Journal of Information Processing and Management
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“Michinoku-Shinrokuden”: Digital archive project of the 2011 Great East Japan Earthquake Disaster by industry-academia-government-citizen collaboration
Fumihiko IMAMURAShosuke SATOAkihiro SHIBAYAMA
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2012 Volume 55 Issue 4 Pages 241-252

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著者抄録

東北大学災害科学国際研究所では,総務省,国立国会図書館,文部科学省,科学技術振興機構,全国および東北企業,海外などの80を超える機関と連携して,東日本大震災に関するあらゆる記憶,記録,事例,知見を収集し,国内外や未来に共有する東日本大震災アーカイブプロジェクト「みちのく震録伝」を展開している。本プロジェクトは,今回の震災の被災地を中心にして,歴史的な災害から東日本大震災について分野横断的な研究を展開し,東日本大震災の実態の解明や復興に資する知見の提供を進めていく。これらの取り組みは,低頻度巨大災害の対策・管理の学問を進展し,今後発生が懸念される東海・東南海・南海地震への対策に活用する。本稿では,産学官民の連携を通した活動の事例について紹介する。

1. はじめに

東北大学災害科学国際研究所では,東日本大震災アーカイブプロジェクト「みちのく震録伝(しんろくでん)」を立ち上げている。これは,東日本大震災を取り巻くさまざまな事象に関する「情報」や「記録」を,今後災害に見舞われるであろう国内の地域や海外に,また,これからの未来の世代に,発信・共有しようとする試みである。プロジェクト名には,「東北地方(みちのく)の震災(震)の記録(録)を伝える(伝)」という意味を込めている。震災に関する文書,写真,動画,音声を網羅し,東日本大震災という,忘れてはならない経験を広く共有し,今後の防災・減災につなげようとする計画である(図1)。本プロジェクトの目指すところは,東日本大震災について得られた情報コンテンツを統合的にアーカイブし,それを公開して,コンテンツの利用を促進することで,東日本大震災の実態を解明したり,低頻度巨大災害の対策・管理の学問を進展させ,今後発生が懸念される東海・東南海・南海地震への対策や備えを支援することにある。

図1 みちのく震録伝の目的

みちのく震録伝では,1)あらゆる可能性を否定せずに幅広くさまざまな分野の情報を収集する,2)東日本大震災の現在のみならず,被災地の過去や未来も収集する,3)活動を通して得られた知見を即座に防災・減災に結び付けられるように発信する,4)利用者との対話をもとに継続的に成長する,5)被災地の復旧・復興の過程を沿岸から内陸まで継続的に記録する,6)他の震災アーカイブや有用なサービスと積極的に連携する(5章に概要を記載),7)災害アーカイブのグローバル・スタンダードを目指す,8)行政・企業・研究機関の防災・減災情報システムと連携する,9)防災・減災教育に資する情報を提供する,10)プロジェクト活動を通して,東北地方に雇用を生み出す,という理念のもとに活動している。

以上で述べた目標や理念は,その規模が広大であり,1人の研究者や単一の組織で実現することは困難である。そこで,みちのく震録伝では産官学民の英知を結集することで,この大きなプロジェクトを展開し,構想の実現を目指している。本稿では,産学官民の英知をどのように結集し,プロジェクトを展開しているかについて紹介する。プロジェクトの体制を2章で,被災地の情報を独自に集める方法を3章で,アーカイブシステムを構築する上で要素となる技術の検証について4章で述べたい。

2. 産学官民の協働プロジェクトとして

まず,発起人側である「学」として,の東北大学の中での体制について述べたい。本学では,2012年4月,「災害科学国際研究所」を設立した(図2)。本研究所は,災害リスク研究部門,人間・社会対応研究部門,地域・都市再生研究部門,災害理学研究部門,災害医学研究部門,情報管理・社会連携部門,寄附研究部門の7つの部門からなる災害科学に関する学際的な研究機関である。2007年に宮城県沖地震への備えを前提として形成された「東北大学防災科学研究拠点」が母体となっている。本拠点では,本学で行われている文系・理系の防災・減災研究を統合し,実践的な防災・減災の研究を推進するための組織として文理連携のチームが形成された。 2011年の東日本大震災を契機に,災害科学国際研究所としての設置に至った。

図2 東北大学災害科学国際研究所

「災害」はしばしば「多面的である」と言われている。東日本大震災を例にとれば,海底地殻の変動,地震の揺れや大津波,家や構造物の破壊,侵食や堆積による地形変化,津波からの避難行動,原発事故,水や食料の確保,避難所での生活,被災地への物資輸送,ボランティア活動,仮設住宅などの仮住まいの確保,生活の再建,復興のまちづくりなど,ここでは書き尽くせないほどのさまざまな「面」が災害には存在する。東日本大震災の全容を科学的に解明するには,これらのさまざまな「面」に関するなるべく多くの観測や記録が必要になる。

東北大学災害科学国際研究所には,理学,工学,地学,心理学,情報学,経済学,医学,歴史学などさまざまな専門性をもった研究者が在籍しており,それぞれの視点から東日本大震災の観測・記録が行われている。従来は,それぞれの分野の観測・記録は,分野ごとに独立して集められていたが,これらを統合することにより,多面的な「東日本大震災の像」を作ることができ,東日本大震災の全容を解明するための研究の基盤を整備することができる。

今回のような壮大なプロジェクトは,「学」の知恵・資源のみでは実現することはできない。そこで,関係する政府機関,地方自治体,企業,被災された方を含む「産学官民連携」で活動している。みちのく震録伝に賛同・協力する機関は2012年6月現在で80機関を超えている(図3)。

図3 みちのく震録伝の賛同・協力機関

みちのく震録伝では,「官」として,国立国会図書館,総務省,文部科学省,科学技術振興機構(JST),宮城県,仙台市などと連携している。みちのく震録伝は,2011年夏に策定された政府の「東日本大震災からの復興の基本方針」1)に基づく活動である。この基本方針の中では,被災地の復興事業,今後の防災・減災対策,学術研究,教育等への活用に資するため,東日本大震災および過去に発生した地震・津波の記録・教訓を網羅的に収集し,誰もがアクセス可能な仕組みを構築し,後世へ永続的に残していくことが掲げられている。そういった意味で「官」も震災アーカイブプロジェクトに積極的に取り組んでおり,みちのく震録伝では,官公庁と連携している。

「産」として,システムベンダー会社,コンサルティング会社,測量会社,調査会社,広告代理店など,多種多様な機関から非常に多くの賛同・協力をいただいている。多くの機関が,自ら手を挙げ,みちのく震録伝の趣旨に賛同いただいている。これら「産」の機関は,1)ワーキンググループの参加,2)本学とのコラボレーション活動,といった形で協働・連携している。

1)のワーキンググループとは,いわば,「わが国の知恵を結集させる場」である。上記で述べたように,今回のプロジェクトは壮大であり,「学」の知恵だけでは,さまざまな課題に対する解決が困難である。そこで,本プロジェクトの趣旨に賛同・協力していただいている機関に,同じ空間に集まっていただき,課題解決のための知恵を出し合い,整理するための検討の場として,ワーキンググループを設置している。ワーキンググループは,「データ提供」「データ収集」「電子化」「システム」「GIS(地理情報システム)」「ストレージ」「メタデータ」「API」「社会展開」「サーバー」「SNS」「資金」「アウトリーチ」「システム連携」「著作権」などといった多岐にわたる検討会を設けている。それぞれの機関が得意とするワーキンググループに所属し,仕様や開発などに関する議論を行っている。ワーキンググループの開催の様子を図4に示す。多くの機関が参加するワーキンググループを円滑に運営するために,(1)各ワーキンググループでの検討対象に見識の深い「産」の機関に所属されている方に,ワーキンググループをとりまとめるリーダーを依頼し,(2)賛同・協力機関に所属するメンバー間のコミュニケーションを円滑に行うために,メンバーを対象にしたクローズのSNS(ソーシャルネットワークサービス)環境を整備する,という2点の工夫を行っている。

図4 みちのく震録伝ワーキンググループ開催の様子

2)のコラボレーション活動も「産」が担う大きな活動になっている。現在,東日本大震災のさまざまな記憶や記録を保管・管理から検索や公開までを可能とするアーカイブシステムの仕様の検討や開発を行っている。しかし,こうしている最中にも,精力的な記録の収集を行うとともに,また,多くの記録の提供もいただいているため,日々,こうした情報が増大している状況にもある。こういった記録をいち早く発信するための試みがコラボレーション活動である。以下に,現在までのコラボレーション企画の一覧を示した。

  1. a)   2011年東北地方太平洋沖地震津波による建物被害地図
  2. b)   360度カメラを用いた沿岸地域の撮影
  3. c)   2011年東北地方太平洋沖地震に関するWeb情報の解析
  4. d)   東北大学研究者による復興写真マップ
  5. e)   3D映像による東日本大震災の撮影
  6. f)   被災地の現地写真と航空写真・全周囲映像の複合公開
  7. g)   津波再現シミュレーション・被災範囲の推定の公開

上記f) g)は最新のコラボレーション活動である。前者はアジア航測(株)とのコラボレーション活動で,東北大学災害科学国際研究所に所属する研究者が,岩手県,宮城県,福島県の津波浸水域の現地で撮影した被害・復旧・対応の様子をおさめた写真と,同社が撮影した被災後の航空写真,現地写真,多時期の車載型360度カメラ映像を集約し,地図と連動して重ね合わせて閲覧できるサービスである。地上/上空,平面/包囲,震災発生直後/その後,といったさまざまな視点から撮影された写真を,同一の地図空間上に見ることのできる画期的な構成になっている。撮影方法によって異なる視点の写真を組み合わせることで,被災時や現況の再現を補完することができる。後者は,国際航業(株)の協力によるもので,国際航業グループが保有する「東日本大震災ライブラリー」の一部である,地震発生後に撮影した斜め航空写真と津波再現シミュレーションCGを公開するものである。東日本大震災の発生を受けて,同社は,被害様態の検証や復興まちづくり計画の立案に寄与することを狙いとして,迅速に沿岸被災地での津波来襲を再現するシミュレーション計算を行った。このシミュレーション結果を動画形式で閲覧するだけでなく,斜め航空写真を同時に提示することで,現地の地理的状況を補完的に示すことができる。なお,その他のコラボレーション活動は,みちのく震録伝のWebサイト(http://www.dcrc.tohoku.ac.jp/archive/)を参照されたい。

プロジェクトの1年目である2011年度は,本誌発行機関である科学技術振興機構(JST)から多大なるサポートを受け,産学官民の連携が実現し,大きくプロジェクトが進展している。本稿では, JSTから支援を受けている事業のうち,2つの事業について,以下3章と4章で紹介する。

3. 産学官民の力を結集して挑む(1):みちのく・いまをつたえ隊

みちのく震録伝では,さまざまな活動を通して東日本大震災の情報を集めている。その情報収集活動の1つが「みちのく・いまをつたえ隊」という活動である。この事業は,JSTと(株)サーベイリサーチセンター東北事務所の協力によって行われている。

これは,宮城県の沿岸にある15市町に,情報収集活動員を計16名派遣し,今,現場で起きている事象に関する情報を集める活動である。集める情報は, 1)地域住民の生の声(聞き取り),2)被災地の今(写真撮影),3)被災地にあるさまざまな震災記録(紙媒体の収集)の3種類である。被災住民の「思い」や地域の風景は,時々刻々と変化しており,そのときそのときでしか,聞くことのできない,撮ることのできない貴重な情報である。これらについて,なるべく網羅的に収集する活動が「みちのく・いまをつたえ隊」である。

今回の事業の着想に至った背景として,「被災地の広域性」がある。通常,災害が起これば,さまざまな分野の研究者は,被災現場に向かい,いわゆるフィールド調査(現地踏査)を行う。多くの研究者が,東日本大震災の「現場」を訪れている。しかしながら,東日本大震災で被災した地域は,非常に広範囲にわたっており,網羅的かつ定期的にフィールド調査を行うことが難しいという課題がある。そこで,今回の「みちのく・いまをつたえ隊」という事業の構想に至った。広域的な被災地に対して,フィールド調査を組織的に行うことで,網羅性や経時性を確保できると考えた。

みちのく・いまをつたえ隊員は,地方自治体消防のOBもしくは,被災された方々を現地雇用することによって組織している。つまり,みちのく震録伝では,「産」「官」「学」のみならず,「民」自らも活動に大きく貢献していただいている。本来,被災地での雇用促進を意図とした配慮であったが,これが現場で思わぬ効果を発揮している。隊員自身が被災しているということもあり,この度の震災に関する経験や何らかの強い思いをもっている。また,隊員それぞれがもつ地場のネットワークそのものが「被災者間のつながり」でもあり,話を伺うことのできる方を次々と紹介していただくこともできている。震災を経験して,「この震災の記録を残す意義」を強く感じた方が,従前からもっていた地域の方との信頼関係を活かすことで,通常の研究者が行うようなフィールド調査では得られない貴重な記録や情報を集めており,効果的な情報の収集が行われている(隊員活動の様子:図5)。

図5 みちのく・いまをつたえ隊員の様子

1に,みちのく・いまをつたえ隊が集めた情報の成果を示す。2月中旬から情報収集活動を始め,3月末の段階で,ヒアリングの実施件数が全部で803件,写真は約2万枚,被災者から提供いただいた震災記録は1,000枚となった。研修や休日などを除いた通常活動に当てられた日数は30日間に満たない中で,非専門家の集団がこれだけの情報を集められたことは大きな成果である。

表1 みちのく・いまをつたえ隊員が集めた情報

現在,得られた情報の内容の一次的な整理を行い,公開に向けての準備を進めている。図6にみちのく・いまをつたえ隊員が撮影した写真の一部を示す。これらの写真も,今後,みちのく震録伝のWebサイト上で公開していく予定である。

図6 みちのく・いまをつたえ隊員が撮影した写真の例

4. 産学官民の力を結集して挑む(2):デジタルコンテンツの管理・活用に関する実証・調査

みちのく震録伝では,さまざまな活動を通して集められた東日本大震災の情報を効果的に管理し,検索,発信できるシステムの開発に取り組んでいる。そのための技術検証や調査を,JSTと日本アイ・ビー・エム(株)(IBM)の協力によって行っている。

みちのく震録伝では,今後の防災・減災のための研究を目的として,震災で発生した動画や写真,インタビューの記録等の多種多様な情報を収録し,内外に発信することとしている。しかしながら収録される情報は,現在の段階では必ずしも整理されている情報とは言えず,情報を研究開発等で活用するためには,映像を検索するためのタグ付けや,コンテンツの分類等が不可欠である。また,震災アーカイブという性格から,復興過程における時系列の変化や地理との関係,いわゆる時空間情報で活用できることが必要でもある。

現在,これらみちのく震録伝に収録される情報とJSTで整備してきた科学技術情報(文献,特許,人,機関,用語等)を,情報技術によって連携させ,効果的な管理や可視化について技術的に検証・調査を行っている。

具体的には,以下の4つの技術について実証や調査を行っている。

  1. 1)   辞書を用いたテキストマイニング
  2. 2)   動画・映像の自動分類,タグ付け
  3. 3)   音声認識
  4. 4)   時空間情報との関連付け,表示

4.1 辞書を用いたテキストマイニング

みちのく震録伝に登録されているデータのうち,論文,新聞記事,インタビューなどのテキスト情報の量は非常に多い。アーカイブに限らず,このようなテキスト情報は膨大であるだけでなく,数値情報を「構造化データ」と呼ぶのに対して,「非構造化データ」と呼ばれ,その加工や分析が難しいとされてきた。

近年,自然言語処理や大規模データ処理,インデキシング技術の発達により,膨大なテキストデータから有用な知見を発見するための,テキストマイニング技術が脚光を浴びている。本誌においても,筆者の1人がWeb情報の解析ツールについて紹介した2)。現在,みちのく震録伝では,IBM Content Analytics(以下,ICA)3)というテキストマイニング製品を用いた検証を行っている。ICAは,高度な自然言語処理を行う分析システムの1つである。膨大な文書集合に対しても対話的な作業が可能となり,テキストデータから有用な知見を得るために欠かせない試行錯誤のプロセスを,ブラウザー上の操作で簡単に行うことができる。

みちのく震録伝では,JSTが構築しているJST科学技術用語シソーラス4)を用いて論文データの分析を行い,テキストマイニング技術の適用可能性について検討している。例えば,災害関連の論文を対象として地震と津波,地震と原発に関する研究についての分析を行い,科学技術論文において使用される用語の同義語や,「地震」「原発」といったテーマについて関連語が幅広く収録されているJSTの大規模辞書の有用性も同時に検証している。

7にICAによる検索結果の例を示す。検索対象は,JDreamⅡに登録されている災害・防災関連の論文(64,311件)について,キーワード「津波」で抽出し(5,109件),本文中に含まれる地名別/年別でトレンドをグラフ化したものである。

図7 ICAを用いたテキストマイニングの例

4.2 動画・映像の自動分類,タグ付け

みちのく震録伝に登録されている写真も,重要な情報である。最近では,GPSや方位センサーを搭載したデジタルカメラが市販されており,それらのカメラで撮影した写真には,画像サイズ,解像度,撮影日時,焦点距離,F値,露出時間などのデータに加えて,緯度・経度や撮影方位のデータが撮影情報(EXIFファイル)として記録されている。

一方で,被写体に関する注記などのメタデータは乏しく,これらをもとにした検索が難しいという問題がある。Yahoo! Japanの「東日本大震災写真保存プロジェクト」5)やFlickr6)のような,ユーザーが写真をアップロードして保存し他人に公開できるようなWebサイトでは,ユーザーが写真に関するコメントを残すことができる。みちのく震録伝に登録されている大量の写真のほとんどにコメントはつけられていない。したがって,「瓦礫」や「被害にあった建物」などの被写体が映っている写真を網羅的に検索することがこのままでは困難な状況である。しかし,大量の写真1枚1枚について,以上のように丁寧に情報を付与することには多大な労力を要する。

近年,技術の発展にともない,画像の意味を認識するための汎用的な技術が実用化されてきている。IBMのIMARS(IBM Multimedia Analysis and Retrieval System)7)では,汎用の画像認識システムでは教師データと呼ばれる,画像とタグのペアを一定数与えることにより,未知の画像に対するタグを推定する機械学習を行う。そのため,対象ごとに特別なプログラミングを必要としない。近年では,学習アルゴリズムの発展やハードウェアの性能向上にともない,特定対象向けのシステムと比べて認識精度は落ちるものの,技術の適用用途を選ぶことによって十分実用に耐える技術が利用可能になってきている。

みちのく震録伝は,以上の汎用の画像認識システムを用いた自動タグ付けの検証を行っている。震災に関する大量の画像に対し,一部に研究者によるタグ付けをし,JSTの技術用語辞書とIMARSを用いて分類器を生成している。

8にIMARSによる写真の分類結果の例を示す。図左側は“Beach”,図右側は“Building”として分類された写真の例を示している。前者は,主に被災した海岸の様子,後者には被災した建物が,画像情報のみによって,ほぼ的確に分類されている様子がわかる。

図8 IMARSを用いた写真の分類例

4.3 音声認識

東日本大震災でも,災害発生直後から報道各局において特別番組が編成され,災害の詳細や被災状況が,被災地のみならず日本国内や世界各国に発信されてきた。これらの映像は震災の状況を伝える貴重な資料映像であるとともに,後世に伝えられるべき重要なメッセージであると言える。

これら映像データには貴重な情報が多く含まれるが,データ量が膨大である上,また映像というデータの性質から,内容を知るためには映像の実時間をかけて内容を確認する必要がある。さらに後々これらの映像データを再利用するための利便性を高めておくためには,映像に対してアノテーションを付与しておくなどの手段が考えられるが,それには多くの人手が必要とされる。そこで本プロジェクトでは,音声認識技術を用いて,これらの映像に対してアノテーションを行うための技術的な検証を行う。映像に含まれる音声やラジオ音声などの音声データに対し音声認識技術を用いて書き起こすことで,映像・音声データに対して,半自動的にアノテーションを付与できる可能性がある。この技術はオーディオインデクシングと呼ばれ,タイムラインの付与された認識結果をもとに,大量の音声データからのキーワード検出や音声認識結果を用いたマイニングなどに用いられる。

音声認識の精度は,録音品質・話者・発話内容によって大きく変動する。録音品質は,サンプリングレートや圧縮方法といった処理方法の影響だけでなく,部屋の大きさ・自動車など騒音・他者の発話など,環境による要因も大きい。また,発話が読み上げ口調か,自然な会話なのかといった発話スタイルによっても,音声認識の精度は変わってくる。したがって,音声認識がアノテーションのための手段として有効であるかを知るために,実際の認識対象(アノテーション対象)となる音声データを詳細に調査する必要がある。みちのく震録伝は,実際の映像データを用いて音声認識実験を行い,音声認識精度を計測し,技術的な可能性を検討している。

9にテレビ映像からの音声を認識している様子の例を示す。 図左側は録画された報道番組であり,その背景で被災の状況をリポートしているアナウンサーの声について自動認識された結果が右側のボックスに示されている。

図9 テレビ映像からの音声認識の例

4.4 時空間情報との関連付け,表示

被災地で撮影した写真の中には,同じ被写体に対して広角レンズや望遠レンズで撮影するなどのように異なる撮影条件で撮影した写真があったり,撮影者が何らかの意図で関連付けたい複数の写真があったりする。これらの写真を関連付け(構造化)し,写真から意味的なメッセージをユーザーに伝えることができればアーカイブシステムとしての付加価値も増大する。

みちのく震録伝では,デジタルカメラで撮影された写真の撮影時間,撮影位置,撮影方向,焦点距離などの撮影情報をもとに,複数の写真を互いに関連付けした擬似的な仮想空間を生成・管理し,研究者や一般ユーザーが写真による擬似的な仮想空間をWebで閲覧できるようにしたプロトタイプを構築している。この開発したプロトタイプをベースに,今後,アーカイブする写真枚数が膨大になった場合やWebからアクセス数が増大した場合のシステムに対するパフォーマンス上の影響を検討し,本番システムでのアーキテクチャを提案する。同時に,撮影した写真を関係付けて画像データベースを構築するなどの運用上の改善手法と操作性の向上のための手法について検討している。

被災地域の写真(360度カメラの映像や静止画)等の各データの属性情報(時間,場所等)をもとに,それを地図上で,バーチャルに閲覧できるようにすること。その際,過去から現在の情報があるものについては,当該地図上にて,時空間の軸をマウス操作等で,容易に閲覧できるようにすることを検討している。

10に時空間情報との関連付け表示の例を示す。宮城県女川町の被災の状況をおさめた写真を表示している。各所にズームアップすることで,建物の内部の写真,過去の同じ場所の写真など,時空間情報が関連付けられた写真が表示される。

図10 時空間情報との関連付け表示の例

以上,4つの節で示した技術の実証実験を通して,アーカイブのメインシステムの仕様検討や開発・実装を現在行っている。

5. おわりに

最後に,みちのく震録伝のシステムの全体構想について述べる(図11)。アーカイブされた情報は,2つの方法で利活用される。1つは,独自のSNSからの利用,もう1つは,自治体や企業,教育,観光などの既存システムや新たなソリューションシステムと連携して社会展開して利用する方法である。前者の利用者としては,研究者や自治体関係者,防災関係者,自主防災組織,NPOなどを対象者とし,情報の利用や登録,そして,共通のテーマをもつコミュニティーを形成し,さらなるデータの利活用を促進するものである。後者は,一般ユーザーを対象とし,さまざまな環境でアーカイブされた情報を利用するものである。本システムでは,アーカイブされた情報を利活用するだけではなく,外部機関が集めたデータを横断的に検索できる機能やメタデータ生成のためのアノテーションサービス,研究者支援として大規模シミュレーションとの連携などの機能を構想している。

図11 みちのく震録伝の利用イメージ

東日本大震災に関するアーカイブプロジェクトは,みちのく震録伝以外にも,政府,研究機関,民間企業,NPOなどさまざまな機関が取り組んでいる。2012年1月11日に,東北大学では,これらの代表的なプロジェクトや機関を一堂に介した国際シンポジウム「東日本大震災アーカイブの最前線と国境・世代を超えた挑戦」を総務省,ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所とともに主催した8)。本シンポジウムでは,各プロジェクトの最新の取り組み状況を共有したほか,阪神淡路大震災のアーカイブである「震災文庫」を構築,運営している神戸大学附属図書館から基調講演をいただいた。加えて,シンポジウムでのパネルディスカッションにおいて,プロジェクト間の連携の意思が確認された。具体的な連携方法として,1)東日本大震災に関する情報や記録に関する収集体制を確立することで,効果的な情報収集の役割分担を行ったり,2)メタデータの共有化,API(Application Program Interface)によってスムーズなシステム間連携を進めていくことになる。

みちのく震録伝は,東日本大震災の発生から10年間(2021年3月)をプロジェクト期間として定めている。最初の3年間(2014年3月まで)に,本アーカイブシステムをリリースすることを目標としている。この3年間の中では,アーカイブシステムの開発と構築はもちろんのこと,α版の公開も行うことで,利用者からの意見を踏まえて開発を継続していく。また,震災の発生から間もないということもあり,まだまだ「集めるべき情報」が散在しているため,2012年度においては情報収集活動にも注力していく。

場や時を超えて,東日本大震災の実態そのものや,そこから学ぶべき教訓を効果的に共有できる仕組みづくりに向けて,現在急ピッチで活動を進めている。

参考文献
 
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