2012 Volume 55 Issue 8 Pages 571-581
アジア経済研究所図書館では,50年以上にわたって開発地域の統計資料を網羅的に収集してきた。本稿では,これら資料の収集方法,コレクションの特色,整備・提供方法を説明するとともに,これまでの蔵書構築等を通じて把握してきた開発途上地域の公式統計の整備・公開状況と最近の動向について報告する。また,国際機関による国際比較統計の編纂状況と近年のオープン・データ政策について簡単に概説する。参考資料として主要な国際機関の統計情報一覧と調べ方ガイドを掲載する。
「新興国」という言葉は,その時代によって異なった意味で使われてきたようだが,とりわけ2000年代以降に頻出するようになった「新興国」といえば,国際社会において急速な経済発展を遂げつつある国を指すことが多い。その代表がBRICs(ブラジル,ロシア,インド,中国)であり,次に続く新興国をNEXT11(イラン,インドネシア,エジプト,韓国,トルコ,ナイジェリア,パキスタン,バングラデシュ,フィリピン,ベトナム,メキシコ)やVISTA(ベトナム,インドネシア,南アフリカ,トルコ,アルゼンチン)といったグループにまとめて呼ぶなど,有望な新興国市場に期待が集まっている。これらの新興国は,一般的には開発途上国として認識されているが,近年,先進国の経済成長が鈍化する中,新興国・途上国の消費と投資が拡大しており,世界経済を牽引する新たな市場として「50億人市場」と言われている。特に日本企業の場合,国内市場の縮小と円高による輸出不振のなかで,新興国での市場開拓,企業展開が大きな課題となっており,経済・産業動向,市場規模等を知る手掛かりとして統計データのニーズが高まっている。
次号から連載するシリーズ「新興地域の統計事情」では,これら地域の統計制度やデータの整備状況,入手方法等を紹介する予定であるが,まずこの連載を始めるにあたって,日本貿易振興機構アジア経済研究所(以下,アジ研と略)図書館における統計資料の蔵書構築の経緯について報告する。またあわせて,この収集活動を通じて把握してきた途上国の統計資料事情と,国際比較統計を提供する国際機関の統計情報について簡単に概説したい。
アジ研図書館は1960年の設立以来,開発途上地域の経済,政治,社会等に関する資料・情報センターとして,アジア,中東,アフリカ,ラテンアメリカ各国で刊行された政府刊行物や新聞,雑誌,地図をはじめ,欧米,日本の研究資料を継続的に収集している。2012年3月末現在の蔵書数は,図書約61万冊,雑誌約3,500タイトル,新聞470紙,地図5,400枚,マイクロフィルム約87,000リールに上る。特に,統計資料については途上国を中心に世界172か国の公式統計と53の国際機関の統計資料など約26,000タイトル(約11万2,000冊)を所蔵しており,世界有数のコレクションを誇る。
アジ研では,途上国研究における統計資料の重要性から,1964年に統計調査を専門とする統計部(その後,統計調査部,統計研究部に名称変更)を設置し,その中に設けられた統計資料室が統計資料に特化し組織的な収集・整備・提供を開始している。その主な活動内容は,次のとおりであった。
1998年,アジア経済研究所と日本貿易振興会(2003年独立行政法人日本貿易振興機構へ改組)の統合に伴い,統計研究部は廃止され,30年以上にわたって継続された統計資料収集事業は図書館に,国際産業連関表の作成や経済構造予測,景気予測,貿易指数といった調査研究事業は開発研究センターに,電子計算機事業は研究支援部にと,それぞれ発展的に継承された。特に,アジア国際産業連関表作成事業は30年以上も前から先駆的に取り組んできたものだが,近年の新興国の台頭と,それに伴う国際分業の進展による貿易の拡大もあり,その構造の分析を可能にする国際産業連関表への関心が高まっている。国際産業連関表を用いれば,各国の各産業の製品を生産するために,中間財の直接・間接の取引を通じて各国の各産業で誘発される生産額や雇用者数,さらには生み出される付加価値額などを計測することができ,国際分業の程度をさまざまな角度から定量的に把握することが可能となる。国際産業連関表は,これらの分析を可能にするための基礎データを提供するものとして,世界貿易機関(WTO)など国際機関や関係方面からその作成に対する期待が高い。
2.2 収集方法アジ研では,設立当初から途上国の政府刊行物や研究機関の資料収集手段として,相手機関と直接コンタクトをとる資料交換と購入を主軸とし,海外出張による資料調査と現地購入で補完してきた。当時,政府関係機関資料の多くは,非売品であったり秘匿性が高く,また,販売システムが確立していなかったからである。途上国の中央統計局や中央銀行など400機関以上に交換資料として送付したのが,『日本統計月報』,アジ研編集・刊行の『発展途上国の統計資料目録』(英文併記。1968-1995年までほぼ隔年で刊行),あるいは『I.D.E Statistical Data Series』(1964年創刊)であった。その際,同封したアンケートで相手機関の名称や住所変更の有無の確認,統計刊行物リストの入手を図り,新規雑誌やセンサス類の出版状況を把握し収集にあたった。こうした資料交換によるネットワークの他に,前述した国際産業連関表作成事業では,東南アジアの統計作成機関と産業連関表作成のための共同研究・共同作業の実施や技術協力を通じてアジ研との信頼関係が構築されていったが,この事業も統計資料収集のためのネットワーク作りに有益であった。近年,統計作成機関のWebサイトで出版物が確認できるようになったため,選書もWebに頼るようになった。また,途上国の政府刊行物も少なからず有料化が進み,現地の政府刊行物センターや書店を通した販売ルートが整備されてきたため,購入による収集比率が高くなっている。しかし,現在の膨大なコレクションはこれまでの地道な作業とネットワークによるところが大きい。
さて,急速なIT化に伴って,数値情報を扱う統計資料は紙媒体からCD-ROMやDVDへ,そしてWebでの提供へと媒体やツールが多様化している。利用者には簡単に入手でき便利になったが,アジ研図書館にとって,網羅的収集と長期保存,安定的提供の面では,むしろ難しい岐路に立たされているともいえる。その理由は,各国政府がWebでの統計データの提供に伴い,冊子の印刷部数を減らしたり,印刷そのものを止める動きがあったりと,必ずしも「現物」収集が容易ではなくなってきているからである。他方,図書館では著作権上の問題からWeb公開のデータをダウンロードし利用者に提供できないことが多い。さらにWeb公開データの場合,政変や組織改編等によってこれまで政府のWebサイトで公開されていたデータが突然削除されたり,いつのまにか最新データに置き換えられ古いデータが見られないこともあり,決して安定しているわけではない。
2.3 現在の蔵書構成アジ研では,各国の経済統計データを欠落なく網羅的に収集するよう努力してきたが,そもそも統計調査の実施や公開性,情報量などについては,その国の政治経済情勢に大きく影響されることが多い。
例えば,政情が悪化すると,まず海外との通信手段が遮断され郵便物が届かなくなる。この点では近年のインターネット通信の場合も同様であろう。アジ研の統計資料の蔵書構成や収集量には,こうした各国の統計整備状況や情報公開政策,ひいては政情までもが少なからず現れている。
現在の統計資料の蔵書構成について地域別,主題別に示すと,表1,2と図1,2のとおりである(この統計にはCD-ROM・DVDは含まれていない)。地域別タイトル数では,アジアが全体のほぼ47%(雑誌のみでは43%)を占め,次いでラテンアメリカ,アフリカ,中東,国際機関の順で,さらにアジアの中では,南アジア,東南アジア,東アジアの順である。南アジアの場合,インド,パキスタンのセンサス類が充実しており,歴史的に見ても統計調査がかなり整備されている。国別でも,インドが他を圧倒し,次いでパキスタン,韓国,タイ,メキシコ,そして中国の順である。しかし,出版量と比較し網羅的な収集がなされているのは,やはり東アジアである。韓国の統計資料は約3,900冊,中国は3,700冊以上を数える。特に中国の場合,そのほとんどが1970年代末の経済改革・対外開放政策の導入以降に刊行された統計資料で,『中国統計年鑑1981』(海外中文版。香港経済導報社編,1982年)の創刊を皮切りに堰を切ったように,全31省・直轄市,自治区,省都,都市レベルに至るまで,総合統計年鑑や社会・経済統計年鑑類が続々と出版されている。逆に,アフリカの統計については,統計の未整備のみならず政情不安や地域紛争などが影響してか十分に収集できていない。




次に主題別だが,アジ研では,以下の独自の10分類を使用している。
図2によれば,まず,「人口・労働・住居」統計が33.8%と最も高く,次いで「総合統計」11.0%,「農林水産業」10.9%,「金融・財政・国民経済計算」10.3%と続き,やはり定期的に調査される基本統計が多い。「運輸・通信・商業・サービス業」や「賃金・物価・家計収支」,「企業・事業所」などの統計が比較的少ないのは,この分野の調査には資金や労力,高い調査技術が必要であり,国によっては調査の実施が少ないか,個別統計資料が刊行されていないためと思われる。
第9部門は教育,保健,観光などの社会統計等であるが,この分野がやや少ない。近年,「開発の持続性」,「環境問題」,「ジェンダー」,「貧困指標」といった視点から社会統計のニーズが高まっており,アジ研でもこの分野の収集強化が課題である。
2.4 目録の整備と提供統計資料については,多言語の資料を含めてアジ研図書館のOPACでほぼすべて検索できるが,国立情報学研究所のNACSIS-CAT(総合目録・所在情報データベース)には最近受け入れた統計資料を除いて,ほとんど登録していない。統計雑誌の場合,作成機関名や雑誌名が頻繁に変わることが多く,約9,500タイトルの雑誌について遡って情報源のトレースを行う人手と予算が割けないのがその理由だが,他機関でまったく所蔵がない統計資料も少なくないため,やはりNACSISへの登録が今後の課題になっている。
政府統計の場合,類似したタイトルが非常に多く,また微細なタイトルチェンジが頻繁にあるため,OPACでの検索が厄介な場合が多い。アジ研図書館ではこうした不便を補うため,Webで地域・国別に一覧できる以下のリストを提供している。
(2)は,センサスの目録データが未整備だった時期に暫定的に作成したものだが,各国の各種センサスが時系列に一覧できるため今でも利用が多い。また,アジ研では,統計資料について全文やダイジェスト版など何らかの形でWeb提供がある場合,OPACデータにそのURLを登録しWebサイトの統計情報へリンクさせるようにしているが,(3)はその該当雑誌すべてを一括自動抽出しリンクサイト集にしたものである。利用者には便利なリストだが,リンク切れが頻繁に発生するため,メンテナンスに手間がかかり,やはりWeb提供の不安定さが否めない。
国連ミレニアム開発目標の達成支援のため途上国,とりわけアフリカ諸国の統計整備が急務とされているが,国際機関やドナー諸機関の多額の資金援助により,アフリカでもかなり改善が進んでいるようである。特に,国連統計部や地域経済社会委員会では,各統計の調査方法・定義・集計方法などについて定期的に国際会議やセミナーを開催し,統計収集方法やデータ編纂方法の統一を図っているほか,主要統計の調査方法について技術支援を行っている。日本の場合,アジ研の施設内に設置されている国際連合アジア太平洋統計研修所(Statistical Institute for Asia and the Pacific: SIAP)が国連アジア太平洋経済社会委員会(Economic and Social Commission for Asia and the Pacific: ESCAP)の補助機関としてその任にあたっており,「ミレニアム開発目標の達成支援のための官庁統計の作成及び整備コース」などを設けている。また,経済産業省が産業統計に関して国際機関等と連携し,東アジアの産業統計の基盤整備や国際比較性向上に向けた国際協力に取り組んでおり,2012年3月には日中間技術協力によって「2007年日中国際産業連関表」を作成・公表した。
他方,情報の公開と透明性の観点から注目すべき動きとして,世界的なオープン・データ政策の進展がある。国連のオープン・データ・ポータル“UNdata”やOECDの“OECD StatExtracts”はよく知られているところだが,2010年には世界銀行がオープン・データ・イニシアティブ2)と画期的な情報公開政策を開始した。これによって,世界開発指標(World Development Indicators: WDI),世界開発金融(Global Development Finance: GDF),アフリカ開発指標(Africa Development Indicator: ADI),世界経済モニター(Global Economic Monitor: GEM),ビジネス環境の現状(Doing Business)等,8,000件以上の開発指標等へ無料アクセスが可能になっている。また,今年4月から運用を開始したオープン・ナレッジ・リポジトリでは,世界銀行の調査研究や報告書等がWeb上に無料公開され,営利・非営利のいずれの目的にも自由に活用でき,二次利用,転用が可能となったのである。
こうしたオープン・データ化はすでに各国政府の取り組みにも現れており,2012年8月現在で欧米を中心に世界30か国が開設している。この中にはアジアのシンガポール,韓国,香港,ティモール・レステ,中東のバハレーン,モロッコ,サウジアラビア,アラブ首長国連邦,ラテンアメリカのチリ,ペルー,ウルグアイ,ブラジル,アフリカのケニアも含まれ,途上国への波及が期待されている。
さて,各国政府が作成した各種統計は,一般に,国際機関が編纂する統計データの元となる一次統計であり,国際機関に比べより迅速かつ詳細なデータを提供している。しかし,各国のデータを使って国際比較する場合,その通貨や算出方法の違いなどから,必ずしもそのまま活用できるわけではない。また,最近ギリシャ政府の財政赤字の捏造が表面化し問題となったが,途上国の場合,資金や技術的な面からデータの精度に問題があったり,意図的にデータ操作が行われたりする場合もあると言われ,必ずしも実勢を表していない面もある。国際比較統計を作成している国際機関では,各加盟国に対して国際的な定義を設けて政府統計の提供を求め,必要に応じて修正値,推計値として公開している場合が見られる。
例えば,国際通貨基金(IMF)では,その設立協定第8条第4項において,加盟国に対し「IMFへの統計データの提供とコンサルテーション実施」の義務を負わせており,加盟国の財政・経済分野のデータを収集することによって,より各国・地域別に融資機能を実現する上での有益なコンサルテーションが可能となるわけである。また,IMF は,収集される各種データの質的向上のため,加盟国に技術援助(Technical Assistance: TA)を実施している3)。この機能が強化されたのは,1994年のメキシコ通貨危機で,正確でタイムリーな統計データの公表の必要性が浮き彫りになったためである。各国の経済活動の透明性を高めることの重要性から,IMFはデータ公表基準として,(1)データの範囲,把握の周期,公表時期,(2)データ閲覧・入手方法,(3)データの信頼性,(4)データの質,の4つの次元で,主に先進国向けには特別基準,途上国向けには一般基準を設け,データの公表基準を示した4)。
やはり国際機関の統計のメリットは,国際比較データの入手が簡便であることと,こうしたデータの信頼性にあるといえよう。アジ研のWebサイトで提供している「アジア動向データベース」(http://d-arch.ide.go.jp/asiadb)の「主要経済指標データ検索」でも,国連のNational Accounts Main Aggregates DatabaseやIMFのInternational Financial Statistics(IFS),アジア開発銀行のStatistical Data System,FAOのFAOSTATを使って過去40年分のデータを提供している。『アジ研ワールド・トレンド』(1995年4月創刊)の「アジア各国・地域経済統計」(http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/W_trend/tokei.html)でも典拠はIFSである。また,日本貿易振興機構(ジェトロ)が提供する「国・地域別情報(J-FILE)」の「統計ナビ」(http://www.jetro.go.jp/world/statistics/)の「基礎的経済指標」では,世界各国の海外事務所が現地政府のデータ(基本的には現地通貨のまま)をいち早く提供しているが,世界貿易マトリクス等,貿易統計の国際比較ではIMFデータが典拠である。
とはいうものの,国際機関の統計がまったく問題ないかというと必ずしもそうでもない。IFSやComtradeの貿易統計,GDP実質成長率は,途上国の政府統計より半年程度遅いし,推定値が比較的多い。また,これまで実際にあった例だが,OECD貿易統計に北朝鮮と韓国のデータが逆に記載されていたり,IFSデータベースにおいてフィリピンのGDPの値にGNPが登録されていたりと,思わぬ「転記ミス」が見つかり,相手機関に問い合わせたことがある。国際機関のデータを利用したり,二次加工したりする場合でも,データの検証と慎重さが必要であろう。
なお,本稿の最後に国際産業連関表を実際に作成している研究者に筆者が行ったインタビューの一部を掲載した。データ作成側の苦労が興味深い。
国際機関の主な統計資料とWeb公開中のデータベース類については,「主な国際機関の統計情報一覧」(表3)にまとめた。また,国立国会図書館をはじめ関係機関で有用な参考リストを提供しているので,「Webサイト―国際統計情報に関する調べ方ガイド」(表4)を掲載する。


アジ研図書館では,伝統的に各地域の資料を受け持つ「地域ライブラリアン」を配置し,資料収集やレファレンスサービスに対応している。次号から各担当者が「新興地域の統計事情」として,インド,中国,香港・台湾,韓国,インドネシア,タイ,ベトナム,メキシコ等について,10回にわたって取り上げる予定である。ご期待いただきたい。
アジア経済研究所の国際産業連関表の作成担当者の一人に筆者がインタビューしたものです。
インタビュー『より精度の高い国際産業連関表を作るために』桑森啓(日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所開発研究センター ミクロ経済分析グループ長代理)
――国際産業連関表のメリットは?
国際産業連関表には,統計表としての側面と分析ツールとしての側面があります。統計表としては,対象国間の貿易額や生産額などを,産業別に同一の基準で比較できる点がメリットとして挙げられます。アジア国際産業連関表の場合,10カ国についての比較が可能です。また,極めて詳細に財の流れを把握することができる統計である点も大きな特徴です。通常の貿易統計の場合は,「ある国のある商品がどの国へ売られたのか」ということがわかりますが,「どの国のどの産業へ売られたのか」はわかりません。国際産業連関表ならば,そこまでより詳細にわかります。分析ツールとしては,各国の産業間の結びつきの強さや経路を計測できる点がメリットとして挙げられると思います。また,ある国で発生した消費・投資・輸出などの需要の変化が生産に与える影響を,国内だけでなく他の国の産業についても計測できます。
――実際の表作成のためのデータはどのようにして集めるのですか?
産業連関表の場合, 調査に基づいたいわゆるベンチマークの表は5年おきに作るのが一般的です。国際産業連関表は複数の国が対象になりますので,まず対象年次の表をすべての対象国について揃えないといけません。しかし,国によって産業連関表の作成年次は異なるため,国際産業連関表が対象とする年次の表がない国については表作りから始めなければなりません(延長推計)。その場合,最低限のデータだけをそろえて機械的な方法で延長推計をします。私が担当しているインドネシアとフィリピンを例にとると,インドネシアは我々が作る国際産業連関表と同じタイミングで表を作りますが,フィリピンでは不定期にしか作られないので,延長推計を行う必要があります。推計は現地の共同研究機関(統計局など)が持っている公表・非公表のデータを利用して行いますが,必要な情報が不足している場合,特別調査を行うこともあります。例えば,フィリピンでは2005年アジア国際産業連関表の作成にあたり,国家統計局の協力のもと,企業に対して輸入品をどこに販売したのかといった,輸入財の需要先に関するアンケート調査を行いました。
――苦労されるのはどんなところですか?
産業連関表には,その国のすべての産業の取引が記述されているのですが,アンケート調査では全産業について調査を行うのが難しい。産業や地域によってはサンプルを確保すること自体も困難で,かなり限定的な情報しか得られないという難しさがあります。やはり何らかの前提を置いて推計しなければなりません。アンケート調査を依頼する際に,相手先とどんなサンプルをきちんと確保すべきか綿密に打ち合わせる必要があります。調査を踏まえて各国の表ができ上がった後に,それらをつなげて国際産業連関表を作成するわけですが,これがアジ研の作業で一番苦労するところです。各国の産業連関表を,貿易を通じて連結するのですが,各国間の貿易額に不整合があるので,その誤差をなくしていく作業が一番大変ですね。産業連関表において各国の輸出入額が違う理由はいくつかありますが,各産業部門の概念が国ごとに異なることが最も大きいですね。部門の概念が異なると,そこに含まれる商品が違ってきます。もちろん,国際産業連関表を作成する際には,各国の表の組み替えを行って産業部門の概念を統一する調整を行いますが,完全に定義を一致させるのは困難です。したがって,連結した後に誤差が大きいところをみつけて輸出国と輸入国の貿易について,商品分類にまで遡って調べ直し,その違いをなくしていくという作業が必要になります。
こういった推計作業で苦労した経験があるので,何とか限られたデータから貿易理論や計量経済学の手法を使って精度を上げられないのかな,という問題意識を持っていました。それで,海外派遣先は途上国ではなく,貿易理論や計量経済学を勉強するためにアメリカに行かせてもらいました。調査なしでは大幅な精度の向上は難しいことを再認識したというのが正直なところですが,国際運賃の推計などでは,アメリカで学んだ手法が役立っています。国際産業連関表を何回か作っていると,大体どこに誤差が出るか予測は立ちますし,誤差の原因についてもある程度は過去の経験から推測がつくことはあります。ただ,痛切に思うのは,データを修正する際,現地の産業や企業の実態の理解は不可欠だということです。現地感覚なしで修正しようとすると,頓珍漢な修正になってしまう恐れがあるので,現地事情を知ることはものすごく大事だと思っています。アジ研の地域研究者の論文を読んだり,話を聞いたりすると,データのウラにある実態に気づかされることが非常に多いですね。本来であれば,私も現地の共同研究機関の人達と一緒に聞き取り調査などをする余裕がほしいのですが,短期間の出張が多く,現地感覚を養う時間的な余裕がない状態です。今後の課題ですね。
(アジア経済研究所Webサイトの以下のページの一部を転載。http://www.ide.go.jp/Japanese/Researchers/Interview/kuwamori_hiroshi.html)