Journal of Information Processing and Management
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Importance of the development of an electronic medical record system as an information infrastructure : A finding from a physicians’ survey
Yuko ITO
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2012 Volume 55 Issue 9 Pages 647-661

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著者抄録

電子カルテのような医療における情報基盤の整備は,国民に対する質の高い医療の提供のために国家政策として10年以上行われてきたが,まだ不十分である。本稿では,「病院内の電子カルテなどの医療情報基盤の整備の有無」に何が関連するのかを検証するため,勤務医を対象にしたアンケート調査(2010年実施)の結果を再分析した。その結果,病院における電子カルテなどの医療情報基盤の整備の状況は,病院の規模や開設主体によって差があることが示唆された。現在,医療情報基盤の整備が進んでいる病院は,経費の問題もあるため中規模以上の病院であるが,日本の病院の8割以上は小規模病院である。今後,病院内の電子カルテなどの医療情報基盤の整備を進めるためには,学術情報に関して一部で既に実施されているように,地域内の複数の医療機関が連携することによって経費を分担することや,地方および国の行政が医療情報基盤整備のために経済的な支援をすることが必要と考えられる。

1. はじめに

医療における情報基盤とは,診療や診療支援などの目的により医療に関する諸情報の蓄積および提供を行うための基本的な仕組みのことである。例えば電子カルテなどが含まれる。このような医療情報基盤の整備は,高齢化によって診療科の異なる複数の疾患を抱える患者の治療に関する情報を医師間で共有することや,人口の減少する地域で生活する人々に対して都市部と同様に専門性の高い医療を医師側が提供するためには必要なことである。

しかし,これらに限らず,国民全体が効率的かつ十分な医療を享受するためには,医療情報基盤の整備は必須であるという認識は年々高まってきているように思われる。この背景には,個人の健康に関する関心の高まりとインターネットから医療関連情報を手に入れやすくなったことや,治療においてセカンドオピニオンを得ることが一般化したことによると考えられる。

また,2011年3月11日に発生した東日本大震災の際の津波の被害で多くの診療カルテが損失し,慢性疾患の高齢者のケアに困難があったことから,広域自然災害に見舞われやすい日本において「災害に強靭な医療IT体制」の構築が急務とされている1),という状況もある。

2011年8月に閣議決定された第4期科学技術基本計画(2011年度から5か年)では,重点的に推進する研究開発等の施策の1つとして,「革新的な予防法の開発」が上げられ,「大規模疫学研究の推進のために,医療情報の電子化,標準化,データベース化等の基盤整備を推進するとともに,個人情報保護に配慮しつつ,これらの情報の有効利用,活用を促進する」と謳われている2)

このように,医療における情報基盤の整備には,社会のニーズやそれに支えられた研究開発側からのニーズがある。

本稿では,まず,医療における情報化の国家的な取り組みを概説する。さらに,2010年に実施した病院の勤務医を対象にしたアンケート調査の結果を新たに分析して,電子カルテ等の情報基盤の整備による効果を示唆する。また,今後,電子カルテ等の医療情報基盤の整備を推進するために必要と考えられることを考察する。

2. 政策的な背景

2.1 医療における情報化の国家的な取り組み

日本の国家政策としての「医療における情報化」の本格的な取り組みは,2001年に厚生労働省で策定された「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」から始まったと考えられる3)。この中で,医療の課題の「情報提供」,「質の向上」,「効率化」に対応する情報技術の手段として,電子カルテシステムが挙げられ,「2006年度までに,全国の400床以上の病院の6割以上に普及,全診療所の6割以上に普及」という目標が設定された3)

電子カルテシステムは「診療録等に記載された診療情報(診療の過程で得られた患者の病状や医療経過等の情報)を電子化して保存更新するシステム」であり,患者の診療データの一元管理によりデータの蓄積・検索が可能となるという利点がある。また,医療機関内や医療機関間などの電子カルテの情報のネットワーク化やデータベース化により,診療情報の活用が進み,新たな臨床治療上のエビデンスの創出が期待される。患者にとっては,医療機関間のデータの共有化により,セカンドオピニオンの際に他の病院で検査した患者情報を参照可能になるため,効率的な治療を受けられることが期待されている。

電子カルテシステムの普及は当初の目標を達することはできなかったが,2006年に発表された「IT新改革戦略」においても,引き続き,医療の情報化に関するインフラ整備などの「ITによる医療の構造改革」が今後のIT政策で重点化すべき課題とされた4)

さらに,2006年度末に厚生労働省は「医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン」5)を発表し,2006年度から概ね5年間における厚生労働省の施策および事業計画であるアクションプランを示した。これらのアクションプランは,国民,医療機関,介護事業者,保険者等のIT化に関するニーズから考える必要があるとされ,国民は「ITを活用して,自身の健診情報・診療情報を日常の健康管理に活かしたり,医療機関・介護事業者等に提供し,安心して質の高いサービスを効率的に受けるというニーズ」,医療機関・介護事業者は「費用対効果の高いITの導入により,質の高いサービスを効率的に提供するというニーズ」,保険者等は「レセプトオンライン化等により,医療保険事務を効率化するとともに,保険者機能を効果的に発揮するというニーズ」が想定されている5)

アクションプランとしては,(1)医療機関の情報化のための取り組み,(2)レセプトオンライン化のための取り組み,(3)生涯を通じた健康情報の電子的収集と活用,(4)介護・福祉分野における情報化の取り組み,を実施するとした5)。このうち,レセプトオンライン化は,2009年11月の「レセプトオンライン請求に関する省令改正及び告示の制定」によりオンライン請求または電子請求を原則とした6)。2012年2月時点での普及率は,件数で90.1%,機関数で70.8%に達している7)

また,個人が自らの健康情報を生涯通じて把握・管理し,疾病予防や健康管理などに活用するための「健康情報活用基盤(EHR)」は,英国(全イングランド5,000万人のEHR構築を目標に,2002年から開始),デンマーク(全国民対象で実施),カナダ(2014年までに全国民対象を目標)などで既に実行されつつある8)。日本においては,2008年度より3か年,厚生労働省・総務省・経済産業省の3省連携で健康情報活用基盤に関する実証事業が沖縄県浦添市を対象にして行われた9)。この成果を踏まえて,2011年度には3省連携で「健康情報活用基盤構築事業」が香川県,広島県,島根県の3か所で実施されている10)

2.2 電子カルテシステムの整備状況

医療における情報化のうち,最も早くから取り組みがされてきたのが,電子カルテシステムの整備である。電子カルテシステムは,今後期待される「健康情報活用基盤」などの個人から集団までの大規模な医療情報の構築をする際の基礎となるシステムであり,これが整備されないと医療の情報化は望めないと考えられる。

厚生労働省の「医療施設(静態・動態)調査・病院報告」において,2005年には医療施設調査の診療等の状況として「電子カルテシステムの導入状況」の調査をしている11)。この調査は全国のすべての医療施設を対象としている。これによると,電子カルテを「導入している」と回答した病院は6.9%(626/9,026施設)である。

400床以上の病院では,「導入している」と回答した病院は21.1%(152/722施設)であり,「導入していない」と回答した病院のうち,「具体的な導入予定がある」と回答した病院は全体(400床以上の病院)の35.2%(254/722施設)であった。したがって,400床以上の病院に限れば,2005年の時点で,電子カルテを導入しているか,あるいは導入の方向に向かっている病院は合わせて56.3%にまで達している。一方,20~49床の病院では,「導入している」と回答した病院は3.4%(40/1,205施設)にとどまり,「導入していない」と回答した病院のうち,「具体的な導入予定がある」と回答した病院は11.5%(138/1,205施設)であった。

このように,規模が小さい病院では電子カルテシステムの導入があまり進んでいない状況が見られた。

2008年度に(財)医療情報システム開発センターが,病院に対して実施した「医療情報システムに関する調査」において,医療情報システムの新規導入や更新時に困った点および医療情報システムを導入しない理由として「多額の経費の発生」を上げる回答が多く示された12)。「経費」の問題が導入の際のネックになっていることから,より小規模の病院において影響が大きいことが推測される。

2009年に発表された米国における電子カルテシステムの導入状況は,6~99床の病院において電子カルテシステムを導入しているのは6.1%,400床以上の病院では18.5%であり13),日本の状況と類似している。また,医師によって認識された電子カルテ(electronic medical records)の導入の障壁について,1998から2009年に発表された論文を基に検証した結果,財政的な,技術的な,時間的な,心理的な,社会的な(外部組織のサポートや同僚のサポートの欠如等),法的な(プライバシーやセキュリティ),組織的な(組織の規模やタイプ),プロセス変更上(インセンティブやリーダーシップ等の欠如)の障壁があることが示されている14)

以上のように,日本では10年以上にわたって国家政策としての「医療における情報化」の取り組みが継続的に進められてきた。一部では成果を上げつつあるが,まだ医療情報の整備としては十分ではない。しかし,海外においても類似の状況であり,日本が健康医療において国際的にリードする立場であろうとするならば,国家政策として「医療における情報化」を推進し続ける必要があると考えられる。

3. 勤務医へのアンケート調査結果の分析

株式会社スパイアの所有する医師モニター(3,531名:2010年1月時点)のうち,勤務医(開業医を除く)を対象に2010年にWebアンケート調査注1)を行い,有効回答684件(回収率19.4%)を得た15)

この結果から,特に電子カルテ等の情報基盤の整備状況に関連するアンケート項目を対象に再分析した。

アンケート調査において,「Q8 あなたが勤務している病院内では,電子カルテ等の情報基盤は整備されていますか?」という設問があり,「整備されている」と回答した医師が343名で,「整備されていない」が341名であった。この設問に対するクロス分析を実施し,結果を表1に示した。

表1 電子カルテ等情報基盤が整備されている病院に勤務している医師とそうでない医師の回答比較
回答者の属性 全回答者 電子カルテ等情報基盤が整備されている 電子カルテ等情報基盤が整備されていない
集計数(人) 構成比(%) 集計数(人) 構成比(%) 集計数(人) 構成比(%)
総計 684 100.0 343 100.0 341 100.0
【勤務医の種別】*
病院勤務医 527 77.0 283 82.5 244 71.6
診療所勤務医 157 23.0 60 17.5 97 28.4
【年齢】*
20代 19 2.8 16 4.7 3 0.9
30代 166 24.3 101 29.4 65 19.1
40代 286 41.8 142 41.4 144 42.2
50代 148 21.6 64 18.7 84 24.6
60代 45 6.6 13 3.8 32 9.4
70代以上 20 2.9 7 2.0 13 3.8
【性別】
男性 587 85.8 286 83.4 301 88.3
女性 97 14.2 57 16.6 40 11.7
【病床数】*
0床 122 17.8 45 13.1 77 22.6
1-19床 32 4.7 13 3.8 19 5.6
20-99床 63 9.2 12 3.5 51 15.0
100-299床 180 26.3 65 19.0 115 33.7
300-499床 132 19.3 91 26.5 41 12.0
500-999床 112 16.4 84 24.5 28 8.2
1000床以上 43 6.3 33 9.6 10 2.9
【病院の開設主体】*
国・独立行政法人 91 13.3 66 19.2 25 7.3
地方自治体 77 11.3 48 14.0 29 8.5
公的医療機関 41 6.0 24 7.0 17 5.0
社会保険関係団体 18 2.6 11 3.2 7 2.1
公益法人 36 5.3 16 4.7 20 5.9
医療法人 273 39.9 117 34.1 156 45.7
一般企業 7 1.0 4 1.2 3 0.9
その他の法人 55 8.0 26 7.6 29 8.5
個人 75 11.0 26 7.6 49 14.4
その他 11 1.6 5 1.5 6 1.8
【病院内の倫理委員会】*
ある 432 63.2 264 77.0 168 49.3
ない 252 36.8 79 23.0 173 50.7
【電子カルテ等の情報基盤の整備】
整備されている 343 50.1
整備されていない 341 49.9
【現在の病院での勤務年数】
1年未満 61 8.9 28 8.2 33 9.7
1-2年未満 76 11.1 32 9.3 44 12.9
2-3年未満 59 8.6 30 8.7 29 8.5
3-5年未満 95 13.9 51 14.9 44 12.9
5-10年未満 150 21.9 73 21.3 77 22.6
10-15年未満 107 15.6 59 17.2 48 14.1
15-20年未満 72 10.5 43 12.5 29 8.5
20年以上 64 9.4 27 7.9 37 10.9
【臨床経験年数】*
0-5年未満 34 5.0 23 6.7 11 3.2
5-10年未満 78 11.4 48 14.0 30 8.8
10-15年未満 113 16.5 64 18.7 49 14.4
15-20年未満 140 20.5 73 21.3 67 19.6
20-25年未満 131 19.2 58 16.9 73 21.4
25-30年未満 99 14.5 47 13.7 52 15.2
30年以上 89 13.0 30 8.7 59 17.3
【治療につながる先端的な情報をどこから得ているか】*
外国語の論文等 201 29.4 132 38.5 69 20.2
日本語の論文等 362 52.9 152 44.3 210 61.6
出身大学 30 4.4 16 4.7 14 4.1
同僚 45 6.6 26 7.6 19 5.6
その他 46 6.7 17 5.0 29 8.5
【手技の情報をどこから得ているか】
外国語の論文等 84 12.3 53 15.5 31 9.1
日本語の論文等 379 55.4 184 53.6 195 57.2
出身大学 65 9.5 32 9.3 33 9.7
同僚 108 15.8 52 15.2 56 16.4
その他 48 7.0 22 6.4 26 7.6
【医療情報の取得のために今一番望むもの】
オンライン文献検索システムの整備 496 72.5 252 73.5 244 71.6
その他の情報システムの整備 68 9.9 33 9.6 35 10.3
内部での人を介した情報交流 25 3.7 11 3.2 14 4.1
外部との人を介した情報交流 92 13.5 47 13.7 45 13.2
その他 3 0.4 0 0.0 3 0.9
【現在,共同研究を実施しているか】*
実施している 112 16.4 77 22.4 35 10.3
実施していない 572 83.6 266 77.6 306 89.7
【外国語の医学雑誌等に執筆論文が掲載された経験】
経験がある 310 45.3 159 46.4 151 44.3
経験はない 374 54.7 184 53.6 190 55.7
【日本語の医学雑誌等に執筆論文が掲載された経験】
経験がある 513 75.0 254 74.1 259 76.0
経験はない 171 25.0 89 25.9 82 24.0
【どのような医師でありたいか】*
臨床に専念 305 44.6 127 37.0 178 52.2
治験や臨床研究も実施 295 43.1 164 47.8 131 38.4
基礎研究も実施 75 11.0 46 13.4 29 8.5
その他 9 1.3 6 1.7 3 0.9

*1%水準で有意である。

「電子カルテ等情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」と「整備されていない病院に勤務している医師」で有意(1%水準)な差が示された項目は,勤務医の種別・年齢・勤務病院の病床数・勤務病院の開設主体・病院内の倫理委員会の有無・臨床経験年数・治療につながる先端的な情報の入手先・共同研究実施の有無・どのような医師でありたいか(回答者の医師像),であった。

さらに,回答者の勤務病院の開設主体ごとの回答の違いを考慮するために,表1と同様な項目と勤務病院の開設主体とのクロス分析を行い,表2に示した。

表2 勤務病院の開設主体ごとの回答比較

注)各項目で回答の割合が最も大きいものを灰色で示した。

*1%水準で有意である。

「勤務病院の開設主体」と有意(1%水準)な相関が示された項目は,勤務医の種別・年齢・勤務病院の病床数・病院内の倫理委員会の有無・臨床経験年数・治療につながる先端的な情報の入手先・共同研究の実施の有無・外国語の医学雑誌に論文が掲載された経験の有無,であった。

病院は開設主体ごとに位置づけや目的が異なる。例えば,大学の附属病院は大学設置基準の第39条によって規定された「学部又は学科の教育研究に必要な施設」として置くことのできる附属施設である16)。独立行政法人の病院である国立病院機構は独立行政法人国立病院機構法により「医療の提供,医療に関する調査及び研究並びに技術者の研修等の業務を行う」と規定されている17)

地方自治体の病院は,2007年に総務省で策定された「公立病院改革ガイドライン」によると,「地域に必要な医療のうち,採算性等の面から民間医療機関による提供が困難な医療を提供すること(例えば①過疎地②救急等不採算部門③高度・先進④医師派遣拠点機能)」とされている18)

また,医療法人は,本来業務として医療法第39条により「病院,医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設の開設を目的として設立される法人」と規定されており,医療関係者の教育や研究所の設置も認められているがこれらは附帯業務である19)。医療法人は全国の病院(施設数)の約66.6%を占める最も多い開設主体であり20),国民の生活の一番近いところにある病院と考えられる。

これらの病院の開設主体の位置づけや業務目的の違いも考慮して以降の分析を実施した。

(1)回答者の年齢および臨床経験年数

回答者の年齢および臨床経験年数はいずれも,「電子カルテ等情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」がやや若く経験年数が短いことが示された(表1)。病院の開設主体では,「国・独立行政法人の病院に勤務している」が他の開設主体と比べて,若く経験年数が短いことが示された(表2)。

(2)勤務病院の病床数

勤務病院の病床数は,図1のように「電子カルテ等情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」では300床以上の回答が多いのに対し,「整備されていない病院に勤務している医師」では299床以下が多いことが示された。

図1 「勤務病院の病床数」の回答割合の比較

これは,2.2の規模の小さい病院では情報基盤の整備が進んでいない状況と合致する。

開設主体で見ると,国・独立行政法人では500床以上が多く,一方,医療法人では299床以下が多い(表2)。

(3)勤務病院の開設主体

また,「電子カルテ等情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」では,「整備されていない病院に勤務する医師」と比較して,病院の開設主体として,国・独立行政法人や地方自治体の病院に勤務しているという回答が多く,個人病院では少ないことが示された(表1)。一方,医療法人では「整備されていない」という回答がやや多いが「整備されている」の割合も高く,医療法人の場合は病院によって情報基盤整備の状況が異なる可能性が示された(表2)。

(4)治療につながる先端的な情報

「治療につながる先端的な情報をどこから得ているか」について,図2のように,「情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」は,「整備されていない病院に勤務している医師」と比べて,「外国語の論文等」という回答が多く,逆に「日本語の論文等」は少ないことが示された。

図2 「治療につながる先端的な情報をどこから得ているか」の回答割合の比較

一方,「手技の情報をどこから得ているか」については,「情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」と,「整備されていない病院に勤務している医師」とで大きな差はなく,どちらも「日本語の論文等」という回答が多かった(表1)。

開設主体で見ると,「治療につながる先端的な情報」について「外国語の論文等」という回答が特に多いのは国・独立行政法人であり,逆に他の開設主体(その他を除く)では「日本語の論文等」が多いことが示された。「手技の情報」についてはどの開設主体においても「日本語の論文等」が多かった(表2)。

このことは,手術などの医療技術の情報は共通して日本語論文から入手し,治療につながる最先端の情報は「情報基盤の整備の有無」や「研究を本務として実施する開設主体かどうか」で,「外国語の論文等」と「日本語の論文等」とにパタンが分かれることが示唆された。

(5)医療情報の取得のために一番望むこと

「電子カルテ等情報基盤が整備されている病院」では,論文検索に関するシステムについても整備されていると予想されたが,「医療情報の取得のために今一番望むもの」の結果(表1)より「情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」および「整備されていない病院に勤務している医師」のどちらも「オンライン文献検索システムの整備」という回答が多いことが示された。

開設主体別でも,すべての開設主体で「オンライン文献検索システムの整備」の回答が最も多いことが示された(表2)。

このことは,たとえ「電子カルテ等情報基盤が整備されている病院」であっても,必ずしも医師が望むような文献の検索システムを整備しているわけではないことを示唆している。無料の生物医学分野のオンライン文献検索システムとしては米国国立医学図書館(National Library of Medicine)が提供するPubMed21)が有名であるが,アクセスできる論文の多くは抄録までである。PubMedの検索結果から論文のフルテキストをダウンロードするためには別途電子ジャーナルとの契約が必要である。一部無料でダウンロードできる電子ジャーナルも存在するが,原則として有償での契約となる。

(6)共同研究の実施および論文掲載の経験

さらに,「現在,共同研究を実施しているか」については,「情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」は,「整備されていない病院に勤務している医師」と比べて,「実施している」という回答が多いことが示された(表1)。

しかし,「外国語の医学雑誌等に執筆論文が掲載された経験の有無」や「日本語の医学雑誌等に執筆論文が掲載された経験の有無」を見ると,「情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」と「整備されていない病院に勤務している医師」とで,回答に大きな差がなかった(表1)。

開設主体別では,「共同研究を実施している」という回答はどの開設主体でもあまり多くなかったが,その中で他と比較すると国・独立行政法人や公的医療機関では回答は多かった(表2)。さらに,「外国語の医学雑誌等に執筆論文が掲載された経験がある」という回答は,国・独立行政法人,地方自治体,公的医療機関で多く,これら以外の開設主体では逆に「経験がない」が多かった(表2)。一方「日本語の論文」については,すべての開設主体で「経験がある」という回答が多かった。

これらのことから,「情報基盤の整備」と「共同研究」や「論文の掲載経験の有無」(=研究能力)とは関係性は低く,開設主体の業務として「研究」が含まれているかどうかによるところが大きいと考えられる。

(7)勤務病院の倫理委員会

3に示すように,「電子カルテ等の情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」は,「整備されていない病院に勤務している医師」と比べて,「病院内に倫理委員会がある」という回答が顕著に多いことが示された。

図3 「病院内の倫理委員会の有無」の回答割合の比較

ヒトを対象とした医学の研究および臨床応用を実施する際には,病院内に設置した倫理委員会において医の倫理に関する事項をヘルシンキ宣言22)および厚生労働省の指針23)に基づいて審議されることになっており,この観点から,研究を実施している医師の病院にはすべて倫理委員会が設置されていることになっている。したがって,「病院内の倫理委員会の有無」は,そのまま,「病院内の医学研究の実施の有無」につながると考えられる。

開設主体別では,国・独立行政法人や公的医療機関で90%以上が「ある」と回答し,地方自治体・社会保険関係団体・公益法人等ではそれよりやや少ない程度だった。個人病院では逆に90%以上が「ない」と回答し,医療法人ではちょうど50%で回答が分かれた(表2)。

医療法人の半分は病床数99床以下で,個人病院の8割は病床がないことから,病床数の少ない病院ではそもそも医学研究や臨床応用を実施していないので「倫理委員会」がないと考えられる。また医学研究や臨床応用においては,さまざまな医療情報データを整理し分析する必要があると考えられ,そのような活動をしていない病院では「電子カルテなどの医療情報の整備」がされていないと考えられる。

(8)回答者の医師像

「どのような医師でありたいか」という自己の医師像についての回答にも違いが見られた。「情報基盤が整備されている病院に勤務している医師」では,「治験や臨床研究も実施」の回答が多く,「臨床に専念」の回答は「整備されていない病院に勤務している医師」と比べて少ないことが示された。

開設主体ごとでは,「治験や臨床研究も実施」という回答は国・独立行政法人や公的医療機関,社会保険関係団体,公益法人などで多く,一方「臨床に専念」は地方自治体,医療法人,個人病院で多かった。

これは勤務病院の医療の目的によって異なると考えられるが,情報基盤が整備された環境で勤務している医師は,臨床以外に医学研究の実施など幅広く取り組んでいける環境にあるからであるとも考えられる。

図4 「どのような医師でありたいか」の回答割合の比較

4. 考察

「医療における情報化」政策の目的の1つとして謳われた,「診療情報の活用が進み,新たな臨床治療上のエビデンスの創出の期待」の前提条件となる「勤務病院内での電子カルテ等の情報基盤の整備」について,病院の規模や開設主体によって違いがあることをアンケート調査の結果から明らかにした。さらに,この違いは病院の開設主体ごとの医療における目的や病院の位置づけにも関係があることも示唆した。例えば,医学研究の実施に関連のある項目では,電子カルテ等の情報基盤が整備されている割合が高く,開設主体として国・独立行政法人や公的医療機関などの病床の多い大規模病院である傾向が示された。

国・独立行政法人の病院は,病院の目的として医療以外の医学研究も含まれるので当然であるとも言えるが,このことは「電子カルテ等の情報基盤」には診療の情報以外に医学研究に必要な学術情報の基盤が含まれることを示唆している。

医療の進展においては,医学研究の推進は不可欠ではあるが,「医療の情報化」の目的は医学研究だけではない。医学に関する「学術情報(文献システム)」の整備のニーズはアンケート調査においてすべての開設主体の病院において強く示されていることから,これも電子カルテ等による「診療情報」の共有と同様に,よりよい医療を社会に還元するためには重要なことと考えられる。

「医療の情報化」の最も大きな目的であり間接的にも直接的にも患者の利益につながることは診療情報の共有である。しかし,「電子カルテ等の情報基盤が整備されていない」と答えた回答者が勤務する病院は,2.2および3で示したように300床以下の中小規模の病院である。これらの中小規模な病院の情報基盤の整備は,2.2で示されたように,経費の問題もあるため,個々の病院に任せたままでは進まないと考えられる。しかし,2010年「医療施設(静態・動態)調査・病院報告」(厚生労働省)24)では,日本の全病院(8,670施設)のうち,82.1%を299床以下の病院が占めていることから,何か抜本的な対策を立てないと,病院の規模がボトルネックとなって「医療の情報化」が進まないと懸念される。

したがって,今後,日本全体で病院内の電子カルテ等の情報基盤の整備を進める際に,地域のすべての病院をつないだ医療情報のネットワークを形成することは有効と考えられる。例えば,地域の核となる病院(例えば国公立大学等の病院)が中心となり,地方行政とともに地域全域の医療情報の整備のために複数の医療機関で連携を図り,その中で小規模病院の情報基盤の整備を実施することが必要だと考えられる(経費の分担など)。これらの連携には情報関連企業の参画も必要と考えられる。さらに国は,このような地域の医療情報の整備に対して積極的に経済的な支援を実施し,その際には総務省・厚生労働省・文部科学省・経済産業省などで連携を取ることが重要と考えられる。

学術情報についてであるが,既に一部の地域では,それぞれの大学病院と大学図書館や医学部図書館が中心となって医療従事者間での共有的な利用の促進が実施されている25)。信州大学附属図書館医学部図書館では,2008年より長野県内の信州大学の研修医や研修生に対して派遣先の地域の関連病院においても,病院図書館の文献検索システム(JDreamⅡ)が利用でき,病院図書館に依頼することにより文献複写物の提供も受けられるというサービスを開始した26)

電子カルテ等の医療の情報に関しても,このような地域のネットワーク形成による連携を実施できないかと検討すべきである。

千葉の一部の地域などでは「医療連携ネットワーク」として地域共有の電子カルテ等により,患者の医療情報を地域で共有し,医療の量や質の向上を目指す試みが実施されている27)。地域に密着した中小規模の病院は,地域の住民のかかりつけの病院であったり,住民が治療のために初めて訪れる病院であったりするので,国民に身近であると同時に利用者が最も多い機関である。そのために,今後はこのような取り組みをさまざまな地域において全県域レベルに拡大することが検討されている28)

実際,地域に密着する中規模な一般病院に通院する後期高齢者の処方実態において,複数診療科の受診および多剤処方の事例が多く,従来の大学病院の事例に比べて処方薬剤数が多いことが報告されている29)。高齢者医療の多剤処方を見直すなどの医療の充実にはさまざまな医療関係者がチームを組んで問題にあたる必要があり,それには電子カルテなどの医療情報の共有が重要になってくると考えられる。

「医療の情報化」は,医療の高度化や効率化により,今後益々,重要性が高まると推測されるが,全国規模の医療情報基盤の整備は完成までに長期間を要すると考えられる。しかし,国民皆保険と同様に一度システムとして整備すれば,国際的に誇れる医療システムに成り得るので,国家レベルでの継続的な支援は必須であると考えられる。

本文の注
注1)  3.のアンケート調査(参考文献15)は,独立行政法人理化学研究所と政策研究大学院大学との共同研究「ライフサイエンス研究の社会への波及効果を定量化するための連携データベースの構築と活用(平成21年度~22年度)」で実施した。

参考文献
 
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