すると、それが地域住民・行政・実践者に共有され、次の実践の足場となる。その成功を受けてメディアが新たな語りを生み出し、その語りがまた実践を刺激する。こうした「実践―語り―正当性付与―新規参入」の連鎖が生まれる地域では、制度化が加速度的に展開する。

著者自身はその語彙を用いないものの、評者の視点からは、この制度化の加速と停滞の差異が、複数の行為・語り・価値が臨界点を越えて結びつくことで「制度ロジック」の再編が一挙に進む現象を、複雑系(complex system)における「相転移(phase transition)」に近いものとして理解できる。また、「制度的ワーク」や語りが互いに強化し合う「実践→語り→正当性→実践」という自己増殖的な回路は、評者の読解によれば「ポジティブ・フィードバック」と親和する力学を備えている。すなわち、初期のいくつかの成功事例が一定の閾値を越えた段階で、「制度的ワーク」・語り・政策支援・専門家ネットワークが相互に強化され、制度化が急激に進展する局面が立ち上がるのである。こうした質的飛躍は、複数の実践・語り・「制度ロジック」が一点に収束し、それまで存在していなかった制度秩序が立ち上がる現象として捉えられ、「創発(emergence)」的性格を帯びる。

周知のように、「複雑系」とは個々の要素が単独では示さなかった振る舞いが、多数の相互作用を通じてシステム全体として新たな秩序をつくり出す現象に注目する視座である。たとえば自然界における群れの形成や気象パターンの転換は、個々の行為ではなく、それらの相互関係が「全体としてのふるまい」を生成する点に特徴がある。

本書が描く古民家再生フィールドの制度化も、複数アクターの行為・語り・評価が重なり合ううちに、ある時点で別様の制度秩序が立ち上がるという点で、「複雑系」の「自己組織化(self-organization)」に近い構造を備えているように思われる。

このような理解に立つと、「制度ロジック」間の局地的な翻訳・調整・接合が単なる線形的蓄積ではなく、複数の要素が臨界点に向けて相互に連動することでダイナミックに増幅されるプロセスであることが理解できる。つまり、「制度的ワーク」による微細な調整や、メディアによる語りの再編、行政政策の変化といった個々の作用は、初期には小さな変化として現れるものの、これらが重層的に作用し始めると、システム全体の状態が「非連続」に変化する可能性を孕んでいる。著者が提示する具体的事例の多くは、この重なりの臨界点を越えた瞬間に制度化が加速していく局面を示しており、この点で本書の記述は、複雑系がもつ「非線形性」・「跳躍性」・「創発性」ときわめて親和的と理解できるであろう。

こうした現象は、本書の描く制度化ダイナミクスが、制度研究において未解明であった「制度変容の急性フェーズ」を理解するうえで、重要な手がかりを与えている点を示している。著者は制度化過程を、単線的普及モデルではなく、複雑な「制度ロジック」間の相互作用性を基盤とした、いわば「非線形・累積的・創発的プロセス」ともいうべき現象として提示しており、この立場は、制度が「外側から到来する秩序」ではなく、「内側で生きられ、生成され続ける秩序」であることを理解するための理論的視点を大きく拡張している。

制度が実践と言説のなかで絶えず構築され続ける「棲宿する制度」として生きられているという著者の描写は、古民家再生に関わる多様なアクターの実践・語り・協働の積層を丹念にたどることで鮮やかに立ち上がってくる。「制度ロジック」の交錯と翻訳、制度的ワークの繰り返し、象徴的価値の再編成、主体の主観的・情動的基盤変容といった複数の要素が、「複雑系」的な相互作用を通じて制度化の方向性を形づくるという理解は、制度研究の理論的射程をいっそう豊かに押し広げる。

5.理論的課題

本書が提示する制度化の分析は、「制度ロジック」、「制度的多元性」、「制度的ワーク」、「集合的企業家活動」、「主観的・情動的基盤」、「シンボリック相互作用」といった制度論の要諦を高度な精度で接続し、古民家再生というフィールドを通じて制度研究の新たな可能性を鮮やかに示している。しかし、著者の射程が広範であるがゆえに、制度理論全体の文脈からみれば、なお検討を深めうる理論的課題を4点指摘しておきたい。

第1に、「制度ロジック」の内部構造の精緻化が挙げられる。本書は複数の「制度ロジック」が併存・摩擦する状況を丹念に描き出すが、ロジック間の階層性や結合様式、翻訳可能性の差異といった、ロジックそのものの構造的特性については、体系的整理の余地を残している。「制度ロジック」は単なる価値セットではなく、互いに連鎖しうる構造的布置をもつ。Thornton, Ocasio & Lounsbury(2012)や Greenwood et al.(2011)、舟津(2019, 2023)が示すように、ロジック間の結合には固有のパターンがあり、それが制度化の速度・方向を左右する。本書の豊富なデータは、こうした構造分析に発展しうる潜在力を有している。

第2に、「埋め込まれたエージェンシーのパラドックス」の扱いがある。本書は、制度を外部から意図的に動かす「制度的企業家」像から距離を置き、JMRA のような「集合的企業家活動」が制度の内部に深く埋め込まれながら行為していく姿を描く。この点は、「主意主義的バイアス」を批判してきた制度派企業論の潮流を踏まえた重要な貢献である。しかし、制度への埋め込みがいかに行為可能性の条件を形成し、いかなる形で制約・解放として働くのかについては、さらなる理論的精緻化が可能である。すなわち、JMRA の行為は「制度ロジック」のどの層において可能となり、どの地点で限界に直面したのか。主体性の条件論と接続させることで、より深い制度理論的考察が拓かれるだろう。

第3に、本書が冒頭から中心課題として据える「普及の非対称性」を、制度理論の内部でいかに理論化するかという問題がある。本書は制度化を「非線形」・「累積的」・「創発的」なプロセスとして描き、地域差がロジック接合の成否に依存することを説得的に示す。しかし、この非線形性を既存の制度理論――とくに「制度ロジック論」「制度的ワーク論」「棲宿する制度主義」――の理論装置のどこに位置づけるかは残された課題である。ロジック結合が閾値を超えた際に制度が急激に加速する現象は、(社会)システム論的には「自己強化的メカニズム」として理解でき、制度変容研究(institutional change)の一般理論と接続しうる。

第4に、本書が提示する「主観的・情動的基盤」の分析そのものに対しては、社会学の理論系譜から見れば、対照的視座に基づく明確な批判的論点が成立しうる。たとえば、現象学的社会学の真木(1977)が提示した「存立構造」論――とりわけ近代特有の「個人への疎外」という概念――を挙げることができる。本書は行為者の意味づけ・情動・実践継続意図を制度化のミクロ基盤として位置づけるが、この立場は行為論的転回以降の新制度派、すなわち制度を相互行為の内部で再生産される秩序として捉える Hallett & Ventresca(2006)や、「制度ロジック」を行為者の認知・判断・実践を方向づける文化構造として再定義した Thornton et al.(2012)の枠組みに沿ったものである。

しかし真木の議論に照らすならば、本書のこの主体理解は、制度が主体の深層へ浸透し、欲求・自己像・価値・情動構造をあらかじめ形成するという近代社会固有の「個人への疎外」という側面を十分に理論化していない可能性がある。すなわち、本書が描く実践者の「社会的有効感」・「連帯感」・「有能感」は、個々の主体の心理特性や行為過程に還元されるべきではなく、制度環境に内在する象徴秩序の内面化された効果として批判的に読み替える余地がある。この観点から見ると、本書の主体性理解は、行為者の自律性・創造性を前提化しすぎているという点で、理論的に追加の検討が必要である。行為論的制度研究が陥りがちな主体自律性の過大評価に対し、真木の「個人への疎外」論は、制度的ワークやロジック翻訳の可能条件そのものを再検討すべきことを示す重要な批判的枠組であり、本書の議論が深化しうる方向性を明確に示している。

以上の点は本書の限界を示すというより、むしろ本書が開示する「制度研究の次段階」の輪郭を照射するものであり、むしろ本書が開いた議論を一層豊かにするための課題として捉えるべきである。

6.総括

本書は、古民家再生という一見限られた領域を扱いながら、制度研究における主要論点を複数の水準で架橋し、制度化のダイナミクスを立体的に描き出した労作である。「制度ロジック」・「制度的多元性」・「制度的ワーク」・「シンボリック相互作用」・「集合的企業家活動」・「主観的・情動的基盤」・「棲宿する制度主義」といった多様な理論資源を、単に並列的に引用するのではなく、古民家再生という具体的フィールドにおける生きた実践として再構成している点に、本書の特筆すべき強みがある。

本書が提示する実践の制度化理解は、制度を外在的で静態的な「与えられた秩序」としてではなく、実践の累積や語りの編成、協働の場の生成を通じて、日常生活の内部から立ち上がる「生成され続ける現実」として捉える立場に立脚している。「制度ロジック」と「制度的ワーク」、主体の主観的・情動的基盤がどのように交差し、制度が実践と結びついた「棲宿する制度」として経験されるのかを、古民家再生にかかわる多様なアクターの実践・語り・協働の積層を丹念にたどることで明快に示している。

古民家再生がある地域で急速に立ち上がり、別の地域では断片的な試みにとどまるという「普及の非対称性」は、本書が追究する中心課題である。著者はこの現象を、複数ロジックの配置や制度的ワークの厚み、象徴的価値の編成、主体性の構造といった多層の要因の複合的結果として描き出すが、評者の視点からは、そこには制度化が直線的な普及過程ではなく、ときに跳躍をともなう非線形のプロセスとして現れる側面が読み取れる。著者自身は「非線形性」という語を用いないものの、実践・語り・制度的ワークが相互作用することで制度化が加速する局面が生じうることは、本書の事例記述から明らかであり、制度変容における創発的側面や臨界点を越えた変化を考えるうえで示唆的である。

協会誌『民家』の言説分析を通じて、「制度ロジック」間の緊張が象徴的レベルでいかに調整され、制度的正当性が構築されていくのかを明らかにした点も重要である。制度の文化的・象徴的基盤が制度構造そのものに影響を与えるという視点は、制度を政策や構造の問題に還元するのではなく、価値・物語・歴史感覚を含む広い意味での文化的実践として捉える道を開いている。また、主観的・情動的な「心理的エンパワーメント」の分析によって、制度化のミクロ基盤が明示的に位置づけられたことも見逃せない。制度は構造的要件のみでは持続せず、その制度を「意味あるもの」と感じ、自らの実践を通じて支えようとする主体の存在によってはじめて支えられるという点は、制度研究にとって重要な示唆を含んでいる。

こうした本書の多面的な貢献は、制度研究がこれまで抱えてきた理論的断片性を乗り越え、構造・文化・実践・主体性を架橋するための新たなモデルを提示していると言える。古民家再生という具体的なフィールドに根ざしながら、制度の成立・維持・変容過程を三層的に統合した本書の分析は、制度研究の方法と射程を大きく広げるものである。古民家再生の制度化をめぐる詳細な実証作業は、「制度ロジック論」・「制度的ワーク論」・「棲宿する制度主義」といった異なる理論領域を自然に接続し、制度研究が向き合うべき中心的問い――制度とは何か、制度はいかに立ち上がり、いかに持続し、いかに変化し得るのか――に対して豊かな答えを与えている。本書の理論的射程は古民家再生という個別領域を超えて広く応用可能であり、制度研究者にとって必読の一冊である。

参考文献
 
© The Academy of Management Philosophy
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